第68話 墓守へ問う


「…出たな、先輩。どっから聞いてた?」


『うわ、この慌て無さ見てよ蒼炎。これ幽霊目の前にした日本人の反応じゃないわよ?』


『当たり前だろ、夢幻…。まぁこれで腰抜かしてビビられても面白かったけどな』


「おい、機嫌がわりぃんだ…要件を言え。随分と巫山戯たこと言ってたけど…まさかそれを言いに来たのか?」


額に手を当てたままのカナタが大きく顔を向けること無く、視線だけをその方向へと向ける


その先に居たのは、ラフなパーカーとジーンズ姿に茶髪の青年と短い黒髪をヘアピンで留めた制服姿の少女の姿…しかしそれは淡く光ながらも向こうの景色が透けて見えている


その二人の姿が、まるでカナタから近くの棺に腰を掛けて寄りかかるようにしてこちらを見ていた


カナタはその2つの姿に見覚えがあった


と言っても、会ったことがあるわけではない…調べていた中にその顔があるのだ


そう…『歴代全勇者に関する情報記録』と称した調査の中に…歴代勇者として、その二人の姿は載っている


当然……生きている筈もない


『だろうな…要件はまさにそれだ。今俺が言った通り、あの子達が心配なんだろ?落ち着いて考えろ、この世で一番安全な場所はどこだ?』


「既に何箇所かシェルターを造ってある。特級儀式魔法の一撃にも絶えれる防御力と2ヶ月間の生存が可能な物資が保管されてる。そこなら安全だ」


『そうじゃないでしょ、黒鉄。あの子達にとって一番安全な場所よ?さっき言ったと思うけど、あんたの隣より安全な場所なんてこの世界の何処にあるのよ?』


「だからその為の場所を造ってあるって言ってんだよ!あいつらの肩持ちしたいみたいだが答えは「NO」だ!俺が造った家ならそう誰も近寄れねぇし破壊も難しい!1度中に入ればそう手出しなんざ…」


言葉を荒立てるカナタは苛立ちを隠そうともせずに語気を強めてその少女の霊…かつて夢幻の勇者と謳われたカイユリエを睨みつける


2人のその声が、あの3人をあえて危険に晒そうとしているかのようで、それがどうにも癪に障ったのだ


しかし、声を大にしたのはカナタだけではなかった…それに怯むこと無く、むしろ被せる勢いで声を上げたのはカイユリエの方である


『ち、が、うッ!じゃあアンタ!監視カメラ付きのガチガチの檻に入った虎の子と、でっかい母虎が牙剥き出しでお腹の下に匿ってる虎の子、どっちが怪我せず手出しやすいと思うのよ!?どっちが安全に連れ去れるって思う!?』


『そういうことだ、黒鉄。見てきたから分かる…お前の造ってきたモノはとんでも無い代物ばかりだ。けどな…どんな兵器よりを敵に回した時よりも、お前の側程厄介な場所なんて無いぞ』


相槌を打つ傍らの青年…蒼炎の勇者と呼ばれたシマダヨシヤとその言葉に隠す気の無い舌打ちをするカナタ


腹立たしいが理屈は分かる


しかし、どう考えても安全な現場ではない


いかに守る上での条件が良いとしても、それを上回る危険の戦火がスコールのように飛び交う戦場と化すのは目に見えている


ましてや自分の創り出した兵器が地上を焼き払うのだ、戦場に彼女達を置いておけばどんなに3人を傷付けないようにプログラムさせていても限界がある


カナタの案では現在、3方面作戦の方向で用意をしている



1つ、ジュッカロに押し寄せグラニアスを確保しようとする魔物の軍勢を率いる魔神族に対する防衛戦


ジュッカロ周辺は大規模な戦力を展開している上に転移位置を撹乱する結界を敷いている。それを押し通して転移したとしても、ガン待ちさせた兵器の一斉掃射で転移直後に吹き飛ばしてしまえるのだ


故に、まず転移では乗り込んで来ない…いや、乗り込んで来てはくれないだろう


つまり、戦力を充てるならば転移可能距離に戦力を集めてからの直接侵攻あるのみ


それを抑え込む為の防衛戦だ



1つ、侵攻する魔物がカラナックに流れる際の、街そのものの防衛戦


いかに魔物を使役していると言えども、本能で動く魔物のある程度は人間の街を襲いに来る


カラナックに防衛力があるのは確かだが、今回の侵攻は恐らく過去にも類を見ない規模の可能性があるのを考えれば、街そのものを守る戦力が必要になる


その為の防衛戦…



そして…



1つ、グラニアス殲滅に動く自分と、それを阻止する魔将達精鋭部隊にグラニアス本体との正面衝突


既に鳥型魔物が王の復活を予感してカラナックに集まって来ている


その取り巻きを殲滅する為の特別な魔導兵器戦力を、ジュッカロの森とその周辺に集結させている…この戦力と魔将率いる魔神族と魔物達の精鋭との決戦


先の2つはこの戦いが決するまでの時間稼ぎ


防衛戦ではなく、完全な殲滅戦



この3つの戦いが、恐らく同時に発生するとカナタは想定している


魔物は大規模攻撃で巻き込む可能性が高い…この2人の言を上げるなら自分の側に置いておくのが安全と言うのだが、それはつまり…



魔将とグラニアスとの大激突に、完全に巻き込む事を意味している



そこに連れて行く…?



「…あり得ないだろ。いや、ないない…最悪のパターンどんだけ考えられるんだか…。勇者なら分かってんだろ?特に蒼炎…あんたは四魔龍との戦いで命を落とした筈だ、どんだけ面倒くせぇ奴らか知ってんだろ?」


『…確かにな。お前の言い分は最もだ。四魔龍相手に手勢を連れて行くのは悪手、喪いたくない者は全て置いて行くのが基本だ。でもな、黒鉄…それは「俺達」の話だ。お前は訳が違う』


『そ。失っても問題ない手勢を率いる事が出来る…この時点で同伴者を狙われるリスクはかなり低くなるのよ。そもそも、考えても見なさい…目の前に最強の勇者が居るのに他のターゲットに気を配るなんて出来る?はっきり言うわよ、黒鉄を無視して他を狙うなんてアイツらに出来る訳がないの。アンタが最大のデコイなのよ』


『そして、もしも黒鉄以外に魔将とグラニアスが気を取られたならその時は…』


「…………」



無言…目を細めてその戦法の実用性に思考を巡らせる


可能か、不可能か…ほかの戦法とどちらがより安全か…


確かにその理屈ならば、不可能だとは言い切れない


自分に釘付けにする…自分から目を離せばどうなるのかは散々教えこんできたのだ。確かに…三魔将が自分を放置して少女達を狙いに来るかと言われれば…彼女達が臨戦態勢ならば即殺害は無いだろう、その理屈は通る


油断していなければ、いかに三魔将と言えども今の彼女達が本気で構えていれば瞬殺はあり得ない


そして、その瞬間の隙があれば…



「…俺なら始末出来るって?…けどな、危険に変わりはない。理屈は分かるがそもそも魔将だの魔龍だのの前に立たせること自体がハイリスクだ。…向こうが一極して3人を狙い始めたら流石に守り切れない」


『お前の兵器群のプレッシャーがあれば問題無いんじゃないのか?特にグラニアス…奴には随分と特別製を呼び集めてるだろ。あのクソバードはそれで抑え込めるはずだ…いや、殺す為の兵器も用意してんだろ?』


「そこまで知ってんのかよ…」



げんなりしながら半透明の人陰…蒼炎の勇者シマダヨシヤを見るカナタ


完全に知っているような口振りには流石に表情を苦々しく変え、一体どこからどうやって見ていたのやら…と頭を抱えたくなった



『それに……あの子達があんなに覚悟見せてるのよ?黒鉄もそれに応えるべきなんじゃない?』


「応えるも何も…命賭けるような覚悟には応えらんねぇよ」


『違うわよ。あの子達はね、「勇者ジンドウカナタ」に着いていく覚悟を決めたの。どんな道でもね。それに応えるなら…意地でも引っ張って行きなさい。男の甲斐性見せて、全部丸ごと面倒見るのよ。それとも、あんなに覚悟見せられたのに日和ってお留守番させるの?』


半透明の少女、夢幻の勇者カイユリエの言葉はやけに頭の中にこびりつく

 

今までにない、女の視点から指摘された自分と彼女たちの画…「そう来たか…」と頭を抱えるカナタは、それが挑発だということには気が付いていた


客観的に見られ、さらに勇者としての経験も持つ彼らとの会話は少しばかり分が悪い


『黒鉄。戦法は簡単だ、分かってるだろうが…』


「…3人を即カバー可能な距離でひたすら攻めに回る、だろ?」


『あぁ。あの鎧を着たお前は意味不明の硬さと理解不能の速さと巫山戯たパワーとイカれた中遠距離火力を持つ、ゲームなら調整ミスを疑うレベルのバケモンだ。その強みを押し付けろ、黒鉄以外の対処なんて考えもできないくらいにな』


ふんっ…と鼻息をたてるカナタだが、カナタもその発想にすぐ辿り着ける程度には…その理屈が成り立つならば実行の余地はある…そう思っていた


今語られた自分への評価は少々ツッコみたいところではあるが…


何よりも、ペトラ達の要望を無視したい訳ではないのだ


当然、離れていれば自分だって心配だ


近くに居てくれれば安心だし、どれだけ心強いか…


普段は気丈なペトラがあそこまで身を案じて気を動転させていたのだ…それほど心配してくれることがどれ程嬉しかったか…


『なぁ、黒鉄。俺達はこの世界の理不尽に殺された…。でもな、今この世界で最大最強の理不尽は。頼む…俺達勇者が出来なかったを見せてくれ』


『私達にだって恨み辛みはあるんだから。でも、黒鉄が全部壊して前に進む姿を見てると無性に嬉しいのよ。これが、これが私達…地球から来た勇者なんだ…そうやって思わせてくれる。ねぇ、黒鉄…ヒロイン3人くらい、纏めて救えるってとこ見せなさいよ』


この2人が死に際に何を思ったのかは分からない


きっとこの世界への呪いを吐いて息絶えたのだろうか、それとも…未来への希望を叫んで倒れたのだろうか…


今の二人の言葉からは、どこか哀愁と切望と…執念が垣間見えた


それを…切って捨てられる程、カナタも人間捨ててはいないのだ


「…その言い方は卑怯だろ。勇者のすることじゃねぇよ」



苦笑気味なカナタの言葉に、悪戯に笑いながら彼らは徐々に姿を消していく


まるで、言いたいことはもう言った…カナタがどうするのか、そんな事はもう、分かっているとでも言うように



『当たり前だろ?』『だってさ…』



その言葉は、示し合わせたようにぴったりと合わさって…まるで勇者達の総意かのようにも聞こえるくらいに……言い切った




『『今の勇者は、黒鉄なんだから』』




フワリ、と光が空間に溶けるようにして、二人の姿は掻き消える


つい先程の3人分の喧騒が嘘のように消え去り沈黙が、この場に再来した


だが…先程とは少し違う


ふぅ…と息を吐いて気持ちの整理を付ける



(覚悟…覚悟ね。そう…もしかして足りなかったのは俺の方か…。勇者と知って自分に着いてきてくれると喜びながら…勇者として共に歩ませる覚悟はしてなかった、か…)



未だ、防御の中に匿う択は捨てきれない…しかし、3人が着いてきてくれると言うのならば…やれるだけの事はやるべきだ


カナタの中で…何かの枷が壊れた  



『マスター、いかがなさいますか?』


「………『ブラスター』シリーズを動かす。この際自棄だ、もっと温存する気だったんだけどな…イクシオン、スフィアードには他の魔神族を当たらせる。3人の護衛は交代だ……『ブラスター・ジョーカー』を三機付けろ」


『了解しました、やる気ですねマスター。しかし、ブラスターシリーズ…特に『ジョーカー』は全工程をマスターの手造りでしか製造出来ません。現在、数が整っていない最新鋭機体です。その三機も、試験全行程が終わったばかりの三機中の三機ですが…』


「壊す気で使え、温存せずに…三人を守る為なら破壊されても構わない。…ま、完全に壊されると今後に響くけどな。カラーリングを各機とも赤、青、緑に一部変更しとけ。各種固有武装はまだ試験段階だからな……基本装備だけでいい、念入りに点検しとけ」



ーーあれ作んの面倒くせぇんだよ…


相棒の声にカナタのやれやれ、と言った溜息が漏れる


だが、もはや迷うことはない


かかっているのは己にとって最高の存在の安全だ

 


だからこそ、カナタが持つ作品の中で固有名を与えられていない兵器…精鋭機スフィアード、イクシオンシリーズが存在する中、最強を誇る機体群…



『ブラスターシリーズ』


その『ブラスター』を冠する機体の中でも最強の機体にして、現在三機しか正式にロールアウトしていない最新機…量産体制を数多整えるカナタが極わずか、己の手造りによって0から作り上げなければ生産不可能なフルハンドメイドの超高性能決戦型汎用戦闘機兵


『ブラスター・ジョーカー』の全機投入を決定する


立ち上がり、歩き出す…彼女達の元へ向けて


彼女達を想った結果とは言え…3人に、特に泣かせてしまったペトラには、謝らないといけないのだから






ーーー



【side シオン・エーデライト】



「ほら、ペトラ。あんまり悪いことばかり考えないで下さい。カナタがそう簡単にやられると思ってるんですか?」


「ち、がう…っ。そう言いたい訳ではないっ!しかしっ…心配するなと言うのが無理な話なのだ!見たかあの骸の惨たらしい傷跡っ……あ、あれが相手なのだぞ!?同じ勇者があんな目に遭っておるのに…っ……あの魔将も加わって、それを1人で迎え撃つと言っているんだ、あやつはっ!」


「それは……」


「…でも……カナタは無理な戦いはしないと思う…。…カナタ……ずっと色んな計画立ててる…故郷に帰る為だって…だから……勝ち目がない事はしないよ……?」


「だがっ……!我はっ…不安で、心配で……押し潰されそうになってしまう…。側に居たい…共に戦いたい…力を添えたい…っ!1人で行かないで欲しいのだ…!」


「私だって同じです…。でも、カナタも同じ事を考えていました。多分、カナタも私達に…側に居て欲しかったけど、不安だったんです。共に戦って、力を借りて何かあったら…その不安と心配で、カナタは押し潰されそうになってたんだと思います。だから、ペトラに泣いてまで言われても、首を縦に振らなかった…」



ぺたん、と柔らかな草葉に座り込んだペトラを両サイドから挟んで肩を寄せ合うようにして寄り添うシオンとマウラ


目を赤く腫らしたペトラは鼻を鳴らしながら涙を拭い、いつもの強く大人びた雰囲気ではなく不安に揺れる一人の少女として、心内を溢していた


カラナックの熱い風から、森の中は涼しく柔らかな微風へと変わっており、3人の髪をさらさらと揺らす


ーー私も、ペトラの不安は身に沁みるように分かります。同じ不安が、当然私にもありますから


けど…カナタの気持ちも分かってしまうんです


失うことへの恐怖…特に、側で力及ばず、守り切れず…その恐怖はきっと、奈落の底に沈むような底知れない絶望があるのだ…と


彼がここまで念を押すという事は…今の私達では本当に危険、当たり前のように命の危険が付き纏うという事に他ならない


それもその筈


敵は数多の国々を滅ぼし21人の勇者を惨殺した最強の魔物の1つ、魔鳥龍グラニアス


そして出逢えば死を意味するとまで言われた魔神族を統率する最強の魔神族、三魔将


これが同時に襲い掛かってくる


明らかに…私達には早いステージの戦いになるのは目に見えていた


魔将が出る程、魔神族が本気ならば…きっと魔物や魔神族の兵が大勢現れる。敵方の視点から見れば当然…どうにかしてグラニアスを開放したいならば大戦力をつぎ込むのは必定です



問題は……カナタの方です


学院の襲撃に際して現れたカナタの魔導兵器…


勇者ジンドーの伝説には、無数の鋼鉄の機兵を率いて戦ったーーそう言われているならば、間違いなくカナタは自分で創り出した兵団を大量に投入する…


そうなるとどうなるか…?



私達が魔物や魔神族の相手をしてカナタの助力になる……そう言いはしたものの、この予想が正しければそもそも地上と空中は…カナタの魔導兵器の兵団と魔物、魔神族の軍勢が激突する大戦争になる


そうなればもはや、私達がどうにか割り込めるような戦いではない…下手すればカナタの魔導兵器に巻き込まれる、または私達が巻き込む可能性がある。きっとカナタはこれを考えていたんだと思います


なら、魔導兵器が少ない戦いに参戦するのか…


しかしそれはグラニアスと魔将、そしてカナタが衝突する決戦のど真ん中を意味する



一緒に居させて…本当にそう言っていいのですか…?



「退くべき…なんでしょうか…」


「なっ…!シオンそれはっ…」


「だって!……私達を守る為にカナタが怪我をするなんてことがあったら…っ私はその方が耐えられません!私は…私達は覚悟しました、けど!それはっ…私達だけです…。カナタからしたら、守るものを連れて危険に挑まなければいけない。カナタは優しいです…もしかすると、私達を守る方を優先するかもしれません…なら、その結果戦いに負けたら?グラニアスに逃げられたら?カナタがそのせいで致命傷でも負ったらどうしますか!?」



その最悪の可能性に、腹の底から胸の芯まで凍り付く


芋蔓式に一つの不安が次々と大きな物へと繋がっていき、最悪の想像まで繋がってしまう


ペトラの言葉に被さる程…声も大きくなってしまった


何が正解なのか分からない…着いて行っても、退いても心が苦しい…


足を引っ張らないつもりでここまで着いてきました…けれど…!それがカナタにとって都合が悪かったら意味がない!何かの足しにさえなれば、なんて思っていたのに…こんなに…無力を感じるなんて……



ーービリビリッ



「あたっ!?」「痛っ!?」



突然、肩を寄せてるペトラから瑠璃色の稲妻が流れてきて思わず体を跳ねさせた


ペトラも同じく、素っ頓狂な声を上げて驚いておりその発生源をまじまじと見つめている



「んっ…2人共落ち着いて………。…さっきから……変な事考え過ぎ……泣かない、怒鳴らない、考えない………いい……?」



マウラがじっとりと、しかしいつもより強く真っ直ぐな目線で私達を見ていた


その目は私やペトラのように…揺れていない



「……私、カナタの脚引っ張った……魔将って女の人と戦ってたカナタの……私が居なければ…ちゃんと倒せてたのに…私を守る為に体張って…それで逃がしちゃった……。…悔しくて、沢山泣いて……でも…それでも私はっ…カナタに着いていくって決めた…っ!…ペトラ、縋っちゃダメっ…シオン、押し負けたらダメっ…!」



その言葉が、いやに心の中に入ってくる


一度、この挫折を味わったマウラの言葉は力強く、何も迷うことなく、怯えることも無い


なぜ、そこまで強く考えられるか…



「…カナタはこういう時の為に……沢山の事を教えてくれた…。…魔将とか魔龍とか…倒す手伝いじゃなくて良い…カナタが戦い易くなる為に、私行くよ…っ。…そこには…「すぐ逃げる」…っていうのも…ちゃんと入ってる…。…一度失敗しちゃったから……もう、絶対に同じ事はしない…っ」



ーーそっか、マウラは…一度やってしまったから


だからこんなに、強く立ち上がっている…どうすればいいのか、何がダメなのかのビジョンがしっかり頭に入ってる


こうしないといけない、こうなったらダメ、ならこうすれば良い…それが明確にイメージ出来ている


だから…漫然と「足手纏になったら…」「もし彼が傷付いたら…」と不安だけを材料に判断してる私とペトラよりも、こんなに…強く見えるんだ



「…絶対に…出来ることはあるよ、シオン……。……カナタがやられるの想像できる、ペトラ……?……信じて、着いて行って、やれることをやる…やれないことはやらない…ほら、とっても簡単…っ」



ぎゅっ、と一番小柄なマウラが私達2人を抱き締める…力強く、その抱擁がとても心強くて…その暖かさが不安に凍えた体を溶かしてくれるみたいで



「…ごめんなさい、マウラ…。その…こんな事を言うつもりじゃなかったんですが…つい…」


「す、すまん……いや、そなたの言う通りだ…。膝を付いて「頼む」などと…縋るような真似はせんときめておったのにな…。…ちと…動転しておった…」


ざわついていた心が落ち着きを取り戻していく…ペトラもしゅん、としながらも先程のような乱し方はしていなかった


耳元で囁かれる満足そうな「…んっ」というマウラの声が心地良い


カナタとの距離がさらに近くなったからこそ…こんなにも良くない可能性ばかりに気を取られてしまうのは、きっとカナタも同じだったんだと容易に想像ができてしまう



「…私達、どこまで通用するんでしょうか…。正直、人の中ではかなり強い部類…と思って良いと感じていました。素のカナタを倒せる…それだけでも良い方だって…。でも、カナタを…いえ、勇者と魔神族を見ているとそれが分からなくなります…」


「今ならば…あの魔将の弟子とやらには負けん。…そう言い切ってやりたいところだがな…彼奴らも強くなっておろう、油断は禁物だ。カナタを見てるとな…強さの天井がどんどん上に上がっていって、少しずつ手が届かなくなる…そんな気がしておる」


「言えてます。まず間違いなく、前会った時の魔将の弟子なら倒せますが…まぁ、「弟子」と言うからには成長しているのは間違い無いでしょうし、これは考えない方がいいですね…」



あの日、ユカレストの山で出逢った魔神族


魔将ギデオンとその弟子と言う二人の青年魔神族のことを思い出す


ーーあの時は力勝負で押し負けてしまいましたね…でも、今ならばあんな結果にはさせません



「……どれくらい強いか……んっ…そうだ……大会、あるよね…?」


「大会?…あぁ、武争祭のことか。確かに腕試しでエントリーしたが…あぁ、そうか!そうだな…良い機会ではないか!」


「ペトラ?」


「人の界隈でどのくらい強いのか…それを測るとっておきのチャンスがあったではないか!武争祭だ、シオン!世の負け知らずが集まる有数の大会…ここで3位から優勝を我等で独占する!そうなれば…」


「んっ……カナタも私達の力…少し信じてくれる…っ!」


「なるほど…ありですね」



そうです…確かにあの大会ならば強さの指標も分かりますし、何より強さを彼に示すことが出来る


私達を連れて行っても最低限の事が出来ると見せつけてやれば…それに、人の大会で頂点を独占出来るなら魔神族との戦いにも多少の自信が付くというものです


問題はカナタですが……






「まーた悪巧みしてんのか?」





「っ、カナタっ!ビックリしました…」


「うおっ…き、急に出てきたな…」



すぐ真後ろからこちらを覗き込むようにしてカナタがしゃがんでいるのに、全く気が付いていませんでした


ーー先程と違って少し落ち着いた様子…いや、それはこちらも同じかもしれませんね


カナタがどさり、とその場に腰を下ろして「ふぅ」と息を吐く…まるで気持ちを整えるかのように



「さて…あって事情が変わった。お前達に言った質問を変えさせてもらう…3人とも、軽い気持ちで応えないでな」



何が色々なのか…だが、先程との雰囲気の違いを見るとなにかあったのだろうか。あれ程の硬く考えていたカナタの考えを変える何かが…


私達の話を聞いていたから…ではないだろう


そして改まって、カナタは…その問いを掛けた







「…俺に、意地でも着いてこれるか?」








「んっ!」「勿論!」「当然!」


「いや答えんのはっや!?軽い気持ちで答えちゃダメってお兄さん言ったよね!?」


はっ!つ、つい反射的に答えてしまいました…


私は…確かに、私達を守る形でカナタに何かあるのは許せない…けれど、彼からこうして求められるならば是非もありません


カナタからそう言ってもらえたなら…物怖じして引き下がるなんて有り得ない


それはマウラとペトラも同じ事です


愚問というものですね


先程までの不安は…この言葉だけで吹き飛んでしまいました



「軽い気持ちで言う訳なかろう?我らはそなたと道を同じくする覚悟がある。むしろ…なぜここで心変わりをしたのか、聞かせてくれんか?」


「…ちょっと、貴重な意見が聞けてな。俺が考えもしなかった……いや、恐れたあまり考えようとしなかったプランだ。3人とも、いいか?着いてくるなら俺からの指示はたった1つだ…『基本的に俺から離れるな』それだけ守ってくれればいい」


「んっ!」「うむ!」「はい!」


「返事いいねキミたち!?しかも返事までの間に考える時間絶対無いねそれ!?」


即答…私達三人揃って丸被りの返答に「こ、これが覚悟なのか…!?」とよく分からない事を呟いているカナタ


カナタは夢想家ではない…こうして声を掛けてくれたならば、必ず何か実用的な目的と、無茶無謀を含まない安全策を用意してのことだと、私は思っています


つまり、それが…「カナタから離れるな」という一言に集約されているんだと思います


逆に、それさえ守れるならばカナタは「やり易い」という事です


それがわかった以上は…着いていくことを躊躇う必要はありません



「ま、まぁいいか…。それでな…その……悪かった。特にペトラ…別にあんな事を言わせる気はなかったんだけどな。結果的に泣かせたのは俺だ…ごめんな」

 

「よい、よいのだ。うむっ…心配してくれるカナタも素敵だが、今の不敵な顔のカナタも更に良いと思うぞっ?」


「えっ、不敵…?そ、そんな変な顔してる?」


「ふふっ、気付いてないんですか?カナタは今…すっごくゾクゾクするような、頼りになる表情をしてますよ?」


ぺたぺた、自分の顔を触って「うそん…」とぼやいているカナタだが…その変化は一目瞭然だった


不安に揺らされず、不明に動じず、己の力と築き上げてきたモノに絶対の信頼を置いている…何より、「やる」と決めたカナタの表情…


あの勇者達の墓場で見せた表情と比べるべくもない、目的の為の絶対の意思と不動の覚悟が顔に出ている…愛した男性のこんな顔見せられたら、着いていくしか無いじゃありませんか



「…カナタ……何すればいいの…?」



その中で、当然のように首を傾けてカナタに尋ねるマウラの姿を見て…彼は猫耳を巻き込むようにくしゃり、とその頭を撫でた


目を閉じてそれを気持ちよさそうに受けるマウラにカナタも「いい子だねぇ…」とおじいちゃんみたいに和んでいる…今回に関してはとてもその気持ちがわかります


「3つだ。ポイントは3つ…1つは魔将に対して圧をかけろ。俺が前で暴れ回る…俺からそう離れずに、3人でいつもみたいに連携を取りながら…ただし、絶対に欲は出すな。「魔将をやれる」…そう見えても徹底して圧をかける側に回ること」


「倒しにかからなくていいんですか?そう言うなら…私達の攻撃は魔将にも少なからず通じるんですよね?」


「あぁ、ちゃんと通る…それだけの力は、もう3人に備わってるよ。でも魔将相手にそれはダメだ、連中は魔神族最強の3人…ここぞという起死回生の手札を幾つか抱えてる。チャンス…そう思わされてるだけの可能性は大いにある」


ぴっ、と指を立てて説明に回るカナタの言葉に頷く


…それ程までに警戒しなければいけない相手ということ、もとよりあれだけ私達に近寄らせないようにしていたのだから当然といえば当然でしょうか



「2つ、グラニアスの相手はするな。回避を最優先、次点でいなせ。正面からの防御は可能な限り避けろ、いいな?特にシオン、ペトラ…2人は防御に回る場合が多い、気をつけてくれ」


「…避ければいいんだ……防いじゃだめなの…?」


「まず間違い無く。防げてもかなりのダメージを負う可能性が高い…そうなれば魔将にすぐ首を取られる。グラニアスは俺の軍が相手をする、魔導兵器だけで殺しきれればいいけど…無理でも弱らせさえすれば魔将の隙を見て俺が殺す」


「…それ程までの怪物か、グラニアスは」


「これでも、封印で弱らせきって出てきた事を考慮して言ってるからな。正真正銘、魔物の王だ。どんなに弱っててもその辺の級付けされた魔物とは次元が違う」



カナタを以てしてそこまで言わせる程の魔物…伝説上の怪物、魔鳥龍グラニアス…字面でしかその存在を知らない私には想像もつかない


あれ、そういえば…



「カナタ、少し気になったのですが…前回はどうやってグラニアスを倒したんですか?」


「え?あー…前はなぁ…」



そう、カナタは一度四魔龍を全て討伐しています


ならばどうやって倒したのか…それを参考にしてみれば多少は戦い方が…











「4670機の空中魔導兵器で取り囲んでちょっかいかけて誘導しながら地上から3500機の魔導兵器による対空砲で進路を制限してグラニアスの警戒範囲外370km先に用意した超遠距離狙撃用グランドストライク対怪物用極天波動砲ハイペリオン・スペリオルブラスター…通称『六式・武御雷タケミカヅチ』で撃ち落とした」




「…ん…?」「え?」「はい?」




ーーな、なんか意味分からない単語と理解し難い数字が沢山並んでいたような気がしますが…気の所為でしょうか?


しかもやり方が全く参考にならないような気が…



「えっと、カナタよ…その名前からして物騒極まりない兵器はもしかして今回も使ったりは…?」


「ははっ、安心しろってペトラ」


「は、はは…だな、そうだなカナタ!」


「俺が3年前と同じ程度の兵器でやると思うか?言いたいことは分かる、任せておけ…今回の一一式・武御雷ヒトヒトシキ・タケミカヅチ』は前回の六式の比じゃあないぞ?射線上に存在する物は物理魔法問わず問答無用で消滅だ」


「ちがぁぁぁぁぁぁぁうっ!?そっちではないカナタ!さらに物騒にしてどうするのだ!?そんなに破壊力必要なのか?」


「当たり前だろ、なに言ってんだペトラ?殺された歴代勇者の怒りを込めて…今度はチリも残さずにこの世から消し去ってくれるわ害鳥め…!」


「ひぇっ…れ、冷静じゃなさそうですペトラ!カナタが強い怒りに支配されてます!?」



目茶苦茶殺る気です!?


穏やかじゃない魔力がダダ漏れになってます!


確かにどう見ても因縁の敵でした…!前回の兵器も出鱈目にパワーアップさせてるみたいですし、これ私達大丈夫なんでしょうか!?


「……カナタっ、メっ…!」


フワフワフワ、スリスリスリ…


マウラがカナタの正面から首や頬にかけて己の猫耳のあたりを擦り付ける


カナタの口から「ぉ……ぉぉ……」と気の抜けた声が垂れ流しになりビリビリした怒気が風船を萎ませるように「ぷしゅん」と吹き消えていく…


す、すごい癒し効果です…私達では真似できません…



「こほん…まぁそんな感じで、グラニアスは俺が始末するから安心してくれ。さて、3つ目だが…」



あ、仕切り直しました


マウラがすっぽりとカナタの膝の上に収まって自然な動きで頭や尻尾をやわやわと撫でられているのは少し気になりますけど…


マウラのもふもふはカナタの精神安定効果が非常に高いみたいですね…



「『退け』の合図を出したら直ぐに逃げろ。この場合だけ、俺から距離を取れ。最悪、ジュッカロの森から脱出するんだ、いいな?」


「っ…それは…」


…その言葉は、先程ペトラが恐れた指示にも似ていた


けれど、カナタはその先の彼女の言葉を遮る



「分かってる。勿論、危ない時も合図はするけどな…問題は2つ、1つは俺が3人を巻き込みかねない大技を出す時だ。あんまり自慢みたいに言いたくないけど…死ぬぞ、側に居たら」



ぞわり、と震えました


黙って頷くしかありません…こういう時、彼が最強の勇者であることを改めて思い知ってしまう



「んで、もう1つ…さっき言った『一一式・武御雷ヒトヒトシキ・タケミカヅチ』が発射されたら文字通り、射線にあるモンは全部消し飛ぶ。タイミングにもよるけど恐らく…森ごとグラニアスを吹き飛ばさないといけない可能性がある」


「そんな威力があるなんて…それは開戦と同時には放てないんですか?例えば、グラニアスが封印を破った瞬間とかは…」


「無理だな。『一一式・武御雷ヒトヒトシキ・タケミカヅチ』は扱う魔力が莫大だ。発射可能になるまで魔力を龍脈から汲み上げるのには時間が必要になるし、それだけの魔力を長時間溜め込んだままにするのは難しい。グラニアスが出てくると分かった直前からチャージを始めても全面戦闘は避けられない」



やはりそう美味しい話は無さそうです


カナタからの話を要約するとだいたいの流れはこうです


1、敵軍勢をカナタの軍が迎撃しながら私達とカナタは魔将達本命を迎え撃つ


2、グラニアスが復活したら魔将達と戦闘をしつつ、魔将達を押し留め隙を作ってカナタがグラニアスを抹殺


3、それが叶わない場合、本命のチャージを終えた魔導大砲でグラニアスを抹殺。私達は即避難


補足…私達は3人一組で常に連携しながら戦い、魔将の撃破ではなく妨害を主とする。カナタの合図で即座に撤退を厳守


こういう事で合ってると思います




「ま、とは言え…取り敢えず、カラナックでの予定は変わらないよ。観光しつつ、武争祭で優勝を目指しつつ…修行を付ける。今までよりかなりキツく叩き上げるからな、気張れよ?」



カナタの表情が勝ち気な物に変わる


それもこれも…私達が生き残る為





これから1ヶ月あまりの間……カラナックでの生活が、この日を境に幕を開けたのです






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【後書き】



ここまで読んでいただき、ありがとうございます


未知広かなんです


毎度のことながら応援、コメント、☆、レビュー等、ありがとうございます


誤字修正も少し進めております


最近、近況ノートにも書きましたが1話から暫くの話数を書き直す…加筆修正をしないといけないのでは?と思い始めております


結構「いや、こうでしょ?」「ここってこうなるんじゃない?」みたいなお声もあって、そこに対する説明不足とか…あとは単純に初投稿作品なので初期は今より更に文が拙いのが大きいですね


ただ、心配なのは「後付けじゃーん、かなん君」って言われると怖いなぁ、と


まだ検討の段階ですが、もしかしたらいつの間にか文量が増えてたりするかもしれません


今後も良ければ是非、拙作を読んでやっていただきたいです



ーーー



「ずるくありませんか?マウラだけ猫耳と尻尾で可愛がってもらえるの。不平等だと思います」


「おぉっと、急に不穏な流れ来たな。それじゃあ俺はこの辺で…」


「むっ……不平等じゃない…っ…これは猫耳と尻尾を持つ者の特権っ……だよね、カナタ…っ?」


「よせ!この件で俺に振るのはやめるんだ!」


「確かに…普段から撫で撫でされておるのを見て我も思っていた…ズルい、と!」


「くっ…ここまでかぁ…!」


「そこでカナタ…もっと私のことを可愛がってもいいんですよ?そう…私も良い耳があるのです。さぁ、どうぞ。普段はちょっとひんやり、少しこりこりした手触り…自慢です、えぇ」


「ぬぅ…我、種族的なモノが紅い目しか無いぞ…」


「まぁ落ち着きなよ君達。そう…人の魅力はそれぞれさ。ということで、俺はちょっと用事を思い出し…」


「そうだな…カナタっ。我、結構…ボディラインには自信があってな…ど、どうだ?みるか?」


「どストレート!?あまりにも直球!それで癒やされたらもうしかないのよ!?」


「では、…しましょうか、カナタ」


「んっ……よーい…どんっ…」


「たっぷりと癒してくれるぞっ」


「あっちょっ……」




※カナタはこの後めっちゃ




………ちなみにには完全勝利した

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