第66話 箱入り聖女と箱入り勇者


「そのお話…私も一枚咬ませて貰えませんか?」



小柄な身体に白銀のサイドテールをふわり、と尻尾のように風に揺らしながらレルジェ教国の聖女の頂点に立つ少女…この世界にやってきた自分達に一番最初に顔を合わせた聖女、ルルエラ・ミュートリアは2人の勇者にそう言った


「…どういうつもりかしら?正直、今の話を聞いた時点で私の頭はあなたへの口封じしか考えが点かないのだけど?」


「そう仰るのも無理ない話です。勇者様…いえ、今はサギリ様、ヨウ様と呼ばせていただきます。初めに言わせていただきますと…私は敵ではありません。なので少しお話を…」


「それを判断するのは私達よ。ハッキリ言わせてもらうけど、レルジェの役職付きの要人なんて信用出来ないわ。…耀、行きましょ。この子にバレた時点で決行は今しかないわよ」


「…そうだね。他にバラされると出難くなる…急だけどこうなった以上は早く脱出したほうがいいね」


朝霧の厳しい視線がルルエラを見据え、彼女から距離を取るように後ろに下がりながら耀に離脱を促す


耀もそれに乗る姿勢を見せ…いや、乗るしかない状態だと認識していた


(不味い…まさかここまで近づかれて気配を感じれないなんて…!他の人達の気配は分かるだけに油断してた…!でも口止めの為に殺すなんていうのも…)


こんな近くで、それも周囲に聞こえない程度の声が届く程接近されていたことに2人揃って気が付けなかった


レルジェ教国の筆頭聖女にしられるなど…もはや、二人の考えが教国に知られたも同然であり、そうなれば素直に「さよなら」なんて言ってくれる訳もない


選択肢は2つ…今すぐに脱出をするか、この少女を…殺すか


だが…当然ながら人なんて殺したこともない


その選択肢が外れるのは至極当然のことであった


つまり、取れる手段はただ1つ…即時脱出のみである


2人は揃って瞬時に真後ろに跳んだ


目指すのはそこから門を使わずに勇者の身体能力を利用した教皇殿の城壁の真上からの脱出…



「っ…お、お待ち下さい!本当に…っお二人を妨げるつもりはございません!まずはお話だけでも…!」



これに焦ったのは以外にもルルエラの方だった


まるで2人に離れられると困るかのように手を伸ばすが…一国に囚われる危険を散々話し合って来た朝霧と耀は離脱を強行した


元より朝霧と耀が好んで読んでいたのはこの手の展開が多いダークファンタジー物、というのもあり…その結果、物語の登場人物がどんな目に遭うかをこれでもかと読んでいた2人はそれを躊躇うことはなかった


まさに取り付く島もなく、一刻も早い出奔を実行に移したのである


明らかに前衛的ではないルルエラの姿はみるみる遠ざかっていき、2人は止まること無く城壁へと駆け寄っていけば滑らかな城壁の壁面に朝霧が氷のダーツを縦に何発も発射する


着弾した氷のダーツはそのまま壁面を貫通すること無く凍りつき…2人はその氷を足場にして取っ付きのない滑らかな壁面を駆け上がっていく事に成功していた


城壁の上は見晴らしが良い…門やそれに繋がる吊り下げの橋は警備が分厚いが、まさか人が登ることを計算していない壁上までは警備も居ない


魔法による探知がまるでレーザーセンサーのように所々を張ってはいたが、それすらも耀が持つ魔法…真羅天誠ザ・シャーロックの真実を見通す目の前ではお子様向けの障害物競争も同じであった


耀が先頭を走り、後ろの朝霧が目の前の耀が避けた場所を全く同じ動きで避ける…勇者の肉体能力はオリンピック選手も青褪めるアクロバットな動きでも容易く可能にし、あらゆる探知に掠めることすら無く突破していった


これは2人がこの国を出る時に備えて予め計画していた脱出ルートである



「ほんっと…予定狂うわね。何なのよあの子…全く気付けなかったんだけど」


「うん、僕もだよ。気は張ってたつもりなのにあの距離で話しかけられるまで分からないなんて…。何を考えてたかイマイチ分からないけど、正直リスクの方が大きいからね」


「それだけ得体が知れないって事よ。さ、行きましょ。あの子が上にチクる前になるべく距離を取らないと…」



城壁の上から見下ろすレルジェ教国の街並みはまさに計算された幾何学模様のように整理されており、最低限の街頭しか見えないのは、国の内側を完全に教国の教えが支配しているからである


夜半は出歩いてはいけない…その教えを律儀に守る信徒達には夜の道を照らす街頭など、殆ど使われるものでも無かった


今回はそれが逆に、二人の逃走の助けとなる…逃げるならば、暗闇は多いほうがいいのだ


「脱出は…この前の酒屋がある街のゲートだね。日付が変わるまでなら外に出られるよ。時間は…あと4時間、余裕ならある」


「旅の装備をささっと買い集めて、すぐに脱出と行きましょ。私達の脚ならここから国の端まで…ざっと1時間もかからないわ」


「給料…というか、お小遣い?…ならまだあるからね。節約すれば次の街の宿代くらい全然保ちそうだし…そこからは冒険者稼業で費用を捻出、目指すのはラヴァン王国だ」


「いいわね。…どうせ異世界ならこういう冒険の旅がしたかったのよ、私。なにが楽しくて壁の中でひたすら練習だけやらなきゃいけないのよ、まったく…」


「あはは……それは確かに…」


プンスカと小さく怒りを見せる朝霧に苦笑気味ながら同意を示す耀


確かに、異世界で魔法があるのなら冒険したいのは当然だ…と耀だって思っていた


箱庭でひたすら魔法や体術の練習を繰り返し、後は寝て食べて講義なんてつまらないにも程がある…なんて話を朝霧としたのが、このレルジェ不信のきっかけでもあった


気掛かりは残していく二人の友人…蓮司と瑠璃の事ではあったが、2人はかなり現実主義者であった…要するに、このまま「見捨てられないから一緒に居よう」と外に出られず四人纏めて教国に取り込まれるよりも自分達が外を知って、知識と力を別途備えてから助け出す方が普通にいいじゃん…という意見の一致があった


実際はもっと面倒な問題が…そう、蓮司が完全にノリノリ過ぎて着いてくる気配が無かったのも上げられる


瑠璃ははっきり言えば、蓮司のお付きだ

蓮司が行く場所ならどこへでも言ってしまうし例え何か間違えることがあっても正すことはないだろう


だからこそ、今は捨て置く選択をした


部屋の机にはいざという時の為の置き手紙を書いてある


急な事だったから目立つところに置けなかったが…机の引き出しなら見る可能性は高いだろう


ならば、このまま強行突破で世界を知る旅へ…






「お待ち下さいと言いましたがっ!?お話くらい聞いて下さっても良くはありませんか!?」




「「!?」」



突然、真横から聞こえてきたのは先程聞いたばかりの…置き去りにしたはずの少女の声だった


咄嗟にその声から距離を取るべくバックステップを踏み、先程まで立っていた場所を見れば白銀のサイドテールを揺らせた聖女ルルエラが息も切らさずにそこに立っていたのだ



(なによこの子…!今度はつけられてないか警戒して来たわよ!?それともなに…っ私達より全然上手で気配すら掴めないってこと!?)



朝霧は後ろを警戒しながら走ってきた


後をつけられては元も子もない…当たり前の事だ


時折後ろを振り返ったりもしていたのだ。当然この少女…ルルエラの姿は影も形もなかったのを確認してきている


それは耀も同じだった…だからこそ、この見てくれは運動など出来なさそうな少女を…この世界に来て初めて、本気で警戒する敵として認識する


朝霧がルルエラに向けて人差し指と中指の先を向けて、表情を歪めながら魔力を高まらせた…攻撃魔法の前兆だ



「ちっ…!やるわよ、耀!我が手より迸れ氷剣の……!」


「ちょっ…ま、まっ…、本当にお待ち下さい!私、敵では無いんです!だからっ………ああもうっ!少しはボクの話聞いてくれても良いんじゃないのっ!?落ち着けったら落ち着けぇぇーーーーーーーっ!!」


「「…はい?」」 



ぷすんっ…



朝霧の手の中に形になりつつあった氷の刃が蒸発するように…やる気の抜けた音を立てて消えた


耀と目を合わせてパチクリと瞬かせる…再び視線をルルエラの方向へと向き直す


……なんか今、今までと全く違くない?


……いや、もしかして聞き間違いとか…



「もうっ!もうっ!何で少しも話聞いてくれないかなぁ!?ボク最初から言ってたよね!?「敵じゃない」ってさぁ!そんなにマジで逃げた上に攻撃までしようとしなくたっていいじゃん!もうキミ達しか頼れないと思ってめっちゃ勇気出して話に混ざったのに!聖女って言ったってね、そんな攻撃魔法受けたら普通に死んじゃうの!ボクまだキミ達に何もしてないだろ!?黙って聞いちゃったのは謝るけどそんなに敵意剥き出しにされたらボクだって傷付くんだぞぉっ!」



…いや全っ然聞き間違いじゃない


最初に会った時や、先程接触してきた時のような…儚さや透明感のある雰囲気はどこにもなく、顔を赤くして手をぶんぶんと振り回しながら思いの丈をぶちまけるルルエラの姿は、なんというか……印象が180度違う


もっと元気と明るさのある太陽のような勢いの印象が強い少女に見える



それを無言で「ぽかーん…」と聞いていれば、さしものルルエラも自分に向けられている視線で色々と気がついちゃったようで…「あっ……………………………………………………………」と声を漏らしてじっとり冷や汗をかきながらくるりと真後ろを向き…「こほんっ…こほんこほんっ」とやたらわざとらしい咳払いをしながらもう一度、朝霧と耀に向き直った



「んっんんっ……失礼致しました、少し取り乱したようで…今のは忘れていただいて結構ですので、お気になさらず。さて、改めて本題なのですが…」


「「いや、無理無理」」



めちゃめちゃ雰囲気を作り直して来た


思わず手を横に振りながら声までもろ被りで突っ込んでしまう


これにはルルエラも「ふぐぅっ」と言葉に詰まる


少しの間…微妙な沈黙が流れた…



「えー…っと…楽に話していいよ?」


「うっ……で、ですがっ」


「あー…悪かったわね。でもさっきの話し方の方が信用出来るわ」


「ううっ…!…わ、分かったよぉ…」



ちょっと抵抗したものの虚しく…その方が信用される、とまで言われれば観念するしか無い


しょんぼりもしながら「…折角カンペキに聖女作ってたのに…」と1人ごちる辺り、先程の元気百倍の性格が本来の彼女のようである


これが演技ならば大した役者ではあるが…正直そうは見えない


構えを解いて彼女が恐る恐る「攻撃するなよ!?絶対にするなよっ!?」とびくびくしながら近付いてくるのを、先程とは一転してどこか微笑ましいものを見る目になる2人


ようやく互いに近くで顔を合わせるのに1分近くかかったのを見ると流石に2人も申し訳無さが湧いてくる



「悪いけど信用はまだだよ。僕の魔法で君の事を見させてもらう…それから判断させてもらうから」


「勿論、構わないとも。それで信用して貰えるなら願ったり叶ったりだ。…ちなみにその魔法、痛くないよね?」



なんだか締まらないルルエラに向けて、問答無用で耀は己の魔法を起動する



万象看破マスターアナライズ


相手の情報を直接目視する魔法が、彼女の情報を耀の目に直接映し出した




〘名前・ルルエラ・ミュートリア〙

〘年齢・15〙

〘種族・?〙

〘職業・レルジェ教筆頭教導聖女〙

〘出身・レルジェ教国〙

〘魔法・『聖属性』  特異魔法『視写跳躍フォーカス・ブリンク』〙

〘二つ名・聖女〙

〘魔力量・51300(数値化による誤差あり)〙

〘来歴・聖女教会の誇る聖女に対抗するべくレルジェ教国が聖女を産み出す為に行う人体実験「ホーリーファースト計画」の第63次実験被験者。第62次実験被験者である前聖女カエラ・キュルトンの娘。この実験の最新かつ重要被験者であり、教皇殿の外に出る事は1年で数度しか無い。性格は快活。特技は魔法技術全般と聖女のフリ。嫌いな者はレルジェ教と人参。趣味は読書、時間は有り余っていた事もあり物語から図鑑のような知識書まで余すこと無く読み尽くしている。現在はレルジェ教の誇る聖女の頂点である教導筆頭聖女を任命されており、それに違わぬ聖属性の回復魔法を操る。レルジェ教の歴代聖女の現最高傑作と言われ、「ホーリーファースト計画」の歴代最高品とされる。魔力は次点の聖女の実に8倍近くを誇る〙



(なんだか気になるところがあり過ぎるよ、この子…ツッコミ所満載だしこの場で全部問い詰めてたら朝になりそうだ…。そもそも来歴がブラックもいいとこだ。しかも嫌いな物に「レルジェ教」って書いてあるし…取り敢えず、今気になるのは…)



視写跳躍フォーカス・ブリンク…なるほど、僕達に気が付かれずに近付いたり、ここまですぐに追い付けたのはこの魔法のおかげだね」


「それって特異魔法よね?…もしかして、結構特異魔法持ちっているのかしら?」


「そんなレア度の下がる事言わないでくれるかな!?まったく…というか、そこまで分かるの凄いなぁ。その通り!ボクの視写跳躍フォーカス・ブリンクは『視線を合わせた場所に瞬時にワープ出来る』…言わば近距離用の転移魔法さ!視界が通ってる場所を目で見て決められるなら素早く発動出来る!しかも魔力燃費も抜群!凄いでしょ!ただし、一緒にワープできるのは「この手で触れてる物のみ」…つまり、物とか人なら2つ同時にワープ出来る!」


「あ、成る程…私達がどんなに近付かれるの警戒してても、この魔法ならそもそも直ぐ側に突然現れる事ができたって訳ね。あの中庭からこの城壁の上も、遠いけど視線は通るから直接ここに転移で跳んできた、と」


「その通り!どうだい?結構旅には役に立つんじゃないかな?回復魔法だってバッチリさ!この世界の知識とかもあるんだ!……まぁ外出たことあんま無いから、知識だけなんだけどね。なんにせよ!勇者の旅の始まりには、1パーティーに1人は欲しい逸材だと思うんだけどっ?」


就活さながらの自己アピールを自慢気にするルルエラに出会った当初の聖女的イメージはどこにもない


…というか、耀はそもそも鑑定の来歴に『特技・聖女のフリ』とかツッコミまくりたい事が書いてあるのを見ているのだから、もはやあの聖女っぽいルルエラは分厚い仮面によって造られた幻想であることを知ってしまっている


それを思えばむしろ、年相応の少女らしい姿とも言えるだろう


むふーっ、と鼻息荒く自己PRをしたルルエラを見ながら朝霧が耀の耳元に口を寄せた


「えっと…大丈夫なのよね?この子…。怪しいところありそう?」


「ま、まぁ怪しいところ切り出したらほんとにキリがないけど…。…ルルエラさん、一点確認させて欲しい。………動機は?僕達しか頼れない、って言ってたよね?」


耀からのその問いに「当然の質問だね」と嫌ぶる素振りなく頷くルルエラ


「そうだなぁ…ボク、聖女って言われてるけど超怪しい実験の産物で産まれた超曰く付きの聖女なんだ。ほら、ボク今年で15歳になったじゃん?それでその超怪しい実験…」


「ホーリーファースト…だね?」


「えっ…あー、もしかしてそんな所まで見えてたのかぁ。凄い魔法だね、ヨウ」


耀の言葉にちょっと困り顔で笑うルルエラが「その通り」と否定すること無く続ける


「これが超胸糞悪い実験でさー。次の実験台というか、実験の次の段階に進むとボクは碌でもない目にあって人生オシマイな訳。だから…この国を内側から破ろうって気の奴を待ってたんだ。そして……キミ達が来た。外の世界に、この超つまんない国を一緒に脱出が出来る機会をずっと待ってたのさ」


朝霧の視線が耀の目を覗き込む…「本当に?」というような目線だが、耀が考えるに今のルルエラから聞けた話は…


(…嘘じゃない。ホーリーファーストっていうのがどんな実験かは気になるけど…そこは今重要な所じゃないしね。何より…「嫌いな物・レルジェ教」って言うのが地味に一番信用できる。それに持ってる魔法がかなり強力だ…回復役が付いてくれるのは確かに願ったり叶ったり。この世界の一般知識とかも僕らより詳しいし…いざとなったら逃走に強みのある視写跳躍フォーカス・ブリンクがかなり強い。…まぁその分逃げられる可能性もあるけど、元から居ない筈のメンバーだし、この国を出た後なら逃げられても問題はない)


そう…彼女の特異魔法は一見地味で一般の転移魔法とごっちゃにされがちではあるが、耀はこの魔法の利便性に頭を巡らせていた


転移魔法は魔法に精通すれば理論上は誰にでも使用できる


ならば、そんな魔法を特異魔法として持つ彼女は無才と同義なのか?


…違う


転移魔法はどれだけ条件や手間を抜いてもかなり手間のかかる魔法だと教えられた。準備と発動までに何分もかけて莫大な魔力を使いようやく転移出来る…大掛かりな魔法である、と


だが、『視界の通る場所』『視線が合う』という条件ならば…距離はそう遠くへ行けないもののすぐにワープが可能だという


事実、ルルエラは優に500mほどを瞬時に走破し、高さのある城壁の上に登ってきた自分達に直ぐ様追い付いてきた…それだけ発動の速度が早い


しかも魔力の燃費がいいと来てる…これは要するに、例え戦闘中でもルルエラと彼女と手を繋いでいる者は素早く避難が可能という事だ


転移を戦闘中に組み込めるならば、その利用価値は計り知れない



「……連れて行こう、朝霧さん」


「信用していいの?」


「僕は信じてもいいと思うよ。まぁ、積もる話は旅の最中に聞くとしてさ……取り敢えず、勇者の旅には聖女が居ないと締まらないでしょ?」


「っヨウ!ホントにいいの!?」


「勿論、色々と聞かせてもらうけどね。さて…それじゃあ2人共、どうする?ルルエラが仲間なら一度戻っても怪しまれないよ。もっと時期を見て脱出するか、それとも…」


元よりルルエラがレルジェ教国の手の者である事を考えての逃走であった故に、彼女を信用して仲間に加える以上は今すぐに脱出を強行する理由もなくなった


もっとタイミングを見て、さらなる準備を重ねてからの脱出も検討に入れるべきか…その選択肢を問う耀ではあったが、朝霧もルルエラも初めから決めていたのか直ぐ様首を横に振る


「このまま脱出よ。善は急げ…やるなら遅くても良いこと無いわ」


「賛成!…ねぇねぇ、このパーティのリーダーはヨウでいいのかな?って、まだ勇者と勇者と聖女しか居ないけどね!」


「あら、私はそれで良いわよ。いざという時、耀の方が頭早く回るでしょ?それに…柄じゃないのよ、リーダーとか。…ほら、意見は出たわよ、決めちゃいなさい」


二人の視線が耀を捉える


ひょんな事から突然のパーティ結成となったが…耀はそれも楽しい、と感じていた


耀だって自分がリーダーなんて柄ではないと自覚しているのだが…同行する朝霧が判断を委ねてくる以上は舵をきらなければならない場面もある


二人の視線を受けて、耀は静かに頷いた



眼下に広がる街を見下ろして、後ろ目に今まで過ごしてきた白亜の白を見送り…今は進むべき場所を見据えて





「…じゃあ覚悟は良いね、2人共?今から……レルジェ教国を脱出するよ。先ずはこの目立つ法衣から着替えて旅の準備を済ませた後、今夜中に門を超える。目指すのは…ラヴァン王国だ」


「ええ、行くわよ!」


「よし来たっ!楽しくなってきたぁ!」




その日、レルジェ教国教皇殿より最重要人物3人が一斉に姿を消した




秘匿召喚された勇者2名


勇者  南 耀みなみよう


勇者  芽原 朝霧めはらさぎり



極秘計画の最高傑作


聖女  ルルエラ・ミュートリア



この3人が、まるでタイミングを図ったかのように一夜にして…消息を絶ったのだ


なんの前触れも無く、そして動機も掴めずに…


この日を境に、レルジェ教国は以上の3人を見失う事となり、暫くの間…その姿を捉えることは叶わなくなる


レルジェ教国の防衛網、検知、探知の網は非常に緻密で綿密に計算されて構築されていたにも関わらず…3人の動きは寸分も捉えられる事は無かった


まさかその全ての探知を存在が居るとは思いもしなかったのだ。その防衛網はあまりにも…真羅天誠ザ・シャーロックの『真実を見通す力』との相性が悪すぎたのである


こればかりは…耀が己の能力を唯一人…正確に教国へと伝えていなかったのが功を奏した


この能力を知るのは現状、朝霧ただ1人…


 




そこに今、一人目の仲間を加えて



勇者、出立





ーーー




「ぉぉ……ぉ…っ…ふ、ふらふらっ…するっ……!脚が……っ子鹿のようにっ……!」


「いやよく歩けますね、マウラ。私、1日中ベットから動けませんでしたけど…しかも一晩で」


「やはりフィジカルは我らの中でも頭抜けておるなぁ。…こんな事で実感するとは思わなんだが…」


両手を広げてバランスを取ろうとするマウラがちょっと楽しそうにふらふらと部屋を歩き回るのを見てシオンとペトラが感慨深そうにその様子を見詰めていた


時間は夕刻


赤い夕日が窓から入り込む時間となり、その間はカナタの部屋から出ずに4人でふわふわとした時間を過ごしていた


お昼時から数刻…遂にマウラがベットから床に足を着けて自立し、よたよたと歩き始めたのである


シオンは一晩だけカナタと交わっただけでほぼ1日は自室のベットから動くことが出来ず…ペトラに至っては普通に立てないのを理由に延長線をしまくった結果まともに体が動かなくなっていたりした


それを考えれば…マウラはとても体が頑丈な方だろう


その先では、まるで園児のスイミングスクールの先生のようにカナタが腕を広げて「マウラー、もうちょい、もうちょい…そうそう、真っ直ぐー、真っ直ぐ〜」と待っており、マウラはカナタに向けてよたよたとゆっくり歩いていけば最後は倒れかけるように…ぼふんっ、と彼の胸元に顔を埋めた


そのままカナタがマウラを抱き締めて、彼女の頭をその猫耳を巻き込むようにワシャワシャと撫で回しながら「おー、よぉーしよしよしよしよしよしよし…!」と言っており、マウラもマウラで「おぉ…ふぉぉぉっ…ぉぉぉっ……っ」と気の抜けた気持ちよさそうな声を漏らしている辺り、とても仲良しである


「…あのテクは我らも真似出来んよなぁ。あやつのマウラ癒しテクはいつ見ても凄まじい…」


「ですね。みるみるマウラがとろけていきますからね、あれしてると。頭と耳と尻尾同時にされた日には暫く人の言葉が発せなくなりますし…」


「あぁ…カナタがやると「ふぉぉ…!」と「にゃあ」しか言わなくなるな。我らがやっても普通に気持ちよさそうに目を瞑るだけなのに……何故だ……」


そう…カナタのマウラ癒しテクはどうにも技能カンストレベルで極まっているらしく、彼の癒しハンドに捕まったマウラは文字通り膝の上の猫と化す


今もただでさえ足腰に力が入っていないのに頭をワシャワシャ、猫耳をくにくにと巧みに弄られるマウラは気の抜けた声と共にふにゃふにゃと力を失っていきカナタへもたれ掛かるようになっている


その姿はまるで骨を抜かれ肉は液体と化したかのような力の抜けっぷり…このまま液状化しないか心配なレベルである


「おーい、カナター。そろそろ止めてやらんと、マウラが帰ってこれなくなるぞ?ほれ、見てみろ…ぐでんぐでんになってるではないか」


「……はっ!しまった、つい……。いやぁ、マウラの耳と尻尾は触ってると我を忘れる手触りでなぁ。あ、ほら…マウラは耳の付け根とかが弱くてさ…」


「ふにゃっ……ぁ………あ……っにゃぁ……ぁ……っ」


「カナタ、また始まってますよ?」


「……はっ!いかんいかん…マウラ、ほらしっかりしろ!立てるか?というか立ててたよな?」


「もぉ……無理ぃ………はふぅ……」


「トドメを刺してどうするのだ…というか、なんかそなた…前よりもテク上がっておらんか?マウラだってこんなくたくたになることはなかったろうに…」


「…ペトラ、ペトラ…ほら、カナタは私達の体のどこを、どんな感じで触ればか嫌というほど分かってると思うので…」


「なっ…ぁ……わ、我らとの経験があやつの才能を花開かせてしまったのか…!」


ちょっと赤い顔でこそこそっとシオンが耳打ちすれば、ぼんっ、と更に真っ赤になるペトラが恐れ慄く


だって、なんだか自分達の弱点とか諸々知り尽くされてるみたいで恥ずかしいのだから…



くったりしたマウラをベットに「ほいっ」と放り投げたカナタがそんな2人の話す姿を見て少し考え込むようにすると…シオンに向けて、ちょいちょいっ、と手招き



「カナタ、どうかしましたか?」


こてん、と首を傾けながらカナタに誘われるままに近寄っていくシオンを後ろからきゅっ、とハグするように抱きしめたカナタが一言



「確か、エルフも耳って敏感だったよな…?」


「えっ……あっちょっ、か、カナタっ?待って下さい、私は良いんですだからちょっと、あっ、待っ………」



…………


……




「はぁ……はぁ……こ、これは…っいけませんっ……!ま、まるで麻薬のような…っ癖になる…危ない気持ちよさが…っ……ここまでとはっ…想定外……でし……た……っ」


「シオーーン!?」


ものの数十秒…カナタがシオンを後ろから抱き締め、柔く頭を撫でながらピン、と長く尖ったシオンのエルフ耳をさわさわくにくに…何もかも知ったような手付きで弄り回した結果、シオンは……ビクビクと震えながらくたり、とマウラの隣に倒れ込んでしまった!


悲痛なペトラの声が響く…!


ちょっと危ない息の乱し方をしているシオンの、まるで最期の言葉かのような感想に残されたペトラは開いた口が塞がらない!



ーーえっそんなに気持ちいいの!? 



ペトラだって気になってしまう…!


そんな戦慄くペトラに、一仕事終えたように「ふぅ…」とやけに爽やかな様子のカナタがちらり、とペトラを見ると再び無言で…ちょいちょいっ、と手招きをする


(今のを見せられて行くと思っているのかこやつ!?もはや何かの魔法と言われたほうが納得のいく光景なのだが!?ああなると分かっていて応じるなど…っ…くっ……だが…だがぁっ…!)


その誘いに、ペトラはつー、と汗を流した


そう、ペトラはこの誘いに乗るしか無かった…それは何故か……?



ーー我だけされないのはズルいだろう!



そう!羨ましいだけ!


自分だけ仲間外れでカナタからしてもらえないなんて、そんなお預けがあって良い訳がないのだ!


意を決してカナタの側へと行けば、先程と違い後ろからではなく前から向かい合うような格好となる


しかし、ペトラは気になる事があった…



「の、のぅカナタよ…。獣人のマウラとエルフのシオンには敏感なポイントが種族的に存在するのは分かるのだが…その…我は魔族だぞ?そんなあからさまに弱点なんて…」



獣人の耳と尻尾は特別な体の部位だ

バランスを保ったり耳で音を細かく感じたり…その為、殆どの場合は獣人の獣部位は結構良い意味で敏感なのである


エルフも同じく…その特徴的な長く尖ったエルフ耳は風や振動を機敏に感じ取る重要な物であり、これもまたかなり敏感な場合が殆どだ


しかし、魔族はといえばその強大な魔力とそれを操れる素質から瞳が必ず真っ赤に染まるという特徴があるものの、エルフよりも短く少し尖った耳ではあるものの…そんな性感帯のような場所ではない


という上での疑問ではあったのだが…



「…なんだ、自分で気付いてないのか。ペトラは結構あからさまに性的な場所以外にも強烈な弱点があってな…。教えてあげよう、ペトラ…お前の弱々な弱点は…」



なんかちょっといつもと違う雰囲気のカナタの手がペトラの顎先を撫でるようにして柔く掴み、もう片方の手が彼女の後頭部を抑えるように当てられる


こつん、と額を突き合わせてくるカナタにドキッ、とするものの、その言い方と何かを確信している様子に嫌な予感がしてきたペトラだが、もはやカナタから逃げる術は残されてはいなかった…


顎先を掴んだカナタの指先が、つー、とペトラのぷっくらした唇を横になぞりながら… 




「…口だよ。正確には唇と舌、かな」


「え………ッま、待つのだカナタ!な、なんか我だけ方向性がちがっ……んむぅっ!?」



………


……




「…はっ!?お、俺は何を……つ、つい夢中になって…あれ、3人ともそんなぐったり!?そんなに良かったのっ!?」


我に返ったカナタだが、あまりにも遅すぎた…


三人揃ってカナタのベットの上に川の字でノックダウンしており、それも3人とも肩で息をするような勢いで…しかも妙に艶っぽい吐息の乱し方


しかも時折ピクピクと体を痙攣させており、とても他の方にはお見せできない状態なのは言うまでもなかった


そんな3人の様子を見て静かに…「なんか…すまん…」と1人謝りを送る


結局、日が暮れるまで全員が起き上がれる事は無く、申し訳無さそうなカナタに反して…3人からはとても好評だった


シオンは堂々と「あれは良いものです。1日朝と寝る前はやってもらいましょう」とか言い始め、マウラも「んっ……お風呂上がりに1時間……耳と尻尾メインで…あと顎の下も……っ」とめちゃくちゃ気に入っていた


ペトラに関してはなんだかモジモジと恥ずかしそうにしながらも…「…うむ……寝る前とは絶対するのだ…よいな…?」とか恥ずかしげに言ってる癖にめちゃくちゃアグレッシブである


随分と気に入ったらしい


ちなみに、実はシオンとマウラ…いや、一応ペトラにも少し不満があったようで…



「ペトラだけズルいです。次からは私も追加でお願いします。配分は耳が5、口をが5です」


「…私もっ……オプション追加でっ……時間延長…っ…あと撫で撫でマシマシっ……」


「か、カナタよ……つ、次はもうちょっと…強めでも良いぞ…?そのぉ……すっごく良かった…っ」



「あっはい…頑張ります…」


めっちゃ注文つけてきている


リピートする気満々だ


余程気に入ったらしい


補足して言うならば…3人の中で一番くったくたに骨抜きにされて足腰砕かれて起き上がるのに時間がかかっていたのはペトラであった


種族の特徴関わらず、ペトラの弱点はとても……弱点だったらしい


される時はあんなに慌てていたのに、次はもっと強めで激しくして欲しい…なーんて言うあたり満更でもないどころか大好き過ぎである


3人のこんな注文に流石のカナタも応えたかどうかは定かではないが…その日以降、彼女達へのサービスをするとその後は必ず…夜の営みに発展するようになっていたのだとか












「いや今日はしねぇよ!?行くとこあんだから!」


「「「えー……」」」


「ブーイングすんな!」


「……ここまでしておいて、ですか?その予定、明日に延期というのは…」


「それやり始めたら予定なんか100年経っても終わらねぇよ!?」


「カナタよ……し始めたら100年止まらない気なのか…もしや、我ら3人がかりでも勝てないのでは…?」


「…多分無理……でも私はこの際……っ負けを惜しまない……!」


「成る程…勝ち負けで考えてはならんな。むしろ…100年間勝ち続けていると言っても過言ではない、と…?」


「そういう意味の100年じゃないのよ!?例え話だっての!」


「カナタ、取り敢えず…1週間分くらいの水とご飯でも買ってきましょうか。私だけ一晩しかしてないのはズルいです。ひとまず、そのくらい連続で…」


「えぇい!いいから着いて来いっての!その後気が済むまでするから!」


「言ったな?」

 

「言いましたね?」


「……言ったね…?」


「……あっ」






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【後書き】



「なんて事言ってるんですか、本編の私!カナタはまだ2割くらいしか力を発揮してないんですよ!?」


「まだあっちのシオンはその事を知らんのだ…!しかも1週間とか言っている、マズイぞ…このままではシオンが…!」


「…いや、待って…っよく見て……この流れは…私とペトラも参戦する感じ……つまりこの後は……!!」


「「はっ!?4P!?」」


「おぉぉい!?君達すんごい事言ってる自覚ある!?」


「…まさに…っ酒池肉林…っ!……薄い本待ったナシ……!」


「ま、英雄色を好む…なんて言うしのぅ。我は良いと思うぞ?という訳で、カナタよ……我は頑張る!」


「変な方向に覚悟ガンギマリなんですけど!?」


「それは当たり前です。だってよく読んで下さい…どんなに驚こうと、慄こうと私達…嫌がった事ありませんのでっ!!」


「……えっ、つまり結構ハッチャケていいの俺?」






「さて、ここからは僕達も旅の始まりだね」


「だね〜。ボクさぁ!こういうお話みたいな旅に憧れててさ!これから色んなものに出会ったりするんだよ!それでそれで…」


「はいはい、興奮は本編にとっておきなさいルルエラ。…というか、ほんとにキャラ違うわね」


「ふっふっふ…聖女のフリには自身があってねっ!秘訣を教えてあげよう…先ずは目を気持ち3割くらい細めて口は横一文字に結び背筋は伸ばしながら胸は張らず声は鳩尾の辺りから笛を鳴らすように響かせ仕草は自分が思う半分の速度しか出さずテンションは常に深夜にお手洗いに起きた時の低さをキープ、後は見聞きした敬語を適当に繋ぎ合わせて目の前に現れた人間全てはのに咲くタンポポだと思うようにしてそれを指先で愛でる気持ちで接するのさ!」


「うっわ超具体的ね…」


「ま、まぁそれであれだけ役者作れるなら才能なんしゃないかな?」


「きっとボクの聖女ムーブは本編で大活躍さ!あ、ダメだよヨウ!そんな聖女様なボクに惚れちゃったら…聖女と勇者の王道の恋なんて、ダメだよぅダメダメっ!」


「えっと…僕何も言ってないよ…?」


「先が思いやられるわね…」

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