第64話 荒野に乱れ咲く瑠璃の華


「わぉ…これすごいね。まさに異世界酒場…樽みたいな椅子にバーカウンターとかもあるし…あ、木のジョッキだ!」


「うん、異世界はこうじゃないと駄目よね。…流石にいきなりお酒はハードル高いかしら…無難に料理でも頼みましょ」


「お金は…これだよね。使うの初めてだなぁ…あ、一応顔隠さないとダメかな?勇者って騒がれるかもだし」


「あ、そうね。一応被っておいた方がいいかも」


ランタン風のガラスの中に魔法の光が灯り、人からの光よりも魔法の灯りが強く店内を照らし出す


目につく物は全て木製…この手の酒場ではトラブルや喧嘩、酔っ払いの対策として壊れやすいガラスや石製の物は殆どなく、机から椅子、器、ジョッキ、フォークに至るまで全てが木製で揃えられている


香るのは多数の料理がごった混ぜられられた鼻を誘惑する匂いにアルコールのツンとした匂いが混ざり合う不思議なもの


さらに今までは綺麗な信徒や神官の服しか見たことがなかったところ、ここには軽装やインナー、果ては鎧に剣を提げた者も多く座っており、皆が機嫌よく話に花を咲かせながら片手には酒を握りしめているのだ


異世界情緒ここにあり、と言わんばかりの光景に感動するのも無理はない


2人は着ていた外套のフードをばさり、と頭に被せると適当な近場の机に座り木版に書かれたメニューを眺め始める


今までは食堂はあれどもメニューは決まっていたし量も増減は無し…やはり腹一杯食べてみたいのは健康な高校生ならば当然なのだ


しかもメニュー表には聞いたこともない動物の名前や食品名がたくさん載っており、メニューを見るだけでも興奮は尽きない


「なにこれっ!『ホーンボアのステーキ』だって!ボアってことは豚…だよね?トンテキかなぁ?こっちは『極彩鶏のクリームシチュー』…っど、どっちもいってみようかな…!」


「ああもうっ、もっと早く抜け出すべきだったわ!じゃあ私は…『ダッハブルの串焼き』と『エナメルベーコンの野菜炒め』ね。すいませーんっ!」


珍しく興奮を隠さない朝霧が手を振って店員を呼べば景気よく「はーいっ!今いくよー!」と小太りなおばさんが駆け寄ってくる


「僕はホーンボアのステーキと極彩鶏のクリームシチューで!」


「で、私がダッハブルの串焼きとエナメルベーコンの野菜炒めね。あと…このグリーンオレンジの果実水2つ」


「はいよ!ところでお二人さん見ない姿だけど最近来たのかい?この国に来るなんて、まぁ物好きもいいとこだよ!」


「え…あ、あははっ、そんなところです!変わってるって……えーっと、やっぱり変ですか?」


メニューを取りに来たおばさんか何気なく口にした言葉に耀が言葉を濁しながらも繋ぐ。さも、自分達は旅で立ち寄った風に…


思いがけず、早い段階で聞きたい話が聞けそうだ…耀は内心そう感じだったのだ



「そりゃぁそうよぉ!この国で楽しいトコなんてこの辺の壁街くらいよ?娯楽もなし、観光もなし、名所なんて堅苦しい神殿だの像だのばっかり…冒険者だって居着く奴らは殆ど居ないんだから!」


「へぇ……えっとじゃあ…この国ってあんまり良くない国なのかしら?その、他の国とか、人にとって…」


「あー…まぁ良くは無いんじゃないかい?アタシも外から来たクチだけどねぇ、そりゃあ評判なんて良くないさ!ほら、ラヴァンに散々突っかかってたのに魔神云々ってなるとすぐ大人しくなるしねぇ。情けないったらありゃしないよ!」



じゃ、少し待ってな!と来た時と同様にばたばたと駆けて厨房へと戻るおばさんの背中を見送りながら…思わず重たい溜息が出る2人


この国が他国にとっても厄介な存在である可能性が極めて大きい…それはつまり、他国と不仲を抱えているという事であり、自分達の出番はそれらの国との戦争の駒…という可能性が膨れ上がったのだ


「はぁ…サイアクね。喚ばれた国がブラックなんて、ラノベでも良く書かれるけど…まさが自分達がそれに悩まされるなんて…」

 

「本格的にさっさと出て行ったほうが良さそうだね。あと気になったのは…「ラヴァン」って名前だよ。ほら、覚えてる?あの黒い鎧が言ってた中にあった…」


「…確かに言ってた気がするわね。とは言え、まだこの国を出る明確な理由も出てこないし…とりあえずはここで過ごすしか無いのかしら…ま、出るにしても…」


まずもって、国民や暮らす人々の声にそんな意見がある国が、清く正しい国家な訳がない


本格的に脱出を検討しなければならない…となれば、問題は2つあった


その1つが…


「デルツェフ枢機卿だね。彼に力技で止めに入られた場合に突破出来るかどうか…国外での活動中にドロン!が一番やりやすいんだけどね」


「正直、それより面倒なのが居るでしょ?…蓮司よ、蓮司!あんなに「勇者」なんて言葉だけで調子乗って取り憑かれるなんて…この国から出るなんて乗ってくる訳がないわ!瑠璃は間違いなく蓮司にくっついて行くから、そうなると…」


「まっぷたつ…。見捨てたくはないけど、蓮司と瑠璃さんがこの国の都合のいい駒の内は無碍に出来ないんじゃないかな?それなら…僕達だけでも外に出て、色々と知るのが一番だと思う」


「お友達に引き摺られて面倒に巻き込まれるなんて定番よね…流石にあんな痛々しく「僕は勇者です!」なんてなりきってるんじゃ、連れてく気も失せるわよ」


「あはは…その辺結構ドライだよね、朝霧さん」


「当然よ。ぐだぐだ引っ張られて全滅なんて愚の骨頂、普通に考えられる人間だけでもマトモに動くべきよ」


  

肩をすくめて言い切る朝霧に苦笑いの耀だが、はっきり言うならばそれは正しい…と彼は考える


自分が薄情だとは思いたくないが…今の蓮司は「勇者」という言葉と勇者扱いしてくれる国に洗脳されているような物だ


それならば…まだ国外に助けを求めて出奔するほうが結果的に彼らを助け出せる可能性がある


少なくとも…この2人だけでは無理なのだから



「はいよ!お待たせ!ちょいとサービスしといたから、しっかり食いな!」



どんっ!と音を立ててテーブルを揺らす勢いで置かれる皿の上にはかなり量のある料理がもりもりと盛られていた


ステーキはレアで焼かれた分厚い1枚の大きな肉が3枚も重なっているし、シチューはまるで特大のラーメンどんぶりに並々と入っており、地球メニュー詐欺など知らんとばかりにゴロゴロと大振りな鶏肉や野菜が沈んでいる


串焼きはピラミッドのように3角に積まれており、一本の串に子供の拳ほどはあろう肉が八個も連なっていて、野菜炒めに至っては完全に家族用プレートのような大きさの更に山盛りとなっていた


眼の前にして漂う猛烈な香気に先程までの暗雲漂うテンションが払拭されていく


この見た目のインパクト…思わず喉がなってしまう


もはや言葉も交わさずに



「「いただきます!」」



パンッ!と2人揃って両手を合わせ、がっつくように料理にかぶりつく


今までの精進料理のような、味の整えられた…というとお世辞になるが要するに薄味の料理とは違う、ガツンと舌を殴りつけるような豪快な濃い味に鼻へ抜けるソースやスパイスの香りがぐんぐん食欲を沸き立たせてくる


まさに、一度食べ始めたら止まらない



「これっ、週に四回は抜け出した方がいいよっ!」


「確かに!言えてるわ…!もうあんなしけた料理食べ続けるのなんて無理よ!」



フォークで刺したステーキを食い千切り、スープの変わりにシチューを流し込む。ドストレートにソースとスパイスの香りと肉の旨味を訴える料理に完全に心を掴まれていく耀


朝霧も串焼きを豪快に噛んで串から引き抜き、口に納めてはフォークでもっさりと掬った野菜炒めを口に運ぶ。こんな量食べ切れる訳がない…なんて自然と思わなかった。むしろ足りないのでは、と不安になるほどだ


まさに夢中になって料理を口に運ぶ


そんな二人の耳に、軽やかな弦の弾く音が聞こえた


ふ、と気になって見てみれば店の一角で椅子に座った美女が、民族的な背の低い弦楽器を構えてそれを弾いているのだ


周りの客もそれを見れば盛り上がりを見せながら椅子の向きを変えて楽器を構える美女の方へと向き直っている


「すっご…お店で演し物してるんだ」


「ま、スピーカーとかも無いし、実際に演者が来てくれてるのね。いいじゃない!こういうの、私好きよ」


朝霧はかなりノリノリだ


他の客に便乗して拍手まで叩きながら


その緩やかで落ち着いたメロディーに併せて、その曲は美女の透き通るような歌声で…





ーー勇者、勇者…勇者ってのは


世界を救う使命を背負った英雄さ


困る者を救い、助けを求める者に手を差し伸べ、世に平穏を齎す救世主


世の不穏を取り除く事が出来る特別な存在、その為の特別な能力を有する遥かより来たる超越者


この世に生きる人々では到底…到達できない力を持つ、彼らを人は勇者と讃えてる


では、勇者は誰が助けるの?


勇者が救いを求めることはあり得ないの?


アルスガルドに呼び招かれた勇者達は


皆が皆、揃いも揃って


救われなかった者達さ


みんな若くありながら、志半ばで朽ち果てた…


時に酷く、時に凄惨…見るにも絶えず散り絶える


彼らに皆が救いを求め、安寧を求め…それでも彼らを救う者はこの世界に居なかった


その執念が実ったか、はたまた彼らの念がそうさせたのか、それとも祈りが届いたか


遂に100と20を数え、その勇者は降臨した


彼は救いなんて必要としない


その力において、かの勇者は最強を謳う


誰にも彼は止められない


万の軍勢、億の作戦、兆に匹敵する強敵   


それでも止まることはない


彼の進んだ後ろの道が、人の世界へと戻ってくる


魔の者達はその日初めて「勇者」の意味を知ったのさ


でも旅の最中…彼もまた、誰にも救われる事はなく


救いを乞う声すら出さず


魔の者より絶望と謳われた勇者は…誰からの救いもなく、世界の救済をやり遂げた


彼はいったい何処へ行ってしまったのか


いったい何を思って、今を過ごしているのかーー♪




ーーぞわり


二人の背中に、氷柱が差し込まれたような寒気が走った


今の歌詞は…何を歌っていたのか?


教国は言った



『我らの最初にして最大の勇者方だ』…と



あまりに突然、耳に飛び込んできた衝撃的な言葉の羅列に口へ運ぶ途中の肉が皿に落下するのさえ、気が回らない


耀は教皇殿の中で調べたことが何度もあった


過去にどんな戦いがあって、自分達はどんな世界に来たのかを


数百年前に異界より現れた魔神族と魔物の軍勢により人類の領域は尽く奪い去られ、僅か5年前にその首魁である魔神が打ち倒されるまで暗黒の時代が続いた…そう記されてあった


だが…打倒された、などと一言も記載されていなかったのだ。それどころか…過去に勇者が居た記録さえ1文字たりとも記されてはいなかった


ーー自分達の他にも、勇者は居たのなら…彼らはどうなったのか?


♪ーーー時に酷く、時に凄惨…見るにも絶えず散り絶え



ぶわっーー


耀の額に嫌な汗が滲み、猛烈な悪寒に包まれる


なんだそれは…まるで………まるで……………


(過去の勇者たちが全員…っ……無惨に殺されてきたみたいじゃないか…!これってただの創作の歌って訳じゃ…)


頭の中で…その歌が創作の作り物であることを信じようとしてしまうが、それを否定できる要素が今のところどこにもない


だって何百年も人類が魔神族に追い込まれていたって言われてた。勇者が居たならとっくに…………いや、違う…何百年も?そんなに長く滅亡の瀬戸際に立たされていたのにどうやってそんなに持ち堪えられた?



♪ーーーみんな若くありながら、志半ばで朽ち果てた…



だって、それじゃあまるで…







何人もの勇者達が……世界を救おうとして殺され続けてきたみたいじゃないか







「何処へ行かれていたんですか!?探しましたよ、勇者様!」


「…あ、うん…ごめんね、今から戻るよ」


レルジェ教国、上級信仰者街の美しく整理された街の中で数人の信徒を引き連れた司祭が慌てて二人の勇者に駆け寄る


突然曲がり角から姿を消して以来、2時間ほど探し回ったが勇者ヨウと勇者サギリの2人は何処にも姿が見えなくなっていたのだ


それが、ようやく教皇殿の付近に繋がる小道で見つけ出すことに成功した彼らは安堵の声を漏らしながらそう言った


まさか監視の任を任されていたのに見失ったなどと報告出来る理由も無し…文字通り血眼で探し回っていたのである


だが…そんな彼らの様子も気にならない様子の2人の頭の中はある内容でいっぱいだった


それは…耀と朝霧の胸ポケットに大事に仕舞われている一枚の紙にある




そこから二人は自室に戻るまで…一言も発することは無かったのだった




ーーー



カラナック周辺に点在するオアシスは複数あるが、ある程度の大きさがあるのは7つ…カラナックを囲うようにして存在していた


農業用、畜産用に3つ、予備の水源に1つ…残りの3つのオアシスは手付かずの状態になっており、旅の休憩場所として人々がふらりと立ち寄る場所となっていた


そんな手付かずのオアシスの1つに2人の人影が、月上がりに照らし出されている


いつぞやの野外演習でキャンプをした時と、奇遇にも同じような状況で…肩を並べて2人は水辺に素脚を入れたまま寛いでいた



「……勇者……四魔龍……ほんとに物語の中みたいな話……じゃあシオンとペトラが知った話って……これだったんだ……」


「ま、そういう事になるな。……正直、どうやったって面倒事に巻き込む結果になる。だから……その…ペトラからの好意も素直に受け止められなくて、家の周りを更地に変える程度に戦いをしたりとか…」


「…おー……想像出来る……」


「シオンからの好意も…いや、俺はペトラに言われて素直に受け止めたつもりだったんだけどな?…そうは見えない、って言われて…その……家の周りが穴だらけになる程度に戦ったりとか……」


「……すっごい想像出来る……!」


カナタが項垂れながら話す…その光景がマウラの脳裏にはっきりくっきり鮮明に思い浮かんだ


それはも、映画でも流れるかのようにばっちり、リアリティ抜群に頭の中で再生出来た


姉妹のような彼女達の事など手に取るように分かるのだ


それはそれはさぞや大暴れしたのだろう…



「…じゃあ……私が最後だったんだ…ちょっと悔しいな……でも、私…そういう頭は回らないから……こうやって話せるのは…ペトラとシオンのおかげ……」


「……かもなぁ。なぁ、マウラ…勇者ってどんな者だと思う?」



カナタのその質問は、あの二人の少女にもされた同じ内容の物だった


聞かずにはいられないのか…やはり気になってしまうのか…

 

その答えはとてもシンプルで、短いものだった



「………カナタだよ。…私にとって…勇者様っていうのは……「カナタ」って意味…。…カナタが世界を救ったのは凄い…けど…そういう事じゃなくてね…?……勇者様っていうのは…私にとって職業じゃなくて……カナタを指す言葉…。…昔も勇者様は居たのは知ってるけど…「私の」勇者様はカナタだけだから……」


「そう言われると……嬉しいなぁ。だから、っていうとあの2人に失礼かもしれないけど……ペトラもシオンも、そんでマウラもそう言ってくれる。だからかな……なんの気負いもなく、今なら言える気がすんだ」


マウラが見つめる彼の顔は…かつてペトラへ打ち明けた時のように自棄っぱちで仮面を被った物でのはなく、そしてシオンへ打ち明けた時のような諦めと不安を漂わせた物でもない…


いつもの、冗談が好きで、明るくて、そして頼りになる…そんなマウラの大好きな男の普段通りの表情で、口角を上げてそう言った



「俺は勇者…勇者神道彼方だ。…他の誰から否定されてもどうでもいい、その他全てから恐れられても気にならない。お前達がそう言ってくれるなら俺は……最強の勇者でいられる」



ペトラとシオンが見れば…「憑き物が落ちたようだ」と口を揃えて言うだろう


それだけ、見違えた物となった



こてん、とカナタの肩に頭を乗せて寄りかかるマウラの表情も穏やかに目を細めている


彼女との2人の時間は心の落ち着く静かで心地よい沈黙が癖になるカナタ


暫くの間、足をパタパタとオアシスの水に遊ばせながら…脚に伝わる水の冷たさと半身に互いの体温を感じる静かな時間を過ごす



そんな沈黙を破って、マウラの言葉がカナタの耳を打つ



「……カナタ……この前の続き……しよ…?」



その言葉が何を意味しているのかは十分に理解していた


奇しくも同じような、湖の畔で色々と熱を上げた翌日の一幕…演習から帰ってきたあの時、シオンとペトラが割り込んで来ていなかったら間違いなく行き着いていた行為


勿論、カナタに否は無い


むしろ彼女らが欲しいと思っている


当然、頷いて彼女の希望と自分の希望を叶えるための行動をするに決まっているのだが…


聞かなければならない…カナタはこの重要な質問を、マウラに問いかけなければならない…













「………………………………………ここで、か?」





そう…何を隠そうここは開けたオアシスの水辺。人工物は何一つ無く、土地柄故に背の高い草木はゼロ…風通しも良く、ここからでも遠くにカラナックの街が見える程度に見通しはバッチリなのだ



もっとハッキリ言おう……めっちゃお外である、と…


カナタは先程の穏やかな雰囲気から一転…つーっ、と一筋の汗を頬に伝わせた


ペトラとシオン…2人の少女と体を重ね合わせ、カナタもある程度は性に対してのとっつきがしやすくなってきているが……えっ外でするの?


マウラの顔を横目で見る…めちゃめちゃ真剣で、澄んだ星の光を静かに宿す意志の強い瞳がこちらに向けられている



「んっ……本気っ……色々話も聞いてる……覚悟ばっちりっ……!」



ーーやっべぇマジだ…!



(いやいやいや…さ、流石にこんな開けっ広げな場所で始めちゃうのはヤバくない!?旅人とかに見られたりとか…!まだ視界を遮る道具は造ってないのに…!)


お外でなんて考えたことも無いカナタは一気に窮地に立たされた!


むしろ彼女は何故気にならないのかが気になってしょうがない…!


しかし、2人との熱い経験がカナタに土壇場の思考を可能とさせる…


流石にちょっと恥ずかしいかなー、とか

まだ早いんじゃない?お外は…、とか

もしかしてマウラこういうの好きなの?…、とか


当然…カナタの答えはこうだ



「…いや実はな、宿なら転位でいつでも戻れるからな、うん。ほら、戦って汗かいたろ?」



宿へ戻る、これ一択


扉1枚あれば音を遮断して落ち着いて致す事が出来るのだから、わざわざこんな屋外全開な場所でしなくても、ね?


と言わんばかりに魔法袋から遡行の羅針盤トレーサコンパスを取り出す


さあこれで取り敢えずお部屋に…



「ていっ」



ぺしっ



目にも止まらぬマウラの尻尾がにゅるり、と動きカナタの手から羅針盤を弾き飛ばした!


以外……!手ではなく尻尾…!…カナタの意識外からの一撃により羅針盤は、からんからん、と虚しい音を立ててカナタの後ろに転がっていく…


戦慄が走った



ーーマジでここでするつもりか…!



「……ここでいいよ…?…また止められるのも……やっ……」



マウラがちょっと頬を膨らませて言った…まさか、あの日最後まで行けなかったのを気にした結果が青か……屋外での行為という事なのか…!


しかし、流石に…流っ石に恥ずかしいカナタは諦めない…!



「まぁ落ち着いて考えよう、マウラ…。家、っていう選択肢もあるのよ?ほら、俺の家なら誰か来る心配無いし、ここで始めて人来たら嫌だろ?なーに、移動時間は秒もかからな…」



ちろっ…



「うぉぇあっ!?」



冷静に、諭すようではなく普通に話すかのような口調で屋内の重要性を説くカナタの言葉を一撃で沈める為に…マウラが彼の首筋に、赤い舌をぺろ、と出してちょっとだけなぞる


温かい彼女の舌が首筋をちょろっと舐めるぞわぞわとした感覚に言葉に出来ない悲鳴を上げて、目論見通り話してた言葉は何処かへ飛んでいってしまった


慌ててマウラの方を見れば…その表情にドキリ、と胸が弾んだ



あのいつも眠そうな目が、まるで獲物を見るような妖しい光を宿しており、頬は月明かりで見えるくらいに紅潮…僅かに唇の間から漏れる吐息は熱く、ちろり、と覗く舌が唇を舐めて湿らせる仕草が妙に艶めかしい


思わずゾクゾクとしてしまう視線は明らかに…肉食獣を思わせる捕食者の物だった



「まっ、マウラ?」


「……にゃ…?」



ーーなんかちょっと野生に戻ってない!?


可愛らしく首を傾げて呼び掛けに呼応するも、返る言葉が「にゃ」である


ちなみに…獣人は心に決めたパートナーに対してとても積極的で情熱的な事が多い種族だ


心と本能が入り混じった心情に従って行動する事が多く、特に異性のパートナー相手には本能的な行動が強く露わになる


獣人はこのような本能的な部分を残している種族であるが故に、異性のお相手を見つける時も無意識的に本能的な相性の良さを感じ取って惚れ込んでいる為…恋人としての相性の良さは殆どの場合が抜群である


雰囲気、性格、信条、生き方、居住まい…そして匂い


惚れ込んだ相手の何かに強く好感を示すことが多々あるのはその為である


……なんて事をふ、と思い出したカナタ


何故って…


こんな表情で、すんすん鼻をならしながら時折首筋をちろちろと舐めてくるのだから思い出せずにはいられない!


ここまで情熱的かつ積極的に来られたのは流石に初めてである


ペトラとシオンの時はまだ恥じらいながら少しずつ手を伸ばしてくる印象だったがマウラはその逆…体全体で、渾身の積極性によってこちらの理性を破壊しにかかっているのだ!


そんな、常にぞわぞわとした刺激に体を震わせるカナタの隙を見逃さない狩人は後ろに手をついていたカナタの腕を刈払い、彼の体の上に自身の身体を重ねる形でのしかかると、その耳元で囁くように…



「…………カナタ………しよっ……?」



それがトドメの一撃だった



「っ……こんにゃろ…っここまで火着けて後悔すんなよ…っ?」


「んっ……上等っ…!」



月夜の下で、オアシスの水面が夜風に震えて靡く側


二人の影が一つに重なる


何度も確かめ合うように唇を重ね合わせ、互いの体液を舌で交わらせながら、次第に体を重ねていき、本当の意味で1つに



今度こそ、誰の邪魔も入らずに


 


人が来るかも分からない空の下…しかし夜が明けるまで、この場での二人の蜜月は終わることはなかった





「ふぁ…っ……おはようシオン……朝飯か?」


「おはようございます、ペトラ。ここ結構いい宿ですからね、朝ごはん楽しみです」



朝、一筋の雲もない晴天


昨晩の斑にかかった雲が嘘のように消え去り、灼熱の陽光を降り注がせるお天気となった1日の始め


瞼の上から瞳を焼く陽の光に目を顰めて起きたペトラがゾンビのようにズルズルと部屋から出ればちょうど隣の部屋から出てくるシオンと鉢合わせとなる


朝からぴっしりと起きて動いているシオンとは対象的に、ペトラは朝に弱い


くしゃっ、と少し立つ寝癖をシオンがくしくしと手で宥めるのに目を細くして「おぉー…すまぬすまぬ…」と普段からはちょっと考えられない気の抜けた声と眠そうな顔で礼を言うペトラの姿は、彼女達やカナタにしか見せない一面だろう


ちなみに、泊まっている宿はこのカラナックでもトップレベルにいい宿を1人一部屋で宿泊している


ちょっと贅沢でお金とか大丈夫なの?と思わないでもないがシオンとペトラからすれば、カナタがどれだけの資金を持っていても、もはや不思議では無くなっていた


だって、あの勇者である


世界で一番魔物を討伐し、あらゆる貴金属を片手間で錬成できる黒鉄の勇者なのだ…討伐した魔物の素材やら適当に錬成した珍しい金属をちょちょいと売り捌けば巨万の富が築けるのは想像に難くない


それを考えれば、たかだか高級宿の1ヶ月や2ヶ月はあって無いような物だろう


とは言えは、いつまでも彼の財布にぶら下がりっぱなしなのは少々いただけない…とペトラもシオンも考える


その手段こそが、恐らく昨日の冒険者ギルドへの登録だったのだろうが…


「ままなりませんね。あの良く分からない成金のアホが居なければスムーズに話が進んだのですが…冒険者ギルドってどこもあの手の輩が湧くものでしょうか?」


「いや、あればかりは我らも引き運が悪いとしか言えん気がする…。カナタも想定外らしかったしのぅ。ま、登録なぞどの街のギルドでも出来る。別に無理矢理ここでしなければならん事もあるまい」


昨日のギルドでの一件が頭をよぎる…サブマスター、所謂そのギルドの2番目の男がすっかり色ボケて自分達を私物にしようとした事だ


別にこの容姿を好奇の視線で見られるのは慣れっ子ではあるのだが、あそこまで欲丸だしで迫られると気色悪い…と思い返す2人は深々とため息を漏らす


2人がそう言いながらさらに隣の部屋に移ればその扉を叩きながら中の住人が出てくるのを待ち…



「…あれ?マウラ出てきませんね。昨日は随分と早く休んでいたような気がしましたけど…」


「んー……寝てる訳ではなさそうだ。風が寝息を運んで来ておらん…呼吸の流れも無い、部屋にはおらんみたいだな」


「もうご飯に行ったのでしょうか…まぁ、いいでしょう。先にカナタを呼びましょう」


「うむ、そうするか」



風の流れが感知できるペトラには人の息遣いや体が風を切る僅かな動きを感じ取れる


部屋の中に人がいるか等、結界でもなければ容易く分かるのだ


さて、その奥の部屋…カナタの部屋にやって来れば扉をごんごん、と叩いて「カナター、朝だぞー」「朝ごはんにしましょう、カナタ」と声を投げかけるのだが…ここにも返事が帰ってくる様子は無い


カナタまで居ないとなれば「おや?」と2人が不思議に思うのも無理はない


試しにもうちょい扉を叩いてみても変化は無し…



「妙だ……内部の風が感じられん。何も感知しないのではなく…感知そのものが出来ん」


「という事は……


「あぁ、間違いなく、な。この前とまったく同じ…つまり、防音装置セイレーンが起動しておる。まったく…あやつ、今度は何を企んでおる………シオン」


「はい。いきますよ…かの者に限界の先を見せよ、感知強化フィードブースト臨界オーバーロード


シオンの魔法…極限臨界エクスター・オーバーロードがペトラの体に入り込み、彼女の体を淡く真紅の光に包み込むとペトラの視界がガラリと変わる


魔法感知能力…さまざまな魔力や魔法現象を認識する力


本人の才覚や魔法の適正によってその精度は変わる


ペトラの感知能力は控えめに言っても特上品…細かな魔法現象も見逃さずにその身に知覚する事が可能であり、これにより様々な干渉に勘付く事が出来る


しかし…防音装置セイレーンは普通の結界ではない


超隠密性を突き詰め、そこに結界があることすら誰にも気づかせず…そして内部の音を完全に遮断し魔法現象の侵入、つまり探知や偵察の魔法を一切合切弾き返す結界こそがセイレーンである


視界を飛ばす魔法、音を集める魔法、動体感知の魔法…如何なる探知魔法を無力化し、そして無力化していることにすら気が付かせない隠密能力を備えたセイレーンは、その内部で何が起きているのかを外部に何も勘付かせない


ペトラ程の魔法感知能力があって初めて、内部の情報が拾えない違和感を覚える程度なのだ


いとも容易く作り上げたかのように思えるこの結界…実は超技術の結晶なのである


それもその筈…己の最愛の女性へとなった少女達との逢瀬を他の誰とも分からない輩に気取らせるなど決して…断っっっじてあってはならない


そんな大切な少女達のあられもない声やら何やらを聞かせるなど……そう思ったカナタが何も気にせず、求め、求められるままに愛しあう為の集大成こそが、このセイレーンという訳だ


ちなみに同じ制度の物を作ろうとするととんでも無いコストが掛かる


遮音の達人、隠密の達人、道具作成の達人、魔法付与の達人、結界の達人などなど…その道のスペシャリストが集まって試行錯誤しいくつもの失敗と試作の果てにようやく完成するかどうかのシロモノである


もはやそこまで行けば国宝と変わりない


実際、これが国にあればどんな密談も安全に行えるとてつもない利便性を備えた魔法具になるだろう、その需要は計り知れない



ちなみにカナタはこれを一夜漬けで作成したと言う



全世界の魔法界隈が悲鳴をあげる事間違いなしである



感覚を強化されたペトラの視界には薄い紫色の壁のようなものが部屋の扉を包むようにして降りているのが見え始めた


ただでさえ強力なペトラの魔法検知能力を、シオンの魔法が非常識に引き上げる


その倍率、およそ30倍


ここまで引き伸ばして初めて視界に映るのだ


目に見えた薄い紫色の壁に人差し指の指先をぴた、と当てると静かに「すぅ……っ」と息を吸い、研ぎ澄ました集中力の元に己の魔法を使用する



「……穿て、魔針アストル」



本来ならば人の腕程もある消滅の針を連射して敵を消滅させながら貫通する恐ろしい魔法…刻真空撃エストレアディバイダーによる魔法『魔針アストル』を極小サイズ…爪楊枝程度に発動させるとそれを指先に展開したまま結界に向けて…つんっ、と突付くように押し当てる


そうすれば、魔針アストルが接触した部分の結界だけが、小さく、ぽっかりと穴が空いた状態になった…結界の一部がそこだけ消滅させられたのである


万物を消滅させられる刻真空撃エストレアディバイダーにしか不可能な荒業…その穴を2箇所作ると、数日前にカナタの計画を盗み聞いた時と同じように結界の穴に耳を推し当てる



今回はどんな隠し事を自分達に内緒で、自分達に関係ありそうな事を進めているのか……………………













『はぁっ、はぁっ……っ!か、なたっ……もっと……っ…もっと…っ…!』


『ま、待てマウラ!?そろそろあいつら起きてくるぞ!?ちょっ…!』


『んっ……にゃっ……今は、だめっ……私とだけっ………んんんっ…!!!っ…すご、っいっ…っ…お腹っ、いっぱい……っ!』


『あいつらこの結界に穴開けれんだから…!思いっきりこの声聞かれんぞ…!?うぉっ!?ま、そんなに…っ』


『やっ……ほら、カナタもまだまだ…っやる気いっぱい…っ!……もっと…っカナタっ…にゃっ……!』


『…っだぁもぉ可愛いなちくしょぉ!そこまで言うなら……っ!』








「「ふっぐ…げほっげほっ…!」」



シオンとペトラが思いっっっっっきり噎せた!


耳を当てた瞬間に中から聞こえてくるベッドの軋む激しい音とか、色々な生々しい粘液チックな水音がリズミカルにしたり、これ以上無いほど知った2人の熱い熱い…とーっても熱い吐息と声が艶めかしく耳朶を打つ


慌てて扉から離れて体を降りながら苦しそうなくらいの姿は、まるで気管支に食べ物が10個入ったかのような強烈な噎せ方だ!


ついでに顔も真っ赤である!



「はぁ、はぁ!な、なんだなんだ!?いつの間にそうなった!?」


「お、驚きました…!まさかここでなってるとは思いませんでした…!というかこの様子だと多分昨夜から…」


「ぶっ通しだな、あれは…!というか我でもあんな激しくは無かったかもしれんのだが!?」


「わ、私もです…!あれはマウラからもガンガン行ってます…!…というか、私は今頃意識何処かへ飛んで行ってますけど…!?」


「さ、流石マウラ……あやつならカナタを倒せるとでも言うのか…!?と、取り敢えずシオン……しばらく暇が出来たみたいだが…」


「ですね。あれは…なかなか終わらないと思いますよ。まぁ途中で連絡くらいは来ると思いますけど…」

 


そんな思いっ切り真っ最中だとは思うはずもなかった!


しかも聞いた限りめちゃくちゃ激しい…!一体どんなペースで何時間してるのか想像もつかない…!


流石に予想外の展開ではあったが…それでも2人の心中は、驚きを上回る喜びがあった


つまりこれは…マウラもどんな切っ掛けかは不明だがカナタの秘密に辿り着いた、ということだろう


ついに、姉妹のような自分達3人と想い人は本当に1つになれたのだと…そう思えば嬉しい限りだった。マウラにだけ色々と秘密にしていたのも心苦しいものがあったのだ


それが1つになれる……これ程めでたい事もないだろう




ひとまず、そっと部屋から離れるシオンとペトラ


朝から良い情報を得て、ちょっとドキドキしてしまいながらも上機嫌で食堂へと降りていく


もしかしたら、食事の差し入れでもしてあげないといけないか


そんな事を思いながら、今は2人が愛を確かめ合うのを静かに待とう…そう思いながらカナタの部屋を後にするのであった

















「ちなみにシオンよ……どっちが勝つと思う…?」


「多分……カナタかと…。カナタの非常識ぶりはまだ1度だけですが…あれに単身で太刀打ちするのは…」


「マウラでも厳しい、か…応援しておるぞ、マウラ…」


「応援していますよ、マウラ…いざとなったら、おぶってあげますからね…」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




【後書き】


ここまで読んでくださってありがとうございます


応援、☆、コメントなどなどありがとうございます。創作の原動力になるくらい嬉しいです…


また新しくレビューコメントも3件も頂きました

。踊り狂って喜んでおります…ウレシイ…ウレシイ…


ようやく「これから」って所まで話を書けました。主人公と結ばれてからの話で色々書きたいこともあったので


また引き続き、読んでくださると嬉しいです





「「初体験でアオカン!?」」


「…えっへん…!」


「おい大声で言うな!小説が消されんぞ!」


「いやいや驚きもするわ!そなた、外でもイケるクチか!しかもお月さまの真下で堂々と…!」


「これは破廉恥です…!言い逃れできませんよカナタ!」


「なんの言い逃れ!?」


「……すっごくスリリング……!……私は戦場を選ばない女……!…外でも部屋でもオールオッケー…!」


「くっ……こ、これが「覚悟」…か…!」


「違くない!?そこに覚悟要るの!?」


「なるほど…「戦場を選ばない」ですか…。覚えておきましょう、その言葉…。必ず役立ててみせます」


「ナニスル気ナノ!?」


「……という訳で……私だけでもカナタに勝つ…!……次回…「マウラさん大勝利」に…乞うご期待…!」


「アッ…これは…」


「立派な旗が立ちましたね…それはもう、立派な旗が……」


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