第63話 青の稲妻に落ちる陰

静けさを取り戻した荒野に2人の姿が月明かりの下に照らし出されていた


その穏やかな雰囲気とは裏腹に、周囲一体は原型がない程まで地形が破壊され、未だにそこかしこで煙がもうもうと立ち上っては緩やかな風に吹かれて夜の闇に紛れて消える…


僅か数分の戦いの跡とは思えない惨状の中で、漆黒の鎧は瑠璃色の髪を揺らす獣人の少女の頭を優しく撫でた


「……じゃあカナタ……ほんとに世界救ったんだ…すごい……っ」


「いやまぁ救ったというか…結果的にこの世界に都合のいい結果に終わっただけというか…。それにほら、さっきの奴ら見たろ?世界がどうの、って話するなら…まだ全然終わってないんだよ」


「…それでも……やっぱりカナタは凄い人だった……っ…。…小さい頃にね……お母さんに本を読んでもらってた……昔の勇者様が伝えた……物語…。…その中だとね…主人公は………虫みたいな仮面と戦闘服に変身して…悪い奴らをやっつけるヒーローだった…」


ーー仮◯ライダーかよ、何後世に伝えてんだ…


カナタは密かに思った…!


どうやら偉大なる先輩達は色々と遺すものは遺していってるらしい


「……私、そのお話大好きだった……。…そんなヒーローに会ってみたいって…昔思ってた…。…カナタ…会えたよ、私…っ。…私だけの…ヒーローっ…それがカナタ…っ」


「っ……それは…ヒーローなんて綺麗なものじゃ無いって思ってたんだけどな、俺…」


兜の中、目を細めて己の姿に思いをはせる


万命を奪い去り、血と魔法に彩られた道を歩いてきた自分が…ヒーローだと


それを…この少女に言われて笑い飛ばす事など出来なかった


全力で否定する事なんて…出来なかった



『そなたが心を砕いたその行為を貶すのは、たとえそなた自身であっても、この我が許さんッ!』


『いつまでも追いかけるだけなんてイヤです…!守られるだけなんてゴメンです!勇者ヒーローに助けられるだけのヒロインなんて願い下げですっ!』



二人の言葉が、頭の中に蘇る


己を卑下するな、1人の男であれ、如何なる道に居ようとも…この3人にとって、自分は勇者で、ヒーローで、たった1人の男であると…


この世界で最も大切で、最も信頼する少女達が…自分のことをそう言ってくれているのだ


そう……もはや、他の評価なんて必要ない


いいだろう…カナタはようやく、心の底から思う


彼女達がそう言ってくれるのならば…自分は勇者で良いのだ、と


世のすべてを救う気はないが…この3人の事だけは身命を賭けて救えるヒーローになろう、と





『やっとかよ、おっせぇなぁ黒鉄』


『ようやくね、まったく…でも悪くないんじゃない?』


『惚れた女のヒーローか。くぅっ…俺もそんなのやってみたかった!』


『いいね、かなり決まったんじゃない?覚悟と決心…もう、勇者を背負えるね』




何処かから、脳裏に響くようなその言葉が聞こえてきた


内心…「悪かったな、遅くて…」と不貞腐れたように思いながら


でも、彼女に「勇者」「ヒーロー」だと言われて…不思議と悪い気はしなかったから



「そうだな…俺は勇者なんだよ、マウラ。シオンとペトラも、それを知ってる…。最初はな、嫌だったんだよ、勇者って言うの。でも捨て切れなくて…自分が「勇者」そのものを貶めている気がしてならなかった」


「…なんで…?…こんなに沢山人を助けたりしたのに……」


「もっと勇者って綺麗なモンだと思ってた。何でも助けて、殺したりは殆ど無くて、もっと世の為人の為を目的に行動する奴のことだって…俺とは大違いだった思ってたんだよ」


「…でも…勇者だって人だよ……そんなの変……私の勇者様のはね……もっと泥臭くて…色々悩んじゃって…私じゃ勝てないくらい強くて…キスしたら顔真っ赤にする男の人だから……」


「……そっか」


「………んっ」


すごく個人を特定してくる、完全に目の前の男を指定するその言葉に兜の中で顔を赤くするカナタと、それに対してそんな事はお見通しと言わんばかりに満足そうな声をもらすマウラの間に暫し、優しい沈黙が横たわる


こうして素直に「信じられる」ことを信じる事ができるのはひとえにあの二人のおかげだ


だからこそ…カナタはこの後、彼女がしたいであろう行動に直ぐ様思い当たってしまう


何故ならシオンとペトラもマウラも…3人とも姉妹のようで、変な所で似ているのだ



「さぁ、マウラ…。んだろ?さっきの鬱憤も後悔も…全部叩き付けたくないか?」



その言葉に、マウラはきゅっ、と口元を結びすくり、とその場で立ち上がるとこくり、と頷いて肯定の意思を示した


「んっ……それと…私がどれくらいカナタが好きか……物理的に叩き込むっ…!」


「こっわ……!?この世界の愛は物理で伝えるのが当たり前なのか……!」


マウラのふんっ、とやる気の鼻息とその言葉に小さな声で思わず呟くカナタ…だって好きって言ってくれたあの2人も、殆ど殺す勢いでかかって来たんだもん…怖いじゃん……とか思っていた


「…だって……言葉だけじゃ、どんなに頑張っても……足りないから…っ。…カナタに沢山教えてもらった…この力でっ…今の私を教えてあげる…っ!」


ただ、鬱憤を晴らすためじゃない


彼から沢山の物を受け取った。一度失くした平和な暮らしも、知る機会の無かった秘めた力の使い方も、美味しい料理も、好きな人への胸の高鳴りも……抱えきれないくらい、沢山の贈り物をしてもらった


その礼をするには、この心が叫ぶ感情を伝えるには…言葉なんてツールでは物足りなさ過ぎる


だからこそ…鍛えてもらった力に載せて、この感情をぶつけるんだ


そのマウラの意思は…カナタにも分かっていた



ペトラがその心を受け取る壁を壊してくれた


シオンがその行為の意味を教えてくれた



だから、立ち上がる


彼女にとって最上の壁であり、最大の目標であり…最高の男である事を教えるために


「改めて、教えよう。俺の名前は神藤彼方。かつてこの世界に喚ばれて、そして一度は世界を救った男。二つ名セカンドネームは…」


マウラの前に最強が立ちはだかった


その姿は悪魔のようで、死神の如く…そしてなにより……





「ーーー黒鉄の勇者だ」





ヒーローのようであった






【side マウラ・クラーガス】



あまりにも現実離れした光景に、喉が鳴る


勇者、という言葉に強い思い入れが有るわけじゃないけど…それでも特別な言葉だって、昔から理解してた


あの日、母さまが読んでくれた物語で…「ヒーロー」に出会うまでは


憧れた、羨望した、惚れ込んだ、のめり込んだ


いつしか、そんなヒーローに会いたいと思うようになった


そして…自分の持っていた全てが崩れ去り、未来の尽くが消滅したその時…ヒーローは現れたのだ


……私は多分、あの日……村が魔物に滅ぼされて…逃げ隠れた食料庫の扉を開けたカナタを見た時に初めて……勇者の意味を理解したんだ……


だから、私にとって勇者様は……カナタのことを指す言葉


私にとってヒーローは…カナタの事を表す言葉


物語の挿絵に描かれた、虫のマスクを被ったヒーロー…それとはかけ離れてて、ちょっと怖い感じの見た目…だけど、私の目の前には今っ…



ーーー勇者ヒーローが立っている



耳と尻尾の毛が興奮で逆立つ


カナタの隣を並んで歩く、カナタの背負う物を背負う、カナタの向かう場所へと着いて行く……カナタの心の中に居るっ、その為に!



「っ……換装エクスチェンジッ!!」



その言葉を紡ぐ


カナタ愛した男から刻まれた紋様が輝きを放ち、光の粒子が身体を隅まで包み込む


青と白のノースリーブインナーに、上から肋骨を覆う丈の短い半袖のジャケット。インナーは短く、少しお腹が出るのは私が動きやすくしたいって、カナタにお願いしたからだ

足を動かしやすいショートパンツに頑丈なブーツ…特に、他の二人よりブーツは動かしやすく、頑丈に作ってもらってる


両手を覆うのは真っ黒な金属…手の甲から手首までを覆う装甲に伸び縮みする不思議な素材のグローブ生地。手の甲の装甲に見たこと無い小さな宝石みたいなパーツがいくつか着いてる、指ぬき型のガントレット


カナタはこれを『ユーピタル』って呼んでた


そして、この服のことは…



「……っ電纏いなずままといッ」



そう名前も貰った


私達3人の姉妹装備…焔纏ほむらまとい嵐纏あらしまといの対になる、私だけの専用戦闘服


この力があれば…私は全力が出せるっ!



「もう、初手から油断はしない。使えんだろ?お前の特異魔法…雷焉回帰ハイエンド・ボルテージ、それもフルパワーでな」


「んっ……不意打ちは無し…最初からっ、全開っ!」


あの戦いの余波だけだ分かる…今のカナタは生身の時とは別次元の強さになってるんだって


壊れてた鎧も元に戻ってる…多分、連戦もハンデにならないんだ


でも!


負けたくない!


全力の魔力を爆発させればそれに応じてカナタの魔力も底無しに発散されていくのを肌でビリビリ感じ取れる


「さて…久し振りに直接稽古を着けようか。まずは敵前で魔法を解かない事からだな…あれが俺の敵だ、もし着いてくるって言うんならぼっ立ちしてると…死ぬぞ」


「っ……」


だらり、と降ろしたカナタの手がくるり、と掌だけをこちらに向けた

何気ない仕草、意図した行動に見えない自然な動き…その直後、掌の中心から白熱化した熱線が瞬時にこちらに向けて発射されてる



……やっぱりちょっと気にしてる…!



…ごめんなさい…っ…私も…動けなかったのはショックだった…っ


…カナタは優しいから……すっごく心配してくれたんだ…それに多分…圧してる場面で邪魔しちゃったみたいだった……脚を引っ張りたくないのに…っ!


だから…その心配を払拭しないとダメっ!


もう二度と…っあんな事は許さない!


常に気を張って…周りの敵意に反応して、身体はいつも臨戦態勢でっ!



不意打ち気味に放たれた二本の熱線を体を横にずらして、肩をスカして最低限の動きで避ける


周りの動きを全部感じ取って、気持ちの線を必ず一本は張っておく事…カナタはあの敵とこれから戦う機会が来るんだ…私がそこであんな姿を晒したら…あの二人にも会わせる顔が無い


「いい目だな…失敗を知った奴は知らない奴より10倍強い。この失敗も経験値にしろ、マウラ…幸運だと思った方がいい。死なずに失敗を経験出来た事をな」


「……うん。…約束……もう絶対に…こんな真似はしない……だから……いくよっ!」




それを証明する為に、今はただ…全力で






マウラの雰囲気が変わったのはカナタも感じ取っていた


(確かに…逃がす選択肢もあったくらいだ、逃げられたのはこの際気にしなくてもいいが……惜しかったのは事実だよな。少しイヤらしいけど……マウラ、この事を後悔出来るなら、お前はもっと前に進める)


目付きが違う…いつもの彼女のようなぼんやり眠たげな物ではない


キツく鋭く…まさに肉食獣のように鋭利で普段の雰囲気から一転して冷酷な表情にも見えるほどに変わっている


敗北どころか…ただ助けられて足を引っ張る事がどれだけメンタルに負担となったか。カナタにはそれがよく分かる


自分も…旅の初めは何も持っていなかったのだから


不意打ちに撃ち出した掌に搭載されているプラズマ熱線は、姿がブレる程の速さで避けられた。それも片足は動かさずにその場で回避したのだ


(っはは!いいねぇ…それ、さっき出せてればあいつら殺れてたかもなぁ。ほんと…何が起こるか分からないもんだ)


ほんの少し、タイミングや心持ちが違えば全く違う結果になったであろう事に気が付いて内心笑いを抑えられないカナタも、ここから先は集中をしなければならない


マウラの姿が、眼の前でブレて消えたからだ


周囲360度から稲妻の弾けるバチバチと言う音が聞こえてくる…普段ならこの音で凡その襲撃場所が分かるのだが…この状態のマウラは捉えられないだろう


恐らく…


(雷音まで置き去りにして動いてんな。はっや…んでもって、これは…だな。厄介な…)


周囲を姿がまったく見えない速さで動くマウラを、気配と勘を頼りにだいたいの場所はつかめるだろうが…既にリベリオンの動体感知ではマウラの事を追いきれなくなっている



そしてついに、マウラが仕掛けた



彼女の得意技、姿が消えるほどの加速によって生み出された速度と勢いを着けた飛び蹴り…カナタの真右から突然直角に曲がったマウラが地面と平行に飛びながら稲妻を纏った蹴りを放つ


追い切れる…カナタもその場で迎撃……ではなく守りに回った


右腕を立てて腕甲部分の装甲で彼女の脚撃を受け止めれば鼓膜が破れそうな打撃音と雷の爆ぜる音が響き、腕に鈍い衝撃を覚える…その威力と勢いに押されたカナタの体が、数m程ずりずりと地面に脚を引き摺りながら動かされた


(ちっ……やっぱバッチリ使ってきてんな、雷焉回帰ハイエンド・ボルテージ…!今ので装甲の表面が軽く焦げたか…非常識な…!)


受け止めた腕甲から軽く煙が上がっているのみ見るに…この装甲にも軽微ながらダメージを与えているのは十分脅威に値する




雷焉回帰ハイエンド・ボルテージ


それがマウラの保有する特異魔法の名前


その能力は…


『感情、運動、ストレス等の自身に加わる様々なエネルギーを直接、自身の雷系魔力に変換する』


というものだ


好感情、怒り、力、速度、衝撃、負担、ダメージ、ストレス…自身に加わる数々のエネルギーを元に自身の魔力を生成してしまう異色の魔法


動けば動く程、打たれれば打たれる程、込めれば込める程、想えば想う程…それは彼女の中であの瑠璃色の雷を発する魔力となっていく


強化魔法とも異なる、まさに独自系統の魔法…シオンの極限臨界エクスターオーバーロードと似ているように見えるが全くの別物


シオンは力や魔法、感覚に及ぶまでの物を自在に超強化する魔法であり、集団戦で他者への使用も含めれば100%を遥かに超えた力を発揮できる


しかし



雷焉回帰ハイエンド・ボルテージは違う


本来、自身が溜め込んでいる魔力と体が生み出す通常の魔力とは別に、魔力そのものを生み出す超魔法。溜め込んでいる魔力が切れれば体が生み出す魔力が再び魔法を使えるレベルに魔力を体に満たすまで、魔力切れとなって魔法は使えなくなる


放出する魔力と生成する魔力が『イコール』以上になる生物はほぼ存在しない


しかし、他者への強化の使用は極限臨界に及ぶまでもないが、究極的に言うならば…


マウラは理論上……


彼女がこの魔法を使う時…魔力のバランスは生成が消費を上回るのだ


彼女が数秒間周囲を超速で駆けただけでこの強化出力に加え、纏う雷撃の威力は次元の違う物となる


もしも、彼女が更に魔力を蓄えて一撃に込めて放ったなら…



「まずは動きを止める…!バレッジ展開、周辺掃射!」



まずは彼女のを止めなければ話にならない。このまま放っておけば無限に魔力を高め続け、無限の魔力を使用した防御不能の究極の一撃をしてくるようになる


それにはまず…エネルギー源となる行動を止めさせなければならない


カナタの身に纏うリベリオンの肩や脚の装甲が一部せり上がり、そこから爆発系魔法をビー玉のような大きさで大量にばら撒いた


ミサイルのようにビー玉はカナタの周囲へと飛び散り一斉に地面へと着弾、小爆発を連続で引き起こして周囲一体を纏めて爆破する


マウラは防御がシオンやペトラと比べて薄い


ある程度の威力ならば、攻撃を当てれば効くかは置いておいても、脚は止まる


そして、逃げ場となるのは更に遠くへ退くか…



「空中に逃げる…だな!」



視界の端に、地表の爆発から逃れる為に跳び上がったマウラの姿を捉える


マウラは飛行魔法が苦手だ


あのまま飛んで滞空する事は出来ない。つまり…空中ならば避ける行動は出来ない


カナタの身に纏うリベリオンの背中からブースターの光が噴き上がり、跳躍と共に爆速でマウラへと距離を詰めにかかった


このまま引き摺り下ろして抑え込めば終了…


そう思ったカナタの視界から、再びマウラの姿が消え失せた



「…っおいマジか…!デタラメにも程がある…!」



マウラは…空中をピンボールのようにカクカクと直線機動で空を蹴って跳ね回って移動していた


彼女が方向を変える度に「バンッ、バンッ」と破裂音のようなものが聞こえ、それを耳にしたカナタの表情が引き攣った



マンガやアニメでしか見たことがない…



この少女…



ただ単にひたすら脚を早く、強く動かすことで


消費するスタミナは相当な物になる筈だが、彼女の脚が顕在ならば…マウラは空中で高機動の近接戦を仕掛けられる事になる


そして…ここまでの超速機動と空気を踏むほどの勢いある脚の力、その強い反発力による体への負担さえ、全てがマウラの肉体の内より莫大な魔力となって生まれ変わっていく


カナタは思い出す…そう、パワーと頑丈さの増強による力技が目立つシオンに目が行きがちだが、素のフィジカルで言うならばマウラがダントツの強さを誇る


特に身のこなしに関しては特級品だ


まるで青い稲妻のように軌道を変え、そしてカナタの背後から右手を固めて拳を作り、ガントレット『ユーピタル』を思い切り叩き付ける


それを振り返りざまに突き出した掌の中央で受け止めるカナタだが、勢いの強さは尋常ではない


瑠璃色の眩いばかりの雷撃を撒き散らしながら受け止めたカナタ諸共地面に墜落する勢いで激突すれば地を砕きガリガリと漆黒の鎧を勢いのままに圧し続ける


だが、そう長くは続かない


足を地面にめり込ませ、二本の線を掘るように踏ん張らせながらマウラの突進を抑え込む


「……お前のは高速移動での充電がメインだろ。なら抑え込んだらどうする?」


ぴた、とカナタの脚が止まれば完全にマウラの拳を掴んだままの姿で互いに静止する2人


勿論、まだ本来彼女が持つ魔力は残ってるはずだが…シオンでも無い限り力勝負で互角以上に張り合えるパワーを出すのはペトラですら不可能だ


故に、この状態のマウラの弱点は動きを止められること





筈だった




掌に収まる彼女の拳が再び爆発的な稲妻を放ち始め、ジリ…とカナタの脚が僅かに後ろへと押されたのだ


「これは…ッ……おいおいどっから魔力持ってきてんだ…!?」


流石に驚きを隠せないカナタ…自身の魔力だけでは不自然な膨大な魔力を解き放ち静止した状態からパワーを引き上げていくマウラは明らかに先程と同じように魔力を生成している


目にも止まらない速さによる魔力の生成、さらに空気を踏みつける程の脚への力と負担による魔力の生成…それによりさらなる加速と魔力の放出を実現していた筈なのだが…


いくら抑え込んだだけとはいえ、この状態から自分が少しでも押されたことに異常を感じるカナタの視線が…目の前にあるこちらを見つめるマウラの瞳とぴったり合い…






「……………………………………愛ッ!!!!!」








「はいぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっ!?」






魂の籠もったマウラの叫びにカナタの驚愕の声が響いた


(た、確かに雷焉回帰ハイエンド・ボルテージは感情の力も魔力の生成になる…!……けど!む、昔特異魔法を確かめた時は感情からの魔力生成は効率悪くて大したパワーは出なかった筈じゃ……!?)


彼女達を拾ってから少しして、3人の持つ特異な才能に気付いたカナタはその特性や性質を確かめる為に様々なチェックを行っていた


マウラの特異魔法、雷焉回帰ハイエンド・ボルテージは未成熟な内に使用するにはリスクのある魔法だった


なんの気無しに使ってしまえば自身の扱い切れない魔力を生成して身体に溜め込んでしまう…制御し、魔法を操って溜めた魔力を使えるようにする、大魔力を放出して生み出した莫大な魔力を使用できるようにしなければ、自身の生み出した多すぎる魔力によって肉体が破壊されてしまう


その時に調べた結果では、自身の運動量や加速力、身体にかかる負担は魔力へと生成が特に高かったのだが…感情による魔力生成はあまり上手く生成出来ていなかった印象だった


やはり感情という仮想的、非運動的なエネルギー源では魔力の生成は上手く行かない…それが当時のカナタが出した結論だったのだ



それがまさか……



「んなアホな……っそんな出力の魔力が感情で出せる訳ない…っ」


「……出せるっ!……それくらい出せなきゃ……好きなんて言えないっ!」



面食らうカナタを彼女の普段からは考えられない芯の入った大きな声が上からそれを否定した


「それに……もう絶対……っ足手まといにはならないっ!……っカナタに二度と、あんな事させないっ!……これくらいの力が出るくらい、私の心は本物だよ…っ!」



それに加えて、足を引っ張った後悔…自分の惚れた男に背中を盾にさせた後悔…自分への怒り…そして目の前の男への純粋な思慕の心が、彼女にはあり得ない押し合いのパワーを実現させていた


カナタにその言葉は、強く、頭を揺さぶるほどに突き刺さった


感情の力では魔力は生み出し難いと…それを確かめたことがあるからこそ、これだけの魔力を放出させる程の彼女の想いの強さに目を見張った



(あれだけシオンとペトラに言われてたのに…まだマウラを舐めてたのか、俺は……!…いや、俺がマウラを信じきれて無かったのか…!?でもこれは計算外だろ…!)



どんどん力が高まるマウラに完全に押され始めるカナタは自分の認識が未だ甘かったことを思い知る


止めた拳が押され、そのままマウラの拳が体ごとフルスイングで振り抜かれれば…シオンにもペトラにも、一撃すら貰わなかったこの姿のカナタが…


弾かれるように後方へ吹き飛ばされた


僅か数十mのノックバック


されど確かに…彼女からの一撃を貰ったのだ



掌は彼女の放つ稲妻によって煙が上がっており、破壊はされていないがその装甲は僅かに焦げている


正面を見ればマウラが肩で息をするように荒く吐息を漏らしているのが見えた。恐らく、生み出した魔力をかなりの出力で近接戦に利用した為に相当な疲労があったのだろう


(……3人を、失うことだけ怖がってた。レイシアスを仕留めるのも、マウラの身の安全に比べれば二の次…最終的な俺の計画そのものには支障は無いしな。でも…マウラにとってはそうじゃなかった…そんなに気にされるなんて、思ってもなかったよ)


自分のこの方針がもしかしたら…マウラをここまで気にさせたのかもしれない、そう思えば最善ではなかったのだろうか…ならばどうするべきだったのか…………彼女のを見れば、その考えすら打ち切って




ドンッ、と勢いよく、猛速で前に進み疲れを見せるマウラの目の前に移動するカナタに彼女も目を見張る


即座に次撃の構えを取ろうとするマウラに向け…










「…悪かった。お前の心を甘く見てた事も、そこまで気にすると思わなかった事も…全部俺のせいかな…」



パンッ…と軽い音を立てて、漆黒の鎧が光の粒子へと溶けるように崩れて消え去った


マウラが、構えた姿をピタリと止めて息を呑む


その彼女を…カナタは少し困ったように眉を下げながら優しく抱きしめた




「強くしてやる、マウラ。もう二度と、こんな目には合わせない…3人纏めて、俺の次に強く鍛えるからさ。その…あんま泣かんでくれ」


「…っ……あれっ……泣いて……っ」



それを言われて初めて………彼女は戦ってる最中も涙を流していたことを、自分で認識したようだ


嗚咽も漏らさず、ただボロボロと涙を頬に伝わせる彼女は流れる涙を指で触ってようやく己が泣きながら戦っていたことに気が付いた


それだけ今回の失態はマウラの中で大きく、傷跡になってしまったか…カナタはそれを思えばそこからさらに注意と叱責をしなければ…とも思えなかった


ならばどうするか


簡単だ


こんな状況でも1人で返せる程に、強く鍛え上げてしまえば良い


もしも自分が世界で一番強いとするなら、その次に強くしてしまえば良い、と


嗚咽は漏らさず、ただ涙が流れていた…そんな彼女の顔を、ぎゅっ、と胸に抱え込むようにして




「取り敢えず…色々と話さないといけないな。今回、カラナックに来た目的も含めて」






ーーー





ーー勇者、勇者…勇者ってのは



世界を救う使命を背負った英雄さ



困る者を救い、助けを求める者に手を差し伸べ、世に平穏を齎す救世主



世の不穏を取り除く事が出来る特別な存在、その為の特別な能力を有する遥かより来たる超越者



この世に生きる人々では到底…到達できない力を持つ、彼らを人は勇者と讃えてる



では、勇者は誰が助けるの?



勇者が救いを求めることはあり得ないの?



アルスガルドに呼び招かれた勇者達は



皆が皆、揃いも揃って



救われなかった者達さ



みんな若くありながら、志半ばで朽ち果てた…



時に酷く、時に凄惨…見るにも絶えず散り絶える



彼らに皆が救いを求め、安寧を求め…それでも彼らを救う者はこの世界に居なかった



その執念が実ったか、はたまた彼らの念がそうさせたのか、それとも祈りが届いたか



遂に100と20を数え、その勇者は降臨した



彼は救いなんて必要としない



その力において、かの勇者は最強を謳う



誰にも彼は止められない



万の軍勢、億の作戦、兆に匹敵する強敵   



それでも止まることはない



彼の進んだ後ろの道が、人の世界へと戻ってくる



魔の者達はその日初めて「勇者」の意味を知ったのさ



でも旅の最中…彼もまた、誰にも救われる事はなく



救いを乞う声すら出さず



魔の者より絶望と謳われた勇者は…誰からの救いもなく、世界の救済をやり遂げた



彼はいったい何処へ行ってしまったのか



いったい何を思って、今を過ごしているのかーー♪





楽しげに騒ぎ、酒を交わす人々に歌って聞かせる吟遊詩人の高らかな歌声が酒場を一層盛り上げる


数年前から流行りだした、救世の勇者を歌った詩


他の吟遊詩人が歌うような夢や希望が詰め込まれた英雄譚を歌に乗せた物ではなく…もっと生々しくて、現実味があり、敵方の視線からもその勇者を歌った珍しくも人気の歌である


そんな少しダークな印象が、評判を呼び、今では知る人ぞ知る名歌とさえ言われる歌が陽気な女性の声で歌われている


ここは地下酒場…表の受付から入らなければ入店できない穴場の酒場であり、この国では入国を制限されている芸者や吟遊詩人が密かに入店できる数少ない店である


もっぱら客は立地の関係上、冒険者が殆どではあるが夕方から夜半にかけて盛況を極める人気の店だ


決してアンダーグラウンドな店ではないが、お国柄上、少し外で大っぴらには出来ないような芸者や吟遊詩人がやってくることが多い故に、国の外での話を歌で聞ける数少ない場所となっている



そんな酒場の一席で



フードを被った二人組が、フォークに刺した肉が皿に落ちるのも構わずに…呆然と吟遊詩人を見つめていた





「やっと外、出れたわね」


「だね。念願の外出だよ、ほんとに…。あんな事件があるのに良く出してくれる気になったよね」


「どうかしら…どうせさっさと私達を使いたいから外を見せようってだけでしょ?お目付け役だって居るみたいだし…」


城の改修工事…かの黒鎧の襲撃から未だ日も経たない中で勇者達に言い渡されたのは「街への外出許可」だった


あれだけの襲撃により大規模な破損が生じたのだから、安全を確保する為に城内の無事な部屋で軟禁状態に…と考えていた耀の予想は見事に外れた結果となる


満面の笑みで現れた世話係のデルツェフ枢機卿が始まりだった


「あんな事の後でショックを受けたでしょう、勇者達!あぁ、安心して欲しい、城はすぐに元へ戻る…そうだ!いい機会です、我が国を散策してみては如何ですか?」


なんて言い始めたのが今朝の話なのだ


「不自然よねぇ…壊れた城の中に見せたくない物でもあるんじゃないかしら?」


「あはは…言えてる。あれだけ大事件が起きたはずなのに、その後に外出許可なんて虫が良すぎるよね。それに…」


苦笑いの耀が容赦無く毒を吐く朝霧に頷きを返す


タイミングとしてはそれ程不自然…それに何より不自然なのは…


「蓮司と瑠璃さんとは別行動…っていうのがね。4人纏めて行動させたくないって考えがよく分かるよ」


「まぁ蓮司はこの国にとってかなり扱いやすいようになってるし……このチーム分けは妥当じゃない?」


「というか…多分嗅ぎ回ってる厄介な2人はまとめて監視しておく方針なんだよ。蓮司と瑠璃さんの方は多分…「勇者様ヨイショ」が凄いんじゃないかな?」


「ほんとにあのバカ…勇者って言葉に乗せられ過ぎなのよ。何をどう考えたらそんな楽観的にいられるのよ…!」


現在、朝霧と耀の2人はお上品に纏められた印象の強い、まるで舞台のセットのように整えられた街の区画を肩を並べて歩いてるところである


後方から数人の信徒が付かず離れずで着いてきているのは容易く分かるからこそ、こうして自由な外出が出来ても溜息が止まらないのだ


円形のレルジェ教国の中心にある教皇の白から少し外に外れた内円部がこの場所…敬虔な信徒や上級司祭も住む区画であり、言ってしまえばまさに「見せるための舞台を見せられている」といった印象がまざまざと感じられる


さも「こんなに綺麗に仕上げてるから見て行ってよ!」とお膳立てされた物を前にしても味気がないというものだ


二人の教国への不信感は高まるばかりである


「そもそも、よ!あの黒い変な鎧みたいなのなによ!?」


だが、今何よりも気になって仕方が無いのは数日前の襲撃者である


後に知ったことだが、自分達が住んでいた教皇殿…通称セントラルは尋常ではない防御が敷かれていたのだ


戦闘神官を大量に配置し、大型バリスタから巨大な結界装置に至るまで…良く考えれば国の中枢なので当たり前とも言えるがまずもって自分達では手も足も出ない分厚い防衛機構が備わっていた


それが襲撃から数分で全て無力化


そも、ファーストアタックで分厚い結界が3枚纏めて叩き割られるなど明らかに普通じゃない


この世界のパワーバランスは分からないが、あの枢機卿達はかなり強い部類の筈…その彼らが、あれだけ堂々と大々的に侵入してきた襲撃者に対して…目の前に居たにも関わらず


いや、もっと言うなら弁解のような言葉まで使っていたのだ


ただの敵には思えない


というか、むしろその逆


あの極限状態でワケがわからなかったが、あの鎧はこちらに手を差し伸べ…助けるような言葉を口にしていた


今のところレルジェ教国に何かされた訳では無いのだが…不信感の募る現状では、あの鎧を一概に敵と認識するのは早計だと、耀は思っていた


(そもそも目的は何だったんだろう……あんなに地面をぶち抜いて現れて、枢機卿達を殺すつもりっぽかったけど結局そのまま消えた……でも、枢機卿の3人は心当たりがあるみたいだし…ここはどこか図書館とか資料館みたいな場所に行って情報収集を…いや、あのお城のお膝元じゃ情報規制は)


未だ見えない何かが水面下で動き回っているのをヒシヒシと感じる耀ではあったが、何せ自分達は何も知らなさ過ぎる


まずは調べるところから…



「耀…耀……っ!こっちよ……!」


「…えっ?うわっちょっ…!」


そんな頭を煮詰める耀の衣服を掴んだ朝霧がひょい、と横道に入って駆け出したのだ


「ど、どこ行くの朝霧さんっ!?」


「逃げんのよ。ちょっと監視の目撒いて、好き勝手させてもらいましょ?夕方までに帰れば大丈夫じゃないの?」


「そんな大雑把なっ…!」


「大丈夫よ!ちょっと散歩したくらいで目鯨立てるくらいならその程度の国よ。ほら、走りなさい耀!」


すたたーっ、と耀を引っ張って走り出した朝霧は路地をカクカクと曲がり、階段を飛び降り、まるでパルクールでもするかのようにひょいひょいと壁やら柵やらを飛び越えた走る


耀もそれに引かれてバランスを崩しては慌てながらもなんとか引き摺り回されるなんて醜態は曝すこと無く…気が付けば後ろからつけて来ていた信徒達の慌ただしい足音も声も聞こえない場所までやって来ていた


勇者の身体能力恐るべし、である

この世界の「体を動かせる」程度の尾行者程度はいとも容易く撒いてしまえるのだ


しかし、気が付けば……街の雰囲気が随分と変わっている


あれだけ整然と整えられた町並みから一転…ごちゃごちゃとした建物の並びに信徒の衣装ではなく普通の安っぽい麻服の人々、がやがやと騒がしい喧騒は今まで過ごしてきた場所とは打って変わってエネルギーに溢れている


「…ここって…なんか随分雰囲気違うね」


「いいじゃない。ようやく異世界の街って感じがしてきたわね…そうだ、酒場とか入ってみましょ?」


2人も異世界情緒あふれる街並みに心が踊りだす


ここに来てようやく、魔法以外に異世界を感じる光景が見れてちょっとテンション上がり気味の耀と朝霧が目についた酒場へと入っていく


そこで、耳を疑う歌の内容を、聞いてしまうまでは…





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




【後書き】



ここまで読んで下さってありがとうございます


未知広かなんです


pv数もこの10日間くらいで倍の20万に到達出来て猛烈に感動しております…


沢山の応援や☆、コメント頂けて感謝しております。中には誤字報告してくださる方もいて、書いてる自分で気付いてなかったので助かります…時間のある時に修正させていただきますので


あと人生初レビューもいただきました

通知が来た時に三度見しました…えっマジ?って

超嬉しかったです、本当にありがとうございます


こんなお話ですけど、良ければまだまだお付き合いいただければと思います






「ちなみにだな…今回の戦いで「マウラが足引っ張る系のウザイン」の可能性を危惧する声が…」


「……なんっ……だと…………!?」


「まぁタイミング悪かったですよね、あれは」


「言えておる。…ちなみにカナタが助けに入ったのに対して「目的より女を優先する色ボケ男」の可能性を危惧する声とかも…」


「なんっ……だと………!?」


「一応作者的にはどんな状況でもヒロイン見捨てるような主人公は書きたくないらしいので、大目に見て欲しいです」


「マウラに関しては……まぁ次の活躍で挽回に期待かのぅ…」


「……こ、このままでは……なんか私だけ負けヒロインみたいに……!」


「い、いえ…誰もそこまでは言ってないのでは…?」


「ま、まぁ大丈夫だろう。ほれ、カナタに一発入れているし……というか、これ本当にマウラが戦闘態勢で参加しておれば敵方を倒せたのでは…」


「ぐはっ!?」


「マウラ!?しっかり!」


「あ、しもうた…トドメを刺してしまった…ま、まぁなんにせよ!マウラの次の活躍に期待してくれ!」


「…もし、もし……マジレス警察……ですか……?」

 

「ま、マウラ!?何を呼ぼうとしておる!?」


「…ここ、電波通ってるんですね」

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