第69話 前進の朝より

……朝



輝く太陽の光がカーテンの隙間から差し込み、僅かに聞こえる外の喧騒が、街は既に活性化していることを伝えてくる


カーテンを開かずとも伝わってくる活気、温暖を伝えてくる陽光にその景色を遮る1枚を思わず開きたくなる衝動を抑え込んで…ぎしり、とベッドからインナー姿で立ち上がり


机に置かれた加熱の魔道具の上に水をたっぷり張った無骨な四角いヤカンを置くと、その口から湯気を吐き出すまでの間に洗面所へと移動


吊るされたザルに置かれた水の魔石を軽く揺らせば、小さな魔力を走らせて軽く水道を捻ったような冷水が零れ出てきた


それを両手の平を凹ませて汲み取れば、ぶつけるように顔へと浴びせ掛ける


冷たい…ひんやりとした冷水が軽く汗をかいていた顔にかかり、少し不快を思わせていたそれを洗い流す…冷たい爽快感が寝起きのぼやけた思考まで洗い流していくようだ


側に掛けたハンドタオルを冷水に濡らし、タンクトップの上半身から露わになっている腕や首に、キツく絞ったそれを押し当てて擦れば背筋が伸びるような震えが勝手に体を反応させた


空調機能があっても、昨夜は熱く熱く…汗をかいたのだ


本当な水浴びの1つでもしたいところだが、まだそういう訳にもいかない


だからこそ、こうして冷たい水で夜の熱をリセットしているのだ


ベッドの置かれた部屋に戻れば、机の上ではゆっくりとヤカンが口から湯けむりをゆらゆらと立ち昇らせており、それを見てから金属製のマグにコーヒーの粉末を2掬い落とす


手にしたヤカンを傾け、とぽとぽ音を立ててお湯をマグに注ぎ入れれば入れた端から透明なお湯はコーヒーの粉末と溶けて混ざり合い、黒くその色を染めていった


大きめのマグにたっぷりのコーヒー…薄暗い部屋の中で、椅子に腰を掛けてマグに口を付けて傾ければ、熱くて苦い…香ばしい香りが口に染み渡り、それが朝の到来を体に知らせてくる


…気持ちのいい朝だ


そこに加えて、3つお揃いのマグを机の上に並べると2つに同じくコーヒーの粉末を 


1つには紅茶葉を入れた小さな布袋を落として同じようにお湯を注ぐ


香ばしいコーヒーの香りに、更に芳しい琥珀色の紅茶から漂う香りが混ざり合い、なんとも言えない香気が鼻を刺激してくる


どれも、愛しのパートナー達が選んだ一級品のコーヒーと紅茶…その辺の物とはちょっとグレードが違う一品らしい


コーヒーのマグの1つには小瓶のミルクを垂らしておくのも忘れない


明るいブラウン色のラテになるくらいに入れて、軽くティースプーンを入れてくるりと回せばミルクの白い帯を引くように螺旋が描かれる


ちょっとたっぷりめにミルクを入れるのがミソだ


彼女はブラックも飲めるが、どちらかと言えばこのマイルドな方が好きなのだ


外の様子は見ていないが、時間はだいたい朝の朝食時だろう


時計を見ずとも、体感がそれを確信しており、改めて時計に視線を向ければ針が指すのは「9」を示す文字だ


朝の珈琲を口にするが、朝食はまだ食べない


なぜなら、愛した少女達と共にすると決めているからだ


朝食は当然確保済み…


魔法袋の中には熱々のトーストやスクランブルエッグ、焼いたウィンナー、厚めのベーコン、ブドウやオレンジの果実等の朝食御用達のメンバーが勢揃いしており、いつでも朝餉を広げられるようにしてある


抜かりはない



「おはよ、3人共ーー」



さて…カナタが何故、こんな穏やかながらカーテンも開けずに薄暗い場所でモーニングルーティンに精を出しているのかと言えば…












「ーー…………大丈夫?」






「ふ、ぉ……っ……す、ごかった…!ま、まさか3人揃って手も足も出ん…とは…っ」


「ま、満足するまでと言いましたがっ……こっ、これ程とはっ……っ思いませんでした…!」


「ふっ、にゃ……っ……だ、大満…足…ぅ……っ…」



ベッドの上で愛しの少女達が一糸纏わぬあられもない姿で倒れ、ビクビクと震えているからであった…




『えぇい!いいから着いて来いっての!その後気が済むまでするから!』


『言ったな?』


『言いましたね?』


『……言ったね…?』




そう…言っちゃったのはカナタであった


出掛ける前に彼女達をその気にさせてしまい、強引に外出する時に放ったカナタのセリフである


当然、ユーラシュアの跡地から宿に戻ってきてからは色々とカナタと彼女達とで雨降って地を固めた事もあり、それはもう


もともと火が着いていた彼女達に、流石のカナタも圧され「3対1、か…!」と戦慄……彼女達も強気でぐいぐいと来てくれたのだが…



それも最初の30分だけであった



その頃にカナタは思ったのだ…


『あれ?なんかどうにかなる…?』


…そして、取り敢えず3人を一通りベッドに沈めてから一方的なカナタのターンに切り替わるのに2時間しかかからなかった


そこから朝までずっとカナタのターンである


3人がそこから攻め返すことは叶わず、結果…仲良く3人で彼のベッドに倒れ伏してピクピクと体を震わせる事となったのだった


シオンとペトラはこの結果に驚愕を表しながら力の抜けた体を頑張ってずり動かして、ぷるぷると震える腕で状態を起こしてるところである


マウラは動く事を諦めてぐでん、とベッドに横たわって満足そうに目を細めている…尻尾がゆらゆらと揺れているのは機嫌がいい時なのだ


這い出るようにしてベッドから体を降ろしてようやく立ち上がると適当な部屋着を魔法袋から取り出して身に纏い机の周りに座り始めれば、カナタも朝食をぽいぽいと魔法袋から出して机の上に並べていく


ちなみに凄い量である


焼いたトーストは枚数がありすぎて5本のタワーを作り出し、ウィンナーはどんぶりのような器2つに山盛り、厚切りベーコンはバイキングの皿のようなプレートに人の頭1つ分の高さはある程積み上げられ、ブドウは籠に房ごと幾つも用意、オレンジは櫛切りにした物を笊のような入れ物にどっさりと盛られている


ジャムとバターは最早容れ物が壺のような大きさだ



「んじゃ、いただきます…と」



「「「いただきます」」」



ぱちん、と手を合わせる4人


そこから猛烈な速度でトーストを取り分けて各々がバターやらジャムやらをベタ塗りしてはジャクジャクと齧りついていく


どうやら相当お腹が減っていたらしい…


はて、何か体力を奪うようなことでもあったのだろうか…?


と、内心すっとぼけるカナタに「む、そういえば…」と口の中に詰まった食事をごくんっ、と飲み込んでペトラが切り出した



「3年も前から自然にマネしておったが…手を合わせて「いただきます」という言葉、これもカナタの故郷…チキュウのニホンという国の作法か?よく考えればこの世界でこんな不思議な事をする地域はそう無いしのぅ…」


「そ。「いただきます」と「ごちそうさま」…生きる為に摘まれた食材の命と、それを旨く手掛けてくれた人達への感謝の意味…って感じだったかな。飯に感謝出来ない奴は長生き出来ないってもんだ」


「成る程…確かに気にしたことはありませんでしたね。それより少し気になったのですが…カナタ、この朝食の量はちょっと…」


「…ん…それは思った……」



カナタの地球うんちくを聞きながらもシオンが少し考え込むように机の上に広がる食事を見つめる


トーストの5本タワー、アホみたいな量のソーセージ、よく分からない量の厚切りベーコン、農家かと思う程の量の果物…


マウラもうんうんと頷き、ペトラも「あ、それは我も思った」と追従する


明らかに30人前はくだらない量の朝食を前に、3人は同じ結論に思い至った…


そう…





「足りんな」「足りませんね」「…足りない」




「あ、やっぱり?」



そう!全然量が足りないのである!


彼女達は素の状態でもフードファイターが縮こまって逃げ出すレベルの健啖家である


これは肉体と魔力が関係する話だが…兎に角、こんな程度の量では彼女達の胃袋は満足しない!


何故なら…それはもうを何時間もぶっ通しで続けた後なのだから!


エネルギーが、足りないのである!



ちなみにカナタも思った…「これ、全然量少いんじゃね?」と…何故なら彼もまた、の直後なのだから…!



「ま、外で適当に食うか。実は結構面白そうなイベントやっててなぁ。冷やかしがてら、食い歩きでもしようか」



面白そうなイベント…という言葉に首を傾げる3人


その間も手と口は物凄い勢いでトーストやらフォークを掴んでもりもりと食事を進めており、まるで早送りのビデオでも見ているような速度で卓上の朝食は消えていく


ちなみに、完食までの時間は30分も掛かっていなかった



「さて…取り敢えず出掛ける前にせねばならん事があるな」


「ん……このまま出掛けるのは…恥ずかしい…」


「ですね。3人で一緒に入っちゃいましょうか」


「ん?」



一先ず、欠片も残さず朝食(仮)を平らげた彼女達がふ、と立ち上がって歩き始める


おや?とその背中を見送るカナタだが、3人はそんな疑問の色を乗せたカナタの視線に少し恥ずかしそうに振り返り



「こんなにそなたのをむんむんさせて歩けるか!シャワーだ、シャワー!」


「こんなの気づかれたらのか一目瞭然ですからね。取り敢えずさっぱりしましょう」


「……ちゃんと洗わないと……歩いてる時に…溢れちゃう……」


「あっ…すいません、なんか……」



めちゃめちゃカナタのせいだった


本当に申し訳ない…とちょっと肩身狭そうに視線を逸らすカナタだが、少しだけ嬉しそうなのは気の所為ではないだろう…なんだかんだ言って、懐に入れると独占欲があるのかもしれない


ちなみに、彼女達の後でカナタもシャワーを浴びた


何故なら…それはもう彼女達のがむんむんしてたからである


この部屋の中で過ごしていて、少し鼻が麻痺していたらしい…


4人が身支度を整えて、マウラの敏感お鼻センサーによるチェックを受けて出発するのに1時間以上かかったのは……当然の事であった





ーーー



「分からない…ぜんっぜん分からないわ…あぁもうどこに居るのよあの真っ黒勇者!私がここまで探してどうして影も形も掴めないのかしら!?」


「さ、サンサラ、落ち着きなよ?あんまり根詰めてると大変だ、少し気を緩めてもいいんじゃないかい?」


「冗談じゃないわ!ナスターシャ、貴女もよ!ザッカーに続いてラウラまでジンドーの正体を把握したのよ!?早く素顔を拝んでやりたいと思わないの!?」


「あー、うん…それは思うけどね。でもほら、そこまで慌てなくてもいいと思うよ?多分、今後なんらかの形で打ち明けてくれるような気がするからさ」


「それは悔しいのよ!私から突き止めたいの!」


「えー…」



あいも変わらず、集まったのは学院にあるラウラの部屋…そこでさぞ悔しそうな表情で声を上げるサンサラに「まぁまぁ」と苦笑気味に宥めるナスターシャ


サンサラよ前には5つもの水晶玉が置かれており、それぞれ別の地点の映像を映し出しているのだが…彼女と怒り具合を見るに、上手く行っていないのは明らかだ


そもそも、このメンツの中で一番最初にジンドーの顔を知ったのがあのザッカー・リオットであったことが悔しい…あの「え?おじさんもう知ってたけど…」と言われた時の悔しさたるや…


それに対してナスターシャはそこまで慌てていない雰囲気だ


彼のタイミングで打ち明けてくれれば、それでいいスタンスらしく、柄にもなく呻くサンサラを宥める役回りに徹していた



しかし…その気持ちが分からないナスターシャでもないのだ





ナスターシャのジンドーとの記憶は中々に鮮烈だった…


元より北方を守護する騎士団の長を任されており、その強さから様々な表彰なんかも受けていたナスターシャだが、あくまで自分は「護る」だけ…寄せてくる敵を追い返し、入り込む敵を撃ち…しかし、それだけだった


状況は解決しない…無限に押し寄せる敵、疲弊する部下、戦いの中で飛び交う怒号と悲鳴…自分達はあくまでも盾であり、敵陣を貫く鉾では無かった


それが…戦う度に、護る度に歯痒さを痛感させた


成人した歳から騎士団に入り、齢28歳にして大都市の騎士団長を拝命した若き天才騎士だが、その実…自身の在り方に疑問を感じていたのだ



ーー自分はこれでいいのか?


ーー本当に魔神が居る間護り続けるのか?


ーーそんな事が…可能なのか…?



そんな時だった


王国に11年ぶりとなる勇者が降臨したのは


直ぐ様、国内には勇者随行の任を任せる者の選定が行われた


基本的には勇者の盾となる最前衛、勇者の行く先を切り開く前衛、脅威を先に見つける斥候、攻撃魔法を操る魔法使い、傷を癒やす魔法使いの面々で構成される勇者の随行……通称勇者パーティ


攻撃を受け止める最前衛に、天才ナスターシャ・ミレニアが選ばれたのは必然だった


王城に招聘され、国王達お偉い様方の面々の前で膝を付き、勇者随行の任を与えられた御前で…初めてその姿を見た


漆黒の鎧…近くに居ても声はおろか吐き出す吐息すら聞こえない鋼鉄の人型が、重々しい金属音をたてて歩み寄ってきたのだ


話によれば、極秘らしいが12歳という最年少の勇者…


何か言葉があるのか…そう思った面々に、勇者は…無言だった


言葉など話さず、一切のコミュニケーションを取らず…当然ながら心象は悪かった


旅に出た頃は酷かった


弱い魔物ならば問題無かったが、ある程度強力な魔物が現れると漆黒の鎧は玩具のように弾き飛ばされ、それでも何も言わずに立ち上がり向かって行く…


いつ死んでもおかしくない特攻を繰り返し、そして返り討ちにあう…


『何を考えてるんだキミは!?キミを護る為に私が居るんだよ!そんな無茶な突撃ばかり…っ命が幾つあっても足りない!』


そう声を荒げて怒鳴ったこともあった


その時も…ジンドーは言葉を発さなかった


時に魔神族の襲撃を受け、時に大戦を終わらせたくない戦争屋との戦いとなり、時には困り果てた者達を助けるために戦った


その中で…ジンドーは超常的な速度で成長していった


強力な戦士と戦う度に、強大な魔法使いと戦う度に…屈強な魔物と戦う度に…目に見えて、明確にその力を増していった


旅に出てから約10ヶ月…もはやナスターシャはおろか、ザッカーですら追いきれない勢いで敵陣へと突撃するようになり、側にいては自分ですら危ない程の破壊力で敵を薙ぎ倒すようになっていたのだ


その姿に…ナスターシャは心の底で痛快を感じていた


護るためだけに存在していたナスターシャにとって…自分の行く先の敵が砕け散り、抹殺されていく光景は恐らく…夢にまで見た景色だったのだ



そして、時は出発から1年と3ヶ月後の事…


後の世にヴァーレルナ防衛戦…通称『黄昏事変』と呼ばれる戦いが勃発する


大勢の魔神族と無数と思える程の莫大な魔物達がヴァーレルナを陥落させるべく総攻撃を仕掛けてきたのを発端とした戦い


ヴァーレルナ側もこれに応戦する形で全ての戦力を吐き出したが…かの軍事国家ですら、それはあまりにも戦力不足と言えた


それ程の魔物の攻勢であり、ヴァーレルナの滅亡は時間の問題とされた程だった…



そこに


勇者ジンドーが参戦しなければ


ヴァーレルナから出撃した勇者ジンドーはパーティメンバーを後方へ置いたまま…突撃を開始


どこから現れたのかも分からない鋼鉄の機兵や飛行する魔導兵器が膨大な数出現し、ジンドーの突撃に合わせて敵の大軍と激突…


文字通り、魔神族と勇者ジンドーの「戦争」が幕を開けたのだ


ナスターシャはこの時の光景を…生涯忘れることは無いだろう


現地に到達し、勇者ジンドーに追いついた時…漆黒の鎧が真紅に見える程の返り血を浴び、その装甲の所々に傷を造りながら…見上げるほどの魔物と魔神族の死体の上に君臨するその姿を


高揚した…これが勇者ジンドー


人類の反撃の象徴


この世界の希望の星


だが…


忘れられないのはこの先だった



ジンドーが、声を出していた


何かを呟いていた



『…まだ…帰れないの…?…もうやだよ…こんな、世界……』



声は変声によって不気味な物に変えられていたが確かに…彼は泣いていたのだ


嗚咽を必死に押し殺して、ただ1人…勝利に湧くこの世界の人々を背にしながら…絶望していたのだ


ナスターシャは…持っていた剣と盾を思わず地面に落とした


ーー何を勘違いしていたのか…彼は英雄ではなく、1人の少年だったのだ


何も感じず、何も苦にせず敵を屠る…そんなことが、ある訳が無かった


彼が敵を討つ度に感じていた高揚感は…一瞬にして消え失せ、今にも震えそうな罪悪感だけが心の中を埋め尽くした


後ろから持っていた錫杖を投げ捨ててラウラが駆け寄り、着ていた真っ白な法衣が血塗れになるのも構わずに漆黒の鎧を正面から抱き締めたのを見て…自分の醜悪さに吐き気を催した



ーー何が希望の星だ、何が反撃の象徴だ…



たった一人の少年を血みどろになるまで戦わせて…それを見て「気分が良い」と感じる自分に…震えるほどの怒りを感じた



『…っ鎧を脱ぎなさいジンドー!でないと…っ私は貴方を…ッ貴方をこの胸に抱き締められないッ!!お願い……っ少しでもいい…心を預けて…!私にッ!…じゃないとっ…貴方はっ壊れてしまいますわ…っ!』



ラウラの必死の言葉も…もはや彼に届いているようには見えなかった


…完全に、手遅れだった


彼は…もう狂ってしまっているのだ、と…


この世界に…壊されてしまったのだ、と…




その彼が…



あの日、久しぶりに訪れた勇者の霊廟で…自分達とまともに言葉を交わしたのだ


目を見張り…興奮した


彼と話せる、彼と意思を交わせる…その事実に胸が張り裂けそうな程の興奮が心臓を激しく打たせたのだ


出来ることなら正面から早く言葉を交えてい


その素顔を見て、彼の素手を握り締めて握手がしたい


だが…それをこちらから求めるのは…未だに気が引けるのだ


だからこそ…



「すごいな、サンサラは…。私は待つことにするよ。きっと…今の彼なら近い内に顔を合わせられる…そんな気がするのさ」



朗らかに笑うナスターシャ


「む…そう、かしら…」と、そんなナスターシャを見て少し落ち着きを取り戻すサンサラも、一度「ふぅ…」と一息吐いて水晶玉との接続を解除する


ちょうどその頃、扉が開く音が聞こえてきた


部屋の主が帰って来たらしく…



「戻りましたわ、お二人とも。…今回は、ちょっと耳寄りな情報が入って来ましたわよ?」



ラウラが戻ってきたのだ


今日は王城への出向で朝から出回っていた彼女だが、どうやらそれも終わったようだ


教師仕事は長年やってきた本職が行う事であり、基本的に招待されて教えているラウラは運営そのものに関わることはない


故に、自由に動く時間が出来ていたのだが今回は王自らの呼び出しという事もあり、文字通り飛ぶような速さで早朝に登城していたのである



「突然ですけれど私、数日以内に外に出ないといけなくなりましたの。少し遠くへ行かなくてはならなくて…」


「あら、随分と珍しいタイミングねぇ。…それで、耳寄りな情報ってなにかしら?」


「ふふっ、今回のは私の家の者が知らせてくれましたの。カラナックの別荘に常駐させてる者からの連絡でして。恐らく、カラナックの人間も気が付いていないらしいのですけれど…」


2人が座る席の隣に腰を下ろすラウラはいつも通りの純白に金の刺繍が施された装束姿であり、ローブは玄関で外してきていたようだ


ラウラからの情報というのは珍しく、サンサラは自身の知らない情報には少し気になるのもあり、真っ先に食いつく


それは…思っていたよりも「耳寄り」な情報だった



「…『カラナック外部で、謎の大爆発が多発。大規模戦闘の可能性あり』…とのこと、ですわ。サンサラ様、カラナックと言えば近くにあるのは…?」


「っ…ジュッカロ魔棲帯!封印の1つが眠る魔境ね!ってことはまさかその戦闘らしい痕跡って…!」


「成る程…彼が居る、そう言いたいんだねラウラ。でも少し不確かさが残るね…他の原因も考えられるけど」


「えぇ、そうですわ。ですが…ふふっ、私、彼の素顔には心当たりがありますのよ?彼とその縁者には、特に…。考えそうなことはある程度、予想がつきますの」


「はぁ…それ言われたら敵わないわよ、ラウラ。…まさか、その出掛ける予定って…」


「ふふっ!その通りっ!…陛下と相談して、カラナックで行われる武争祭のラヴァン王国側の親善大使として参加するよう取り付けましたの。ちょうど別荘もありますし、今の時期はオアシスが賑わう頃ですから…観光がてら、仕事もしつつ、ジンドーも探せる…まさに一石三鳥ですわね」


「…ちなみにそれ、私達も行っていいのかしら?」


「駄目だよ、サンサラ…君は確か、部下を総動員して色々と動いているだろう?君が本拠地の王都から消えたら大混乱だ。ちなみに私が国から外に出ても、北方の騎士達が大混乱…つまり、私達はまたお留守番だね」


「あぁもう!なんでいつもこうなるのよ!?」



またサンサラに火がついてしまった…


まぁまぁ、とあやすナスターシャ…その2人を見ながら、考えを巡らせる



(カナタさんは…この時期にシオンさんやペトラさん、マウラさんの3人と同時に学院から離れている。カラナックでの戦闘痕…あの地域に攻撃魔法を多用する魔物は居ませんわ。ましてや深夜…そんな時間に外に出ている魔法使いも基本居ない…ならば、考えられるのは1つ…夜の魔物を恐れない訪問者が現れた。そんな相手は魔神族以外あり得ない、そして相手が魔神族なら…戦闘は間違い無くカナタさんが迎え打った事になる)



夜行性の魔物は昼間の魔物よりも脅威だ


夜の闇に紛れて相手を襲う…奇襲性が高く、突然襲われて殺されてしまうリスクが高い


故に、まず夜半に街の外を出歩く間抜けは居ない


攻撃魔法による爆発…と考えれば必ず術者が居る


ならば、術者は魔物に対して使った?


答えはNOだ


そんな街から見える勢いの大爆発を起こす魔法なんて、あの地域の魔物に対して使うならばオーバーキルを良いところだ


つまり…術者は魔物を意に返さない存在…そんなのは魔神族以外に居はしない


そして、魔神族が来る理由がカラナックにはある…そう、ジュッカロ魔棲帯にある四魔龍の封印が…


そして、封印を狙われて動くのは当然……



(この考えが正しければカナタさんはカラナックに滞在してる…。そして、もしカラナック滞在が封印の防衛以外にあるとすれば…それは武争祭以外にあり得ませんわね。この時期のカラナックに訪れる理由など…恐らく3人の修行や腕試しの為に訪れたのでしょうか?それともオマケは武争祭の方か…)



これまで、カナタと接してきて、そして交流をしてきた3人の少女との関係や行動パターンなんかを考えれば自ずとその発想に辿り着く


ラウラはこれを好機と捉えた


ここで、カナタとの接触を計る


2人には申し訳ないが…この瞬間だけは自分だけで行いたいのだ



(待っていて下さい、カナタさん…)



今、聖女が動き出す


焦がれた想いの、その先へ進む為に



ーーー



「フリーの野良試合?…なんだそれは。それも武争祭に関係しておるのか?」


「らしいぞ?なんでも、ウォーミングアップとか相手との力量を測るとか…後は賭だな。武争祭は普通に選手によって勝敗の賭が行われてるみたいでな、それの前調査とかで出場選手に見切りを付けるみたいだ」


「うぅむ…良くも悪くも見世物だのぅ。ま、見られる方が選手もモチベーションが上がる、というものか」


「選手からすれば注目されてなんぼ、という感じでしょうしね。むしろ名を馳せるなら有名にならないと意味がありませんから、そういうのを強める為の風習なのでしょうか」


「…あんまり見られるの……得意じゃない……。…気が散るよ……?」


「ま、それも修練の内だ、マウラ。見られてたら本気出せません、ってのは通じないからな」


「…むぅ……頑張る…っ」



カラナックの通り歩きながら話すカナタがそのイベントについて話していた


それは…今も街中の様々な所で行われている仮設リングでの腕試しにあった


武争祭までの1ヶ月間、街に所々に設置された簡易的な試合場が設けられ、そこで出場者や腕自慢が肩慣らしや敵情視察という目的で練習試合が行えるようになっていた


ここで更に名を売っておき、ウォーミングアップを行いつつ、出場者の得意技等を見定める…賭けを行うものは本番前に有望な選手を見定める


そんな意味合いも込めて、街の様々な場所にこのようなリングが作られているのだ


リングとは言っても、木製の太い柵を四角形に組み上げたような簡素で丈夫なだけの物であり、基本的に使用に制限は無く…入場は無料だが、負けて退場する時には使用料が必要になっている


勝ち続ければそれだけお得に戦えるが、逆に自分の戦闘スタイルを知らせる事にも繋がる…逆に、勝ち続けても入場料を払えば好きなタイミングで退場が出来る仕組みになっていた


ここに加えて、戦う者達は個人的に互いに何かを賭ける事が多く、夕飯を賭けたり金を賭けたりと、色々な勝利へのモチベーションを互いに高め合う…


そんな少しアンダーグラウンドな所も、このカラナックの荒荒しい魅力の1つとなっていた


「って訳で、とりあえ腕試しにやってみたらいいと思ってな。これでもざっと、周りの腕前が分かるだろし…あ、無茶な賭けはすんなよ?」


「分かっておる。…それ、飛び入りで入っても良いのか?なかなかに入り辛いものがあるのだが…」


「んー…調べた感じ、飛び入り大歓迎っぽい。ま、喧嘩祭りとでも思えばいいんじゃないか?小銭さえ持ってれば出入りは自由に出来るらしいからさ」


「まぁ、場合によっては加減もしないといけないかもしれませんから、ここで少し試してみないといけませんね」


「あんま舐めてかかんなよ?それで負けても知らないぞ?」


「むっ…負けないっ……全部勝つ…っ!」



試しに一角に設けられた仮設リングへと近寄って観戦に入る一行


木柵の中では上裸の大男と相撲取りのような肥満体の大男が取っ組み合って押し合い、殴り合いのまさに喧嘩のような戦いを繰り広げてるまっ最中だ


周囲の観客もそんなぶつかり合いにやいのやいのと声援を投げ掛ける


付近には剣のマークにバッテンが上塗りされた看板と拳のマークの看板が立っているのを見るに、このリングでは武器の仕様は厳禁、素手による格闘戦を行うリングというルールのようだ


とても分かりやすい


どうやら強化魔法まで使用しての壮絶な殴り合いに発展しているらしく、口から血を流し、額を切って血を流し…そんな迫力満点の戦いに観衆も大盛りあがりだ


かなり限界スレスレの、無法と紙一重のように見えるが、リングを囲むように数名のキチッとしたスーツ風の同じ姿に係員が監視をしているようで、行き過ぎた行為は咎められるようだ



「ぐぉあぁっ!!」


「はっはーッ!また俺様の勝ちだ!これで14連勝!この鉄拳のバゼレス様を覚えておけお前ら!次の武争祭は俺様の時代になるぞォ!!」


ちょうど、肥満体の大男が上裸の筋肉モリモリの大男に顎を横から殴り飛ばされ、地に沈んだところだった


歓声が鳴り響く中で両拳を天に掲げて吼える大男にカナタも「おぉ…筋肉マッチョマン、すげぇ」と何やら違う部分に感動している様子…


どうやらその男はこのリングで14人に対戦相手を叩き出しているらしく、なかなかに戦績としては良いものを持っているようだ


人呼んで……鉄拳のバゼレス!…らしい


こうした名乗りも、名を馳せるには重要らしく、彼が特別な訳では無い


殴り飛ばされて気を失ったもう一人の男が係の者に引き摺られるようにしてリングから連れ出されると、我こそは勝者だと言わんばかりのパフォーマンス


「なかなかに荒っぽい…ですが、お上品なだけの戦いなんてお呼びではありませんからね。では、カナタ…行って来ます」


「おう、気を付けておいで」


「速いなシオン!?我、ちょっと行くの勇気必要なのだがっ」


「まぁ、こういうのは怖がっていても仕方がありませんからね。行くだけ行きます。女は度胸、というヤツです」


そう言っていつもの大人びたクールな雰囲気をののままに、シオンが涼し気なノースリーブカッターシャツに涼し気なライトブラウンのハーフパンツというちょっと露出多めの出で立ちで、人混みを掻き分けてリングへと進み出ていく…







リングの中では先程戦っていたバゼレスという大男が次の挑戦者を観衆を睥睨するように待つ中、そんな中から…木柵をぴょんっ、と飛び越えてリングの中に入ってきた少女を見て目を丸くした


いや、周りで見ていた者達も、目をまんまるにひん剥いた


明らかに…その少女は戦いに縁がありそうには見えないからだ


ピンと尖った耳はエルフを表す特徴だが、そこではない


まるで森の妖精のような美しい少女だからだ


火よりも紅い真紅の髪をセミショート気味にしており、その理知的な光が宿る目を眼鏡で覆う…まるで図書館に座っていそうな雰囲気を纏いながらも…


袖無しのボタンシャツから伸びるしなやかな腕、ぴったりとしたシャツ故に丸分かりになる体のライン…しっか。括れた腰元とグンッ、と、突き出した存在感抜群の胸、膝上までのパンツから形の良い尻が垣間見え、そこから伸びる脚のなんと艶めかしいことか…


そんな目の覚める美少女が、まさかの戦うための場所に悠然と現れたのだ



思わず見惚れるのも無理はなかった



「おう、嬢ちゃん…ここがどんな場所が分かって来てんだな?悪いがな、俺様は女やガキでも手加減するような奴じゃねぇのよ」


「えぇ、勿論そのつもりです。自分の力を、試しに来ましたから」



言い淀むことなく、恐れを見せずに凛とした視線が正面からバゼレスを見据える


にやり、と笑った



「おもしれぇな嬢ちゃん。…どうだ?俺達の勝敗で賭けでもしてみねぇか?」


「…面白そうですね。何を賭けましょうか?」


「簡単に呑んでいいのかぁ…?そうだな…嬢ちゃんが勝ったら言う事を何でも聞いてやるよ。金でも何でも好きにしろ。でも、俺が勝った時は…くっくっ、随分と美人ちゃんだからなぁ、体もいい…そん時ゃたぁっぷり……」



バゼレスが、賭けを持ち込んだ


選手同士の賭け…勝敗でお互い賭けたものを得られる…これはただの口約束ではない


側で見ている運営の監督官がその賭け内容を記録し、守らなければかなりの罰金を支払わなければならない事になっている


そして…女性選手は当然だが、この賭けには注意しなければならないのは当然だった


特に…彼女のような見目麗しい者は、男選手からの性的な賭けの対象…要するに、体を求められる事が多いからだ


分かってきている女性が殆どとは言え、中には涙を呑んで体を勝者に貪られる者も多い…中には望まぬ命を宿してカラナックを出る者すら少なくない、まさしく…出場するからには心身を賭けなければならない危険なルール


酷い時は見せしめとしてその場で…なんてことも過去にはあった


そんな賭けを安受けするようなシオンの言葉に、バゼレスが口をにやり、と歪ませた


まるで、思い通りにことが進んでいるのを、確信しているかのように…ぐっ、と持ち前の巨体と筋肉を構えさせ、その要求をシオンへと押し付けた









「俺様と!この後一緒にお昼ご飯だァ!俺様の行き付けの店で、腹一杯になるまで付き合ってもらうぜェッ!」







がっくーんっ!



観衆の中で、カナタとペトラが同時に躓いたようにずっこけた






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【後書き】


「「シオンの敗北お持ち帰りネトラレえっち展開は!?」」


「元からありませんがっ!?ペトラもマウラも何を期待してるんですか!?そんな物騒な展開は存在しません!」


「いやいや、どう見てもそんな流れだったぞ?そうだな………舐めてかかった筋肉ダルマ相手に意気揚々と戦いを始め…成す術無く地に伏すシオンは男に顎を掴まれながらを、きっ、と強く睨み返し…」


「…『くっ…は、離しなさい!私はまだ負けてなど…っいませんっ!勝ってカナタのところに…戻らないとっ…!』」


「もはやその身を賭けてしまったシオンに逃れる方法は無くっ、安宿に連れ込まれ対戦相手の男にベッド上で組み伏せられ、その衣服を剥ぎ取られ…!」


「…『や、止めなさいっ!それはっ、カナタだけの…!だ、駄目ですっ!それだけは…いやぁっ!』」


「抵抗も虚しくっ、抑え込まれながらまるで己の女のように貫かれたシオンは涙を流しながら、その身に男の欲望を叩き付けられて、そして一言っ!」


「…『ごめん、なさいっ…カナタぁっ…!カナタ以外のが…っ奥まで、入って…っ!くっぅ……!』」


「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってくださいなんですかその碌でも無いシナリオの寸劇は!?というかマウラは私の声真似上手すぎませんかっ!?録音でも聞いてたみたいでしたがっ!?」




「(ガクガク…ぶくぶくぶく…)」


「カナタさん!?い、いけませんわ…!カナタさんが突然目の前で始まったシオンさん(cvマウラ・クラーガス)のボイス付きネトラレイメージシナリオを叩き付けられて完全に脳が破壊されてますわよ!?」


「なんてことをっ!?し、しっかりしてくださいカナタ!こんな訳分からないイメージで気を失わないで下さい!?私は、私はここに居ますっ!」


「…『カナタ…悔しいのにっ、私…あの筋肉さんの方がっ…凄く良くて…っ!どうにかなってしまいそ…』」


「(ビクビクっ……ブルブルッ…ガクンガクンっ…)」


「マウラぁ!?か、カナタの脳を私に激似の声で攻撃するのはやめてください!と言うかどこからそんなそっくりな声出せてるんですか!?あと乱れた吐息とか息遣いまで再現しないで下さい!恥ずかしいですっ!」


「いけませんわね…このままではカナタさんが帰ってこれなくなってしまいますわ…。さぁ、カナタさん、このヘッドホンをしてくださいまし。少し恥ずかしいですが…仕方ありません…。カナタさんを癒やす為に………今から私の生声で「聖女純愛らぶらぶえっちネトラレ主人公慰め展開」の生ボイスをこの場でお届けさせていただきますわっ」


「ズルっ!ズルですラウラさんっ!そ、そんな事したらカナタの中で私が戻らないヒロインになってしまいますっ!?あっ、ちょっと、ダメですっ!そのASMRマイクを離してくださいっ!絶対にっ…絶対にやらせませんんんんんんんんんっっっ!!」




「…のぅ、マウラ。思ったのだが…これ、我らも試合する流れ、あるだろう?」


「ん……あるね…」


「シオンは当たりを引いたな?」


「…安全なマッチョさんだった…」


「…………我らは?」


「……確率的に…ほぼ間違い無く…マジモンの性欲魔人的な下衆男を…どっちかが引く…」


「…我、嫌なんだが…」


「…任せて、ペトラ…私は、ペトラの声も完コピの女…!…どんなシチュでも再現可能…!」


「なんてどデカいブーメランを投げてしまったのだ我は!?」

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