第82話 STORM RAGE


「…あんな戦い方の者が居るとは…世界は広い、と言うべきか。まさかマウラがあそこまで翻弄されるとは思わなかった…」


「最後の動きを見ましたか?…間違いなく、マウラより速く動いていました。尋常の速度ではありません…ユーピタルと電纏を身に付けたマウラが、遅れを取ったんです。これは…普通じゃありません」


「…我らが本気でやって、あの小僧に勝てると思うか?」


「どうでしょうか…私「達」ならあるいは…。個人で戦うのはかなり骨が折れそうです。私ではまず、攻撃が当てられない可能性があります…それこそ、周辺を根こそぎ吹き飛ばすようなやり方じゃないと…」


「我もどうだろうか…当てられる自信はない。あの小僧がもしトーナメントを上がってきたならどうなっていたか分からん。…そもそもなぜ辞退をした?気の所為でなければ……ユーピタルを触って驚いておったが…」



客席からその模様を見ていたシオンとペトラはあまりの光景に言葉を失っていた


途中…ペトラはランという少年と神速といえる攻防を繰り広げていた。ランが優勢…互角とは言わずとも仕掛け、いなし、背筋の震えるやり取りを交わしていたのだが…


マウラの一撃が決まった後の事だった


マウラが耳に手を当てて何かを聞いたと思いきや、胸に手を当ててその内に刻まれた紋様を輝かせ…この大会では使うまいと3人で決めていた決戦用装備「電纏」「壊拳ユーピタル」を身に纏ったのだ


その時点で、2人からすれば異様な戦況


それなのに…


マウラの一撃を受けたランは平然と現れると、マウラが身にした装備を見て表情を変えた


楽しそうな顔を、すっ、と真剣な物へと変えて…


次の瞬間



マウラの真横で彼女のガントレットを触っていたのだ


瞬きはしていない


見ていたのに、移動したのを確認できなかった


あの装備を身に付けたマウラですら、反応出来ていなかったのだ


構えていたマウラが、遅れを取ったのだ


その光景に、度肝を抜かれた…速すぎる、あまりにも


彼がその気なら、マウラはあの瞬間に攻撃を受けて戦闘不能になっていた筈なのだ



「……ただいま……」


「っ、マウラ!」


「何があったんですか、マウラ」



客席へと戻ってきたマウラに声を上げた


少し落ち込んだ様子で、それでいて戸惑ったような…伏せた目をしたマウラがすとん、と席に腰を下ろした



「…あれ?…カナタは…?」


「それがな…さっき突然トイレと言って下に降りていったのだが…まさか、あの時通信してたのはカナタか!?」


「ん……カナタが電纏とユーピタルを使えって……そうすればって言ってた……何のことか全然分からないけど……」


「…まさか知り合いですか?勇者時代の…可能性はありそうですが、ならあの反応は…」



不自然…マウラの話では決戦用装備を身に着けたのはカナタの指示だった


見せれば相手に何かが分かる…いったい何が?


自分達の装備を見た者は殆ど居ない、というかカナタしか居ないだろう。つまり、この装備に見覚えがある者などぞんざいしない


なら…ランは何故、これを見て反応したのか…



「……私……勝てなかった…。……あのまま戦っても多分……ごめん…」


「マウラっ、気にしては駄目です。はっきり言って…私なら当てることすら難しい相手でした。マウラじゃなければ、追いつくことすら叶わなかったと思います」  


「でもっ…!……あの最後の動きっ…なんにも出来なかったっ…!…殺し合いなら私っ……死んでた…っ!」


「…悔しいな。分かるとも…まともに負けた事などカナタと魔神族の奴らだけだからのぅ。…まだ、強くなれると言うことだ。気にし過ぎるな、マウラ」


「…っ!」



表情を歪めるマウラを左右からシオンとペトラがぎゅっ、と抱き締める


その悔しさに…涙すら目に溜め、その涙を包むように二人の少女が身を寄せてながら彼女の頭をくしゃり、と撫で…マウラも「んっ…」と喉を鳴らしてその体温に身を任せる


その後ろから…別の手がマウラの頭を優しく撫でた



「その通り、気にするなマウラ。今回のは…あまりにも相手が悪い」


「っ…カナタ…っ!」 



いつの間に帰ってきたのか、カナタが席の後ろからマウラをくしゃくしゃと撫でていたのにマウラも見上げてその名を呼ぶ


彼女を撫でるその手と反対の手に…見覚えのあるキューブ型の魔道具セイレーンを持っているのを見たペトラはカナタがこれから話す内容が…シオンの言った通り「勇者」に関与する内容であると確信する



「教えてくれ、カナタ…あのランという少年は何者なのだ?我らから見ても明らかに一段飛び抜けた強さ…そなたの知り合いなのだろう?」


「知り合い…まぁ知り合いっちゃ知り合いか。多分名前だけならお前達も知ってると思うけどね」


「…ということは有名人ですか」


「そうだな。一応この世界では…『絶壊』なんて呼ばれてる奴だ」


「……絶壊…?……なんかかっこいい……」



マウラがこてん、と首を傾げるその横で…シオンとペトラが呆然と口を広げて言葉を失った


その渾名が指し示す者はこの世界でただ一人しか居ない


そしてその名前を戴く者がこんな場所に現れたことへの驚愕…



「あいつの名前はダンスター・ガランドーサ。三魔将の一人…魔神族の長老、武の求道者にして「絶壊」の名を冠した男。…あんなのでも多分、千歳近いんじゃないか?」


「さ、三魔将…あれがですか!?その、見た目は完全に人でしたけど!?」


「ガランドーサは肌の色とか角程度は隠せるからな。それ使ってよく人の街に入り込んでは買い物とかしてるらしい」


「なんだそれは…て、敵なのか?た、確かに大会に出て戦っただけでどこかへ行ったが…本当にそれだけなのか?」


「今も他の魔神族にお土産買う為に街へ繰り出してるぞ」


「それは変です!放っておいていいんですか!?もしこの街で何かしようとしていたら…!」


「釘は刺してきたよ。大人しくしてなきゃ殺すって。…まぁ向こうも目的あって来てたのか怪しいもんだけど…あんま考え無しに来てた気はする…」


「なんだその自由人は…よくもまぁその脅しが効いたものだな…。我、もっと荒事になると思ってたが…というか、そもそも逃がしてよかったのか?」


「そうです。魔将なら逃がすのは不味かったのではありませんか?ここで削っておけばこの先の戦いも有利に…」


「…ここで仕留められる可能性は高かったよ。けどな……ガランドーサとここで戦えば最悪街が半分以上吹っ飛んでた。周りを気にして戦える相手じゃない…向こうもそれは分かってたからな」


「それはもしかして……私達も、ということでしょうか…?」



シオンの言葉に…カナタは何も答えなかった


街も、そして自分達も巻き込むのを気にして戦えなかった…つまり、また足を引っ張ってしまったのか…


それを考えれば気が重たくなるのも無理はないだろう



「分かってるだろうけど…相手が悪すぎる。あいつとまともに戦えるようならそれはつまり…世界で最も強い部類って事になる。あれとやりあえる奴なんか…勇者以外にいた事ないんだ」


「それでもだ!…こうならないつもりで着いてきたのだぞ…それがこうも容易くとは…流石に…堪える…っ」


「ペトラ。そう言うな…この世界の人間がすぐにでも三魔将とやりあえるなら、世界はもっと早く救われてる。力を付ける…その為の武争祭だろ?3人とも、今は難しいことは考えるな。…「優勝」だけを目指せ、な?」



寄り集まる3人をまとめて腕の中に抱き込み強く抱き締めるカナタは…事実、彼女達の力を借りて戦いに勝つプランは組み立てていない


これは3人には言ってない事ではあったが…自分単身での作戦しか考えていなかった


それもこれも…彼女達、という良くも悪くも「イレギュラー」な存在が戦況をどう転がすか分からないからだ


自分で育てた、才能も素晴らしい、特殊な力もある、センスも抜群…カナタの見立てならば彼女達は…3人でかかれば三魔将一人から瞬殺されずに立ち回る事は可能だ


だからこそ、戦局を良くするならばそれで良し。しかしそれ以外ならば…彼女達をいかにして護るか、それを念頭に考えつつこちらの欲しい結果を掴む



(レイシアスとギデオンが来ると思ったけど…ガランドーサまで加わるとなるとかなり面倒な事になる。もし3人が三魔将一人から注意を引きつつ確実に身を守れるならその相手は多分……消去法でギデオンかガランドーサの2択だ。レイシアスはまだ無理だ…あの防御魔法を破れなきゃ戦いにすらならない。正直、ガランドーサもぶつけたくない。と、なれば…)



ーー3人の力、戦法、特異魔法を考慮しても恐らくは…一番相性が良いのはギデオンだ



今回、実際にマウラとガランドーサが戦闘に発展したことで確信したことだが…ガランドーサを3人に充てるのはあまりにも危険すぎる


強さでいけば三魔将は全員トントンだろう


しかし…戦法や3人が対策を行うならばでギデオンがまだマシの可能性がある


ガランドーサが相手ではマウラ意外の2人が狙われると対処しきれないと感じたのだ…そのマウラすらも、最後の動きには対応出来なかった


それを見た上で…ガランドーサ相手は荷が重い


ギデオンの戦い方ならまだやりようはある



(…今更この3人を連れてきた事を後悔はしない。必ず護る…グラニアスも消す…っはは、なんだか旅してた時よりもプレッシャーだな)



つい、内心笑いが漏れてしまう


1人で突っ込んでいた時はこんな事は考えていなかったのに…今はこんなにも、戦いの傍に人を置くことが怖い


カナタは彼女達が絡んだ瞬間、自分がとても弱くなってしまったような錯覚に陥る…昔のようになんの気兼ねもなく暴れまわれていたならどれ程強かっただろうか、と


しかし…


カナタはそこだけは、自分でも気がつけていなかった


ガランドーサがそう思ったように……護るものがある者が、どれ程厄介で強力なのかを


命を「捨てて」突撃するバーサーカーよりも、命を「賭けて」護ろうとする守護者の方がどれだけ強いのかを…


カナタ自身、未だ知ることはないのであった





ーー




トーナメントは三位争奪戦まで進んでいた


1回戦を終えてシオンとペトラは合流し、2回戦を終えてマウラも合流…3回戦はこれによりスキップされて三位決定戦へと駒を進めていた


これにより、今大会では珍しく同門下生が3人も合流しての勝ち進みとなり本人達の知らないところで彼女達の顔と名前は予想以上に知れ渡る事となっていた


予選からシオンはその片鱗を見せ、マウラは2回戦目の激戦を演じ、ペトラは予選で暴れ過ぎた事もあり、当然この大会に出ている選手の中では噂の的となること間違い無しだったのだ


そんな注目の強さを持つ3人が揃って人目を根こそぎ奪う美貌の少女達とあっては注目を浴びないことなど不可能…その結果、観客席で観戦するのにフードを深々と被らなければならなくなってしまっていた


でなければ、何かと話題をかこつけて彼女達とお近付きになりたい者達(特に男)が殺到しそうだったのである


…というか、殺到してきた者達があまりにもいろボケだ様子だったのでカナタが片っ端からデコピンでぺしぺしと弾き返していたので、面倒になってフードを被らせたのだった


そんなカナタ達の注目する試合が今、始まろうとしていた


同門下生が合流した場合は出場選手をその中から選んで出ることが出来る。連続で出る事は禁止されているが…そんな彼女達の中で対戦相手を見て、自ら闘技場内に降り立ったのはーー




「……あんな事があってはこれ以上、カナタに不安は与えられんな」



客席からこちらを見ているカナタ達に手を振りながら1人呟くペトラは、戦闘衣装に着替え緑鉄ロクガネをその手に観衆からの視線を全身に感じていた


…まぁ、肝心の見て欲しい彼らの姿がヘンテコ仮面とすっぽりフード姿なのが少し妙な気がするのだが…


確かに近寄ってくる輩が鬱陶しかったのだが…見た目がちょっとなぁ…と思わないでもなかったペトラであった



「さて……新しいの調子は良さそうか?また随分とゴテゴテ身に着けて来たものだ…いくら「装備品はアリ」とは言え、ここまで魔道具ばかりで勝ち進むのは果たしてどうなのだろうな?」



そう言って、ペトラがゆっくりと振り返った先には…予選で相手をしていたラジャン・クラシアスがそこに立っていた


身に付けている装備品は予選の物とは違う…銅色の鎧を一式装着しており予選の時のようなチグハグ感はないものだ


そこに加えて金色の刀身を持つ剣を手にしており、さらには外套をつけた姿はまるで騎士にでもなったかのようである


さらに、腰元にはいくつかの宝玉が埋め込まれたベルトをしており、これまた様々な魔道具をしこたま持ち込んてきたのが見ただけでも分かってしまう



「そうだ。お前を倒す為に俺の持ってる特別な魔道具達を持ってきたんだ…後悔するぞ、さっさと俺達のモノになれば良かったってな」


「また言っておるのか…しつこい男はモテんぞ?貴様の兄も我らの男に手痛く追い返された筈なのだが…もしかして、物分かりが悪かったりするのか?」


「うるせぇ!兄さんがそんなその辺の男に追い返される訳無いだろ!見のがしてもらえたんだよ、その男。兄さんは優しいからなぁ、お前達が来るまでちゃんと待ってくれてるって事だ!」


「うへぇ……我、言葉が通じん輩は初めてかもしれん…」



勇者を名乗った冒険者ゼネルガ・クラシアスはペトラ達に手を出そうとしてカナタにまんまと追い返された


それを遠くから見ていたラジャンも分からない事は無いはずだが…どうにも、ペトラはこの手の現実を見たくない輩と話をするのがイラッと来てしまう



(カナタがトキめいてくれるならばこの容姿も役に立ったのだろうが……こういうのが湧くと面倒と思わざるえんな。別に誰彼構わず惚れられたい訳では無いのだが…いや、これは惚れられたというより「顔」と「体」が欲しいだけか?…キモいのぅ…)



この整ったと言われる容姿が意中の男をオトしたのに貢献したならば自慢すべき事だが、それ以外の有象無象に集られても鬱陶しいだけであった


特に……眼の前の男のような理性が蒸発していそうな輩には尚の事である





『さぁ!注目のカードだ!ラヴァンからやって来た魔族の少女!同じ師を持つ二人の少女と共にこの戦いへと上がってきた、ペルトゥラス・クラリウスッ!対するはかの金剛級冒険者ゼネルガ・クラシアスの実弟!数多の魔道具を操る冒険者、ラジャン・クラシアスッ!両者向かい合った所で…が試合開始ィィィッ!』



ノリノリな実況と共に響き渡る銅鑼の音が戦いの開始を告げた


予選では遊べる程度の相手でしか無かったラジャンだが…こと魔道具が武装とあっては本人の実力に関わらず戦闘力が引き伸ばされる


ラジャンを注視してその身に多く付けた装備品を確認するが、使われるまでその効果は分からないだろう



「ふんっ!まぁいい…これを使えば戦うまでもないんだ。おい!これが見えるか、ペルトゥラス・クラリウス!」


「…何?」



ラジャンが何かを呟いたと思えば、首に下げた真っ赤な石の付いたアミュレットを突き出して見せつけた


なんの変哲もない…宝石とも言えない普通の赤みがかった石が嵌め込まれた、目立たないアミュレットだ


ラジャンの装備品を確認していたペトラがそれを見て、疑問の声を上げたその瞬間であった




ぐ に ゃ り ……




(……!?な、んだ…頭が…ぼやける……?あれ…?我は何を……)



ペトラの視界が、歪んだ


視界だけではない、頭の中がどろりと溶けたようにぼーっ、とし始め今何をしていたのかすら遠い出来事のように感じ始めていく


戦いの緊張感が緩み、ここが戦闘の場であることすら意識から外れていき…次第に…



(…なぜ我は……ラジャン…様…?…と……戦おうと……いや…なぜではない…?早く……投降…違う…あれ……我はいったい……)



ーー考えがまとまらない


何をしたら良いのか分からなくなってしまった


目の前の敵…いや、敵じゃなくて……ラジャン……ラジャン…様……様…?…早く負けないと……


じゃないと…この人に好き勝手してもらえない…?


そもそも…なんで戰おうとして……


早く……こんなことはやめて……


この人に身も心も……




………


……






バ ヂ ン ッ !

 


ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!



(ぐあっ!?な、なんだ今のは!?頭が……はっ!?今我は何を考えておった!?夢でも見ていたのか…ち、ちがうっ!まさかこの男の事を…そんな風に考えていたのか今!?)



まるで電気フェンスに何かが直撃したかのような破裂音がペトラの脳内で響き渡り、アラーム音がけたたましく脳裏を反響した


その直後にぼやけていた意識は突如として明白に戻ってきたのだ


訳が分からない…何が起きたのかまるで理解出来ない…


ただ、今自分が考えるのも悍ましい思考を辿っていたことだけが意識に残っており、その事に吐き気すら覚えそうになる


その混乱を宥めたのは…予想外の声だった



『落ち着いてください、ペトラ嬢。何も問題はありません』


(この声っ……アマテラスさんかっ!?こ、これはどういう状況なのだ…っ!?)



彼女の脳内に直接語りかけるように声をかけたのは、かつて一度だけ言葉を交わした人造精霊…アマテラスと呼ばれる声だった


抑揚の無く、どこか人とは思えない無機質さを感じさせるアマテラスの声がペトラの意識を混乱から押し戻していく



『マスターがペトラ嬢の胸の紋様と指輪に仕込んでいた『魂魄防御』が作動しました。先程、あの男が使用した魔道具による洗脳効果と思われます』


(洗脳…っルール違反も上等という訳か…!この下衆が……!我にまさか……『自分を愛せ』とでも命令したのか!?許さん…っ…絶対に…ッ!)


『ペトラ嬢。今回はマスターの防御魔法が危険と判断して作動しましたが、たった今常時防御形態へと術式を変更されました。以降、このような事態は起こりません。恐らく、あの魔道具は名前による呼びかけに応じた者の魂に縛りを課す物でしょう』



ペトラが激昂する…自分の胸元と指を見下ろせば指輪ニ嵌め込まれた宝玉がきらりと輝きを放ち、着ている戦闘服の胸元を襟から中を覗き見ればカナタが刻んだ紋様が、まるで心臓が鼓動するように淡い光を明滅させている


危険な状態に陥ろうとしていたのだろう…事実、ペトラはこれを異常と思う事ができずにまんまとラジャンへと寄ろうとしていたのだから、沸き立つ怒りも凄まじい


しかし、この胸に輝く愛した男の形が…今、自分の魂を守ってくれたと考えれば胸が暖かくなる



『…異常な魔力放出を検知。ペトラ嬢、気を静めて下さい』


(…これが黙っていられるか。こやつは…魂の一片までカナタに捧げたこの我に洗脳などという汚物のような手段で触れたのだぞ。魔道具とて、我が魂に勝手に触れおって…っ…ただでは帰さん…ッ…!)


『これはダメそうですね。その言葉は今夜是非、マスターにもらう時に言ってあげて下さい。飛び上がって喜ぶと思います』


(なっ、ななな慰めてって…まっまさか全部見て…!?)


『いえ、マスターから見ざる聞かざるを命令されておりますので。ですが、想像はつきます。えぇ、とても想像はつきますとも』


(ぬああぁぁっ……は、恥ずかしいっ…!はっ!?もしや我の初体験とかその他色々と試しちゃったのとかも全部…)


『えぇ、知ってますとも。は観測していませんが、は残っておりますのであんな姿からこんな声を出してた所までばっちりと…』


(それ以上は言わんでくれぇっ!…って、今重要なのはそこではないわっ!くっ…流石はカナタの創った精霊だ…性格が似ている…!)


『お褒めに預かり、光栄です。では……、行けそうですか?』


(…正直、まだはらわたが爆発しそうではあるがな。良い…そなたの口車にのせられるとするわ。まったく………絶対にあの二人にデータとやらを伝えるでないぞ!?良いな!?)


『勿論です。それではご武運を、ペトラ嬢』



ヴンッ、と音が聞こえてアマテラスとの通信が切れるのを感じたペトラは深く息を吸い込んだ


すぅぅっ……音がしっかり聞こえるくらいに深く、大きく、胸を膨らませるように呼吸をする


自分の怒りが、この闘技場の全てを破壊してしまわないように


落ち着け、と自分に言い聞かせるように


アマテラスの情事を云々という話は自分の怒りの気を逸らすための物だと分かっていた


だからこそ、落ち着いて…目の前にノコノコと近寄ってくるこの男に対して冷静に対処しなければならない



「はっ、効いたか…。梃子摺らせやがって、ったく…。兄さんの前に、ちゃんと俺に誠心誠意謝罪してもらわないとな。…そ、そうだ!おい、ペルトゥラス・クラリウス!今、俺に恥をかかせた事を誤りながら…っ、お、俺にキスをしろ!命令だぞ、いいな!?」



……冷静に…そう…落ち着かなくては……



「兄さんも喜ぶだろうなぁ。そうだよ、あそこにいるお前の男だった奴に見せつけるみたいにやってやれ!こ、恋人にするみたいなやつだぞ!」



……冷…静……に………怒りを抑えて……



「こ、今夜お前を使うのはまず俺からだ。そうだな…恋人なんかじゃ足りない…この世で一番大切な男として扱え!そうすれば…あ!そうだっ…俺の子を産ませてや…ーー」




















「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




















「…げぼっ……あ、れ……俺…今……?」



ラジャンは気が付いたら壁に埋まっていた


何が起きたのか、頭が追いつかない


体中が痛い…何故?


魔道具に身を包んだ自分は物理魔法共に膨大な耐性があるのに、この体中が砕け散りそうなほどの衝撃と痛みはどうやって…


地面が一直線に抉れてる


先程まで立っていた魔族の少女の目の前から、自分が壁の一部になるほど抉り混んだ壁まで一直線に…まるで何かが飛ぶ衝撃で地面が吹き飛んだような跡


ーー洗脳は?上手くいってたんじゃなかったのか?だって…この魅魂の赤石レッド・ハイチャームは兄が探検した遺跡から出たアーティファクト…人の手で作られた魔道具よりも格段上の性能を誇る先史遺産の遺物……抗うなんて出来ない、筈なのに


なんであの少女は…持っていた鉄の棒を思い切り両手で振り抜いたような姿勢なのだろうか













「磨り潰せぇッ!天帝の蛇王アヴァラス・ギドラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!」






ーーォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!








暴風を編んで象られたような、まるで龍の鎌首と見間違えんばかりの巨大な大蛇が5体…真紅の双眸をギラリと光らせて立ち上がった


その雄叫びが、台風の風が物を削り取る時のようなの音を立てて大闘技場内すべてに反響し、あまりの風とエネルギーに客席を守るための魔法壁がビリビリと軋み上がるように悲鳴を上げる


まるで主人の憤怒をその身で体現するかのように、膨大な魔力は大気を震わせ、荒れ狂う暴風は形ある全てを巻き上げようとするかのように



「ひっ…!…な、なんだよそれっ…意味わかんねぇよぉぉっ!?なんなんだよぉっ!?」



あまりにも、ちっぽけだ


自分が信頼を置いていた筈のとっておきの魔道具達が、こんなにも頼りない


魔法も、物理攻撃も、なんだって耐えて防ぎきれる筈のこの鎧が、宝玉が、あらゆる魔道具が…その実まるで紙切れ1枚ほどしか壁としての役割を果たしてくれない


そんな予感が、確信が頭の中にを埋め尽くしてしまった


アレの前では…こんなものおもちゃもいいところだ、と…




「無窮の天より滅びを運べ!風紡ぐ唄よ、熾烈なる我が意を大地に刻め!空よ堕ちろッッーー!!」



まるで舞のように振り回される白銀の鉄棒…そこに埋め込まれた宝玉が眩いばかりの光を放つ


頭の上に掲げた緑鉄をギュンギュンと回し…


そして、5体の風による大蛇がガパリと顎を開いた


1体が中央に…その口先に他の4体が顔を向ければ、4体の大蛇が腔内に収束させるエメラルドグリーンのエネルギー球が凄まじい勢いで圧縮、膨張、圧縮、膨張を繰り返していき…


極限まで圧縮されたそれが、4つ…中央の大蛇の顎の前で融合され異常な程の魔力の波動が空間を支配する


あまりにも強い魔力は建物全体を震わせており、その融合されたエネルギー球を中央の大蛇が咥えるようにして顎に挟み込めば…圧縮された莫大な魔力のエネルギーが暴れまわるように放出され始めた


4体の暴風の大蛇が中央の1体の胴に噛みつき…その体を凄まじい破壊のエネルギーの波動で揺れ動かないように固定する


誰もが、見た瞬間に理解した


あれは大砲……巨砲である、と


エメラルドグリーンに輝く美しいまでのエネルギー球はその内に圧縮された破壊の力を解き放つ瞬間を今か今かと待ちわび、大蛇は主人の号令を待つ



そして、主人の命令は下された




「『亡風卿砲レヴィ・オロス』ッッッ!!」




大闘技場が、緑溢れる破滅の光に満たされた









「チッ……クソ野郎…今すぐぶっ殺してやろうか…」


「カナタっ!?すごく物騒です!急にどうしたんですか!?」



時は遡ること少し前…


ペトラとラジャンの試合が始まった頃に遡る


シオンとマウラの間の席で盛大な舌打ちと共に隠すこと無い殺意を漲らせたカナタにぎょっ、と驚きを顕にするシオンとマウラ


しかも結構本気で言ってる気がするのは絶対に気の所為じゃなかった


それもその筈…



「あのラジャンとか言うクソガキが、ペトラに洗脳系の魔道具を使った。魂に干渉して隷属を無意識に強制させる…反吐が出るほど質の悪い魔道具だ。いや、あのレベルのモンだとアーティファクトか…」


「なんですかそれ…っ!じ、じゃあペトラはっ!?」


「大丈夫。指輪と紋様で二重に魂魄に対する防御をがしてあるからな。すぐに無効化されるけど…野郎どうやってブチのめしてやろうか…!」


「…カナタ、やっちゃえ…っ……!…なんかこう……すごい魔法とかで…ちゅどんっ、て感じで…っ!」


「あぁ任せろ。細胞も残さず消し炭にしてやる…」


「ふ、2人共落ち着いてください!半殺し!せめて半殺しにしましょう!殺してしまうと厄介ですからっ!」



止めてるように見えるシオンも半殺しまでは良いらしい


溢れてる怒りは3人とも一緒だった


隷属状態にまでしたなら、一体ペトラに何を命じる気だったのか…想像するだけでカナタはうっかり鎧がはみ出てきそうである


しかし…闘技場内の怒号という言葉すら生温い一声と共に、洗脳に成功したと思ってペトラに近づいたラジャンが彼女の持つ鉄棒状態の緑鉄によって横薙ぎに薙ぎ払われ耳が痛くなる金属の破壊音と共にラジャンを一瞬で遠くの壁に叩き付けた


凄まじい声だった…怒りを覚えていたカナタ達ですら、ペトラ本人から発された怒気に「ふぐっ」と息をつまらせた程だ


愛した男以外にその身を捧げられそうになった事…愛した男以外の者が容易く己の魂に触れた事…その怒りがどれだけの物なのか、カナタは想像が追いついていなかった


自分達の怒りが小さな火に見える程の怒りは、その雄たけびのように呼び出された5体の蛇王と共に形となって現れる



「っ……天帝の蛇王アヴァラス・ギドラの五体顕現……っ!……ペトラ、全力だ……っ!」


「ま、まずいです!五体同時操作は嵐纏あらしまといとアルドラが無い状態のフルパワーですよ!?下手したらこの客席の結界が…!」


「まじか…!おい、ペトラ聞こえるか!?ペトラ!ペトラっ!やっべ怒りで全然聞こえてねぇ…!」


「まさか…か、カナタあれ…!もしかしてペトラの魔法は…!だとしたらこんな結界一撃ですよ!?」


「……っ…あの詠唱……亡風卿砲レヴィ・オロス…っ!?っ、カナタっ……これ闘技場ごと吹き飛ぶんじゃ…!?」


「うそんっ!?」





ーー亡風卿砲レヴィ・オロス


ペトラが操る魔力砲撃の名である


言ってしまえば消滅の力すら乗せていないただの魔法による砲撃なのだが…これが特異魔法による強力な魔力によって放たれればただの魔力で放つよりも別次元の破壊力と化す



それだけではない


ペトラが操る天帝の蛇王アヴァラス・ギドラは大蛇1体ずつがそれぞれ別個体として魔法を行使する事が出来る


つまるところ、ペトラはこの特性により



今回は大蛇五体を使って1つの魔法を発動させている…ということは、ペトラ六人が力を合わせて発動させた魔法と同じ規模の魔法が完成する


その破壊力たるや…ただの6倍どころの話ではない


複数人で行う儀式魔法の強みはそこにある…数人で1つの魔法を使えばその魔法は何倍にも力を増すのだ


今回は加えて…「ペトラ」という卓越した魔法使い6人分である。もはや何十倍にまで膨れ上がっているか想像もつかないような威力となる


マウラがざっと見ただけでも、恐らく客席を守る結界で威力が大幅に減衰した上で…


カナタの通信魔法による呼び掛けにもペトラは応答しない


もはや客席の結界を叩き割って直接止めに行くしか無いと分かってしまった


その時には


もはや遅かったのであった


慌てて立ち上がったカナタ達の視界は…




緑溢れる破滅の光に満たされた







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【後書き】


近況ノートや前話の後書きでコメント下さった皆様、ありがとうございました


どう思われてるのか参考になりました


結構皆様、色々な感想を私の書き方に持ってくれてるみたいで嬉しかったです


と、いう訳で…


結局どのくらいの字数がいいの?っていう話なんですけれど、前話の字数を三分の二にカットした結果も含めて参考までにどんな意見があったのかを大雑把にご紹介します



1◯今のままでいいじゃん、嫌いじゃねぇべ


2◯うーんスッキリ。減らしてええやん


3◯足りんぜ。あと倍は書くんやで


※注意※こんな適当な書き方では皆様コメントされてません。作者によるデフォルメフィルターが入っています


という感じでした


ですが、一番多かったのは1でした


まぁ字数が多ければ投稿期間もこんな感じになってしまいますが…「それでもええよ」と言ってくれる方がとても多かったです


なので、他のご意見を無視する訳ではありませんが取り敢えずは今まで通りにしたいと思います


ご協力、本当にありがとうございました


あと、レビューコメントも一件いただきました


ありがとうございます過ぎる…


今後とも、拙作を気ままに読んでいただければ嬉しいです




ーーー

 



「「ペトラの催眠裏切りネトラレえっち展開は!?」」


「ぬぉわぁぁっ!?な、なんてことを言うのだ!?いや、なんか聞き覚えあるぞこのやり取り!?」


「いや、どう見てもそういう流れでしたよ?これがエロゲーだったら、そうですね…。ーー催眠の魔道具によって隷属させられてしまったペトラは自分がそうとも自覚できずに言われるままにその身を捧げることになり…」


「…『わ、我はいったい……そうか…我は…ラジャン様の、いや…御主人様にこの体を楽しんで頂くのが何よりも光栄だったか…』」


「ーーそして、ベッドに寝そべり奉仕を命じる相手に対し、喜んでその身を使った奉仕による快楽を提供し、最後にはその腹に命を宿すことを命じられ…」


「…『う、む…御主人様の子を…わ、我に孕ませて欲しい。た、頼む…そなたの哀れな雌奴隷に情けを恵んではくれんか…?この腹で…愛しの御主人様の命を育みたいのだ…』」


「ーーそう言ったペトラはそのまま、本来望まぬ下衆の男に肢体を貪られ、最愛の為の女の聖域をその薄汚い種で汚されその腹に臨まぬ生命を根付かせ…そして自らを汚しきった相手に対して一言!」


「…『あ、りがとう…っございます…っ。はぁっ…はぁっ…きっと…我の腹にそなたの命が根を張ったぞ…?だがもっと…良ければっ、卑しいそなたの雌に…トドメを刺して…くれんか…?』」


「やめろやめろぉぉぉぉっ!?!?ぐ、具体的すぎて鳥肌が立ったわ!読書家のシオンが描写するとあまりにもリアリティがありすぎる!?というかマウラ!その我と瓜二つの声はどこから出ているのだ!?」


「…んっ!…私はシオンの声も、ペトラの声も完コピの女…っ!…喘ぎ声から甘い囁き声まで99.9%再現可能…っ!」


「なんて碌でも無い才能だ…!というか我っ、そんなチョロい負けヒロインみたいな感じでは無いと思うのだがっ!?」




「おごっ…あっが……ががが…っ…ぎ…っ」



「カナタさん!?不味いですわ…カナタさんがリアリティMAXのペトラさん(cvマウラ・クラーガス)ボイスによる地獄寝取られ展開イメージシナリオで脳味噌が液状化していますわよ!?」


「カナタぁ!?ま、待て待て!妙な勘違いをしたまま脳味噌を逃がしてはならんっ!我はそなたもモノだぞ!しっかりせい!」


「…『すまん、カナタ…。我は真にこの身を捧げる相手が出来てしまったのだ。…この腹も、愛しの御主人様に仕込んでもらって重たいくらいでな…とっても気持ち良……』」



「(がたん!がたがたん!…ピーーーーーーーーーーーー……)」


「だからやめろといっておろうがマウラ!なにを愛おしそうに腹を撫でる仕草までしておるっ!?いかんっ、カナタの心臓が止まった!?お、起きろカナタぁ!我のっ、我の体も心もそなたのモノだっ!」


「仕方ありませんわね……蘇生を強行いたしますわ。さぁ、カナタさん…このヘッドホンをしてくださいまし。ここは私が恥を捨てて…私の生声による「歳上お姉さん聖女による捨てられ主人公報われイチャラブ生えっち子作り展開」の生ボイスをお届け致しますわね…。恥ずかしいですが…これで傷を癒やしてくださいませ…」


「よせよせよせぇぇっ!?なんだその「ペトラはもうあっちの男の方に行ったからこっちはこっちでしっぽりヤりましょうね」みたいなルートは!?やらせんっ!我はっ、我は純愛ルートのヒロインだぞっ…あっ、ラウラさんっちょっと…っ!そのASMRマイクを離すのだ!うがぁぁぁっ!やらせん!カナタの中で我が寝取られヒロインのまま起こさせてたまるかぁぁぁっ!!」



「成る程…これ、見てる分にはとても楽しいですね、マウラ」


「……でしょ…?……キャットボイスは百変化だぜ…っ」


「でも…次はマウラの番では?」

 

「!?」


「こちらに……カナタが作った「対象の声音を100%再現する魔道変声器」があります」


「…っ、シオンっ…!?…まさか……っ!」


「脚本は、任せてくださいね。…えっぐいの考えてあげますから」


「…まさか前の根に持ってる…!?…わ、私は寝取られヒロインにはならない…っ!」


「覚悟の準備、しておいてくださいね?」






「ねぇ、おじさん思ったんだけどさ…こういうの書いてるから読者さんにBANの危機とか言われるんじゃない」


ーー違いねぇ…


あ。あとこの投稿速度、MAX速さです。かんにんしてください…


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