第二章・武争祭編

第57話 ラバーズフェス

ヒュークフォーク魔法学院は現在、事実上の夏休み期間となっている


なぜ、事実上なのかと言えば、本来であればまだ夏休みでは無いからだ


先の学院襲撃事件により、校舎の一部が大きく破壊された他、致し方無かった事とは言え学院の護りを一手に担う魔法管理棟が機能を停止する程に戦闘によって破壊された事から、かなり前倒しで学院を閉鎖


今年度は学院の修理や事後処理の時間を稼ぐ意味合いも込めて、いつもより3週間ほど長い夏休みへと突入していたのだ


よって、普段ではあり得ない建国記念日の当日祭と翌日の後日祭が休校、という状態になり事件のショックから早々に立ち直る事が出来た学生は浮足立つ


確かにショックではあったが、結果的に聖女ラウラのお陰で負傷者すら残らなかったからこそ生まれる余裕…


そう……お休み中の夏のお祭り、というイベントがある事に気が付いてしまったのである


その結果、互いの寮を行き来し、連絡を取り合い、時には勇気を出して異性の寮へと誘いに出る者も現れ…


「カナター、おるかー?後日祭、回らんか?」


ガンゴンガン、と扉を叩く音はペトラがカナタの部屋の扉をノックするものだが少し経っても中からの返事は無い


「おや?」と首を傾げるペトラだが突然前触れもなく扉が開き、中からカナタが顔を出した。ちょっと急いでた様子で


「わ、悪い悪い!外出るって?」


「うむ。なんだかラヴァン王国の勇者祭に初めて来た時を思い出さんか?我、こういう催事は結構好きでな」


「あー…あれ行くの抵抗あったんだよなぁ…」


「くくっ、今思えば「自分を祭り上げてる祭り」だからあんな可笑しな顔しておったんだな。そなたが勇者像を見上げた時の顔は覚えているぞ?」

 

うげー、と口をへの字に曲げるカナタが可笑しくて、今考え見ると彼は自分の巨大銅像を目の当たりにしていたのだからそれもその筈、とペトラは納得する


そりゃ「勇者祭」なんてネーミングのイベントに行きたがらない訳である


「ほれ、さっさと着替えんか。昼飯、まだだろう?どれ…今日は健全にデートといこうではないか」


「健全にな、健全に…」


苦笑いのカナタ…ペトラは知らなかった



彼がつい先程まで大変にな生活を真紅の少女と過ごしており、なんなら彼女が扉をノックしてから慌てて服を着ていたことを


いや、隠さなくても良さそうなのだが…こうも思い切り見られるのは流石に恥ずかしいカナタとシオンは咄嗟に服を着てから、シオンは窓から脱出して自室へ


カナタは窓を全開にして換気しつつ諸々の片付けをしてから扉を開けて今に至るのだから、それに釘を刺された気がして1人ドギマギしていたのであった





「ほれ、あーん」


「あー…ふぐっ、デカいデカい!」


「くくっ、すまんすまん」


喧騒賑わう大通り、普段は店を構えて客を待つ飲食店や物売り店、商会の店舗だがこのような催事では別である


簡易的な出店のように店の前や大通りのいたる所に出張店を出して人目に当たる場所へ繰り出しているのだ


その賑わいはさながら日本の縁日のようであり、今日という日が特別に祝われる時であることをその光景が物語っている


男同士、女同士、子供同士、男女、親子、様々な組み合わせの人々が出店を見て回り、人によってはいくつもの買い物袋を手に吊るして歩き回っている


「本当はマウラとシオンも誘おうと思ったんだが…マウラはこの手の人混みは苦手と思ってな、それに、どうやら友人に誘われておったらしいぞ。シオンは部屋におらんかったのだ、案外あやつもたのしんでるかもしれんな」


「それでデートになった、と。…良く考えれば、俺達がこの関係になってから普通に出掛けたことなかったな…」


「……まぁ、ずっと体を交わらせておったからな、ひたすらに…。外に出る暇も隙も無かったではないか」


「確かに…やっぱこういうのもいいよなぁ」


のんびり、ふらふらと目的もなく歩き回る2人は時々目に着いた出店を冷やかし、食べ歩きながら他愛ない話に花を咲かせる


その姿はなんてことはない、この大通りにいくらでもいるただの恋人のようで、そんな2人の学校も普段の制服等とは違う物だ


ペトラの格好はオープンショルダーのパーカーであり、黒のパーカーや袖の部分に反して眩しい白い肩や二の腕辺りの素肌が見える僅かな危うさが視線を引き、その下に太腿の裾は緩めのショートパンツを組合せた格好は普段の彼女とは少し違う印象を与える


そんな彼女が銀に煌めく長髪を揺らしながら、切れ長の目から覗く赤い瞳を傍らのパートナーへ楽しげに向けられる姿は周囲の男性はおろか女性の視線すら引き寄せており、「ちょっと声掛けてみようかなー」なんて考えてしまう男性が現れる…ものなのだが


その隣の少年への表情を見て話し掛けられる猛者は居なかった


その少年も特別に容姿が整っている…という程ではない

あくまで一般的に好青年の印象を見れる少年だが、隣の少女はその彼に腕を絡ませ、手にした食事を「あーん」と口に差し出し、店を指差しては手を引いて…とあまりにもあからさまに好意を表している


見ていて分かってしまう……「いや、あの間に入るのは無理だわ」、と


そんな周囲の反応など余所に露店デートを満喫するペトラとカナタ


「のぅ、カナタ。……実際のところ、これから何をするつもりなのだ?そなたの目的は分かっておる…昔から言っておったからな。「故郷への帰還」……つまり、異世界チキュウへ渡る事…どうする、と?」


「…あんまお前達にこの話をするつもりないんだよ。正直、俺も綱渡り…いや、予想と読みの範疇で動いてる。それを聞いてお前達に動かれるのはかなり怖い…」


「と、言うことは…最低限、魔神族は絡んでいるな?そなた、我が遡行の羅針盤トレーサーコンパスで帰れん、と言った時に「もっと早く知りたかった」と言っておったな…。つまり、アテがある訳だ…世界の壁を超えるアテが」


「ペトラ、これ以上の話は今はやめよう。俺の知らない所でお前達が動いて何かあった場合が今の俺にある最大の恐怖…いや、言葉を選ばずに言うならお前達は俺の唯一にして最大の「弱み」だ。…ここまで来て「巻き込めない」なんて言うつもりもないけどな………まだ、ダメだ」


「……今の我らでは足りん、そういう事だな」


目を伏せて言い難そうにするカナタに、ペトラは食い付く事なくそれを受け止めた

それは「自分達が力足らず」と言われているような物ではあるが…まだ、自分の本気に対して彼は一発しか攻撃を見せていない


それも、ただのパンチ一発


足りない、と言われても仕方がないと彼女自身も思い知った。特別な才能、育んだ技術、天性の感、類希なるセンス…世間を知って自分が如何に様々なものを持っているのか、驕りではなく本当の意味で理解出来た


だが、まだ彼の隣に立つには足りないのだ


カナタの手を、ぎゅっ、と握り締めて肩をぶつけるように擦り寄せる



「それに、それ以外にも気になる事がある。むしろ、目下の問題はこっちだ。今、色々調べ物の最中なんたけどな…場合によっては…」



しかし、それまで温かな雰囲気だったカナタが突如、冷たく凍える空気を纏ったのが、ペトラには分かった


見たことがない、冷酷で冷徹な、それでいて瞳の中にマグマのような憤怒を滾らせた男の顔に、思わず目を見張る



「…ある国には、消えてもらう事になる」



その言葉に、どきり、と胸が鳴る


いったい、何が彼をそこまで怒らせたのか


完全に…スケールが違う


国相手に喧嘩を売る…それも一方的に勝つ前提で言っているのだ。そして、その非常とも言える判断を声音1つ変えることなく淡々と言ってのける


(…皆が勇者を恐れる訳だ。もしカナタが言っていることに嘘偽りが無いのなら…こやつ、単独で国家そのものを殲滅出来る事になる。…それも、王のみを狙った暗殺のような真似ではない。恐らく正面衝突して滅ぼせる、という意味だ…)


………歴代最強の勇者


その言葉の意味が、重みが、じわじわとペトラの意識に染みてくる


「…あっ、いや別に民から何まで片っ端からやっつけるって意味じゃないぞっ?あ、あくまで国の上層部とか、ほら、その辺をな?プチっと…」


…なんか取り繕うように捲し立てているが言ってることのなんと物騒な事か


そこに至るまでの敵兵は鏖殺出来る事に変わりは無い、という事だ


「お、おぉっ?ど、どしたの?」


「ん…なんとなく、だ」


ペトラが手を解き、正面からカナタを抱き締める

彼の荒んだ部分を、自分で慰めるように、強く…

少し慌てるカナタも、それを避けるような真似はする筈も無く、自然と彼女の背中に手を回して受け入れる辺りその心内は彼女への想いに染められているのだろう


周囲の人々もそれを見て「おっ、熱いねぇ」と言った感じに視線を送っているが、元よりカップルやらも多いイベント故に奇異の視線というよりは好気の視線…むしろ焚き付けられる者達も現れるくらいである


勿論、ギリギリと歯を食いしばってその光景を恨めしげに見つめる男性諸君の視線も忘れてはいけないが…!


いや、諦めていない男も居た!


意を決してペトラに近付いて声を掛けようと…


「む…カナタ、頬にさっきのソースが付いているぞ…んっ」


「ぅおっ…く、擽った…っ…というか、こんな所で恥ずかしいだろ…」


ざわ…っ!


ちょっと背伸びして彼の頬をぺろっ、と舌で舐めるペトラに流石のカナタも恥ずかしそうにするが…その様子を見て諦めきれない男もビキっ、と固まる!


皆が注目していた…「いくのか!?この2人の間に割って入るのか!?」と…!

確かに…確かにその男の見てくれは良いだろう。身なりも良い…しかし!それでも皆が思った!


「やめておけ…!」…と


いや、それ程までに銀髪の魔族の少女が魅力的だったのだ


一目見て分かる整った容姿。勝ち気な目付きに強い意思を魔族特有の真っ赤な瞳に宿し、陽光をキラキラと纏う銀糸のような長髪を靡かせ、まだ若い…それこそ成人してるか否かという雰囲気なのにラフな肩出しのパーカーと緩めのショートパンツから否応なく分からされる抜群のプロポーション

触れれば折れそうな儚い美ではなく、芯のあるしっかりとしたしなやかな体は明らかに何かしらの運動に鍛えられた物であり、その健康的な艶やかさがさらに視線を引き寄せる


隣の少年が居なければナンパの嵐でまともに歩けないのは間違い無いと確信できる美少女だ


あと少しで、後ろから声を掛け…いや、肩に手をかけて誘いを…



「恥ずかしいか?…いや、そうだな…口をつける場所を間違えておった。…んっむ……」



「そういう事じゃっ…んっ」



後ろの男が伸ばした手が自身の頭の後ろにぎゅんっ、と方向転換し、後頭部を擦りながら何事もなかったかのように90度直角に曲がった!器用な口笛を吹きながら!


男は思った…「いやめっちゃラブラブじゃん。これ当て馬にしかならない奴じゃん。近寄らんとこ」…と!


こんな大通りの傍らで少女の方からこんな甘い言葉を囁きながらキスするとかどうやったって可能性ゼロである


男は勝ち目のない勝負は仕掛けない主義なのだ…


ちょこん、と背伸びしたペトラの唇がカナタの唇を重ねて塞ぎ、言葉も吐息も堰き止める

恥ずかしさにちょっと慌てたカナタも、その求めには喜んで応じる他に感じる事は無く、僅かな硬直の後にペトラの腰を抱き寄せる形でカナタからもキスに応える


周囲から「おぉ〜〜」と声が上がる中でちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしたカナタだが、眼の前で唇を重ね合わせる彼女がこんなにも幸せそうにしてるのなら…まぁ、いっか、と羞恥心を脇に添えた



しかし、こういう時、こういう場所において…トラブルとは向こうの方からやってくるものである



「どれ、昼間からではあるが、少し酒でも嗜んで行くか?我、あの酒商店にあるロトワ地方のワインが気になって…」


お互いほんのり赤い顔で、ペトラがカナタの手を引いて通りの向こうを指差すとそのまま手を繋いで歩き出し





「ま、待て!そこの男!少し止まれ!」



「「…ん?」」



突然、大きな声でこちらに向けて呼びかける男の怒声が背後から聞こえた 


カナタもペトラも目をパチクリとまた任せて揃って後ろを振り向くと、声の主と思わしき男が息を荒げてそこに立っていたのだ

容姿は整っており世に貴公子と例えられそうな若い金髪の偉丈夫だ

「知り合い?」「いや、知らん」というカナタとペトラのアイコンタクト、どうやら知人の線は無さそうである


しかし、その格好を見れば検討は着く


上等なプレート状のメイルに腕甲、丈夫な魔物の革製のレザーインナー、腰に吊り下げた一級品のような剣…


(冒険者か?)(ぽいなぁ)


そう、2人が小声で話す通りの、絵に書いたような冒険者の姿がそこにあった


ただの冒険者にしては身に着けている装備や道具の類が一級品ばかりなのが気になるが、恐らくは高位の冒険者が金持ちのぼんぼんが冒険者の真似事をしているのかの2択…


(…いや、随分と手入れして磨かれたプレートアーマーだけど、よく見ると小さな無数の傷と正面からじゃ見えないヘコみ…剣の持ち手は表面がザラつくくらい使ってる…。こりゃ普通に高位の冒険者っぽいな)


そう、見た目は随分とキラキラとした白銀のプレートアーマーを各所に装備した貴公子といった風貌で、庶民に人気の歌劇に現れそうなビジュアルの男ではあるが、身に着けているの物はかなりの高品質高級品で市販の物ではなく完全なオーダーメイドだろう


その男が



「い、今そちらの女性に何をしていた!?事と場合によってはこの場で取り押さえる!」

 


再び「ぅん?」と2人顔を見合わせて首を傾げるカナタとペトラ

イマイチ彼が言ってることが良くわからない…


「えっ、俺取り押さえられちゃうの?…今なんかしてたっけ?」


「もしかして建国記念日の期間は公序良俗的なルールでもあったのだろうか…ほれ、我らキスしておったし」

 

「えー……いや確かに恥ずかしかったけど、あれくらいダメなのか…?」


なんの変哲もなく2人で会話を始めるのだが、なにやら顔を赤くして怒りを露わにしている男がカナタに詰め寄り声を上げ、次第に周りも穏やかではない様子に視線を向け始めていく


「今!無理矢理このお嬢さんの体を引き寄せて…唇を奪っていただろう!この下衆め…!俺は『勇騎士団』のリーダー、メオルド!お嬢さん、もう安心してくれ!」


ぽかーん……


口が開いたまま「え、どうしようこれ…」と同時に思った…


もしかして、彼女からキスして来たところ見てない?カナタから腰を抱き寄せる所だけ見てたとか?


いやそれにしても変なフィルターがかかっていそうだ…とカナタは内心溜息を漏らす

この名乗りやらペトラへの格好の付け方は中々に見ていて…痛々しいというか、恥ずかしい


「さぁ、お嬢さん!怖がらずに俺の下へ!大丈夫、こんな男の好きにはさせないさ!」


カナタの体がぷるぷると震える…!絵に書いたような白馬の騎士のような振る舞い方、自分が周りにどう見えているのか意識しまくっている芝居がかったようなセリフ…恥ずかしくて直視できない…!



「…まぁ、確かに唇は奪ったな…我の方が」


小声で呆れたように呟くペトラだが、その声も助けに来た白馬の騎士に入りきっている男には届いていないらしい


周囲からは「あれ、勇騎士メオルドだ」「ホンモノ?確かこの前水晶級になった若手冒険者のエースだって」「へぇ、王都にいたんだ。初めて見たよ」と声が聞こえてくる…どうやら若手の冒険者の中では腕のたつ有名な方の人物らしい


確かに人気の出そうな見た目だ


「その子、俺の恋人なんだけど…あと、無理矢理じゃないぞ?」


「言い訳はやめておけ。先程、後ろの俺に向けて助けを求める視線を彼女が向けていたのは分かっている!貴様のような卑しい男にこんな美しい女性が靡くはず無いだろう!挙げ句、手を引いてどこへ連れ去ろうとしていた!?」


「えっ助け求めてたの?お兄さん、ちょっとショック…」


「遊ぶな、カナタ…。我、ちょっと頭が痛くなってきたぞ…」


酷い!と言わんばかりに両拳を顎の下にくっつけて思わせぶりに言ったカナタへ眉間を抓むペトラが「あー…」と呻きながらじっとり半目を男に向ける


「こやつは我の伴侶だ、部外者が我のパートナーを貶すのは許さんぞ?…あと、キスは我からだ。その理由で行くと、カナタの唇を奪った我は出頭でもした方が良いのか?」


存外、この状況を楽しんでいたカナタだったがペトラはそうでもないらしい


と、言うのも理由はただ1つ…自分のパートナーを悪者扱いされたのがムカついてるだけである


「こんな男、庇う必要はないんだ。君は優しいんだね……そうだ、この後は俺と一緒に居ないか?こう見えても名の売れている冒険者でね、色々といい場所を知って…」


「いや結局ナンパするんかい!」


思わずツッコむカナタ!

まぁここまであからさまにこっちのイメージダウンを喧伝してた節があったがやっぱり目的はそっちであった


これに対して男は「な、ナンパではない!あくまで貴様という悪漢からこの女性を助ける為で…!」と言葉を並べ始めているが、残念ながら今のでこの男の根底は知れてしまった


楽しいトラブルではあったが、ここまであからさまに彼女を狙われるのも面白くはない


「はぁ…もう良い。デートに水を差された…行こう、カナタ。気を取り直して、我はデザートが食べたい」


「お、いいね。そういや向こうの通りの端に器の7割が生クリームのヤバそうなパフェがあったな」


「な、なんだそれは……美味そうではないか!」


「…ペトラ、生クリーム好きだもんね」


ぎゅっ、とカナタの腕を抱いて当たり前のように体をくっつけると何事も無かったかのように歩き出す。観衆も先程までのイチャイチャを見ていただけあって「なんだ、祭りの熱気にあてられたナンパかぁ」と一安心して動き出す


そう…彼女は紅茶と、意外にも生クリームが大好き


実は彼女、尊大で古風な口調に見合わず3人の中でも最高のキッチンテクニックを持っているカナタ家のスーパーシェフ

早い話がめちゃめちゃ料理が上手いのだ

彼女にかかればコース料理程度はお茶の子さいさいで生半可な店では行く気すら失せる料理が出てくるのである


しかし…ペトラは度々シオンに頭を下げてケーキやら生クリームマシマシのシュークリームやらを作ってもらっているのはひとえに猛烈に生クリームが好きだからであった


ペトラがカナタ一家のシェフならば、シオンはカナタ一家のスーパーパティシエなのだ

彼女の菓子作りのレベルは凄まじく、菓子甘味を作らせた場合意味不明な技術で中毒レベルの物を作ってくれる

シオンは彼女の御菓子常連の生クリームマニアなのだ


ちなみにマウラは野外炊事…言わばサバイバル料理のスペシャリストである

キャンプや旅の道中の食材や調味料などが限られた場所で彼女が作る料理は何故だが無性に美味いのだ


「ま、待て待て!何を逃げようとしてる!?その女性から離れろ!」


「えー…そろそろ面倒くさいな…」


当然のように2人くっついてどこかへ行こうとするも、我に返った男、メオルドが急いで後を追いかける


が、さらにその後ろから男の声が聞こえてきたのに3人揃って振り返った


「やっと追い付いた…!おいメオルド!急に走り出すから何かと思えばナンパか?祭りで浮かれてんの分かるけど警備の依頼中って忘れんなよな…」


「んだよ…必死な顔してどっか行くからやべぇ奴出たかと思ったのに…追い上げてたの女のケツか」


似たような格好の男二人だ


息をきらせて駆け寄るも、嘆息しながらメオルドの肩を小突く…その姿を見れば彼らがパーティを組んでいるのはすぐにわかった


「なっ…ち、違う!この男がこの女性に無理矢理キスをして何処かに連れ去ろうと…」


「バカかまた英雄願望丸出しの勘違いか!?普通に見てみろ!めちゃくちゃラブラブのカップルじゃねぇか!恥ずかしい馬鹿騒ぎしやがって!」


「あー悪いなお二人さん。こいつ、こういう悪いやつから女性を救う的なのにハマってんだ。特に彼氏さん、悪いことばっか言われたろ?」


「え、あ、まぁ…。もしかして、いつもこんな感じ?」


「いやぁ、いつもって訳じゃないんだがなぁ。ほら、ヒュークフォーク学院の襲撃があったろ?あの時に現れた勇者が聖女や生徒を救ったってのに感化されて、今こんな感じなんだこいつ」


「ほぉ…勇者に感化されて、のぅ…らしいぞ、カナタ?」


「うっ……そりゃ結構な事で…」


1人がメオルドの首根っこを掴んでズルズルと引き摺っていく中、もう一人がなにやら事情を語る…それを聞いたカナタはとてもやりづらそうに視線を何処かへ向けていた…


隣でペトラが楽しそうにこちらを見ているのがさらに厄介だ…


「それに、そろそろ貿易都市カラナックで武応闘争大会があるだろ?気合入ってんだよアイツ」


「…武応…なんだって?」

 

「武応闘争大会、略して武争会だ、カナタ。近隣国からも人が集まる一大イベント、力を競う選手権で3年に1度しか開かれんから結構レアな大会だぞ。…知らんかったのか?」


「全っ然知らなかった…物騒なのもあるのな」


ペトラの軽い説明に「へー」と漏らすカナタ


「じゃあまた!」と言ってメオルドを引き摺っていく2人に軽く手を振りながら再び歩き出す


貿易都市カラナック

隣接するラヴァン王国と軍事国家ベイリオスの国境間に存在する巨大都市であり、友好国であるこの2国が積極的に貿易や様々な交わりを行う一大拠点として2つの国が共同で興した街である


ラヴァン、ベイリオス両国に行くにも、この貿易都市アクラッツァを通ったほうが良いとされる要所はその辺の街や首都に比べても金や文化が流通する非常に栄えた場所


その一大イベントであり、武を競う頂点の大会こそが武争会…武応闘争大会…


「……という訳だ。…そなた、意外な所で物を知らん時があるな?」


「カラナックには行ったことあんたけどなぁ。そんな大イベント、全く知らなかった…あ、いや、確かにアクラッツァの中心地にどえらいデカい闘技場があったな」


「闘技場アングラッツェ…世界最大の闘技場であり、普段もカラナックでは大小様々な武を競う祭りが行われているのだ。そんな武を突き詰めるカラナックだからこそ、大戦の災禍を乗り越えることが出来た、と言ったところだのぅ」


なるほどね、と頷く


確かに旅の最中にカナタは立ち寄ったことがあったのを覚えている

活気のある街…人が絶えず動き、馬車が走り周る場所ようなエネルギーに満ちあふれているのが印象深い


確かにそんな一大闘技場が街の中心にあるような街ならば戦闘者の頭数には困らないだろう、腕前のたつ者だって数が揃っているはずだ


戦争を街ながらにやり過ごせたというのも頷ける


だが、カナタの記憶はそれだけだった


どんな場所だったのか…そんな事はまるで覚えていない、というか興味も無かった

あくまでどの街もどの国も、自分にとっては日本への通過地点であり、止まり記憶に留める場所ではなかった


軽い知識や印象はあっても、記憶には無い


「いらっしゃいませ。お二人様ですね!本日はカップル様割引中で…」


「うむ、カップルだ。見て分かる通り、カップルだとも」


喫茶店に入れば当然のように、何やら鼻高くカップルを押して出すペトラが満足そうにカナタの腕を抱えて店内へと案内されていく


とても楽しそうだ…そしてカナタも満更ではない…!


店内はそんな感じの男女二人組が多く、やはりこの後日祭という物がこの国の恋人達にとってどのようなイベントなのかを物語っている


その中の窓際席に腰を下ろしたカナタとペトラが適当にメニュー表を捲りながらその様子を眺め…


「我、今とても心踊っているっ。良い雰囲気ではないかっ。こういうの、憧れていたぞっ」


「俺達の場合、なんというか…最初からエンジン全開というか、トバしまくってたからなぁ。こういう穏やかなの、良いよなぁ」


ウキウキとテンション高めのペトラと、この和やかで普通なデートに心解されるカナタ


そう、2人が結ばれてからこの手の一般的な恋人同士のイベントはそう行っていない故に、むしろこの普通なデートは2人の中でとても居心地の良い物だった


適当に注文を通して他愛ない話に花を咲かせる…その中で


「そう言えば…そなた、勇者を呼ぶ魔法陣を破壊したと聞いている。気になっておったのだが、また勇者が呼ばれる可能性は無いのか?」


「それか…。可能性的には、ほぼ不可能に近い。あの魔法陣はな…人が作った物じゃないからな」


「人が作っておらん魔法陣…?なら誰がそんな物を…」


「そりゃ偶然よ、偶然」


「偶然!?なんだそれは…」


「言葉通り、偶然あんな形の模様が地面に刻まれたんだ。雨が掘ったか、地震で割れたか、何かぶつかったか…そういう偶然であれは出来たんだ。それも、偶然にも龍脈の魔力噴出口の直上にな」


「あ、有り得んっ…と、思うが…事実なのかそれは…?どんな偶然の重なり方をすればそうなる…」


「ま、誰が作ったか、といえば…この世界そのもの、だな。…勇者って何か、分かるか?」


「…そなたの言葉を借りるならば、人類の最終兵器。一般的には世界を救うべく現れた英雄…ではないか?」  


「いや、実は違う。勇者ってのはな…この世界の白血球なのよ」

 

「はっけ…?」


「俺達の体の中にある、病気をやっつける細胞的なやつが白血球。勇者ってのはそれの世界版だ」


「つ、つまり勇者は世界を治すために呼ばれているのか?」


「そ。病気は外から体に入るだろ?白血球はそれをやっつける…この世界で、「外から入ってきた」物をやっつける白血球が勇者って訳だ」


「外から…って、まさか」


「その通り。勇者はな…この世界に入り込んだ魔神とその一派を撃退する為に、「この世界に呼ばれた」防衛機能そのものを指す。だから勇者は人には呼べないんだ。世界がその魔法陣で呼び出さない限り、勇者は現れない。召喚される時期が不規則なのはそれが理由だ」


「つまり…我らが勇者と呼ばなければ、そもそも勇者など存在しない、という事か?」

 

「勇者、なんて人が勝手に付けた名称だからね。つまるところ、俺達はこの世界そのものに拉致されただけの少年少女だったって事。んでもって、世界が勝手に連れてきただけだから…目標を達成しても元の世界には帰れない、と」


なんの気無しにカナタの口から語られる言葉はペトラをもってしても開いた口が塞がらないような情報だった


英雄、勇者…眩しい言葉で表現されてきた彼らがそこまで無機質な理由で現れていたのは流石に衝撃が大きい


だが、それを知っている者はどれ程居るのだろうか?果たして、それを扱っていた者達ですら、そんな話は知らないのではないか?


(…まだ、カナタの不透明な部分があるな。それは…カナタの計画そのものだ。目的は分かっておるが、そこに至る為の手段と方法が全く分からん…。そもそも、世界の壁を超えて移動など本当に可能なのか?それは世界そのものにしか成し得ない奇跡の筈だ…だがこやつは明確なプランを持って動いてるように見える)



ペトラの思考は底へと潜り始める



(こやつが準備しているのは何かを考えろ…マウラが聞いた物がヒントだ。魔物の群生地ごと四魔龍を滅ぼそうとしていた…戦力の拡充を進めておるのは明らかだ。では何故魔神族を即座に殲滅しない…?倒せないから?…いや、既に魔神を滅ぼしたカナタが不可能とは思えん。何に備えておる…四魔龍か?だが、1度は封印出来たのなら次も可能な筈だ)


煮詰まる思考の間、わずか数秒足らず


全く情報が足りない…というか、知らない部分が多すぎる


その思考の海を遮ったのが…


「お待たせしました。生クリームデラックスデコレーションホワイトパフェです」


「ふおぉっ!すごいなカナタっ。真っ白だ、真っ白っ!」


やたら大きな花瓶と見違える大きさのグラスにモリモリ盛られたパフェであった


真っ白なミルクプリン、バニラアイスクリーム、ホワイトチョコレート、南のレザーゴント産の純白桃に北のスェーゼル産ホワイトベリー、そして西のテュエル特産魔牛乳から作る生クリームがてんこ盛り


器の下から天辺まで真っ白な名物パフェ、それこそが生クリームデラックスデコレーションホワイトパフェである!


ちなみにサイズはノーマルからキングサイズまでの四段階あり、当然ながらキングサイズ!


甘党でなければ胸焼け待ったなしのモンスターパフェなのである!


当然、お供は紅茶…それもちょっと高級なミグドレ地方産トロペー茶葉のストレート


ペトラご満悦の大満足セットだ


「すっげぇ…まじで生クリームもりもりだ」

 

「うむっ、美味いっ!」


パフェでよくある長〜いスプーンでひょいひょいと掬っては口に運び、嬉しそうに頬を緩めるペトラを見ながらティーカップの紅茶を口元で傾ける


普段大人びた彼女がこうして無邪気にはしゃいで好きなものを食べる姿はカナタにとって非常に和ましい


いつまでも見てしまいそうだ


「ほれ、食べてみろカナタ。あーん、だ」


真っ白なそれをスプーンに盛って差し出すペトラに自然と口を開けて食べさせてもらう


「うまっ。見た目より美味いなこれ」


「であろう!」


傍から見てもパフェと同じくらい甘い空気を撒き散らす2人

あの花瓶みたいなグラスに山盛りだったパフェはペトラがスプーンを動かすたびにみるみると嵩を減らしていくのはさながらフードファイターの如く


遠くで店員さんが「いいわねぇ、青春よ!」「私もあんな時期あったわ!」ときゃいきゃいとこちらを見て盛り上がっているのが少しばかり気恥ずかしい…


そんな微笑ましい光景を振りまき、店内から暖かい視線を沢山貰いながら、ちょっと桃色で緩やかな時間を満喫していく



ちなみに、このパフェの「あーん」は合計20回ほどを記録した



この時のペトラはとても…とぉ〜っても楽しそうだった






ーーー






『楽しそうでしたね、マスター』


「超楽しかった。いやぁ、ありゃ癖になるな…今度はシオンとマウラとも出掛けたい」


『その台詞は見境無しに聞こえるのでオススメしませんよ』


「…確かに」


寮の屋上、夜風吹き星空が見下ろす中で部屋着姿のカナタがふらふらと歩きながら気持ちよさそうに伸びをしていた


夏も入口を過ぎ、夜でも風がなければ少しばかり暑さを感じるが、風呂上りで濡れた髪や熱いシャワーの後に感じる風は涼しい


ちなみに何故、屋上でこんな黄昏れているのかと言えば自室では愛しの銀髪少女がで眠っているからである


あそこまで楽しんでいた恋人がゴールすべき場所と行為は1つしかなかった、ということだ



「裏は取れたな?」


『はい、間違い無く。先日観測されていた龍脈からの莫大な魔力流入はこの為でした。時期的にも確定的と言えます』


「…そうか。あのクソ野郎2人が何を手土産に教国に迎えられたか、これで分かった…」


ふぅ…と深く息を吐き、自分で落ち着こうと気を鎮めるもあまりにも強い怒りが魔力の波動となり、ビリビリッと大気を震わせる


それだけに留まらず、寮そのものに振動が波及し地鳴りのような音をたて…


『マスター、落ち着いて下さい。それ以上は隠蔽しきれません』


「…悪い。続きを聞かせてくれ」


『分かりました。レルジェ教国への内部調査を行いました。潜入諜報機グリーンインセクト隊からの偵察結果ですが、レルジェ教国首都ラレイラ中枢、セントラルの地下にこれまで存在しなかった筈の巨大空洞を発見しました。内部空間は広く、地下150mに巨大な地底湖を確認。その中心にあったのがです』  


空間ディスプレイに次々と浮かび上がる様々な角度で撮影された映像は薄暗い地底湖と思わしき場所の中心に浮かぶように存在する平らな島と、その島そのものに刻まれた…巨大魔法陣である


緻密で精巧、芸術品のように美しく、工芸品のように丁寧に造り込まれた幾何学模様は僅かに光を帯びているのが見える


…これと同じものを、カナタは見たことがあった


「勇者召還魔法陣…しかも天然物じゃない、人造だな」


『はい。詳しい刻印時期は警備が厳重故に分かりませんでしたが、内部の建造痕跡から測定するに、恐らくは数年前です。龍脈からの魔力流入はこの魔法陣を起動する為に意図的に引き起こされたものと思われます』


「で……勇者は?」


『厳重に秘匿されています。所在不明ですが、恐らくはセントラル内のどこかに居るものと思われます』


「龍脈の安定はどうなってる?世界間転移なんか引き起こしたならとんでもない魔力量になる。もし龍脈の魔力圧が低下すると…かなり面倒な事になるな」


『現在、龍脈の軌道が一部変則的に乱れを起こしています。本来流れない筈の教国方面へ大量の龍脈内魔力が流れ出ていますから、恐らく…』


空間ディスプレイに写される大陸を上から見た龍脈の軌道…光るラインが葉の葉脈や毛細血管のように重なって写りそれぞれ太さや長さの違う龍脈が見て分かる

これが龍脈…星の血液とも言える魔力の源であり、こうして大地の遥か下に源泉の如く流れている


それが…一部の龍脈の枝先が不自然に一箇所へと集まっているのだ

その集まるポイントがまさにレルジェ教国の首都ラレイラ


「環境的には問題ない。これくらいなら龍脈が根から枯れるなんて事にはならないが…。場所がな…これかなりマズイぞ…厄介なことになった…」


額に手を当てて心底うんざりと言わんばかりに天を見上げる


だが、一先ずは…気を取り直し、冷たく無機質な眼差しへと変えながら


 




『やるんですね、マスター』





「あぁ。…今からレルジェ教国を強襲、勇者召還魔法陣を破壊する。もう二度と、勇者は喚ばせない」






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



【後書き】


◯お題ーー好きな遊◯王デッキは?



「えっ、なんですかこれ…」


「ほぉ、面白いお題だな。我の持ちデッキが知りたいとは…」


「あれっ、ペトラはこのお題イケる感じですかっ!?」


「……私の『メルフィークシル』には勝てないぜ……!」


「何故そこで地縛神を入れたんですか!?」


「我の『みかどアバター』に勝つ気か…無謀な奴めマウラ…」


「そのデッキに邪神は要らないと思いますが!?」


「何も分かってないな、2人共…この俺の至高のデッキ、『氷水ラー』には及ばない」


「それに関してはどうやって動かすんですか!?」


「あらあら…皆さんおかしなことを。わたくしの『魔鍵sophia』こそが最も洗練されていますわ」


「今度は創世神!?何故皆揃って重いカードばかりアクセントにしているんですか!?絶対回りませんよねそれ!?」


「うむ…召還すると気持ちよくてな」


「……出すとびっくりされる…」


「案外強いんだな、これが」


「偏見は良くありませんわよ?」


「絶対私は間違ってないと思いますがっ」


「じゃあシオンは?」


「……………『芝刈りウリア』ですが…」


「「「「うわぁ…」」」」


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