第65話 勇者・神藤
ーー失敗を知った奴は知らない奴より10倍強い
世界を救済した黒鉄の勇者は己の弟子とする少女に向けてそう言った
それは彼の体験談であり、身を持って実証した真理でもあった
だが、この世界での「失敗」はとても重たい
命のやり取り、人とのやり取り、様々な駆け引き…失敗すれば命を失い、信用を失い、社会的地位を失う
安全に失敗できた者など存在しないだろう
だからこそ、失敗を経験した者は強いのだ
その苦みを知っていればこそ、次に襲いかかる試練に対する耐性が、対策が、警戒が出来ている。はらには準備が出来ているのだ
成功しか知らない者は失敗した者を嘲り笑うだろう
しかし、土壇場で火急の事態…己の全てを左右する重要局面を乗り越えられるのはどちらかと言えば…それは失敗を経験した者の方だ
だから戦いの相手は逃がしてはいけない…次に戦う時、その相手はより強大で、より己に対抗する術を持った強敵として立ちはだかるのだから
だからきっと…彼女も10倍強くなって来るのだろう…そう……きっとこの敗北からも……
「…っ…ふぉ……っ!…かっ、カナタっ…ご飯…食べさせて……っ……!う、動けな……」
「あー……まぁ勝てたな、うん」
カナタとマウラが宿に戻ってから延々と愛し合い、その夜からさらに翌日の朝を通り越してお昼になった頃…お天道さんが真上まで登りきったのが今である
マウラは…カナタのベッドの上で沈んでいた…!
シーツだけ体に包んだあられもない裸体のまま、時折ピクピクと体が震え色々となんだか可哀想な感じになっている
己の足で立ち上がれず、身体を起こすことすら辛そうにしておりどうにか上体を起こそうとぷるぷる震えてはボフンッ、とまた後ろに倒れてベッドに沈んでを繰り返していた
マウラは頑張った……めちゃめちゃ頑張ったのだ
頑張りはしたのだが…カナタには勝てなかった
最初の夜…オアシスの畔から朝に宿へ移動してからの日中、はガンガン攻めていたマウラ
それはもうお互いに貪り合う勢いでかなり激しい行為を繰り返していたのだが、その日の夜辺りから様子が変わってくる…
2日目の夜からようやく、自分はそろそろ腰が痺れて体が気持ちよさに震えてきたというのにカナタの様子が変わらない…それどころかちょっと意地悪な性格に変わったように本気を出し始め…
そこからは、マウラも啼かされるだけの雌猫になっていた
『カナっ…タ…!…そろそろっ…お休み、しよっ……?』
『焚き付けたのはマウラだろ?…ほら、気合い入れていくから…っ!』
『にゃっ…!?…私っ……もうダメっ…かも…っ!か、らだっ…うまく動かないくらいっ……だからっ』
『大丈夫…マウラは頑張って動かなくても、いいからな。今度は俺がしっかり……お前のことどれだけ好きか体に教えてやる』
『ひにゃぁっ!?カナっ…んっむ…っ…!…ぷはっ…い、1度抜こ…っ?…もっ、もうずっと入りっぱなし…っだからぁ…っ…!』
『知ってる…まだ足りない。もっとマウラが欲しいから。ここで手加減するのは…失礼だろ?』
『んっ、にゃっ…あっ…!あっ……!にゃっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!』
こんな感じになってから夜通し、夜が明け、昼を迎えるまで…それはもうすっごい勢いと激しさでカナタの愛を体に教え込まれたマウラのダメージは凄まじかった…
現在、カナタの魔法袋に入っていた屋台料理…ラヴァン王国の建国記念祭で買い漁った食べ物を取り出してお昼ごはんの真っ最中である
魔法袋の中は劣化が起こらない故に、食料などは詰め放題なのだ
今はお肉たっぷりのサンドイッチを片手で食べながら、マウラの口元にもサンドイッチを持っていき、もしゃもしゃと彼女が食べる姿を見てほっこりしているカナタ
水筒を差し出せば手で支えてくぴくぴ飲む姿はまさに小動物のようで愛らしい
さらについでに、二粒の乾いた果実の種を口元に差し出せば、もはや条件反射のようにカナタの指ごとぱくりっ、と口の中に入れ…
「…んっ…?……何これ…?」
こりこりとそれを噛み、飲み込みながら不思議な食感と匂いに首をこてん、と傾ける
「まぁお薬というか、飲んどいたほうがいいやつ。それ飲んどけば、ほら…あー……どんだけしちゃってもまずデキないから」
ちょっと恥ずかしそうにカナタがそう言いながら…シーツに包まったマウラの下腹をつんつんと突けば彼女も言わんとしている事がよく分かったのだろう
あっ、と気が付いたように声を漏らしながら顔を赤くして「……んっ」と喉を鳴らすように声を出す
「その、あんだけしといてなんだけど…デキたら困ると思うし」
「……それは違う……困るとか…そんなの無いよっ…。……でも…まだかなって…思っただけ…カナタ、やること…あるんだよね……?」
「……ある。立ち塞がる物全て壊してでも、やんなきゃいけない事が…ま、話した通りだけど」
「んっ……なら…それにどこまでも着いて行く…その後カナタと子供作る……!」
「ぶふっ…!げほっ……!…め、めっちゃ嬉しいけどここまで正面から言われると流石に照れる…」
あまりにもどストレートな宣言にちょっと咳き込みながらも、なんだかんだ言って嬉しそうなカナタが手元を光らせて魔法袋からそれを取り出した
マウラの左手を掬うように取り、手にしたそれを…彼女の薬指に嵌めれば、そこには黒銀に小さなサファイアの宝石のような物がぴったりと嵌った美しいリングが指に通っている
マウラも最初は何かと思いながらも、それが姉妹のように慕う少女達と同じ物だと分かれば嬉しそうに頬を緩めながら静かに指へと受け止めた
そしてカナタの左手の指にも、同じリングが嵌っているのをマウラは見つける
そのリングは少し自分の物とは違っていて…黒銀のリングにそれぞれ一個ずつ…深紅 翠緑、瑠璃色の宝石がぴったりと嵌っているのが見えた
その意味が…マウラにはすぐに理解できた
それがどんなに嬉しい事か…自分達が本当に1つになれたと、そう実感が湧いてくる
「さて、と……おーい、もういいぞー。どうせ昨日から気付いてんだろ?」
そんな中、カナタが呆れたように扉に向けて声を投げ掛けた
えっ、とマウラがその視線を辿れば…ガチャン、と扉が開き、現れたのが…
「あー、まぁ…お疲れ様だ、マウラ」
「ええ、本当にお疲れ様でした…しばらく立てないでしょう?取り敢えずゆっくりしてて下さい」
そう、シオンとペトラの2人である
ペトラはちょっと気まずそうだがシオンは堂々としたものであった…何故か「お疲れ様」をとても強調してくるところに、カナタまでちょっと小っ恥ずかしいのか「…うっせぇ…」と視線をそっぽち向けている
2人がマウラの居るベッドに腰を下ろせば、マウラは何も言わず、ただにへっ、と笑って手のひらを突き出し…シオンとペトラはそれを見てくすり、と笑いながら…
パンッ ! パンッ !
突き出されたマウラの手のひらに向けて順番に手を叩き付けてハイタッチを交わし、肩を組むようにして互いを抱き合った
そのまさに親友のようで、家族のようで…
自分が発端とは言え、その微笑ましい光景に心和まされる…
それを見つめながら、魔法袋から1つのアイテムを取り出した
見た目は白と黒で構築されたモノクロカラーのルービックキューブであるそれを、適当に地面に放り投げ、ころころと近くの床に落ちてから呟くように
「…室内限定、セイレーン…起動」
その言葉とともに、ルービックキューブのブロックの一つ一つが展開して形を変えていき内部の魔法回路を露わにするとそれが淡く輝き出す
それと同時にルービックキューブ……セイレーン本体から透き通ったヴェールのような物が広がっていき…室内を包み込むように展開された後に完全な透明となって消える
それに気が付いた3人も、広がっていくヴェールを見て「おぉー…」とちょっと興味深そうにしている…基本的にいつの間にかカナタがセットしているのでセイレーン本体が起動しているのは初めて見るのだ
「さて…これで3人とも、俺がどういう状況で動いてるのかある程度分かってくれたな?一度…ちゃんと話しておこうと思う」
改まって、雰囲気を引き締めて言い始めたカナタに3人の表情もすっ、と真面目なものに変わり、視線を彼に集めると、カナタを指をパチンッ、と鳴らし…空間ディスプレイを多数出現させて様々な情報を開示する
「俺は神藤彼方…5年前、この世界に連れてこられた120人目の異世界人だ。所有魔法は
それは簡単ながら、カナタ……いや、神藤彼方のプロフィールだった
知ってることも多いが、改めて口にされるとやはり彼が本当に異世界からの訪問者だと認識を新たにしてしまう
そして…気になって仕方がない言葉が1つあった
「か、カナタ…その名前は初めて聞いたぞ?まさか魔神に名前があったとは…」
「世間では「魔神」としか言われていませんから…お、驚きました。それに、その…「時の」魔神、というと…」
この世界で、勇者ジンドーが討伐した魔神に名前など存在しない…というのが当たり前だった
そもそも勇者ジンドーが辿り着くまで「敵の首魁として存在する」という事しか分かっておらず、どの勇者も兵士も魔神の膝下へすら辿り着けなかった事からその情報はほぼ存在しないに等しい
そう…この世界の者達は己を滅ぼそうとする者の名前すらも、知らなかったのだ
「そう、時の魔神ディンダレシア…その名の通り時を操る超高次魔法、通称『
「な、なんだそれは…っ!?時を操る!?そんな特異魔法があってたまるか!?無敵ではないか!」
「まぁ特異魔法では無いんだけどね。…特異魔法ってのはこのアルスガルドに生きる人々が発現する魂に根源を持つ異色の才能の事だ。魔神や魔神族の操る魔法は体系が違うんだよ…ってそんなことはいいか。ま、何にせよめちゃ強かったぞ」
「よく勝てましたね、カナタ…ど、どうやってそんなの…」
「そりゃあもう…めっっっっっっちゃ頑張った!いやぁどうしようかと思ったねホント!皆揃って俺のことバケモンバケモン言うけどな、本物のバケモンってああいう奴の事言うんだっての」
時の魔法
その言葉を聞くだけでどんな魔法なのか想像も付かない…いや、嫌な想像はいくらでも思い付いてしまう…もはや特異魔法じゃないのならどうやってそんな魔法を操っているのか理解の端すら掴めない
それはもはや「概念」そのものに干渉する魔法だ
まさしく「神」の名を冠するに相応しいだろう
「ま、実際に一回ぼろぼろに負けたしなぁ…。そんで、色々やってディンダレシア斃して王国に帰還…当時は地球に戻る方法が分かると言われててね、でも王国は…いや、当時の宰相ゲッヘナ・ガベルと大将ズォーデン・バグスターはそんな気はサラサラ無し、なんなら戻る方法なんか知らなかった。そこでぷっつんして王国を出奔…世界を彷徨いながら地球へ戻る方法を求め続け……お前達に出逢った」
空間ディスプレイに様々な映像が映りだす
色々な街、森、砂丘、村、草原、湿地、海、氷海、雪原、遺跡……カナタの歩んだ軌跡が表示されていき、そして最後に…とある巨大集落、いや…街と呼んでも差し支えない規模のそれが映し出される
3人はその1枚の映像に、目を釘付けにした
何故ならその場所こそ…
「俺が最後に立ち寄った場所…亜人結成大村ユーラシュア。この場所で、全て変わった…全部壊れた集落の中央の、地下貯蔵庫に隠れたお前達とそこで出逢ったんだ」
ただ無言で、その言葉を聞く
その時の光景が、3人の脳裏に半ば勝手に蘇る
ーー悲鳴と破壊と咆哮が分厚い地下貯蔵庫の扉の向こうから響き聞こえてくるのを3人で互いに抱き合いながら震えて声を押し殺し…恐怖に何もかも押しつぶされながら必死に耐え忍んでいた幼き日
震えて涙を流しながらいつの間にか何も聞こえなくなっており、それでも「まだ外に魔物がいるのでは…」と疑心暗鬼と恐怖に支配され何の行動も起こせなかった眼の前で分厚い扉がゆっくりと開いていき、登り出しの朝日を背にした1人の少年が…その身を魔物の血で染め、まるで世のすべての闇が集まったような混沌とした目をした無表情な少年がこちらを見て僅か目を開いてこちらを見ていた
誰?…そんな言葉すらも出てこない中で、その少年はそっ、とこちらに手を差し出し
「………大丈夫?」
どこか冷たさを感じる無機質な声でそう言った
その手を取って貯蔵庫から這い出れば、もはや原型すらとどめず破壊され尽くした集落が目に入り、次いで大量の魔物の死体がそこら中に転がり、山積みにされ強烈な死臭が漂っており幼いマウラが吐きそうな顔をしていた
胸中に絶望が…己の小さな世界を圧倒的な絶望が支配する…何も残っていない、家族も他の友人も家も故郷も何もかもが滅ぼされた極限の喪失感が…
そんな自分達に、目の前の少年は言ったのだ
「…着いてくる?」
自然と、その言葉が、すー…、と心の中に入り込んだのだ
心か精神か本能か…何かは分からなかったのだが、自分自身がその言葉を信じて良いと…ただ確信したのだ
シオンも、ペトラも、マウラもそれを同時に思い顔を見合わせ…示し合わせたようにこくり、と頷いてその少年に…カナタに着いていって…ーー
「…あの日のことは忘れん。我が…我ら3人が運命と出会った日だ」
「そうですね。あの日全てが終わりましたが…始まった日でもあります。それがなければ私達は本当に何もかも…あらゆる物を失っていたと思います」
「…んっ…カナタ居なかったら……なんにも無かった…。…私達も…カナタに出会った日……多分…生きてて1番運が良かった……」
後に集落の後始末は全てカナタがやったと聞いた
故郷へと墓参りに毎年訪れるが、そこには通常の滅んだ村のような廃墟ではない、崩れた家屋は1つもなく巨大な霊園のように整理されており集落の者達一人一人の名前が刻まれているのだ
巨大な集落だ…どんな手間を掛ければそこまでの後片付けと霊園の建設が出来るのか…そう思ってはいたが彼が黒鉄の勇者ならばなんてことはないだろう
重機のような役割のゴーレムやら何やらを大量に所持する彼からすれば不可能ではない筈だ
カナタが彼女達の言葉に「…そか」と短く呟き、一息入れる
「今の俺が対面してる現状はこうだ。ひとつ、四魔龍の封印問題…既にガヘニクスは開放された。残りは3体…内、まだ問題ないのは2つだ。魔海龍ルジオーラ、魔蟲龍エデルネテルは現在も秘匿された状態で封印中だが…直近の大問題は魔鳥龍グラニアスだ。封印地点はジュッカロ魔棲帯、つまりこの街から89.6km先にある魔物の巣窟にあるんだが…」
はぁ〜…と深々とこの世の不幸を掻き集めた溜め息を吐き出すカナタがある空間ディスプレイをくるり、と引っくり返して3人に見えた
なにやらグラフやらパラメーターが激しく上昇や低下を繰り返しており数字も高速で増減を繰り返す…一見意味不明な表示
「教国がドジを踏んだ。…あんのバカカスボケ間抜けポンコツ魔法実験の結果…封印の原動力を兼ねてた龍脈に異常が発生し、封印機能が一時的に破損。グラニアスの封印は揺らぎもはや再封印は不可能なまでに綻んだ。今から約2ヶ月以内…いーや、多分1ヶ月とちょいくらいでグラニアスは復活を果たす」
情報の共有…3人はそれぞれ明かされた情報を、カナタの根幹の秘密以外は常に互いに明かしている
カナタが勇者であり、それに関することは知る者だけでしか共有していなかったが今回マウラがそこへ辿り着いた事によってその縛りも無くなった
その情報はシオンとペトラも知る所であったが改めて言われれば緊張が走る
魔物の頂点に君臨する最強の魔物
4体存在する各生態系の頂点
生存戦略の化身、物量と兵力、敵を減らしながら味方を作る、増繁殖による制圧面での災厄の化身である魔蟲龍エデルネテル
最大領域である海を支配し、海に面する海洋国家から付近の場所まで何もかもを水底に沈める大海の支配者である魔海龍ルジオーラ
大地を総べ、火山と地のエネルギーの全てを持ち操る陸上と大地の厄災、陸戦の最強戦力である魔蛇龍ガヘニクス
そして…空を自由に飛び駆ける魔龍の最高機動力を有する存在であり、星の領域の外まで飛翔するとまでされる空の頂点捕食者である魔鳥龍グラニアス
国を容易く滅ぼす最悪の魔物の王
かつてどの国も兵も、冒険者も勇者達すらも…たった一体すら滅ぼすこと叶わなかった滅亡の化身である4体の龍を、120代目勇者、ジンドーはただ1人で制圧…己の生み出した巨大封印によりその命を膨大な年月とともに葬るべく封じ込めた
だがその封印は1つが破られた
大地の化身、ガヘニクスは既に復活して時間も経っている…封印により擦り減らした生命力を蓄え直すのには悪くない時間が経過してしまった
そこに加えてグラニアスの封印破損…復活
昨晩の魔神族最高戦力の一角、三魔将の1人であるレイシアスの出現が彼らの襲来を確定させた
2体も蘇ればもはや人類と魔物の境界線は五分以上に押し戻される…
「…という訳で、今回カラナックに来た目的はグラニアスの抹殺。…アレは出てこられると個人的に困んだよ。だから消す…当然、最悪の危険が付き纏う事になる。3人には是非とも大人しくしてて欲しかったが…」
「そういう訳にはいきません。もはや私達はカナタ1人で向かわせられる状況では無いのです。…どんな微細な事でも役に立ちます」
「当然。魔神族の襲来すらあったのならばなおさらだ。…グラニアスの魔将の同時戦闘なぞ、そなたも経験は無かろう。責めてその他有象無象を抑えるくらいは我らにさせて貰う」
「んっ……元々私が失敗したから……絶対にっ…あんな事はしないからっ…!…力になるよ…カナタっ……!」
力強い言葉と視線がカナタに集まる
困ったようで、どこか嬉しそうで…でもやっぱり困ったような顔のカナタが「…ほんっと…そういうとこだよなぁ」と口にしながら
「ま、グラニアスが出てくるまではやることも無し。魔神族も俺がカラナックに居るって分かった以上は下手に近寄らないだろうからな…実際、来てくれれば大歓迎だ。…ただの魔神族だけなら、殲滅し易い」
その最後の言葉に、三人の背筋がぞわり、と震え立つ
自分達には見せない面…カナタの「勇者」の部分が表に出た僅かな瞬間に喉を鳴らす
これが勇者ジンドー
魔神族の天敵、魔物の殲滅者…かつてこの歴史上、魔神族を相手に「殲滅し易い」などと言ったものは存在しない
並の一兵ですら何人もの兵士と冒険者が囲んで多大な犠牲を出す相手が魔神族である
姿を見れば終わり、とまでされた悪魔なのだ
人類の特級戦力…所謂、金剛級冒険者や国の虎の子と言える最高戦力ならば魔神族数人の相手を出来る程度に強いだろうが、それ程の者でなければ魔神族の相手は務まらない
それを、魔神族全員を相手にして…「殲滅し易い」とのたまえるのは後にも先にもただ1人…勇者ジンドーをおいて他に存在しないだろう
「問題があるとすれば…魔将総出で俺を抑えに来る事だ。流石に3人がかりは面倒くせぇ…いいか3人とも、よく聞け。決して…魔将とグラニアスは相手にするな。お前達の師である俺が言ってやる…お前達じゃ、まだ勝てない」
その言葉に反論する者は居なかった
シオンとペトラは一度出会った…魔将ギデオンとは戦闘すらしていないが、戦うことなど想像もしなかった
もし少しでもその気なら、自分達はあの場で死んでいた可能性が十分にあった事は理解しているのだ
さらにはマウラ…魔将レイシアスの姿を目撃し、その魔法をまさに胸先まで受けそうになった
一撃で、良くて瀕死だっただろう魔法を見た…その強さは容易に想像できる
敗北の度に、強くなることを誓ってきた
でもまだ足りない
そのことに、歯噛みする
ならばどうするのか?
簡単だ…更に強くなれば良い
「しっかり鍛え直してやる。今度は勇者の力も使って、叩き上げてやるから…だからそんな難しい顔すんなって、な?」
そう言われてお互いを見合うシオン、ペトラ、マウラはその表情が固く強張っているのに互いを見て気が付いた
カナタも少し心配そうに見ており、「あー…そうだなぁ…」と少し考え込みながら
「…そうだな、うん…。じゃ、マウラが立てるようになったら気分転換にでも行くか。見せたいものもあるしな」
ぽん、と手を叩いてそう言ったカナタに、3人揃って目を瞬かせるのであった
「…えー…立てます、マウラ?」
「んーっ…んーっ………!……む、無理ぃ………っ」
「あーあ…こりゃ時間かかるぞ、カナタよ…」
「い、いや…今回は俺だけ悪いわけじゃ…」
ーーー
「祓魔剣!一閃撃ッ!」
「穿て、氷鬼の涙滴!
木の棒を十字に組んだ簡易の人型に兵の鎧と兜を着せたカカシは軍や冒険者の間ではよく用いられる典型的な的だ
そこに向けて蓮司が手にした純白の剣をカカシの頭部へと叩き付ける
強い衝撃と鈍い金属音と共に兜は真っ二つに切断され、彼が後ろに引いた瞬間に何本もの氷柱がダーツのように放たれカカシの胴に着せられたプレートに突き刺さる
朝霧の放った氷魔法はただの氷ではあり得ない貫通力で鋼鉄の胴プレートに穴を開けられる威力を持っていた
それを見ていた瑠璃と耀から「おー」と感嘆の声が上がる
ここはレルジェ教国、教皇殿の裏庭にある勇者達専用で作られた戦闘訓練場である
普通の兵士との訓練もあるのだが、こうして魔法の試射を行う場合は夕方や夜…1日の終りに実際に撃つことが多くなっていた
これまでならば昼間の訓練をして終りの日が多かった…こんな日が暮れてまで訓練なんて事は稀にしかしてこなかったのだが、あの襲撃事件が全てを変えた
「くそっ…!こんなんじゃダメだ!アイツはもっと硬かった…!もっと強く振って、硬い剣じゃないとダメなんだ!」
ガツンッ、と手にした純白の剣を地面に叩きつけて癇癪を起こすように声を大きくする蓮司に瑠璃はビクッと震え、朝霧は溜め息をつき、耀は額に手を当てた
あの日からずっと訓練の時はこの様子なのである
余程、自身の渾身の一撃を無防備に受け止めたにも関わらずケロッとされていたのが堪えたのか、ずっと一撃の訓練を繰り返しており…こうしてカカシの頭部への振り下ろしを繰り返しているのもあの一件を引き摺っているからだった
突如として現れた黒の鎧
もはや訓練で兵士との模擬試合等はもはや負け無しになってきていたのだ
兵士…つまり戦いを生業とする者に余裕を持って勝てる、というのはそれだけ強くなれた自覚が芽生えるのに十分だったのだが…その自信を完全に圧し折られた形となった蓮司はずっとこの調子へと陥っていた
「はぁ…あのねぇ蓮司…そんなパパッと強くなれんなら苦労しないのよ。いい?あの鎧の奴は一国家を真正面から1人で襲撃して難なく姿を消せるような怪物よ?この世界に来てまだ全然時間も経ってない私達が勝てなくても普通なのよ」
「違う!俺は勇者…っ負けたらダメだったんだ!そうだろ!?皆でゲームしてた時だって負け無しだったじゃんか!」
「蓮司…まさかまだ、この状況をゲームとごっちゃにしてるの?あんまり言い方良くないけどさ…ちょっと現実見た方がいいよ。僕達はあの時…死んででもおかしくなかったんだ」
呆れた様子の耀が発した言葉に顔を真赤にする蓮司が「もういい!」と城へ逃げるように駆け込んでいくのを瑠璃が「ま、待って下さい蓮司君!」と追いかけていく
その後ろ姿に残った朝霧と2人で嘆息を漏らし…
「はぁ……完全にダメになってるよ…。どうやったって僕達の話を聞ける状態じゃない」
「そうね。あそこまで重症とは思わないわよ、普通。…行ってもいいけど、あの様子だと私達まで敵認定待ったなしよ?」
「だよね…。取り敢えず、今はコレの意味を考えよう。この歌の内容は真実…っていうのはあの酒場の人達からも、芸者からもよく聞けたから。信憑性はかなり高いよ」
懐に仕舞い込んだ一枚の紙を広げる耀の隣からそれを覗き込む朝霧
そこには2人が下町の酒屋で聞いた芸者の歌に載せられた歌詞が綴られていた
あの時すぐに、芸者へと歌詞の内容をメモさせて貰いその場に居た者達も含めて…この歌詞の内容が真実に基づく物なのかを聞いて回ったのだが
結論は…ほぼ間違いないレベルで真実を歌っている
むしろ、その内容を知らない事に対してモグリ呼ばわりされる勢いであり、恐らくは疑うべくもない真実という結論に至ったのだ
「まず気になる点は…これまでも勇者が居たってところ。それも他の人の反応的に見ると…本当に一般知識というか、有名どころじゃなくて常識みたいな感じだった」
「そうよね。皆揃って笑いながら教えてくれたくらいだし…「そんな事も知らないのか?」って何回言われたのかしら…?」
「うん…つまり、だよ?この世界の勇者って存在において僕達の方がイレギュラーなんじゃないかな?あんまり考えたくないけど…僕達は本来存在しない筈の勇者の可能性もあるよ」
「考えすぎじゃない?実は結構勇者ってこの世界に来てるような存在とかなら、別に浮いた存在でもないだろうし…」
「ならいいんだけど……どうにもそうじゃない気がするんだ。そんなに色々な場所でポンポン勇者が来てるなら正確な数とか分からないと思う、ほら…僕達だってあのお城にほぼ引き籠もりで街の人だって誰も勇者なんか知らなかったし」
「それはそうだけど……って正確な数?」
「歌にあった…『遂に100と20を数え、その勇者は降臨した』って一節。そのままの意味なら多分…」
「っ……120人目の勇者…っ!そっか…つまりこの世界を救った、っていうのは…」
「そう、きっちり正確に数えて、5年前に呼び出された…120代目の勇者が3年前に全ての決着を着けたんだよ。僕達はその後に喚ばれたんだ…なら僕達の役目は?」
「え?…それは…まだ魔神族と魔物が残っているからその掃討とかじゃない?」
「魔神なんて化物を倒した勇者がまだこの世界に居るのに?」
「っ!」
ここに来て…朝霧の脳裏に猛烈な嫌な予感が到来する
勇者は魔神族と魔物を倒す為に…と言われてはいるものの、120人目の勇者はそのトップである魔神を既に滅ぼしている
そんな強さの勇者がまだこの世界に居るのに自分達は…何の為に喚ばれた?
「これが嫌な予感の1つだよ…僕達は、誰に望まれた何の為の勇者なのかな…?」
「っ…ほんっと、嫌な予想だけどんどん立ってくわね!要するに、秘密裏に勇者なんて喚び出したこの国は真っ黒…そういう事ね」
「うん。最後の記録で勇者が現れたのは大凡600年以上前が初めて…そこから120人の勇者が居たなら、そうポンポンと喚び出せるモノじゃないと思うんだよ…勇者って」
「ちょっと待って。ならあの黒い鎧の奴は…こんなブラックな国に敵対してるなら逆に敵じゃないって事にならない?」
記憶に新しい、あの襲撃者
圧倒的な破壊と共に現れた謎の存在
これがゲームや物語ならば、ラスボスとの初御披露目とでも言えるイベントに見えるのだが…
耀は、自分に差し伸べられたあの手が忘れられなかった
そもそも…あの黒い鎧はあの時何をしに来た?
(枢機卿達を殺しに来たっぽいけど、結局そのまま帰っちゃったし…あんなド派手に押し入ってきて、被害は建物とあの地下空間だけだった。聞いた話じゃ人的被害ゼロ…盗難被害も無し…僕達にも手出しせず…)
明確に敵として襲撃しに来たならば、あまりにも被害が無さすぎる
あそこまで城を破壊し、岩盤に風穴を開けて、地下の地底湖を根刮ぎ吹き飛ばしておきながら…その実、怪我人はいれども重症者、死者は存在せず、宝物の類にも指一本触れることはなかったそうだ
この歌には他にも気に掛かるフレーズが多くある
歌詞の通りならば、大勢の勇者が使命の半ばで命を落としている…それも皆が若い、とさえ記されているとなればなおさら不気味さに拍車が掛かる
しかも惨たらしく、とまで表現されては同じく勇者の肩書を持つ者としては気になり過ぎるくらいだ
そして、今のところその非業の運命から逃れたものは唯一人しか居ない…
「朝霧さん。僕達の最終目標が、取り敢えず分かった気がするよ」
「最終目標…って、地球に戻る事?」
「ううん、それはまた別の問題かな。現実的に帰り方なんて考えもつかないし…。当面僕達が目指さないといけないのはね…最後の勇者に会う事だよ。何があったのか、どうすればいいか…最後の勇者ならきっと知ってると思う」
「最後の勇者、ね…。それで、いつここからサヨナラしようかしらね…この国に居座ってても埒が明かないわよ?そうね…唯一、国名が出てる場所に行きましょ。確か……」
「ラヴァン王国だね。あの鎧の話だと勇者関係にも何か関わってそうだし、まずはそこを目指してみよう」
2人はここに、レルジェ教国出奔を決意するに至った
自分達が知る情報はあまりにも少なく…だからこそ、限られた情報の中から手探りでヒントを手繰り寄せるしか無い状態
少なくとも、その辺の兵士よりは強いのならば道中の安全はどうにかなる
金銭関係は働きながらでもいいし、冒険者というのも鉄板だ…そう考える耀と朝霧の背後から、その声は会話を割くようにして入り込んできた
「勇者様、そのお話…私にも聞かせてくれませんか?」
ばっ、と急いで振り返る2人…まさかその会話を教国の人間に聞かれたのならばかなり不味いのは明らかだ
冷や汗と共にその方向へと視線を向け…目を丸くする
純白のローブと法衣を身に纏い、煌めく白銀色のサイドテール、その頭には大きな赤い宝石と、その左右に透き通るクリスタルが嵌め込まれた特徴的な額飾りが夜の闇から星の光を受けて輝いている
見れば忘れない、透明感のある美しい少女がそこに立っていた
そう…彼女と出会うのは何度目か。一番最初に会ったのは確か…この世界に来て一番最初だった筈だ
「聖女ルルエラ…なんでここに…」
耀の信じられない、という声に困った様子で笑いながら白銀のサイドテールを揺らしながら…レルジェ教国筆頭教導聖女ルルエラ・ミュートリアはこう言った
「そのお話…私も一枚咬ませて貰えませんか?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【後書き】
「………(ビクンッ、ビクンッ)」
「マウラ…そなたは良くやった。ただ…相手が悪かったのだ…人は、モンスターには勝てんのだ…」
「今さらっと俺のことモンスター扱いしなかったか?まぁ落ち着いて考えろよ…今回のは俺悪くなくね?」
「まぁ確かに今回のはマウラから挑んだ部分があるのは認めます…ですが!あんなあられもない声上げるマウラなんて初めて見るのですがっ!?」
「あー…可愛かったよなぁ。ついつい虐めたくなるというか…ガンガン来てくれる子を逆に仕返しで分らせるのって、いいかもしれない…」
「ひぇっ…か、カナタが思ったよりSっぽいぞ!?わ、我らヘタに挑んだらより酷い目に遭うということでは…!?」
「なるほど…そういう考え方もありますね…。つまり…最初イケイケで責めつつカナタの嗜虐心に火を着ければもっと凄いことを…」
「その考えは危険だぞシオン!い、いや我も興味があると言わざるおえないが…」
「いや興味あんのかよ!?そういうお前ら何だかんだ言ってかなりМっぽいよな…」
「むっ、失礼な…私がМかどうかは試してから判断してもらいましょうか。私が責めに回ればさしものカナタも腰砕け間違いなしです」
「…なに?言ったなシオン…俺はまだ本気を出したことが無いのを忘れるなよ?どれ…飯と水をありったけ魔法袋に入れて一週間部屋から一歩も出ずに耐久セッ…」
「待てカナタぁ!早速!早速シオンに釣られておるぞ!ほれ見ろ、やつの顔!あのゾクゾクとこれから身に起こる行為に頬を赤くしながら震えるシオンの姿を!」
「…これはっ……誘い…受け…っ!……っわざと火を着けて激しくしてもらおうと……っ」
「意識があったか、マウラ!というかそなたもそなたで詳しいな!?さてはそれも狙っておったか!?」
「うっ……な、なんのことか分からない……」
「さぁカナタ、向こうの個室で教えてあげます。弟子は師を超えるものだと言うことを…。泣いて謝っても許してあげませんからね?」
「望むところ…そっちこそ、覚悟してもらおうか。未だ二割程度も開放していない俺のフルスロットルを見せてあげよう」
「……えっ、二割未満だったんですか…?」
「いかん!シオン、早く退けぇ!そこから先は地獄だぞ!」
「…むしろ…天国なのかもしれない……?」
「…た、確かに!?」
「お前も大概だな、ペトラ……」
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