第53話 勇者の仕業



『もう一度言う。そこに居るのは誰だ?』


ジンドーの視線が真っ直ぐに後方数m先を見つめている


肩にドッキングさせたショルダーキャノンが破滅の閃光を放つ直前、地を蹴り転がる僅かや音が聞こえたことで気がついたのだろう


その見た目は周囲の景色に完全に同化する外套である『ズーザカメレオンの飛膜』を被っていた為見えていない筈だが、どうみてもザッカーの位置を完璧に分かっている


『仕方ない…誰だか知らないが悪く思うな。経験上、怪しきは滅すに限る』




ガコンッ、ィィィィィィィィイイイイ…ッ




「うおわぁっ!ま、待って待ってジンドー君!俺!おじさんだって!君の旅の同行者、ザッカー・リオット!ちょっと早とちりが過ぎる!まずは落ち着こうか!?」


彼の方に乗った砲身が再び上下に開き、そこに黒紫の波動が収束し始めるのを見れば慌てて被っていた外套を放り捨てて両手を上げるザッカー


無言でそれを見つめ…シュゥゥゥ…と砲身に集まる波動を霧散させるジンドーに「ふぅ…」と一息つくザッカーではあったが…そのまま何も言わずに歩み寄ってくる漆黒の鎧にぎくり、と体が固まる


(ぉいぉい本当に目の前にいるよジンドー君!これ夢!?しかも昔と違ってめっちゃ喋ってない!?というか昔のジンドー君は喋らな過ぎか…!取り敢えず姐さんと連絡とって、この事伝え無いと…通信魔法で会話だけでも伝えて…)


『無駄だ。ここ一帯から出入りする通信系の飛翔魔力は全て遮断してある。外部との連絡は不可能だ…その懐の水晶玉も触れない方が身の為だ。破壊しても構わないが…』


(どわぁ全部バレてらぁ!こりゃやり難い…!良く考えたら旅の最中におじさん達のやり方は嫌ってほど診てるもんねぇジンドー君!そりゃ警戒もしてるか!)


「はっはっ…なんのことやら…。そ、それよりも、随分と久し振りだね、ジンドー君。3年ぶりかい?いやぁ、なかなか会いに来てくれないからさぁ…」


『…で?


ビタァァッ


ザッカーの身動きが石のように停止した!


「あーまぁその辺はなんと言うか、ほら、不可抗力とかさ、来るとか知らないしおじさんわざとじゃないし…」と明後日の方向を見ながら小声かつ高速の言い訳を捲し立てる…!


何故って?


怖いからだ!


まさか「知りすぎたから消えてもらう」なんて最近街で噂の小説みたいに消されちゃったりするのかな!?

とか思ってしまうのだ!


ほら見てよ、彼の目!


ギラついたあの兜の双眸…!


絶対許してくれなさそうじゃん!


そんなザッカーの不安を他所に、手を伸ばせば届く場所まで近寄ってきた勇者ジンドーに「ここまでかぁ…!」と今までに無い程自身の危機感を膨らませ…




ザッカーの目の前で…彼の漆黒の鎧が、ふわり、と光の粒子となって、散り始めた



目を見開くザッカーの前で、鎧は風に乗るように光となって崩れて消えていき、そこには先程居た黒髪の少年が立っていたのだ



「…なんで居んだよおっさん、タイミングわりぃな…」



深々と、さも「私、今日ツイてません」と言うように溜息をつく少年を見て…恐る恐る、上げていた両手を下ろすザッカー


どうやらこの場で目撃者の隠滅をされる雰囲気ではなさそうだが…あの彼が、自分に姿を自ら表したことに驚愕していた


改めて間近で真正面から見るこの少年こそが、自分達が追い求めた英雄の真の姿なのか、と…


「ジンドー君…だよね?あ、いや、疑うとかじゃ無いんだけど、信じられないと言うか…今まで見られた事無いんじゃ…?」


「おっさんが二人目だっての…。なんで来た?いや、どうやってここが分かった?」


「うっわ生ジンドー君新鮮…!そんな風に喋るのね!」


「うるせぇな!話が進まねぇよ!」


「ジンドー君ツッコミするんだ…!おじさん、めっちゃ感動してる…!」


ガシャコッ、ヴゥゥゥ…!


カナタが肘を曲げると同時に虚空から2本の銃口が連結されたアームガントレットが装着され、内部からエンジンがかかるような重低音が響く…!


ザッカーが再び両手を天高く上げた!


これ以上は良くない…!


「お、王国の転移魔導具の座標算出装置を使って転移先を割り出したんだよ。まぁかなり無茶な使い方したけど…ラウラちゃんからの報告であの2人が居たのは聞いてたから、私兵に合流される前に確保する予定だったんだよねぇ。…ま、ついさっき塵も残さず消えちゃったけど…」


「ふんっ…これは俺が片付ける問題だった。地球…元の世界の人間として、消さなきゃいけない奴らだ…。こんなのがのうのうと生きてたんじゃ、全ての勇者が報われない…」


先程、地面ごと消し飛ばした場所に視線を向ける寂しそうな目の少年は…ザッカーが今まで思っていたような「勇者ジンドー」とは違っていた


戦闘ゴーレムのように淡々と、感情が無いように無情に、人形のように反応せず


それが勇者ジンドーだ……いや、だった


この憂いの目付きで過去に散った同胞に思いを馳せる姿ははっきり言って、以外だったのだ


「…本当に、ジンドー君なんだね。姿もそうだけど、本名も初めて聞けたよ」


「…そりゃ教えなかったからな。………イメージとは違う、そう言いたいんだろ?もっと冷たくて、無機質で、そして残酷な怪物…分かってるよ、それが「勇者ジンドー」だ。自覚はある…」


「…でも、今は全然違うじゃないの。…何ヶ月も前にジンドー君が王都にブラックインパルスを飛ばしたでしょ?あの日に話してたんだよね…昔のジンドー君みたい、凍ってしまった心を溶かすのは必ず寄り添ってくれる人の心だけだ、って。…確か、おじさんで2人目だって、言ってたね。ってことは…」


「あー……1人、知ってる。俺が勇者をしてた事も、どんな事をしてきたのかも…。…いや、それが決定打じゃないんだ。元から、俺の側に居てくれた奴らが居た…王都を飛び出して出会ったそいつらと3年も過ごして…多分、ようやく「人」に戻れた」


「そうか…いい出会いがあったのか…。ジンドー君、ラウラちゃんやおじさん達の事は、どうだい?俺達は正直…ずっと心配してた。あんな傷だらけの心で1人、知らない世界で姿を消して…もしかしたら耐えきれずに…そんな事まで考えてたんだよ。ジンドー君が旅の最初から誰も信用してなかったのは分かってる。でもさ…」


「…それも分かってる。ラウラが言ってたのを、聞いた…。全部俺の被害妄想…ありもしない敵意と害意に怯えて、何も信じなかった俺がわりぃよ」


「…あれ?じゃあなんで分かってから会いに来てくれなかったんだい?」


その言葉に、「んぐっ」と息をつまらせるジンドー


「そりゃ…っ会わせる顔が無いだろ!どんな顔して会えばいいんだよ!?特にあのラウラの「勇者様が如何に活躍したか」戦記とか聞かされてみろ!怖くて名乗り出れたもんじゃねぇ!」


その言葉に「あ〜…」と気の抜けた声を漏らすザッカーにはやはり心当たりがあるようだ


ラウラは旅を終えてから幾度と旅で何があったのかを聞かれたりしているのだが、その度に「勇者ジンドーがどんな活躍をしたのか」「如何に窮地を救ったか」を、さも英雄記のように語る姿は珍しくない


顔も見たことがないジンドーにラウラがべた惚れだったのはジンドー以外のパーティメンバーからすれば周知の事実だったので以外では無かったのだが…


いざ、周りが見えるようになってから聞かされる「自分の英雄物語」を聞かされる身にもなって欲しい…そういうことだった


「だからおっさん、ここで俺と会った事は話していいが、素顔だの名前だの…今のプライベートな話は口外禁止だ、いいな?…出来ないなら専用の魔導具で二度と喋れないようにその口蓋してやる…!」


「わ、分かった分かった!大丈夫だって!でも…時間の問題だと思うよ?少なくともラウラちゃんは…」


「…分かってる。多分あいつは、今回の一件で俺に辿り着く。…………はぁ……これで「イメージと違いますわ」とか言われたら流石の俺も凹む……」


「あっはっはっはっはっ!大丈夫でしょ!そんなイメージだけで顔も見てない相手にべた惚れなんてする訳無いんだから。ま、どうなるかは若い二人に任せるけどさ…ラウラちゃんの気持ち、ちゃんと考えてあげて欲しいな」


ず〜ん…と黒いオーラを纏って項垂れるジンドーに笑いが止まらない

こうして…こうして何気ない話を交わすことが出来るのが、とても嬉しい


この人生で最も叶えたかった願いの1つが今は、叶っているのを実感し、つい笑ってしまうのだ


「っていうか、ジンドー君。なんで鎧脱いで待ってたの?普通にふっ飛ばせば良かったんじゃない?」


「そりゃまぁ…冥土の土産かな。あのクソ野郎達には、誰に殺されたのか、その顔を覚えさせて地獄に叩き落したかった。今の俺と、俺の名前を、あいつらに刻んでから葬り去らないと…本当の意味で地球の人間が仇を取ったように思えなかった…。俺の名前を言った時のあいつらの顔、傑作だったよ」


肩をすくめて小気味よく笑いながら「ほら、性格悪いだろ?勇者なんて向いてねぇよ」と言う彼は、どこかすっとしたような顔をしていて、それでいて少し、力が抜けたような…そう見えた


そんな彼が「さて…」と一息ついて手のひらに2本の針を持つ羅針盤を出現させると返答に困っていたザッカーへと向き直る


「そろそろ戻る。ちょいと仕事放り出したままでね、いい加減に戻らないと怒られそうだ」

 

「仕事って…ジンドー君仕事してるの!?」


「そりゃな。ま、したくてやってる訳じゃないけど…ほら、ラウラと同じ所で先生してんの、俺」


「はぁ〜そりゃすごい。ジンドー君に教えてもらったなら、それは勇者の弟子ってところかな?子供達が喜びそうじゃないの」


「んな物騒なこと学生に教えるかよ。…俺の弟子は3人だけだ、俺が使える力で必要なものは全て教えてる子が、3人だけ居る…そいつらに、俺の全部を使ってやるって決めてんだ」


ザッカーは直感的に、その3人こそが彼を変えてくれた人達なのだ、と…思い至った


だって、彼の顔がこんなに優しく、和らいでいるのだから…これで勘違いなどしようもないだろう。さらに言うならば、これはザッカー自身の根拠もない確信だが…


「………………女だね、ジンドー君」


「うぐっ」


「それも、既に相思相愛と見た」


「うぎっ」


「もしかして、行くところまで行ってたりするね?」


「うがっ」


経験則から放たれる言葉の弾丸がジンドーの体を容赦なく貫いていく!


経験豊富なザッカーの言葉にドスドスと抉られていきその度にボディブローを叩き込まれたような声が彼の喉から聞こえてくる!


とても苦しそうだ…まるで思い当たる節があるあるかのように!


「おぉ、あのジンドー君が女性と…」と自分で的中させておきながら予想外と言うように頷く中年男に「こいつ…!」と頬を引き攣らせる


こと人生経験値では流石に勝てそうもない


「じゃ、ラウラちゃんもその調子で頼むよ、ジンドー君。まさか4人程度で潰れる甲斐性じゃないでしょ?それとも、ラウラちゃんはそういう目で見れない?」


「………………んな訳あるか。もう帰るぞ、俺」


 


短く言い返し、居心地悪そうに視線を背けて羅針盤に魔力を流し込んで機能を起こす


2色2本の針がくるくると回り始め、魔力の光を帯びてきた時、「あぁ、そう言えば…忘れてた」と今一度ザッカーに近寄るジンドーに「おっと、ふざけすぎたか?」とぎくり、と体を硬直させる


無造作に突き出したジンドーの手がザッカーに伸び…その腰元を通り過ぎ、「おや?」と疑問符を浮かべる彼の背中…いや、腰裏に装着された短剣を鞘ごと剥ぎ取った


「…変えて無いんだな、短剣」


「え?…まぁおじさんの愛剣だからね。何度も助けられたもんさ、墓まで持っていくつもりでね。…一応、結構珍しい素材とか使ってるんだよ、これ」


鞘から40cmほどの厚めで方刃の刃身が伸び、美しく銀色に光を跳ね返すし、柄は無骨で相手の刃を受け止める造り、持ち手は黒ずんで擦り切れるほど使われているのを見ればどれだけ長く、大事に愛用しているかがよく分かる

それを引き抜き、確かめるように見つめるジンドーに少し自慢げな中年男はさながら骨董品の愛車を褒められた中年男性のようだ


それを見て、彼が大切にしているというのを十二分に感じ取りながら…「特別だぞ、泣いて喜べよおっさん」と呟き、首を傾げる彼の目の前で短剣に指2本を押し当て…己の力の名を告げた


「…神鉄錬成ゼノ・エクスマキナ…魂呈錬成…我が掌より、抱力の魂を注ぐ…」


「ッ…まさか、それ…!」


完成品なら見たことがある


だが、その魔法が行使される所は見たことがなかった


共に旅をしていた時は、決して手の内を見せようとしなかった彼が…自分の目の前で自身の切り札たる魔法を使ってみせたのだ


「使用者制限…腐食耐性…損壊防御…魔力中和…自動帰還…勇装通信…斬撃強化…敏捷補助…鈍化耐性…装備者活性…異常防御……我が意志を乗せて、此の鋼へと移ろい宿れ…」


取られた短剣が黒と紫が混じり合った不思議な光を帯びていき、ビリビリとスパーク現象を小さく走らせながら彼が言葉を紡ぐたびに、その光が大きく明滅を繰り返す


よく研がれ、美しく光を反射する純銀色の鋼鉄の刃は形はそのままに…刀身の中心に2本の太い漆黒の鋼へと色合いが変わっていた

色が付いただけではない、その中心の2本線だけが漆黒の鋼へと変化している


峰には小さいながら、しかししっかりと…勇者の証である兜と交錯する剣と稲妻の文様が彫り込まれており誰の手が加えられているのかが良く見れば分かるようになっていた


それを鞘に納め、「ほら」と投げ渡されれば慌てて両手で受け止めつつ…改めて刀身を抜きよく見てしまう


ザッカーにはそれがあまりにも現実離れした光景に見えたのだ


彼からの手製の武器…今までそれはラウラにのみ渡されていたものだった


これは1から彼が作り上げた物ではないが…それでも、いや、自分が大切にしていると知ったからこそ手を加えてくれた事に、言葉で表せない感動を覚えたのだ


「い、いいのかいこれ?多分相当滅茶苦茶な能力が付与されてたような気がするんだけど……あれ、ジンドー君?」


魅入っていた顔を上げて彼に礼の二言三言を伝えようとした彼の視界に、既にジンドーの姿は無かった


ただ、沈んでいく夕日の最後の光が、大地を引き裂いた光景を照らし出す景色だけが目の前に広がっており、この隠れる場所もない平原のど真ん中で忽然と姿を消していたのだ


「っはっは!逃げられちゃったな、やるねジンドー君」


愉快に笑いながら「チンッ」と短剣を鞘に差し込み、腰にしっかりと据え付けると、ふ、と気になってなだらかな丘の方を見てしまう


彼がズォーデン達が掻き集めた軍勢を纒めて始末した、という場所は恐らくその向こう側にある…あまりにも短時間で、あっさりと全滅させたと語るジンドーに…疑う訳ではないが、あの2人が言った数からすると生半可な数字ではない


確認しよう…そう考えるのはある意味で当然だった


緩やかな丘を登りその上から見下ろす場所に敵の野営地が集結していた…その残骸でも肉眼で確認しなければ報告も出来やしない


だからこそ、その先の光景は…思わず息を呑む物となっていた




何も、無い




視界にいっぱい広がる平原が見下ろせる筈のその場所からの景色は…一面の無が広がっていたのだ


一面の、掘り返された土


緑の草原に似つかわしくない茶色一色の大地


なだらかな草原のはずが、大地は凹凸の激しい地形へと変わっており、良く見てみれば…直径にして数百mはあろう擂り鉢状のクレーターが無数に繋がって一帯の大地が抉り返されているのだ


その破壊面積は先程のレーザービームの比ではない


「…んなアホな…。何をしたらこうなるんだジンドー君…」


まるで隕石の群れがこの一帯に集中豪雨の如く降り注いだようにしか見えない、あまりにも広大な破壊の景色に思わず汗を流す


これが、黒鉄の勇者を怒らせた者の末路


もしも、これを街に受ければどうなるか…そう考えただけでも震え上がってしまうだろう


『……ヵ…っと…え…てる…!?……ッカー!返事しなさいザッカー!聞こえてるの!?』


「おっと…忘れてた」


懐に入れていた水晶玉がほわほわと光りながらノイズ気味にサンサラの声を走らせ、次第に雑音が消えて彼女の声が良く聞こえるようになる


手にした水晶玉には画質が荒いながらも、サンサラとナスターシャが顔を寄せて写っており、どうやら先程まで彼の妨害により向こうからの連絡が一切停止していたらしく、こちらからは全く気が付かなかった


彼が居なくなった事で連絡が復旧したようだ


「さて、何から話すかねぇ…」


目の前の光景と、仲間達の声を聞きながら腰に手を当てるザッカー


少し話すことが多くなりそうだが、引き返す足取りは軽い


今回は、明るい報告が出来そうだ…これを話したら彼女達はなんと言うだろうか?


そう思うと、思わず口角が上がるザッカーの背中で、静かに夕日は姿を隠していくのであった




ーーー




学院は王国の騎士団も入り乱れての大騒ぎとなった


大講堂内部から生徒達が避難させられ、代わりに騎士団の面々が詰め入り生きている賊は拘束、死体は麻袋に入れられて持ち運ばれていく


生徒の中には未だに立ち直れない者も居るが、幸いにもラウラの魔法により怪我などは残っておらず、どちらかと言えば初めて目の前にした命の危機と本物の狂人を目の当たりにした恐怖が拭い去れないでいる


主犯格と思われた男2名は逃亡


幹部と思われる男2名の内、1名は下半身のみを残して死亡

もう1名は極度の衝撃により意識不明ではあったが、生存しており、彼には目覚め次第の事情聴取が待ち受けている状態だ


最初の爆発により校舎の一部が破損しており、中でも大規模な破壊が見られたのは学院全体の生活系、防御系の魔法を維持していた魔法管理棟だった


多数の敵の立て籠もりを突破して魔法使用を封じ込めるアーティファクトを破壊するべく、オーゼフ・ストライダムが未知の自立型魔法兵器を引き連れて突入

道中の敵を容赦なく打ちのめし、強引に進む彼はそう多くの敵を手に掛けた訳ではなかったが…引き連れていた魔法兵器は一切の容赦が無かったのだ


蜂型の兵器はまだ対人用のニードルを発射する程度だったが問題は蜘蛛型の兵器である

背中に大型砲を積んだタイプの物はなんの躊躇いもなく射撃を行い、上層階の戦闘跡は凄まじい破損状況となっていたのだ


本来はこの魔法管理棟全体が、内部に組み込まれた魔法やアーティファクトである『選定者の境界』を増幅する機能を持ち、学院という広大なエリア全体に影響を及ぼす程にその機能を拡大させていた


今回はそれを、敵が利用して本来使用者の20mほどにしか効果範囲がない筈のアーティファクト『貪者の心臓』の魔法不可領域を学院全体へと拡大させていたのだ


故に、魔法管理棟そのものを破壊するのは非常に理にかなっていた部分もあるのだが…大規模な修繕が必要なくらいにはボロボロになったそれを見れば先生方が落ち込むのも無理はなかったと言える


そんな中で、人目に付かない無人の教室で1人…




「殺された…ですって…?で、ですがあの2人は転移してそう時間は経っていませんわ!王都からの距離ではどれだけ速く移動したとしても…」


『けど、目の前で見たからね。おじさんが到着した頃にはジンドー君が既に先回りで来てた…そして、目の前で2人を消し炭にした。どうりでそこら中にすぐ現れては消える訳だね…まず間違えなく、彼は転移魔法を駆使して移動してる。それも、制限がかなり少ない高性能なヤツ…はぁ〜…そりゃ3年間も見つからないに決まってるよなぁ』


ラウラが動揺する声が響く


転移魔法は高等魔法だ


適正を必要としない魔法の中では最高峰の難易度を誇る


転移魔法を「発動」するだけならば、時間をかけて先人の魔法を紐解き構築すれば誰でも可能と言えるだろうが…


転移魔法を「使用」するとなれば、話は別となる

いざ転移をするとなると、発動後に転移先の座標選定が最初の大きな壁となるのだ

地図も何も見ずに「このへんに行きたい!」と考えても「このへんってどこ?」と自分が分からなければ行くことは出来ない

自分の魔力をエコーのように広げていき、どの場所を選ぶか…エコーの精度を高めてそこに障害物があるかを見定める必要がある


まず、このエコーを広げるのに多くの魔力を消費する


転移先が決まった後に必要なのが2つ目の壁が、必要な魔力量だ

距離が離れれば相対的に転移する為の魔力量は莫大に膨れ上がってしまう為、並の魔法使いではそもそと転移するより走る方が体力的な効率がよく、転移魔法の処理の計算に時間が長くかかるならば、距離にもよるが時間的にも走った方が早い…なんて事になりかねない


その為、多くの魔法使いが「どれか1つの制約を付ける」ことで転移のしやすさを上げるように魔法をオリジナルで構築するのだ


もっともテンプレートなのが『転移先を固定する』というもの

『決めておいた地点A』にしか転移出来ない…というデメリットを付ける代わりに、座標選定の手間が消失するのだ。その分、転移先を探す魔力を転移の為に素早く大量に回す事ができ、短時間での転移を可能とする

しかし、その転移魔法は『決めておいた地点A』以外に転移する事が出来ないのだ


つまり、自由に様々な場所へ転移出来る者は非常に少ないのである


莫大な魔力、魔法構築に精通し、魔力運用が極めて巧みでなければならない…実践的に使えるのは一握りの使い手のみとされている


つまり…あの土壇場ですぐさま転移を行ったゲッヘナ・ガベルは間違いなく、一級の魔法知識と使い方を可能とした使い手だったのだ


だが…勇者ジンドーが転移魔法を使用したなど、今まで確認された事は無かった


そもそも、そこら中を飛び回れるような転移魔法が使えるならば5年前から脚で旅をする必要など無かったのだから、本来なら彼が後天的に作り出した魔法…という事になるのだが…


『まぁ、何にせよ明日には王都に戻るわ。どうせ建国記念日でしょ?王宮で落ち合うのがいいわね…気になってた、確認してみましょう』


「…そうですわね。事後処理は王国側にお任せして…私も、最後の確認をするとしましょうか。その時はしっかりお話を聞かせていただきますわ…カナタさん」


掴みかけたその背中は、なんの因果か…手を伸ばせば届く場所にあった


明日、それを確かめに行く


幸いにも…ラウラは見たことがあるのだから


カナタ・アースの師匠紋…彼女達の胸に刻まれたそれを、風呂場で確認したことがある


ナスターシャを連れて帰ってくるサンサラ達と合流すれば、王宮側もその情報を開示すると約束させた…最初の彼の紋様が分かれば99%の疑惑から100%の確信に変わるのだ


そして、その彼は今…





「集結してた寄せ集め軍の一部遺留品的に、ほぼ確定だな、こりゃ。特産の特徴的なロッケン麻の肌着にあの地域原産のブルコート麦の食料…あの2人が頼った国はほぼ間違いなくレルジェ教国だ」


『レルジェ教国は現在、他の国と同じく対戦時に被った被害の立て直しに集中しています。軍事的行動はこの3年間で一度も確認されていません。他国との目立った争いは無く、犬猿の仲である軍事国家バーレルナとも小競り合いが数回程度に収まります』


「とは言え、あそこは国主導で堂々と勇者批判をしてた唯一の国だ。あの2人が頼るにはうってつけの場所だろうな。潜り込ませた方が良さそうか…」


『では、情報収集の為、情報戦機二個編隊をレルジェ教国へ出撃させます。二日後には到着可能です。レルジェ教国で気になるのは先日の大規模な龍脈魔力の集収があったのも懸念事項かと。マスターがこの世界に来てから観測されたことのない現象です』


「ま、なんか企んでるんだろうな。…それがもし、あの2人からの情報を元にした新手のアーティファクトの類だったら見つけ次第俺が直接破壊する。考えられるのはそのくらいか…?」


既に日がどっぷり沈んだ夜の学院寮の自室


ベッドに腰掛けて目の前に浮かぶ複数の投影モニターに目を向けるカナタは、新たに浮かび上がる不穏の影につまらなそうに鼻息を漏らす


レルジェ教国は大戦中に「自分達こそが世界を導く救世主となる」事を堂々と掲げ、勇者の立ち入りも可能な限り拒否していたような国家だった

とは言え、大戦も佳境に入りカナタは何度か出入りしたことがあるが…どちらかと言えば勇者批判はレルジェ教国上層部の意志、といった物で庶民レベルの意識では何も問題はない程度だが…


「今一、何考えてるか分からないんだよなぁ、あの国。勇者批判はしてたけど大戦集結の記念式典には俺の事招待してたらしいし…かと思えばその後は何時もの「自分達救世主論」ばら撒いてたし…あ、そう言えば久々に『スターダスト』使ったけど、不具合あったか?」


『問題ありません。エネルギー出力、命中率、予測破壊範囲、共に好調でした。自己メンテナンスも問題無し…その他武装も試射を兼ねた実戦投入を希望します』


「そりゃ機会があったらな。…お前に搭載されてるヤツはそんなポンポン撃てねーけど」


心なしか撃つのを楽しそうにしているアマテラス


トリガーハッピーの気配を感じる…


アマテラスに搭載された魔法兵器は控えめに使用しても戦術規模の破壊力を持つ物が多い

こんな何気なく会話しているアマテラスではあるが、彼女は数多の魔法兵器を開発し量産してきたカナタが自身の纏う鎧の他に『最高傑作』の名を自身を持って冠する数少ない最強の兵器の1つなのだ


見ての通りと言うべきか…アマテラスだけで中規模国家ならば跡形もなく消し去れる可能性すらある


『追加ですが、王宮に忍ばせた諜報機からの気になる情報があります。マスターの胸の紋様を一部関係者に公開する、との事です。なぜ今まで極秘だったのか分かりませんが…』


それを聞き、「あぁ…いよいよか」と呟くカナタは、その結果として何が起こるのかを感じ取る…ラウラは完全に王手をかけた状態になった


この先どう転ぶのか…カナタも想像が付かない




ーーコンコン



考えに耽る中、扉を叩く音に意識を引き戻される


「空いてるよ」と声を掛ければ入ってきたのはシオンだった


「カナタ、今いいですか?」


入ってすぐの言葉に「勿論」と答えれば、彼女はそのまま机の椅子に腰掛ける


制服姿に鞄も持っているのは、学院から部屋に戻らず直接この部屋に来たからだろう


「大丈夫だったか?特に、ラウラ先生と一緒に行動してたんだろ?」


「はい、私は大丈夫ですよ。カナタの教えてくれた事がよく役に立ちました。…『近寄られたら役に立たない魔法使いは脚を引っ張る』…確かに、あの場で強化魔法と体術が使えなければどうなっていたか、と思います」


「だろ?ま、魔法不可領域なんてレアケースはそう起こらないけどな。でも、どうにかなったろ?自信持っていいと思うぞ」


その言葉にふわりと笑みを浮かべるシオン

彼女がどのような窮地をその手で脱したのかは当然知っている


ラウラを敵の手に渡すこと無く、オーゼフと合流し、2方面の攻略で結果的に捕われた生徒達を救い出す事に貢献した…間違いなく、この事件のMVPはシオンだろう


だが、どうしてだろう


なんとなく、彼女はそんな話をしに来た訳では無い…そんな風に見えた


「…カナタ。聞きたい事が1つだけあります。私にとっては、あの騒動よりも…多分、大事な事なんです」


改めて、そう口にする彼女の姿はどこか…あの時のペトラに重なって見えた


そう…覚悟を秘めた、勇気を込めたその瞳は奇しくも…彼女が姉妹のように慕う少女と同じ力を秘めている


「あの騒動が起きるまで…あと、ついさっきまで、ずっと図書館で調べ物をしていました。歴史書、辞書、調査資料から探訪録まであらゆる物を最近の物まで調べ尽くしたんです。どうしても、気になったことがありました…」


もしかすると、ペトラにこの身を見破られたあの時から…自分を覆っていた秘密のベールは既に破れてしまっていたのかもしれない、と


ふ、と…直感した


「ユピタ紅葉林に封じた魔物の名前を…教えてくれませんか?」



……彼女もきっと、辿り着いてくれたのだ、と



「どんなに調べても、どれだけ歴史を遡っても、封印された魔物なんてユピタ紅葉林には存在しませんでした。カナタが手こずる魔物なら…どこかの記録に残されていて当然の筈です。あの地帯で名のある魔物はネビュラコング、ナテログリズリー、アトラスタートル、グリューマライガー、キュロスウルフ、ミリオンハムスター…そして魔鳥龍グラニアスを期に鳥型の魔物が生態系に躍り出ました。シャドーレイヴン、紅蓮鳥、バジリコッコ、フレイムイーター、デトロスオウル、ヴィオコンドル…グラニアスを除き、カナタなら纒めて葬り去れる魔物ばかりです。そして、グラニアスは勇者ジンドーによって討ち取られた…」

 

どれだけの資料を漁ったのか、その全てを記憶してきたのか…つらつらと、台本を読むように口からそれらの情報を流すシオン


カナタからは何も言わない…いや、口を挟めない


「四魔龍はグラニアスの例を上げれば自身の眷属でその生態系を塗りつぶしてしまうのが分かりました。そして……現在、鳥型しか居なかったユピタ紅葉林は…昆虫型の魔物で溢れかえっているそうです。今年度の研究レポートだけでも、ギガノマンティス、メタリオアント、金剛カブト、ナパーミアバタフライ、ミラージュコックローチを確認…全て、大戦集結後に現れた、と…。そして、これらの魔物もカナタの敵では無いでしょう。特異魔法を使わない私ですら、2、3匹程度同時に倒せますから」


「…どんだけ読み漁ったらそこまで出てくんのかね。てか、全部覚えてきたのか…」


「決定的だったのは、悔しいですけれど…ラウラさんの反応でした。なぜ、あんなにユピタ紅葉林に過敏な反応をしたのか…まるで、間違っても行って欲しくない…そう言うかのような反応です。後々調べれば、この違和感…いったい、そこまでラウラさんが警戒する場所でカナタは何と戦ったのか…何を封印しなければならなかったのか…そんな事をしないといけない職業とは何なのか…何よりも、そこが引っかかりました。……何時間も悩みました、でも…答えはどう頑張っても…1つしか思い浮かばなかった…」


カナタは…既にペトラの時に覚悟は出来ている


彼女がどのように受け止めるのか…怖くない訳じゃない


はっきり言うならば、怖い


だが…最初の少女が、シオンと向き合って大人しく突き付けられる勇気をくれた




「…なら、答え合わせをしよう、シオン。…俺が、昔の仕事で、ユピタ紅葉林で封印した魔物の名前は?」



その問い掛けに、シオンは恐らく…確信したのだろう


目を閉じて、深呼吸をし、胸に手を当てて…






「…魔蟲龍エデルネテル…ですね?つまり……カナタの昔の仕事というのは…」





あぁ…ようやく、もう一人の、想いを寄せる彼女が…辿り着いた


 

窓に視線を向けたまま、再びこの不安と対峙し…





「………………勇者だったんですね」




そして、二人目の少女が、黒鉄の勇者と対峙した





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【後書き】


「うぅむ…我らの惚れた男、滅茶苦茶しよるな」


「まぁ、仮にもゲームで言う『ラスボス倒した後の主人公』ですからね。むしろ適当な強さだと、どうやって世界を救ったのか分かりませんから」


「……ミサイルとか…弾丸とか……撃たないのかな…?……事実上の弾道ミサイル……!…テーテーテテッテー…♪」


「それは、あれだな。あくまであやつは12歳でこの世界に来ておるから、ミサイルやら銃やらの仕組みだの原理だのが分からんのだろう。だからSFやゲーム、アニメからインスパイアされた武装が多いのだ。その辺は魔法で再現出来てしまう、と」


「…っあれ見てみたいっ……ラ○ュタの雷…!…あと波○砲……!」


「な、なんだかその内本当に出てきそうですね…。原作だとどちらも「禁断の兵器」という感じなのが怖いですが…。というか、それをカナタが造るとなると、空中要塞と宇宙戦艦がある事になりますね…」


「っはは!まさかな、流石に創らんだろう…いや、ほんとに創らんよな?ラピ○タとヤ○ト、我らの上に浮かんでたりせんよな?」


「……でもトランスフォーマーみたいなの居るよ…?……なんだっけ……あ、ガルガンチュア…戦車から上半身に変形……んーっ……やっぱり変形するロボは外せない……!」


「…そなた、カナタと一番感性が似ておるな。…やはり、カナタを止めた方が良さそうか?…よしっ、ここは我が一肌脱いで、ベッドの上で説得を…」


「待ってくださいペトラ。ほら、今回の締め方を見てください。間違いなく、私のターンです!どう見ても次にゴールインするのは私!ペトラは散々ハメを外してハメてたんですから、少し控えててください!」


「お主それ本編で絶対に言うなよ!?」


「……ペトラ…人の事言えないと思う……もう一肌脱いでベッドに入るの……当たり前になってる……」






ほら、主人公ヒーロー。あの3人への感想をどうぞ


「ノーコメントだ馬鹿野郎…!」

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