第86話 真紅の贈り物


「あがっ…は…っ!?…おっぇ……っっっっ!!!??」



ぼたぼた…破壊され尽くした地面にシオンの苦しそうに大きく開いた口から、胃液と唾液の混ざりあった物が零れ落ちる


身動きが取れない、痛みと苦しさに手も足も動かない…この試合で本当の意味で、完全に決まった初のクリーンヒット


それは…戦闘の続行という点においてあまりにも致命的だった


ぐぼっ、とシオンの腹からグレイゼルの石突が引き抜かれれば、これまでのダメージですら立ちし凌いでいたシオン体が…重力に負けるようにして完全に膝を着いたのだ


手で腹の中心を抑え込みながら背中を丸めるシオンは何があったのかまるで分からない…が


視界の端、グレイゼルの石突の穴から通る魔力紐があらぬ方向に伸びているのに視線だけを向けて気が付いた



「…っ…ま、っ……さか……っぐ…ぉぇ……っっっ!」


「気が付かれなくてマジでほっとしたぞ…流石に俺も負けんの覚悟した…。あー、喋んねー方が良いぜ。どんだけモロに入ったかは手応えで分かってんだ。…シオン、まともに息すんのもキツいだろ?」



ライリーがを降ろしながら、安心したとばかりに息を漏らした


えづくように息をつまらせ、目端にあまりの苦悶に涙が勝手に溜まりながらもシオンはようやく、自分の身に何が起きたのかを理解する


魔力紐は…自分が通り過ぎて外れたのではない


ライリーは紐を長く伸ばしてシオンをグレイゼルの内側に誘った


伸びた紐はそのままライリーが振るままに横に振られ…シオンの爆撃のような魔法攻撃で隆起した地面に引っ掛かると、それを軸にして紐は真っ反対に向きを変えグレイゼルは急激にライリーの斜め後方から急接近…長さピッタリにグレイゼルはライリーの足元に戻って来る


足元に来るグレイゼルは遠心力に継ぐ遠心力を加えた凄まじい速度で飛来し、ライリーはグレイゼルの頭をタイミング良く思い切り蹴り上げれば、その反対の石突は眼の前のシオンの…柔らかな弱点に吸い込まれるように入り込む



ひゅー、ひゅっ、ひゅぅ…とシオンの口から不規則におかしな音の息が聞こえるのは即ち…通常の呼吸すら行えていない証拠であった


事実、内蔵がひっくり返り、腕を突っ込まれて腸を捩じ切られんばかりの苦痛にただひたすら体を曲げて悶絶するしか無いシオンはら降りたライリーの脚を掴むようにして顔を上にあげる


そのまま魔力の輝きを僅かに増すも…「うっ…ぐ…ぅぅっ…!!」と顔すら上げていられなくなる



その姿を見るライリーは…その内心で未だ冷や汗が止まらない思いをしていた



(っぶねぇぇぇーーー…!!マジで顔面つぶされるとこだった!つか、硬すぎんだろシオン…!こんなエグいの食らったら普通は腹突き抜けてくたばってるっての…!ひ、久し振りにビビった…!)



目の前まで迫った紅蓮の魔力を纏う拳は、ライリーを持ってしても恐れるに値する恐怖があった


あとワンテンポでも遅れていたら顔面がオシャカになって倒れているのは自分だったのだ


それに…シオンの常軌を超えた耐久力にも助けられた


普通の相手なら腹を突き破られて即死しかねない技だ…彼女相手でなければ出すことは出来なかった


だが…その分、彼女の痛みは想像すらしたくもない


恐らく内蔵がぐしゃぐしゃに掻き回されたような苦痛が彼女の胎内で暴れまわっているのだろう


今も、膝をついて腹を抑えながら声を出そうとして言葉にならない苦悶の呻きを、今にも吐きそうな呼吸と共に漏らしている



「ま、これも勝負だからな。悪く思うなよ?…んでもって、わりーけど…トドメ刺さなきゃいけねーから。抵抗すんなよ、一発で意識トバしてやっから」


「っっ……!!」



紐を巻き上げてガシッ、とグレイゼルを強く掴めば大きく振りかぶり…なんの加減もなく斧の腹全体でシオンを正面から野球のスイングのように振り抜いた


バゴンッ、と強烈な音を立ててグレイゼルを叩き付けられたシオンは…なんの抵抗も出来ずに吹き飛び、まともに受け身も取ることすらできずにごろごろと転がっていく


途中その手から、赤鉄が離れてシオンと離れた場所に突き刺さればシオンの敗北は…ほぼ決定的となった


うつ伏せで倒れ込んだシオンは強烈に叩き付けられたグレイゼルによって額が切れたのか、どろりと流れ出る赤い液体により片目は開けられず…しかしそれでも、意識は手放していなかった


片手は腹を抑えたまま、もう片方の手は地面を掴むようにして体を支えて上半身を震えながら何とか起こし…どうにか片膝をついた姿勢に体を起こす



「おいおい…やめとけシオン。もう無理だろ、まともにやり合えるダメージじゃねー。あー…俺がしてた褒賞の話なら考えてやるから、取り敢えず楽にしとけ。早く診てもらわねーと、キツいだろ」



離れた所でライリーが声を上げているが、それすらも聞くのに意識出来ない…いや、していなかった



(…っ…息を、するんです…っ…言う事を聞いて下さい私の体…っっ…!後でいくらでも治る傷です…気合で、あと一発…っ、だけ………っ!動いて下さい……っっ!!負けたく、ない…んですッ!)



こひゅ、ひゅぅ…


自分の喉から、聞いたことのない呼吸音が聞こえてくるがそんな事は気にしていられない


抑えた腹が、切り裂かれた箇所から見える鳩尾がおぞましい紫色に変色しているのすら、気にかけていられない


シェイクされた内蔵が訴える悲鳴を、黙らせないといけない


震えて崩れ落ちたいと叫ぶ体を、壊れてでも動かさないといけない


その思いが、シオンの肉体をなんとか…片膝立てただけの姿まで動かした


ライリーがその場で斧を背中に担ぎ直したのが見える…もう、勝ちを決めた様子だ。いや…もう殆ど決まっているのだろう


シオンがあと少し、体を起こすのが遅ければ試合終了の大銅鑼は鳴らされていただろう


だが…


この最終局面で、シオンは気合と根性で腹を抑える右手をぎゅっ、と握り拳に変えて…


左手はライリーの方向へ伸ばし…





くいっ、くいっ




指を、2回折り曲げた



「へぇ…。最後まで戦って終わる、か。やっぱシオンお前…サイッコーの女だ…!いいぜ、今度こそあと一撃…痛む間もなく落としてやるッ!」



挑発…「かかってこい」と、言外にライリーを焚き付けた


ライリーがゾクゾクと…そそられた表情で戦意を漲らせたのが見えた


手元に赤鉄は無い、動き回る余力もない、魔法を発動できる集中力も無い…しかし、握り締めた右の拳には薄くとも紅蓮の魔力が渦巻き、纏わる


戦う意思を見せたシオンに対し、ライリーは最後の一撃を加えるべく、動き出そうとする
















(マジで最後の一撃まで戦う気かよ…!痺れるぜ…!俺の女にすんなら、こういう気概のヤツじゃねーとな…!けど、その気があんなら最後まで敵だ…意識落とすまで、手加減しねー…!いくぜシオン……!!)



ライリーは己の拳を構えた


もはや斧は必要ない…ただ、この拳で眼の前の「敵」を叩き伏せるのみ


死に体と言える状態のシオンだが、油断はしない


全力の一撃で、完全に落とす


バスタード・マキシマの出力を引き上げ、滾る魔力を全身にくまなく満たし、シオンに向けて勢い良く飛び出した…ーーー








「………………………………………はっ?」







ライリーの視界に、いっぱいの空が映り、地面が映り、宙を舞う土が映り、客席が映り、空が映り、宙を舞う土が映り……景色が目まぐるしく移り変わる


思わず抜けた声が出てしまった


いや、そんな声が出るほど意味不明な景色の転々が連続で続いている


ーー今、シオンに向けて全力で飛び込んだのに…一体どうなってる…?


頭で全く理解できない状況に…少ししてからライリーはようやく今の自分が…

 



高速で錐揉しながら乱回転して空中を吹っ飛んでいる事に気がついた



「なっ…ぁ…!?何がどうなって…!?なんで俺がこんな訳わかんねー飛び方を……!!?」



驚きのあまりに、ようやく戻ってきた平衡感覚が乱回転によりぐるぐると刺激される不快さを感じ取りながら思わず声に出てしまう


しかも…どういう訳か意味がわからないほど強烈な力で回っており、空中で体がまったく制御出来ない


シオンに向けて飛び出した瞬間に、既にこの状態だったライリーは何が起きたのか理解出来ない状態のまま…




シオンの姿が目に入った



拳を振り上げた、その姿が…





「おいおいおいマジで言ってんのかぁッ!!??」



「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァっっっっっっッッッ!!!!!!!!!!」



動くこと無く、立膝のまま…声を出すのも辛いはずなのに、裂迫の咆哮を上げたシオンの拳が、先程の弱々しさも嘘のように…いや、最後の力を燃やし尽くすようにして星の如く輝きを放ちながら真下に向けて振り下ろされていた


そう……体勢を崩したままシオンの元へと落ちていく、ライリーの顎目掛けて…


叩き付けられた



地鳴りのような凄まじい破壊の音が鳴り響き、闘技場の地面は地割れのように破砕され客席はあまりの破壊力に地震さながらに振動が全てを揺るがした


シオンが放った、最後の一撃によって


無慈悲にも潰すように抉られた腹から絞り出された声は、その破壊の振動よりも遥かに大きく…全員の耳に伝わった


その極限状態から放たれた一撃は正確にライリーを捉えていたのだろう




彼女は完全な白目を向き……起き上がることは無いのであった










「な、なんだ…今何が起きた?我には…ライリーが突然吹っ飛んで体勢を崩したように見えたのだが…」


「んっ……勝手に飛んでったみたい……なんか変……っ」



客席から聞こえる、聞いたこともない親友の絞り出したような悲鳴とさえ聞こえかねない咆哮に目を見張りながらも…今起きたことが分からないペトラとマウラは試合終了の銅鑼の音が鳴り響いても頭を悩ませる


それ程までに…今のは不自然な形だった


ライリーが勝手に、吹き飛んで体のバランスを致命的に崩したような、あまりに可怪しい形での隙だったのだ


カナタはこれに…楽しそうに笑う



「…いいね。良い使い方してるよ、シオンは」


「分かったのか、カナタ?」


「うん。シオンはね…ーー」



ペトラとマウラはそれを聞いて首を傾げた


何故ならそれは…見れば分かる、当たり前のことだったから





「ーー極限臨界エクスター・オーバーロードを使ったんだ」






ーーー




ーー







【Side シオン・エーデライト】






〜時間は一分、遡る〜






「…っ…ま、っ……さか……っぐ…ぉぇ……っっっ!」


「気が付かれなくてマジでほっとしたぞ…流石に俺も負けんの覚悟した…。あー、喋んねー方が良いぜ。どんだけモロに入ったかは手応えで分かってんだ。…シオン、まともに息すんのもキツいだろ?」



痛い、苦しい、息ができない


まるで腹の中を直接握り潰され、搔き混ぜられたような激痛が走る


体は制御を完全に失い、ただこの苦痛に最もな姿勢へと勝手に変えていく…あれだけ着くまいと思っていた膝は面白いようにかくん、と折れ崩れ、背中は丸まり手はお腹を抑え込んで…蹲る


もしも胃袋に何か食べて入れていたなら根こそぎ吐き戻していたところ…


ただ…吐きそうなえづきによって唾液とこみ上げてくる胃液が口から堪らず落ちていく



ーー痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!苦しい苦しい苦しい…っ!!息が…出来ません…っ体がっ胸が…空気を吸い込んでくれない…!喋るための空気すら入ってこない…!完全に…っ内蔵をやられてます…っ……!意識が…目の前が、気を抜いたら真っ暗になりそうです…!



どうにもならなかった


呼吸、という当たり前の行為すら体は行えないのに戦うことが出来るのだろうか?


普通は無理だ


これは言わば致命傷…聖女達、という保険がなければ後に後遺症すら出来かねない傷だ


この場で立ち上がって戦うなんて…不可能だった


何とか動いた片手が、ライリーの脚を掴んで顔を上げるも…彼女は既に、自分が立つことすら不可能な事を理解しているのだろう


魔力を込めて…己の魔法を使うが、もうこの体は…どうやっても歩けない



「ま、これも勝負だからな。悪く思うなよ?…んでもって、わりーけど…トドメ刺さなきゃいけねーから。抵抗すんなよ、一発で意識トバしてやっから」


「っっ……!!」



振り上げられた金色のバトルアックス…刃ではなくハンマーのようにその腹をフルスイングで叩き付けてくる、決着の為の一撃は手加減など有りはしなかった



「がっ…ぐ……ぅ……っっ…!あぐっ…………っ!」



防御の構えすら取れない…受け身なんて夢のまた夢だ


面白いように飛んでいき、地面をバウンドして…遠くに赤鉄が穂先を地面に突き立てて落ちたのが見えた…愛器さえも、手から飛んでいった


左の視界が赤く染まる…今ので額が切れたらしい…もう、片目も開けられない…


意識が遠のき、体の骨があまりの衝撃で悲鳴を上げ、打たれた体の全面はビリビリとその威力に腫れ上がる


それでも…遠のく意識を必死に繋ぎ止めて、意地でも開いてる片目は絶対に閉じないようにしていた



ーー…っ…息を、するんです…っ…言う事を聞いて下さい私の体…っっ…!後でいくらでも治る傷です…気合で、あと一発…っ、だけ………っ!動いて下さい……っっ!!負けたく、ない…んですッ!



諦めるな、勝機はある、僅かにだけ…


それを掴むまで目を閉じるな!


明らかにおかしい呼吸の音が自分から聞こえてくる…いや、そんなことはどうでもいい!


どうにかして、あと一撃を叩き込む…負けるなら、その後倒れればいい!


自分の親友を思い浮かべる……知らずとも魔将と戦い、翻弄された…。卑劣にもアーティファクトにより、身と心を穢されかけた…


それでも決勝に橋を渡した


幸運もトラブルもあっての結果だが…自分の戦いに繋がった


優勝して、カナタを安心させると3人で約束した…






負ける訳にはいかないんですっっっ!!





脚でダメなら手で起きろシオン・エーデライト!


息ができないなら止めてでも動け!


眠りたいなら30秒後に好きなだけ寝ろ!


吐きそうなら吐きながらでいい!



歯を食いしばって、地面を握り締めて…嫌がる体を無理やり起こす


片膝は着いたまま…だけど、どうにか起き上がる


カナタとの訓練ですら負ったことがない…臓器がイカれる重症…それでも、戦いの最中ならば隙を見せられない


右手を握り締めて…もうすぐ残り滓すら消え失せそうな魔力を掻き集めて、ライリーを見つめれば彼女は私を静止していた


自覚はあるのだろう、それだけの傷を負わせた自覚が…


だからこそ……煽る


指を曲げて、掛かってくるように挑発する


戦いは終わっていないことを、教えてやる


ライリーは……これに乗った


オレンジ色の魔力を高まらせて、構えた姿は膝を着いた相手に対する構えではない。完全に…敵の最後の抵抗を黙らせる為の、トドメの一撃を放つ姿勢


まともに打ち合えば確実に負ける


だからこそ…



ーー最後の…最後の小細工です…!勝つか負けるか……っ…自分を信じます…ッ



最後に使った魔法…臨界オーバーロード


魔力を絞ってあの時、しっかりと、強烈な勢いで使用した


この魔法を使えるように苦労したのだ


突いたものは砕け、触るものは飛び、撫でたものは削れた…力のコントロールに神経を割いて集中し、練度を上げていかなければ使い物にならなかった


そうしなければ…大切な物だって壊れてしまう


カナタがそれを教えてくれた


そして、それがいかに難しいのかを、手解きしてくれた



ーーそしてまる3年かけて…たったの2分です。笑ってしまいます…カナタの力を借りないと、この力はまだ…私の言うことを聞いてくれないんです。だから……ライリー、








使……!!








「………………………………………はっ?」






バゴォォォッッッンっっ…!!



そんな音を立てて、地面を吹き飛ばしながらライリーは飛び出した…いや、飛び出してしまった


これが私の、最後の小細工


顔を上げるために彼女の脚を掴んだあの時…掴んだライリーの右脚に、可能な限りの高倍率の強化を…極限臨界エクスター・オーバーロードによって施した


今の私ですら、2分しか制御出来ない超強化を…片脚のみ、という形で何も知らないライリーに施せばどうなるかーー




「なっ…ぁ…!?何がどうなって…!?なんで俺がこんな訳わかんねー飛び方を……!!?」




普通ならただ歩いて近付かれて終わりだったのに……でも、ライリーなら、彼女の性格なら絶対に挑発に乗ってくれると思っていた


!!


それだけが勝機!


左脚は素の力故に、私までの飛び込む距離は正確無比…しかし、今のライリーの右脚の脚力だけは彼女自身のバスタード・マキシマと臨界オーバーロードの重ね掛けによって常軌を逸したパワーとなった


そんな脚で、オーバーパワーの踏み込みを制御できずに行えばどうなるか……ライリーにとって、ライリーの右脚にとってこの土を固めただけの地面は!!


右脚の踏み込みだけ、力が強すぎてのだ


そんなパワーで片足だけ空振れば、飛び出した先で姿勢やバランスをキープできる訳が無い!


右脚の凄まじい力での空振りと、左脚だけの通常の踏み込み…そのせいで、体は勢い良く回転するのだ。そう、そのまま…彼女が来ようとした私の目の前に向けて、真っ直ぐに…ーー!!



「おいおいおいマジで言ってんのかぁッ!!??」



動け私の体ッ!


最後の最後、この一撃だけに全部賭けろ!


魔力も気力も体力も、何もかも注ぎ込んで一撃で決めるッ!



「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァっっっっっっッッッ!!!!!!!!!!」



空気もまともに吸えない体で、思いのままに叫んだ


動かしただけで内蔵が捩じ切れそうな痛みがあっても、この瞬間だけの為に拳を叩き付ける


ライリーからの防御と反撃は…無かった


乱回転して体感したことのない強烈な勢いで弾き飛んだライリーはまともに体を動かすことすら出来なかったのだろう


この一撃は…彼女の顎を真横から撃ち抜いた


正直…後で感じたのは「力入れ過ぎ」という感想でしたが…



これをまともに食らったライリーが、立ち上がって続行に来ることはありませんでした





ーーー




「急ぎなさい貴女達!早急に治癒を!ライリー選手は意識がありませんからお二人で、他の聖女はこちらへ来なさい!」



統率をとる一級聖女タランサ・フィールは速やかに聖女達を差し向ける


見ていた分には手に汗握る激戦であったが…シオン、ライリー共に重症も良いところであり速やかな治癒が必要なのは明らかだ


ライリーは強烈な威力で顎を殴り倒され完全に意識が飛んでおり、恐らく顎も外れ骨も砕けている可能性がある重症…


そしてシオンの方はグレイゼルの石突が皮膚越しに内蔵を思っきり抉り抜いた事による内蔵のダメージが酷く、今も横に倒れたまま腹を抱えて「けふっ…ぉぇ……っ…」とまともに呼吸が出来ていない


骨の損傷は治して繋げれば問題無く、意識がないのも脳震盪による失神である。ニ級聖女と一級聖女が1人づつ居れば傷はすぐに治るだろう


問題は…内部のダメージが深刻なエルフの少女だ


肉体を強化していた魔法が限界を迎えて解けたことで、ダメージを負った体を支えることすら出来なくなったシオンは横倒れのまま動くことが出来ない


タランサを含めた4名の聖女が同時に聖属性の治癒魔法をシオンにかけようと、その掌をシオンの腹に当てようとするも僅かに彼女の腹に触れただけで「ぐっあ…っー…ぅぅぅ……っっ!!」と唸るように身悶えし、首を横に振られてしまう


あまりの痛さに少し触られることすら、猛烈な苦痛が走る…


治癒魔法は手で患部に触れる事で癒し易くなるのだ。傷が深ければ深いほど、触って治さなければならないのだが…



「少し触れるのも駄目ですか…?すぐに楽になる筈なので、ここは我慢を…」



タランサがシオンの耳元でそう伝えるものの、返事もできずに首を横に振るシオンにタランサも行き詰まる


このままでは内臓に後遺症を残す可能性があるのだ、ここは我慢してしっかりと治癒を受けて欲しいところなのだが…







「芽吹け、清浄のはなびら…平穏をここに……『マティリアの甘風あまかぜ』」





黄金の波動が、ドーム状に突如として広がった


その耳を擽る声音と共に発生源は聖女達のすぐ後ろ


彼女達が振り返ったその先に、その人は居た



「よく頑張りましたわね、お二人共。このラウラ・クリューセル…決勝の激戦をしかと見届けましたわ」



聖女達が色めき立った


今、初めてその姿を見た者が殆どなのだから無理もない


伝説の聖女、最高の聖女、そして最強の聖女…有名人どころの話ではない、物語の登場人物と言われたほうが頷けるその美女は、優しく微笑んでこちらを見ていた



「ラウラ様…!い、いらして良かったので…?」


「勿論ですわ。決勝の舞台に姿を表さない理由は無くてよ?それに……むず痒いんですもの、見ているだけというのは」


「そ、そうでしたか…むず痒いんですね…」



タランサが心なしか機嫌良さそうに現れたラウラに目を瞬かせる…そう、ラウラは自分の手と足で冒険の旅を完走させた女性である


自分で走り、守り、戦った大聖女にとって「観戦」というのは歯痒いものなのだ



「っ…はっっ!!けほっ、けほっ!はぁっ、はぁっ…!あ、れ…?息が、出来ます…。あ、痛くない…?」



がばっ、と飛び跳ねるように体を起こしたシオンは急に自分の胸の中に流れ込むいつも通りの空気にむせ返りながら起き上がった


信じられないように自分の体を見下ろし、露わになったままの己の腹を見てぺたぺたとそこを触りながら…あれだけ紫色に染まっていた腹部が綺麗さっぱり、いつもの綺麗な肌艶を取り戻しているのに混乱する


あれだけ自分を苦しめた痛みが、苦しさが…まるで先程までの戦いが夢だったのかと思う程に跡形もなく消えていた



「シオンさん、大丈夫そうですわね…。もう、無茶をしますのね、まったく……まるで、ジンドーを見ているようでしたわよ?」


「ぅ、えっ…その…ら、ラウラさんそれは…あの……」


「ふふっ、冗談ですわ。その話はまた後日…立てますわね?」


「は、はいっ。こ、これラウラさんが治してくれたんですよね…?あ、ありがとうございますっ」


「構いませんわ。大した傷では無かったもの、少しお腹が痛かっただけですわよね?」


「えっ……は、はいっ!」



大した負傷じゃないらしい…少なくとも、彼女にとっては


治す彼女にとっては打ち身や腹痛と同じような程度だったそうである…慌てて頷いたシオンがそー…、と他の聖女に視線を合わせると、四人揃ってブンブンと首を横に動かしている…絶対にそんな軽症では無かったようだ


というか、擦り傷掠り傷の類も何も残っていない


そしてそれは、側で倒れていたライリーも同じ様子だった



「むにゃ……へへ……しおーん……へへへ……ここがいいのかぁ……へっへ……やーらけー……」


「…なんの夢を見てるんでしょうか?いえ、分かりたくありませんが…」



じとっ、と半目でなんかだらしない表情をしているライリーを見下ろすシオン…若干ゴミを見る目が入っている…!


いったいどんな夢を見ているのか…意識を失ったまま顎の重症も脳震盪も丸ごと治っている為に、ただ眠っているだけになっているらしい


そんなライリーに嘆息しつつも、立ち上がろうとして…ふらり、とよろけて地面にぺたりと尻を、落とした


きょとん、としたシオンだが体の不調が全て消え去った後に襲ってきたのは猛烈な脱力感


脚が普通に立ち上がるのも気怠くて、力が全く入らない…この状態にようやく自分が陥っていることを認識した



「そ、そう言えば魔力すっからかんでした…」



そう、魔力切れである


意識は保っているものの、もはや魔法のマの字も使えないくらいにすっからかんになっていたのを思い出したのだった


それくらい、ライリーとの戦いは表面張力のようにいつどちらが崩れ溢れるか分からない戦いであった証拠だ


ラウラの魔法は負傷を治せても魔力を分け与える訳では無いのだ



「さぁ起きなさいな、ライリーさん。いつまで寝ていますの?」



ぺしぺし、ぺしぺし


屈んでライリーの頬を柔らかく叩くラウラに「ぅー……朝……あっさ……?…んぇ……ラウラねぇ…?」と寝ぼけるライリーがぼんやり薄目でラウラの姿を認識した瞬間…



「……どわぁっ!?ラウラさん!?なんでここ居んすか!?あーもう、今の見てたのかよ…!!」



慌てた様子で飛び起きた


自分が先の一撃で倒れ意識を失ってたのを自覚していたのか、どうにもバツが悪そうにぶん殴られた顎を擦る


ちなみに、ラウラとライリーは何年も前からの知り合い…というか勇者パーティは皆ライリーとそれなりに付き合いがあるのだ


特にラウラとナスターシャは彼女のことをよく構っていたものであり、妹分と言っても差し支えない。逆に言うならばライリーにとってラウラは頼って魅せたい姉貴分なのだった



「ふふっ、ばっちり、全部見ておりましたわよ?強くなりましたわねぇ…」


「負けたトコ見ないで欲しかったんすけど…あーあ、んなカッコわりーとこ見んなよな…」


「あらあら、別に負けることが恥では無くてよ?格好いいと思うのは…幾度倒れても立ち上がる、不屈の姿ですから」


「む………」



その言葉にライリーも口を「へ」の字に結ぶ黙ってむっくりと立ち上がる


彼女にそう言われて立たない者など居ないだろう


その言葉が…いったい誰を見てきたから発されているのか、分からない筈もなかった


立ち上がってパンパン、と服に着いた土と砂をはたき落とすと、へたり込んだシオンに手を差し伸べる



「はぁ……負けた。負けた負けた負けた!何されたか全く分かんねーけど、俺の負けだ。……立てっか?」


「…はい、私の勝ちです。どうにかでしたが……」


「俺じゃなきゃ死んでんぞ、あのパンチ。…いや、そこはお互い様か?あれ食らって腹に風穴開かなかったのは流石だぜ」


「そんな物騒な攻撃は二度としないで下さい。…死ぬかと思いました。というかお腹ばっかり攻撃し過ぎではありませんか?」


「そりゃお前、骨がない場所がいっちばん柔らけーんだからよ。ど突けるならど突くだろ、シオンみてーな強化がバカ強い奴相手なら尚更骨の上からダメージなんざ入んねーよ。…俺の最後の一発だって、意識トバなかったろ、シオン」


「はぁ……覚えておきます」



差し出された手を握り、ライリーがその腕を担ぐようにしてシオンの事を立ち上がらせた


ふらり、としながらも彼女の力で立ち上がりよろよろと歩き出すシオンの姿を…二人の姿を後ろから見つめて微笑むラウラ


強くなればなるほど、競う相手は居なくなる


少し前から、ライリーが戦うことに慢心を覚えていたのはレオルドが溜息混じりに話していたのだ。よく彼が鼻っ柱を折ってやろうとも…それは最強の冒険者に負けるのは当然だと思ってしまう


彼女と同じ年齢層で、彼女に迫る強敵が必要だった…少なくとも、ナスターシャとラウラはそう感じていた


ただ強いだけでは辿り受けない…その先に行く為に必要なのは、自分という刀を研げる程の硬い砥石だ



(…懐かしいですわね。私も歳下だったジンドーの背中を追い掛けて…更に向こうを目指し続けたものですわ)



ーー懐かしき、自分の才能を誇っていた少女時代


自分に癒せないものなど無く、この才能があれば何からだって、どんな者でも守って見せると傲岸不遜にも胸を張っていた…愚かな小娘


その英雄はあまりにも弱く、あまりにも無謀で、あまりにも考え無しで……こんな小さな存在がかの勇者かと本気で首を傾げた


でも…旅をする中で追い付けなくなっていった


自分が守るよりも早く敵を滅ぼし始めた、でも……自分が守れぬ内に怪我をするようになった


その英雄はあまりにも強くなり、あまりにも無茶をし、あまりにも…遠くなってしまった


そんな彼を…見ていられなかった。自分も共に戦っていると知らせてやりたかった。だから……わたくしは産まれて初めて、必死に努力をして自らを強引に磨き始めた


自分が癒せぬ英雄の姿を許せず…更に遠くで、更に早く、完全に癒せるように


自分が守れぬ英雄の姿を嘆き…更に頑丈で、更に瞬時に、完璧に守れるように


絶対に…居たかどうかも分からない、なんて思わせないように…1人ではないと、伝える為に



「……行きましょう、皆様。チャンピオンが行ってしまいますわね」



並ぶ二人の背中を見つめていたラウラが歩き出し、他の聖女がその後ろに続く


肩を担ぎ、担がれ…他愛ない話に表情をころころと変えて、気兼ねなく…その姿はまさに、あの旅の中で自分が目指していた姿そのもの


奇しくもその二人は、仲間の教え子と…追い求めたあの人の教え子


少し、羨ましくなってしまう



(待っていなさい、カナタさん。この熟成させた私の想いは……もうすぐ必ず、貴方にぶつけて差し上げますから)



強くなった少女は、立ち止まることを知った英雄に…ついに追い付こうとしていた








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【後書き】




「ちなみにちょっと気になったのですが…ラウラさんってどのくらい強いんですか?」


「あ、それは我も気になっておった。…なんか一度見た時は結構凄かった気がしたからのぅ」


「んっ……もしかして…ちょー強い……?」


「あら、わたくしですの?ん〜……そうですわねぇ…まぁ、あくまで後衛の回復役ですのでそこまでは…」


「おいおい…騙されんなよ嬢ちゃん達。そこの聖女、嘘付いてんぜ?」


「れ、レオルド様?なんの事かさっぱり…」


「そうね、騙されたらダメよ?ラウラはこういう所でよく分からない見栄を張る子なの」


「サ、サンサラ様まで…」


「そうだね…ラウラが非力な回復役なら世の近接職の立つ瀬が無くなるさ」


「ナ、ナスターシャ様、あまりあらぬことは仰らない方が…」


「盾しか出せねぇなら盾で殴る、なんて脳筋極まりない発想してる奴ァ、ナスターシャくらいのもんだろ」


「黙れ脳筋ゴリラ。私を君やラウラと一緒にしないでくれるかい?私の戦闘術は、そう…騎士の伝統的シールドバッシュだとも、洗練された「技」の1つさ」


「今、私の慈母抱擁アマティエルを脳筋と仰いましたか!?聞き捨てなりません!これは合理的かつ戦法上の最も効率的な自衛手段ですわよ!?」


「本当に…このパーティ、私以外は戦い方が野蛮よねぇ」


「言っておやりなさいペトラさん!私の発想の転換による計算された攻撃手段の巧みさが、貴女にはお分かりになりますわよね!?」


「えッ…わ、我はその…こ、コメントは差し控えさせていただ…」


「おいおい!近付いて殴るのは正義だぜ!ったく、魔法ばっか頼る奴にゃそれが理解できねぇんだ。……だよなぁシオンよぉ!」


「わ、私ですか!?そのぉ…こ、コメントは控えさせて…」


「いやぁ、皆張り切ってるねぇ。じゃ、おじさん達は得意の隠密で静かにやり過ごそうか、マウラちゃん」


「ん……あれには…混ざりたくない…っ」


「うん、君の戦い方はとても騎士に通じているからね、シオン。どうだい?私達の戦い方は古くから伝わる守りを生業とする騎士のようだと思わないかい?」


「あのっ、そのっ…」


「ペトラ?魔法が上手みたいね、有望よ?そうねぇ…この私が、直々に手解きをしてあげようかしらね」


「いやっ、えとっ…」





「あ、これ美味しねぇ。おじさん、実は甘いものが大好きで…」


「んっ……分かるっ……」


「にしても、このパーティって物理も魔法も脳筋ばっかりだね。おじさん、ジンドー君がドローンで色々見てくれるようになるまで大変だったのよ?」


「………なんか分かる気がする…あれ見てると、ね……」



「なぁシオン!」「どうだいシオン?」



「どうかしら、ペトラ?」「ペトラさん、分かりますわね!?」



「「ひぃっ……!」」




「仲良いなぁあいつら」


「おっ、カナタ君」


「…カナタっ……面白い人達だねっ…」


「だなぁ」


「だねぇ」




ーーー



どうも、未知広かなんです


ここまで読んでくださりありがとうございます


これが今年最後の投稿になります


年末ですね


あまり数字の話はイヤらしいですが、1日に読む方が一桁台から色んな人に読んでもらえた年でとても素敵な2023年でした


12月に入ってからは、そんな読者さんの勢いもぴたっと落ち着いて減ったもので、多分今は追って読んでくださってる方が残ってるんだと思います…それがとても嬉しいです


こんな話でも「最新話更新したから読んでやるか」と思ってくれる人が居ることに、どうしようもなく心が踊ります


「書きたい事を、書きたいように」


そう思って書いてたら80話を超えてしまいました


後書きもそんな気持ちで始めました


どんなに下らない事だとしてもそれに一言でもコメントいただけたりすると書き手としてはとても嬉しかったです


お返事とかはあまり出来てないですが、なるべく後書きで少し触れたりする形でのレスポンスとさせていただくつもりです


質問みたいな返事が必要な事ありましたら近況ノートの一番上のやつに書いてくだされば、お返事致します


来年も、同じ気持ちで参りますので皆さんも是非、「やりたいことを、やりたいように」進められる1年になることを、ネットの先から祈っております


良い年末、良い年始をお迎え下さい


ここまで読んでくれた方へ、心からの感謝を…
























え?書きたい事が下ネタメインじゃないかって?


いや、最初からこういう構想というか、やる気だったんすよこんな感じのエロ混じりな文章


46話までよく我慢したぜ、私…

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