第70話 伏した先人の知恵


「ほらな?嬢ちゃん、言ったろ?馬鹿正直に賭けに乗っちまったら良くねぇってなァ…そういう向こう見ずやってっと…」


土を踏み固めたような木柵内のリングの上で、倒れ伏す…


力及ばず、圧倒的な実力差と力量の違いによって瞬時に体全体で地面を感じ取るハメになったのだ


筋骨隆々の大男が、挑戦してきたシオンに向けてゆっくりと、その行いの愚かしさを躾るように語り掛ける


それはこの大会に出たことのある経験者としての言葉であり、そしてこの見目麗しいチャレンジャーへ向けた上からとも言えるアドバイスのようにも聞こえた


抵抗すら出来なかったのだ


あまりにもワンサイドゲーム…


そう…世間知らずを思い知らされたのだ


自分は強い、世間のフィールドで測れば強者の位置にいるのだ、と勘違いをしてしまった


その結果…本当に強い相手には手も足も出なかった…







「こうしていきなり負けちまうからなァ!そう………今の俺様みたいによォ!」






「あ、はい…えっと…対戦ありがとうございました」



バゼレスは負けた!


圧倒的なパワーによって、完膚無きまでに!


こうして地面に倒れ伏し、ピクピクと痙攣収まらない己の肉体を横たえさせたまま腹の底から響く声でそう言った!


ちなみに取り囲んで観戦していた観衆は全員が静まり返っていた


原因は言わずともがな、今行われた試合だ


武争祭本戦では戦法の縛りがない


武器、杖、魔道具、装備まで何でもあり。肉弾戦も魔法戦も何でもあり


出場者が出て、本人が戦っていれば殆どお咎め無しの大勝負だ


故に、この場での魔法禁止、肉弾戦メインのルールリングは参加者の実力の全てを表すわけではない


あくまで、この肉弾戦の土俵で腕試しが出来るだけの場所になっているのだ


しかし…それを抜きにしても、だ


この麗しいエルフの極上といえる美少女が…2m50cmを超える筋肉の塊のようなバゼレスを相手に







そう、ワンパンで沈めたのである



バゼレスの肉体が強化魔法の輝きを纏い、宣言通り手加減を行わず…それでいて次の一手に繋げ降参を促せる為の足払いを繰り出した


まさに不意打ち…あれだけ正面切って殴り合いの戦いを見せた大男が自分が見下ろすような少女を相手に、ノックダウンの一撃ではなく体勢を崩させる為の技を仕掛けたのだ


それは、バゼレスの…様子見を含めた手心


見た目に似合わず妙に紳士なこの男は、少し脅かしてこのリングに上がる強さを教えてやろうとあえての足払いを選択したのだ


もしも、この少女が本当に戦えるのならば…容姿からして戦闘スタイルは素早く動いてのヒットアンドアウェイを狙うラピッドスタイル…足払い程度は避けて当然だろう


さぁ、どう出るか…と思い、仕掛けた足払いに対して目の前の少女は無反応


避けるはおろか受け止める姿勢すら取らない、無防備に立ったままなのだ



(おいおい…こりゃお上品な嬢ちゃんが来たもんだ。遊びじゃ済まねぇってのは、一度負けなきゃ分かんねぇモンだよなァ)



…たまに居るのだ


喧嘩自慢でこの街に来て腕試し…あわよくば名を挙げて賞金を手にしようとやってくる女が


その手の輩は殆どが痛い目を見る


実際に見てきた


冒険者の腕自慢や地元で喧嘩自慢の女がこの大会で火傷してい、泣きながら帰っていく姿はいつ見ても肝が締め付けられる…


だからこうして、出鼻を挫く


ほら、こうして天地がひっくり返って見下されれば自分の力に疑問の1つも持つだろう…



ーーギャンッ



「……ぬゥっ!?」



振り払った脚が…止まった


目を見開いた


脚が…少女の脚を側面から払おうとして、彼女の足に鈍い音を立てて止められていたのだ


自分の丸太のような脚が、彼女のしなやかで柔らかそうなふくらはぎを払おうとして…その足を1ミクロンたりとも動かすことができていない


その感覚に、鳥肌が立つ…


まるで、地盤深くまで突き刺さった鋼鉄の柱を蹴ってしまったかのような…明らかに「蹴るべきではないもの」に触れているイメージが脳にフラッシュしたのだ


自分は今…何を蹴ったのか……?



「ォオオオオオオオオオオオオオッッッ!」



ぶわり、と流れ出る冷や汗とともに強烈な悪寒に突き動かされ体を立て直し、そのまま姿勢を落として体重を掛けたショルダータックルへと繋げていく


伊達に何人もこのリングから叩き出してきた訳では無い、強化魔法と鍛え上げた肉体から繰り出す一撃はぶつかった岩や小さな家程度は粉々に出来る


冒険者としても金級になって久しく、水晶級も見えてきていたバゼレス・オーキンスは目の前の少女はを…咄嗟に脅威と判断したのだ


咄嗟のショルダータックルとはいえ、バゼレスのそれは金級の魔物程度はボールのように弾き飛ばす、まさに高速道路を走る輸送トラックが衝突してくるような威力を誇る


その、肩の側面で捉えたはずの己の突進が…ビタッ、と停止した


片手だ


目の前の少女が、左手でバゼレスの肩に手を当てて全ての勢いを停止させたのだ


それも、一歩も動かず…後ろに摺り下がる事もなく



「……こいつァ…!?」


「あなた、見た目に見合わず良い方ですね。なのでちゃんと、手加減します…えいっ」



彼女の怜悧な目線がこちらを貫き、その右手がぎゅっ、と拳を作り上げると速くもない、ただ普通に目に見える勢いのパンチを作る


バゼレスの胸の眼の前にその拳をゆっくり移動させ…可愛らしい気合の声とともにそれを…「とんっ」と小突くように繰り出せば



「ぬぉぉあぁぁぁっっ!?」



まるで見上げるサイズの鉄球が大砲に撃ち込まれたかのような猛烈な衝撃が胸部に衝突したのだ


踏ん張るなど不可能…一瞬にして仰け反り、両足が地面から離れ木柵まで瞬時に弾き飛ばされ、太い柵に背中からぶつかりメキメキと半壊させてようやく体は停止し、地面に落ちた


土の地面に倒れ込んでからようやく彼女の強さの正体に、考えが行き着く



(まさか身体強化!?ど、どんな練度で強化してやがんだァ!?普通じゃねェ!このナリでパワーファイターか!?どんな魔力の使い方してんだあり得ねェ!)



自分だって同じパワーファイターを自称してるのだ、彼女がどれほど非常識な魔法技能でこの強さを成立させているのかを…バゼレスには分かっていた


彼女の素の肉体能力もそうだが、それを含めてもこの力はあまりにも…不釣り合いだ。ここまで出力を引き上げるのにどんな魔力と強化の練り上げ方をしているのか想像もつかない


そして…




「こうしていきなり負けちまうからなァ!そう………今の俺様みたいによォ!」



こうなったのである



「……はい、ありがとうございます、バゼレスさん」



シオンがペコリ、と頭を下げると入場を仕切る係の者に小銭を渡してリングから退場する


もとより連戦する気はなく、試しにやってみただけなのだ


彼女が戻っていく元で、カナタとペトラ、マウラが「あーうん、てっきり…俺、だと思った」「我も…これは典型的な阿呆が絡んできたと思ったのだが」「……いい筋肉さん……」と以外さを語る


実は、昨晩のカナタと行ったそれはそれはの疲れやら何やらが抜けきらない中だったのでシオン自身も「少し、気合を入れた方が良さそうですね…」と思っていたのだが…バゼレスは外見詐欺と言わんばかりに良識があった


とは言え、周囲の観客は彼の人となりを知っていたようでそのようなトラブルの心配はまったくしていなかったらしく…



「おーい!起きろよバゼレス!あの可愛い子ちゃんに言う事聞かせられちまうぞ!」


「羨ましいなぁ!変わってやってもいいぞ!」


「強い女の子だなぁ!いい線行くんじゃないか?」


「あっはっは!なんだバゼレス、お昼デートはフられたのか!?」



立ち上がる最中のバゼレスに野次が飛び、それに対して「うるせぇ!だったらオメェらが戦ってみろォ!」と吠えるバゼレス


どうやら、観戦の面子もバゼレスのこういう所が人気を博しているらしく、いや…だからこそこれほど1つのリングに大勢が集まっているのだろう


「愉快な人達だなぁ」と思いながらその場を離れるカナタ達だったが、直ぐ様その後を駆けて追いかけたのは他ならぬバゼレスだった



「おい、待ちな嬢ちゃん!ったくよォ…敗者の賭けは絶対なんだぜェ?負けたヤツがなんもしねぇでいられるなんて思ってねぇよなァ?」



カナタは思った…



『こいつ、言い方悪過ぎるだけじゃね?』…と



完全に言葉の内容が『負けて無茶な賭けを取り立てに来た悪漢』そのものなのに、言ってるのはその実…『負けた自分が賭けの清算をしないと変だろォ!?』と自分から来てくれてるだけである


なんて良い人なんだろうか…


ちなみに慌ててきたのか、上裸のままで上着やら何やらを肩に引っ掛けて来ていた


まるで喧嘩後のヤンキーみたいである



「いえ、実はそこら辺は考えていませんでした…無しでも良いですよ?その方が都合も良いのではありませんか?」


「ばっきゃろォ!んな不義理な真似が出来るかってんだ!俺様は一度だって負けの賭けから逃げたこたぁねェ!金でも労働でもなんでもアリだ!さぁ、言ってみなァ!」


「うわ、めちゃめちゃ良い人ですよカナタ!こんな荒っぽいお祭りでこんな人に出会えるなんてあるんですね…ちょっと感激です…!」


「うーん…これはバゼレスさんが特別なだけって気がすんだよなぁ」



どーん!と筋肉モリモリの胸筋を拳で叩いて「どんと来い!」と言わんばかりのバゼレスにちょっと感動してるシオン…たいていこういう時に碌でも無い目に遭うことが多いシオンは染み入るものがあるらしい



「あ、そうです…バゼレスさん、この大会って詳しいんですよね?」


「おう、勿論よ!何せ俺様は今年で11回目の連続参加!酸いも甘いも味わい尽くしてるからなァ!他の有望選手から噂話までなんでも知ってんぜェ!」


「…なるほど、アリだなそれ」


「でしょう、カナタ。では…バゼレスさん、賭けの内容として…この武争祭について色々と教えていただけますか?なにせ、私達はカラナックに来たのも初めて…情報がたりません」


「へェ、そう来たか…だろうなァ。お前さんら、どうやら武争祭の噂聞いて参加しに来たクチだろ?ったく、危なっかしくて見てらんねェ…いいぜ!この大会について脳天からケツまでしっかり教えてやらァ!」


「な、なんだこやつ…めちゃくちゃ良いヤツだぞ!?」


「…すごい……いい筋肉は裏切らない……!」


「そ、それは良く分かりませんが…これで無知による失態はどうにかなりそうですね」



ペトラとマウラもうんうんと頷きながらバゼレスさんを見ている


ちなみに肩にかけてるのはフォーマルなボタンシャツに黒のジャケットだった


超紳士服である



「よぉし!なら話ははえぇ!早速俺様の行き付けに連れて行ってやるぜェ!なに、安心しろ、金なら俺様が出してやっからよォ!」



そう言って「負けた奴に遠慮なんかねぇからなァ!付いて来やがれェ!」と言いながら街へと繰り出すバゼレスに互いを見ながら頷いて付いて行く一行…



上裸で筋肉モリモリの大男はそれはもう目立っていたのだが…


この街でそんな小さな事を気にする人間は居ないのだった




ーーー




「いらっしゃいませ…いつもご利用ありがとうございます、オーキンス様。本日はお連れ様もご一緒で…?」


「おう!全部で5人だ!奥の個室にしてくれやァ!ちょいと内緒話があっからよォ!」


「畏まりました…コースの方はどのようになさいますか?」


「ンなもん、一番上の金剛フルコースに決まってんだろォ!?俺様が飯に妥協するわきゃねぇのよ!5人前をドラゴニックだ!あと酒もなァ!」


「ジレーヌ地方産150年物ですね?御用意致します、それではどうぞお席へ…特別遮音個室「ズューレの部屋」へ御案内致します」



4人揃って呆然としていた


リングがそこらに点在するエリアからバゼレスに付いて歩いていけばどうやら毛色の違う区画へと入り込んでいった


そこにあったのは明らかに、上流社会の者が利用するような店が立ち並んでおり、そこに普通の飯屋や酒場はどこにも存在しない


当然、試合用のリングも何処にもないような落ち着いた雰囲気の場所はどう見ても…貴族等が訪れ、大商人が絶対で使うような店ばかりが並んでいる


その中でもさらに奥…入口の左右に2体の龍を模した像が並んだ明らかに普通の店じゃない趣のそこに、ズカズカとバゼレスが入っていくのだ


しかもいつの間にか服を着ている…いつ着たのだろうか…


そして、恭しく現れたウェイターはバゼレスに慣れた様子で頭を下げながら「いつも通り」と言った様子で彼の注文を先取りする


どうやら常連らしい


どう見ても脳筋ゴリゴリで酒場に居そうな見た目してるのに、超が付くほど高級でお洒落な店に通されたカナタ達は揃いも揃って肩を窄めた…



(おいどんな店だよここ…俺ら入って良いのか…?つーかその見た目でもしかして高給取りなの?筋肉で稼いでたりするの?)


(そんなバカな…どう見ても筋肉悪漢にしか見えんのだが、我…)


(カナタ、こういう場所に近寄るの嫌がりますからね…。お金ならあるんですから、たまにはこういう場所でディナーとかどうですか?)


(…おー…ロマンチスト、シオン……一人ずつ交代でしよっ……?……その後はいい宿で……一晩中…っ)


(む、良いではないか。我、そういうお上品な感じもイケるぞ?…まぁ、はお上品とはかけ離れそうだが…)


(う……そそられる…!でも貴族が使うとこはなぁ…)



ひそひそと話し合うのも無理はない


カナタは基本的に貴族やらが使用する場所はなるべく避ける傾向にある


宿に関しても「贅沢な場所だけどもっとグレードの高い所もあるにはある」程度の場所をピンポイントで取っているのだ


…だからこそ、勇者祭の時に王都で取った宿にラウラが居たのは計算外だったのだ


それは食事場所でも同じこと


こんな金のかかりそうな高級料理屋には立ち入ったことが無いのである


マウラの提案に簡単に唆されるカナタ…どうやらデートの形が変わりそうな予感がしながらも「あっ、どうも…失礼します」とちょっとヒヤヒヤしながら店の奥へと進む…根の部分はなんだかんだ日本の一般家庭が抜けていないのであった


案内された先は店の奥…普通のテーブルやらが置かれるフロアのさらに先、扉一枚に仕切られた部屋だったがこれがまた上品かつ洗練された個室空間…白を基調とした洋風に仕立てられたそこはテーブルの上にフォーク、スプーン、ナイフが予め綺麗に並べられている


壁には海や草原を描いた絵画が置かれ、躍動感のある絵がまるで写真のように目を楽しませるが、その代わりに窓がない…恐らくは内密な話をする為にわざと窓を無くしているのだろう


ウェイターが席を1つずつ引いて座らせてくれると、なにも言わずにお辞儀をして部屋から出ていった…溢れ出る高級味に縮こまってしまう



「さぁ!ここなら誰も聞いちゃいねえ!聞きたいことは何でも聞いてくれや!それとも飯が来てからにするかァ?」


「えーっと…それじゃあ…」 


「おぉっと悪かったなァ!コイツァ酒が無きゃ口が進まねェか!俺様のキープボトルが来るまで待つかァ!」


「あっはい…そうします…」



カナタが静かになった!


バゼレスのフィールドとペースだ、とても口を挟みづらい!


少しすれば控えめなノックの後にウェイターが一本のやけに大きめなボトルとワイングラスを5つ持ってくる


なにやら古そうなラベルのワインボトルだ…お値段のしそうな空気を醸し出している



「お待たせ致しました、ジレーヌ地方産150年物「ポレイユフィーン」でございます」


「よぉし!これで腹落ち着けて話せるってモンだなァ!さぁ乾杯といこうか、この出合いになァ!」



終始ハイテンションなのはこの男の人柄なのだろうか…波々と注がれた渋い紅色の液体が揺れるグラスを掲げるバゼレスにつられる形でグラスを掲げると彼は一息にそれを飲み干した


豪快にもほどがある



「さて!聞きたいことがあんだろォ?知ってることなら全部話してやるよ…なにせ…負けちまったからなァ!アッハッハッハッ!」



なんかツボに入ったみたいに笑うバゼレス


こほん、とようやく本題に入れそうな彼に咳払いをしてから、シオンが問いかけた



「では、お聞きします。まずは…そうですね…大まかなルールからしっかり知っておきたいです。粗方読んでみましたけれど、色々とマイナールールがありそうですし…」


「おう!なら話してやる!そこを聞くのは嬢ちゃんも頭がいいなァ!いいか!?基本は何でもありだ!魔法、武器、魔道具までなんでもござれで勝ちゃ問題ねェ!ただし、厳しく取り締まられんのは…「試合前の細工」と「部外者からの妨害」だ!こいつァ分かり次第最低でも罰金、普通にいきャカラナックの法に基づいて投獄まであり得る!」


「成る程のぅ…あくまで一対一の勝負という事か。魔道具の使用制限は無いのか?」


「ある!基本は2つだ…「精神支配系の禁止」、そして「身に付ける、或いは装備して使用するものに限定する」の2つ!言っちまえばゴーレムだの爆弾だのは使えねェが、魔導具の杖やら武器やら防具やらは好きに使える!そんでもって洗脳だの精神汚染だのは厳禁、即座に取り押さえられるから止めとけ!」


「ふむ…つまり装備品の類ならば使って良いのか。それはつまり…ガチガチの高級魔導具ばかり着けて挑む者もおるのでは無いか?」


「居るなァ。だが、そいつは「その魔導具を手に入れる事が出来る奴」って事だ!運もあんだろうが、ダンジョンだの遺跡だのから見つけ出せる腕前の持ち主って訳だァ!それを見事使い熟せてる、

って事になんだ、この武争祭ではなァ!」


「つまり、突き詰められた一対一タイマンの真剣勝負ですね。これは腕がなります…あ、因みに私のさっき見せた力でどのくらいの強さですか?」


「おうよ!そりゃおめェ…嬢ちゃんのパワーがありゃ本線のトップ5は行けんだろ!あぁ、因みになァ、基本的に同門対決は無しだ!トーナメントで同門が当たった場合はその門下として2人がそのまま勝ち上がりになる!そこから先は勝ち上がった門下の中から1人がトーナメントに出る形になるなァ!だが、今回の武争祭は厄介な強さの奴らが居る!そこに注意しとけェ!」


「む…そうか。我らの中で対決は叶わんし、優勝から3位まで独占も出来ん、という事か。少しやってみたくもあったが…」  


「まぁ、確かに計画の内ではありましたけれど…私達同士で当たれば私達はそのまま「カナタの弟子一派」として勝ち進むことになる…それなら私は嬉しいですよ」



因みにこの同門対決の禁止は大会が盛り上がらないから行われるルールであった


その昔、一強の門下が全員上位勢を占めてしまい苦情が殺到した事があるのだ


この大会は広く名を売る場所なのに優勝にも準優勝にも、その下いくつも続いて同じ師や道場の名前が続いており、戦い方も似ている…中には同じ門下同士で優勝させたいメンバーにわざと負ける、なんて出来レースをする事さえあり、同門同士はあたった時点で両者を勝利扱いとし、そこから1つの門下チームとしてトーナメントを進ませるようになったのだとか


そして、一番最後のバゼレスが発した忠告に首を傾げたのはマウラだった


バゼレスはシオンの強さを認めていた


その上で…障害となる可能性がある選手が居ると言うのだ



「…厄介…?…強いの…?」


「強ぇ!本線の方にいんのはライリー・ラペンテス!強ぇぞ、なにせあのレオルド・ヴィットーリオの弟子だ!アイツの近接の強さは師匠譲りのモンがある!」


「っ…あの人の、ですか…」



その名はあまりにも有名だ


レオルド・ヴィットーリオ…最強の冒険者の1人


強化魔法と己の武技で金剛級まで登り詰めた男であり、成功率0%の旅…勇者のパーティに加わり見事世界を救って生還した伝説の男


そんな男の弟子というならば…まず弱い事は無いだろう



「んで、もう一人が厄介極まりねェんだ…面倒臭ェぞ?そいつがな、どうにも本線に出るって話が最近聞こえてきてんだ」


「それはまた出別の意味の「厄介」に聞こえるな…バゼレスさん、教えてくれるか?」



明らかにレオルドの弟子が出場する話とは別のニュアンスの「厄介」…この豪快な男が言い淀む程に面倒な選手が居ることにカナタも嫌な予感を覚える


そして、その答えは…カナタの予想を超えて遥かに「面倒臭い」香りがぷんぷんと漂っているのだった





「そいつの名前はラジャン・クラシアス。こいつはな……勇者の弟だ」






「…はっ?」







「失礼致します、お食事をお持ち致しました」


「おう!入ってくれェ!腹ァ減ってたんだ!ったくよォ…戦うとアホみてェに腹減っちまうんだよなァ!」



控えめなノックの後に銀製のカートに沢山の大皿を載せてウェイターが部屋へと入ってくると同時に鼻を擽る美味の香りが部屋いっぱいに充満した


スパイスや肉の焼ける芳ばしい香りだ…マウラの尻尾が目に見えてピンと伸びており目はキラキラと輝いている…どうやら彼女の敏感お鼻センサーでの期待値はかなり高いらしい


テキパキと大皿をテーブルに並べていくと広いテーブルは直ぐに料理を盛った皿で埋め尽くされる


…というか、すごい量がある


高級料理屋とは思えないフードファイター用のメニューにしか見えないのだが、実はこれがコースを伝えた時にバゼレスが口にした「ドラゴニック」の意味である


当然、お上品に並の量を食べる客が多いのだが、貴族とは総じて何かしらの魔法使いである場合が殆どだ


そして魔力の量が多ければ健啖家に寄る…即ち、貴族需要においても量が多く出せるのは高級店ならば当然の事なのだ


その中でも一番、盛りに盛った量を指すのが「ドラゴニック」……要するに「竜みたいに沢山食べる」という意味である


運ばれた料理を上機嫌で自分の皿に取り分けるバゼレス…に対し、カナタは額を抑えたまま待ったをかけた



「ば、バゼレスさん…?その…続きが聞きたいんだけど…ほら、えー……勇者の弟、とかいう奴の…」



早速モリモリとよそった料理を口に運ぶバゼレスにそう伝えると「あァ!そうだったなァ!アッハッハッハッ!」と爆笑していた…何がツボなのか全く分からない…



「ラジャン・クラシアス、またの名を「勇者の弟」…ってのも、簡単な話だ!そいつの兄貴が冒険者でなァ、ある時突然「勇者」を名乗り始めた訳よ!名前はゼネルガ・クラシアス、若くして金剛級に至った冒険者の1人で2年くらい前までは「魔導拳のゼネルガ」なんて呼ばれてたんだがなァ。どういう訳か、「勇者」に二つ名を変えやがったのさァ!自分のパーティも「光の行軍」なんて名前に変えちまってよォ」


「なんだそりゃ…まーたここに来て《《そういう

奴》》か…?まさか俺の忍耐力をためしてたりするのか…?」


「お、落ち着けカナタ…。気持ちは分かるが…」



またも現れたのか…と変な顔になりながらぷるぷるしているカナタを小声であやすペトラ


しかも、なんか痛々しいパーティ名とか付けてるし…どうしてくれようか…と頭を悩ませてしまう…「また自分のなりきりさんか?モノマネさんか?」と頭の頭痛が痛くなるような状況にカナタの唸りが止まらない



「そんで今じゃ「魔導拳の勇者」を名乗って活動してる訳だ。…ま、わけぇ内から上手くいっちまったらなァ、前からそう良い噂は聞かねェ奴なんだが…ここにして「勇者」なんて名乗り始めて自制がてんで効いてねェ。やりたい放題だ。だってのに実力はあんだから手に負えねェ、って話な訳で2年前からカラナックじゃ悩みの種よ」



「……って、あれ?「魔導拳の勇者」?あの沢山湧いてた黒鉄の勇者じゃなくて?」



おや?と頭を上げるカナタ


てっきりまた自分の猿真似が現れて好き勝手してるのかと思いきや、なにやら少し違うようだ


湧き出した羞恥心やらが少し収まってくるカナタ



「その通りだ。奴はなぁ…世界初の、を名乗って好き勝手してんだ。まぁ勇者に憧れか羨望でもあったんだろなァ。そこに好き勝手やりてェ欲が混ざって面倒な奴が出来上がっちまった。それも「世界を救う勇者だから当然」だのって言っち、まかり通す力もあんだから、質悪ィって話だ」


「それはそれでムカつくんだよなぁ…で、そんな奴の弟が本戦に出る、と。…あれ?なら勇者君本人は出ないのか?」


「おう、出ないぞ。な」


「あれ、変だな…なんか嫌な予感がしてきた…まさかその勇者君って…」


「弟の師匠として指導者戦に出場登録してるぞ」


「やりましたね、カナタ。格の違いを見せつけてやりましょう」


「ふんっ…パチモンがカナタに勝てる訳なかろう…」


「…カナタっ、分からせてやって……!」


「わーお……三人の期待が眩しいぜ…」



絶妙な耳打ちでカナタに向けてエールを送る三人娘


そう…そんな勇者を自称して好き勝手してるような男に自分達の勇者様が…というか本物の勇者が…さらに言えば愛した男が敗ける訳がないのだ、と


そんな期待というか、当然だと言わんばかりの信頼がカナタに掛かる…それ自体は満更でもないカナタだが…そんな勇者を名乗る人の相手を自分マジの勇者がするなんて嫌すぎる


今回の勇者君はどうやら実力もある程度持っているのが問題らしい…挙げ句、偽物もなにも成りすましてる訳ではなく「自分の肩書として」名乗っているだけだ


別にそれ自体は禁止されている訳では無いのだ


…名乗れるほど厚顔無恥な輩が居なかっただけだが…


カナタがもし順当に勝ち上がってしまうとすれば、金剛級という最高位の冒険者ともなれば必ずトップ争いに現れる


かち合うのは必然と化すのだ


気が滅入るのも無理は無かった



「ま、取り敢えず飯だ飯!じゃんじゃん食え!いくらでも食っていいぞォ!」



バゼレスが一旦話を切ってバクバクと食事を再開すると、諦めたカナタも目の前の料理に手を出し始めた


ただでさえ、他の厄介事を抱えているのにさらに追加で面倒が転がり込んできたのだ…食って飲まなきゃやってられない


そう言わんばかりに、平らげた



因みに、料理は目茶苦茶美味しかった


カナタのデート先候補に新たな1ページが追加されたのであった




ーーー




「…カナタ、何を作ってるんですか?」



夜、宿に戻ってきたカナタ達


因みに部屋は4人一部屋の大部屋に変更してもらった


…その方がしやすいのだ


そんな部屋の中、カナタが自分のベッドの上で何やら金属板を弄り回しては魔法の光と黒紫の魔力光を走らせて作業をしているのに、シオンが気付いた


彼の背中越しからその様子を見ると、何やら形を変えている最中のようで、その段階で見るに造っているものは…



「む、それは……仮面か?」


「そ。顔隠す仮面作ってんの。…素顔晒して大会には出たくないからなぁ。しっかり魔法効果も込み込みで造り込み中…」


「…それって必要ですか?別に素顔で出場してもいいと思いますけど…いいじゃないですか、このままバッチリ優勝してきても」


「優勝する暫定なのか…。まぁ一応な…もしかしたら、役に立つかもしれないし…それに、普通に顔出して出んのが嫌!」


「…えー……カナタが勝って目立つの…見てみたい…」



ぶー…とマウラが可愛らしく口を窄めてカナタの背中にのしかかるようにしてその手元を覗き込む


作っているのはどうやら真っ黒なマスク…顔の前面全てを覆うフルフェイスのもので、黒の金属に白の目と口を示すパーツがシンプルに丸く存在する…そう、まさに埴輪のような気の抜けたデザインのものだった


…なんかモブカワイイ感じのマスクだが、それなら顔出しで有名人になっちゃお?というのがマウラの主張らしい


3人はどうやら、カナタに活躍して欲しいらしいが当のカナタはげんなりと「えー、ヤダよ…メンドイし…」とめっちゃ消極的だった


もとよりカナタは出場する気が無かったのだ、指導者戦があると知った3人が勝手にエントリーしてしまったので当然といえば当然である



「…よし、頑丈で脱げない、息もできる…上出来上出来、と。…顔知られてない方が保険が効くんだよ、念の為な」



小さな声でぞう呟くと、気の抜けた埴輪面のマスクを顔に嵌め、「どう?似合う?」と見せてみる


三人揃って「ぷっ」と堪えるように頬を膨らませた…ちょっと面白いらしい


しかも目と口はピカー、と光っており、カナタの目と連動してまばたきのように目をちかちかと瞬かせている…とても小細工が効いていた


声もちょっと変だった


どうやら変声まで付けてるようで、「リベリオン」のようなガチガチのマシンボイスへの変声では無いが、なにやら出来の悪い無線から声を拾っているかのような声の変え方をしている


こんなのを町中で被っていれば不審者確定である


そう…これは保険だ


出場者として顔を出す時に、他の者達にこの顔を知られてさえいなければ…カナタはなんの躊躇いも無く「リベリオン」を装着できるのだ


そしてカナタの予想が正しければ十中八九…リベリオンの出番は来てしまう


どうにか着ないに越したことはないのだが…その勇者を名乗る男には少し考える所があったのだ。……「勇者」の名を背負う者として、死した偉大なる勇者先輩達を知る身としては…カナタはその勇者を名乗って好き勝手行う、という「勇者」の名を貶める蛮行を見逃せる気にはならなかった



(マウラの言ったことを…って訳じゃないけど。場合によっては…やらないといけないからな。これで憧れただけの夢見がちなバカならどうでもいいが、そうじゃないなら…)



僅かに目を細めて、その可能性にチリッと怒りの炎が強まった


そして何よりも…その男がいる。彼にはリベリオンを着た瞬間にカナタと勇者ジンドーが結び付いてしまうだろう、何故なら三人の師を努めていることを知っていて、共に昼食まで取ったのだから…



そう、レオルド・ヴィットーリオだ



勇者一行の戦士を努めた男


ただ強い…それだけで金剛級という冒険者の頂きに立ち、世界を救う旅路から帰ってきた伝説の冒険者


彼は強い…勇者パーティの中でカナタを除き、最も攻撃力が高かったのは恐らくレオルドだろう


殲滅力はサンサラに軍配が上がるのだが、一撃の破壊力や戦闘中の感の良さ、次手の組み立てや予測でいくならレオルドが圧倒的な強さを見せる


パーティの中では最も戦闘経験が豊富なのも彼だろう


今年で確か41歳の大男…しかし、歳からの衰えなど存在せず、むしろ強力な魔力を湛えた肉体は今も尚成長途中と言える。あの旅からさらに成長している可能性はかなり高かった…なにせ、冒険者とは常に危険が付き纏う仕事だからだ


それに、彼は戦いが好きなのだ




もし、彼と戦うことになるならばカナタは…





彼に生身では勝てないのだから






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【後書き】



◯お題ーー好きな呪文は?



「お、これは我ら向きのお題ではないか?ほれ、我ら魔法使いだし」


「む、しかし…私達ってそんなに呪文の詠唱したことありましたっけ?」


「…あれ?そう考えると我ら、無詠唱ばっかりか?」


「…むー…私はちゃんと…呪文使った事ある……!」


「そうでしたか?いつでしたっけ…」


「あー…俺覚えてるわ。シオンとペトラが、キャンプ帰りのマウラが作った良い雰囲気をぶっ壊した時の…」


「「あっ…」」


「『…此の手に集え、天界を穿つ破壊の雷霆。遍く事象よ、我が意のもとに滅び去れ』……私のメチャ強魔法の詠唱……えへんっ…カッコいいでしょ…?」


「うっ、頭が……わ、我、その事はあまり思い出したくない……。あ、という事はマウラの好きな呪文はそれなのか?」


「んー……ちょっと違うかも…」


「あ、俺もあるぞ。好きな呪文」


「ほぅ、カナタは特に旅の最中で詠唱は良く耳にしたであろうからな。どれ、どんな呪文が…」




「ザラキーマ!」(猫耳)


「アバダ ケダブラ!」(勇者)



「物騒!ギルティだギルティ!どちらも即死の呪文ではないか!それが好きな呪文とかそなたらちょっと歪んでおらんか!?」


「そんな気はしてましたよ!ここで巫山戯るのは大体カナタとマウラですからね!にしてもチョイスの殺意が高すぎます!」


「……使われた時と絶望感が…忘れられない…っ!…逆に成功した時の快感は…んんっ…ちょいヤバ…っ…クセになっちゃう……っ!」


「ほら、闇の帝王がガトリングさながらに連発してくるのめっちゃ好きで…あれ、普通の魔法使いが撃つとMPカツカツらしいのに乱れ撃ちしてくんのすごくない?」


「…この世界に即死の魔法が無くて本当に良かったです。あったらカナタが闇の帝王になってる所でした…」


「まぁ、他の攻撃魔法が殺傷力高すぎて必要無い、という意味でもあるがのぅ…というか、マウラのは攻撃範囲が広くて物騒だ」


「私達もいつか、カッコいい呪文を披露しましょう。…カナタとマウラが、作中であの呪文を使う前に…」

 

「この世界で唱えても何も起きんだろう、あの呪文立ち…」


 



「お辞儀をするのだ、◯ッター!」


「あいての いきのねを とめた!」




「…いや、やっぱ止めた方が良いかもしれんのぅ」


「やっぱり趣味似てますよね、あの2人…」

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