第54話 勇者・ジンドウ


【side シオン・エーデライト】


正直…私だけの考察と推測ではこの答えは70点しか出せませんでした


ここまで自信を持って、カナタに答えを突きつけられるのはひとえに…ペトラが答えに辿り着いたタイミングとラウラさんの、あの様子を間近で見たからこそです


カナタの強さを考えれば、危険地帯とされるユピタ紅葉林ですらも適当に歩いて回れるような危険度なのは明らかでした


家のあるリーバスの森がまさに同じ危険性を持つとされるのだから、あの場所に家を構えるカナタがそもそもユピタ紅葉林で何か手こずるなんて有り得ない話です


だって…リーバスの森で生きる方法と闘いのイロハを教えてくれたのはカナタですから


だから、調べ尽くしたユピタ紅葉林で彼の脅威となる魔物が存在しない事に不審を感じました


更に私の疑問を加速させたのが、ユピタ紅葉林の生態系の3度に渡る激変です


記録の最初は獣型の魔物…グラニアスが住み着いてから数年でそれは駆逐され鳥型の魔物が大発生してユピタ紅葉林の全域を埋め尽くしてしまった


そこにかつての獣型魔物は殆ど見られなくなり、四魔龍の環境制圧能力をこれでもかと見せ付けた事例の1つとなりました


ですが…夜まで調査資料を引っくり返して現在までの極最近のユピタ紅葉林を確認したら…昆虫型の魔物が既に生態系の7割を埋めてしまった事が記載されていたんです


なぜ?


普通に考えればグラニアスの影響から立ち直って獣型の魔物が勢力を増す、それか鳥型の魔物が依然として生態系の上層を占め続けるのが普通です


ではなぜ…昆虫型の魔物が?


どこから現れた?


同じ現象が起きたとしか、私には考えられなかった


なら、昆虫型の魔物でグラニアスと同じレベルの怪物がいるのか…


そう、居るのです


4体の災厄とされる怪物のうち1体が、まさに…


カナタが封印するしか無かった魔物…そんな魔物が居ないと思われたユピタ紅葉林に、存在する可能性が浮上した四魔龍…そして…


ユピタ紅葉林を異様に警戒していた、勇者一行の聖女

カナタがその場所に魔物を封印したと聞いて顔色を変えたラウラさん…


勇者の一行なら、もしかしなくても…四魔龍の封印場所が分かっているのでは無いでしょうか?

そして、その封印に近付くのを危険と判断して、ラウラさんは私が向うことを危惧した


勇者が封印した魔物、カナタが封印した魔物


ペトラが気が付いたのは間違いなくこの2つの関連性の筈です


そして、昆虫型の魔物が溢れ出したユピタ紅葉林に封印された魔物は、ここまで来たら答えは見えています…




「…魔蟲龍エデルネテル…ですね?つまり……カナタの昔の仕事というのは…」



そう、その魔物の名前が出た時点で、カナタの正体は決まっています


だって…エデルネテルを討伐した者の名前は全世界が知っていて、それは唯一つしかないのだから




「………………勇者だったんですね」



沈黙がカナタとの間に横たわる


正解か不正解かも、カナタの口からは語られない


その表情も、変わらないように見えます



「…シオン、1つ…聞かせて欲しい。…お前にとって、「黒鉄の勇者」はどんな存在だ?」



「英雄です。それも、この世界初まって以来最も偉大で、最もその名を轟かせた「勇者」の代名詞…それが黒鉄の勇者です。人類の領域を奪い返し、生きる事を人々に与え、悪鬼羅刹を殲滅し、世に生きる者の「希望」となった最高の救世主…」



「それは、人を大量に殺していても、そう言ってくれるのか?例えば、ついさっき、シオンが調べ物をしてる間に…8万の人間を皆殺しにしてきた、と言ったら?」



…っ!


思ってもいなかった


カナタは強い、だからこそ今までその他の人には強く加減をかけていたのをよく見ていました


だから…それだけ聞けば到底信じられない話


でも、それは…



「理由があるのではないですか?カナタは無差別に人を傷付ける人ではありません。誰よりも、知ってます。カナタはとっても優しくて…でも、守る人は選んでる…夢想主義ではなく現実主義者です。もし、それだけの人を殺めたのなら…殺めた事でそれ以上の人々が救われたのではありませんか?」


カナタのことを、本当に理解していなければの話です


そして今ので分かりました…カナタが何を恐れているのか、なぜ3年間も共に暮らしながらその全てを隠し通してきたのか


カナタの中で自分が勇者である事は…欠点なんですね


バレてはいけない暗い過去で、それを知られたら私達すら離れていくと…


「そう言ってくれると、ありがたい…。その通り…おめでとうシオン。ペトラの次はお前だったな。…俺の名前は神藤彼方、職業は勇者、出身は異世界…ってね」


少し冗談めかしたその声は僅かに強張っている…そう思うのは間違いではなさそうです


成る程…ペトラが闘いに至った理由が少し分かった気がします

きっと、最初に迫られた時のカナタはもっと…突き放すような言い方をしたのではないでしょうか…?

今でも…自分をさも大量殺人鬼のような言い方で表したのですから、きっとペトラの時はもっと過激で、まるで本当にそうであるかのように…


言葉で伝えようとして、きっとそれでは足りないと思って、そして実力行使に出た…今出せる最大の力をぶつけたんですね、ペトラ


そして、それはカナタに届いた…








それで……








それであんなにベタベタに甘々になったんですねペトラっ!?


しかもリーバスの家まで戻って邪魔が入らないようにしてカナタと…っ


それもカナタのベッドで…!


策士です…!


ですが、こればかりは私も負けていられません


心の力で、遅れは取りませんから






「それが隠していた事ですね。まず、はっきりと私の感想をお伝えします…………………………………くだらないですっ!」


「くだらなくは無くない!?」


なんですか、その「なんか予想と違う反応」とでも言いたそうな顔は

その程度で私達が離れると思っていたのならペトラが怒って実力行使に出たのも納得です


「言っておきますが、そんなくだらない事で私達がそっぽ向いて怖いものを見る目でカナタを見るとでも思ったのですか?ええ、くだらない、最高にすだらないです。もっと大変な事かと思いました…実はカナタがゴーレムだった、とか」


「それは良く分からねぇな!?」


「重要です。愛し合うのに雌雄は大事ですから…そういう意味では、私は喩えカナタが魔物だったとしても問題ありません。ばっちこいです」

 

「懐広すぎじゃない!?」


「いえ…愛し合うだけならカナタが女の子でも大丈夫ですね。ですが私はカナタに女として求められたいのでやっぱり男で良かったです」


「さも俺が女の可能性があったみたいに言わないで!?」


「まぁ勇者かどうかはさておき…それは私とカナタの間にある惚れた腫れたには関係ないのでは?私はカナタの事が大好きです、ぞっこんです、愛しています。なので勇者だから嫌、とか、勇者だからもっと好き、とか…そんな不純物はありません」


「っそれは……」


息詰まるあたり、カナタのコンプレックスは…


『自分が勇者であること』


本来なら誇るべきであろうその称号ですが…多分、カナタ…活躍しすぎてしまったんです


活躍したという事は即ち…それだけ多くの命を奪い、それだけ血の雨が降る戦場を駆け抜けたという事


戦いを知らない平和な世界から来たカナタからすればきっと…自分が大量殺人鬼と感じてしまう


そして、それはきっと講堂で主犯と思わしき2人が喚いていた言葉とぴったり当て嵌ってしまう…なるほど、後で聞きましたが、事情を知るペトラがキレて特攻してしまう訳ですね…私でも殴りかかります



さて、それでは私も…勝負に出るとしますか



「それじゃあ、カナタ…行きましょうか」




「…えっどこに…」






「おわっ!?」


どさっ


突然周囲の景色が歪み、光の中を一瞬通ったかと思えば目の前の光景が一変する


…ってここ…


「…ってまた家かよ!?」


そう、リーバスの森の側にある一軒家

それを少し遠くに眺める事ができる草原の一帯に転移して来ていた


「その通りです。カナタに全てをぶつけるには、ここしかありませんから…ペトラが話をする為にここに来た理由がよく分かります。ここなら…邪魔も面倒事にも遮られませんから」


振り返った先ではシオンが、手の上に羅針盤を乗せて当然のように頷いていた


その羅針盤を手から魔法袋へしまい込み、手を組んで準備運動のように体を伸ばしていく姿を見れば、何をする気で来たのかはだいたい分かる


「な、なぁ、これ戦わないとだめか?俺、ペトラの時と違って結構素直に吐いたと思うんだけど…」


「…私は勇者に憧れと尊敬を抱いて育ちました。様々な勇者伝を読み耽り、逸話を堪能して、出会える事に、その活躍を一目見ることを夢見ていたんです。そして…それと同じくらい、カナタに助けられてから、カナタに敬愛と親愛を抱いてました」


夜、月と星明かりだけが草原を照らし、昼間と違い涼しい夜風が服を揺らす中でシオンは静かに胸の内を語る


「カナタがどんな人かを知って胸を高鳴らせ、一挙手一投足に視線を向けてしまい、身体を触れさせるだけで心臓が弾けそうになります。今までしてくれたことに涙が滲むくらい感謝が溢れて、カナタと結ばれる事を夢見て…そして、カナタの知らない部分も全て知りたいと、今、この体と心にあらゆる力が漲っています」


ぎゅっ、と握りしめた拳をその胸に当てて、静かに呟く


換装エクスチェンジ


…と


彼女の着ていた制服が、迸る紅蓮の閃光に包まれる


彼女の胸に刻まれた最愛の証が光を宿し、血よりも紅く、太陽のように眩しく…そしてその身を決戦の為の最終兵器に包み込む


赤い生地に白のアクセントを加えられた配色


ノースリーブ状に赤く太い2本線が刻まれたインナーシャツ、その上からふくらはぎの辺りまで丈が伸ばされたジャケットが上から通され、手を覆うように指ぬきのグローブが光に編まれるように彼女の手を包む


ショートソックスに頑丈な造りをした無骨なブーツ、その上からは眩しく脚が伸びショートパンツが彼女の太腿半分ほど覆い隠し…その身体を覆う装いが、先程までと一変した


何気なく伸ばした手に、フラッシュのような光とともに瞬間、現れたそれを手に握る


彼女の背丈程もある漆黒の槍

その四方の中心に位置する場所に石突きから槍先まで真紅の1本線が走り、柄の部分には複雑に重なった装甲が模様を描いており、槍は漆黒ながら刃の部分は金色に輝く

槍の中心部分には青く透き通るような水晶と見間違う金属球がいくつかならんでおり、その上の方に…彼女の胸に刻まれた物と同じ紋様が刻まれている


『戦槍・プロメテウス』と名付けられた槍が、彼女の手に握られ、軽く振り回しただけでその暴風が彼女の周囲の草葉を薙ぎ、ジャケットの丈を翻らせ真紅の髪がバサリと靡く


「ここが、私の正念場なんです。カナタの見えなかった部分に私の手が触れてる…中途半端でこの手が離れてしまわないように、私の全てを出し切ります。きっとカナタは言葉だけでは安心しない…私がカナタを知るように、カナタも私も知ってください」

 

いつもの理知的なクールな瞳は、見たことがない程の熱が籠もり、彼女の心の躍動を表すように、手にした槍がくるくると回される


「あの時、自分が勇者と打ち明けたカナタを見て私にも分かりました。…まだ、信じてくれていませんよね、カナタ」


「いやっ、そんなこと…!」


「いえ、分かります。心の底から、カナタの心が私に寄りかかっていない…そんな気がしたんです。多分カナタも自分で気が付いていないくらい…。ペトラは正しかったんです。この燃え滾る情熱と愛情を叩きつけるなら、それは……実力行使以外に有り得ないッ!」


付けている伊達眼鏡を魔法袋へしまい込み…その身に迸る魔力を大爆発させた


真紅の魔力が噴火のように噴き出し、その体に強すぎる魔力の特徴であるスパーク状の発光現象がバチバチと危険な音を鳴らす


その魔力圧はただ放出させただけで周辺の土と砂を押し退け、草原の草が引き千切れて吹き飛び、夜の闇の中で彼女のその姿はまさに…太陽のように見えた


その紅の光と化した彼女が踏み込んだ瞬間…大地がそれに耐えきれず爆裂した


「っ仕方ねぇ…!」


短く悪態をついて即座に戦闘態勢に入るカナタがシオンの初撃に対し、腕を交差させて受けの構えを取り、その体へ強化魔法の強烈な輝きを瞬時に纏う


手加減無しでなければ戦いにすらならない…だからこそ、身に纏う魔力のスパークには隠すこともない漆黒と紫が入り混じった…勇者ジンドーにしか存在しない色の魔力光が混じりこむ


突撃したシオンは左手に槍を持ち、そして槍を振るう事なくその右腕を振りかざして突撃の勢いのまま槍ではなく、右の拳をカナタに向けて打ち込み…







……







「……っゲホッ!?がっは…ッ!…な、にが……っおいまじか…ッ!」



気が付けば、カナタは擂り鉢状の穴が空いた地面の中心で仰向けに倒れ伏していた



(まさか一瞬でも意識が飛んでたのか!?いった…!おいこれ…腕完全にイってんな…!)



目の前を見れば大地を抉りながら100mは飛ばされたのか、一直線に抉り取られた地面が自分が横たわる小さな擂り鉢状の穴に繋がっており何があったのかは明らかだ


拳の一撃で、加減無しのガードの上から殴り飛ばされたのだ


カナタが自分の腕を見れば、その両腕は前に出していた右腕があらぬ方向を向いており、左腕も震えるだけでまともに動こうとしてくれない…完全にへし折れているのが分かる


更に腕は強烈な火傷の跡があり、服も所々煤と化しているのを見るに強烈な炎の強化が込められていたのだろう


肺の空気は叩きつけられた衝撃で全て吐き出されてむせ返り、衝撃で揺れた頭に目の前がチカチカと明滅するような感覚が視界を遮る



「この威力…っ…シオンまさかお前まで…っ……!」

 


「はい、使わせていただきました。流石にまだ、まともに戦闘で使うにはこの戦闘装束「焔纏ほむらまとい」とプロメテウスの補助が必須ですが…この状態ならば問題なく使えると、考えてください」


いつの間にか穴から覗き込むようにこちらを見るシオンが居た


息1つ乱さず、にぎにぎと右手を開いては握ってを繰り返し、調子を確認するようにしながら


「言ってしまえばただの強化魔法ですが…カナタが昔言った通り、汎用性と立ち回りの自由度、そして純粋な破壊力ならば随一。これが私の特異魔法オリジンマジック…『極限臨界エクスター・オーバーロード』です」




【side シオン・エーデライト】



最初、この魔法のことを聞かされた幼少期には特別変わった魔法とは思っていませんでした


ただ、強化するだけの魔法…世に二分される魔法体型の内の1つ、身体強化と被る魔法


これなら別に、あってもなくても変わらないと思った私に、カナタは言いました


『その魔法を、軽い気持ちで使わない方がいい。特に大事なものや、人が側にいる時は…。加減と制御が出来るまではね』


大袈裟です


ただの身体強化魔法にそこまで言うなんて、カナタはあまり魔法に詳しくないのでしょうか?



………そう思っていられたのは、私が魔法に浅学だったことをよく顕にしていました


カナタから魔法の教えを受ける度に、身体強化魔法の学びを受ける度にこの力は危険であったと理解してきました


むしろ、普通の身体強化魔法と似通っていた分、認識が甘くなりがちで、その意識で使っていたなら恐らくは…手合わせをしていたマウラとペトラに取り返しの付かない傷を負わせる可能性がありましたから


事実、マウラとペトラの2人と違い、発動自体はそこまで難しい魔法ではありませんでした

魔力消費はありますが、そこまで非常識に持っていかれる訳でもありませんし、元より魔力なら沢山持っていますから問題ありませんでした…しかし…


難しいのは「加減」でした 


力加減と強化の加減を間違えたら大変な事になる…このコントロールに何年もの時間を割くくらいに難しかったのです


装備無しなら今のところ、完全な戦闘中でコントロール出来るのは5分程度…ですが、この『焔纏』がある状態なら戦闘中でも半日は完全に使いこなせます…プロメテウスがあるならば時間制限はありません


「げほっ…ぐっ…はぁっ…はぁっ…!ったく…知らない所で練習しやがって…。あんまハブられるとお兄さん、拗ねるぞ?」


「サプライズですよ、カナタ。弟子の成長を喜ぶのが師匠です。さぁ、大丈夫でしたか、カナタ?腕、完全に死んでますよね?」


かなりの力を込めて殴りつけましたから、カナタも相当に力を入れて受けに回ったみたいですが、それでも両腕は使い物にならないはずです


そろそろ助け起こした方が良さそうだ、と…そう思った矢先




むくり、と突然カナタが起き上がった




すぐに起き上がれるダメージではなかったはずなのに




いや、違う…私はこれを見たことがあります

 



「いや、大丈夫。何も問題無し…って程でもないか。久し振りにあんなダメージ受けたなぁ」

 


まるで寝起きかのようにゆるりと起き上がり、手を合わせて伸びるようにストレッチをする姿からは、先程の打撃にダメージなど一切受けていないように見える


さらに言うなら…極限臨界エクスター・オーバーロードの炎による煤や焼き切れた服まで何もかも元通りに戻っている



学院で、3人揃ってカナタに仕掛けた時と同じです…!



「勇者ってのはな、怪物なんだよ。今の一撃…間違いなく一線級の相手でも腕が弾け飛ぶようなとんでも無いヤツだ。あれでダメージを受けない奴なんか居ないってくらいにな…」



カナタの体から黒紫の魔力が雷のように迸る…その色は間違いなく、勇者ジンドーのものです


カナタの胸に刻まれている…私達の胸にもある物と同じ紋様が光り初めて…その周りの空間が光とともに歪み初めて


そして…目の前での爆発でも起きたような猛烈な魔力の圧力が、私の体を後方に弾き飛ばしてきた



「っ……なんですかその魔力…!カナタ今までどれだけ手加減して……!」



脚を地面に叩きつけるようにして嵐の中のような魔力の波に踏ん張りを効かせてようやく体を地面に縫い留めることが出来た…けれど


普通の生き物が放てる魔力とは思えません


常軌を逸している…もはや放出する魔力の圧で体が爆散しないのが不思議なくらいです…!


夜の闇よりさらに黒い…なのに周囲を照らし出す黒と紫が入り混じった魔力光は私が対峙してきた何よりも…そう、魔神族の若者を目の前にしたプレッシャーですらそよ風に感じる程に、圧倒的



「でも、勇者ジンドーはその一線を遥かに超えた人外…。俺の動きを止めたいならその時は……首を落とすか心臓を撃ち抜け。でなければ俺は…ジンドーは止められない」



鳴り響く金属、重々しい足音…彼が横たわっていた穴からゆっくりとその姿を表す


光る双眼、漆黒の装甲…見間違えるはずもない、世界で最も有名で、私もその武勇に憧れ夢にまで見ることのある最強の英雄ヒーロー





…………勇者が現れた




ぶるりと体が震える


これは…武者震いだ


感動が、この体を震わせている


絵物語でしか見たことがない伝説の中の伝説


この世界最高の英雄にして救世主が目の前にいる





…からではない





いつも優しくて、でも謎に包まれていた愛した男が、自分の本当の姿を曝け出している


見せたくないと思っていた彼が、自分に己のことを教えようとその力を滾らせている


…これが試練なんですね、ペトラ


「っ…止めるつもりはありません。それと…言ったはずです。私はカナタが魔物だろうと怪物だろうと構わない!だから…挑みます!これは勇者と弟子の話ではなく…カナタ・ジンドウとシオン・エーデライトの話です!」


怖がり、怯える事はない


魔力の出力をフルパワーで引き上げなさい、私!


殺す気で行っても足りません!



今、ここで…全てをぶつけます!





炎熱弾フレイムバレット!………っ」



ブォンッ、と槍を一振りしたシオンの周りに蛍の群れのように炎で象られた拳程の大きさの弾丸が大量に浮かび上がり、夜の闇の中を明るく照らし出す


小さな炎がぎゅるぎゅると回転して細長く、弾丸を模した形へと変わり、それは黒鉄の鎧を纏うカナタに全て向けられる



炎熱弾フレイムバレット…低級の炎系魔法で更に初期も初期の魔法…別にこのままぼっ立ちでも問題無いっちゃ無いが…)



兜の中で目を細めたカナタは自分の考えと予想に反し、鎧のブースターを起動していつでも動けるように体勢を整える


炎熱弾フレイムバレットは炎系の魔法適性がある魔法使いが最初に出せる魔法であり、いわば「みずでっぽう」「ひのこ」「すいとる」のような物だ


当たったとしてもこの身にダメージなんて出せない初歩中の初歩


出来ても木の表面を削って焦がし、弾き飛ばす程度…鉄の鎧に当たれば致命傷にもならないくらいの魔法だが…



「……っ臨界オーバーロード!」



シオンの発したその言葉と共に、拳程の大きさしか無かった炎の弾丸は突如…爆発したかのように膨れ上がり弾丸一発が螺旋を描く樹木の幹のような巨大さに変貌したのだ



「ちっ…!ネーミング詐欺にも程があんだろ…!」



「ちゃんと炎熱弾フレイムバレットですよ!ただ…『初級魔法』じゃないだけです!」



指先を振り下ろした瞬間に大砲でも放ったかのような轟音をたててカナタに大量の巨炎が殺到する


カナタがそれを炸裂させるブースターで変則的に避ければ地面に衝突した魔法はガス爆発でも起こしたような大爆発で夜闇を押し退け昼間のように周囲を照らし、それがマシンガンのように連発されていくのだ


夜の平原に破壊の嵐が吹き荒れる


爆炎と土と岩が飛び散り、その間を漆黒の影と貸して直角機動で避け続けるカナタは改めてこの魔法…極限臨界エクスター・オーバーロードの厄介さに舌を打った


そう…この魔法の特異な点の1つはここにある


魔法も強化できる点


魔法はそう多様な手段で強化することは出来ない。

魔法を放つ術者が魔力を強く込めて威力を上げるのは当然可能ではあるが、「付与エンチャント」という特殊な魔法で後付の効果を足す以外は基本的に存在しない


しかし、極限臨界はそれが可能だ


それはただの強化魔法ではないからである


魔法は術式によって顕現可能な事象に制限があるのだ

炎熱弾であれば、威力を上げようと魔力をいかに込めても、一定以上の破壊力を超える炎熱弾にはならない

言ってしまえば、冷蔵庫初期氷魔法の設定温度は設定可能な最下限まで下げられても、電力魔力を大量に送って最下限よりさらに温度を下げることは出来ないのと同じである


魔法には、その魔法の位階レベルによって強さの上限が出来てしまう事が殆どなのだ


……極限臨界はこの『位階レベル』そのものを引き上げてしまう強化魔法の極致


通常の強化魔法が「レベル10の人間の肉体ステータスに強さを上げる魔法で掛け算をする」ものだが…


極限臨界は「レベル10のをレベル110に引き上げてからその対象の強さを上げる掛け算をする」魔法


強化対象の、そもそも強化をしてしまうのだ


この初級魔法である炎熱弾はシオンの極限臨界の1つ…『臨界オーバーロード』によって『二段階強化』をかけられた結果…


使を実現させてしまっているのである


マシンガンの弾丸が全て対戦車ライフルになってしまったようなものなのだ


そして先程のように自分自身の強化に回したならば、その肉体は人間の領域を大きく踏み越え…勇者の肉体性能をいとも容易く凌駕する超越的な身体能力へと昇華させる


それを証明するかのように周辺を紅蓮に染める爆裂の嵐の中で、それを避け続ける漆黒の鎧に瞬時に肉薄したシオンは手にした槍…プロメテウスを振りかざしてカナタに向けて横薙ぎにフルスイング


先程カナタを薙ぎ倒して地に沈め、意識すら瞬時に奪い去った脅威の力で振り抜かれたプロメテウスは先程と比較にならない力を込められ、手加減は一切無い



その一撃を





耳をつんざく金属の衝突音を響かせて漆黒の金属手が握り止めた




受け止めたカナタの後方の地面がその衝撃で吹っ飛び、どれだけの威力が込められたのかが見て分かるが、その体は微動だにせず彼女の一撃を不動で受け止めたのだ


「ッ……なんですかそれ…っ!」


「ただの鎧な訳じゃないからな。この鎧…『リベリオン』は山ほど創った俺の作品の中でも究極の魔道具の1つだ。防御も、力も、その他に搭載する機能も、他の物とは次元が違う。この状態の俺の事は……………………魔の神ですら、止められなかったッ!」


「っ!!」


シオンが驚きに目を見張る


槍が………動かないのだ


これだけ莫大な強化を回し、その強化に合わせて極限臨界エクスター・オーバーロードによりさらに高次元の強さへ昇りつめている…筈なのに


彼に掴まれた槍が、片腕で握られたプロメテウスがびくともしない


目の前でこちらを見つめる輝く金属の双眼に、初めてぞわり、と危機と警戒が煩いほどの警鐘を鳴らすが、そのシオンを握ったプロメテウスごと強引に振り回し、枝でも投げるように凄まじいパワーで投げ飛ばされたのだ


地面と水平に飛ばされ、時折地面と接触してバウンドするように跳ね飛ばされるシオンが4回目のバウンドで地面に手をついて体を飛び上がらせ、両足で着地し勢いを殺すも、たった今体験したパワーに表情を歪ませる


(っまさか今の状態の私がパワー負けするなんて……!だからカナタと戦っていると、自分がどれだけ世間的に強いかが分からなくなるんです!この強化出力がどれだけ非常識なのか分かってるんですか…!?)


まだフルパワーの強化を肉体に回している訳では無い…しかし、既に極限臨界により今可能な強化の実に80%の出力で身体の強化を行っているのだ


この状態での一撃は、試しに振り抜いたストレートパンチの素振り…その拳圧だけで正面50m程のリーバスの樹木が根から抉り取られ、地面は放射状に削れ、岩はバラバラに破壊されるという…シオンも自分でやっておきながら意味不明な破壊力


それでもなお、まるで濡れ雑巾でも振るように振り回された


掴まれた槍を動かす事が出来なかった


今の一瞬で…目の前の存在がどれだけ非常識の塊なのかを思い知ったのだ


はっ、と危機感知の警鐘が訴えるままに正面上方を見上げれば、まるで星のように光を放つブースターを噴き上げながら…その推進力の暴力を利用して猛烈な勢いでこちらに飛び込んでくる漆黒の鎧が目に入る


「っ受けて立ちます!私の強みは正面突破…!そう教えてくれたのはカナタですからっ!」


引き絞られた拳が次の攻撃を表しており、即座に手にしたプロメテウスをまるでレシプロ機の巨大プロペラの如くもう回転させ…さらに自分への強化を極限臨界により引き上げるシオン


プロメテウスへ更に爆炎の強化付与をこれでもかと込めて、体をその場でくるり、くるりと回転させながら助走なく勢いと力を加速せていく

かつて、魔神族を迎え撃ったフォームと同じ…


カナタの漆黒の金属腕に物騒な黒紫の魔力がバチバチと迸り、それに対抗するかのように彼女の体とプロメテウスは真紅の魔力を滾らせる


それは空に浮かぶ漆黒の星と、大地に輝く大地の紅蓮が相対したかのような光景


カナタがそのまま降下の勢いのままに拳撃を打ち下す


その拳撃に、シオンの回転して勢いをましたプロメテウスが、彼女自身の回転のエネルギーを乗せて上段から全力で打ち下ろされ…






音が、消えた




いや、その逆




世界が割れたかのような破壊の音に塗り潰され、周囲の景色はすべてが瞬時に滅びの光景へと変貌を遂げた


大地は裂け、空間は軋み、魔力の波動は全てを薙ぎ、空に点々と浮かぶ雲はあまりの衝撃と魔力により消散…


たった一撃をぶつけ合っただけ…それだけで、周辺のありとあらゆる物が形を失っていく


全部が無くなった大きな大地の擂り鉢の中心で、ただ2人が顔を合わせる程の近くで槍と拳をギリギリと押し合っていた




「なん……っ…………てパワーですか…ッ!これ止められるなんて……っ思ってなかったんですがっ……ッ!」



「おいおいっ……止められんのか…!想像以上に…ッ……!強いな…ッ!森まで吹っ飛ばすつもりだったんだがなぁ…!」



互いの驚愕が重なる


だが、シオンの方は…彼のその言葉に不敵な笑みを浮かべた


「…だって…カナタに離されたくありませんからっ!いつまでも追いかけるだけなんてイヤです…!守られるだけなんてゴメンです!勇者ヒーローに助けられるだけのヒロインなんて願い下げですっ!私がなりたいのは…っカナタの女なんですっ!隣に立って、同じ景色を見て、同じ試練に挑む!どんな過去があっても、どんな未来が待ってても…っ私はカナタと、普通に愛を育めればそれでいいッ!」


「っ…お前までそういう事を……っ」


「カナタはどうなんですか!?」


「っ」


「教えてください!私の思いの丈は言いました!まだまだ言い足りないくらい、私の中にはカナタへの感情が沢山ありますけれど…っ今のを受けて、どう思いましたか!?」


どストレートな感情のパンチにカナタが心なしか圧される


いや…実際、カナタの脚がズズッ、と後ろに摺り下がった


力を抜いたのではなく…これは…シオンの力が上がっている

感情を爆発させ、無意識に自身への強化が跳ね上がっているのだ


「ペトラだけだと思いましたか!?違います!地の果てだろうが地獄の底だろうが、カナタと一緒なら…っ私達みんなで1つなら何も怖くない!それだけで、幸せ以外の結果は生まれないんです!カナタの道が修羅の道なら喜んで同じ道を歩きます!辿り着く先が喩え…喩え異世界であってもですッ!」


良く思ってくれてるだろう…そう思ってはいたし、学院に来てからは、それが異性に対する好感だと言うことも分かってはいた


だが…ここまで強く激しく想いを寄せてくれているのは…いや、もしかしたら知っていて、無意識に遠ざけていたのだろうか


自分に、勇者なんてトラブルの種に深く関わらせない為に…人の領域を踏み外した力を持つ自分に、最後の距離を開けておく為に…


でも、それでもいい。そんな事は関係無い…そう言われてしまえば…



「……に……っ……す……………んだろ……!」



「っ!?」


ドンッ、とカナタの力が爆発的に跳ね上がる


突然、予想外のパワーで押し返され、そのまま空いた腕で槍を跳ね上げてしまえば脚をかけるようにシオンの体真後ろに倒し、その槍で彼女の両腕を上げさせた状態で地面に押し付ける


結果、両手をホールドアップさせ抑えつけたまま彼女を押し倒す形での拘束となり……





「好きに!決まってんだろ!」




その言葉が、破壊し尽くされたその場に響き渡った


シオンが今まで聞いたことが無い、カナタの感情が弾けた怒りと間違えそうな程の激情が、彼女の心に壊された堰から止められなくなり、溢れ出す




「惚れねぇ理由あるか!?この世界になんにも無ぇってぶっ壊れたまま彷徨ってる時に出会って!そこからずっと側に居てくれた!異世界で唯一人を嫌でも痛感し続ける中で嫌な顔1つしないで一緒に過ごしてくれて…不安で崩れ落ちそうでもお前の…っお前達の顔を見れば膝を着かないでいられたんだ!殺して殺して殺し続けてさらに死体を積み上げてでも、元の世界に帰ると誓った俺に…平和で穏やかで心の底から休まる時間が、お前達とならあった!やましい事が無いなら言ってるさ!「ずっと側にいてくれ」って!……それはお前達の幸せには繋がらないかもしれないんだよ!だからペトラも突き放した!これでもかって、俺がどんな奴なのか思い知らせてやったっ……筈なのに……!…変な男に…引っかかりやがって………馬鹿野郎……」



初めは怒鳴るような大きな声量は次第に勢いを失っていき、最後の言葉は喉に詰まらせるように…苦しそうに絞り出される


シオンを抑えつけていたプロメテウスを握る手が力なく離れ、項垂れる

ペトラの時は完全に最初からそうするつもりでやった。自分を恐怖させ離れるように仕向けた


だが、今回は全く違う


シオンのひたむきな、ド直球の、混じり気の無い心の殴打が、カナタの心情を…見せまいとたった今まで彼女に隠していた激流のような熱い感情を引き摺り出して見せたのだ


まさに彼女らしい力技にカナタも全て吐き出してから「あぁ…これは…やられたな…」と感じ取る


なぜ…なぜ彼女達の前で自分は…こんなにも冷静でいられないのか






あの日拾った、涙ぐずり助けを求めるだけだった小さな…小さな少女が…今、勇者怪物に膝を着かせたのだ




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【後書き】


「…もしかして我、カナタと戦闘の相性悪い?」


「まぁ相手をして分かりましたけど、ただ硬くて速くて強いっていうのを極限まで詰め込んだような戦い方なので、寄られてから対処出来ないとあれは難しいと思います」


「…つまり……脳筋のシオンとは相性が良かった…」


「の、脳筋っ…べ、別に私は何でも力で解決してる訳では…!」


「事実だろう?そなた、カナタの戦い方の影響を一番受けておるからな。…我ら、相手の攻撃を正面から受けて突き進んだりせんし」


「……相手の攻撃に対して真正面から会心の迎撃なんて……カナタの影響受けすぎ……例えるなら…ワイ◯ピスーパーコンボで警察署から逃げる時のドウェ◯ン・ジョンソン……」


「あ〜…ゴム弾を何発も受けながら微動だにせずに突撃して警官をボコボコにするシーンか。あとシールドと警棒もった3人の警官をタックルだけで床に沈めるシーン……………シオン、お主…」


「そんな目で見ないで下さい!というか!私はあんなゴリゴリの筋肉ダルマじゃありませんが!?」


「……胸のサイズは同じくらい……?……ほら…セ◯ターオブジアース2で…おっきい胸筋ピクピク動かしてた……」


「私の胸をあの鋼鉄の胸筋と一緒にしないで下さい!あのですね!私のはちゃんと柔らくて形もちょっと自信あってサイズもGくらいは……!」







「俺、ロック様はブラック◯ダムとか良かったなぁ。あの特殊能力の雷とかあるのに基本物理で黙らせるのが最高にクールじゃない?」


『分かっていませんね、マスター。やはりス◯ーピオンキングでお風呂に落下した時のロック様が最高です。あの全裸の女性の前で直ぐ様戦闘姿勢を取ってしまうギャップが…』


「甘いですわ、お二人共…ロック様が珍しく悪役に徹されて狂気の笑顔を浮かべながら暴れまわるも最後は爆殺されるD◯OMを御覧になるべきですわよ?」


「『またニッチでマニアックな作品を……』」


「お黙りなさい!清濁併せ呑むのは高貴な者の勤めでしてよ!?」

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