第74話 荒れる稲妻


「こ、こうか…?」


「いえ、もうちょっと左側です…あ、そうそう、その辺りです。んっ… もう少し強めに擦って下さい」


「じゃあ…こ、こんな感じか?」


「あっ……そうですね、そこですっ……気持ちいいです…」



武争祭予選の熱気でむせ返る会場を後にしたシオンは聖女教会の聖女達には腹の負傷を癒された後、元来た入場ゲートをくぐって選手の控えまでやって来ていた


既に軽傷者は自分の足でそれぞれの場所に戻っており、この場にいるのは最後まで闘技場に残っていたトーナメント出場が決定した8人のみとなっている


そんなゲートの中の一角…ベンチが多く置かれた控えの場所で4人固まっていたカナタ達


そのベンチの上に座った、怪しい埴輪顔の仮面を着けたカナタの足の上に、何故か今…シオンが横向きに乗っかって座り、右肩をカナタの胸に預けるようにして寄り掛かっていた


まるでテーマパークか公園のベンチでいちゃつく恋人のように…いやまぁ、恋人なのは間違いないのだが…


そのシオンは、着ている戦闘服のインナーをたくし上げた状態で腹を曝け出し、カナタの両手が己の左腹部をぎゅっと抱くように手を当てさせながら目を閉じて気持ちよさそうに声を漏らしていた


ライリーの拳撃をあえて受けてから、返しの一撃を叩き込んだシオンだったがその代償は少し大きかった…彼女の拳を叩き込まれた左の横腹は痛ましくも青紫色に変色して中で出血が酷く起きていることを一目で伝える状態…ましてや、骨で衝撃が受けられない横っ腹からの打拳は内部へのダメージが強く、受けた後のシオンは呼吸するのも苦しそうだった


これを見ていたカナタはムンクの叫びの如き表情になっていた


隣で見ていたペトラとマウラは立ち上がって拳を握りしめながら「いけ!堪えろシオン!そうだ、カウンターだ!」「っ…今…っ!…そこで渾身のパンチ…っ!…動きを止めてから…そこ…っ!」と声援を送っていたのだが…ここからでもシオンとライリーの強化具合や力加減、防御力が把握できるカナタはシオンが受けた拳がどれだけ痛いか想像できてしまう…



ーーあれは痛いぃ…!だ、大丈夫かシオン…!?なんちゅー無茶な真似を…!まさか舐めプ……って訳じゃねぇなあれ…。ライリーの腕が良い…多分、今の状態出力のシオンがマトモに当てるなら受けるしかなかったのか…。まぁ見りゃ分かるけど…あれは強いな…教てるヤツの強みがモロに出てる。我流で格闘戦してるシオン達には確かに…一線級の活躍するヤツの技術相手にするのは少し重たいか…



そんな事を考えてるカナタの顔が、まさにムンクの叫び…!


そりゃ遠くから見たラウラが「心配そうな顔してる」と笑ってしまう訳である


それでもって、試合終了の後に帰ってきたシオンが3人と合流してカナタへ開口一番言った言葉が…



「少しそこに座って下さい、カナタ」



である


言われるままに指さされるベンチに座ったカナタの上に、何の躊躇いもなく横向きに乗り座ると着ていた戦闘服の黒インナーを捲りあげて、カナタの手を取って負傷していたであろう左腹部に自ら押し当てたシオンが一言



「…擦って、もらえますか…?」



ぷちぷち…


カナタは自分の中の理性の紐がちぎれかける音が聞こえた…!


戦闘後…汗に濡れる体、香る彼女の匂い、柔らかな彼女のお腹の柔肌、少し恥ずかしそうな顔…カナタの中のが準備運動を始めてしまう…!


だがこんな所で火を付けてしまうわけにはいかない…カナタは己の中の暴れる野生をしっかりと理性という紐で雁字搦めにした…!


注文通り、彼女が負傷していた左の横腹に両手をあてたまま、すりすりと手を動かすとシオンのすべすべ柔らかな肌の感触に頭がぼーっ、としてしまう…まぁそれ以上のことはしているのだが、それでもいつだってこの魅力への胸の高鳴りは変わらない


既に傷の跡は全く残っていない…しかし、カナタの手が彼女のお腹を擦る度に「ん…いいです…とても痛かったので…気持ちいいです」と言われれば細かいことなどどうでも良くなる


こてん、と頭をカナタの肩に乗せる形で甘えるシオンのお腹を撫でながら彼女からの注文を叶えるだけのマシンと化したカナタ…



……そんな甘々なシオンに、半目のペトラとマウラがその両側からじっとりと彼女のことを見つめていた



「シオン…そなた、もう傷は癒えてるであろう?なにをそんなにべたべたに甘えている…?」


「んっ……ずるい……もう治してもらってたのに…!」



じとー…あからさまにべったりなシオンに胡散臭さを嗅ぎ取る2人の視線の温度が下がるのも無理はない…見ているだけで気温と湿度が上がりそうな2人の姿に羨望を隠せないのである


それに対して「むっ」と反応したのはシオンである



「良いではありませんか。あれはとても痛かったので…こうしてしっかりと慰めて貰わないと心に傷が残りそうです。さぁ、カナタ…今度は少し揉むようにして、手のひら全体で…」


「まったく…強かな奴よな…。というか、適当な所で止めてやらんとカナタが耐えれんぞ?主に理性的な意味で…」


「…むしろ狙ってるまである……今夜は大変……カナタのフラストレーションが……っ」


「策士め…それが狙いか…」



なんだか痛かったのを慰めてもらってる風を出しているシオンだが、その実…慰めてもらうのを口実にカナタの男の部分に薪を焚べているようで、今夜はちょっと盛り上がりそうな予感がしていた


とは言え、3人の聖女達とそして何故か遅れて駆け寄ってきたもう一人の聖女の4人がかりで治癒を施されたシオンが既に傷一つない体である


痛みも何も残っていないのだから心配するだけ杞憂というものであった


まぁ初めての実戦的な戦いで負ったダメージという事でシオンも少し驚いたし動揺したのも事実…そんな心の不安をカナタに宥めてもらうというのも分かる……と、ペトラとマウラも内心思っていた


だって、自分達もこうして癒やして貰えるって事だし…



「おっ、お疲れなーシオン!いやー熱い闘いだったな!…って、そっちが例の男か?へぇー…こういうのタイプか。なんというか…怪しい奴だな。胡散くせー仮面着けてんのは顔見せらんねー理由ワケでもあんのか?」



そこにかかった声の方を4人で振り向けば、ライリーの姿があった


彼女の方も怪我は治り、腕も脚も気にすること無く動かしている辺り痛みも残っていないらしい


そんな彼女が、シオンに声をかけながらも…シオンが乗って座る男にまじまじと視線を向ける…自分がこれだけアピールした女の相手がどんな男なのか、興味津々と言わんばかりに



「お疲れ様でした、ライリー。…こちらは私の…いえ、私達の最愛のパートナーですよ」


「あ、どうも…ヤマトといいます、はい…」


ちなみに『ヤマト』はバリバリの偽名である。出場者の登録も実はこっそり名前を変えて登録していたのだ…そう、これも目立たない為…顔も名前も知られたくない陰気な心の現れなのである


「最愛、と来たか。しかもねー、この色男め!どうだ?シオンを賭けて俺といっちょ、決闘でもしねーか?」


「えっ、やだよ。俺がやるメリット無いし」


「まーそう言うなよ!お、そうだ。勝てたら俺のこと好きにしていいぞ?シオン達に出来ないようなハードな事までバッチリ…」


「む、ダメですよライリー。そういうのは私の担当なんです。私の分が無くなっては困ります」


「「そっちかよ…」」



ライリーとカナタの声がハモる…


ライリーは思った…「これ、シオン達じゃなくてこの男の方が捕まった側なんじゃね?」…と


ただ見た目通り美しいだけの少女ではないのは分かっていたが、なんというか…しっかりと一癖はありそうだ、とライリーは認識を新たにする


それにしても、である…



(…いやいや他の二人もやっべーな。なにをどーしたらこんな綺麗所の華が集まんだよ…この獣人の女の子の神秘的な可愛さ、ふわふわの耳と尻尾…こりゃ半日は抱き締めてられるぞ。そんで、この銀髪の魔族…こっちもイかれてる。どっかの高貴な血筋とか言われても納得の高みにある美貌…魅了の魔法とか使ってねーだろうな?さっきから動悸が止まんねーよ)



目の前に広がる大輪の三花に思わず眩しさすら感じてしまいそうだ


女としてならば、自分だって自信はある 


ちょいと筋肉質だが、しっかりと鍛えた体はゴリゴリのマッチョじゃなくて靭やかに強さを併せ持つ…スタイルも良い筈だ。胸は普通だが、背も高いし余計な肉は付いてない


顔はちょっとばかし勝ち気と言われるが、悪く言われた事は無い


そうじて、自分も美少女の分類に居るはずである、うん!


…と、考えるライリーもこの三人も一気に目の前にすると少し自信が揺らぎそうだ


なんなら全員いただいちゃいたい…



「む、そなたがライリー・ラペンテスか。かのレオルド・ヴィットーリオの教え子…成る程、そなた相手ならばシオンも苦戦するだろうに…。我のことはペトラで良いぞ」


「………マウラ……よろしくね……」



まるで鈴の音のような凛とした声に、可愛らしくも水音のように落ち着きのある声がライリーをぞわぞわと刺激する…主に、性欲的な意味で…!


ーーめちゃ食べちゃいてーだろ!あ、あんま俺のこと誘惑すんなよな…!あーあーっ、いーなーこのヘンテコマスク!きっと今夜もお楽しみなんだろーなーっ!



…ちなみに言わずともがな…ライリーは可愛い女の子が大好き、いや…大好物である


別に男が嫌とかではないが、単純に可愛い女の子の方が大好ぶ……大好きなのだ


とは言え、流石にここまでベタ惚れの男が居るならちょっと難しい…得意技ではあったがどうやらもなさそうである


…三人纏めて満足させられるあたり、この男はなかなかにやり手と見える



「あーあ…やっぱ無しかー…。折角運命の相手と会えたって思ったんだけどな。…ちなみにさ、他の3人も同じ奴に技習ってんのか?だとしたら全員かなり強いって事だろ?」


「む…我ら…というか、マウラとシオンも含めた習っている。…こやつにな」


「ん……こっちは先生……私達は生徒……」



ライリーは当然考えていた


この男、顔は妙なマスクしてるし声はマスク越しだからなのか妙にガタついてて聴きづらい…しかし、体付きや体勢、姿勢などの自然な仕草からそう年齢が上とは思えない


てっきり、同門で結ばれた間柄なのかと思っていたのだが…


この男が、先程闘いを繰り広げたシオンに闘いを教えたのか…?



(…いやヘンテコマスクのせいでまっったくそうは見えねーな…。ホントかよ…?なんか今も普通にシオンとイチャイチャしてるだけだしよ…てゆーな、なんでマスクの目と口が光ってんだ?なんか瞬きみてーに光ってるし…)



そう、間抜けなマスクのせいで全然そうは見えない!


と言うかなんなのだろうかこのマスク…多分、瞬きと同じタイミングで目の光がパチパチと動いて消えてるし、口の部分がただの「◯」なのは何故なのだろうか?なんかわざと変なデザインにしてるようにしか見えない…


そう、はっきり言おう………どこも強そうには見えないのである



「…このマスクが、先生か?」


「うむ」「えぇ」「んっ」


「…つまり、つえーの?このマスク…」


「うむ」「えぇ」「んっ」


「…マスク、くっそだせーけど」


「ま、まぁ…」「そこは…ですね」「…仕方ない…」




ーーあ、やっぱりマスクはだせーのな…








『お待たせ致しました!第2予選の用意が整いました!選手の皆様は入場ゲートへとお集まり下さい!繰り返し、お伝え致します!本日の最後の試合、第2予選を間もなく開戦致しますので選手の皆様は入場ゲートへとお集まり下さい!』



「お、きたきた…ってことは次は2人の内どっちかが出んのか?」


「んっ…次は私…!……私こそ…なんのトラブルも無く通って見せる……っ!」


「あー…無理なんじゃないか、マウラ?我、もうここまで来たら覚悟しているのだが…もう諦めて、トラブルは全て粉砕した方が良いぞ?」


「!?……ぺ、ペトラが……諦めきった目をしてる……っ!……そんなことないっペトラっ……きっと静かにいけるっ……!」


「…まだ、パチモノ勇者の弟とかいういわく付きの奴がおるのに…?」


「………」



マウラは目を逸らした…!


目に見える巨大な地雷の存在を思い出してしまったのだ…!


4つある予選のどこに参加してるのかは定かではないが、まぁ碌な事にはならないのは目に見えている…そして、どういう訳かその手の厄介事は向こうからこちらへやってくるのだ


マウラも気が付いてしまったのだ…自分達はそういう星の下にいるのだ、と…



「ま、まぁ可能性は0ではありませんから…。私の場合はライリーがそれでしたし…」


「いや、シオン…この場合はそなたの方がアタリかもしれんぞ?これがワケのわからん事をのたまう変人の弟というだけで我はもう…それなら、ただの強者と戦う方がどれほど気が楽か…」


「……結局…またシオンがアタリを引いた……私達に残ってるのは……変な男だけ……っ」


「なー、これ俺褒められてんだよな…?」


「多分な」



ペトラが既にお通夜のように項垂れている…


マウラが恨めしそうにしながらも、「…しょうがない…」と立ち上がる 


次の第2予選はマウラが出場者だ



彼女の身を包むのはシオンと同じく、一般戦闘用の戦闘服だ


体に張り付く黒のインナーやロングソックスは変わらずだが上に着ている半袖のショートジャケットは白と青に変わっており、革製のブーツはただの革製ではなく、足の底や足の甲、爪先から足首周りに至るまで装甲が施されている


何よりもその手に嵌めている物はシオンのような指抜きのグローブではない


しっかりと指先まで覆う頑丈な繊維質に、手の甲と指の第二関節までの間は厚めの装甲が施され、その先の腕の中程までが繊維質と金属で防御されている。そして、手首の内側に3つの宝玉が並んでいる…これ自体が、防具ではなく彼女の武器


関節の動きを阻害しないのに打拳や防御に使う部位はしっかりと守られた篭手


それを手でにぎにぎと感触を確かめながらぴょんぴょんとその場で飛び、体の動かし具合をチェック…最後に握った拳同士をぶつけて打ち鳴らせば強い金属音が鳴り響く



「んっ……ばっちり……違和感なし…っ」


「よしよし…大丈夫そうだな。ちなみに、その篭手は「青鉄アオガネ」って読んでた。まぁ好きに呼んでいいぞ、作成中に仮で呼んでただけだし」


「…いいよ、青鉄アオガネで……ふふっ……頑張ろうね…っ」



打ち鳴らした拳を構え、バチバチッと瑠璃色の稲妻を迸らせるマウラはその名前が気に入った様子で…カナタ的にはあまりにシンプルだから「…ほんとにいいの?」という感じなのだが、彼女からすればしっくり来たようだ


隣で見ていたライリーは、そのマウラを見ながらまたも思った…「えっ、この子もパワーファイターなのか?」、と


こういう可憐な少女達ならだいたいは杖を持って後方からの魔法を操るイメージなのだが、どうみてもガントレットに見える篭手をガツン、とワイルドに打ち合わせるマウラの姿は「魔法使い」っぽくない


むしろバリバリに近接戦メインな感じだ


服装も少し手が込んでいるがどうみても体の動かし易さに焦点を当ててある



「マウラも強化魔法で戦うのか?ま、シオンも相当強かったしなー…シオンみたいな脳筋には見えねーけど。でも、その雷…魔法も使えんだろ?」


「待ちなさい、ライリー。誰が脳筋ですか。ちゃんと戦略的な目的のある必要最低限のリスクから生み出した一撃でした、あれは。決して「近づけて殴れば問題ない」とか、そんなことは考えていません」


「そ、そこまで言ってねーけどな…」



ひえっ…と脳筋呼ばわりされたシオンの怒涛の捲しに少し怯むライリー…あの一撃の入れ方は間違いなく脳筋と思うのだが…



「ん…私はシオンみたいな脳筋じゃないから……攻撃受けたらやられちゃうよ…?…だから、ちゃんと避ける……ちゃんとっ、避ける…っ!」


「マウラまで…というかわざわざ2回言い直さないで下さい。まるで私が本当に脳筋みたいじゃないですか、まったく…」


「あ、諦めたほうがいーと思うぜ…?しっかし…避ける、か。ってことは体術に自信アリ、って感じか?」


「…んーん……体術も得意だけど…普通に見て避けるだけ…あとは近寄って…えいっ、てやる……魔法も適当に…」


「……脳筋?」


「!?」



そう…マウラが語る戦法を聞いたライリーの結論は、彼女も脳筋の一種ではないか?というものだった


マウラの表情がショッキングに変わる…どうやら心外らしいが、隣のシオンはうんうんと頷きながら彼女の肩をぽむり、と叩いているあたりやはり仲良しである


しかしシオンは強かった…その点を考えればライリーの見立てでは…この可愛らしい獣人の少女もただの少女では無いのだろう


脳筋呼ばわりされたマウラはショックな顔のままトボトボと入場ゲートへと歩いていく



今日の最後の闘い、第2予選が今から始まるのだ








(……見られてる…すごい見られてる……なんでかな……?…変じゃない…と思うけど……む…もしかしてまだ…カナタの匂いが…!?)



闘技場内に入場したマウラは他の選手に混ざって壁際を歩くものの、随分と周りからの視線を感じていた


近くからも遠くからも…気の所為ではなくかなり注目を浴びている


ーーまさか、カナタと沢山シた時の匂いが残ってるのでは!?


なんて慌てながら自分の肩や腕に鼻を寄せてくんくんと嗅いでみたりする…そんな小動物な可愛らしい仕草がさらに視線を掻き集めている事を彼女は理解していなかった


その愛らしい容貌と相まってとても緊張感の無い様子…自分の匂いのチェックに気を取られるマウラは試合開始の放送を全く聞いておらず、その巨大な銅鑼が鳴り響く音に耳をぺたんと伏せてようやく始まったことに気が付いた程だ



当然……狙われる



見た目はただの小柄な獣人の少女だ


ここで…見た目で判断した者達がまず、マウラに向けて突っ込む


シオンの時もそうだったが、見た目で判断する戦闘経験の浅い者は予選では多い


まずは潰せる所から潰す…むしろそれ自体は王道の攻略なので文句は言えないだろうが、こんな眠そうに少し閉じた目の少女が自分より強い可能性など微塵も頭には無いのである


4人がそれぞれの方向からマウラへと向かい、己の得物を使うまでもない、とその手を伸ばして地面に捻じ伏せようとしていた男達が、その指先をマウラに触れさせるほんの数ミリ手前…




その男達の目の前からマウラの姿が忽然と消える



彼らの視界では、なんの異変も感じ取れなかっただろう…


しかし周りから見ていたものは目撃していた


獣人の少女が、突然男達の背中側に瞬間移動していたのを…


いや…瞬間移動と見間違える速さで動いたのだ、と一部の者は理解した


突然目の前の獲物が消えて動揺する男達を後ろにして、悠々と歩くマウラは反撃や追撃には移らない



(…相手なんかしなくてもいい……こうやって、試合が終わるまで…適当に撒いてれば……めんどくさくない……)



非常に非積極的と言わざるをえないが、確かにマウラの速度を持ってすればこの戦法は有効だ


その辺の奴らなんて、マウラが50%に魔力を制限した状態でもこうして視認すら出来ないのだ


シオンやペトラと決めた予選中の縛り…魔力は半分以上出さない目標は容易く達成できるだろう。事実、こうして襲いかかってきた男達に背中を向けて歩いていても、彼等は後ろに抜けられたことにまだ気が付いていない


成る程…シオンが言っていた「程度が低い者が多い」というのも納得である


彼らでは…自分と戦闘といえる高次元のやり取りすら発生しない


しかし…



油断は決してしなかった



マウラには苦い経験があったからだ


不意を打たれ、体が固まり、命に手がかかり、そして最愛の男に身を挺して守られた…そんな今にも叩き潰したい黒歴史が、後悔と共に脳裏に焼き付いているのだ


故に、一切の油断も慢心も無い


周囲で乱闘が発生している、そこら中で怒声や剣戟、爆発の音が鳴り響く中でマウラの姿を見たものは瞬時に彼女を叩こうとした


しかし、その全てを軽々と避ける


今度は高速移動など使わずに、強化魔法によって高めた体の動きで避け続ける


振られた剣を鼻先が掠める程の距離で、その刃毀れが見つめられるような精度で回避


服を掴もうとしてきた相手の手を、その指紋が見えるまで引き付けてから体を仰け反らせて回避


そんな男たち諸共、吹き飛ばそうと放たれた数発の魔法弾を服の繊維が触れるか否かの距離で回避


体に稲妻を纏わせる事すらない


極限の集中力によって最低限の動きで全ての攻撃を搔い潜る


その動きだけ、マウラは一切の攻撃をせずに大闘技場内を優に一周も歩き続けていた



(……ん…弱い…。…この辺の人達は気にしなくてもいい……多分、変な人はこの予選に居ないのかも……勇者弟だっけ…?…どうでもいっか……うん…。……それより…終わってからカナタにどうやって褒めてもらおうかな……)



大闘技場内を一周も歩いていればなんとなく、周囲の実力や雰囲気は分かってくる


現状、マウラに攻撃を当て得る存在は居ない


頭の中でそんな事を考えながらも、必ず緊張の糸を張っておく…どんな些細な亊にも気付けるように、飛ぶ小さな砂利の粒から吹き抜ける風にも意識を傾ける


その意識の領域に…



明らかに自分を狙った飛翔物の存在を、マウラは瞬時に感知した


数は2つ…右後方から自分の首筋と、左後方から自分の左脇に向けて一直線


魔法ではない…何か物体が飛んできているのを理解したマウラの両手が後ろを見ることも無く、瞬時に動く


まるで止まった蝶の翅を抓むかのように、それぞれの指先で飛んできた物をつまみ上げてそれを見てみれば…



「……トゲ…?」



それは大きめな茨のトゲのような先端の尖った短い針だった


飛ぶ勢いは普通…良くて弓矢程度だがこんな小さな針が刺さった所で行動不能になるはずもない


と、いうことは…



マウラがつまんだトゲの1つを指の間でぐしゃり、と潰すとトゲの中からどろり、と黄褐色の透明な粘液が溢れ出した


良く見ればトゲ全体に細かな魔法陣が小さく刻まれている…マウラはこの手の物に小さい頃から見覚えがあった


昔、故郷ユーラシュアでは村を守るべく戦闘の全てを率いたクラーガス家…そこで育ったマウラは様々な武器武装小道具を見て扱った事がある、故にその正体は容易に分かった



(……吹き矢だ……しかも、刺さったら中の薬を相手に注入出来る……魔導具の針…中身は毒かな…?…柑橘の臭いに……ちょっと腐った土の臭い……ミゼレの実の果汁とグローマタンゴの胞子を混ぜた麻痺毒…。…村の取締り衆が使ってたのと同じ…体に入ったらある程度の魔物でも即効、丸一日は動けない…。…相手が人間なら…まる3日動けなくなる…)



すんすん、と鼻を当てて手についた粘液を嗅ぎ、舌先にちょん、と当てればその効果も素材も頭に浮かんでくる


かつて、ユーラシュアの村で治安を維持する取締りの部隊が村の違反者や犯罪者を生け捕りにする為に使っていた毒と同じものだった


粘性のあり、体に入れると感覚が鈍る軽い毒があるミゼレの実の果汁を煮詰め、1m程の大きなキノコの魔物であるグローマタンゴが振りまく痺れ毒の胞子を煮詰めた果汁に1:1の比率で入れて擦り合わせると合成できる麻痺毒…村ではこれを10倍に希釈して矢や吹き矢に塗る形で使用していた


それでも、当たれば半日は手足を上手く動かせなくなる代物だったが…嗅いで触ればわかる


これは原液のままだ


この麻痺毒は高級品…普通に戦いの中で動けなくしたいならばもっと手を抜いても十二分に効果がある。薄めて武器に塗るだけでいいのだから


しかし、これは…わざわざ毒を体内に直接注入する為の高価な魔導具製の吹き矢に、希釈していない原液の麻痺毒を充填している


つまり…まる3日、マウラのことを抵抗できない状態にしたかった者がこれを放ったのだ


明らかな、予選の闘いを超えた敵意にマウラの目が細められ、舌に付けた毒を唾液とともに吐き捨て、振り返って飛来してきた方向を見るが未だ半数以上の選手が残っている中…居場所を即座に変えてるらしくその姿は見当たらない


ここでマウラは初めて…回避の立ち回りから全身を戦闘態勢に移した


動きは先程と変わらない


まるで散歩のように歩きながら周囲の様子を敏感に感じ取り、自分に向けられる意識にまで気を配る



(……不意打ちと闇打ちなら…こっちが気づかない限り続ける筈…。…多分…私の後ろを着いてきてるのかな…?……撃つまでは姿見せないよね、それなら…)



ビリッ、とマウラの体が僅かにスパークを放ったのには誰も気が付いていないだろう


断続して体を流れる瑠璃色のスパークは時折ビリッ、と音を立てる程度で誰かを攻撃するような激しさは纏っていない


遠目ではまず、見えない程度の僅かなスパーク…


それを纏ったまま、闘技場を歩いて周る…なんの警戒心も無さそうにふらふらと、周囲の乱闘を避けるような位置取りで闘技場を徘徊していき


半分程度に減った選手達故に人手の薄い場所へと差し掛かった瞬間…

 


マウラに向けて2度目の吹き矢が放たれた



先程と同じ、2箇所同時の吹き矢による狙撃が今度はマウラの首筋真後ろとふくらはぎに向けて撃たれ、それに今度は手も動かず避ける動作も無し…そのままマウラへと迫った吹き矢は…



「っ……」



ビクンッ、とマウラの体が跳ねるように痙攣し、パタリと崩れるようにうつ伏せに倒れこむ


体がビクッビクッ、と僅かに痙攣する様子は明らかに普通の状態には見えずどう見ても体の異常を表すように…


それを見て動く者達が居た


マウラの周囲から集まるように5人の男女が現れたのだ


動かなくなったマウラの元に集まった彼ら彼女らはピクピクと震えるマウラの側まで寄って彼女の体を足で小突き、その反応を確かめる



「…よし、仕留めたな」


「初撃なんで外したんだ、あいつら…腕鈍ってんな」


「ま、それよりもっ!この子届ければ200万でしょ?太っ腹よねぇほんと」


「おうよ。あと2人ガキ捕まえて届ければ1人につき200万だ。合わせて600万…ったく、まともに依頼受けんのもバカバカしくなる」


「でも確かに可愛いじゃん。こりゃ夢中で手に入れたくなる気にもなるわな。なぁ、俺達で味見してからじゃダメなのか?」

 

「サブマス怒らせんなよ?なんでも…コケにされた分しっかり躾んだとよ。いい趣味してるぜほんと」



手にかけた武器を下ろした彼らは安心したようにぼやき始める


2人の女はうつ伏せのマウラの顔を覗き込んで「うわ、ほんと可愛い」「これならサブマスが執着すんのも分かるわ」と関心しながら、それを覗く男達も「こりゃ上玉だな」「こんな女の子俺も抱いてみたいね」と言うあたり自分で手を出す気が無いらしい



「おい!もう出てきていいぞ!」


「外すなんてらしくねぇよ!今度は1発目で当てろよなお前ら」


「うっせぇな。どう見ても当たってたと思うんだけどよ…」


「俺も当てたと思ったが……ま、2発目は当たったから良いだろ」



一人の男が手を振れば、少し遠くで…壁際で乱闘するほかの選手の後ろに紛れるようにして2箇所に1人ずつの男が姿を見せた


手に持つのは50cm程の筒状の道具…それは吹き矢を放つ為の矢筒だ


壁際に居た1人の男が走って駆け寄りながら不機嫌そうにぼやきつつ、呼んだ男の煽りを鼻息とともに返した


マウラを狙撃した中の1人だが、彼ももう一人の射手も確かに一発目は命中したと確信していたのだ


なのに目標の少女は平然と歩き続け、時折顔に手を当てたりしながら闘技場を周っていたのを見るに、本当に外していたのだろうか?と思うしか無い。しかも2発だ


何せ、当たっていれば即座に体の自由が無くなる強い麻痺毒だ


当たっていれば、今のように直ぐ様倒れ込んで数日はまともに手足が動かなくなる劇薬…高価な麻痺毒ではあったが、報酬の額はこの程度の出費など気にもならない数字だ



「それで?この後どうすんだ?」


「適当にリタイアして、このガキをサブマスのとこに届けるだけだ。あとはあの変態サブマスがこの子で好きに遊ぶだろ…」


「かわいそ…どんなに金積まれても、あんな奴に犯されんのはイヤねぇ。何したのかしら、この子?」


「知るか。金さえ貰えればどうでもいいだろ」



そこに興味もなさそうな男


そこへ吹き矢を持った男の1人が合流するが、その手前…マウラを囲んでいた男の足元に視線を寄せて訝しむように指差をさす



「…おい、それなんだ?足元のやつ…なんか落としてるぞ」


「あ?…んだよ、これか?…なんだこれ?」



男が拾った物を見て眉を寄せ、他のメンバーも近寄って男の手元にあるそれを見てみれば全員が頭に「?」を浮かべる


それは…何かが弾けて壊れているように見えた


金属製の何かが黒く焦げ、弾け飛んだかのように破壊されたそれは一見破壊された防具かなにかの一部に見える


しかし、駆け寄った男は近くで見て…ぞわ、と鳥肌がたった


彼にはそれがとても見覚えのある物に見えたからだ



「おい、それ…吹き矢のダーツじゃねぇか…?俺らが撃ったやつ…」


「は?なんでこんなぶっ壊れてんだよ…再利用できねぇじゃん、高いんだろこれ?」


「バカか!?おい、そのガキほんとに寝てんのか!?ダーツが壊れてんなら…って事だぞ!?」



""………ビリッ""



男の言葉と共に聞こえた僅かな音…慌てて全員が振り返った先に…先程まで倒れていた瑠璃色の髪の獣人の少女はどこにも居なくなっていた


その僅かな音とともに忽然と姿を消していたのだ


突如、緊張が走る…何の抵抗も無くダーツを受けて倒れた筈の少女は今…不意打ちの狙撃を難なくやり過ごし、眼の前から消えてしまえる…つまり、自分達の脅威へとランクアップしたのだ


全員が言葉もなく己の武器を構えて周辺を警戒し始めた


ここは闘技場…遠くに行くのは不可能ならば必ず近くに居るはずなのだ。なのに…全員が周りを警戒してもその姿が確認出来ない



「ッ…どうなってんだ…!まだ起きてたのかよクソッ!」


「だからそもそも当たってなかったんだ!1発目も…ッ…魔法か何かで命中前に撃ち落とされてんだよ!」


「それが出来るならどう見ても手練れじゃない!?あぁもうっ!サブマスが狙ってるだけの可哀想な子だと思ったのに…!」


「おい…そういやゼックはどうした?狙撃の後から見てねぇぞ?」



二人目の狙撃手の姿が見えない…呼んだ時は返事をしていたのだが、よく見ればその姿がなくこちらにも来ていない事に不気味さを覚えたが…その声が、彼の居場所を皆に伝えることとなった


それは闘技場の壁から…



「あッ…がべ…あッ…!?べべべッ……あがッ……!」


「ゼック!?」



全員が見たその先で…ゼックと呼ばれた二人目の狙撃手が居た





瑠璃色の少女に顔面を片手で掴まれ、闘技場の壁に吊るし上げるように押し当てられた状態で…少女の手から流れる瑠璃色の稲妻によって体をガクガクと痙攣させ白目を剥きながら壊れたような悲鳴を上げる彼の姿を、見てしまった



「っおいおいおい冗談じゃねぇぞ!早く撃て!もう一度当てろ!」



男が声を大にした瞬間、狙撃手の男は躊躇うことなく手にした矢筒を口に当てて少女に向けて内部の矢を吹き出した


悩まず、適度あらば即座に撃つその姿は戦い慣れている証拠ではあったが…自分が撃ち出した金属製ダーツが背中を無防備に向ける少女の手前で…その体から迸る稲妻によって「バヂィィッ」と音を立てて弾け飛んだのを見れば表情が引き攣るのも無理はなかった


そう…狙撃手が言った通り、そもそも吹き矢はマウラに当たっていない


マウラは自分の認識領域内に飛び込む全ての飛翔物を反射的に雷撃で撃ち落とすことが出来る


矢であろうとダーツであろうと…物理的な飛翔物はマウラの雷撃で破壊可能な物体である以上は即座に迎撃が出来てしまうのだ


故に、あの倒れた姿はただのフリ


どんな毒なのか知っているからこそ、どんな症状が出るのかを再現できる


マウラは狙撃手が姿を表すように…目にも止まらぬ迎撃によりダーツを無効にしてから撃たれたフリをしていたのであった


そして案の定…仲間と狙撃手は姿を表した



「……サブマス、だっけ……あのギルドに居た気持ち悪い奴……そいつに頼まれたんだ……?」



底冷える冷たい声が、彼らに向けられ…マウラが手を離すとザックはとうに意識がないのかぐしゃり、とその場に崩れ落ちる


ゆっくりと振り返るマウラが壁の眼の前から彼らの方向へと一歩踏み出し…


瞬間、マウラの姿が全員の視界から消え……短剣を構えた女の目を見つめる程のド至近距離でその手を女の胸に押し当てた状態で、現れた


女は自分の胸に、その小さな手が当てられていることに…マウラの目が文字通り目の前でこちらを覗き込んでいるのを認識するまで、気がつくことすら出来なかった



「…えっ?」


「…2人目…」



バリバリバリッ!


瑠璃色の稲妻が女の胸に押し当てたマウラの手から流れ、悲鳴も上げずに地面に沈む


恐らく、女は何が起きたのか何も理解できていないだろう


彼らも目の前で警戒していた少女が突然真横の仲間の目の前に瞬時に移動して悠然と地に沈めたのを見ればその異常性をようやく認識した


先程と同じだ…一瞬にして消え、別の場所に現れている



「うおぁぁぁっ!?何だこいつ!?まさか移動型の特異魔法でも持ってんのか!?」



持っていた剣を隣のマウラに向けて切り上げ、距離を離そうとする男はそこから瞬時に器用な動きで手首だけの動作によって剣舞のように幾度と斬撃を加える


ここまで接近された状態では大振りに剣を振っても味方に当たるだけ…コンパクトな連続斬りは慌てた声とは裏腹に冷静でかつ正確に放たれる


彼等は対人戦特化の冒険者…所謂「闇活動」を基本としている者達であり、犯罪者の拿捕からこうして依頼人希望の人物の拉致まで行う黒よりのグレーな冒険者である


故に、対人においては対魔物以上の強さと経験を持っていた


強力な麻痺毒を扱うのもそれが理由だ


なのに…その剣撃が、これほどの近距離に居るにも関わらず目の前の少女に当たらない


掠りもしない


その場から一切動かずに、上半身を残像が残る勢いで反らして躱し、脚に放たれる剣はステップを踏むようにして回避される


まるで自分の剣がすり抜けるかのような錯覚を覚えるほどに…その光景は異様の一言だった



「移動型の特異魔法じゃない…!か!?マジかコイツ!」


「一度離れろ!遠距離攻撃で引き撃ちしかない!」



狙撃手の男が発した声に全員が四方に下がるよう飛び退る


一飛で十数mも一気に下り、女も自身の杖を先程まで少女が居た場所に向けるも…その姿はまたも消える


まるで亡霊でも相手にしているかのように…



とん…



ふ、と下がった狙撃手の男の背中に何かが触れた


他の選手を撥ね飛ばしたか…と何の気無しに後ろを僅かに見て…思わず息が止まった


真後ろに跳んだはずの自分の背中に…瑠璃色の猫耳をぴこぴこと動かすあの少女が、息も切らさず無表情にも見える顔でこちらをじっ、と見つめながら手を当てていて…



「……3人目」


「ギッあぁぁっ!?あっばばっ…!?」



無慈悲の雷撃が男の意識を奪い去る


真後ろに回られた瞬間など誰も見ていない


一切少女から目を離していないのに…



「おいおい嘘だろ!?もしかしなくてもこのガキ目茶苦茶強いんじゃ…あがっ!?」



剣を手にしていた慄きを隠せない言葉の最中に男がビクンッと痙攣する


よく見れば…首にダーツが刺さっていた


マウラの手元が親指を弾いたような形になっており、それは最初に自分へと放たれた麻痺毒のダーツの内の一本…隠し持ったままのそれを指弾のように親指で弾き飛ばして男の首筋に命中させたのである



「……4人目」



淡々と処理した人数を口にする少女に残りの3人は、一方的に駆除される恐怖に戦意を半ば失っていた


彼らが聞いていた話と違う…若く美しい少女達で、冒険者に初めて登録しにきたような闘いも知らないような少女なのだと聞いていたのに…


圧倒なんてレベルじゃない


金級の冒険者パーティである自分達が全員で仕留めにかかっても刃が立たない、戦い自体が成立しないほどの強さ



「……あのギルドのサブマスター……諦めてなかったんだ…。…私を…私達を狙った事…絶対に許さない……。…闘技場で良かったね…じゃなきゃ……跡形もなくなるまで、殺してる…」



ゴミ屑を見る冷たい目で言葉にされる屠殺の言葉は残った3人を震え上がらせた


彼等は3人がカラナックで立ち寄った冒険者ギルドで、マウラ達3人を自らの専属に無理矢理仕立てようと企てたギルドのサブマスターが仕向けた冒険者である


この予選に紛れて自分を意識を奪って連れ去り、あのサブマスターに献上するつもりだったのだろう


あの様子では、まずまともな扱いはされないのは明らか…


それを、彼らが口走った内容から察したマウラの怒りは強く…言葉とその佇まいだけで彼女の憤怒が空気を伝ってビリビリと肌を震わせるようだ


美しく神秘的なその少女が向ける絶対零度の視線は、彼らには絶対に勝てないことを本当に理解させられる


そんな彼らの目の前に歩く仕草のまま…


杖を構えた女の真横に瞬間、移動したマウラに目を見開きながらその手があらぬ方向に杖を構えたに自分の手に、まるで幼子の手を握るようにそっ、と重ねられる


なのに…こんな小柄で美しい少女相手に、もはや怖くて動くことが出来なくなっていた


殺しは御法度のこの場でなければとうに殺されている事に…歯がガチガチと鳴る程震えながら、逆にその手が優しく自分の手を触ってくるのに猛烈な寒気を覚える


そんな彼女に、マウラは耳元で囁くように…優しく鳥肌が立つような声音とは逆に冷たく突き放すように言った





「………寝てろ」




瑠璃色の稲妻が迸る


凡そ30分後…彼らが、試合終了の銅鑼の音を立って聞くことは無かった


マウラは最後の8人の中で、つまらなそうに鼻で息を漏らしながら闘技場を後にするのであった




ーーー




「まぁっ、痺れますわねマウラさん!見てくださいませ、タランサ様。あの愛らしい獣人の方がマウラさんですわ。ふふっ、いつ見ても可愛らしいですわねぇ…」


「は、はい…そう、ですね…。ち、因みにラウラ様…あちらの目にも止まらない速さで相手を瞬殺している獣人の女の子がマウラさん…ですよね?」


「えぇ。マウラさんは甘えてくる姿がとても可愛いんですの。お風呂場でこの胸に抱き締めた時は心臓が飛び跳ねてしまいましたわね」


「ラウラ様とお風呂…っ…しかも胸に抱き締めてもらった…っ!?…こ、こほん…いえ、失礼しました…。そ、それにしてもまた随分と腕のたつ方のようですね」



ラウラの少しテンション高めな姿が物珍しく…しかし、その赤裸々な体験に思わずぼんっ、と顔を赤くしてしまう聖女タランサ


またラウラ様のお友達と言われるので見てみれば、なんとも可愛く美しい猫の獣人の少女が闘技場を歩いているではないか


その少女がここからでも目で追いきれない速度で相対したグループを蹂躙する姿はあまりにも鮮烈…あんな少女があれ程の力と闘いを知っていることにまたも驚きを隠せない


が、今はそれより…あの少女がラウラ様とお風呂に入ったり抱き締めてもらっていた事のほうが重要である…!


ーーこの女神の生まれ変わりのような美しく高貴なラウラ様と裸のお付き合いを…?ましてや…その状態でハグしてもらうなんて…!


自分なら鼻血を垂れ流して失神していること間違い無しである…是非とも自分もご相伴に預かりたい…



「やられたフリだなんて…ふふっ、悪い戦い方をしますわね。一体誰に似たのかしら?ふふふっ…今回は治癒の必要は無さそうですわ、タランサ様」


「…ちなみに、あの獣人の…マウラ様もご友人ですよね?」


「えぇ。それはもう、とびきりのお友達ですわよ?彼女達に何かあったら私…何をしでかすか分かりませんわ」


「ひっ…そ、それは…覚えておきます、ええ…」



その一言にタランサは身の危険を感じた!


ラウラはどうやら懐に入れた者にはとことん甘いらしい…ここに来てあからさまな地雷であるのが明らかになりタランサの緊張はマックスだ…!


しかもあと2人もそんな人が居るというのだ…果たして自分は無事に教会へ帰る事ができるのだろうか…?


彼女の苦労は、まだ始まったばかりなのであった





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




【後書き】



「…マウラの相手、弱いですね」


「弱いのぅ…明らかに歯ごたえがない」


「……つまり…?」


「変な揺り戻しが来ますね………ペトラに」


「うっ…ぅ……カナタぁ…今回の我、引きが悪い…!」


「おぉう!?しっかりしろペトラ!まだ…まだ分からないから!」


「マウラがあのレアカードを引いてしまったのだ…もう我にはあと変な弟的なアレしか残っておらんのだぞ!?」


「ほ、ほら…沢山慰めっから…」


「…ほんとか?」


「そりゃ勿論っ…」


「…明日の試合の前に、くれるか?」


「…元気、付けるか?」


「…うむっ!」


「うわ、上手く入り込みましたね…ベッドに」


「むぅっ……私達のご褒美は……っ!?」


「そこはほら…乱入しましょう。勢いよく。ほら、結構私も焚き付けておきましたからカナタも一発でエンジン全開です」


「…なるほど…天才っ…!」




「いいですわねぇ…私も早く混ざりたいですわ」


「ラウラ様!?あ、あれに混ざりたいのですか?その…と、とてもイヤらしい感じの空気を感じますがっ」


「あら、タランサ様。人の営みは命の営み…この腹にいつか命を身篭るならば、この手のイベントは逃がしてはいけませんわよ?」


「な、なるほど…?ということはその…あの男性とシたい、ということで?」


「その通りですわ!」


「言い切りましたねラウラ様!?」


「そういうタランサ様は素敵なお相手いませんの?」


「えっ私ですか!?それは、その…」


「まぁっ、いらっしゃるのね!早く言ってくだされば祝福をさせていただきましたのに!」


「ら、ラウラ様と恋バナなんて…っ……し、仕方ありませんね…ここは私が寝技のご指導をさせていただきます…因みに私の彼が好きなのは…」


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