第62話 異界の怪物


夜の帳が降りた荒野に連爆の花が乱れ咲いていた


あるオアシス湖の周辺が、一斉に爆弾でも投下されたか、はたまた地雷が連続して起爆したのかと言わんばかりに大爆発を起こしては地表にある物全てを片っ端から粉々に破壊していく


そこに加えて闇色の炎が巨大なダーツとなってマシンガンさながらに連射されており、その着弾地点が赤く爆裂の花を咲かせていた


その量は凄まじく、まるで軍艦数隻が対空機関砲を絶え間なく撃ち続けるかのような量と密度であり、撃ち出されるのが巨大なダーツ状の闇色の炎ということも相まってさながら宇宙戦争のような猛烈な弾幕と化している


それも全てはレイシアスの周囲を均等に囲む大型の熱球から撃ち出されている物だった


浮遊する熱球はレイシアスの操る大型砲台であり、彼女を囲む12球の熱球は土星の輪のような円を浮かべて彼女の周囲を滞空…地と空を縦横無尽に変則かつ高速で飛翔している目標を狙って放たれ続けていた



「なっ、なんで当たってないんですかあれっ!?私っ、レイシアス様の『闇炎の爆芯ダークフレア・バースト』の12門斉射なんて初めて見たのに…っ」


手に編み上げる複雑緻密な魔法陣を指先で紡ぎ上げながら空を彩る脅威の弾幕を見上げるキュリアは、その光景を目にしながらも全くもって恐怖心が薄まらなかった


地から空へとばら撒かれる魔法の巨針は常にその目標を狙い、先読みして放たれ、逃げ道を潰すコース先起きされ、決してそれを逃さないように計算されて撃たれ続けている


地球で活躍する戦闘機だって数秒と保たないような苛烈で精密な弾幕



…にも関わらず



当たらない


掠りもしない


黒紫の光の星はまるで雷雲の中を走る稲妻のような直角や上下左右、急降下から急上昇を駆使して軌跡を残しながら超機動で回避を成功させ続けている



『遠距離から俺と削り合うか!面白いッ…「鎧装!魔砲オブシディアッ!」』



猛烈な戦闘機動の中で自身の魔力を迸らせる


その肩にドッキングする形で現れた長方形を繋ぎ合わせた形状をした2mを超える大型銃…というより、大砲とも言えるものが光の粒子と共に顕現する


白と黒の2色で構築された巨銃に魔力が充填される不吉な「ーーゥゥゥウウウウウウ……」とエネルギーの高まる音が地上の2人の耳にも届いていた



「な、なんですかあの魔法!?換装魔法…じゃないですよね!?」


「ジンドーが換装魔法を魔改造した魔法よ!あの鎧に装備可能な武装を魔法袋の中から直接装備してるのッ!本人は鎧装魔法って読んてるけれど…ねッ!」


長杖を振り、その先を縦横無尽に飛び回るジンドーに向けて魔法を乱射するレイシアスはその手に見える巨銃を遠目で見て「ちっ…!」と表情を曇らせ舌打ちを鳴らし、射線を開ける為に開いていた障壁の正面を再び閉ざす


直後、躊躇いなくジンドーの持つ巨銃から大型の球状魔法弾が撃ち出される


高速で飛翔しながらタイミングよく地上の二人向けて放ち、何発もの魔法弾を撃ち込みレイシアスの障壁へと直撃させ…当たった魔法弾は炸裂して黒いエネルギーの球体へと膨れ上がり数秒間、着弾地点へと留まっていた


その間、エネルギー球に触れていた障壁はギャリギャリギャリッと鼓膜を震わせる耳障りな音を立てて削れ、明らかにその強度を超えてダメージを追っている


「わ、訳分かりませんっ!?あれどんな魔法ですかぁっ!」


「全部説明してたら夜が明けるけれどっ、あれは重力魔法を撃ち出して超重力の力場を発生させてるの!その黒いエネルギーの重力球に触れたらぺしゃんこよ!」


「怖過ぎです!これ水晶障壁クリスタル・パレス大丈夫なんですか!?」


「大丈夫じゃないわ!こんなの撃たれ続けてたらバラバラよ!」


「えぇぇぇぇっ!?ぺしゃんこは嫌ですっ!」


いとも簡単に、それまで不可侵と思われていた守りを容易く破壊できる行為を平然と連発してくる勇者に悲鳴が止まらないキュリア


堪らずレイシアスが杖を振り、一般的な浮遊魔法にて大量の大地の岩を浮遊させて障壁の周りを回転させ始めれば、放たれる魔砲オブシディアの砲弾は彼女達に辿り着く前に浮遊した岩に当たり、重力球を発生させていく


魔砲オブシディアの砲弾は「着弾した場所に重力球を発生させる」という物、故に…先に何かへ着弾させてしまえばいい


だが、周囲を回転する岩石は内部からの視界を遮ってしまう


結果、一瞬だけジンドーの姿を見失ったレイシアスの視界から、その漆黒の鎧は姿を消していた


しかしレイシアスの探知魔法は直ぐ様ジンドーを捉え直す


が…


再度居場所を認識した時点で既にジンドーは肩にジョイントされた魔砲オブシディアを解除し、地面とほぼスレスレの場所を飛行して2人へ突っ込んでくる真っ最中であった



「っ……下がりなさいキュリアちゃん!」



その手首辺りの前腕部分の装甲から分厚く、短いブレードを伸ばし、拳を引き絞って打ち込む姿勢のまま背面ブースターを噴かせて突入してきていたのだ


咄嗟に、浮かぶ熱球から猛烈な弾幕を一方向に向けて乱れ撃ちを始めるレイシアスだが、水平に猛烈な速度で移動しながら最低限の上下左右への動きだけで莫大な量の弾幕を片っ端から回避していくジンドーに命中させることは出来ない


そのまま拳を打ち込むようにしてブレードを切っ先から結晶状の障壁へと叩き付け…




バギンッ



破壊音を立ててブレードが障壁を完全に貫通した


そこから障壁に放射状へバキバキと罅が広がり嫌な軋みの音を立てていくが、そのブレードの切っ先はレイシアスの顔面…


その鼻先の直前でピッタリと止まっていたのだ


凄まじい勢いをつけてブレードを拳ごと撃ち込んだジンドーだが、障壁は辛うじて術者の命を守りきったのだ


彼の腕がギリギリと震えて今も力を込めて捩じ込もうとしている辺り、本当に寸前で耐えきったらしく、眼の前でギラリと光るブレードの切っ先に流石のレイシアスも冷や汗が伝う



『前より硬いなッ!どれ、もういっちょ…ッ!』



「させる訳ないでしょう!」



拳を引いてブレードを引き抜き再び打ち込もうとするジンドーに向けて障壁の周辺を丸ごと爆撃するように熱球からの猛攻で周辺もろとも薙ぎ払う


これには今度はジンドーの方が軽く舌打ちをして飛び退き、空中で飛び退くさなかにジンドーはブレードを装甲内に収納して掌を二人に向け、たった今開けた障壁の亀裂へ向けて掌の中央にある二重円の金属装甲から白熱化した熱線を発射


だがレイシアスは彼が飛び退いた直後から障壁の修復を急がせ辛うじて間に合った壁は、放たれる熱線を弾き返し…弾かれた熱線はざまな場所へと飛び散ってそこら中で爆発を起こす



両者の間にはまたもや距離が空いた



『もうそろそろ、その結界の強度も分かってきた。…次で叩き割ってやろう、レイシアス。最後にもう一度聞いておく…俺の条件を呑む気は無いか?』


構えを解いて立つジンドーがその言葉を口にすればレイシアスも考え込むように目を細める


グラニアスを見捨てる変わりに、ルジオーラをすぐ解放する…これがジンドーの出した条件だった


(…確かにその条件はこちらにも利があるわ。ルジオーラが解放されてその力を取り戻せば海洋に面した場所は全て私達の魔の領域へと塗り替えれる。あなたの封印が機能していて、そしてあなたが居る以上…他の四魔龍解放も生半可な事ではないでしょうし。…でもね、キュリアちゃんが言ったことは多分正解なの。何故かは分からないけど…あなたはグラニアスを即抹殺する事に固執してるように見えるわ。なら、私達のする事は決まっている…)



「レイシアス様っ!あと30秒お願いします…っ!」


後ろで愛弟子が必死の形相で指を動かして魔法を緻密に紡ぎ合わせており、極度の集中と魔力操作で滴る程に汗を流しているのを見れば、それに無言で頷いて見せる


何よりも…ここまで可愛い弟子が喰い付こうとしているのに自分が妥協を飲んでしまうなんて…そんな格好悪い真似が出来るだろうか



「残念だけど…呑む気は無いわ、ジンドー。私達の目的にも、そしてあなたに勝つためにもグラニアスは必要になる…。さぁ、そろそろおしまいにしましょう」



振りかざした杖に反応し、12球あった熱線は寄り集まって1つへと融合を始めた


まるで暗黒の太陽と表現すべき巨大熱球へと成り果て、周辺の草葉を干乾びるどころか発火させて煤へと変えてしまうほどの熱が辺りを蹂躙する


レイシアスの頭上に顕現した暗黒の太陽は輝きを増していき、エネルギーで作り出されたリングは横に連なり砲塔を形成していけば、それが何をしてくるのかを相手に嫌でも教えてくるだろう


言わば、人工太陽によるソーラービーム


その魔力の高まりが、大地を震わせ周辺一帯を灼熱による焦土へと変えていく姿に、一体どれだけの威力を孕んでいるのか予想すらつかないだろう


それを目の前にしたジンドーは小さく『…そうか』と口にし、僅かに視線を下にさげる…まるで、その返答に残念そうにしているかのように



『なら仕方ない…鎧装、「魔砲ブラックパール」……バレル展開、ハイパーインフレーサー起動、ブースターシステム、重力レンズ…回転開始』



呼び出されたのは先程使われた魔砲オブシディアよりも長く、太い砲身。「コ」の字型に似た砲体であり、その砲自体からひし形状のパーツが分離して砲口の正面に大きな円を描くようにして浮遊を始める


パーツが作り出す円は4つ、その円と円の間に黒い正方形が4つずつ、上下左右に浮かび黒紫の稲妻を走らせていく


肩にジョイントされてはいるが砲身が長く、それをバズーカのように右手でハンドルを構えて照準を合わせれば、そこに魔力が収束を開始した


砲身の縦に伸びるラインが砲口に向けて光を放ち始め、砲口には白と黒の入り混じった恐ろし魔力が輝きを放ち周囲をモノクロのように白と黒の明滅で照らし出す光景は異様の一言


魔力によって空間が軋み、大地が揺れる音がまるで甲高い悲鳴のように鳴り響き、その姿を見たキュリアが再び恐怖に支配されそうな程に…



「ッ……行くわよ!灰燼と化しなさい!『絶炎戴アヴェル・ダギア』ッ!!!」



レイシアスの咆哮と共に、杖が正面に振り下ろされ…その頭上に浮かぶ暗黒の太陽から巨大熱線がジンドーへ向けて放たれる


触れてすらいない地面が、熱線の軌道上に向けて一直線に融解し、直後爆散していく程の破壊的エネルギーの本流がビーム砲となってたった1人の人間に向けて直進していくのだ


直撃すれば何もかも蒸発するであろうその一撃に…不動のまま構える漆黒の鎧は静かに佇んだまま構えを解かず…ただ、囁くように…



『………発射』



白と黒紫の光の本流が、彼の構える巨砲から炸裂した


上下に螺旋を描いて放たれたエネルギーは4つの円を通る度に輝きを、太さを、エネルギーを膨れ上がらせ最後の円を通った後…極大のビーム砲と成り果ててレイシアスの放つ闇色の巨大熱線へと真正面から直進…



熱線とビーム砲はそのまま正面衝突へと至る



その光景は、夜の闇の中で真昼のように鮮烈な光を放っていた


大熱線『絶炎戴アヴェル・ダギア』とジンドーが構えて放つビーム砲『魔砲ブラックパール』の一撃は一直線に結ぶように激突し、接触部分は悍ましい程のエネルギーの衝突による発光現象が線香花火の如く光撒き散らす


2者の砲撃はそのまま力押しの勝負へと発展していき、せめぎ合う中心は弾け合う破壊力によって地面は根こそぎ消し飛び何も聞こえない程の轟音と衝撃が支配し、夥しい魔力の爆裂は天に斑へかかる雲を一瞬にして蹴散らした



「レイシアス様ぁっ!あと…あとっ20秒っ!なんとかっなんとか持たせてっ!」



キュリアが轟音の中で叫ぶようにレイシアスへ伝えるも、彼女の顔色は優れない


返事をする余裕すら無いのか、歯を食いしばって杖を正面に向けたまま激しい閃光に目を細めるレイシアスだが、それもその筈…


彼女の放つ熱線が、白と黒紫のエネルギーに押され始めているのだ



『…悪いな、レイシアス』



その言葉が、彼女に届く事はないと知りながらも…口にした


恨みつらみは彼女には無い…師弟の絆と目標への信念も理解した


だからこそ…溢した謝罪の言葉


それと共に…魔砲ブラックパールはさらにビーム砲を一回り巨大化させる程のエネルギーを追加で吐き出した


さらなるパワーを得たビーム砲を、もはや彼女の熱線は留めておく事は出来なかった


均衡が崩れ、熱線は掻き分けられるようにエネルギー砲に押し負けていき…ついにその発生源である巨大熱球へと突き刺さるように直撃したのだ



大熱球はそのままビーム砲の直撃を受け…大爆発を引き起こす



「きゃあぁぉぁぁぁぁっ!?」


「っ…」



直上で起きる巨大な爆発の閃光と衝撃は尋常の物ではなかった

障壁の中に居てもまっすぐ立って居られない…キュリアも悲鳴と共に膝を着き、レイシアスが彼女に覆い被さる形で身体を伏せる


地鳴りがおこり、大地は震え、視界は爆炎に染められ、耳鳴りで何も聞こえない


その耳鳴りに紛れ……バリンッ…と甲高い破壊音がやけに大きく聞こえてきた


大爆発が収まり、視界が戻ってきた頃…キュリアの目の前にガラスの破片のような物がさらさらと落ちてきているのを目にして上を見上げれば…彼女達を覆っていた結晶状の障壁は影も形も無くなっていた


(っ…今の爆発で水晶障壁が壊れたんだ…!)


キュリアはすぐに思い至る


あの大爆発から辛くも2人も守りきった障壁はその役割を全うし、しかし耐え切れる事無く木っ端微塵に砕け散ったのだ


障壁のあった地面だけが無傷…しかしその周りは地面が尽く消し飛んでおり、まるでクレーターに浮かぶ孤島のようなっている


自分に覆い被さるレイシアスも、どうやら怪我は無かったらしく…しかし、生存を喜ぶ様子は無い


むしろ焦りが見えるのは何故か…




その答えは直後、爆煙の中を切り裂き吹き飛ばして目の前に…漆黒の鎧が拳を振りかざした姿で現れた



「なっ…ぁ…!」


「くっ……ジンドー、あなた…っ」



それが…止めを指しに来たのだと、キュリアはスローモーションに見える視界の中で気が付いた


もう彼の接近を拒否できる守りは無い


先程まで彼を近付けさせなかった守りの壁は粉々に砕け散った


彼を寄せ付けない為に放っていた魔法の根源となる熱球は、たった今、魔力の砲撃により破壊され高威力で即座に彼を退ける威力の物は撃てない


既に機動力確保の為か、肩の大砲は無く、振り上げた右の拳に集まった魔力が…喰らえば絶命はまぬがれ無い破壊力を携えてることを教えてくる


レイシアスも杖は向けているが…それを弾くことは出来ないだろう、本人もそれを分かってか表情は見たこともない悔しげな色に染まっている


あと5秒もあれば、この手の中の魔法で遥か彼方へ逃げられるのに…自分は間に合わなかった…キュリアが目をぎゅっ、と瞑り、目の前に迫った最期の瞬間に備える中…













「……っ……なに、これ……っ?」



 







鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえてきたのはその時だった


少し遠くに、瑠璃色の髪を揺らし、獣人族なのか猫耳と尻尾を不安げに揺れ動かす少女が立っていた


目の前の光景を理解できず、困惑した表情でこちらを見つめている姿はこの殺伐とした空間には少し場違いなくらいに…


一般の少女が紛れ込んだのか?


僅かな時間に疑問は思い浮かぶ


だが……これに一番動揺したのは、レイシアスでもキュリアでも無かった



『なっ……!?ど、うしてここに……ッ』



眼の前で今まさに破壊の鉄拳を打ち込もうとしていたジンドーが、目に見えて動揺を表したのだ


レイシアスの脳裏に、その情報がふ、と蘇る



ギデオンが出会った時…その場にいた少女達を庇う行動を見せた…自分達が交戦せずに撤退を可能にしたのは、その少女達をジンドーが巻き込まない為に戦闘を避けたからだ、と…



主義ではないし、趣味でもないが、その時…生きる為に…弟子の無事の為に行動を起こした






その杖の先を……少女に向けたのだ




『ッ……馬っ鹿野郎ォッ!何ぼーっ、と突っ立ってる!?』



それに対し、ジンドーの行動は…予想を超えて迅速かつ明確に現れた


レイシアスですらこれまで聞いたことのない腹の底からのジンドーの叫びが木霊し、目前まで来ていたのを急反転して、ブースターを炸裂させて猛烈なスピードで少女に向けて飛びたしたのだ



それを見て、レイシアスは魔法を放った



衝撃と貫通能力の高い魔法『黒針撃ダークスティンガー』を連射する…ちょうどジンドーが間に合うようなタイミングで、少女に向けて


夜の闇の中、爆煙で遮られる視界…何が起きていたのか分からない呆気に取られた少女は動くのが遅れ、それをジンドーが抱き締める形でその身を盾に、背中で魔法を受け止めた


ガンッ、ガンッ、ガガガッ、ギャンッ


甲高い金属音が鳴り響き、漆黒の装甲が放たれる魔法を片っ端から受けるが何発も同じ箇所に命中した肩部分の装甲がバギッ、と鈍い音を立てて弾け、罅が入り…



「レイシアス様っ!手を!」



愛弟子の待ちに待ったその声に、反射的に手を伸ばす


そして、キュリアと手を触れさせた瞬間……二人の姿はこの破壊され尽くした荒野から光とともに姿を消すのであった





ーーー



時は少し遡り……



【side マウラ・クラーガス】



「……あれ……?……匂いが途切れてる……?………カナタ?」


夜…お手洗いと水を飲みに宿の部屋から出たら、外にカナタの匂いが続いていた


時間はもう月が空の天辺まで登った時間帯…この時間に外に出歩くのはちょっと変だ



……何か用事でもあるのかな…?



もしかしたら…夜道で…一緒にお散歩とか…いい雰囲気でできるかな…


そう思っていたのだが、匂いを辿れば向かう場所が少し変わっていた


夜に空いてるお店に行くわけでもなく、どこか観光的な場所に向かうわけでもない…匂いを辿って向かい着いたのはこの街を覆っている外壁の頂上


特に何も無い、ただの壁の上…そこに匂いがまだ強く残っている


多分、ここに少しの間居たんだ


でも、姿はどこにもない…外壁の上にも下にも…いや、もっと不自然なのはこと


基本的に普通に移動しているのならば、匂いが途絶える事はそうそう起こらない。例えば水に入り込んだりしない限りは…


だから少しの間、辺りを見て周り、首を傾げて、彼の姿を探してみる…


その最中だった


かなり遠く…それこそ、外壁の頂上でなければ感知できないような遠方で強い魔力が迸った


良く見ればキラリ、キラリと何かが光っている…まるで花火の様に、チカチカと点滅するみたいだ


「………?……何かな……誰か居る……?」


強い魔力…それは瞬時にカナタを連想させる


それを思いついた瞬間、ぴょんっ、と外壁から街の外へと飛び出した


体に強化魔法を滾らせてかなりの高所にも関わらず、音も立てずに着地して走り出す


かなり遠いけれど…自分の脚ならばたいして時間は掛からない


これは「もしかしたらカナタが居るかな?」という可能性と興味本位だけが突き動かした行動だったのだが…その場所に近付いていくに連れてその魔力の異常さと明滅する光の正体に気が付いた



……っ…誰かが戦ってる……!



あの僅かに光って見えたのは…魔法によりそこら中が大爆発を連続で引き起こしていたのが遠くから光って見えていた


今、こうして近付いていけば徐々にその破壊音と地鳴りのような衝撃が地面と空気を伝播してくる…並の破壊ではここまでその余波が届くことなどあり得ない


一体何が起きているのか…もしこれにカナタが巻き込まれているなら…!


そう考えれば止まる理由は無かった


身に纏う瑠璃色の稲妻を更に強く…肉体を更に加速させる


本来なら馬でも2、3時間は掛かるような距離だが…自分の速度ならばそこまで遠い距離ではない


漸く、遠目に2つの存在が相対しているのを見ることが出来る距離…そこまで近づけた瞬間に、それは起こった



巨大な光の帯とエネルギーの放射がそれぞれから放たれ、ぶつかりあったのだ


莫大な魔力が自分の居る場所まで暴風となって届き、目を細めて顔を庇いながらその様子を見れば、光線とビームが衝突して押し合いながら破壊を撒き散らしている真っ最中であった


見たこともない現象と光景に思わず目を見開くが、僅かな拮抗の末に片方のエネルギーが光の帯を押し始め、その勢いのままに巨大な光の球体を直撃し…



「っ……………ッ!」



踏ん張らなければ何処かへ飛んでいってしまいそうな大爆発が巻き起こり、まるで昼間のように周辺一帯を照らし出した


眩しい…それを抑えて細めに見れば巨大な炎と煙で構成された物がキノコのような形で天に登っており、その異様な光景は常軌を逸した力をまざまざと見せつけるかのようだった



「……っ…何が………っ起きてるの……っ!?こんなの……シオンだって……出来るか分かんない…っ!」



自分の知る随一の遠距離破壊力を誇るシオンですら、ここまでの力を発揮するのにはかなり本気を出さなければならない…それほどまでに、今目の前で起きた事が信じられなかった


確認しないと…!


そう思い、走り出す


強化魔法を止めてスライディング気味に立ち止まれば、そこには……青い肌の女の人2人と漆黒の鎧が相対しており、その鎧が今まさに…長身のドレス姿のような女性に鉄拳を振り上げた光景があった




「……っ……なに、これ……っ?」




思わず漏れたその声に、3つの視線が同時にこちらを向いた


確か前にあったチャラチャラした男達…魔神族だ


その魔神族の女性2人が、前に自分達を助けてくれた勇者を前に表情を歪めながら杖を構えている姿はまさにこれから勇者の拳が魔神族の2人を打ち据える寸前…


完全に…強化魔法を切っていた事が裏目に出た


魔神族の女性の杖先が勇者から……こちらを向いたのだ



『ッ……馬っ鹿野郎ォッ!何ぼーっ、と突っ立ってる!?』



勇者が発した、あの時会話した様子からは考えられないような、焦りと危機感を滾らせた怒声に我に返った時には既に…魔神族の女性はその杖から魔法を放っていた


………私に向けて



回避は……間に合わない


完全に油断していた


こちらに放たれる闇色の魔法弾がスローモーションで自分へと迫ってくるのを見ることしか出来ない…シオンみたいに強い強化で防御を上げて受け切るのは苦手…そもそも、その魔法は威力が高すぎてどうやっても致命傷に違いはなかった



体に、魔法弾が当たる…!



その直前



視界が真っ黒に埋まる


漆黒の鎧が、自分の身を抱き抱えて膝を着き…その背中で連射される魔法弾を全て受け止めているのが目に入った


打ち鳴らされる激しい金属音とその度に彼の体がギシリ、と衝撃に揺れ、僅かに呻く声が耳に届く


その身を盾に…守ってくれているのだと、気が付いた



「っ…ご、ごめんなさいっ……!私……っ」



『ぐっ…ぉッ…いいから動くな…ッ!ジッとしてろ…ッ!』



……っ


守られるなんて思わなかった


少し強くなったかなって…特異魔法も練習して、色々頑張って修練も積んでたのに…っ体が動かなかった…っ!


誰かに身を盾にして守られるなんて……っ


バギンッ、と鈍い破壊音と共に幾度と直撃を受けた彼の左肩の装甲が弾け飛び、亀裂が走るのを見れば言いようもない焦燥に唇を噛む


…こういう時の為に…強くなってる筈なのに…!



時間にして僅か数秒間だろうか


魔法弾の連射は収まり、辺り一帯は静けさに満たされた


風が緩く吹き流れる音だけが聞こえる中で…自分を抱き抱えていた勇者がゆっくりと後ろを向いて溜め息を漏らす



『……大丈夫だったか?…あいつらは…逃げられた…か』



先程と打って変わって…優しく、落ち着いた口調で話しかけてくれる


それに…頷くことしか出来なかった


「…ごめ……んなさい……その……そんなつもりじゃなくて…その……っ」


彼のしていた事は多分、分かる


魔神族との戦いはまだ終わっていない…その戦いに水を指したどころか…足を引っ張る形となってしまった


悔しさと情けなさで……涙が抑えられなくなった


声が詰まり、言いたい言葉も喉に引っかかってしまう


そんな私を、勇者は…優しく抱き締めた



『気にするな。元より、逃がしてもいいと考えていた相手だ。大した問題じゃない』



そう言ってくれる勇者の表情はきっと優しい顔をしてくれているのだろう


固く分厚い装甲に、そっと抱き締められて頭に手を置かれるのは両親とカナタ以外は初めてだった


だから……



目を見開いた



なんで…



砕けた彼の鎧の亀裂から…




………?




ーーー



【side 神藤彼方】



『肩部装甲損壊。ダメージコントロール完了。15秒後に修復を開始します。マスター、肩は大丈夫ですか?』


(痛ぇよ……あんにゃろ、バカスカ撃ちやがって…。…ま、骨は無事、肉も削げてない。精々強く打った程度だ、問題ない。放っときゃ治るだろ)


『ナイチンゲールによる治療を提案します』


(大袈裟な……なんでもすぐ治してっと、体が痛みに弱くなんだよ。自然治癒って大事なんだぞ?それに…この体なら治るのに数日もかかんないしな)


脳裏でアマテラスとの通信を行う


あまりこうして音を出さずに通信はしたくない…周囲の音が殆ど聞こえなくなるし、アマテラスと自分の会話内容以外が頭に入り難くなる


だが、目の前にマウラが居てはしょうがない


(そもそも…なんでマウラがここに居る?本気で焦ったぞ…)


『不明です。観測情報を読み込みます。…………ロード完了、マスターが出撃する6分後にマウラ嬢はカラナック外壁上部へと来ています。その3分後、恐らく戦闘余波を感じとり、この場へ急行した様子です』


(すれ違いか…タイミング悪いな。…ってか、なんで俺が外に居るって分かったんだ?まさか…部屋に来てたとか?)


『マウラ嬢の追跡の様子を確認……どうやらマスターの匂いを追いかけて来たようです』


兜の内部で映像が流れる


何かあってはならない、故に平時はカナタもプライバシーを守って見ていないがアマテラスだけは3人を追跡して危険を分かるようにしている


その映像が、鼻を鳴らして宿から出てくるマウラの遠くからの姿を映していた


確かに、カナタが歩いてきた道を綺麗に辿って外壁の上までやって来た様子を見るに、しっかりと匂いを辿っているようだ


(さて…どうすっかなぁ。レイシアス逃しちゃったし、マウラもちょっとショック受けてるみたいだしな…これ勇者じゃ慰めもろくに出来ね…)


『マスター、マスター…これは不味いのではありませんか?』


(…えっ、何が?)


『言い難いのですが、マウラ嬢が顔を寄せているマスターのリベリオン肩部装甲は破損していますので………………恐らく、……』


(っまさか…っ!)


はっ、と己が抱く少女を見下ろす


顔を伏せているから表情は分からない…だが、確かに…もしマウラの鼻がそれほどまでに良いのだとしたら…


まさか…破損したリベリオンから感じ取れるなんて事は……




「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………カナタ…」



ドクンっ


心臓が高鳴った


他の二人とは違う、何かを辿って来た訳じゃない。なのに…これも運命か…天が彼女をこの場へ運んできたのか


涙を浮かべたその瞳が、バイザー越しに覗き込んでくる


その目には、「まさか…」や「もしかして…」なんて生易しい物ではなく…確信が宿っていた


このあまりにも有名で、あまりにも残虐の化身と身を転じた姿の自分を見て、こんなに安心した様子で…なんの疑いも無く…


普段、自分へ向けてくれるあの目で…この姿の自分を見つめてくれていた


たった一言…その目で、この名前を呼んでくれるだけで…こんなに嬉しくて、胸がはち切れそうなくらいに満たされるのだ


『……馬鹿…なんでこんなとこ居んだ、マウラ…危ねぇって」


変声が、途中で機能を停止して…本来のカナタの肉声が伝わった


自分で、変声を止めたのだ…もうこれは…マウラには必要ない、と…判断した


もう彼女は分かっている


そして…ペトラとシオンの2人が、この局面で自分の正体を彼女に曝す勇気をくれた


『マウラなら大丈夫』『マウラなら必ず辿り着く』…2人はそう信じて疑わなかった…故に、彼女達を信じたかった

そして…自分自身も、マウラを信じたい、マウラに彼女達と同じようにそう言ってもらいたいと思ったのだ


「ん……ごめんね、カナタ……邪魔しちゃった……」


「んなことどうでも良い…お前に怪我が無かったなら、どうだって良いんだよ…肝冷やしたぞ、流石に…」


「……気になっちゃった…あと……もしカナタが…巻き込まれてたらっ、て思ったら……でも、足ひっぱっちゃった……」


その言葉に、胸が締め付けられる


恐らく…レイシアスは本気で彼女を殺す気は無かったように見えた

魔法を放つタイミングが、僅かに遅かったのは俺が割り込むと確信していたからなのか…はたまた、大技の後で遅れたのか…


もし、マウラにあの魔法を当てられていたら…そう思うだけで体の寒気が収まらない


「…カナタ……本当に勇者様だったんだ……すごいっ…」


「あぁ……って、「本当に」…って…?」


「…カナタはね…ずっと前から…私の、私達の「勇者様」…なんだよ…?…私達を助けてくれたあの日から……私達を育ててくれて……沢山楽しいのも教えてくれた……私の勇者様は……ずっとカナタだけだったから…っ」


「っ……お、前はもっと……っ勇者とかに興味無いと思ってたんだけどな…」


「……世界を救った勇者様は……すごいと思うけど……でもね…?…本当の、私達を救った勇者様は……カナタだけ……だから私は……」



その言葉に…カナタは目を見開いて、静かに涙を溜めた





「……勇者様カナタのこと……っ大好きなんだよ…っ!」








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【後書き】


「さて…楽しみだな。カナタ対マウラか…どちらが勝つか…」


「そうですね…なかなかにどちらにも分がある勝負になりそうです」


「あれっ?俺そんなにマウラに負けそうだったりするの!?もしかしてマウラめっちゃ強かったりする!?」


「うむ…マウラは何よりも獣の本能的なスタミナやらがあるからな。きっとカナタの攻めにも食いついてくる筈だ」


「んっ…!負けない…っ!」


「なるほど…!つまり次マウラと戦う時はかなりの苦戦を…」


「……ベッドの上ならっ…負けないはず…っ!」


「そっちかよ!?」


「当たり前であろう…いや、まぁそっちも勝ち目あるか怪しいところだが…我らの希望はマウラに掛かっておるのだ!」


「私も結局コテンパンにハ…こほんっ、ヤられてしまいましたので…」


「言い直した意味ねぇよそれ!?」


「あんなに一方的に毎度毎度ヤられては悔しくもなる…!マウラがどこまでヤれるかに我らの勝敗かける他無い!」


「マウラ、いいですか…攻めて攻めて攻めまくるんです!後手に回ったら後は腰がぐったぐたに抜けるまでされるんですから!」


「ヲイ!?恥ずかしい話を後書きでするな!?その話は別のサイトで…」


「そうです!別のサイトでどれだけの戦力差があるか確かめて下さい!」

 

「やっべ墓穴掘った!?」


「まぁ待てシオン…まだ更新されておらんだろう?ここはしっかりねっとり、描写してもらって諸々読んでくれている人にだな…」


「お前達は恥ずかしくないのかよ!?」


「ふんっ……!……ちゃんと予習しておくっ……!」


「その意気だ、マウラ!」


「その意気です、マウラ!」


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