第73話 愛弟子達のフロントライン


ってー…っ!どーなってんだよあれ。随分飛ばされてんなー…あ、わりーわりー…何人か轢いちまった…」



ライリーが腕を交差させた状態で真後ろに吹き飛び、その背中に何人もの選手が激突して面白いくらい何処かへと飛んでいく様はまるでボウリングでも見ているかのようだ


そんな彼女……女性にしては170cmを優に超える背の高さに髪をオールバックにしたままバンダナを巻いた、まるでオリンピックの選手のように鍛えられた体の少女、ライリー・ラペンテスは両足でブレーキをかけ、線路のように地面へ二本の跡を残しながら停止し、腕をぷらぷらと振りながら楽しそうに笑う


その視線の先に…真紅の髪の少女が片脚で立ちながら、右足を振り抜いた姿勢でこちらを見ていた


幾度の打撃の応酬を繰り返した末に、ライリーの接近を拒否したシオンの回し蹴りを両腕を使って防いぎ、衝撃と威力を殺す為に後に飛んだ結果がこの何人もの選手を撥ね飛ばしたボウリング状態である


ライリーの強化魔法は強力かつ強靭である


ハイオークやハイゴブリンのような中級の上に君臨する亜人型魔物を素手で捻り潰し、ここは一体に住む3mを遥かに超える巨体の獣型魔物の突進を体1つで堰き止め、その辺の魔法使いが連発する初級魔法程度は無視してもノーダメージ


師匠であるレオルド・ヴィットーリオには遠く及ばないが、それでも余程の相手でなければまともに打ち合うことは出来ない



(その俺が、ガードを取らされた…やっべーマジでつえーぞこの子!いくら本気でやってねーとは言えガードの上から俺がここまで飛ばされるかよ…!)



殺す気でもなく、小手調べ…こちらもバトルアックスを収納し、強化魔法の力を更に引き上げて徒手にて挑んだ。そのつもりと分かっていても驚きが勝る


純粋に強いのだ


練り上げられた強化魔法と幾度と体に染み付かせた体術、繰り返し見て培われた戦術眼と経験値からくる感の良さ…しっかりと地に足が着いた強靭な強さがそこにあった


だからこそ、口角が釣り上がる



(こういう相手だ、俺が求めてたのは!張り合いのある同世代!負けて当然の師匠じゃない、勝って当然の魔物でもない!勝つか負けるか凌ぎ合うこの感じ…!さいっこーだシオン!やっぱお前が欲しいぞ俺!)



初めて見つけた、どちらが強いかの競い合いにライリーのボルテージはぐんぐんと高まっていく


腕に鈍く伝わる衝撃すら愛おしい程に、同じ視点の相手を…勝てるかもしれないし、勝てないかもしれない敵を求めていたのだ


ライリーのその様子を見たシオンは、自分の一撃がそれほど効いていないのを見届けてから振り抜いた脚を降ろし僅かに目を細めた



(…すごい…カナタや魔神族を除けば初めてでしょうか……。それに、今の差し合いで分かりました。多分この人…私より近接戦の読み合いと体捌きは上です)



シオンも同時に驚きを抱く


叩いても手応えがない相手…それは自分が特異魔法の魔力を操れるようになる前のカナタと、そして魔神族の青年だけだった筈だ


どちらも圧倒的に格上…通じないことが前提の相手であったことは否めない


しかし、ライリーは違う


もっと手が届きそうで、それなのに巧みにそれを躱し、受けるその技術、こちらの意識の隙間を縫い穿とうとするセンス…そして、それを手慣れたように体で実現する経験値と身体能力


成る程、納得だ


最強の冒険者、レオルド・ヴィットーリオのただ1人の弟子というのは伊達ではない


それも当然か…



(だって…私達がずっと勝てなかった生身のカナタよりも強いと言うレオルドさんが育てた一番弟子…強いに決まっています。まだ強化魔法と武器に両刃の斧を愛用している以外には不明ですが、ここに魔法まで合わせられるならライリーの戦闘力はまだまだ未知数…)



ふぅ…と息を整える


シオンが目指すのは頂点だ


2人の親友と合わせて3人でこの本戦の頂に立つ…例えただの試合とはいえ敗北などあり得ない


なによりも…負ける姿をカナタに見せたくないのだ


ここから先…愛した男の未来には嵐が吹き荒れる、その中でも動じずに着いて行ける事を証明しに来た



(…勝ちます。今はまだ、全力で行けませんが…小手調べです。トーナメントに上る前に…その手札を晒してもらいます…!)


「ッハハハ!行くぞシオン!勝ったら俺のモンだ、忘れんな!」



強気な笑みを浮かべてこちらへ突撃してくるライリーに向けて構えるシオン


その彼女に…姿勢を低くしたライリーが姿勢をそのままに右肘で穿つように突進を仕掛けた


狙うはシオンの左胸…肺と心臓


強い打撃を与えれば呼吸も鼓動もまともに行えなくなる急所、そこを肘打ちに勢いと体重を乗せて突き穿つ…その寸前、シオンが腰を落として左手のひらにこれを受け止めた


止められる肘打ちに、ライリーは何の思考停止もなく、直ぐ様左手をシオンの肩へと指先から突き刺すように打ち出した…肩の肉を貫くべく放たれた貫手


これをシオンの右手がライリーの手首を掴むことで阻み、ライリーの勢いを完全に止める



「お断り、と言った筈です!そもそも私はですから!」


「まーまー、そう硬いこと言うな!ヤってみれば案外ハマるかもしんねー…ぞ…ッ!」



強化魔法による純粋なパワー勝負は現在互角…さらに、ライリーの阻まれた肘を時計の針のように肘を起点に回してシオンの顔面に向けた打拳へと変える


ライリーの肘と貫手を両手で止めたシオンにこれを密着したまま防ぐ手段は無い…が、顔面に迫るライリーの打拳から離れるように…シオンが仰け反る動きで背中を反らした



「っ……人の趣味は否定しませんが、私の趣味ではありませ、んっ!」


「うおっ…とと…!」



直後のこと、攻めていたライリーがバック転をするように後方へと身を引けばそのコンマ数秒の後に…先程までライリーの頭があった場所をシオンの爪先が真下から通り過ぎたのだ


仰け反った勢いを利用したサマーソルト


その旋回する体の勢いに乗せた脚撃を紙一重で回避したライリーが4回ほどバック転をした先で姿勢を戻して再び構え直す



「あー…超イカしてんなー、シオン。最高だわ、やっぱ…おもしれーよ、ほんと!こんなことなら男に産まれてくんだったな、そうすりゃ好きなだけ抱けたのに…」


「残念ですが、それでも叶いません。私の身も心も、魂の一片まで1人の男性に捧げておりますので」


「おー…一途なトコもサイッコーにいいな…」



はぁぁぁっ…と堪らない!と言わんばかりに胸を抑えるライリーに、逆に「はぁ…」と溜め息を漏らすシオン


悪い人間ではなさそうだが、なんだか自分の存在がライリーにクリティカルヒットしたらしく…とはいえ、いくら同年代の少女相手と言えどこの身は差し出せない


ならばどうするか…



(厄介な相手ですね…い、いや性格が、とかもちょっとありますけれど…。純粋に強いんです、この人。これ以上強化の出力を上げるのはトーナメントでの持ち札を晒すことになりかねない…いえ、言い訳は止めましょう。私が攻めきれていないだけ…絶妙な力の出し方がまだ甘い証拠ですね)



己の中に渦巻く魔力を、さらに練り上げる…ただひたすらに出力を上げて爆発させるのではなく、もっと高密度で、もっと効率よく…望んだ力を手にする水位まで強化魔法の源を組み上げる


自分の心臓に手を当てて鼓動を感じ、その心臓が運ぶ血液のように全身隙間なく強化魔法を充填していく…



(魔力の出力は5割…でも、強化魔法の練り方をいつもよりもっと強く、もっと磨いて…そこで力を調節するんです。5割の魔力出力で…もっと効率よく力を底上げして…でも今までの5割強化よりもさらに強く…!)



ここで初めて…シオンは莫大な魔力に頼らない魔法の使い方を意識した


今まではこの生まれ持った膨大な魔力によって力任せに魔法を使ってきていた


いや…言い訳をするならば、魔力を全力で噴かさなければ相手にもならない師匠と戦ってきたから考えたこともなかったのだ


例えるなら、大量の水に大量の砂糖を入れて大量に普通の砂糖水を作ろうとしていた。でもそうじゃない…普通の量の砂糖を普通の量の水で煮詰め、どろりと濃い砂糖液を作り出すイメージ


車で言うならば自分というエンジンで、いかに少量のガソリンを元に距離を延ばすか…



(そうです…思えば、学院に行く前までカナタに稽古をつけてもらっていた時…カナタは私達以上の強化をしていたのに魔力が全然外に溢れていませんでした。あの不死身のような動きはきっと、こんな感じで…ぎっちり練り上げた魔力で最大限強化魔法の性能を引き上げていたんです。それなら…私にも出来る…だって私は……)



ーーカナタの教え子なんですから






その変化に、ライリーは瞬時に気が付いた


強化魔法により波動のようにシオンの体を満たしていた魔力が突然…津波の直前の海のように内へ内へと引いていったのだ


自分の胸に手を当てて、何かに集中している様子のシオンだが…ここで「魔力抑えて何してるんだ?」とのたまう程、ライリーは馬鹿ではなかった



(ん…?何だ…雰囲気が変わった?魔力を抑えて…いやちげーな。これ、魔力を漏らさずに押し固めてんのか…ッハハ!成る程成る程……あの数度の打ち合いでなにか掴んで成長中か?いいねー…そうこねーと…!)



見ればすぐに分かる…だが、見て分かることなど些細なことだ


これを確かめるなら…



ーー突っ込むしかねーよな!



ライリーの姿がブレる


今度はもう少し、パワーを上げて叩く…その策に違わない速度と力を込めて、握りしめた拳を構えたままシオンへと突撃していく


強化魔法に回す魔力を増やし、恐らくシオン相手でなければ重症か瀕死の危険すらあるレベルへと到達するが…既に何度かの打ち合いによってライリーはシオンの打ち心地をしっかりと認識していた


このくらいのパワーでなければ恐らく…ダウンには持っていけない



(強化魔法による近接戦重視…似てるぜ俺に。だから分かんだ…この程度の攻撃なら、シオンはぜってー壊れたりしねーだろ!?当たりゃメチャいてーくらいで済ませてやっからな…!)



彼女に迫るライリーは、シオンの実力を高さを過去類を見ない程引き上げる…この一撃、恐らくなにか対策を取ってくるはずだ


だが、その防御をくぐり抜けてこの拳を彼女に叩き込む


そう思って見たシオンの姿は全く想像していない姿だった




左手を前に出し、右手は拳を作って弓を引き絞るように胸を反らすような格好で既に構えられていたのだ



ガード、回避を捨てた完全に次撃を当てるだけのことを考えた超攻撃的な構え…オーバースイングとも言える一撃を叩き込むだけの姿勢にライリーの危機感が警鐘を鳴らした



(ッうっっっそだろシオン!?おいおい待て待て…!そりゃーお前…相討ちのつもりか!?俺が避けて当てる可能性考えてねーのか!?その場で構えたブローを戦闘機動中の俺に当てるってか!?)



既にライリーは突撃により加速した状態…それも、他人から見れば姿がブレる程の速度で移動しているのだ


この状態からステップを踏むことなんて容易い…あんな大振りに構えた一撃が自分に当てられるわけがない


簡単に避けられる


避けてしまえばあんな大振りな構えだ、防御や回避に姿勢は回せない


だが、シオンのその目が…まさに一閃の槍の如く見据えるその眼差しが彼女の本気を物語る



(……おもしれー!乗ってやるよシオン!俺が当てりゃ晴れて俺の女ってことでいいんだよな!?)



口角を釣り上げたライリーが更に加速する


真正面から突っ込んでいくライリーに対して、シオンは姿勢を崩さない…本気だ、フェイントなどではない


その一撃を絶対に当てる自信がある、ということだ



互いが間合いに入った


シオンが勢いを付けたライリーよりも先に攻撃を当てるならば、間合いに入った瞬間の迎撃のみが正解


しかしその瞬間、ライリーの姿が横にブレた


ステップを踏んで真横に移動したのだ


それを見越しての回り込みはシオンが構えた拳の完全な射程外の角度へと入り込んだ


…シオンの正面から完全に外れてシオンが突き出した左手の更に左側へと回り込んだライリーはその拳撃を容赦無く炸裂させる



拳を縦に構えた状態でのボディブローが鈍く…バゴッォ、と痛々しい打撃音を立ててシオンの左腹部に直撃したのだ


肋の真下…柔らかな腹部を真横から抉りこむ容赦ない一撃は周りから見れば撃ち込んだ拳の衝撃が周りの巻き上げられた砂を押し除ける程の破壊力があった


文字通り、内臓に直撃するようなダメージがある筈だ


内臓を直接衝撃が襲い、その衝撃が上にある胃に伝わり強烈な痛みを要するだろう…体内を乱反射するダメージはどう考えてもの立てないほどの損傷を与える…それを分かっていての一撃だった



(わりーなシオン。吐きまくって暫く水飲むのもいてーと思うけど、そこは俺がじっくり付き添ってやっから…………ッ!?)



だが…息を呑んだのはライリーの方だった


止まっているのだ


自分の撃ち込んだ拳が…


シオンの左腹部にめり込んだまま…吹き飛ぶこともなく、その足はジリ…と僅かに動いただけで踏ん張りきっている。そしてそれ以上内部へ拳が抉りこむこともなく…ぎっちりと硬めたしなやかな筋肉とそれを余りある強靭な強化魔法で支えて受け耐えていた



「がッ…く…っ…ゥ……!!…き、ましたね…ライリー…ッ!」


「ハァっ!?まさかシオンおまえっ…!?なッ、しまっ……!」



ライリーがシオンの苦悶に歪みながらも口端を上げて笑う表情に最悪の可能性が今、頭に再生された



(まさか…!元から避ける気無かったってーのか!?俺の打拳受けきって止まったところに渾身の一撃ぶちこむ気だった…っ!?)



シオンにカウンターによる一撃の考えは元から無かったのだ


何故なら…ライリーの一撃はノーガードで受けるつもりだったから


メリメリっ、とシオンの脇にめり込むライリーの拳…その手首をシオンの左手が素早く掴み上げる


そう、全てはこの瞬間に賭ける為…



(ライリーは…マウラと同じスピード重視の戦闘スタイルで私のガードが抜ける力の一撃を入れる高機動高火力の戦闘スタイル…!そこに素のカナタでも勝てないレオルドさんの戦闘技術が詰まっているなら、まず私は…ただの強化魔法で出力を抑えたままではまともな攻撃を当てられません…!)



シオンの脳裏に蘇る先程の光景…ライリーの肘と貫手を止め抑えた状態、繋ぐ拳からの不意をつくサマーソルトでの反撃ですら、掠めることは無かった


そう……この時シオンは、純粋な技術による格闘戦でライリーにあと一歩及ばないことを悟った


なら彼女より自分が優れている所は?


それは強化魔法だ


恐らく自分は相手より一撃の火力は高く、防御も硬い筈だ…これを利用するならば、一撃を受けて停止した相手への一撃必殺以外にあり得ない


だが、ライリーの攻撃能力の高さは相当なものだ…恐らく、ペトラよりも強化出力は高く、勢いを付けていないマウラよりも素のパワーは上の筈である


ならば、その攻撃を受けて自分が無事である保証は無い…しかし、シオンは賭けた


自分の自慢である…素の強化魔法による肉体の強さに、耐え切れるだろうと言う自信とプライドに賭けて…


それこそがこの状況


腹を貫く衝撃の痛みはかなりのものだ


思わず「かはっ…!」と肺の空気が無理矢理追い出されてしまう程の威力…どう考えても殺しきれる威力じゃない、かなりのダメージが自分の肉体を襲ったのが実感できた


カナタと魔神族、そして親友達以外に…自分の強化魔法による防御力を貫通されたのは初めてのことである…それ程までに、ライリーの一撃は強力で研ぎ澄まされた物だった


だが、それでも耐えた


ライリーの手首を強く握り締める…もう絶対に逃さないように



ーー…ここで沈めます…!



「っ…っああぁぁぁぁっっ!!」



腹をメキメキと襲う痛みを咆哮と気合で捻じ伏せ、渾身の右拳をフルスイングでぶち込んだ


ライリーの目が見開かれ、空いてる左腕とさらには左足を上げて己の太ももの側面までガードに出し…その上から、シオンの拳はライリーへと直撃したのだの



「あっがっぁぁっ!?」



しかし、ガードの上から恐ろしいパワーで殴り付けられたライリーは、受け止めた腕をたわませ殺しきれないパワーにガードに出した腕と脚がライリー自身の身体にめり込む程の一撃は…


そのまま彼女を地面と水平に一直線に弾き飛ばし闘技場の壁にノーバウンドで衝突させ、土煙をもうもうと立ち上らせてその奥に消えていった


練り鍛えた魔力と強化魔法によるシオンの一撃は、それまでの5割程度の強化では考えられない勢いの力を生み出しており、殴り付けたシオン自身もライリーの余りの破壊的な吹き飛び方に内心驚きを感じていた程だ


しかし、それでもなお…ライリーが土煙に消えた方向を見つめながら、シオンはよろける体を立たせたまま崩さない


 

「はぁっ、はぁっ…!い、った……!?くっ…ぅ…!さ、流石に無茶っ…だったでしょうか…?予選からこんな戦い…っ…するつもりじゃなかったんですが…っ」



痛みに顔を歪め、己の左腹部を抑える


未だにズクズクと痛み、腹の奥は衝撃で掻き回されたかのような痛みが縦横無尽に体内で跳ね回っているのだ


インナーをたくし上げれば、腹の左横に白い柔肌の中で青紫に染まった拳大もある大きさの部分が見える


嫌な脂汗も出るというものだ


明らかに内臓までダメージがある…下手な強化しか出来ないものならば腹部が一部抉り飛ばされていても不思議ではない威力だったのだ


しっかり練り鍛えた魔力による強化魔法…その普段よりさらに硬めた防御力だからこそ、この程度で済んでいるのだ


ふらり、と体が揺れるのを脚で食い止めながら青紫に染まった己の腹をそっと手で抑え込み、それでも触れた瞬間の強烈な痛みに「つぅっっッッ……っ!!??」と声にならない悲鳴を上げる


互いに…互いの力を信じた上での鮮烈な一撃…これがライリーとシオンでなかったなら…恐らく命を左右するような血を見る結果となっていただろう


息をする度に腹にズキズキと走る痛みに「ふぅっ…ふぅっ……!」と呼吸の音が乱れるシオンもこれには「もっと…っ…強化の出力を上げて守るべき…っでした…!」とちょっと後悔していた


だが…予選に出る前から決めていたのだ


ーー予選では魔力に任せきった戦いは控えよう、と


それでは技も経験も磨けない…鍛錬と修練の為ならば、力で解決ではなく相手の動きを読んだ最適の行動を起こせる戦術眼が必要だ


事実、大した相手はおらずこのまま適当な出場者を相手にその練習をしようと思っていたのだ


…ライリーが襲いかかってくるまでは


しかし、その声はシオンへさらなる嫌な予感を運んできた



「いてー…ぐあっ…マジでいてー…っ!こりゃ…っ左腕はイったか…?ほんっと、無茶しやがんなシオン…!俺じゃなきゃ左肩から吹っ飛んでてもおかしくねーぞ…?」


「っ……仕留め損ないましたか…!思ったより…硬いですね…」  


「ッハハ!誰もシオンにだけは言われたくねーと思うぞ?」



土煙の向こう側から聞こえた声…その奥から人影が現れた


ライリーである


左腕をだらりとぶら下げてるのは恐らく、シオンの一撃をガードした時に骨まで折れたのだろう


軽く左足を引き摺っているのは腕だけで殺しきれなかった衝撃が脚へのダメージとなっているらしい


だが、その状態でも…ライリーは立ってこちらに向かって来ていた



「しかし…っよく立てますね。そんな生半可な攻撃では無かったと思いますが…」


「同時に吹っ飛ぶ方向に飛んでなきゃ今頃壁のシミだってーの。しかしまぁ…とんでもねー無茶したなシオン。その腹、自分で言うのもなんだがよー…かなりキてんだろ?」


「あなたには言われたくありません…。正直…こんな痣までしっかり付けられて、過去何度と無い痛みです…。ですが、勝負がついていないなら…続行もやむ無し、ですか」


「腕一本と腹1つ…お互い悪くないハンデだな。んじゃ、続けっかシオン!まだ本気じゃねーんだろ?ま、お互い加減してこの有り様だけどよー…」


「トーナメントまで見せるつもりは無かったんですが…これで負けては本末転倒ですからね」



そう、忘れてはならないのが、お互い力を抑えた状態での本気だった、と言うことだ


未だ抜いてない切り札が幾つも持っている状態…それは本来、この先の勝ち進んだトーナメントまで秘密にする筈のものだが、このまま抱えて倒れるならば、切り札を使って倒すしか無い



シオンが左手で左腹を抑えながら脚を広げ、右手を構える



ライリーが左腕をぷらぷらと吊ったまま、右腕を構える



いざ、動き出すーー






『そこまでーーーッッッ!たった今最後の1人が倒れ、8人が残りましたッ!予選終了!予選終了!選手は戦闘を止めてゲートへと向かって下さい!怪我人はその場で待機を!聖女教会の御協力で10人の聖女達が控えています!彼女達の治癒を受けてから退場して下さいッ!繰り返しますッ!ーーー』



「っ……これは…」


「おっ、すげータイミング」



前に駆け出そうとした2人が突っかかるようにして慌てて止まる


巨大な拡声魔法で響き渡ったのは試合終了の宣言


どうやらシオンとライリーが戦っている最中に残りの戦闘可能者が彼女達を含めて8人になっていた様子…最後の1人が倒れたのがたった今だったらしい


あまりにも寸前のタイミングで知らされる試合終了の合図に膨れ上がった闘気を互いに霧散させて肩の力を抜く…どうやら、決戦はお預けのようである


入場してきたゲートが開き、そこから黒の法衣を着た女性達が入ってくるのが見える




そう、彼女達は聖女教会の聖女達である


所属する魔法使いは全員が癒やしの魔法が使える敬虔なる信徒達であり、どの国にも属さずに世の平和の為にその癒やしの力を振るう聖人達である


癒やしの力は希少だ…聖女教会が無くなるだけでその地域の傷病率は別次元で跳ね上がる


世のすべての国に聖女教会は望まれているが、希少な癒やしの力…治癒の属性を持つ者は限られている


故に安全な地域で主に活動し、危険地域への奉仕として出向をすることが多いのである


その為、聖女教会は国家戦力に並ぶ独自の戦闘組織『教会騎士団ホワイト・ナイツ』を所有しており、高度な戦闘力を所持している…全ては癒やしの聖女を守る為である


聖女教会もこの手のイベント事によくお呼ばれするのは世界貢献やら人々の隆昌と繁栄を願っての奉仕であるからだ


駆け寄る黒地に白い線が入った法衣の彼女達は2級聖女と呼ばれている


見習い聖女から始まり、5級聖女〜1級聖女、その上に1握りの特級聖女を据えた階位があり、特級聖女は全世界に4人しか存在しない超大物…冒険者で言う金剛級より遥かに少なく、かつ希少な力や実力を兼ね備えていなければなることは出来ないとされる


そして、特級聖女の上に君臨する聖女の頂点こそが……



「あなた達、大丈夫ですか!?」


「3人はライリー選手の治癒を!私とあなた達はシオン選手の治癒よ!」


「まぁ、随分と痛めてますね…少しじっとしていて下さい」


「手際よく行きなさい!ラウラ様が見ているかもしれません、不手際を見せては恥です!」


「「「「「はいっ!」」」」」



黒地に銀の意匠を付けた法衣の1級聖女が指揮を取る


そう…憧れのあの人が見ている可能性があるのだ


聖女の中の頂点、最高にして最強の聖女


彼女がこの街に居るだけで、聖女達のやる気は天井知らずだった


あれよあれよと3人の聖女に囲まれたシオンはゆっくりとインナーを捲られ青紫に変色した横腹を晒されると、聖女達が手のひらをそっ、と横腹に押し当てる



「ぃ…ったぁ………!」


「少し我慢して下さい。すぐに治しますから」


「見た目より深くまでダメージが届いています。少し力を入れたほうが良さそうですね」


「さぁ、じっとしてて」



触られた痛みに顔を引き攣らせるシオンだが、それでも構わずに彼女の横腹に手を当てたまま…柔らかなオレンジ色の光が聖女達の手に宿り、シオンの腹へと染み至る


その瞬間に、ズクズクと脈打つ痛みがあった腹にカイロでも当てたような暖かさが染み始め、痛みが少しずつ暖かさに押し負けて引き始める


しゅうしゅう…焼けた石に水をかけるような音が鳴り、よく見るとその音と共に横腹の青紫に変色した箇所が少しずつ…じわじわと元の健康的な白い柔肌に戻り始めていた


これが治癒属性、聖属性と教会が呼称する癒やし魔力である


まるでオレンジ色の光が変色したシオンの横腹を侵食していくように染み渡り、元の肌色を取り戻していくのだ


向こう側ではライリーが腕に魔力を当てられて「あー……」と温泉にでも浸かったオヤジのような声を漏らしている…確かに、このじわじわと暖かな感覚が入り込んでいく感じは気持ちいい、とシオンも感じていた



「ありがとうございます。…痛みが引いてきました、凄いですね。あんなに痛んでたのに…」


「とんでもないです。私達の使命は人々を癒すこと…それに、私達はまだ2級聖女、修行の身です」


「むしろ、3人がかりで時間を掛けてしまっているのが申し訳ない…」


「1級の方が居てもこの速度でしか治せないのはお恥ずかしいですが…それでも、しっかり治せますのでご安心を」



おおよそ30秒程しただろうか…色が変わるほどのダメージがあった横腹は殆ど元の肌色を取り戻しており、痛みもほぼ収まって少しの違和感が残る程度にまで回復していた


おそらく、放置していたならさらに悪化していたり、治るとしても1、2ヶ月も掛けて治るような傷だったのが見た目では殆ど分からない程に治っていた


その事に感動を覚えるシオンだが、同時に…の非常識さに気が付かされる



「ラウラ様でしたらこの負傷すら、恐らくは…治されたことに気が付かない速度で治してしまわれます。あの方の治癒は文字通り神業…特級聖女ですら足元にも及びません」


「憧れてはいますが、追い付くことなど到底考えてはならない…なんて聖女の間では言われているんですよ」


「追い付けない…ですか?」


「そう、ラウラ様は聖女教会が発足して以来…史上最高の聖女です。あの方の治癒の真似をするだけで何人の1級聖女と特級聖女が集まらなければならないか…それ程の奇跡を、あの方は自分の魔力の支配領域全てへ同時に実現される」


「実は前、ラウラ様にお会いしてお話まで出来たんです!それで、聞いてみたんですよ、私…『どれくらいの傷まで治せますか?』って!そうしたら、なんて答えたと思います?」



興奮した様子の聖女に目を瞬かせるシオン…やはり、ラウラは特別なのだと眼の前で実感した


史上最高の聖女…その言葉に偽りはない


そして、過大評価でも尾鰭がついた話でもない


聖女達の間でもそれは同じ…ラウラ・クリューセルという生ける伝説は羨望であり憧憬であり、そして希望なのであった。そう…話すだけでも思わず拝んでしまう程に…


だからこそ、彼女のその言葉はこの治癒を受けた後では尚更…軽く鳥肌が立たせるのに十分な威力があった






「…『腕が取れようと脚がもげようと…基本、死んでなければいくらでも』…って言ってたんです!」





ーーー




「ま、まさかいらっしゃるとは思いませんでした…お伝え下さればお迎えに上がりましたのに…!」



大闘技場には特別来賓席が存在する


一番見渡しが良く、一番近くで闘技場内を見れる場所にある箱のような外観の室内が設けられており、そこにはガラス張りの正面から闘技場を見ることが可能となっている


主な場合は高位貴族、王族等の特別な客の応対をする為にしか使われず、中は魔導具により空調を効かせており涼しい中で飲み物や軽食のサービスを受けながらの観戦が出来ることから周りの客席とは一線を画する扱いの差があった


いわば超VIPルームであり、民間の人間が入るタイミングなど存在しない


さらに、内部には拡声の魔導具があり、闘技場内に伝わるように発言をすることが出来る為、トーナメントが始まれば開式の挨拶をここか行えるようにもなっている


現在はトーナメント出場者を決めるただの予選である為、このVIPルームは使用されていないのだが…


その中で2人の人間が居た


闘技場を見つめる頭からよくある麻製のフード付きローブを被った者に、恭しく頭を下げながら慌てた様子の女性は黒に銀の意匠を施された法衣を纏っている…聖女教会の1級聖女である


1級聖女は事実上の最高位聖女である特級聖女4人を除けば全聖女の指揮統制を行う立場の者であり、以下の全聖女を統括する立場の数少ない高位聖女だ


1級聖女は限られた才ある女性しか登れない聖女のトップ層であり、言わばエリート中のエリート…国の高位貴族と肩を並べて話すことすら当然の立場の者である


その1級聖女…タランサ・フィールは目の前の何の変哲もない麻ローブを頭から被った人物に両手をぎゅっ、と互いに握り合わせるように手を合わせながら恭しく頭を下げていた


タランサにとって目の前の人物はそれ程までに重要でかつ、尊敬している人物だったからだ


それが何の前触れもなくこの場所に訪れたことに驚きを隠せず…しかし、その人物はふるふると首を横に振ってこれを許す



「…構いませんわ。今はお忍びですもの…仰々しく出迎えられてはわたくしが困ります。今日はただ…個人的に予選を見学しに来ただけでしてよ?」



頭に被った麻のローブをゆっくりと手で降ろしていけば、そこからは黄金の如き美しい金糸の髪がふわり、と溢れ安っぽいローブからはあまりに想像が着かない程の美貌の美女が露わになる


同じ女性であるタランサですら喉を鳴らすような美しさを覗かせたその女性…大聖女ラウラ・クリューセルは楽しげに闘技場へと視線を向けていた



「個人的に…ですか?どなたか、応援されてる方がいらっしゃる、ということでしょうか?ラウラ様が応援されるとなるとそれは…大変なことでございますね」


「まぁ、大げさですわ、タランサ様。ただ、心の許せる友人の勇姿を見に来ただけですのよ。そんな大変な事など何一つありませんわ」



ラウラは可笑しそうにくすり、と笑うがそれを見たタランサは内心「うわぁ、目の前で見る笑ってる生ラウラ様やっばぁ…!初めて見たんだけど…!後で皆に自慢しよ…」と黄色い悲鳴を上げていた…


ラウラは全聖女の憧れを一身に集める偉人


過去類を見ない力を持つ聖女であり、最年少で特級聖女を超えて最高位の聖女を表す「大聖女」を冠し、さらには勇者ジンドーの旅に最初から最後まで同行して世界を救って生還した生ける伝説そのもの


僅か19歳になったばかりの若い女性…ラウラよりも歳上の聖女は大勢居るが、それでも嫉妬など起こるはずもない程に圧倒的な力とカリスマ


齢27を迎えるタランサが内心小躍りしているのも無理はない話なのである


だが、そんなラウラが応援をしに来ており…しかもを、というのはかなりのびっくり情報だった


あの大聖女と個人的に心の許せる友人?なんだその羨まけしからん相手は…是非ともその立ち位置を変わって欲しい…じゃなくて!



(そのご友人…とんでも無い方とお知り合いのご自覚があるんですか…?ラウラ様と個人的な友誼を結ばれてるのはかつての勇者一行の方々を除いて非常に極わずか…そのラウラ様が個人的に応援にいらっしゃるなんて…)



そう、彼女が自らの時間を割いてやってくるなんて余程の友好関係…是非とも顔を覚えておきたい所である


何故なら、ラウラは情に厚い…そして貴族としての顔とは別にを持つ彼女は言ってしまえば…勇者一行の者としての行動が起こせてしまう


貴族としての顔も、面子も、責任も…それを全て差し置いて動ける彼女は下手をすれば…言い方を悪く言うならのである


要するに、ラウラのがどんな人物なのか知っておいた方が今後の為なのだ


…とは言え、責任感と倫理観の強いラウラはこの手の無茶な行動を起こすことなど無いのだが…それでも、その友人の為に…と言って色々な行動に出れるのは事実


羨ましい反面…今のこの状況に若干の嫌な予感と緊張を、タランサは感じていた



「ほら、タランサ様。あそこですわ、あの真紅の髪の…ふふっ、頑張ってますわね。…あら?もしかして戦ってるのはライリーさんかしら…?」



ラウラの視線の先を見れば…そこには真紅の短い髪を靡かせて眼にも止まらぬ速さの攻防を凌ぎ合う麗しいエルフの少女が居た


オペラグラス等はなく、代わりに無系統の軽い望遠が可能な遠見魔法で闘技場をよく見てみる…タランサでは目で追えない速度の応酬で打ち合う二人の姿は予選の中であまりにも浮いたレベルの高い闘いとなっていた


その真紅の髪の少女だが…これまた目が飛び出そうな程の美少女であり、相手の少女も女としては「格好良い」と言われるような麗人


ライリー・ラペンテスといえば有名人だ


かの冒険者、レオルド・ヴィットーリオの教え子


若き冒険者のトップスターと言っても過言ではない


その活躍は、単身で上位竜を討伐し、大発生したアンデッドの軍勢を単騎にて根絶やしにする等といった凄まじいエピソードが多く、特に有名なのは山村の近くに住み着いた上位竜『テンペスト・ドラゴン』の番いを1人で同時討伐した話だ


現在は水晶級冒険者だが、白金級は時間の問題…というより手続きが済むならすぐにでも上げられるような実力者である


まさに最強の冒険者であるレオルドの弟子と言えるだろう


なら…そんなライリーとまともに戦いが成立する彼女は果たして何者なのか…




視線の先で戦いが動いた…ライリーの動きが目に見えて加速し、構えたエルフの少女の側面に回り込んで強烈な打拳を、その横っ腹に叩き込んたのだ


拳圧で周囲に軽い衝撃波が広がり砂埃を薙ぎ払うような威力にタランサも目を閉じて「う…っ…あれは…!」と痛々しそうに視線を反らす


柔らかな、骨に守られていない横腹にあんな一撃を貰っては…内臓がぐしゃぐしゃにシェイクされていてもおかしくない


どう見ても致命打…その筈が、エルフの少女がライリーの打ち出した拳の手首を握り締めて立っていたのだ


まさかあの一撃を耐えたのか…そう思った次の瞬間だ



今のライリーが打ち出した攻撃ですら軽く見えるような恐ろしい拳撃をエルフの少女が撃ち出し、ライリーを闘技場の壁まで文字通り殴り飛ばしたのだ



「えぇっ!?何そのパワー!?それに…い、今あの子確かに…!?」


「ふふっ…あの子の師匠はただの喧嘩自慢ではなくてよ?」



思わず素が出てしまいながらも少し自慢げなラウラの様子に目を瞬かせながら、闘技場を再度見る


ふらつき、殴り付けられた腹に手を当てて肩を上下させて少し苦しそうに息をするエルフの少女…かなり痛そうだ


しかし、ライリーの方もまた、無事だった


腕を垂らし、脚を引きずりながらも笑みを浮かべているライリー


その2人が構えて雌雄を決そうとした瞬間…終了を告げる銅鑼の音


タランサから見ても、予選から随分とクライマックスな戦いだった



「ラウラ様…あのエルフの少女はどのような方ですか?将来有望と言いますか…かなり腕の立つようですが…」


「お友達、ですわ。それも、かけがえのない…大切なお友達ですの」



ラウラにそこまで言わせる程の少女が何者なのか…


深く聞いて機嫌を損ねたくは無いが、あまりにも気になるのは確かだ


闘技場では試合終了と同時に聖女達が駆け寄り最後まで闘っていた2人に3人がかりでの治癒を施し始めている


ライリーは見た感じ腕の骨が思い切り折れているのだろう、左腕を動かす様子が一切無いのだから恐らく1、2箇所の話ではない筈だ


対してエルフの少女は…服を捲られた先に見える変色した横腹のあまりの痛々しさに思わず目を細める


本来ならあんな攻撃を腹の横に受ければ立ってなどいられない


胃の中身を全て吐き出し、横たわりながら腹を抑えて気を失って当然の負傷だ


なのに、エルフの少女は二本の足でしっかりと立ち、聖女達の治癒を受けている…その事に感嘆するタランサだが…



「あら、あらあら……痛そうですわね…。私が行って治して差し上げたいですが…」


「いえ、ラウラ様。我々にお任せください。治癒には1級の聖女も当たっておりますので、痛むようなことはな…」


「では彼女の体に染み1つ、残してはいけませんわよ。聖女達には持てる技全てを使って癒やすようにお伝えなさい。彼女の為ならば魔力をカラにするまで治癒することを許します。良いですわね?」


「い……はい?」



タランサは思わず聞き直した…なんか今、治す治さないとかのレベルじゃない話が聞こえてきた気が…



「あの大痣、僅かな色すら残してはいけませんわ。元の玉の肌が戻るまで治癒を止めることは許しませんわよ?」


「えっ、は、はいっ!」



治癒は魔力を多く使う…多くの傷を治すならば一人一人へは完治ではなく支障がないレベルまで治す程度に留めるのが聖女の常識である


そうすることでより多くの傷病者を救う事ができる


特に、この場のような負傷者が多数現れる場所では尚更だ。闘いを生業とする者達ならば多少の痛みは慣れた者であり、むしろ少しくらい傷があったほうが闘った証があっていいと言う人もいるくらいなのだが…


………………なのだが…



「あぁ……カナタさんがかなり心配そうに……レディのお腹にあのような傷が残ってはいけませんわね。魔力を根刮ぎ使ってでも治して差し上げなさい、よろしいですか?それとも……私が行ったほうがよろしいです?」


「いっ、いえいえいえっ!わ、我々にどうぞお任せをっ!細胞の一片まで治して参りますのでっ!ど、どうぞここでお寛ぎを…!」


「ふふっ、よろしくお願い致しますわ」



ーーめっちゃ特別な友達だあの子ぉ!?絶対ただの友達とか軽い相手じゃないじゃん!?これ癒やし残しがあったら私達どうなるの!?考えたくない!


そう…今だけは、笑顔のラウラ様がとても怖い!


いやそれはラウラ様が行った方が早いし確実で一瞬で終わるけど、そんな事言われたら「じゃあお願いしますねラウラ様」なんて言えるわけ無いじゃん!


この様子だとうまく治癒出来てなかったらラウラ様になんて言われるか分かったもんじゃない!


駆け出したタランサ…目指すはラウラのお友達の元だ


冷や汗を流しながら慌てて走る彼女の心労は、この武争祭が終わるまで一切途切れることは無くなる事が無かったのであった


いつもはおおらかで優しく、そして寛大な我らが伝説の大聖女は……笑うだけで迫力が違うのである






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【後書き】



前話に引き続き、こんにちは、未知広かなんです


実は前話投稿から数時間後のことでした…


☆の数が遂に4桁になっていたんです


流石に我が目を疑ってしまいました…そんでその後手にしてた烏龍茶で1人で乾杯してました…


こんなに評価を貰えるとは思っておらず、☆の数が4桁あるだけで本当に自分の作品か自信が無くなるような気すらしてます


ここまで来たのも読んてくださった方のお陰ですね


今後とも是非、本作をよろしくお願い致します







「「「ぱ、パワハラ上司…!」」」


「なっ…ち、違いますわ!これはそう…シオンさんが心配でつい、その…激励の言葉を強くかけてしまっただけでしてよ?」


「ラウラ…さん…」


「ちょっとカナタさんまで!?いきなり貴方まで「さん」付けで呼ばないで下さいませ!もうっ!」


「ま、まぁそれは冗談として…我、今回一番の衝撃はシオンの初のマトモなダメージが腹パンだったことに関してなのだが…」


「腹パンとか言わないで下さい…。これは、そう…「ライフで受ける」というヤツです。戦略上の致し方ない犠牲なのです」


「…その言葉で……自分を犠牲にしてるの初めて見た……流石、シオンはドM…っ!……腹パンも上等な女…っ」  


「し、シオンさん…それは私でも少し引きますわよ…?」


「それは誤解を生む表現ですマウラ!受けたくて受けたわけじゃありません!肉を切らせて骨を断つんです!」


「シオンっ、俺は……俺にはどんなにお願いされてもシオンに腹パンなんて無理だぁ…っ!か、考えただけで…は、吐き気が…っ!?」


「わぁぁっ!?か、カナタおかしな勘違いは駄目です!普通!普通が一番ですから!普通に、好なだけ、ちょっと…いや、かなり激しく愛してくれればバッチリですからぁ!」


「…あやつ、フォローの中に自分の願望しっかり混ぜておるな。やはりドMなのは本当なのか…」


「結構シオンさんは思いきったプレイとかしかねませんわよねぇ…。…もしかして、今のところ一番上級者なのではありませんの?」


「…んっ……なんだかんだ…シオンはめちゃくちゃにされるの好き…この前、私が1話で作った縄……こっそり引っ張り出してた……っ」


「……えっ、緊縛的な?」


「…縛られちゃいますの?」


「ん…間違い無い…!」


「…流石にちょっと上級者過ぎではないか?」




「そ、その…カナタ…?気分転換と言ってはなんですが…い、いい物を用意してまして…す、少しベッドの方に行きませんか…?」



「マジでヤル気ではないかあやつ!?」


「…感想、聞いておかないといけませんわね…お二人の」


「……縛られて好き勝手されたい女……私の見立てに…間違いはなかったぜ…!」


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