第78話 見習い勇者、北を往く


2階建て程度の高さの建物が並び、朝日の差し込むその街並みは陽の光を燦々と浴びて夏日ながらに活気を満たしていた


そこらの店が扉を開けて人を呼び、行き交う人々で道は狭まり、賑わう喧騒で周りの音が聴こえづらく、まさに人のエネルギーを見せられるいつも通りの街の姿


ここはレルジェ教国首都ラレイアより南下した場所にある国境付近の街ランネア


ラヴァン王国との国境に構えられたこの街はレルジェ教国の中でも唯一と言っていいラヴァンとの通商窓口であり、国交が特別盛んに行われているのは首都よりもランネアである、とまで言われている


その歴史は古く、レルジェ教国が独自の道を進みラヴァン、バーレルナと敵対の道を進む以前より存在しているランネアは大都市であると同時にレルジェ教国の中でも特別な治外法権ならぬ「教外法権」で動いている


教国の教えよりも実践的な法や仕組みが昔から敷かれ、ラヴァンの文化ややり方も織り交ぜられた異文化混ざり合う西方のカラナックにも似た場所なのだ


教国はレルジェ教の高位教職者が貴族としての役割をもって街の統治などを行っているが、このランネアだけは例外的に「伯爵位」を持つ貴族が統治を行っている


この伯爵位はラヴァン側からも正式に認定された貴族位であり、古くからランネアを治め大戦中も守ってきた実力は非常に高く、教国の教えに沿わない統治と言えども無碍に出来ないのが現状である


そんな栄える街、ランネアはレルジェ教国最南端に位置するだけあって他の場所よりも幾分か気温も高い


それだけに、名産として果物等の農産物も多く、暖かい場所に住む魔獣もランネア周辺には生息している事から食糧事情にも財政にも明るい


結果、街の雰囲気も治安も良く、レルジェとの国交悪しと言えどもランネアに限り、ラヴァンからやって来る者達も多いのだ


魔神大戦が終わってからはその賑わいに拍車がかかり、現在は観光地としても少し名前が売れてきていたりする


そんな街の一角で……






「ふぉぉぉっ!美味しい!美味しいこれっ!はぁ、やっぱセントラルのご飯はしょうもなかったね。ボク、殆どあそこでしか寝食してないけど聖女のご飯なんて質素と貧相を取り間違えたようなのしか出てこないからさ。あぁもうこういうの大好きだ!幾つでも食べれちゃうじゃないか!」


「嬉しそうだね、ルルエラ…って言ってもこれ、ただのじゃがバターなんだけど…」



目をキラキラ輝かせる小柄な白銀のサイドテールを揺らす少女が蒸したじゃがいもにバターと塩をまぶしただけのシンプルな大衆料理を頬張りながらぴょんぴょんと飛び跳ねていた


それを見ている耀が同じ物を齧りながらぽかーん、とルルエラを見つめていた


耀の格好は麻製のシャツに少し緩めの麻製長ズボンと革のブーツという、一街人と綺麗にマッチした簡素な服装であり腰の後ろには厚く短い短剣をベルトで装備していた


ようなの背中に横向きに差しても、体からあまりはみ出ない程度に短く、しかし鉄板のような厚みがある頑丈な物だ 



地球ではありきたりな食べ物であるじゃがバターだが、どうやらこの小さな聖女様のおくちにはバッチリ合っていたようだ


ルルエラの姿も、それまで着ていた聖女服ではない


麻で出来た簡素なボタンシャツに膝まである緩めのパンツ、ソックスにスニーカーにも似た動き易さ重視の靴という、一介の町娘のような姿である

ハーネスのように背負った背中のホルダーには黒い漆塗りのような艶のある木製の短杖がセットされているのが特徴的だ


あの法衣は目立ち過ぎる…と言うことで最初の街に行く前に揃えた一般人服の1つがこれである


おかげで門を超える時も呼び止められる事は無かった



「ただの、じゃないよ!ちゃんと味と香りがして温かいじゃないか!こんなの好きに食べられるなんて夢見たいさ!あぁ…長いだけで面倒くさい食前の祈りだの食後感謝の祈りだのを唱えなくていいだけでも最高なのに…!祈らせるんならもっと良いもの食べさせろーっ!って感じだ」


「…君、聖女だったんだよね?宗教観、どこかに投げ捨ててきたみたいだけど…」


「ふふんっ、自慢じゃないけどボクの「なんか聖女っぽく見えるムーブ」を看破出来た人はヨウ達以外に1人もいないからね。あ、ちなみにボクの口パクは凄いぞ?誰にも突っ込まれた事が無いんだ。あと姿勢を正したまま居眠りするのも得意だね、さもこの世を憂いているかのように目を優しく閉じ身動ぎ1つせず……寝るのさ!そうすると皆ボクがこの世界を想い慈しんで瞑想しているかのように写るんだ…どう?凄くない?」


「はぁ……これが聖女のフリが得意って事の意味かぁ…まぁガッチガチの宗教家じゃなくて逆に安心だけどね」



かくん、と肩を落とす耀とは逆に鼻息荒く胸を張る自慢げなルルエラ


多少のリスクは承知で連れ出してセントラルを抜け出して来たのだが…これがまた想像以上のレルジェ教国のアンチだったルルエラ


ここに来るまでの間にも色々な話を聞いていたが…これがまた溜まりに溜まった鬱憤やら不満を爆発させまくっており、信用の為に事情を聞かせてもらう筈がむしろルルエラの方から「聞いてよヨウ!サギリ!」と今まで敵しか居なかった教国では吐けなかった諸々の毒を思いっきりぶっちゃけまくっていたのだ


さらには食事環境も質素どころか良くない物だったらしく、最初は耀と朝霧が見様見真似で作った野営食(7割方失敗)を食べて「これ美味しいっ!」と叫んでいたのが未だ記憶に新しい…耀と朝霧は普通に「うぇ…焼きすぎたかな…?」「うげ……生煮えね、味も濃いわ」と表情を顰めていたのだがルルエラにとってはご馳走だったらしい


流石の2人も同情を禁じ得なかった


ちなみにランネアまでは乗り合いの馬車や徒歩で各所の村や街を幾つか跨いでやって来ている


当然ながら路銀なども稼ぐ必要があり、当面は勇者としてのお給金のように貰っていた金とルルエラの貯金で賄えるのだがそれを使い続けては減る一方…故に、手早く、確実に、それでいて定着せずに稼ぐ必要があった


それこそが…



「2人共、依頼取って来たわよー。ほら、メメラの実採取の依頼…報酬も量に応じて増額よ」


朝霧の声が聞こえ、道の向こうからこちらへ向かってくる彼女の姿が目に入る


その姿はピッタリと足のラインを出す長ズボンのパンツルックに夏らしく袖無しのタイトシャツとくるぶしまでの短めなブーツと言った簡素なスタイルだが、その見た目はなかなかにモデルのように決まっている


何せ、朝霧の容姿はかなりのハイレベルであり、そこらの男性に平気で並ぶ高めの身長にモデルさながらの整ったスタイルと、髪を後で一房にまとめた姿は黒髪の似合う和風美人と言う印象であり元より地球に居た時から群を抜いた物があったのだが…


異世界に来てからそれは一層加速したようにも見える


ちなみに朝霧の家は由緒正しい古くから続く家柄であり、その昔は華族やら豪族やらと言った家だったらしく、そのサバサバした雰囲気とゲームやラノベ好きなのに見合わず生粋の和製お嬢様である



その彼女が…手に串肉やらハンバーガーやら蒸し芋やらケバブらしき物まで器用に手にしていた



「えっと、朝霧さん……まだ食べるんだ」


「そうよ。私、こういうちょっとジャンクで歩きながら食べるような取っ付き易いストリートフードが大好きなの」


「お、話が分かるねサギリ!片寄った高級感ある料理も魅力的だけどこういうすぐ手に付けられる料理の誘惑は耐え難いんだ。というか、ヨウは食べなさすぎだ。ボクの芋も食べるかい?」


「え、遠慮しとくよ。これでも地球に居た頃より食欲10倍くらいになってるんだから。フードファイターも真っ青だよ、こんなに食べてたら…」


「本当よね。でも大きい胃袋って嬉しいものよ?好きなものをこんなに食べられるんだもの。それで食べても魔力に変わるのよ?最高よね、これ…この体質、是非とも地球にもって帰りたいところね」



ちなみに、彼女は今日2度目の朝食である


食欲はルルエラが目立つところだったが、食べる量で行くならば朝霧もいい勝負であった


彼女が差し出してきた依頼書の内容は、近隣の森でメメラの実という果実を採取してくる、というもの


依頼の等級は銅級の依頼であり、駆け出し冒険者が受けられる依頼の1つである



そう、3人は既に冒険者登録を済ませて幾度と依頼をこなしていた



突然、礫級から始まり何度かの依頼達成を経て晴れて見習いの礫級から新人冒険者として銅級に昇格していたのだが、朝霧と耀はここでもかなり慎重だった…


冒険者になるには登録書類を書かなければならない


そこには特異魔法を明記しなければならない項目があったのだが、3人は虚偽登録による罰金覚悟で「特異魔法を持っていない」と明記していた


そもそも、ギルドから個人情報が漏れるとも思えなかったがここはレルジェ教国内…下手に特異魔法の名前を出して教国関係者に見られた場合、一発で3人は特定されてしまう


罰金のリスクはあるが、逆に言うならば「ちょっと高い金を払えば隠すことが出来る」と言う事…そんな訳で、3人は白々しくも



「うん、突然討伐任務なんて怖いからね。採取系からやろっか」


「そうね。初心者は地道に、下の依頼からこなすべきよね」


「危ないことは後回しだよ」



なーんて謙虚と初々しさを演出しながら依頼を受けていたのであった


いずれバレる嘘ではあるが、それまでに力を付けて、金もしっかり入るようになればそれでいい


ラヴァン王国に入ってから冒険者登録をする手もあったのだが、それまでにどんな理由で路銀が尽きるかも分からず、何よりも国境を超える為には冒険者カードがあるだけで非常に簡単になるのだ


3人としては一刻も早く、レルジェ教国の国境を超えてしまいたいところではあったが…ランネアから次の大きな街であるラヴァン王国の大都市スェーゼルまでは距離があるのだ


ここを出る時はしっかりと食料や旅の支度を整えてから出発しなければ旅の最中で力尽きる事間違い無しなのだ


折角、魔法袋という収納魔法があるのだから準備はあるに越したことは無い


さらに言うならば短期間とは言え、ここまで来た中でも安物の装備品を買った事もあって少し頼りなさを感じ始めていた


武器も、防具も…もっと良い物を揃えてから旅へ出発したほうが良いと、感じたのである


…ついでに言うならば、耀と朝霧はRPGやハンティングゲームのプレイ時間が数千とかいうくらいにやり込んでいるゲーマーである。そう……2人はきっちり装備を整えてレベルを上げてから次のマップに行く質だったのだ



さらに、ここに来るまでの道中すら、計画通りに進まないことはざらにあった…魔物の襲撃、道が潰れ、橋は落ち、馬車の車輪は外れ、などなど…予定の日数通りに目的の場所まで辿り着ける事など稀である事を思い知らされていた


特に耀と朝霧に関しては、発達した交通網、時間通りに来る電車やバス、安全が確保された治安の良い街、野生の動物なんて出てこない町中で育ってきた生粋の現代地球っ子…



ーーここまで上手く行かないものか?



と最初は頭を抱えたものである


当然、ゲームに漫画にアニメにラノベと嗜んでいた彼らがアウトドアスキルを持ち合わせていた筈もなく…冒険者になりたての時は初心者講習やらに通い詰めてなんとか形にしたのであった


そして、今日も今日とて朝から採取の依頼をこなしに向かう


全ては安全安心に、そして速やかにラヴァン王国へ渡るための下準備の為であった






ーーミュランの森


ランネア近郊に広がる中規模の森林地帯の一角であり、魔物と魔獣が住まう場所


なんの特徴も無い普通の森…と言ってしまえばそれまでだが、ランネアの街からしてみれば木材に植物資源、食肉と様々なメリットをもたらす宝の山である


特にこの森へと訪れるのは冒険者だ


魔物の討伐、採取などの多くはこのミュランの森で行うことが多く、逆に言うとランネアで受けられる依頼でミュランの森以外でこなす物は商隊護衛で街を出るか街中の雑事が多いのだ


メメラの実は、この森で取れる産物の1つであり、外皮はオレンジ色で燃える炎のように逆立っているのが特徴の果実


見た目はドラゴンフルーツにも似ており、味はオレンジのような柑橘系を思わせる酸味と甘さの古くからランネアで愛される果物である


実は食用に、そして種は擦り潰して魔草であるカラカラ草の絞り汁と混ぜ合わせると火傷や爛れに効果的な魔法薬になるのだ



「あ。あったあった…よっ、ほっ、と」



耀が強化魔法の光を纏い、ぴょん、ぴょん、と高い木の枝を飛んで上へと登っていけば10m以上ある木の上まで平然としたジャンプで枝を伝って登り目立つオレンジ色の果実の元へと辿り着くと背負った籠の中にひょい、と放り込む


背の高い木に成っているのでこうして登って採るのが主流だ


……ちなみに、ここまでジャンプで上がっていけるような強化魔法のパワーを出せる冒険者はこんな銅級なんかに存在しない


銀級ですら、自分の力や速度を上げる程度の強化出力が関の山であり、ましてや自分の体を10m以上ジャンプで跳ばせるなんて明らかに金級以上の動きである


そこから枝から枝を跳んで移動しては大きく実ったメメラの実をもいで背中の籠へと放り込んでいき、そんなペースで採れば背負った籠はすぐに満たされ始めていく



「やっぱり速いわね、耀。私もそこまで跳びはねたり強化魔法で出来ればいいのだけど…こればっかりは練習あるのみよね」


「朝霧さん、そっちは?…って、似たような量採ってるね。まぁ僕は代わりに他の一般魔法が要練習だし、多分すぐ伸びる適性が魔法と強化で別れてるんじゃないかな?」



隣の木から朝霧の声が聞こえてくれば、耀の視線の先で朝霧が木の上から姿を表しているのがちょうど見えた


籠の中は耀と同じ量のメメラの実が積んであり、その速さは決して耀に見劣りするような物ではない


違いとしては……彼女は跳んでいるのではなく、木と木の間を移動している、ということだろう


まるで青く透き通った水晶のような氷の道が一直線に木と木の間を繋いでおり、そこを歩いて移動しているのだ


彼女の魔法は基本として氷や凍結、冷気のエネルギーを操ることが出来る魔法だ


アクロバットな動きが可能な程度に強化魔法を扱える朝霧ではあったが、こんな3階建てはありそうな木の枝に一飛で下から乗り移る事はまだ出来ない


レルジェ教国のセントラルを離脱した時のように氷の足場を幹に作ってそこを跳んで木の上まで移動し、あとは氷の橋を作って移り渡っているのだった


今回の依頼は大量に持ってけば行くほど報酬は増額…積めるだけ積んで行くのがお得なのである



「ねぇ、どのくらいここに居ようかしらね。なるべく早く出たいけれど…この調子で依頼受けていればあと何日かかかるわよね?」


「そうだね…少なくとも1ヶ月以上保つくらいの食料が3人分ともっと頑丈なテントが2セット。確かバロロ商会にメガロストードの厚皮を使った幕と魔鋼の鉄柱のテントが売ってたんだよ。水と衝撃に強いらしい。便利系の魔道具…特に洗濯出来るやつは欲しい、水滴ウィーネが使えれば水の心配は無いからね。何よりもまともな頼れる装備を充実させたいかな。防具はミスリルとガネル鉄の合金魔鋼製に目を付けてる…武器もだね。ルルエラにはネメロ商会にあった『レラの光長杖』、朝霧さんは短杖がいいんだよね?ならギルドのオススメにもあった『トネル木芯の鉄短杖』が良さそうかも。僕は取り敢えず『ササラン鉄の短剣』にしようと思う、兎に角頑丈で切れ味も長持ちするんだって。流石に馬とかは高いしそもそも乗馬したこと無いから無しかな。野営用のキャンプキットも新調するかも。途中で壊れて料理できなくなったら終わりだから頑丈なやつ、多少重くても魔法袋に入れれば関係ないからね。あ、後は野営中の魔物除けが良いと思ってたんだよ。目茶苦茶大きいベルフォリア商会って所の新商品にアラームペグって言うのがあって、魔物とか盗賊が近づくと警告音がなるみたい。是非欲しいところだけど少し高いから頑張って稼がないとだめかな」


「そ、そう…相変わらずこういうリサーチと装備構成とか考えるの好きよね、耀」


「え?…あっ、あぁごめんごめん!つい…ゲームしてる時からこういうの見たり考えたりするの好きで…。でも、今は命が掛かってるからね…真面目に考えるよ」


「…そうね。ま、取り敢えず稼げば良いのよね?さ、ガンガン収穫するわよ」



恥ずかしそうに我に返った耀を楽しげに見ながらふらふら、と、手を振って別の木へと渡り歩いていく朝霧の背中を見送る耀はいつものゲームの癖に…どこか自分が、まだこの世界を現実と認識していないのでは?と思ってしまう


魔物との殺し合いも何度かした…命の危険はすぐそこにあった事もある。それなのに…ゲームと同じ感覚で物事を考えている自分に納得行かない自分がいた



(…これはゲームじゃないんだ…。リサーチとか構成とか…そんな考え方でいいのかな…。無事に教国を撒けるかも分からない…ラヴァン王国に辿り着けるかも分からない…もしかしたら、その辺の魔物に殺されるかも…きっと盗賊みたいな人間と戦うこともある……。どうなるのかな、僕達は…)



一度考え始めれば、次々と湧き出してくる不安と恐怖…今、こうしてゆっくりと流れているように見える時間は、もしかして自分の気が腑抜けているだけなのではないのか…?


あの時、あの地下空間で現れた漆黒の鎧はこの世界に来て初めて…命の危険と圧倒的な絶望を味わわせていった


勇者と呼ばれて浮足立ち、特殊な力を使える自分に沸き立ち、まるでゲームのような動きを平然とする自分自身に酔いしれていた…それを一撃で、夢から覚まさせた破壊の光景


あの舞い降りる姿が脳裏にこびり付いて、忘れられない


友人が振り下ろした剣が文字通り刃が立たずに砕け散った光景が未だに信じられない


あの鎧がもし、自分達を殺すつもりなら既に4人ともこの世には居ないだろう…


そう考えるだけで、手が震えてくる



(もしかして…こんな風に悠長な準備なんてしないで、全力でラヴァン王国に逃げた方がいいのかな…?こうしてる間に、僕達を狙ってる奴らがすぐそこまで来てる可能性だって…。何が…何が正解なんだろう…)



木の枝の上で立ち惚ける…根拠のない脅迫感が背中を触ってくるような…


自分は今、とてつもない悪手を取っているのではないのか?


いや…そもそもレルジェ教国から逃げ出して良かったのか?


囲まれた壁の中で静かに過ごすのが正解だったのでは…………













「ヨウ、大丈夫かい?……随分と顔色悪いよ?」


「っ……ルルエラ…。いや、ごめん…何でもないよ。ちょっとこれからの事、考えてただけだから」



気が付けば、真横にルルエラが立っていた


肩を触られるまで全く気が付けなかった…


ルルエラは同じように籠を背中に背負いながらぽいぽいと籠の中に果実を放り込んでおり、その中には自分と朝霧よりも大量に収穫物が詰まっている


凄まじいハイペース、だがそれもその筈


朝霧のような徒歩でもなく、耀のような飛び移るなんて手間を掛けずにルルエラは視写跳躍フォーカス・ブリンクによって木から木へと瞬間移動しまくっているのだから、移動時間を考えればその収穫速度は2人の比ではない


今も、耀が居る木の枝までどこか別の木から瞬間移動して来たのだろう


相変わらず、その魔法の利便性は途轍もない



「…なんだか、ヨウがかなり悩んでるよう見えたんだ。それってさ…ボク達の事だよね?」


「…うん。一応最善策だと思って、路銀を貯めて物を整えて…そう進めてるんだけどね。もし、これが不正解の行動だったら…なんて、ずっと考えてる…。僕と朝霧さんだって、レルジェ教国に追い付かれたらもう出れないかも知れない…ルルエラだって、捕まればおしまい…こんなじっくり進めてて良いのかな?…なんて、ね」


「そっか…。ヨウは凄いんだね、ボク達の事もずっと考えてくれてるんだ。正直、ボクはそこまで考えてなかったかも…このまま前だけ見て進んで、後ろから来る理不尽に追い付かれないように…なんてさ」


「僕が考えすぎなんだよ。ルルエラは気にしないでいいと思う」


「…ねぇ、ヨウ。ちょっと座ろうよ」



苦笑い気味に、自分の気にし過ぎだ、と溢す耀に言い直すような口調でルルエラが座るように促した


いつものような、カラカラとした雰囲気ではなく、それでいて取り繕った聖女らしくもない…そう、言うならば真面目なような雰囲気に、耀も「う、うん」と頷く


その枝に脚をぷらん、と宙にぶら下げる形で座り込めばルルエラもその隣に…というより耀の体にしっかりと沿うようにして座り込み、これには耀も少し慌てた



「ルルエラっ?ち、ちょっと近いよ?」


「ヨウはちょっと遠いな。…ボク達、パーティなんだよ?もっと聞かせてよ、ボクにもヨウの考え…ちなみにボクは間違ってないと思う」


「そ、そうかな?あと近いから少し離れて…」


「あのままセントラルに居ても、ボクもヨウ達も先は無かったと思うよ。多分、レンジとルリの事も気になってるんだよね?…こう言っちゃ何だけど、道連れなんて誰も得しないんだ。出てきたのは正解だよ」


「あ、ありがとうルルエラっ。そ、そろそろ…」



真面目な話…の筈なのにヨウはドギマギして全然集中出来ない!


自分よりもかなり小柄なルルエラの体がしっかりと肩やら脚やらとで密着度するほど側に寄ってきており、がっつりこちらを見つめながら食い気味で、なんとなく反対側にズレるとすぐに距離を0まで詰めてくるのだ


耀もゲーム仲間で朝霧と瑠璃というレベルの高い美少女達とよく遊んでいるにはいるが…この手の接触やらは縁のない関係


不慣れな軟らかい感触やら良い匂いやら温かい体温が直接伝わってくる感じはとても耀の感覚を刺激してくる…!


白銀のサイドテールが木の葉を揺らす風にゆらゆらと揺れるのと、脚をプラプラと揺らしながら真面目な表情のルルエラは普段の元気印を控えているように見えて、小柄な愛らしさの中に美しさがおり混ざる…


耀はとても居心地がソワソワしてしまう…!



「だからさ、少なくともボクはこの先どうなってもヨウ達に感謝してるんだ。…ヨウはもっと自信を持って良いんじゃないかな?」


「そ、そっか…。その、ところで…な、何でこんなに近いの?ほら、ちょっと落ち着かないというかなんというか…」


「へ?……………………あっ、い、いやいやごめんっ!ちょっ、と変なスイッチ入ってたかもっ!別に変な意味はないよっ!?あ、ははっ…そうだ!実、実採らないとだよ!」



どうやら無意識だったらしい


きゅっ、と肩を寄せ合うまで近付いてこちらの瞳を覗き込んでいたルルエラ自身も今気づいたようで頬を朱に染めながら、しゅばっ、と離れるとわたわた手を振り回しながら言い繕う


ヨウも「う、うん。大丈夫大丈夫っ」と言いながらも…初めて女性から体を寄せられた感覚に、どうにも彼女と顔を合わせるのが気恥ずかしい…


だが、不思議と…先程まで自分を襲っていた不安と恐怖はどこにも自分の中に残っていない


それに気がついて…くすり、と笑ってしまった


慌てふためいて辺りをキョロキョロ見回しながら「あーえっと次の移動先はえっとえっと……!」とあたふたしながら首を振り回すルルエラに



「ルルエラ」


「っなに?」



ばっ、と振り向いたルルエラのちょっと赤い顔を見ながら、少し可笑しそうに笑ってしまいながら



「ありがとう」



耀はそれを伝えたくなった


ここまでの旅路は長いものではなかったが、すぐ辿り着けた訳でもない…その中でも彼女は別段怪しい行動をした事もなく、逆に助けられることは多くあった


耀も、彼女の事をどうかしたいと…そう思うくらいには、ルルエラを仲間だと思っているのだ


だからこそ……



この世界を知る唯一の地球人…現在も生きていると考えられる120代目の勇者に会わなければならない


同情を買って保護してもらうなんて気は無い…しかし、事情を説明して何かしらの力を貸してもらえれば蓮司と瑠璃もレルジェ教国から回収できる可能性が高い


彼も、同じ故郷から来た勇者の話ならば聞くだろう


そして…あの黒い鎧の人物


レルジェ教国と剣を交える可能性がある以上…あの人物の存在は無視して通れない


状況さえ整えば…むしよこちらの味方にすらなり得る



……そんなことを考えていた耀の目の前で、ルルエラが真っ赤に頬を染め、ぷるぷるとわずかに震え…







「ヨ…ヨウのえっち!」





「あれぇぇ!?そ、そういう話だったっけ!?」





耀の感謝の言葉はえっちだったらしい


ーーちょっと、なんか変な捉え方してない!?、と問い質そうとした耀の視線から、シュンッ、とルルエラの姿が消え失せる…どこか別の木へ瞬間移動したらしい


驚きのあまり振り返った姿勢で硬直した耀が虚しく木の枝の上で「……あ、あれー…?」と訳分からなそうにぽかん、としており、そそくさとメメラの実を収穫する作業に戻っていく


そんな耀が居る木から何本も隣の木の上で…赤い顔のルルエラが頬を抑えたまま…にへ、と笑っていた


その笑顔は、完璧な聖女のフリなどではなく、年相応の素直で隠しきれない笑顔なのはきっと…誰の気の所為でも無いのであった


















「ほんっと楽しい旅になりそうね。まさか耀のこんな甘酸っぱい姿が見れるなんて…」



それをさらに向こうの木の上からニヤニヤと覗き見ていた者が居た…そう、朝霧である!


なにやら自分が移動した後で二人で話しているかと思いきや…いやはやなんとキュンキュンしてしまうようなやり取りをするではないか


これは流石の朝霧も胸を踊らせずにはいられなかった!


何故なら、耀はいつもの4人の中でも一際一歩引いて物を見て場の空気を優先する少年だったから…このような耀が主人公に見える出来事は見たことがなかったのだ


耀だって背は朝霧と同じ程度で痩せ型ながら家は格闘技の道場を開いているので体付きは実は蓮司よりもしっかりしている。目元を前髪で少し被らせている少し陰気な雰囲気の少年に見えるが、前髪を上げればなかなかに見た目は良いのだ


むしろ、なぜこれまで色恋の話が流れなかったのか不可思議ではあったのだ


それがまさか…異世界で白銀サイドテールの2歳歳下美少女で聖女なんて呼ばれてるボクっ娘という濃厚な少女とこんなに甘い雰囲気を醸し出すなんて…



「あーあ、蓮司も瑠璃も勿体ない…。ま、取り敢えず耀のレアシーンは私だけの秘密ね。ふふっ、安心しなさい、耀…私は空気を読める女よ?邪魔なんてしないであげるから…」



まるで漫画の主人公とヒロインの恋愛劇を見てる気分で、機嫌よく笑う朝霧は、それぞれ違う木の上で…考え込む耀と赤い顔でもじもじしているルルエラを覗き込み上機嫌な笑いを漏らす






彼らの旅は、まだ始まったばかりなのであった





ーーー




「あ、そこの綺麗なお姉さん。もう一杯貰ってもいい?いやー、悪いねぇ。ちょっと調子出てきちゃって、もうちっと飲んじゃおうかなって」


「上手いこと言うねぇあんた!褒めたって酒代は貰うからね!…それにしても、昼間っから飲んじゃってさぁ」


「いやぁね?ちょっと遠くから仕事に来たんだけどさぁ、この街に着いたのがさっきなのよねぇ。もうくったくた…取り敢えずお酒飲んで気持ちよく休みたい気分なのよ」


「こんな時間からかい?まったく、どんな仕事なんだか…」



ランネアの街にある、なんの変哲もないただの酒場…気の強い美人のウェイトレスが、真っ昼間から酒を傾ける男に嘆息しながらも、褒められて機嫌を良くしながら彼のジョッキにどぱどぱと酒を注ぎ足した


この時間は太陽も天辺にあるようなタイミングであり酒場が最も潤わない時間の1つなのだが、この男はふらり、と昼前にここに立ち寄ってから延々と酒を煽っている


当然、店内にはその男しかおらず、必然的にウェイトレスの女性はその男と少なからず暇つぶしに会話の相手となっていた



男は40代半ばと思わしき容姿であり、服装は適当な旅の服のような物を着ているようだが髪はしっかりと後ろに流しており、無精髭も乱雑ではなくちゃんと整えられた不快感のない出で立ち


体格もしっかりとしており背丈もかなりある…柔らかく機嫌良さそうな目元は、素面ならばしっかりとキレのある目付きなのだと分かるだろう


旅装…と言っても夏用の物でかなり上質だ


一人旅の護身用なのか、腰には短剣を吊るしており気分良く酒を煽って寛いでいてもそれだけは外す様子がないのは、警戒心を手放さない性格なのだろう


総じて、なかなかに整った容姿をした男であり、「年を経たならこのような格好良さが欲しい」と言われる要素を備えた偉丈夫であった



更に盛られた一口大にしては大きめなゴロゴロした肉の塊…角煮にも似た肉の煮物をフォークでぶすり、と突き刺してはワイルドに一口で口に押し込み「もぎゅもぎゅ」と噛み締めながら美味そうに目を細めて「むむぁいうまい」とボヤいて酒を煽る…



「美味そうに飲み食いするねぇあんた。それで?仕事って何さ、聞かせてよ」


「ん?ちょっとした調べ物なんだけどねぇ…お姉さん、この国でなんか大きい事件とか起きてない?そういうの調べててさぁ」


「なんだ記者かい、あんた?珍しい仕事してるじゃないか」


「はっはっはっ!まぁ記者みたいなもんかな?そろりそろりと、秘密で色々調べちゃうのよ。ほら…もしかしたらお姉さんの恥ずかしい秘密も調べっちゃったりして…」


「やだもうっ!変なこと言わないでおくれよ!」


「いやぁ悪いね。綺麗な人を見るとつい茶化したくなるもんで…最近どこも物騒でしょ?ラヴァンだって学校が襲われたって言うし…レルジェは無事なのか、気になるってもんでね」



隣に立つウェイトレスの女性の手元から酒入りの壺をしゅるり、と掠め取ると、どこから取り出したのか店のジョッキを彼女に差し出し「奢り、どう?」と短く伝える男


まるで手品のような手付きの良さに「へぇ…じゃ、お言葉に甘えて…」と楽しそうに笑って席につき、ジョッキを差し出せば女性が両手で支えていた壺を片手で悠々と傾けて彼女に酒を注ぐ



「そう言えば、首都の方でボヤ騒ぎがあったてのは聞いたかね?ま、こんな辺境の街にゃ関係ないってモンだけどさ。ラレイアって言ったらお偉いさんの住む街だからね、珍しいってもんだよ」


「へぇ…ボヤ騒ぎか。穏やかじゃない…それって「ドッカーン!」…みたいな感じとか?」


「結構デカい騒ぎになってたらしいけどね。新聞にも載ってないから単なる噂話だよ!」



飲み慣れているのか、手にしたジョッキが豪快に酒を煽る女性が気分良さそうに手を振りながら「大した事ないよ!」と言葉を添えた


愉快に笑いながら「それは怖い怖い…」と呟く男はその言葉の意味に目を細める


ーーこんな遠くの街で噂になるほどの大事件…それが新聞にも乗らずに「噂」だけで留まっているだけ



とどのつまり、情報が封鎖されているのである



「そうだねぇ…それじゃ、次の質問いいかな?」



男は指を一本立てて、楽しそうに笑いながら上機嫌の彼女に向けて次の質問を投げ掛けた



「実は大ファンで、ある人を追い掛けてるんだよねぇ。その人見かけたりしてないか、気になってて…いやはや、結構目立つ人なんだけど」


「へぇ。なら分かるかもね。言ってみなよ、知ってりゃ教えてあげる」



にや、と笑う女性に向けて、彼はこう尋ねた





「美し白と銀の間の髪に、紫の瞳、小柄で美しい女性でね……名前は確か…







                                  

     ルルエラ・ミュートリア      」






レルジェ教国ここへ戻って来たその中年男性は………己の相棒である漆黒の線が2本走る短剣を後ろ手になぞりながら、探るようにそう言った







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【後書き】



◯質問ーーー

 


「お、このパターンは新しいな。ここは俺が、なんか不明点とかあったらなんだって答えるぞ…」






ーーーって何ですか?




「やめろって言ってんのが聞こえねぇのかッ!」




「教えてやろう…それはもう細部までみっちりと、な」


「これは語らずにはいられませんね…あれは素晴らしいです」


「…今夜は……長くなるぜ……っ」



「おいなんか最近見たことある感じだぞ!?頼むからの話は無しにしろって!前の話で作者が下ネタ要素で注意喚起したばっかりなんだから…!」


「む、それなら色んな読者の方からコメントを頂いていたぞ?」


「なんだか歓迎のコメントが何件か届いていましたね…」


「……もの好きめっ…!」


「そんなバカな!?」


「さて、話を戻そう…作中で最近良く出てくるについて!」

 

「お願いやめてぇ!」


「ちなみにはどろっ、としてて色は白ですね」


「んー…どろ、よりはどちらかというと…どぅるっ…て感じ…?」


「恥ずかしいから詳しく言うなって!そのコメントで小説BANされそうって言われてんだぞ!」


「あと、急所に食らうと一番かのぅ。一発ぐらいだけで腰がガタガタになるとか」


「あれ何ででしょうね…貰った場所からビリビリっと電気みたいなのが全身に走ってそのまま天に昇ってしまうというか…」


「…でも…そう……強いて言うなら……」



「「「あれ好き」」」



「あっはい…ありがとうございます…」


「ちなみにカナタよ…そなた、回数も量も普通じゃないからのぅ。あのお薬無かったら我ら、とっくのとうに…」


「一晩で間違いなしです。エロゲのオークやゴブリンを疑うレベルです。コメントでも「流石に3人はキツイっしょ?w」とか言われてたのにキツイのは私達でした」


「…溢れる程…というか、どぽどぽ溢れる……」


「えっと…つまり…?」


「「「それも大好き」」」


「うっ……あ、ありがとうございます……じゃあこれからは手加減しなくても良いという事で、三人とも…」


「「「!?」」」


「お覚悟、よろしいでしょうか?」


「そ、そう毎晩ヤられてばかりと思うなよ!」


「そ、そうです!そろそろ一矢報いる時です!」


「まっ…まだ負けたわけじゃない…っ!」



※この後めちゃめちゃ負けた


それはもう死ぬ程弱点突かれまくって、ボロボロに敗北した…






「まだ…まだまだ力を感じるな」


「「「っ!?!?」」」




※ちなみに、この後それはもう大変な目にあったらしい


3人は産まれたての子鹿のほうがまともに動けるような状態だった…






「よし、そろそろ準備運動は止めるか。…アゲてこうか」


「「「っっ!?!?!?」」」




※火が付きすぎて気絶しても許してもらえなかったらしい…


気絶する度に大好きなで叩き起こされたそうな……








「なぁ、ほんとに俺エロゲの主人公とかじゃないよな?実はゲームの世界でした的な…」


いや、この小説そういうのじゃないので…

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