第61話 夜天の襲撃者


「ほんとにエントリーしちった……はぁ…気が重い………」


満天の星空、乾いた空気に流れる風が若干の清涼感を届ける中でカラナックの街を照らす星を虚しく見上げているカナタの姿があった


昼食の後、闘技場へとその足で赴いた一行は気に入ったのか「さぁこっちだ!」と前を歩くレオルドに引き連れられる形で大会の受付へとやってきた


こういうのは飛び入りが許されているのか…と思うカナタだったがそこは問題なかったらしい。レオルドの顔もあるのか、すんなりと「はーい、名前と指導者のお名前を書いてくださいねー」と何の滞りもなくすらすらと進行していき、気が付けばエントリー札を貰って宿への帰り道となっていたのだ


当然、カナタの手にもエントリー札はある


指導者戦のエントリー札だ


本選出場者の師匠、指導者を務める者のみが参加できる大会であり、本戦とは違う…技工や手練手管を見ることができると人気の大会だ


これは後で知ったことだったが……この指導者戦の水面下には「他の弟子の勧誘、トレード」というややブラックな賭けが存在しているのがカナタの気を重たくしていた


ルールとなっている訳では無いらしいが、言わば「暗黙の了解」という形で行うことが多いらしく…



言ってしまえば、指導者や師匠は名を売りたい者が多いのだ。つまり優秀な者を自分の弟子という形に着ければその指導者の自分の名も上がる


その為に優秀な他者の弟子を半ば賭けで勝負をし、勝利すればその弟子への勧誘やアピール…酷い場合は強制的に勝者の弟子へと変えられる事すらザラにあると言うのだ


この手のあらっぽいイベントにはある程度のグレーな部分が付き物ではあるのだが…これを知っていればカナタは出場する事は無かった


彼女達を景品にされるなんて許すはずがない



…とは言え…


「エントリーしちゃったしなぁ…。負けるなんてあり得ない…やるからには優勝か」


…彼女達の「師」を背負う以上、無様は見せられない


…というか、彼女達のように実力もあって見目麗しい少女と来ればどうにか自分の手元に引き込みたい輩は大勢いるだろう


いざとなれば…「リベリオン」を身に纏う事すら厭わない


「あーあ…考えることがどんどん増えてく…取り敢えず今は…」



から対処するか…



その視線は…カラナックの街から遥か外へと向けられていた


カナタが居るのはカラナックを取り囲む外壁の真上


ここにいるのは「仕事」をする為である


「俺の予想より1ヶ月以上早い。面倒な真似しやがって…。この速度で情報を掴めるのは間違いなく…レイシアスが来てるな。『封印中枢:SPRING』は既に1度襲撃を受けてる。場所も割れてんなら確かめに来るとは思ったがマジで早かったな」


『既に転移魔法の空間歪曲は確認しています。術式反応、放出魔力の痕跡から魔神族の使用する転移魔法で間違いありません。集めた戦力を差し向けますか?』

 

「レイシアス相手なら無駄になる。あいつが相手じゃ適当なやつを突っ込ませても数が減るだけだ。…あそこにある4番目のオアシス湖で俺が直接迎え撃つ。正確な調査をさせないだけでも時間は稼げる。今はこっちの配備が完成するまで手出しをさせなければいい」


『現在、封印にはイクシオンとスフィアードが数機常駐しています。そっちの方は…』


「こっちの配備が終わった段階でスプリングから全部撤収させろ。たかが5機…されど5機だ。なるべくイクシオンとスフィアードを減らす訳にはいかない。とは言え、戦力としては一級品…ジュッカロの森に潜伏させておく。何かあれば動かす…優先事項は彼女達3人だ。その為に全部使え」 


『了解しました。マスター、今なら私の砲撃で敵性魔神族の攻撃が可能です。巻き込む人や建造物も現在の位置なら問題ありません。『ミーティアフォール』の使用許可を願います』


「……ダメだ。万が一避けられた場合、最悪の可能性に繋がる。レイシアス相手じゃ当たる確率の方が低い上に、アイツならお前を補足できる。今は大人しくしとけ」


『了解しました、マスター。敵性魔神族は2人…光学認識完了。1名はレヴィオラ・レイシアス、1名は…データにありません。若年の女性型魔神族を確認。対象、第4オアシスまで約20分の距離』


「データに無い?…ってことは俺が会ったこと無い奴……まさかそいつも魔将の弟子、とかいう奴か?」


目の前に現れた空間ディスプレイに写る映像にはかなり遠くからの映像を何倍にも拡大した少し荒れた画質ではあったが、確かに2人の魔神族が写っている


1人は間違いなくレイシアスだ


黄金の一本角を額に黄金に宝石が輝くリングが綺麗に填められ、まさに貴婦人と言わんばかりにその身へネックレス、指輪の装飾品を従える美女



柔らかい垂れ目に泣き黒子のおっとりした雰囲気の美女であり、その服装は胸元の開いたドレスのような物を身に纏い、高いヒールを履いた姿はこれから舞踏会へ赴くかのようだ


その手に木の枝が3本も三つ編みにされ、天辺にはその枝が大きな宝玉を絡めて掴んだ形の背丈に及ぶ杖を持っており、こんか動きづらそうな格好をしていながらも、この背の低い草葉や岩場のある乾燥地帯を散歩でもするように歩き進んでいる



あれがレヴィオラ・レイシアス


三魔将随一の魔法使いであり、魔法技巧の極致へと手を掛ける魔神族最高の魔法の担い手


カナタも彼女さえ居なければもっと単純かつ力技で攻勢に出ていただろう


それ程までに厄介な相手だ…探知、結界、攻撃から何まで超常の魔法で仕掛けてくる



そしてその隣…短い一本の角を額に備えたグレーに近い白髪のツインテール、容姿からは14,5歳くらいにしか見えない魔神族の少女が付き従うように歩いている


無骨ながら刺繍のあるローブに魔法使いのフォーマルな繊維製のボタンシャツとタイトな長パンを履き、こちらは60cm程度のややゴツい両手で使う中杖を握って辺りをキョロキョロと見回しながら進む姿を見れば…どこか初々しさというか、戦場慣れをまだしてない青さを感じる


「あれがレイシアスの弟子…あの不慣れさに杖使いだ、分かり易いな。てことは前に居たグレイブ使いはギデオンの弟子で双剣使いはガランドーサの弟子だな。なるほど……1人に1人弟子をとった、ね」


目を細めて呟く


…別に彼らに関しては「憎い」と言うほどの物はない


良くも悪くも、そこまで興味の対象ではなかった


自分の邪魔なら消す、邪魔をしないなら放置でもいい


その程度の認識だった


だが…レイシアスと仲良く話す弟子と思わしき少女に朗らかな顔でそれに返す様子の彼女の姿を見れば…


(まるで俺のようだ…なんて思ったら失礼かな…?自分を慕う者への感情はよく分かる。これでお前がその少女をただの一兵として使って見えたなら…なぁ、レイシアス。俺とお前達……異世界から来た勇者と次元の狭間からこの世界に来たお前達、互いに人にそういう顔が出来る……俺達の違いって、なんなんだろうな…)


たった今、情が湧いたという訳では無い


ただ……そう思えるようになってしまったのだ


己の道は変わらない、目的もゴールも不変である


容赦なく手を下すのは多分、よりも楽で、容易く実行できてしまうのだろう



「……行くか」



短いその言葉と共に、耳を劈く音を伴って黒紫のスパークが炸裂する


カナタの周囲の空間が歪み、胸の文様が夜の闇に光り輝き、その周囲の虚空から漆黒の鋼が滲み出る


重々しい金属音を立ててあらゆるパーツが肉体を覆っていき、星の月の光の下で…まるで悪鬼の如き不穏なスパークを纏い迸らせる漆黒の怪物が、そこに居た


最後の兜が顔に被さり、パーツがスライドして顔の全てを覆った瞬間にその双眸が光を宿す


胸の中心から伸びる鎧のラインは金色に輝き、背中のパーツが展開され光の粒子をこまめに噴き出しながら各部のチェックは進んでいく


掌に内蔵された武装、上腕、肩、胸部、腰部…様々な場所に仕込まれた破壊の兵器がガシャッ、ガシャッと音を立てて一瞬展開しては、元の装甲の中へと格納される動きはこの世界で一切馴染みのない光景だろう


パワードスーツ、強化外骨格、機動鎧装…そんな呼び方が相応しいこの世界における異形の鎧を纏う男が、ミサイルの如く光の粒子を噴出させて瞬時に空へと上昇し、まるで彗星のように天へ一本の軌跡を残して飛翔する





そのほんの数分後





瑠璃髪の猫耳をピクピクと動かしながら…その少女が、鼻をくんくんとたててこの外壁の真上、先程まで彼が立っていた場所に現れたのを、カナタはこの時まだ知ることは無かった





「……あれ……?……匂いが途切れてる……?………カナタ?」




ーーー




「レイシアス様っ!この先って確か魔物達が棲む森に繋がっていましたよね?何も言わずに連れて来られましたけど何しにきたんです?」


茶色の岩と短草の斑のような大地が続くカラナック周辺に広がる平地


夜の風はぬるく、布1枚羽織って丁度いいくらいの気温まで落ち着いてる


砂漠ほどの温度差が昼夜である訳でもないが、この辺りは夜になれば気温も下がるのだ


そんな中で、ツインテールをゆらゆらと風に靡かせる少女は己の前を歩く美女に問いかける


「あら?キュリアちゃんには言ってなかったかしらねぇ…あの小さなオアシスの湖を超えた先の、この世界の人々が「ジュッカロ」と呼ぶ森の中に特別な魔物がいるの。今回はそれの調査に来た…」


「特別って……それ四魔龍じゃないですかぁ!?死んでないのってガヘニクス以外にも居たんだ…」


「ふふっ、その通り。四魔龍は全部生きてるのよ?ただ……巨大な封印によって徐々に命を奪われ続けているの。いずれ骸と化すように、巨大で、壮大で、絶大な封印に、ね」


「な、なら!直接転移で行けば良かったですよ!ほらほら…あの森結構強い魔物居ましたし、こんな足場悪いとこ歩かなくても…」


「だーめ。死んじゃうわよ?」


「死んじゃうんですか!?」


おっとりした風にとんでも無いことを言うレイシアスに、少女…キュリアの抜けた驚きの声が夜の平地に虚しく響く


そう…キュリアはこんな夜半に突然レイシアスに連れられてやって来た事もあり、事情はさっぱりなのであったが、聞いた限りめちゃくちゃ重要な任務である


残存する四魔龍の開放は現在の魔神族にとっては最優先目標の1つだ


既にガヘニクスは開放された


さらにもう一体の開放が成されれば大きくパワーバランスは変わる


「少し前にね、おっきな振動というか…魔力の波動とかが感知できたの。何かが暴れるみたいに、すっごくおっきくて激しい…。この先に四魔龍の封印があるのは分かってたんだけどね、とっても厄介なガーディアンが居るから手をこまねいてたのよ。だ、け、ど……」


「暴れてるってことは……それって封印が…!」


「そ。何かの偶然か不具合か…封印が緩んだのよ。そして…1度ほつれた封印は、中の魔龍を抑えきれなくなってきてる……今回はその調査に来たの。封印が壊れるタイミングで増援を寄越して、弱って出てくる魔龍を確保するの。その為には、どの程度封印が緩んでて、封印施設の戦力がどれくらいかを調べなきゃいけないわ」


「…っと言っても、それレイシアス様じゃなきゃダメだったんですか?ほら、他にも精鋭部隊いましたし…」


「その精鋭部隊が、封印を目視した瞬間に滅ぼされたから私とキュリアちゃんの出番なの。封印のガーディアンがこちらに気付かない場所から情報を探る…キュリアちゃんはいつでも転移魔法が使えるように、魔法を編んでおいてね?」


「滅ぼっ……な、なら仕方ないです…。それにいつでもって…転移魔法、今から編むんですか?私、転移魔法なんて大きな魔法控えてたら他の魔法使えなくなっちゃいますよ?」


「えぇ、それで大丈夫…調査は私がするから、キュリアちゃんはいつでも逃げられるようにしておくの、いい?ガーディアンが来たらすぐに逃げるの」


「分かりましたよ…」


掌に編み出した輝く魔法陣が、キュリアの僅かな指の動きで見る見る複雑で、緻密な魔法陣へと編み込まれていく


その展開速度は1度同じ魔神族の子弟を務める少年が行使した転移魔法よりも遥かに速くて精密なのは、彼女の指示する女性が世界最高峰の魔法の操り手であるからだ


魔神族の転移魔法は人間の物より遥かに優れているとは言え、その難易度は高い


容易く使えるのは高位の魔神族に限られ、それをスムーズかつ素早く発動させるのにはそこから熟練の技が必要となる


未だ修練中の身といえど、キュリアは十分に操れる領域に居ると言えるだろう



「少し待ってくださいね。あと5分くらい…」


「じゃ、調査始めちゃおうかしら。どれどれ…?」


レイシアスが手にした杖を地面に突き立て、杖の先端に嵌まる宝玉が怪しくダークブルーの光を放ち始め、まるで水に石を投げたような波紋が大地にゆっくりと広がっていく


とても静かに、微風ほどの抵抗も無く広がる波紋がその範囲を広めていき、ソナーのように触れたすべての情報をレイシアスへと伝えていく


物も、魔力も、地形も、全てを感じ取りその地下から上空にまで波紋は染み渡り膨大な範囲を彼女は知覚していくことが可能だ


「…相変わらずとんでもない効果範囲です。私、この前試したら周り1kmが限界でしたよ?」


「まぁ、上出来じゃないキュリアちゃん。それだけ出来る子って、全然居ないのよねぇ。キュリアちゃん、とっても魔法上手いから私、安心よ」


「えへへ……そ、それほどでも…」


「ま、可愛いっ。じゃあキュリアちゃん……良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」


「悪い知らせがあるの嫌ですね!?」


褒め言葉からの急な切り返しにキュリアの表情が「ガーン!」と切り替わる


そんな彼女の慌ただしく変わる表情に「そうなのよぉ」とおっとりした笑みを浮かべるレイシアスが指を一本、ぴん、と立てる


「1つ、良い知らせよ?…活性化してる四魔龍を確認したわ。下に封印されてるのは間違いなく…グラニアスよ。この調子なら放っておいても…そうねぇ、だいたい40日後には出てくるわ」


「すっごく良い知らせじゃないですか!…それより悪い知らせあるんですか?」


「そうなの。ちょーっとマズイかしらねぇ。悪い知らせはね、キュリアちゃん……


「え……?」


おっとりした冗談めかすレイシアスの言葉が、急に緊張感と怜悧を帯びた鋭い物へと変わりドレスを翻してキュリアを手で己の後ろへ押し退ける


その視線が……上を向いている事にキュリアは気が付いた


それを辿るように見上げた夜空に…光り輝く流れ星のような軌跡が遥か真上に尾を引いて描いているのが彼女にも見えた


(…星?珍しい……流れ星だ。あれ……ち、違うっ…こっちに来てる…?)


そう…ただの流れ星ならすぐ消える


しかしそれは延々と光の尾を引きながら徐々にこちらへと接近しており、2人の頭上まで高速で接近した直後……真下へ向かって急降下を開始したのだ


真上からの落下は異常な速さで、それはさながら隕石のように2人の真正面、僅か10mほど前方にした



「きゃあぁぁっ!?なんですかぁ!?」



それが落ちた瞬間、地面は放射状に砕け散り土埃が周辺の視界を埋め尽くし、目を開けていられないような爆風と衝撃が辺り一帯を薙ぎ払う


キュリアも正面にレイシアスが居なければ蹴飛ばされたボールのようにどこかへ吹き飛んでしまう所であった


それ程の衝撃に、まさか本当に隕石が落ちたの?と思うキュリアであったが、落下地点は砂埃がもうもうと立ち込めて肉眼で何か見えるものは何もなかった


その砂埃も夜の緩い風に吹かれて、次第にどこかへ流れていくが…



「…まさか貴方に会えるなんて思わなかったわ。まだ、来てないと思ってたのだけど…」



キュリアが聞いたことのない程、レイシアスの声は緊張と警戒に張り詰めていた


彼女は己の師をここまで臨戦態勢に追い込む相手が存在するなど思ったこともなかった


レイシアスは魔神族最強の魔法使いだ


援護から調査、防御、そして攻撃魔法に至るまで彼女を一分野でも凌駕する魔法使いは存在しない


強化魔法やそれを合わせた体術、戦闘技能で行くならば同じ魔将であるギデオンとガランドーサに敵うものは居ないだろう


だが、こと通常魔法に類する物に関しては…彼女に隙など存在しない


なら、レイシアスが警戒する相手は?



その相手は、放射状に砕けた大地の中心に膝と拳を着いた状態からゆっくりと起き上がり、2つの目と思わしき場所が煌々と光を灯し、その影が晴れゆく砂埃の中から……姿を表した


星の光と、己の放つ光でその姿は浮かび上がる


闇より黒く、冥府の処刑人と言われても納得してしまう異様の鎧


人の形をした漆黒の鋼はマッシブな形状ながら、普通の鎧と違いスマートで、それでいて分厚い


それがゆっくりと起き上がり……砂埃を掻き分けて悠然と前へと進み出た



『御機嫌よう、麗しいレディ達。今夜はどんな御用だ?』



「っ……」



その姿を見た瞬間、キュリアは産まれて初めて、戦慄を覚えた


(な、に…こいつ!?魔力は体が震える程感じるのに…っなんで一片も魔力が見えないの!?怖い…っ何なのよこの黒い鎧…!見たことないわこんなの、リビングアーマー!?でも死の穢も見えないし………いや黒い鎧ってまさかっ!?)



「お久しぶりね、ジンドー。…貴方とまとも会話が出来るなんて思わなかったわ」


『その言葉を前にも言われたことがあるな…。それよりも、レイシアス…そちらのお嬢さんを紹介してくれないのか?』


「やぁねぇ、折角会えたのに、もう他の女の子の話?もっと私とお話しましょ?」


『おっと、それは失礼…それはそうと、最近この辺りは物騒でな。暫くは近寄らないことをお勧めしよう』


その会話だけでもキュリアは背筋を震わせる緊張を覚える


(これがジンドー!?人が呼び出した勇者…あの神すら殺した最悪の化け物…!なんでここに!?いや、そっか…グラニアスの封印が緩んでるのにこいつも気が付いてるんだ!)


直接見たことは無かった


大戦時、戦況が押し返され莫大な数の魔物が物言わぬ肉の塊へと変わり投入された魔神族すら骸と成り果てた


まだ戦場での活躍は困難と判断されたキュリアは他の三魔将が抱える2人の子弟と共に魔神族支配領域である時空の狭間にある彼らの本拠地から出る事を許されなかったが、話だけは聞いていた



ーーそれは夜の闇よりも暗い漆黒の鎧に身を包み、僅かな1年の間に数百年もの間増やし栄えてきた魔物の軍勢の半分を、その手で腐臭漂う屍山血河へ変えてしまった


ーーそれは無尽と思える鋼鉄の兵団を従えて、圧倒的な数による制圧と単騎による壊滅的な破壊を同時に行える鬼神である


ーーそれは魔神族最高の戦士である三魔将が3人でようやく抑え込めるとされる程の戦闘能力を誇り、かつて三魔将と激突した巨大に連なる山脈は一晩にして広大な平地へと変貌を遂げた


ーーそして…それにはまるで感情は無く、言葉すら発さず、それ自身が物言わぬ魔導兵器のようであった……と



「ジンドー、聞きたいのは1つ……貴方、そんなにおしゃべりだったかしら?以前の冷たくて、無機質で……無情の貴方よりとっても素敵よ?」


『かの「絶禍」と謳われた貴婦人からそう言ってもらえるとは身に余る光栄だ。さて……もっと聞きたいことがあるんじゃないのか?』


「そうねぇ……調べごとはある程度終わったし、じゃあもう一つだけ…。私達をこのまま静かに見送ってくれる…なんてことはないかしら?」


レイシアスの会話は時間稼ぎだ


キュリアが転移魔法を完成させる時間を捻出する為に、こうして話に花を咲かせているのだろう


それを分かっているからこそ、焦ってしまう


(レイシアス様が転移の時間を稼いでるって事は…本当に正面から戦ったら分が悪いって事!?でも聞いてた印象と全然違うね…とってもフランクじゃない…っ)


『そうだな…返答次第では、ここで手を振りながら見送ってやらん事も無い』


「あら、優しい…寛大な紳士は魅力的よ?それで…条件は?」


『たった1つ、この言葉を仲間達と守ってくれれば、それでいい。………グラニアスは諦めろ』


「っ」


(やっぱりぃぃぃ!ぜんっぜん相入れないかもっ!?封印を破ったグラニアスをその場で抹殺する気なんだ…!その為にここでずっと待ってたんだこいつ!)


キュリアが内心で悲鳴を上げる


なんだか雰囲気穏やかだなぁ、とか腑抜けたことを考えていたら全くもってそんな事は無かった


たとえ封印を自力で破れてもガヘニクス同様に魔力と生命力を絞り出されて弱っているのは明らかだ


その状態でこの男と…あのジンドーが消しに掛かればまずグラニアスは助からない


『グラニアスはこの場で確実に抹殺する。お前達は、その邪魔をしないだけでいい。……この場で俺とやるより、余程建設的じゃないか?それとも…俺はそこまで脅威ではなくなってしまったかな?』


その言葉と共に、彼の手が腰の高さで、何の気無しに掌を開いたまま、腕を広げた直後……漆黒の鎧が周囲の景色が歪み闇の世界に包まれたかの様な錯覚に陥る程の超常的な魔力は爆裂した


特徴的な黒紫の稲妻が周囲を蛇の如く迸り、正面から殴り付けられるような魔力の圧は衝撃の津波となって周辺を薙ぎ払えば大地も空間を悲鳴を上げた




「ひっ……!?」




キュリアの短い悲鳴と共にその場で腰が抜けたように膝から崩れ落ち、青ざめ恐怖のあまり震えながら後ずさる


意識が、早くこの圧力から解放されようとブラックアウトしていくのを感じ、必死でそれに繋ぎ止める…いや、それ以外に何も行動を起こせない


喋るどころか、指一歩動かすことも、今自分が息をしてるのかさえ分からなくなる


何秒だったのか、何時間だったのかも分からないまま気が付けば…それまでのプレッシャーが気の所為だったかのように、元の静かな夜の空間が戻ってきていた


そこで初めてキュリアは…自分が疾走後のように息をきらせながら、両目からボロボロと涙を流していることに気が付いた



『…まさかそう反応されるとは…脅かし過ぎたかな』



ふ、と見れば漆黒の鎧は腕を組んでキュリアの方を見ていた


勘違いでなければ、そこに敵意や殺意というよりも…少し申し訳なさそうな感じが見受けられるのがなによりもキュリアにとっては以外であった



「キュリアちゃん、大丈夫?」



屈んで心配するように支えてくれるレイシアスの肩に頭を寄せるキュリアは漆黒の鎧に背中を向けるレイシアスに心配を寄せるが、どうやら彼女もあの鎧が背中を見せただけで襲ってこないと分かっているのか、手を出してくる様子がない


震える足で立ち上がりながら袖でゴシゴシと涙を拭い、キッ、と睨みつけるように視線を向ければ「やれやれ」とでも言いたそうに漆黒の鎧が鼻から抜くような息を吐く


「話の続きよ、ジンドー。「グラニアスは諦めろ」……でも、他の四魔龍も結局諦めないとダメなんでしょ?結局そうなるなら、一体でも多く…むしろ自分で出てこれるグラニアスはチャンスなのよねぇ。つ、ま、り……諦める理由は無いの」


そう、レイシアスからすればグラニアス以外の四魔龍だってジンドーに封印を握られている状態…他の2体もどうせ素直に解放させてくれないのなら、グラニアスを諦める理由はどこにも無いのだ


それに、既に精鋭部隊を壊滅までさせられている…おめおめと諭されて帰るなど出来るはずもなかったのだが……次の言葉に、レイシアスは目を見張った










『もし、グラニアスを諦めるなら……即刻、魔海龍ルジオーラを解放してやる、と言ってもか?』





「……………………………………なんですって?」





耳を疑ったレイシアスが思わず、声を漏らした



『ルジオーラを即座に解放してあげよう…そう言ったんだ。勿論、解放直後の追撃はしない…好きに連れ帰るといい。まぁ、次見た時は殺しにかかるが……どうだ、悪くないんじゃないか?』


聴き違いではない…本当に言っている


瞬間の思考でレイシアスは眉を顰める


(どういうことかしら……今までの彼から考えられない発言…ルジオーラを解放?なぜ?ルジオーラを解き放つ事に理由があるの?でも…そんな筈はないわ。ルジオーラは四魔龍の中でもかつ海というを支配するのよ?それを変わりに解き放つ…あり得ない…でもそれが本当でルジオーラが放たれるなら…いえ、グラニアスをその為に切る?簡単に切っていい訳がないけれど2体の魔龍が私達の手に確実に戻るなら…他の封印もジンドーの妨害は確定してる。…でも……)


考えるレイシアスだが、この場でそれを決定するのはあまりにも早急だ


持ち帰ってギデオンとガランドーサの意見がなければ好き勝手グラニアスに見切りを決めるのは大きすぎる決断……



だが…2体の魔龍が確実に手元に戻れば人類との形勢は一気に持ち返す事ができる…





「だ、めです…レイシアス様!」



「っ…キュリアちゃん…?」



その声が、レイシアスの迷宮に入り込んだ思考の海から意識を引き上げた



「ルジオーラを変わりに放つ…っ…ってことはっ、!でもその逆を考えて下さいレイシアス様…っ……ジンドーはグラニアスを!」


「ッ」


『…』


レイシアスが息を呑み、そしてジンドーが…心なしか警戒を露わにした


「考え方が違いますっ!ルジオーラなら放っていいんじゃないっ、ジンドーはんですっ!つまりグラニアスはそいつに優位に立つために必須の魔龍なんですっ、見捨てたらダメですレイシアス様っ!」


その言葉に、レイシアスが目を見開きその視線を漆黒の鎧に向けた


その鎧は顔を少し落とし、あからさまな溜め息を漏らしてゆっくりと顔を上げ…





『交渉は決裂だ。残念だが……ここで消えてもらう』





「キュリアちゃん!私の後ろに下がっていなさいッ!!」



漆黒の鎧の背中が爆発したかのように光の粒子を爆噴させて目にも止まらぬ速さで上空へと飛び上がり、その勢いのままに突撃してきたのだ


丸く大きな月を背中に背負ったようにして、猛烈な速度と勢いを付けて…2人の方へ



「きゃあぁぁっ!?」


「塞げ無尽なる結晶壁ッ!『水晶障壁クリスタル・パレス』!!」


それに対して、レイシアスの魔法が応対する


ダンッ!と音を立てての杖野底を地に叩きつけ、一瞬にして分厚い水晶のような結晶質の魔法障壁が半球形にキュリアとレイシアスの2人を覆い尽くす


発動速度は凄まじく、僅かな数秒の余裕すら無かった瞬間を縫うように発動された魔法の壁は突撃した漆黒の鎧が叩き込んだ拳を鼓膜が弾けそうな轟音とレイシアスとジンドーの紺色と黒紫のスパークの強烈な閃光を炸裂させながら受け止めたのだ


いや、拳撃を叩き付けられた障壁にはビキリ、と数cmの一筋のヒビが走るがジンドーの勢いは完全に止められた


それもその筈…水晶障壁クリスタル・パレスはそもそも対大規模魔法の為にレイシアスが生み出した防御魔法である


数人がかりの大規模魔術を完璧に防ぎきる為に造り出されたその魔法は幾度となく命を、その身を守り抜いてきた


しかしキュリアは驚愕する


(い、一撃でレイシアス様の水晶障壁クリスタル・パレスに罅がっ…!?嘘っ…大規模儀式魔法でも傷付けられない対軍防御魔法なのよ!?…で、でもこの魔法は高速で自動修復される筈っ…生半可な攻撃では完全に破れない上に壊されかけても直る魔法障壁…っい、今の一撃だって受け止められたっ、すぐに障壁は元に…っ)


その直後、漆黒の鎧がほんの数cmだけ入った障壁の罅が、元に戻ろうとする瞬間…その両手の指を罅にバギッ、と捩じ込んだのだ


そのまま両手を障壁に捩じ込んだジンドーは両手を左右に思い切り開こうとし始め…



メギメギッ、バギッ、バリッ、ギリギリッ…!



魔法障壁の罅が数cmから1mに広がった


それもジンドーが両開きの襖でも開くように、障壁が力づくで破壊されていく不快な異音を立てて、数cmの罅をスタート地点に…


キュリアの思考があまりに常識外れした光景に完全に停止する


レイシアスの防御、水晶障壁は殆どの者が「発動されたら終わり」に分類される大魔法だ。その中に入った者を傷付ける手段を持つ者はほぼ存在しない


今の魔将の弟子3人が合わさっても突破は不可能だ


魔将ギデオン、ガランドーサならばようやく破る手段を持つ程度…それも持っているだけで実際の戦闘で現実的にこの防御を破れるかどうか…


それを


両手で


力づくで


抉じ開ける?


(バケモノ…っこ、こんなのっ…勝てる訳ないっ!噂は全部ホントだった…っ120人目で現れた最強の勇者っ…!私達の神すら殺した究極の破壊者っ!こんなのどうやって…っ!?)




「しっかりなさいッ!」



「っ!?」



その絶望を、レイシアスの言葉が拭い取る


彼女が両手で杖を構え、莫大な魔力を放出しながら視線だけをキュリアに向けていた


破壊される障壁をひたすらに修復し、維持、強度の底上げを莫大な魔力に物を言わせて実行し、ジンドーの破壊を食い止めながら



「キュリアちゃんっ!目を背けないで!あれが勇者ジンドーよ!幾度倒しても立ち上がり、手が付けられなくなった最強の勇者ッ!でも、どうにかなるわッ…私達の生死は、にかかってるのよっ!立って構えなさい!」


「私の、魔法っ…………ッ…は、はいッ!4分…い、いえ!3分下さいっ!」


そこでようやく思い出す


自分の手の中に、何の魔法を組み上げてる最中なのかを、師の言葉が再び立つ勇気とこの圧倒的絶望の中で立ち上がる根性を奮い立たせた


その手に半ば作り上げた…転移の術を完成させるために



『……転移魔法か!あの双剣の弟子より上手いな、この距離で見るまで気が付かなかったぞッ!』



「当たり前でしょうッ!キュリアちゃんは私の弟子なのよ!その辺の魔法が使える魔神族と一緒にしたら…痛い目見るわよッ!!」


既に腕一本は捩じ込めるまでに抉じ開けられた障壁の中から、レイシアスが杖の宝玉をジンドーに向けた


障壁を両腕で広げて破壊しようとするジンドーの体正面に狙いを定める



「私の弟子が怖がってるでしょッ!いい加減退きなさいッ、『魔閃衝ソニックブラスト』」



レイシアスの上から螺旋状の光が放たれる


魔力により発光する程まで凝縮された衝撃波は引き裂かれてきた障壁の間からそのままジンドーの胸部へと直撃し、障壁の亀裂に手をかけていた漆黒の鎧は強烈な勢いで弾き飛ばされる


指向性の衝撃波を放つ魔閃衝ソニックブラストは本来連ねて置いた巨岩すら全て粉々に粉砕する破壊力のある魔法だが…


弾かれたボールのように吹き飛ぶジンドーの背面から光の粒子が噴き出し、アクロバットな動きで空中で姿勢を無理やり整えると飛ばされる勢いのまま地面に着地し、その手を地面に突き立ててガリガリガリッ、と一本の線を引くようにして勢いを殺していく


『ちっ……硬いな。殴れる魔法使いが一番厄介だと思ってたんだが…一極して魔法使える奴ってのはまた面倒だ』


ゆっくりと立ち上がるジンドーに、障壁を限定的に解いて己の正面だけ射線を通すレイシアスとその背中に隠れるキュリア


すぐさま杖をくるり、と一回しさせたレイシアスの正面と…そして時計盤の文字のように自身を中心に周囲へ闇色の炎を凝縮させて熱球を多数展開されていき、その真後ろのキュリアは隠す必要の無くなった転移魔法を大胆に編み上げて完成を急がせていく


その二人の姿に、兜の中で僅かに目を細め、思うところを感じながらも…自身も膨大な魔力を纏うジンドー


今、暗闇の夜天の下で、ダークブルーと黒紫の星が一際輝きを放ちながら相対した






「さぁ、キュリアちゃん。気を引き締めなさい……生死の分け目を決める3分間よ」




「はいっ、レイシアス様っ!」










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【後書き】


「のぅ、ちと思ったんだが…」


「ん……流石に思った……」


「で、ですよね。私も多分同じことを思いましたが…」



「「「カナタがどう見ても悪役!」」」


「おかしいよな…なぜ俺がこんな美女と美少女を追い詰める殺人鬼みたいになってるんだ…?」


「いやセリフも登場も追い詰め方も何から何まで悪役ではないか!あれはあの2人に同情してしまうわ!」


「障壁の破り方とか見て下さい!まるでATフィールドを抉じ開けようとするエヴァそのものです!」


「いやっ……カナタはまだ悪役ネタを仕込んでる……っ!」


「エッ…い、いや仕込んでる訳じゃないんだって…」


「はっ…ま、まさかあの魔力を放って脅しをかけた時のあの手と腕の広げ方は……っ!」


「そ、そういう事か!あの姿勢はまさに……っ」


「「「最終形態になった時のフリーザ様っ!」」」


「ナンテコッタッ!?」


「いやカナタあれ無意識でやってたんですか!?」


「悪の帝王めいた仕草した黒いパワードスーツがエヴァさながらの動きで守りを食い破ろうとしてくるのだぞ!ホラー映画の方がまだ易しいわ!」


「そんな筈では…っ!?」


「…カナタ、スーツ着てると……ノリが変わる…。……正体隠すために、作ってるんだと思うけど………これはやり過ぎ……相手が可哀想……」


「で、でもこれも色々考えてだな…」


「本編もう一度読んでみて下さいカナタ!完全に魔王から逃げようとする2人組の画です!これから師弟の絆で倒されるダークサイドそのものです!」


「これは…こ、この流れからカナタが倒されても何の不思議もない主人公展開だ…!今、この瞬間の主人公は完全に魔神族の2人の方だぞ!?」


「俺は……悪役だった……!?」





「これはおじさんも否定できないねぇ」


「否定できませんわねぇ…」


「ダッハッハ!違いねぇ!けどおもしれぇな!ここそういうノリの場所かよ、もっと早く呼べよなぁ!」


「あら、ついにレオルド様も後書き入りですのね」


「こりゃ…後の2人が拗ねるねぇ。おじさん、知らないよ?」

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