第87話 祝の品は二品目

優勝者は無名の少女3人組


これは異例かつ異色の結果となった


誰もが始まるまで予想していなかった顛末であり、しかし誰もがこの結果に不服の意を唱えられない程に高レベルの闘いを繰り広げてみせたのだ


表彰式ともなればその注目具合は凄まじく、大闘技場内に組まれた大きな表彰段の上にはラヴァン、バーレルナ両国の代表団の面々が顔を並べている


それもその筈、この武争祭はラヴァン王国、軍事国家バーレルナの2カ国の親交を表すものでもあり、両国が手を取り合って起こした貿易都市カラナックの繁栄と成功を記念しているのだ


国家としての面子と国力が掛かった一大事業故に、その来賓、代表の者達は各国においてトップ層に位置する者が選定されて出向する


ラヴァン王国てあれば高位貴族、バーレルナであれば軍高官が必ず抜擢される


だが…今年はそれが一味違ったのだ


普段であれば高位貴族が現れるだけなのだが、この年にバーレルナ側から現れたのは誰もが予想しなかった超が幾つも着く大物有名人


ラヴァン王国最高位貴族の一席に座り、かつカラナックを興す為に尽力した貴族四家の1つである「クリューセル」一族からの代表者…それだけでも耳を疑うビッグネームなのに


やってきたのがかの大聖女と謳われ、世界の滅亡を勇者と共に救い見事に帰還した奇跡の女性、そして世界が見惚れる絶世の美女…ラウラ・クリューセルと来れば、これに慌てふためいたのはバーレルナの方だった


本来であればバーレルナでの貴族位に相当する軍位の高い者を出す予定だったのに、そんな程度の人間では明らかに釣り合わない超大物が相方のラヴァン王国から代表としてやってきてしまったのだ


ここで適当な「将軍」(数百人規模の軍を纏める超エリート高官)だの「軍団長」(数千人規模の指揮を取る上から5つ以内くらいの地位の高官)なんて相手を送り出そうものなら…バーレルナの品位を貶める事になる


これが突然、ラヴァン王国から通達も無しに大聖女ラウラ・クリューセルの出向が決められたなら苦情もクレームも待ったなしなのだが…ラヴァン王国側からはおろかクリューセル家からも、ひいてはラウラ本人からの直通連絡によってバーレルナ側に詫びと共に事前の連絡があっては責めることも出来ない


という訳で焦ったバーレルナはラウラに顔負けしないような人物を向かわせなければならなくなった訳だが…



「ふぉっふぉっ!かわい子ちゃん達、強かったのぅ!この後、ワシとお茶でもどうじゃ?ん〜、3人ともチャーミングじゃ!ワシの被曾孫のお嫁さんとかどうじゃろうか?え、ダメ?うーむ…残念!あ、でもワシめちゃ強じゃよ?どれ、今度手合わせをば…む、何じゃ割り込みおって…なに?時間がおしてる?なんじゃワシのナンパを邪魔しおって!ほれ見よ!今にも「うん」と頷いて着いてきてくれそうな…え?そんな気はない?もぉ〜、照れなくても良いのじゃぞ?ワシ、こう見えても結構やる時はやるジジイで…」



…超うるさかった


なんならずっと優勝者として並んでいるシオン、マウラ、ペトラの3人にデレデレと顔を赤くしながら話しかけるのは背丈の小さな老人だった


真っ白なの頭髪を後ろに撫でつけ、目は細く、蓄えられた髭は老人の威厳を表すかのようだが…その身長はとても低い


小柄なマウラの胸ほどまでしか背丈が無いのも相まってプンスカと起こる姿すらコミカルに映ってしまう


手を腰で合わせて佇む姿はまさしく老人そのものだが、麗しい少女達にはしゃぐ姿はとてもエネルギッシュで老いを感じさせない妙なパワーがあった



「バージャック様、その辺りで……貴方が話していると表彰式が進みませんので」


「なんじゃと!?ワシのせいなのか!お前さんはやはりワシの事なぞチビ老いぼれの色ボケジジイとでも思っとるんじゃろ!あぁ悲しい!こんな老い先短い老人も労れんとは世も末…」


「はぁ…だからお連れしたくなかったんです…」



げっそりと溜息を隠さない側に使える軍服の若い男は頭が痛いと言わんばかりに眉間をグリグリと抓んでいる…ちなみに表彰段の上で喋りまくっているのはこの老人だけだ。目立つことこの上ない…



「バージャック様、お久しぶりですわね」


「むほっ!ラウラちゃん!久しいのぅ!どうじゃ、ワシの被曾孫の嫁に来んか?うぅぅぅむ…いつ見ても良い恵体…良い世継ぎが産めそうじゃのうラウラちゃんは!…お尻、触って良い?」


「もう…今は少し、お静かに。お嫁さんには行けませんしお尻も触ったら駄目ですけれど、この後お茶くらいはお付き合いしますわよ?」


「よし、黙る!」



バージャックと呼ばれた老人はいとも容易く沈黙した…


隣から顔を覗かせたラウラが屈んでそそっ、と耳打ちをすれば、嬉しそうにそわそわしながら言葉一つも発さなくなった…なんとも分かりやすい


しかし、こんな陽気な老人がラウラとお付の軍服の男以外に咎められないのには当然理由がある




彼の名前はバージャック・サラザール


御歳300歳を有に超える超が着く老人である


軍事力に重きを置くバーレルナ…つまり強者であることが重要かつ貴重とされる軍事国家の中で国軍の最高位…元帥を戴くのがこの小さな老人である


重要なのは「強者」が重要とされるバーレルナ国軍の中で「最高位」という事…それはつまり、巨大国家バーレルナの巨大軍事力の中でも…そのパワーピラミッドの頂点に君臨している、という事である


要するに


軍事国家バーレルナで最強の男


それがバーレルナ国軍元帥、バージャック・サラザールであった


そして…その地位に140年間もの間、座り続けている事も彼の伝説の1つ


バージャックが居なければバーレルナは滅亡していた、とまで言われる程の存在である


…とは言え、この姿からは全く想像が付かない


女の子大好きでちょっとナンパでお調子者、部下からの溜息すらお咎めしない陽気な爺さんであった


ラウラにだらし無い表情で手をひょろひょろと伸ばし、その手をペチンと叩き落されるものの、なんだかそれすら嬉しそう…


静かになった所で、段の後ろから1人の係の者が、それを持ってきた


一抱えもある大きさの大きな鏡…いや、鏡と見間違える程に鏡面状に磨き上げられた美しい深い青色をした金属の円形プレートはまるで巨大なメダルのような形をしており、ギラギラと太陽の光を七色に反射して輝いて見えるのが美しい


そこに彫ったように、シンプルな短い文言が刻まれている



『かの者達の優勝たる栄誉を讃える』


『シオン・エーデライト』


『マウラ・クラーガス』


『ペルトゥラス・クラリウス』



3人の名前もその下に刻まれており、それがこの巨大メダルが優勝を祝う物だと教えてくる



「ふぉっふぉっ!ワシが渡せば良いのだったな。ほれ、もうちっと近くに来るのじゃ3人とも。……こんな時までスケベはせんから、そんな目で見るでないわい!」



ーーあ、自覚はあったんだ…



この場の誰もがそう思った…


だって、ついさっきラウラのお尻触りたいって言ってたし…



「ま、まぁ良い!…シオン・エーデライト。マウラ・クラーガス。ペルトゥラス・クラリウス。ぬしら三名の華々しい闘果をここに刻んだ。バーレルナ国を代表し、その偉大なる功績を祝うーー持ってくんじゃ、ほれ」



その小さな体からはあまり想像のつかない力で軽々と巨大メダルを差し出すバージャックに、3人はシオンを中心に同時に受け取る形でそれを手にする


同時に、歓声があがった


爆発的な歓声だ…建物を揺るがすような大きな祝福の声が送られるのを、少しだけ戸惑い気味に受け止めながら…3人は互いに視線を合わせて、無邪気に笑った


闘いの中では色々な事があった…素直な勝利と喜べない事もあったが今はただ、この結果を喜ぶことにするのだ


自分たちの強さを確かめる…その目的は概ね果たされた上での、優勝


勝って当たり前なくらいの学院でもなく、負けて当たり前の師匠でもなく、強くなって当然の装備もない…その結果として掴んだ勝利は本人達ですら思ってもいなかった喜びをもたらしたのだった 














「欲しい…ますます欲しくなったよ、3人とも。やはり、俺に相応しい女は君達のような子だ。ラジャンは残念だけど……俺のパーティには、君達とラウラさえ居れば完全に完成する。さて、それにはまず……」









ーーー








ぶっすぅぅぅぅ………!!



3人はむくれていた!


頬を膨らませる勢いで不機嫌を露にし…というかマウラに至ってはぷっくらと頬を膨らませて「私は不機嫌です!」と全力でアピールしている!


そんなシオン、マウラ、ペトラの3人にぎゅうぎゅうに挟まれながら歩くヘンテコ仮面を着けたカナタはとても歩きづらそうだ…


ちなみに、今は戦闘服から着替えてラフな格好に変わっている




表彰式が終わってからウキウキでカナタの所へと戻ろうとした3人だったのだが…優勝者の名声は思ったよりも大きかった


それはもう、もみくちゃにされそうな程の人集りに取り囲まれて身動きが取れなくなり、優勝の余韻も吹っ飛ぶ勢いで不機嫌ゲージが高まってしまったのだ


それもその筈……優勝者、というだけでもその目立ち方は尋常ではない


カラナックの中でも特別な栄誉こそが、武争祭のチャンピオンなのだ


冒険者からはパーティメンバーとして引く手数多、貴族からは私兵として引く手数多、街からも兵としてスカウト、商人からも専属護衛として引く手数多…有名人にして需要の塊のような存在が、チャンピオンである


それなのに……そのチャンピオン達が、発育抜群で知的雰囲気による大人びた空気を纏ったエルフの美少女に、怜悧なオーラを放つ銀髪を靡かせた強い目をした魔族の美少女に、愛らしさと冷たさを併せ持つ眠そうな目付きをした猫耳の獣人美少女と来ていた



そう、もはや想像に易いだろう…




大・大・大人気になってしまったのだった



アイドルもかくやと言う次元で是非とも彼女達を自分達の所にお迎えしたい者達が続出したのである


武争祭で優勝を勝ち取る強さを持ちながら、反則的な容姿まで持ち合わせているとなれば強さ目的のみならず、異性として…なーんて事も考えちゃう輩が大噴出


我先にと声を掛け、手を引こうとし、是非とも関係を築きたい者達(特に男性)が大量に押し寄せては興味もない金やら何やらの話で自分達を釣り上げようとしてくる…




そして…




彼女達はめちゃめちゃ不機嫌になってしまったのだ!



試合の観戦中に着けてた真っ黒のローブ(冷感機能付き)を頭からしっかりと被って周りに見た目を隠しながら、ヘンテコ仮面を着けたカナタにひっ付いて離れなくなってしまったのである!


ちなみに優勝者の顔がデカデカと載る号外には何度印刷しても意味不明なノイズが入り込んでいて、優勝者である3人の顔が載せられなかったんだとか


なので彼女達が優勝者であることを知っているのは、あの大闘技場に居た者だけであり、さらに言えば後ろの席に座っていた者は遠くからの観戦で顔をはっきりと見ることも出来なかったの者が多い


写真機のような高額な道具や魔道具はかなり希少品だ。故に、大抵の場合知らない人の人相を知るためには『似顔絵』を使うのがスタンダードなアルスガルド…直接あの場で見た者以外には、3人の特徴など言伝でしか伝わらないだろう


……それなのに、凄い数の者(だいたい男達)が押し寄せたのだから三人がどれだけ写っているかは容易く分かる



「…カナタ……私のヘンテコマスクもちょうだい…っ」


「我も…この際そのヘンテコなやつで良いから…」


「致し方ありません……ヘンテコですが我慢しますので…」


「くっ…!そんなに変か…!?このマスク…そんなにヘンテコなのか…!!」



ナチュラルに自慢のマスクをディスられて悔しそうな声を漏らすカナタがしょんぼりと肩を落とす…「カッコいいとは言わないけどさ……可愛くない?」と往生際悪く抵抗するも同意は得られない…!


ピカピカと目と口を点滅させる埴輪フェイスがどこか物悲しげだ!



「…とは言え『認識を阻害する魔法』なんか持ってないしなぁ。…マスク要る?」


「いえ…取り敢えず帽子でも被っておきましょう。流石にマスクは…というかカナタはいつまでそれ着けてるんですか?」



魔法袋から麦藁帽子を取り出してぎゅっ、と深々と被るシオンが思い出したようにカナタのマスクをこつん、とつつく


カナタは武争祭に登録している時から外出時はずっと埴輪フェイスのマスクを被っており、宿に戻るまで外したことは一度もない


この街に来てから半分以上の時間をこのマスクを着けて過ごしているのだ、もう見慣れてきたシオンではあったが……いつ見ても変である



元よりこのマスクを着けている理由は『念の為』



指導者戦にエントリーする事になってしまったカナタがもしも負けるようなことがあれば…その時は正体を隠したまま『リベリオン』を身に纏える


別にカナタ自身は勝敗に頓着はしていないのだが…この3人の『指導者』として戦う事に加え、違法スレスレの賭け事を出場者同士で行われる可能性があると来れば念には念を入れるもの


…このように来てしまえば負けてやる理由もない



「…なぁ、シオン…マウラ…ペトラ…」



俯きがちに、漏れ出た声に3人の視線が集まるのを感じ取る


こればかりは…自分の我儘で振り回せない事


確認をしておかなければならない



「もしも、俺が大会で闘って、勝つためにリベリオンを使うことになったら…。俺の……勇者の同伴者として見られる事になる。3人の顔は観戦してた奴らには割れてるからな、その教え手として出場してる以上は…もっと目立つ事になるんだ。言ってくれ、もしも嫌なら俺は…」



優勝者の師…注目されない筈もない


その自分が、もし勇者の姿を取れば彼女達は「勇者の弟子」と観戦者達に顔が知れてしまう事になる


目立つなんてレベルの話ではない…幸いにも、この街にある写真機やらの類は根こそぎ動作不能に追い込めるので記録は残らないが…それでも、彼女達の顔を数千人単位で直視して覚える


人伝に伝わり、覚書で人相が回り、特徴が伝わる…分かるものには、彼女達が勇者の縁者である事が分かってしまうだろう


それが彼女達の為になるか…カナタはそれを悩んでいた


それが嫌ならば…



「…カナタ」


「シオン…?え、あ、ちょっこんな所で…っ…ふむっ……っ!…んっ……」



シオンがカナタの胸倉を掴んで引き寄せ、決勝戦直前の時のようにマスクを上にずらし上げると有無を言わせず唇を重ねた


それ以上口を開かせないように唇をしっかりと食み合わせ、それ以上喋れないように舌をにゅるりと絡み巻き取るように…互いの口内で蠢きあう


かなり激しめ…じゅる、にゅる、とお耳に刺激的な音が2人の間から聞こえてくる



「ぶはっ!し、シオンさん!?こんな公衆の面前でなんて事を…!」


「周りは気にしなくていいです。それよりも…そんな事も覚悟せずにカナタと居ることを選んだと思っているんですか?」


「っ…でもな…っ、多分そうなると面倒事も増えて…」


「はい、マウラ」


「んっ」


「いやほんとに待ってくださ…ふむぅっ……!!」



話を続けようとしたカナタを、今度はマウラが交代で彼の首根っこにぶら下がるようにして腕を回し、躊躇いなく唇を重ねた


欲しい物を、強く強請るようにカナタの舌と、唾液を絡め取り物理的に会話を続けさせなくさせるようにマウラの口撃が入り込む


こちらも激しめ…はむっ、むぢゅっ、と脳味噌を揺るがす刺激的な音が2人の間を彩る



「っはぁっ!ち、ちょっと落ち着こうかっ!?今目立つの嫌って言わなかったっけ!?」


「……それとこれとは……話が違う……っ!…好きと愛に…っ…デメリットは無い…っ!」


「そりゃ…っ…跳び上がるほど嬉しいけどな…!でも俺はお前らに周り気にして歩くようにはしたくな…」


「ん……ペトラ、いいよ…?」


「うむ、遠慮なく」


「そんなバカな!?いやほんとにす…んっぐ……!!」



なんとか話を続けようとしたカナタの頬を、両手でがしっ、と掴んで引き寄せ食い付くようにその唇を奪い取るペトラ


まるで獲物を逃さない、と言わんばかりにしっかりと両手でカナタの頬をホールドし、そこからぐいぐいと唇を深く咥え合わせて言葉も吐息も、唾液も飲み込むように舌がカナタを翻弄する


これまた激しめ…ぬぢゅ、れろ、と理性が崩れる音が脳内を反響して聞こえてくるのだ。カナタの頭に組み上がっていた理屈がどろどろに溶けていく…



「んっむっ……良い、もう話すなカナタよ…。我らが決めたことだ。そなたが勇者と知っていながら着いてきた…その程度、考えぬとでも思ったか?」


「あまり私達を舐めないでください。確かに目立つのは嫌ですが……それはカナタと一緒に進むのを妨げる理由にはなりません」


「……邪魔なら……ぶっとばす…。…困ったら力ずく……っ!……それに、どうせこの世界で目立っても……最後はカナタの世界に行くから…どうでもいいよ…?」



カナタも募る言葉が喉で止まる…


自分が思っていたよりも遥かに強い気持ちで着いてきてくれていたことに…震えそうなほどの喜びを感じるのだ


なんて…なんて愛おしい事を言ってくれるのだろうか…この場で抱き倒したくなる衝動が胸の奥から湧き上がるのは仕方のない事に違いない


しかし、カナタはそれが気がかりで仕方無かった


自分だけが正体を隠したまま…彼女達は顔が知れる可能性、それが引っかかり続けていた


だからこそ……この街にある記録系の魔道具は徹底的に妨害することに決めたのだ


公共のものから私物まで、片っ端から動作不能にしてやり彼女達の姿が見た者達の記憶以外に一切残らないようにする


そうすれば、この場で見ていた人間以外には簡単にバレるものでもない


二千人近くは見てしまったが、逆に言えばこの広い世界でたった二千人程度しか知らない


見た人が「こんな感じの子だった!」というイメージでしか、他の人に拡散して伝わらないのだからカラナックで観戦していた者以外で、彼女達を人目で分かるものなど居なくなる


これがカナタの出来るせめてもの対処だ


それに……




地球元の世界に一緒に、か……)




マウラの言葉が、頭の中で繰り返される



どうやって帰るのか…



その方法は、確かに存在する



だが…上手くいくかは極めて難しい



成功の確率を上げる…その為に




(まずは…害鳥退治から、か。いや、その前にやんなきゃいけないのは…退治か?)




ここに来て、退する相手が増えてしまったようであった









「さて、カナタ…この後なんですが…」


「ん?そういえばどうするか…だいたい午後3時か、今。どっか店でも回る?」


「明日はお休み、でしたよね?確か指導者戦は3日後でしたから」


「だなぁ」


「…ご飯、沢山買って行きましょうか。今夜の分と、明日の朝と昼と夜と夜食と明後日の朝と昼と夜と夜食とその次の朝ご飯の分…精の付くもの、たっぷりと」


「………えっ、買い物の後すぐ?」


「はい」


「…まだ明るいっすよ?」


「血が滾りますね…」


「もしかして…結構キてる…?」


「今すぐにでも、したいくらいです」



それはさておき、シオンのボルテージが限界に来ていた!


頬は朱が差し、いつもの落ち着いた瞳は伊達眼鏡の奥で怪しく光を宿し、ピンと尖ったエルフの耳は真っ赤に染まりながらピクりと動いている…!


今にも胸に秘めたリビドーが開放されそうな様子を、その瞳の奥に垣間見た!


ちらり、と、隣を確認すればマウラとペトラが黙って頷いてくる…!


武争祭での闘いは3人共に様々な刺激とストレスを溜め込んだらしい…その鬱憤が、今…カナタにぶつけられようとしていた


3人のハンターに狙われたカナタはこれに『やれやれ…』とでも言うかのようにかぶりを振って「……ちなみにーー」と呟く…








「明後日までまるごと……よろしいか?」


「「「っ!」」」



びくんっ、と3人の肩が震えた


これだけ滾ってる状態なら…そんなよく分らない全能感がカナタの一言によって粉々に粉砕される


そう…なんだかんだ言って、カナタもかなり滾ってた


それもその筈…最愛の1人は不意打ちの三魔将との一騎打ち、もう1人は洗脳のアーティファクトで魂に触れられ、もう1人は血反吐を吐きそうな負傷を目の前で負った…


そう!


実は今、カナタの方こそ3人のことが仕方がないのである!


それはもう情熱的に彼女達を求め、この心配と煮え滾る熱い感情をぶつけたくて堪らないのである!


それなのに、こんなに情熱的に愛しの少女達にストレート一直線で求められてしまったら……そう、我慢なんてブレーキは粉々に粉砕されてしまった!


眠れるドラゴンを呼び起こしてしまった事に気がついた3人…


はっ、はっ…とちょっと頬を真っ赤にして息を整え、早まる鼓動を落ち着けるシオン、マウラ、ペトラ…その3人の背中に手を回して抱き寄せるようにしたカナタが、囁くように言った





「精の付くもの…たっっっぷり買ってこうな。じゃないと……大変だよ?」




彼女達は、獲物がどちらなのかを…よぉーく思い出す事となった






ーーー





ガヤガヤと賑やかな喧噪が響くカラナック冒険者ギルドの中では先程終えた武争祭の話題が引っ切り無しに飛び交っていた


まるでピーク時の酒場のような賑わいは、観戦に行っていた者達がこぞって観ることの出来なかった他の冒険者達に語って聞かせる声である


冒険者達は依頼を受けてしまっている場合に、それを押し退けて観戦に行くことなど出来るわけもなく、よって上手くこの期間に依頼を避けた…というよりサボった冒険者達はこれ幸いと武争祭の出来事を語り明かしているのだ



「てかよぉ、お前らも仕事しろよ!どいつもこいつも観戦行くから依頼溢れ返ってんだぞ!?」


「まぁまぁ、固いこと言うなって!それよりもさ、優勝した女の子達がこれまた…」


「もう何回目よ、その話…嫌ってほど聞いたわよ。超可愛い子だったんでしょ?」


「いやマジですげーんだって!可愛いのもそうなんだけどさ、強さが段違いでよ!決勝は熱かった…!あのライリーと真正面からやりあったんだからな!」


「そこが信じらんねぇよなぁ。あのライリーだぜ?斧一本でドラゴン殺せるライリー・ラペンテスを倒せる女の子なんてな」


「私が気になるのはラジャンのクソガキを潰した魔族の子よねぇ。あいつ、調子乗りまくってたからいい気味よほんとに…」


「それなんだけどさ、ラジャンの奴…開幕で洗脳のアーティファクト使ったらしいんだわ。それも1級アーティファクト以上の性能って…」


「はぁっ!?頭おかしいんじゃねぇかあいつ!?それ普通に捕縛されんだろ!てか、それ対戦相手の子どうなったんだよ?」


「分かんねぇんだよ。何故か洗脳が効いてなくてブチギレたその子が闘技場まるごと吹き飛ばそうとしてさ、ラウラ様がそれを止めたんだ」


「…それさぁ、もしラウラ様が止めなかったら…」


「俺のとこのリーダーも言ってたよ。『ラウラ様が客席守らなかったら闘技場の結界ごと吹き飛んでたかもしれない』って。…どんな威力だよ、客席の結界って城門の防御に使ってたやつのお下がりだろ?対攻城結界じゃねぇか」



対攻城結界…対戦略、対軍、対儀式魔法という別次元の規模を誇る魔法を除き最も頑丈な防御魔法の1つであり、大型の投石や破城槌、炸裂系魔法から城壁や城門そのものを守るための結界である


そもそも高度な魔法技術と莫大な魔法が必要な対戦略級魔法や対軍魔法などそう易易と用意できる物ではなく、儀式魔法に関しては一線級の魔法使いを複数人集めて連携巧みに魔法を扱わなければ使えないのだ


それを行える組織や国家など数が知れており、その規模の攻撃を行う魔物もその辺を歩いているようなものではない


闘技場、という一施設を守るにははっきり言って過剰とも取れる結界が張られていたのだが…それをたった1人で粉々に吹き飛ばしかけた、というのだから驚きを通り越して半信半疑になるのも無理はない


それは冒険者の中で言うならば……少なくとも、金剛級に次ぐ白金級に相当する魔法の使い手と言うことになる


そんな逸材が居たなんて…今まで名前も広まらなかったのが不思議でならない程の魔法使いだ


だというのに……



「それが………それがエルフと魔族と猫獣人の超美少女なんだぞ!?そんなん……そんなん…っ…!!」





「「「「「「「「「「お迎えしたいに決まってるだろぉ!!!」」」」」」」」」」




男性冒険者諸君が仲良く叫んだ


それはもう魂の叫びだった


冒険者なんて七対三くらいの割合で男性冒険者が多いものだ…つまり、なかなか女性冒険者とパーティを組んで活動できる者は多くない


そんなに強くて可愛いなら…色々夢見ちゃうじゃん!……彼らはそう言いたいのである


同じパーティで、旅をしながら仲を深めて、同じ鍋の飯を食って、そして絆が深まればその先まで…もしかしたら自分のパートナーになってくれたり、冒険者を引退すれば幸せな生活とか……



なーんて事まで考えちゃうのだ!



それくらい、女性冒険者で強くて若い、可愛げのある子は貴重なのである



「バカばっかり…そんな夢みたいな話あるわけ無いじゃん」


「ねー。なんで男ってそういう妄想ばっか捗るのかしら…」


「あんたらみたいな銀級で燻る奴らに見向きする訳ないっての」



対して、当然ながら女性冒険者達の視線はとっても冷ややかだった


彼女達は知っている…どういう冒険者ならば、女性達が着いていくものなのかを


決して……こんな欲望全開のことを恥ずかしげもなくぶち撒けちゃう彼らのような男には、素敵な女性は現れないことを、よぉぉく知っていた



「でも、本当に凄い子だったのよねぇ。見た目もそうだけど…エルフの子だって、ライリーの攻撃受けても立ってたし最後は本当に勝っちゃったんだから」


「獣人の子もやばかったですね!私、全く動きが見えなかったので自信無くしちゃいます…」


「アレと自分比べたらダメだってば。正直、闘いのレベルが違い過ぎて嫉妬も湧かないわよ」




「……ねぇ、その子達ってさ。真っ赤な髪に眼鏡かけたおっきい胸のエルフと、小柄で青髪の猫の獣人、銀髪に切れ長の目の魔族…って感じの子?」


「「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」」



ある女性冒険者が呟いた声に、大勢の男達が振り返る


その反応に「あ〜、やっぱり…」と声にする彼女…観戦してなかった筈の彼女が何故そんなに特徴を知っているのか…



「その子達、確かこの前ここに冒険者登録しに来てた子達だよ?」



「「「「「「「「ええぇぇぇぇぇぇ!!?それ早く言えよぉぉっ!!」」」」」」」」



男性諸君の悲鳴が響き渡った!


そんな間近な接点があったなら猛アピールを仕掛けていたのに!


「あ、俺の方が先輩だね。冒険者のこと、教えてあげるよ」…なーんて感じでコンタクトが取れたかもしれないのに!自分達にも春が来るかもしれなかったのに!


…そんな彼らに、女性冒険者は無慈悲の現実を叩きつけてしまったのであった



「あれ?でもあの子達、彼氏っぽい人と来てたよ?めちゃラブラブというか、3人がその人にべったりな感じで…」


「「「「「「「「「それ早く聞いていてよかったぁぁぁ!!」」」」」」」」」



そう、誰もパートナーが居る相手に対してただの厄介なナンパにはなりたくなかった…!


この話を聞いてなければ速攻突撃をかまして、彼氏持ちの少女達に無謀なアピールをアホみたいにするところだった!


略奪なんてとんでもない…男性冒険者諸君は自分のことを知っていた。そう……銀級から抜け出せない程度の自分達が、女の子を振り向かせられるなんて夢のまた夢なのだ、と




そう…問題は男なのだ









「皆さん!緊急の依頼が入りました!」



その騒ぎの中で駆け込んできた受付嬢は慌てた様子で一枚の羊皮紙を広げて見せた


こうして直接緊急の依頼が入ったことを、ギルド内で発表するのは…ただ事ではない証拠


冒険者の間では、本来声に出して募集されない依頼が受付嬢の口頭で募集されるそれを「鈴付き」と呼んでいる



「第2オアシス近辺にて…群性暴走スタンピードが発生しました!魔物の等級アベレージは金級、中心となる魔物は地凰竜エルグランド・ドラゴン…大型の個体で白金級は優にある、とのことです」





それは、並の冒険者では自殺にしかならないような依頼だった







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




【後書き】


皆様、新年明けましておめでとうございます


令和6年、今年もどうぞよろしくお願いします


…はい、申し訳ないとは思っております。まさか年をまたいで一週間も更新できないとは…情けない限りです


お待ちいただいた方には大変申し訳ありませんでした


それなのに、フォロー数が5000を超えておりました………ウレC……ウレC……


正直、作者の忙しい時期はあと一回…2月の真ん中から3月の初めくらいにもあるのでまたこんなことになるかもしれません


皆様、新年から色々な事故、災害、事件が多発しています…御健勝でいられることを、物語の向こうからお祈りしております





ーーあ。あとは1、2話くらいの間にノクターンだせるように頑張ってます


オトナの読者さん、少しだけお待ちを…




ーーー



「ちなみに、アルスガルドでは新年の祝いブルダックという鳥の魔獣を丸焼きにした料理が一番メジャーだのぅ」


「うーん…俺からすると完全に七面鳥なんだなぁ、これ。あ、でも七面鳥みたいに照りが出る感じじゃなくてゴリッゴリにスパイスまぶしてあるんだよな。そんで、酒は必ずセットででる、と」


「ケーキは出ないんですよね。その代わり、子供はクッキーが沢山食べられます」


「……毎年沢山食べる……カナタの家に来てからは……なんかもっと大きい鳥だったけど…」


「あー、『断鳥ビキティ』だろ?翼長15mくらいあるやつ。食いごたえがあって、いっぱい飛んでるからな」


「……大きすぎて食事シーンが完全にト◯コ……骨まで揚げて食べられる鳥、美味しそうだった……っ」


「あの怪鳥、そんな名前だったのか…我ら、なんの躊躇いもなく食っておったなぁ」


「さて、ちなみに…カナタの故郷では新年に行う物がもう1つありますよね?」


「え?お祝い以外になんかしてたっけな俺…」


「んっ……これをやらずに新年は越せない……っ!」


「一番大事、と言っても過言ではなかろう」


「…もしかして俺より日本に詳しかったりする?くっ…分からん…じゃあせっかくだしやってみるか。何するんだ?」


「えぇやりましょう。その名も……『ヒメハジメ』という素敵なイベントがーー」


「おぉっと、流れ変わったな!?そこから先は一方通行ノクターンだ!進ませるわけにはいかんぜ!」


「成る程確かに……寒い冬、同じ屋根の下、外に出る必要もない男女…するべきことは1つ、ということなのだな、うむっ」


「んっ……ビーストソウルに…するべきことは火が点くぜっ……!」


「めっちゃヤる気なんですけど!?そんなヤる気全開で来られたら流石にーー♠」




「ふふっ、新年こそ初勝利を得てこそ、良いスタートが切れるというものですからね。ここはバシッと決めるべきです」


「くくっ、カナタも押せば押されるというものだ。ここは勢いに乗って勝利をいただくっ!」


「んっ!……最高のスタートダッシュ……っ!……一回でいいから…カナタが追い込まれるところを拝む……っ」




「ーー興奮しちゃうじゃないか…♡」



「「「はっ!?」」」






ーーー→ to be Nocturne

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る