第60話 冒険者のススメ


貿易都市カラナック


ラヴァン王国西端と軍事国家バーレルナの東端に位置する国境直上に存在する大都市


2国家が半ば共同のような形で作り上げた場所であり、付近は低木や岩場が多い一方で所々に地下水が噴出する地点が点在しており、その周辺はオアシスとして遥か昔より動植物が集まるポイントとなってきた


平地かつ乾燥地帯故に気温も高く、砂漠とは言わないまでも旅人の命を脅かすには十分過ぎる熱帯気候。だからこそ、この平地で最大のオアシスとなる湖を中心に人々が集まったのは自然な流れであった


それがアクラッツァ湖


独自の水棲生態系を築き上げる程に巨大であり、地下水脈から滾々と湧き出す冷たい水が巨大都市であるカラナックの人々の生活を支えている


カラナック周辺には他にも中小規模のオアシスがいくつか点在しており、農業、畜産はこのオアシスを中心とした拠点で行われてきている。必然、オアシスからオアシスへ、と街を拡張していった結果が小規模国家に匹敵する広大な面積の街へと発展させた


また、この熱帯気候と乾燥は魔物にとっても厳しい環境であるのに変わることはなく、一部の熱帯や乾燥を好む類の魔物や魔獣を除けばこの地帯で自由に動ける生物は多くない


大戦を乗り越えられた大きな要因はそこにある


そして大戦が終わった今、カラナックは一大観光地として名を馳せていた


常夏…というか常に暑い熱帯に冷たい湖と来れば、平和になった世の中で考えられる事は1つ…そう、バカンスである


ラヴァンとバーレルナの2つの文化が混ざり合う独特なカラナックは日常を抜け出すのにとても好相性であり、さらにはバーレルナの特性を色濃く持ってきた文化…大闘技場が中心地には聳えて立っている


力自慢や腕利きの腕試し、賞金を目指した一攫千金や自身の名を広める為、などなど…理由は様々ながら多くの闘技大会を実施しては盛り上がりを見せるカラナックの代名詞の1つと言えるのだ




そんなカラナックから暫く北へと登っていくと、熱帯の気候とさらに北の寒冷地から吹き込む風が混ざり合って非常に珍しい常春の一帯が生まれている


雪山を含む山脈から風に乗って冷気が舞い込み、熱帯を程よく冷やした結果、非常に過ごしやすく涼しい程度の気温と定期的な降雨による植物の繁茂によって一大森林が形成されるに至る


北側の寒冷地と南の熱帯に挟まれたその場所は当然ながら、その2箇所では活動できない魔物と魔獣が蔓延って生息する一大危険地帯へと変わっていった


大戦が終わった今ですら、ギルド派遣の冒険者達しか出入りを許されない禁足地…ジュッカロ魔棲帯が広がっているのである


そんな危険地帯と広域的に見れば近場に存在するカラナックではあるが、ジュッカロ魔棲帯に住む魔物は熱帯気候を乗り越えられない種の集まりである事から、近づかなければ問題は無いとされ今も昔もそれ程危険視はされていないのが実情であった


つまるところ、現在のカラナックは…激アツの人気スポットなのである



「ーーーというのがカラナックの大雑把な特徴です。私、結構気になってたんですよ、カラナック。来れて良かったです」


「しっかし暑いのぅ。これは確かに熱帯というか…よく砂漠化せんな、ここ」


「網目状に細かな地下水が走っているおかげで低草の類はよく生えているみたいですからね。なので草食獣の餌には困らないらしいです」


「んー……でも…カナタの転移あって良かった……こんな暑い中…旅なんて出来ない……」


「それは言えてるな。というか、カナタよ。そなたカラナックに来たことがあったのだな?」


「まーね。現存してる都市やら国やらはある程度回った事あんのよ。って言っても、カラナックで何かした訳でもないんだけど」


カナタ達四人の姿は、そんなカラナックの街中にあった


あれから2日


マウラにカラナックへ赴くことを伝えると自然な流れで諸々の買い物やらをし始め、まるで旅行の準備のように賑わい始めた3人の少女


夏休みの旅行としては申し分ない出先なのは間違いなく、硬いことばかり考えてカラナックへ行こうとしていたカナタも「…まぁ、こういうのも有りか」と若干開き直るようになっていた


現在、カラナックの中心地に近い街中に居る4人だが、既にかなりの人賑わいが通りを埋め尽くしており普段過ごしている王都との静かな日々との差を実感している所だった


「宿は取ったし、取り敢えずどこかへ寄るか?我は別に、初手から湖へ飛び込んでも構わんがっ」

 

「えぇ、悪くありませんね。むしろこの気候なら2、3日おきに入るのもありです」


「……きっと気持いい……水着も買ったし……」


そして何より、三人の心は湖遊泳にかなり傾いているらしい


カナタも「こんだけ暑けりゃな。そうなるわ」と頷くが…


「その前に、寄っておきたい所がある。3人とも、着いておいで」


これには「おや?」と物珍しそうにカナタのことを見つめる少女達

シオンとペトラに関しては彼の目的を知っているから尚更だが、何か立ち寄りたい所なんてあったかな?と疑問符を浮かべる


こういう時、カナタは3人の後ろを着いて歩く事が多い為に、先頭に立ってどこかへ行くのはちょっと珍しいのだ


そんな彼に着いて歩くこと約20分…辿り着いた場所が…



「冒険者ギルド……ですか?」



シオンの疑問の声の通り、冒険者の拠点とする場所…ギルドであった


王都やユカレストの冒険者ギルドと違い、この土地に合わせた建材で建てられており、その素材は煉瓦や粘土といった物で建造されている


背の高い木材が採れないカラナックでは、建築様式は軒並み岩を削り出した石材や粘土を湖の水で伸ばし硬めて建てるものが殆どを占めている


ここまで乾燥と猛暑が毎日続くのであれば、例え木材が採れてもすぐに乾燥して割れたり、火事の要因になってしまうのだ。故に、乾燥や火に強く、断熱性も高い石材と粘土をメインで使っている


「そろそろお前達も、冒険者の資格は取っておいた方が良いと思ってなぁ。ほら、王都で取ろうとすると悪目立ちしそうだし、その話が学院まで来ても面倒だろ?」


「冒険者か…我らもあった方が良いのか?」


「そりゃあ色々と便利だわな。身分証としてこれ以上使いやすい物も無いし、金に困れば依頼解決で即金手渡し、他国に入るのも冒険者の身分証があれば面倒な手続きは全部スキップだ」


「……冒険者……カナタも持ってる……だっけ……?」


「あるぞ。まぁ最初も最初の礫級だけど…。こんなんでも、あるのと無いのとじゃ大違いなのよ」


カナタが指に挟んだ灰色のカード

1度だけ見たことがある彼の冒険者カードで、確かそのランクは一番低い物だった筈だ


それを手にしたままギルドの中へと入るカナタを追いかける


意外と内部は他のギルドと近い造りであり、巨大なカウンターやボード、酒屋のような多数の席といった様式は変わっていなかった


カウンターにはギルドの制服を着た女性が立っているのも変わらず、受付嬢というのはギルドで必須の存在らしい


「すいません、この子達に冒険者登録をしてやって欲しいんだけど…」


「はい、冒険者登録ですね。それではこちらの用紙の要項をお書き頂きます」


カナタの言葉に慣れたように3枚の用紙を取り出してシオン、ペトラ、マウラへと渡される。内容は名前や特技、依頼傾向や目的などがあり、特別難しい内容ではない


5分程度で書き終わり、受付嬢へと提出する3人であったが…その内容を見てお仕事スマイルを浮かべていた受付嬢の表情が凍り付いた



「そ、その…気の所為でなければお三人とも…特異魔法をお持ちと書いてありますが…」


「む…何かマズかったか?」


「い、いえっ。ですが、もし虚偽の場合は罰金の対象になりますので一応確認を、と申しますか…」


ここで、大声でそれを言わずに4人にだけ届く声で言う辺り、確かにベテランの受付嬢なのかもしれない。「少しお待ちを…」と言ってカウンターを離れた受付嬢の背中を見送るとマウラが何が起きたのか分からずに首を傾けていた


「もしかして、書かない方が良かったのですか?あまり悪目立ちは良くないですし…」


「さっき言われたろ?虚偽登録は罰金…つまり、特異魔法を持ってるのに持ってない事にして登録するのも罰金対象なんだよ。ここは面倒だけど、普通に申告するしか無いな」


国家間すら通れる身分証にもなる冒険者カードだが、その分厳正な管理の元に発行がされている。偽造は勿論のこと、偽りの身分を登録したり必要な情報を載せずに登録は出来ないようにされていた


数分後…小走りで受付嬢が戻ってくると


「申し訳無いですが、少々中でお話や試験の方をさせていただいても宜しいですか?」


「ん?……話と試験なんか必要だったか?」


カナタの疑問も当然…そんな事はした覚えがないからだ。その疑問に受付嬢も申し訳無さそうに表情を曇らせているのかどうにも気に掛かる


しかし、その答えは向こうの方からやってきた



「この私が、呼んだのさ。才気ある少女達を特別に…このギルドサブマスターである私が見定めてあげようと思ってね。さぁ、3人とも、私の部屋へ…」


「えっ、嫌なんだが…」「下心隠す気無さ過ぎますね」「ふあっ……カナタ、お昼ご飯にしよ……?」


やって来てる途中でばっさり切り捨てられていた…


カウンターの奥から現れたのは…見た感じ「あぁ、成金貴族っぽいなぁ」と感じる男だった。線は細く、髪はマッシュルームヘアで固めてありギルドの制服は所々に宝石やら金細工を散りばめてごてごてとカスタマイズされている…そんな青年だった


言葉端から三人への下心というか…欲望が透けて見えるのは間違いなく、気取った話し方や臭い仕草がどうにも見ていて鼻に触る男である


「まったく、素直じゃないね。ギルドに登録したいんだろう?特別に、私の専属冒険者として取り計らってあげようじゃないか。勿論、私が直々に色々と教えてあげるとも…、ね」


「えぇ……今のギルドってこんな感じなのか…?貴族のお遊び的な…ちょっとがっかり」


カナタのボヤき受付嬢も「そ、そういう訳ではっ…」と口籠る


どうやら困り種らしいのは見て分かってしまった。まぁ彼女達の目を惹く容姿に数えられる程しか居ない特異魔法の所有者と来れば私物化したい者も現れるのだろう。特に、専属で囲い込めばそれこそ自由に関係を持っていけるのかもしれないが…


「冒険者カードは無しでいいですね、カナタ。正直、こういうのが通る組織には身を置きたくないので」


「まぁ論外だのぅ。デメリットの方が多いではないか」


「……カナタ……さっきの魔牛ハンバーグのお店行こ……?」


「あー……そうすっか」


カナタは諦めた……実はもし自分と離れていても生計が建てれるように、と冒険者登録をさたかったのだがこうなっては致し方ない


くるり、と踵を返して何事もなかったかのようにギルドが出ていこうとするが…


「待ちたまえ!…そもそも君は何なんだい?彼女達を連れて保護者気取りのようだが、ハッキリ言おう…分不相応というものだ。彼女達のような宝石は私がしっかりと磨いてやらなければ…そして私を彩るジュエリーになるのが幸せというものさ」


「おっふ……こんなセリフ吐いたら羞恥心で体が燃えそうだ…!」


「そうか?カナタならば、我は大歓迎だぞ?」

 

「…絶対やんねぇからな」


なんという緊張感の無さだろうか…自分の身を不当に狙われる少女とそのパートナーとは思えない余裕に受付嬢も疑問を感じ始めてきた


この手の余裕が感じられる者の共通点…それは総じて「この程度はどうとでもなる強さや手段がある」という事を彼女は知っていた


「ごほんっ!残念だが、既に登録書類は書いて頂いたようだからね、あれを預かってる以上は3人の扱いは我が冒険者ギルドで決める権利があるのだよ。つまり、そこの3人は既に私のモノ、という事さ」


勝ち誇った笑みでこちらへ近寄る男ではあったが、その登録書類が乗ったカウンターを自身有りげに指差し…




ギュバッ、ギュバギュバンッ




「何を言っている…登録書類なぞどこにも無いではないか?」

 


「は?」



ペトラの不思議そうな声に慌てて振り返れば、カウンターの上に置いたままだった筈の3人の登録書類が跡形もなく消えていた


先程までちゃんとそこにあった書類がどこにも無い…カウンターに駆け寄る男が床や椅子の下を探し回るも一枚たりとも見つからない


一瞬の内に消滅してしまったのだ


その一瞬手前…ペトラの手元がブレて何かをコインでも跳ね飛ばすように親指で発射したのを見ていた者は居なかった


「ま、待て待てダメだ!その子達はもう私の専属にすると決めているからね!ほらもう一度書き直しなさい、このサブマスターからの推薦もあげようじゃないか!それなら銀級からの飛び越しでカードをあげようじゃないか!」


「え、要らんのだが…そなたしつこいぞ?」


「もう行きましょう、カナタ。相手にしてると気分が悪くなります」


「……カナタ…今回はちゃんとした水着持ってきた……この前よりも、いい感じ……ふふっ」


「あー、うん。そうすっか」


尚も食い下がる男にこれでもかと深い溜め息を漏らしながらシオンとペトラが冷たい視線を送り…マウラに至ってはまるで存在を認識していないかのように羨まけしからん話をしている


そんな三人を見ていればカナタだって「まぁいっか」とギルドなぞどうでも良くなってくるものだ。カナタとしては、別段ギルドに肩入れする理由も無く、腐っていようといまいと自分達には関係が無い


せいぜい「あー、そういうとこなのねギルドって」と思うだけである


ギルドの扉をくぐりながら「なんかハズレのギルドばっかり引いてんなぁ俺」とボヤく…確かユカレストの冒険者ギルドでもよく分からない不良冒険者が居たよなぁ…と


「まぁ、冒険者カードは暫く必要無いと思いますよ、カナタ。ここは腐ってるので別の場所で改めて取りましょう」


「そうすっか。んじゃあ取り敢えず飯に…」


シオンの言葉に頷き、マウラが空腹で不機嫌になる前に飯屋に行こう、とした矢先であった



「よぉ!見てたぜそこの4人グミ!そこのバカが悪かったな!後で締め倒してやっから、安心してくれ!ダッハッハッハ!」


思わず胃が縮むような声量の男に後ろから声を掛けられたのだ


振り返ればそこに体の大きな男が居た

かなりデカい…間違いなく背は2m半ばくらいあり、ぎっちりと丸太のような筋肉が搭載された偉丈夫、ダークブラウンの髪と髭が丸で獅子の鬣のような印象を与え、背中には大人一人の身長はあろう大きさの巨大なバトルアックスが背負われている


その男に、カナタはイヤという程見覚えがあった




(コイツ…何でこんなとこに!?確かバーレルナを拠点にしてたはずじゃ…!)



「俺の名はレオルド!昔はとあるパーティで色々やってた冒険者でな、今は好き勝手やらせてもらってんだ。宜しくな少年少女達!」


その姿に、その名前に、少女たちも目を丸くする。なぜならそれは、世界で最も有名な冒険者の筈だからだ


その男…勇者パーティの戦士であり特攻隊長…剛力無双の金剛級冒険者


レオルド・ヴィットーリオは豪快に笑い声を上げた





ーーー




「さぁ、さっきは冒険者のみっともないトコを見せちまったからなぁ!ここは奢りだ、好きなだけ食ってくれ!ここは俺もオススメなんだ!」


分厚い板の丸テーブルに動かすのも重たそうな椅子、床は岩とコンクリートのような素材で塗り固められた無骨な床、天井には魔石で灯る魔法灯、横積みされた酒樽は全てエールの酒樽だ


ここはとある食堂…冒険者や旅人などの力仕事や体を使う者達に人気の肉料理がメインのお店である


その椅子にどかり、と座って豪快に笑い声を上げながら木製のジョッキか、がぱがぱとエールを口に流し込みながら手にしたフォークで何グラムあるのか分からない巨大なステーキを食いちぎっているレオルド


既に机の上には所狭しと大皿が並んでおり、もうもうと湯気をたてていた


タンクブル、と呼ばれる牛型の魔獣はこの平地一帯に多く生息しており、時に多くの群れを作るほどに多数生息し、平地の草とオアシスの湖で生きている


体は大きいもので10mに迫る程巨大であり、名が表す通りその巨体はまるで戦車

草食獣ながらも並の肉食生物を寄せ付けない程に頑強な骨と筋肉があり、この巨体とパワーで暴れられればその辺の魔物もひとたまりもない、まさにこの一帯の生態系を牛耳る一角をである生物


そしてそれは…カラナックの主食にもなる名産の1つでもあった


頑丈を極める骨は建材や武器…特に二本の角は良い武器の素材となり、これだけの猛暑を耐え肉食獣の攻撃も受け止める革は防具や衣服にも加工される。筋肉の強い部位は濃い赤身、腹や脂肪を蓄えた部位はとろけるほどジューシーなタンクブルはその巨体から大量の肉が取れ、数も多く、魔法を駆使すれば討伐は難しくない事からこの街が興った時から人々の胃袋を支えてきたスーパービーフなのである


カラナックの街章にこのタンクブルを示す牛の横顔が織り交ぜられているのは、それだけこの街がタンクブルに支えられて生きてきた証でもあるのだ


ちなみに、御土産にも大人気であり、行商人も「カラナックに来たら牛肉だけ仕入れてれば利益が出る」とまで言わしめる大人気特産品である


当然…めちゃめちゃ美味い


机の上にはそんなタンクブルを知り尽くした店による肉々した料理が並んでいる


やたらと分厚いステーキに始まり、タンクブルの骨の髄から出汁を取った黄金色のスープ、チーズとソースで見えないハンバーグ、赤いトマトのタレに浸かったゴロゴロのミートボール、細く刻んだ野菜と薄めに切った肉を炒めた回鍋肉に似た野菜炒め、カリカリの衣がついたフライドビーフ、中心は赤く血の滴りそうなローストビーフ、1度乾燥させた干し肉とタレを野菜で巻いた物に、精力が着くと言われる肝のロースト、この世界にもあった牛タンの塩焼き…


大皿に山盛りにされた肉祭りの料理が机を端から端まで埋めていた


…いや、現在進行系で皿は減っていた

 


「んむっ、んむっ、んむっ………おいひいっ……毎日来る……!」


「確かにこれは美味い……牛だけでよくここまで出せるのぅ。何より…酒が進むのが良くないっ!」


「いいですね。私、案外上品で薄味の料理よりこういう王道の大衆料理のほうが好きなんです。あ、そっちのお皿取って下さい。えぇ、皿ごとです」


「まさか……っ……まさかこっちで牛タン食える日が来るとは…っ!」


カナタ達4人の食事ペースは普通ではなかった

山盛りの料理が丸で早送りの映像でも流れているようにみるみる減っては空になっていく


レオルドとペトラの木製ジョッキもどんどん空になっていく!


他の机からの「はぁーすっごい…」という視線などお構いなしだ


「ったくよぉ…俺ぁあんな成金のボンボン追い出せって散々言ってんだぜ?ありゃこの街治めてるジュドラー伯爵の次男坊なんだが…あ、誤解すんなよ?ジュドラー伯爵は人格者だ。長男のキュラッソも次期領主として頭1つ抜けて優秀なんだが、次男坊のビオリオが厄介者でなぁ…」


「んぐっ、むぐっ……そもそも何で貴族家が冒険者ギルドなんか仕切ってんの?冒険者は市政との繋がりが出来ないように要人に貴族の関係は置かないんだろ?」  


冒険者ギルドは国境を聞いた超法規的組織であり、さまざまな国に存在している

しかし、その国の冒険者ギルド及びその冒険者達を国として、領地としての利用を直接的にする事は厳禁とされているのだ


あくまで依頼があれば行うのが冒険者


それを私兵や単一組織の戦力として使用することが出来ないように、冒険者ギルドはギルドを設置する前にその街や国と契約を交わしている


ギルド幹部に貴族の手の者や貴族本人が着けば私物化は避けられない事から、ギルド幹部はギルド出身者で経歴の洗われた者にしかなれない事になっているのだ


故に、過去華々しい活躍をした一線級の冒険者がギルドマスターになって活躍している…なんて話は珍しくない


「いやギルマスはいい奴なんだが…ジュドラー伯爵ともかなり仲良くてな、だからこそと言うべきか…。放蕩のバカ息子が心配で仕事に着けるようギルドに取り計らった。しっかし…小狡い事だけ頭が回る奴で…」


「気が付けばサブマスターの地位に座っていた…という訳か。あの色ボケでは職員の身もさぞ危うかろうに…」


「そこは心配しなくて良い。彼ら彼女らはあくまでギルドマスターに雇われてる職員だ。あのバカ息子もギルドマスター敵に回せば潰す理由与えちまうだけだからな。だからああやって「自分専属の冒険者」に拘ってた訳だ。サブマスターの自分専属で雇えば好き放題使えっからな」


骨付きの巨大なハンドル肉へ豪快にかぶりつき、むしゃむしゃと頬張りながら肩をすくめて事情を語るレオルド


カナタそんな彼を少し感慨深く見る 

最低限、記憶に残っている彼の姿は冒険を楽しみ、戦いにスリルを見出し、なんてことのない酒いっぱいに精一杯喜ぶ男だった


もとから人情家なのか…こうして悩む姿は初めて見る…いや、見てこなかっただけなのか…


そんな中、近くの席から大声がこちらの席に飛んでくるのにレオルドもジョッキ片手に振り返る


「だから言ったんすよレオルドさん!あんたがギルドのサブマスやってくれれりゃ皆着いて行くんすから!」


「ほんとだぜ。あんたならギルマスだって出来んだろ?今のギルマスも良いけどよぉ、もう歳だしな。なんでギルマスの話もサブマスの誘いも全部蹴っちまってんだ?」


その声にテーブルの所々で「そうだ!」「俺達ゃあんたになら命預けられんだ!」「あのバカ坊主シメてやりましょうや!」と冒険者と思わしき者達が陽気に酒を掲げているのが見える


どうやら…彼はこの辺りの冒険者の支柱のような存在らしい

ここまでの人望があれば確かに、ギルドマスターへの勧誘も頷けるだろう。人望無き者に統率者は務まらない


だがそれを「ダッハッハッハッハッハッハ!」とガラスが揺れるような大声で笑うレオルド


「前から言ってんだろお前ら!俺は5年前のあん時から、あるパーティの戦士として正面張ってんだ!名前もねぇ、メンバーも6人しか居ねぇけどな…最っ高のパーティなんだぜ!それ捨てて別の仕事は出来ねぇよ!ダッハッハッハ!」


その言葉に店内は大いに盛り上がった


当然、皆が知っている。レオルドがかつて勇者の旅に同行し、そして世界を救って生還したことを


冒険者という職業に生業を持つ者の中でこの男を知らない者など居ない。究極の「冒険」を果たした本物の英雄の1人こそがレオルド・ヴィットーリオなのだ


(……お前はもっとサバサバしてると思ってたんだけどな、レオルド。…そんないいパーティだったかよ…いや、そうだな……俺以外は最高のメンバーだったかもな)


その中でカナタだけが遠くを見るような目で考え込む


彼を讃える喧騒が、どこか遠くで聞こえてくるように感じながら頭にこびりついたそんな自虐を呷った酒で抑え込み



「…なぁレオルドさん。その前のパーティ…いや、勇者のパーティってそんな良かったのか?」



つい、聞きたくなってしまった


そこまで言ってくれるなら、彼にとってどんな場所だったのか


その答えが怖いと思いながらも、気になってしまったのだ


その不安を…



「おう!最高のメンバーだった!特にリーダーはどんどん前を突っ走る奴でよぉ、とんでもねぇ強さだったんだこれが!少し悲しい奴ではあったけどな…でも、俺達が居た!アイツと一緒なら大丈夫、そういう安心感のある男だったんだ!……男でいいんだよな、あいつ…?まぁ確かに、世に言う英雄像とはちと外れてたけどな。でもよ、紛う事なき…勇者だったんだ、アイツは。俺にとってもな」



レオルドは笑い飛ばすように払拭した


カナタの手が止まり「…そうか」と短く呟く姿を、シオンとペトラが横目で見つめていた


事情を把握していた2人には、今の彼の心境が僅かながらに想像できてしまう


(…こんなに良く思われてると思わなかった、とでも言いたそうな顔をしておるなカナタ。いい加減自覚したほうが良かろう…そなたを一番責めているのは、恐らくそなた自身だ)


(多分、昔から今のカナタと変わらなかったんですね。カナタは変わったんじゃなくて、前から優しい人だったんですよ。それを自分で信じてないだけで…ほら、周りの人のほうが分かっているじゃないですか)


やれやれ…という内心を肴にぐいっ、と酒を呷るシオンとペトラを見て、カナタは「…こいつら…」と呆れた視線を向ける


ちなみにまだその事情を露知らぬマウラはもりもりと眼の前のお肉を口に収めるのに夢中になっていた。可愛らしく頬を膨らませてもっきゅもっきゅと頬張る姿はなんとも心癒される…


「そういやお前さんら、この辺の人間じゃねぇよな?…やっぱあれに釣られて来たのか?ダッハッハッハ!」


くいくい、と親指で窓の外を指差すレオルド。その先には巨大な闘技場の外壁が見えており、それを見て「あぁ…そういやなんかやるんだったな」とカナタもふ、と思い出す


武争祭だったか…詳しいことは何も知らないが、ペトラがそう言っていたイベントだろう



「そうですね…カナタ、私達で出てみてもいいのではないですか?」



シオンのそんな言葉がカナタの意表を突く


「出るって…武争祭にか?」


「はい。兼ねてからこの手の大会には出てみるのもいいと思っていましたから。私達の強さの程度が、前からイマイチ分かり難いと感じていたので、武争祭で世間がどのくらいの強さなのかを体験するのは良いと思いますよ?」


「んっ………言えてる……それにちょっと……楽しそう……悪く無いと思う……」


以外にもマウラは乗り気のようだ。確かに自分だけで鍛え上げ、自主練もしているのだがこのような感想はカナタも少し前から聞かされていた


曰く、「学院の子弱すぎ」との事らしく……確かに学生だけの定規で測れば3人の実力は著しく逸脱しているのは間違い無い


世間の強さを知る…そこから自分の力の大きさを測るのは確かに必要な事だと言える


「うーん……いいかもな。これも良い機会になる。俺は客席で精一杯応援しておく…」


「おっ、ちなみに「指導者戦」ってのもあるぞ!本線はいつもある程度若手が出るのが習わしでな、そいつらの師匠を務める奴らがその後にトーナメントやんだ。これが玄人ばっかでかなり盛り上がんのよ!」


「おぉっと……やっぱり出ない方がいいんじゃないか?ほら、怪我とかしたら危ないし…」


「ありがとうございます、カナタ。では出場の手続きをしないといけませんね」


「あ、いやちょっと…ほら、もしかしたら時間無くなるかもしれないし…」


「良い機会だからな。これは我らもカナタも精一杯やらなければいかんと思わんか?」


「も、もしかしたら期待するほど楽しくないかもしれないし…」


「……楽しみだねっ、カナタ…っ。私も頑張るから……カナタも頑張ろ……っ!」


「あっはい……カナタ、頑張ります…」


カナタは敗北した…少女たちの期待という名のゴリ押しに呆気なく何も言う事は無くなったのであった…


出来れば自分が出て戦うなんて面倒だし目立ったらやだなぁとか思っていたのに反論の余地は無かった。レオルドの言うタイミングの悪さに頬が引き攣る…「もっと早く言えよ…!」と思わずにはいられない


「ダッハッハッハ!なんだそっちの少年が美少女3人の先生なのか!?まだ若いのに良くやるぜまったく!だが、その辺の腕自慢くらいじゃ初戦で捻られるぞ?特に可愛い嬢ちゃん達じゃ戦いに乗じてなんかも可能性はあるしな」


「そこは心配せんでも大丈夫のはずだ…そうだろう、カナタ?我らはそこまで弱いのか?」


「…いや、まぁ正直…そこは心配してないよ」


このやり取りを見て「へぇ…」と興味深く呟いたのはレオルドだった

慢心、傲慢、世間知らず、自信家はイヤという程見てきたから見れば分かるものだ。そういう自分を勘違いして痛い目を見た冒険者を腐る程知っている


総じて、その手の輩は痛い目を見ないと分からない…いや、見ても自分の弱さを認められない者ばかりだ


この少女達と少年はどうだろうか?



この少女達…まったく心が動じていない


戦いに乗じるならば自信があろうと無かろうと、心は動く。高揚、不安、興奮、動揺、油断、警戒…良くも悪くも心が表に出る


それが彼女達には見えない

天井を見据えてるからなのか、自分の届かない先を目標に動いてるからなのか…自分の中の当たり前の判断によって「大丈夫」と断じている


この少年もそうだ


「心配していない」と口にしている…確かに不安は見て取れるが敗北や諸々に伴う心配は全く持ってしていない。信頼と確証をもってそう言っている



面白い


レオルドは久しぶりに若い戦闘者を見てそう思った


大戦の最中はこの手の無謀は多くなかった。皆が良くも悪くも現実を知っていたのだ。しかし大戦が終わって数年…所謂「平和ボケ」した、と昔から戦っていた者に称される若者が増えた


過去の戦いに「自分が居ればもっと活躍出来た」「自分ならさらに上手くやれた」と根拠なく思うように夢見る若者は最近後を絶たない

そういった「世間知らず」から先に怪我をして現実を見せつけられ、時になんてことはない依頼で命を落とす…


こうして己を主観でない物差しで測れる者は多くない


だからこそ、面白い


この少年…良く見れば随分と鍛えてある 


まず間違い無く、戦いに身を置いていた男だ



(どれ、どんなもんか…………なッ!)



確かめてみたくなった。故に…レオルドは僅かな害意を込めて右手をテーブルの下で動かした

ほんの少し…手が履いてるズボンの布に擦れる音が室内の和気あいあいとした喧騒で全然聞こえないであろうくらい、ほんの少しだけ


この場の誰も、他の冒険者も気にさえしないような、微かな害意をわざと漂わせ…





瞬間、不自然な程に…少女達3人の眼だけが


ピタ


とレオルドの右手があろう机の下を向いて停止したのだ


マウラはもりもりと食事をしながら


ペトラは酒を傾けながら


シオンは大皿から取り皿へ料理をよそいながら


何も変わらない行動の最中にぴったりと彼の右手の方向を捉え続けているのである



(こいつぁ…………本物か!おもしれぇ!もし本当にこっちが行動を起こしても対策されないようにわざと普通の行動を続けてやがる…だがその実だ。机の上に手を出した瞬間、飛び掛かって来そうだな…)




「あ、このミートボールとステーキおかわり!あとお冷もちょうだい!」



そんな中、1人緊張の「き」の字もない少年の声が沈黙を割いて響いた


見向きもしていない、まるで今何が起こってたのかなんて何も知らなかったようなその態度…なのにレオルドはそれが一番気にかかる



気付かないほど抜けていた男なのか、それとも…





「ダッハッハッハッハッハッハ!いやぁ悪かった悪かった!気になっちまったんだよ、見りゃ分かんだどんな奴かってのは!すげぇな、マジでイイ線行けるぜお前ら!」


気分上々と言わんばかりに膝を叩いて笑うレオルドを呆れたように見るカナタが「そりゃどーも」と肩を竦めるのを見てシオン達も気を宥める


特にカナタを見て笑う…久々に面白い男に出会った、と機嫌よくジョッキを空にして


そして気前よく言い放った



「俺の育ててるガキも武争祭に出んだ!そん時ゃお嬢ちゃん達、よろしく頼むな!そ、し、て…俺が育ててる奴か出る、となると…だ」



にやり、と視線をカナタに向けると彼も言わんとしている事が分かったからなのか、その表情を「うげっ」と苦々しく引き攣らせる事になった



「俺は指導者戦に参戦することになる。手加減はしねぇから、本気でろうぜ!」



…どうやら、カナタにとって非常に面倒なイベントになる予感がしていた


















「ちなみに嬢ちゃん達…そっちの少年とはなのか…?」


「ふふっ、分かっているじゃないですか。その通りですとも、えぇ」


「かーっ!羨ましいねぇ!俺んトコの教え子にいい出合いがありゃなぁ、と思ってたんだがなぁ。一応聞くんだけどよ…興味とか…」


「ある訳無かろう。そなた、パートナーが奪い取られるような趣味の悪い奇劇が好きなのか?」


「あー、それ言われちまうとなぁ。脈ナシ、ってか。忘れてくれ!弟子を思う師の思い遣りってやつだったんだが…おい少年!こんなズブズブに愛し合ってる師弟はそう居ねぇぞ!」


「ん………愛し合ってる……めっちゃズブズブ……あちあちで皆火傷しちゃうよ……?」


「頼むから黙ってろお前ら……!」


店中の視線が痛い…!


それを振り切るかのように、普段より多めに酒を流し込むカナタは珍しくその日、ふらふらとしながら宿へと向かったのであった







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【後書き】


「このお話、現実未成年の私達がお酒飲みまくってるのですけど…いいんでしょうか?」


「なーにを気にしている。向こう作中じゃれっきとした成人だろう我ら。今更取り上げられても困るわ」


「……ペトラはアル中………麦酒飲んでるとおじさんみたい……」


「例え方が悪いだろう!?おじさんと言うなおじさんと!」


「ちなみに私は果実酒や蜂蜜酒が好きです。甘い香りとか柔らかい風味が止められません…今度自作でもしてみましょうか。酒造法がないアルスガルドに居る内に…」


「……私はリキュール系……カルーアとか大好き……牛乳で割るやつはだいたい美味しい……酒精強くないの作れるから……体がぽわぽわして気持ちい……」


「「……で、ペトラは?」」


「我か?そりゃ勿論………ビールにウィスキー、ブランデー、かぱかぱ進むチューハイにハイボールは駆け出しに最高だな!だがその後はやはりショットグラスで一気に煽ると喉が焼ける感じと鼻を抜く芳醇な香りが………はっ!?」

 

「…おじさんじゃないですか、ペトラ」


「ん……おじさん……間違いない……」


「ぬぉあそんな目で見るのはよさんか!仕方なかろう!?美味しいんだもん!」





「酒は身を壊すぞ、お前ら…」


「あら、付き合い方さえ分かっていれば問題ありませんわ?ちなみに…私のオススメは当然ワインですわよ。どうです、カナタさん…今夜、晩酌でも…」


「「「あっ!ズルい!」」」





未知広かなん です


ここまで呼んでくださってありがとうございます


この60話を投稿した時点で、驚いたことに10万PVを突破致しました


正直こんなに読んでいただけると思ってなかったのでとても嬉しいです


今後もこんな感じのお話を続けていこうと思いますので、お付き合い頂ければ幸いです

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