第59話 追跡者

「あぁもうっ!何処に居ますの!?昨日は1日中部屋に居りませんし、今日も部屋の中に居る様子も無し!ようやく…ようやくここまで来ましたのに!」


カナタ達が泊まる寮とは別の寮


その一室である最上階の部屋でもどかしげに声を上げるラウラの姿があった


部屋の中はある程度は控えめであるものの、どこか高級感と上品さのある仕様となっており広さもある。自費で自由にカスタマイズできる寮の部屋であるのはここも同じであったが、流石に金の使い方が違った


壁紙から家具から何まで全てリフォームさながらに作り替えて好みの部屋にしてあるらしく、まるで高級ホテルの一室と言われても頷けるその部屋で涼し気なワンピース姿のラウラは黄金の長髪をふわり、と広げるようにベッドへと背中から倒れ込む


建国記念の祭典や後日祭が終わり、ようやく一息ついて彼と…カナタと向き合って話せるかと思いきや…不在に次ぐ不在で姿が見えない


あまりにも焦れったいこの時間にむしゃくしゃするのもしょうが無いのである


ちなみにベッドも大きい、大の大人が5人は川の字に寝れる程度に大きい


そこも、彼女が生粋のお嬢様であることを表しているだろう


だが、今の彼女は普段の落ち着いた姿からはちょっと違って、「待て」をさせられたような状態に頬を膨らませてベッドの上でじたばたと体を動かしているのだ


外姿しか知らない者が見れば目が点になる意外な光景だろう


「あっはっはっはっ!焦れてるねぇラウラちゃん!やーっと愛しの彼に会えそうなのに会えないもどかしさってやつかな?甘酸っぱくておじさん、胸焼けしちゃいそうだ」


「ザッカー様…勝手に解錠して入ってくるのはお止めくださいませ。まったく…まだ集合には少し早いと思いますわよ?」


「おじさん、5分以上前集合がポリシーでね。それよりもラウラちゃんの恋バナの方が気になってた気になって…ちょっと早く来ちゃったんだよねぇ」


いつの間にか、リビングスペースの机に腰を掛けて笑い声を上げている無精髭の中年男にむっ、と顔を向けるラウラだが恥じる様子はどこにもない


なぜなら、ザッカーは彼女のこの程度の面は嫌というほどしっているのだから、今更気にするまでもないのだ


ちなみにザッカーのピッキング能力はピカ一である。どんな部屋でも金庫でも、魔法による施錠がされていようとも素早く的確に開けてしまうのだ


警備が厳重とは言え、彼にかかれば寮の一室程度は素通りに等しいだろう


「別に……恋バナなんて物でも無いでしょう。青春という程輝かしく恋愛をした訳でもありませんし…もっと泥臭いと思いますわよ?」

 

「何いってんのラウラちゃん。でも、気になって気になってしょうが無いんでしょ?……カナタ君の事」


「気にならない訳ありませんわ。カナタさんは今までずっと私の側で一緒に授業までして………って今なんとおっしゃいました!?」


何の気無しに返されたその名前にがばっ、と体を勢いよく起こして目を見開くラウラ

それを見たザッカーが悪戯が上手く行ったと言わんばかりの笑みを浮かべて懐から小さなメモを取り出し目を向けながら


「カナタ・アース…今年度採用の新人教師。魔法は強化系を中心に使い熟し、クラス・アーレの副担任を任される。縁故採用や学術採用ではなく純粋な魔法、戦闘技能の高さを買われてサバイバル、戦闘訓練、体術指導の講義を受け持つ。年齢17歳、身長177cm、出身及び経歴一切不明………………………そして本名、ジンドウカナタ。出身、チキュウ。本職……勇者、ってところかな?」


「な、何故カナタさんの事が…っ」

 

「この程度の事ならさっき調べてきたよ。いやぁ、ここの警備厳重だからさぁ、手こずっちゃった!」


「そこではありませんわ!その…か、カナタさんが勇者と言うのは…っ」


ザッカーの口からつらつらと流れてくる衝撃情報に口が塞がらないラウラ


だって、この事に気が付いているのは恐らく彼を慕う少女達と、そして自分だけの筈…




「だっておじさん、もう会ったことあるからね。ちゃんと顔合わせて」



「初耳ですがっ!?」



ラウラが「そんなバカな!?」と言いたげにぐりんっ、と首を回して机のクッキーをぽりぽり齧って「あー美味しっ」と呟くザッカーを見る


このふてぶてしさ…実に小憎らしい


「いやぁ悪いねラウラちゃん。実はあの2人を確保する為に向かった時にばったりとね。その時なんとジンドー君は生身だった訳」


「そ、そんな偶然が…!」


しかもちょっと何日か前の話だ

それを欠片も前に出さずにしれっとこの場で言い出す所が癪に障る…!

それも恐らく、ラウラにだけ話すためにわざわざ他のメンバーより早くやってきたのだ、このおじさん


なんか悔しい!と謎の敗北感がラウラを襲う!


「彼も随分と皮肉屋だよ。この世界で最初に自分の姿を見た男二人の最期に、自分の姿を見せるなんてね。確かに、あの顔は傑作だったなぁ。なんというか、人間味があって好きだね!」  


「存外、カナタさんは愉快な性格をしていますもの。…それを取り戻してくれた方達がいますのよ、ほんとに……私は何をしていたのでしょうね…」


「気にしちゃダメでしょ、ラウラちゃん。「勇者ジンドー」を知る方と、「カナタ・アース」を知る方とではあまりにもアプローチのやり方が違う。その子達には感謝しないとね。バグスターとガベルが生きていた…この状態にもし、当時のまま変わらないカナタ君でいたら、彼は世界に名を残す究極の破壊者と化していた可能性があったんだよ。最低でも、ラヴァンは滅んでたね」


「……ですわね」


項垂れるラウラだが、ザッカーの答えはもっともだろう

それに…彼の語る「もしも」の未来は紙一重で実在する可能性があったのだ


あの旅を終えたばかりの勇者ジンドーのままの彼が、もし変わらずにバグスターとガベルに操られるラヴァンを目撃すればどうなるか……


もはや誰にも止められない災厄と化していたのは明白だ


実のところ、これを考えたザッカー自身も冷や汗が止まらない未来であった。彼を変えてくれた子達には心の底から感謝しなければならないだろう


そのしんみりした空気を裂くように、扉が叩かれる音が聞こえてくるのであった  







「ほんっ……とうに面倒な事になったわ!」


「荒れてるねぇ姐さん。どうしたんだい?」


ラウラの部屋に合流したのはサンサラとナスターシャだった


しかし、サンサラは入ってきてそうそう「お茶とお菓子をお願い…」とあからさまに「頭の頭痛が痛い…」とでも言いたげにげんなりしているのだからロクでもない事が起きたのは明らかだ


そんな彼女が一頻り、クッキーやケーキを食べてはコーヒーで流し込み、一息ついて放った言葉がこれである


そんな彼女も休日ファッションとでも言うべきか、ローブは変わらないもののその中に着ている衣服は夏仕様のラフで風通しの良さそうな物に変わっている


隣のナスターシャも脚を出したパンツルックにボタンシャツと活発そうなイメージの私服、短く切られた薄い黄色の髪に中性的な顔立ちは街でも男女問わず目を惹くだろう


「実は会ったときからずっとこの調子でね。まだ私も何も聞いていないんだ。そろそろ、教えてくれても良いんじゃないのかい?」


やれやれ、と肩をすくめるナスターシャが横目で見るサンサラは未だむしゃくしゃ鳴り止まぬ様子で洋菓子を貪り食っており、「あーあ、姐さん機嫌悪くなると砂糖取らなきゃ収まんないのよねぇ」とザッカーがしみじみ漏らす


彼女の気が済むまで、他愛ない話に花を咲かせるしか無い3人は慣れた様子で彼女をスルーして話し始める辺り、たまに起こるイベントのようだ




そこから5分後…




「ふぅ………いいわ、みんな聞いて頂戴」



文字通り、一息ついたサンサラに話を止めて耳を傾ける3人


そっ、とナスターシャがティッシュを差し出すと無言で受け取ったサンサラが口の周りに付いたクッキー片を無言で拭い取ると、何事もなかったかのように居住まいを直す


これもいつもの事である


「で、どうしたのさ?」

 

「頭の痛くなる話よ……ジンドーが昨晩、レルジェ教国を襲撃したわ」


「「「はぁっ!?」」」


聞いていた3人が揃って素っ頓狂な声を上げてしまう程、その情報は異常を突き抜けた物だった


「それも襲撃地点は教皇殿…即ち『セントラル』よ。よりにもよって彼…レルジェ教国の中枢を強襲したの」


セントラルはレルジェ教の頂点である教皇が住む巨大教会であり、言ってしまえば王城と同義である


国の中枢かつ統治者が住む場所を襲撃するなど、穏やかじゃないにも程がある


「レルジェに潜ってる友人からの情報よ。恐らく…まだ他の国には回ってないわ。昨晩、突如としてセントラルの上空から強襲…あの城を囲んでる神話級遺物による大結界『六源三壁トライヘキサ』の三重に重ねた結界を一撃で破壊して城内へ侵入。凡そ15分程で城内より離脱し、消息を絶ったらしいわ」


「いやいや…それだけで目が飛び出そうな話なんだけど…」  


「このタイミングで何故突然にレルジェを襲ったんだろうね?穏やかじゃない…というか、彼にしては珍しいじゃないか。こんなに大きく行動に出るなんて」


「不自然ですわ…ジンドーが攻撃を仕掛けるなら、何かしらの理由があると思いますけれど…。いくらレルジェが負と不正の温床とは言え、ジンドーがそこに関心を持つとも思えませんわ」


「その通りよ。私も同じ感想…即ち、喩えレルジェが世界を巻き込む戦争を起こす気があるとしても、ジンドーが関与するとは思えない。さて、どんな理由で動いたのかしらね…」


「そこはやっぱり、魔神族に関係するのかな。敵対する動きは前からあったんだろう?レルジェが魔神族の手に堕ちた、というのは?」


「あり得なくは無いけどねぇ。あの国ほど、異種族へ過激に反応する国も無いし魔神族にとって乗っ取る旨味が少なすぎる。それなら高い軍事力のバーレルナか勇者召還と異種族混交のラヴァンを乗っ取ったほうが美味しい。それに、魔神族がそんな動き方を取るとは思えないんだよね」


「魔神族関係では無いと仮定して…ジンドーが過剰に反応するなんて何かしら…」


事実、魔神族が密かに国を乗っ取った事例は存在しない

正面から制圧し、乗っ取ることは幾度とあったが隠密行動で国を堕とした事は無かったのだ

それはひとえに、魔神族の強みが魔物の数や魔神族の精強さによるゴリ押しにあることが挙げられる


要するに、わざわざ気づかれないように動くより正面から潰したほうが早くて確実なのだ


だからこそ、魔神族が原因でレルジェ教国を攻撃に出る理由は少なく感じる


その他に、彼の怒りへ触れる理由などあるのか…





ーーー""お前達2人の死を、お前達に潰された全ての勇者の魂に捧げよう。これが、俺の…勇者俺達の怒りの一撃だ…!地獄の果まで消し飛ぶといい…!ーーー""




ザッカーの脳裏に、あの光景が蘇った


あの言葉から滲み出る憤怒の激昂が、まるで涙すら流していそうな悲哀が、正気とは思えない狂気にも似た復讐への執念が…


その姿を思い起こし、目を細める


まさか…



「まさか……勇者関連か……?」



全員の考察の言葉が、ザッカーの一言でピタリ、と停止する


それをすぐさま否定出来る者が居なかった


「実際に見たから言えるけどね、ジンドー君の勇者への不当な扱いへの怨みつらみはかなり強い。特に、自分じゃなくて過去の勇者達に関しては相当思う所があるらしくてね。……レルジェが勇者に絡んだ、そう見ていいんじゃないかい?」


「…あり得ない話では無いわね。レルジェは軍拡と侵攻に意欲的よ。特に他種族を受け入れる国家…ラヴァンとバーレルナは是非とも落したい筈だけど、簡単に攻撃できる相手じゃない分、むしろ目の上のたんこぶね。だからこそ、その戦力のアテに勇者関連の力を転用しようとした…?」


「ですが、襲撃なんてあまりに早計な気がしますわ。勇者関連とは言え研究をしただけで、あれ程目立つのを嫌っていたジンドーが大規模に国の中枢へ仕掛けるなんて……」


「それ程座視できない事が行われた、ってことかな?でも勇者の遺骸と遺品は全て彼が所有していた訳だし、何かの兵器転用は不可能だよ。他に可能なのは……」


「…いざとなれば、直接聞くしかありませんわね」


その言葉にサンサラとナスターシャが息を呑む


それが可能という事は勇者の霊廟で明かされてはいたものの、実際にこうして聞くとにわかに信じ難い


だが、彼女はこの手のくだらない嘘は言わない女だ。その彼女が言うのならば恐らく…間違いない情報の元に勇者の正体を見定めた事になる


「でも、不気味なのはここからよ。あのレルジェが勇者襲撃の事実を揉み消したの。あれだけ勇者のことを「外界から現れた人ならざる者」とか批判しまくってたレルジェが、折角堂々と勇者を悪者に出来る事件があったのにそれを無かったことにした…つまり…」


「勇者に襲撃されても仕方がない事をしていた、ってことかねぇ。下手に騒いで「勇者を敵に回した理由は?」と聞かれたらマズイって事だ…さーて、一体何をやらかしたのかな?」


ザッカーの悪そうな笑いが彼の内心を露にしてい


レルジェ教国は「この世界に住むヒューマン種族を至上とする」宗教である。獣人、エルフ、魔族その他の種族を「亜人」として迫害し、自分達ヒューマンが頂点に君臨する為の国と宗教…そしてこのヒューマンの括りに「異世界からの来訪者」は入っていない


普段であれば「勇者からの襲撃を受けた。勇者はやはり危険な存在である」くらいは堂々と言ってのける筈だが…


「ザッカー、いける?」


「よぅし。おじさん、頑張ってこようかな。ちと、今回の件は気になるからねぇ。無理を押してでも、ジンドー君が何に反応したのか…確認しないとダメそうだ」


サンサラの言葉に容易く頷くザッカー

諜報偵察は彼の領分…その気になれば彼が絞り込めない場所など殆ど存在しないだろう

しかし、国の中枢は防御が硬い。危険な事に近いはないのだ



「気になるね…一体レルジェもジンドーも何を考えているのかな。ラウラ、彼に会ったらちゃんと言っておいておくれ。『蚊帳の外はゴメンだ』ってさ」



少し茶目っ気にウインクをしたナスターシャがラウラに言えば「まったくですわ」と頷き、ふ、と窓の外に視線を向ける


最低でも、この夏休みが終えればいつもの授業の日々が戻ってくる

そうすれば遅くとも、その時にカナタと顔を合わせるだろう


何を言うか、何を聞くか…どうするか


それをしっかりと決めておかなければならない、と


目を細めて思うのであった




ーーー



「うぅむ………どうしたもんか………」


『まだ悩んでいるのですか、マスター?』


「…そりゃ悩みもするわ。はっきり言えば連れてくのはリスクデカい…でも今のあいつらならメリットもある」


『リスクはマスター個人の心配、メリットは有事の際の戦力、ですか。あと、置いていくと何を言われるか分からない、と』


「それな。特に今はペトラとシオンだ…置いてったらなんて言われるか…最悪また襲いかかってくる可能性すらある…!」


『マウラ嬢はまだ未知数ですが、シオン嬢とペトラ嬢に関しては心配の必要は無いのでは?逆にお聞きしますが、マスターはあの2人に勝てる存在を幾つ思い付きますか?』


「四魔龍、魔将、その弟子はまだ分かんねぇな。冒険者なら金剛級は今のあいつらにも対応してくる。国家お抱えの魔法使いだの戦士も、格によってはいい勝負…他は……………………」


『もう認めても良いのでは?要するに、世界最高峰の戦闘者でしか、もはや彼女達を止めることは出来ないという事です。マスターは見てるラインが高過ぎます』


「俺の相手はそういう奴らだ。はぁ……今回の件、多分魔神族は出てくる。1人で片付けたいのは山々なんだけどな…ほぼ間違いなく、は出てくる。そうなれば3人を守りながら戦うのも厄介だ」


自室で眼の前に展開された画像やデータを並べながら深々と溜め息をつくカナタ


現在は昼過ぎ

昼前に目を覚ましたペトラが身支度を整えて、シャワーやら何やらを終わらせてすっきりしてくる、と出て行ってから大凡一時間ほどが経過していた


今朝はなんだか扉のノックが多かった気がするが、隣で裸体のまま眠るペトラが居るのに出られるはずもなく、容赦なく居留守を決行


防音装置セイレーンはその性能を発揮して、部屋の中の状態を一切外に気取らせる事は無かった



「…戦力の展開は?」


『マスターの出した迎撃体制は既に80%が完了しています。現在、バハムートの決戦装備を搭載中、作業完了次第、即時発進の予定です。ストームライダー全機、配備完了。指示通り、全機に新兵器『ディヒューザー』を搭載してあります』


「さて……後は俺が行けばだいたい終わり、と。…いや、今回は連れて行かない事にする。魔神族との戦闘とアレの相手は必至だ、どうやったって荒事になる…守ってやれる保証は無い」


『ですが……』


「どんなにあいつらに文句言われてもしょうが無い。ただ、それでも…失うリスクをかけるよりマシだ」


目を伏せて、それでも尚、と決断したカナタ

失うものが出来てしまったが故の恐怖…当然、安牌を取るカナタだったが、アマテラスもその心配は理解できてしまう


いや、もとよりその可能性は高いと踏んでいた

この主人が、真に大切に思うからこそ遠ざける選択を取ることは火を見るより明らかだった


今回の件はそれ程荒事に発展する事がほぼ確定している…そこに連れて行く事はないどろう、と



しかし、彼にはまだ読めていない物があった

 


『マスター、残念ですが………ペトラ嬢にしてやられましたね』


「…はい?」






「うむ、どうやら「してやった」みたいだのぅ。大概聞かせてもらったわ」


「えぇ、粗方ですが事情は分かりました」


その不穏なアマテラスの声に気の抜けた声を漏らした次の瞬間、鍵をかけていた筈の扉がその声とともに開かれた


そこにシオンとペトラが肩を並べて立っていたのだからカナタの表情も凍り付く



「はっ…?んなアホな…っ…防音装置セイレーンは……」


「そなたの防音装置セイレーンは結界を張ってその内部の音を全て結界内で遮断し、結界外に音を伝播させない仕組みであろう?」


「猛烈に隠密性能が高められているので、そもそも認識が困難な結界ですが……私の極限臨界エクスター・オーバーロードでペトラの魔法認識能力を30倍近くに底上げしました」


「結界が認識出来れば後は簡単…我の刻真空撃エストレア・ディバイダーで僅かに結界を消滅させ穴を開けてやれば、結界の破壊を勘付かれずに内部の音が聞き取れる、という訳だ」



私服姿の2人が部屋へと入ってくるのを見れば、やりきれない気不味さに視線を彷徨わせる

特に彼女達へは漏らせないと思っていた矢先、真っ先に聞かれていたのだから気不味いにも程がある


「どうにも怪しいと思うてな。昨晩、一瞬だけだがそなたの猛烈な魔力で飛び起きたのだ」


「ええ、私もです。あの魔力には…強い怒りを感じました。感情が思わず魔力に乗ってしまう程に強く怒りを露わにしていたのならば…何かあると思いましたから」


「というわけで、我が部屋から出て軽く湯を浴びてから暫く様子を見させてもらった。ま、案の定と言うべきか…まーた良からぬ事を考えているのでは、と思ったが大当たりのようだのぅ」


「良からぬ事じゃないよ!?い、色々考えた結果この方がいいと思っただけでこれが最善なのは明らかなのは…」


「そも、そなたは何と会話しておる?女の声にも聞こえたが、間違いなく人の声ではないな?そう…そなたが鎧を着てる時の変声に似たような感じだ」


「恐らく、森でマウラが聞いていた会話の相手と同じなのでは?仕事を手伝ってくれてる相手…そう言っていたそうですが、今回は声が聞こえましたね。マウラは独り言のように聞こえたと言っていましたから」


その二人の視線が「それで?」と眼差しだけで答えを合わせるようにと強請ると、カナタもこれにはお手上げと言わんばかりにがっくりと項垂れる


あー、えー…と何かしら考えた末に諦めたようにげんなりと溜め息を漏らしながら、指をパチンッと鳴らせば…


大きな光の画面がぶわっ、とカナタを中心に展開され、一気に広がり始めていく


見たことがない、このような「画面」という物にも、空間ディスプレイという地球ですらSFの産物である筈の物すらも…それを目の当たりにすれば唖然のするのも無理はなかった


様々なメーターや文章、記録、映像などが大量のディスプレイに映し出されてはいるが、シオンとペトラの2人の眼の前に現れた一際大きなディスプレイにはただ1つ…綺麗な真円とそれを3方向から取り囲む3角形というデザインのシンボルマークのようなアイコンが大きく表示される


そのアイコンが、明滅しながらを発した



『初めまして、シオン・エーデライト、ペルトゥラス・クラリウス。私の名前はアマテラス。マスターのサポートをしている意思を持つ戦略管理AIであり、マスターが創り出した作品の1つ。分かり難ければ「マスターの創り出した人工精霊」とでもお考えください』



アマテラスのボーカロイドめいた女性型マシンボイスが響き渡る

シオンとペトラが驚きに固まるのも無理はない…精霊とは自然界で発生する「意思」そのもののことを指す


主に大自然の力が年月を経て魔力を蓄え、新たなる命と意思として混ざり合い生まれるのが精霊だが、そんな発生条件故に、精霊は非常に稀な存在だ


一生に一度会えれば一族の自慢話になるようなレベルである


だからこそ…「人工の精霊」などという突飛な存在を眼の前にすれば呆然とするのも当たり前であった


「こ、これっ…そなた人ではないのかっ?遠くで話してるのでは…っ」


『遠くから通信はしておりますが、私は生物ではありません。マスターが生み出した作品の1つであり、マスターの『無意識』という精神にリンクして思考を行える、言わば魔法精神体と表現すべき存在です』


「カナタが作った…ですか…。な、なら私達の事は…」


『はい、マスターの知る限りの事は全て知っています。シオン・エーデライト、貴方と話すのは二度目となりますね』


「はい!?わ、私はその…あ、アマテラスさん?…と話したことなんて無いと思いますけれど…っ」


『いえ、私は一度貴女に話し掛けたことがあります。覚えていませんか?貴女がマスターの遡行の羅針盤トレーサーコンパスを鑑定した時に、妨害した鑑定結果の内容を変更させたのは私です』


「あっ……そ、そう言えば……」


姿はなく、眼の前のアイコンだけがその存在を訴えている


ユカレストの温泉でシオンがカナタの持つ転移の魔法具「遡行の羅針盤トレーサー・コンパス」を鑑定した時、鑑定した説明文は殆どが文字化けを起こしており、なんとか読める部分はシオンへ話しかけるような奇怪な文章へと変貌していた


あれはアマテラスの仕業である


カナタの掛けた鑑定妨害に合わせて彼女が鑑定内容を瞬時に書き換えていた訳だ


思わぬファーストコンタクトに驚きを隠さないシオンはあの時の薄ら寒い気味の悪さを思い返して引き攣った笑みを浮かべる


それにしても…


(驚かせるにしても不気味にも程があります!カナタの無意識?…よく分かりませんけれど、要するにカナタと繋がっている精霊なんですもんね。これくらいの意地悪はしてくるって事ですか…!)


「ま、まぁ話し相手の正体は分かった。だが、そろそろ本題に移らせてもらおうか。カナタ…そなた、今回は何を企んでおった?我らに付いて来られたら困る様子であったが…」


「うっ……なんで聞いてっかなぁ……」


『マスター、観念した方がよろしいかと。あそこまで聞かれて押し通すのは不可能です』


「…分かってるっての。あーそうだな…どこから話すか…。取り敢えず、俺はこれからある場所に行く。2ヶ月くらいは帰れない予定でな…」


「分かりました。では私達も支度をしないといけませんね、ええ」


「マウラにも伝えておかなければならんな」


目的地がどこかも伝えてないのに既に着い行くのが決定事項であるように言い始める2人を見てカナタも「…すげぇ、口挟むタイミングがねぇ」とボヤく程だった


「ま、まぁいいか…。目的地は貿易都市カラナックだ。そこでちょちょいと……色々相手にしないといけなくなる」


「色々…魔神族とは言っていましたね。それは魔将レベルも出てくる、ということですか?」


「ほぼ間違いなく、な。…今、カラナック周辺に俺の作った兵器の類の一部を集結させてる。予想通りに行くなら大規模戦闘は避けられない」


「うむ、我らもリベンジの時、という訳だ。それで……「アレ」とはなんだ?」


ペトラの問に、苦い顔を浮かべるカナタ


数瞬悩んだ末に、眼の前のディスプレイを指で何度か触り、ひっくり返すようにして二人に向けて見せる…そこには、天辺を切り取られたピラミッドのような建造物が立体の青線で映し出されていた


「……少し前、ある国が大規模魔術を使用した。地下に流れる龍脈を無理矢理掻き集めた魔力を使ってな…。本来龍脈が通ってたはずの場所にあったのが、この建物だ…俺が建てた」


「…そなた、建築とか出来たのか」


「金属製品ならどうにでも出来る。ちなみに、俺の家覚えてるか?あれ、実は木造じゃなくて木造に見えるように作った全素材合金製のシェルターだぞ」


「「初耳っ!!」」


ここに来て知られざる事実が判明した…木造コテージに見えてたあの家は、実は未知の超合金で出来ていたらしい


「この建物は龍脈のエネルギーを使って稼働していたんだけどな、そのある国が龍脈を捻じ曲げて掻き集めたおかげでこの建物の機能が極端に低下した。今回カラナックに行かなきゃいけないのは…そのせいだな」


「建物って……そなた、これどれくらいの大きさなのだ?画像のではよく分からんが…」


「一辺500m、高さ110mの台形型だな」


「ごひゃっ…っ……どんな巨大建造物ですか!?そ、そもそも何のためにこんな物を…」


「こいつはなぁ………俺が造った4つある封印施設の内の1つなんだよ」


「「っ!?」」


シオンとペトラが再び凍り付く


その言葉が意味する事を、理解しているからだ


そして観念したように、彼はその答えを口にした






「この封印が修正不可能なまでに綻んだ。今から約2ヶ月以内に四魔龍の一体、天空の絶対捕食者にして21人の勇者を殺害した怪物………魔鳥龍グラニアスが復活する」




ーーー


【side シオン・エーデライト】



「まじか、シオン」


「まじです、ペトラ」


こんな脳味噌の欠落した会話をしたのは、カナタの部屋を訪れる直前にペトラの部屋へ行ってきた時の事です


昨晩の正体不明の魔力放出がカナタの魔力であったのは分かっていました。その魔力の波動は一瞬の事ではありましたが…体が震える程の狂気と呼べる怒りに満ち溢れているものです


魔力には感情が乗ることがあります


そも、魔力は魂のエネルギーの一種とする説もあるので不思議ではありません。強く制御しきれていない魔力には、その本人の感情が混ざって魔力と共に相手へと伝えてしまう事がある


…その魔力には、全てを破壊せんとするが如く見境すら無いと思える強い憤怒に染められていて、いくらカナタのものと言えども驚きに冷や汗が止まらず夜中とは言え跳ね起きました


…何かある


そう思わずには居られなかったのはペトラも一緒だったようです。服装を正して彼女の部屋を訪れれば、ちょうど扉に手をかけて外に出てくる所だったようですが…先程の知能が死んだような会話はペトラが私の左手薬指に嵌める指輪を見て出た言葉でした


「そうか…うむっ、良かった…っ!で、あれば…そなたも気になったか?」


「えぇ、昨夜の、ですよね?…事情を全て知れば気にならないはず有りませんから。行きましょう…カナタと所へ」




そこからは…驚愕の連続でした



人工精霊だけでもお腹いっぱいでしたが…何よりも…



「グラニアス…確かユピタ紅葉林を根城にしていた四魔龍ですね。そう…それで魔神族も絡んでくる、と…」


「今、魔神族は戦力の拡充の為に四魔龍の開放を進めてる。ユカレストに行く少し前、同じ封印をしていた施設がギデオンに襲撃されてガヘニクスが開放された。あの時、俺がお前達の助けに入った時にガヘニクスは脚元…地面の中に居たんだぞ?」


「っ…ぞっとする話だな。つまりカナタ…そなたの今回向かう目的は…」


「…グラニアスの完全な殲滅と魔神族の撃退になる。お前達を連れて行きたくないのは、これが理由だよ」


カナタは先程言っていました


今の私達では四魔龍には勝てない、と


ですが…




「…カナタは?カナタは無事に帰ってこれるんですか?」



そんな危険な場所に自ら飛び込むカナタが無事に済む保証こそありません


魔神の将と四魔龍の一角を、最悪の場合同時に相手取らなければならない事になります


「ま、なんとかするよ。…グラニアスも魔神族も、一度はなんとかなったからな」


「ですが!同時なんて無いのでは…っ」


「いやまぁ…でも状況によるさ。俺の場合、周りに人が居ないほど…やりやすくなる」


なんてこと無い…そんな風に言うカナタですがそんな訳はありません

余裕で勝てた訳が無いんです…どれほど過酷で、試練の多い旅立ったのかは彼のかつての仲間達が多く語っています


それが艱難辛苦に満ち溢れ、勇者は時に膝をつき、時に何日も目を覚まさず、鎧から血が滲み出すような事も少なく無かった…と



「「絶対に……っ」」



示し合わせる事すら無く、私とペトラの言葉が重なる



「1人では行かせません!」


「1人で行かせるものか!」



考えてる事は同じです

危険なのが分かっていて、それを座して見送る程私もペトラも…マウラも、腐ってはいません


なんの役にも立てないのなら邪魔なだけ…ですが、そうではないと確信しています


露払い、足止め、撃破…なんだって、カナタの助けになれるはずなんです


「…バカだな、ほんと…お前ら…」


そう呟いたカナタの様子は気の所為でなければ……嬉しそうに見えた


「そなた程ではないわ。馬鹿な男め……我らの覚悟を舐めるなよ?」


「ええ。別に無茶無謀を通すつもりはありません。私達の使い方はカナタが決めて構いませんから。適材適所…必要な場面に必要なだけ私達を充てて下さい。だって、私達は……」



ーー貴方の恋人で、そして貴方勇者の弟子なんですから




















「ところで、カラナックの名所って確か中央のアクラッツァに遊泳可能な大きな湖が有りましたよね」


「あそこは言わばオアシスであるアクラッツァ湖を中心に栄えた街だからのぅ。これは……水着が居るか」


「…案外余裕あんね、2人共」





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【後書き】


◯お題ーー好きなアニメは?


「あ、メジャーなやつが来ましたね」


「侮れんお題だぞ、シオン……この答えによっては作者の年齢層がモロバレするという恐怖のお題でもある…」


「………ハ◯ヒなんて言った日には……おじさん確定……!」


「気にしすぎですって…。私は「見え◯子ちゃん」とか結構好きでしたよ。漫画だと普通のシーンなのにアニメにしたら急に性癖出そうなアングル沢山出てくるのも面白かったです。あとOPも可愛かったですし」


「…おー……無難な線……私はやっぱり……「メイ◯インアビス」……あのビジュアルからの凄惨な生態系描写………ぐっと来る………あとナナチ可愛い……」


「映画も良かったからのぅ、あれ。ボンドルド卿のあの狂気は癖になる…。ちなみに我は「Fa◯e/Zero」が一番よ。英雄王が一番かっこいいシーンがあるのがポイント高い…」


「征服王との一騎打ちですね。確かに…あそこだけは王の器感じましたよね。後にも先にも…」


「………イスカンダル好きだった……じゃあ…あとは…」


「うむ、そうだな…」


「そうですね…」




「「「…で、カナタは?」」」



「うおっビックリしたぁ!急にこっち見んなよ!?」


「カナタのはなんですか?気になります」


「ほれ、我らは言ったのだ。次はそなたの番だぞ」


「………じー……」


「こ、これまでにない圧を感じる…!言っとくけど、俺のは古いぞ…?………アスラ◯ライン」


「む……これはギリおじさんか?」


「…グレーゾーン……ややおじさん…?」


「少し時代を感じますね」


「Fate/Z◯roに言われたくねぇよ!?そもそもなぁ……俺の鎧『リベリオン』はここからインスパイア受けたんだよ」


「あ、なるほど!てっきり私はアイア◯マン辺りかと思っていましたが…」


「なるほどのぅ…あぁ!それでお主、作中で「の勇者」と呼ばれておるのか!」


「…そう聞くと分かりやすいかも……その内カナタも…影から出てくる……?」


「それは……………出来たらいいなぁ」

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