第51話 天敵


「あれは楽しかった!この転移魔法の試運転にジンドーをリーバスの森へ飛ばしたのはいい思い出だよ!実験は大成功だとも!…ま、ヤツは無傷で帰ってきたがね。つくづく、怪物だと思わされる…あぁ、今までの勇者の事は我がガベル家が残さず記録をしているが…認めよう、あれは最強だ!史上最強、120人目にして現れた特異点だ!あのジンドーを凌駕する勇者は現在過去、そして未来永劫現れることはないだろう!」


楽しいのか、ヤケクソなのか分からない高笑いを上げるゲッヘナの姿は姿を表した時の冷静な物とはあまりにもかけ離れたものだった


マッドサイエンティスト…そう例えるのが一番ふさわしい姿だろう


目元を抑え手を広げて笑いを上げる姿にはズォーデンとは別種の狂気が確かに見え隠れしているのだ


「…だからこそ、我々この世界の者が、あの怪物を飼い慣らさなくてはならないんだよ、レインドール王子。あの王はそれが分からなかった…考えてもみたまえ。どこの誰かも分からん者を英雄と称えてその力と栄光に縋りつき、助けを乞い願い震えて助かるのを待つ…この世界の人間のなんと惨めな姿!これでは私達が勇者の奴隷かのようじゃないか!この世界に元より生きる人間として、そんなプライドの欠け落ちた姿は見せられんよ。故に、勇者は私達が手綱を握るペットでなければいけなかった…こんな事になるならば、大戦が終わらなくても良い…あの時…あの瞬間に…」


手で抑えた目元を顕にしたゲッヘナは…全く笑っていなかった

真剣に、真面目に、本気で、冗談の欠片も無く、当たり前のように、間違っている等微塵も思うこと無く…



「幼い内に、あの時ジンドーをちゃんと殺しておくべきだった」



その一言に空気が凍りつく


本気で言っている…それが分かったからだ


「馬鹿な事を…!…いや、ならば何故学院を狙った!結局貴様らは勇者ジンドーと相対する勇気の無い証拠ではないのか!?」


「だからこそだ、レインドール王子。我輩達は新生ラヴァン王国を建国するのだ!そう…勇者を呼ぶ国ではなく、『勇者に対する国』として!新たに作り変える為に!…これから学生諸君の御父上に「お願い」しなければならんのだよ。我輩の新たな国で仕えたまえ、とな」


「…ッ人質か…!」


「そうとも言うか。特にレインドール王子、そしてマーレ王女には丁寧にお願いせねばならん。我輩の国を認め、ラヴァン王政を我輩に譲るよう丁寧に…そう、貴様ら2人の顔を見せて丁寧にお願いしなければ」 


「ふざけるなァ!そんな事が実現出来ると思っているのか!?ラヴァンの政に携わる者がテロに屈すると思っているのか!?」


「勿論、屈するともッ!この場には商業関係者の頂点から軍部の頂点、国政の頂点に道交の頂点、ライフラインの頂点に司法の頂点!全ての跡取りが揃っている!貴様もだレインドール王子!その全てを我輩が握っているのだ!誰が強気で討ち取ろうと動くことが出来る!?何も知らんガキだ、我輩達が何年と国政に関与していたと思っている!?かの大戦で既に当主が居ない貴族家も多い中で、次期当主となるガキをほぼ全て囲った我輩に反抗出来る者など居ると思うか!?」


「ッ…それは…ッ」


「我輩が貴様ら生徒の半分の首を刎ねるだけでもラヴァン王国は数年後には統治機構に致命傷を露わにするだろう!七割刎ねれば事実上、ラヴァンの統治機能は崩壊し現在の貴族家は半分以上が断絶する!それくらいなら、我輩達が使ってやろうと言うのだ!」


ズォーデンの言うことは…レインドールの聞く限り悔しいが事実だろう


魔神大戦は各地の王国領を統治する貴族達の生命を多く奪い去り、まだ幼い少年少女が当主として育つのを待つ状態の家も多い


それならばいい方で、跡取りを失った家すら当たり前に存在する現状ではラヴァン王国の統治は今、ギリギリの所を歩いてるような物だ


統治や貴族にとって「血」は重要であり、ぽっと出の者がいきなりその場所の統治を任されるほど信用されることは有り得ない


「さぁユージン!早く我輩に仕掛けた不届き者を我輩の前に連れてこい!そこの、そこの銀髪だ!」


「いやいや、あの子ちょー強いよ?俺だけじゃ厳しいかなー?」


「ちっ…使えん!折角優先的に勇者の腹を使わせてやってるというのに…!こういう時に役に立たないならば意味がないではないか!たかが学生の女一人に!」


「その女の子の攻撃受けそうになってビビりまくりで引っくり返ったの同士じゃん」


どこかふざけた様子の優男、ユージンが笑いながらズォーデンの言葉を受け流すが…そこに流してはいけない言葉があったのを確かに聞いていた


「おいおい…っそりゃどういう意味だズォーデン元大将…!随分と胸糞わりぃ単語が聞こえた気がしたぞ…!」


ユータスが青筋を立てて声を漏らす


オルファも側で「…まさか…!」と顔色を悪くし、レインドールに至ってはその体に強化魔法の光を宿して今にも突っ込んでいきそうなほどに…


その意味を理解した生徒は口元を抑えた


「ん?あぁ、俺の家は元々このバグスター家の筆頭従者の家系でさぁ。強い従者を育成しないといけないって事で、定期的に強い血を取り込まないといけないじゃん?だからさ…時々貸してもらってたんだよね」


ーー女の勇者ーー


おえっ…と一部の女子生徒が嘔吐する声が聞こえる


眼の前の男達が、同じ人間には見えない程にその悪行と狂気は暴走し狂いきっていた


「いやぁ、俺も勇者の女の子と子作りすんの楽しみだったのにさぁ。ジンドー、魔法陣壊しちゃったんでしょ?そうそう!家の地下にさ、馬用の種付け台があってさ!そこに勇者を縛って一族総出で交代でヤるんだって!あー!俺も女の勇者が来る時に生れたかった!そうしたら…」


「黙れ…!それ以上喋るな…クソ野郎…!おい、レイン!強化魔法は使えるらしい…使える奴らで制圧しちまえば…!」


「駄目だ…!あの結界魔法具がある限りこっちから手を出せない…!まだどんな魔法具があるか分からない上に…遠距離攻撃のアーティファクトでもあるなら一瞬で崩される…!」


「っ…僕も強化魔法使えれば…!こんな…!」


ユータスの血管が今にも切れそうな具合に血が登っているがレインドールは歯を食いしばってその決断を聞かせる


どこまで勇者を下に見ればそれ程までに凄惨な真似が行えるのか…


周囲の服装もバラバラな男達がズォーデンの言葉を聞いてペトラの確保を行うべき近寄るが、それを強化魔法が使える生徒…レインドールやユータス、ペトラとマウラは勿論数名の生徒は応戦の意志を示す


あの話をした連中に女子生徒を渡すなど…何をされるか分かったものではない


あまりにも分が悪い…数も違う


さらにユージンという男の強化魔法と体術は相当なレベルで鍛えられているのはついさっき確認した。この肉体能力も勇者の遺伝というのならば始末の悪い話である


「…っ他の生徒は置いて強行突破で逃げるとか…?その足で王国騎士団に助けを…!」


「残して行けるか…!ラヴァンの王族としてこいつらに背を向けるのは論外だ…!」


「言ってる場合かよ!?ここは一番生きなきゃいけねぇレインと狙われてるクラリウスを逃して俺達は殿だろ…!」


「ん…っ…どうにかする……っ」


「馬鹿を言うな!っこやつらを野放しは有り得ん…!我だけ逃げるだと…!?この中で我より強い者が何人おる…!抜けれる訳なかろう…!」


背中を合わせて言葉を重ねるが解決策は出てこない


他の生徒という重しが単騎の強さに強烈な制限をかけてしまう


ユージンも壇上から降りてこちらに向かってくるが、その顔は緊張感の欠片もない…このまま目的の少女を引き摺って壇上に当たり前のように戻ることを考えている顔


その彼らの緊張を破るように


突如として…大講堂の正面に構えられた両面開きの大扉が木っ端微塵となって吹き飛んだ







「引きなさい。私は話があると聞きましたけれど…生徒に手を出すと言うのなら帰らせていただきますわよ?…ズォーデン・バグスター」


「何やら切羽詰まっていましたね。いいタイミングでした…」




「「「ラウラ様!」」」


「シオンっ!?そなたっ」


「んっ…無事だった…!」



蹴りの姿勢のまま片足で立つシオンと、悠々と大講堂へと入るラウラの姿が、太陽の光を背に現れたのだった






「おぉ…おぉ!ラウラ・クリューセル…!お美しい…!またこうして会えたこと、心の底から喜ばしい!」


「私は二度と会いたくなかったですけれど…何故、生きていますの?…いえ、それはどうでもいいですわね。次は貴方の首が飛ぶ瞬間を目にするまでは、側から離れない事にしますわ」


「はっはっはっはっ!つれない事を言う!いや、先の生徒の非礼は許そう!大聖女ラウラ…この世界で最も美しく気高い女性よ!我輩は貴女を敬愛しているのだ…さぁ、もっと近くに」


演技がかった大仰な素振りで機嫌を直したズォーデンが手を招いてラウラを壇上へと招き寄せる


ラウラも無言でこれに応え、壇上の目の前まで歩み寄るが、その上に登ることはなく、生徒達の先頭に立つ形でズォーデンと相対した


生徒達とズォーデンの間に立ち、彼らを背に庇う形で


「要件を、お聞きしますわ。私、機嫌が良くありませんの…碌な用で無ければ私の怒りに触れると知りなさい」


「碌な用で貴女を呼ぶはずもあるまい!これはとても重要で、素晴らしい話だ。縁起も良い、我輩の構える王国の新たなる門出にこれほど相応しい事も無い!」


ズォーデンが手で払うような仕草で生徒達…ペトラに詰め寄ろうとしていた手先を追い払う


目の前まで来ていたユージンもラウラを間近で見つめ「これが本物のラウラ・クリューセルか…!すごいや、初めて見た…!」と物珍しげにしており、壇上の鎧姿の男すら「ほぉ…」と感嘆の声を漏らす


それほどまでの存在感が、彼女にはあった


この劣勢に物怖じしない心が


引くこと無く敵と対面する姿が


あの慈母のようなラウラの、鋭く全てを突き放す視線が


生徒達に活気を取り戻すほどに、彼女がやって来ただけで空気が変わっていく


「それで、要件は何かしら?私、暇ではありませんの。貴方の『自分が考えた最強の王国』ごっこに付き合える程時間は無くてよ?」


「…そう言っていられるのも、今の内ですとも。我輩の王国はかの暴虐の勇者ジンドーを討ち滅ぼす為の精強な国家となるのだから!一国の軍事力とガベルの魔法と魔導具の知識が合わされば敵など居ない!さらに外部に強力かつ特別な戦力も用意してある!そこに…そう、大聖女の貴女が居れば尚更あのような野蛮人など相手にもならない!」


「話になりませんわね…まだそのような妄言を続けていますの?事実、この世界を救ったのは貴方達ではなくジンドー…それを子供のようにゴネて『自分の方が偉い偉い』と騒ぎ続けて…」


「違ぁぁァァァァう!……ッ我輩達は英雄だった!この国を、世界を守ってきたのはこの世界に生きる我輩達なのだ!それを!我輩の王国で証明してみせよう!だから、大聖女ラウラよ!」


嘆息を漏らすラウラに声を荒立てるズォーデンは、もはやその意見すら耳に入れたくない様子であり、なんとか大声を立てて聞かないようにしているようにすら見える


己への権力願望が、英雄願望が、劣等感と高慢さが、自分の視野を極端に窄め、まさに子供のようにがなり立てる


歴代積み上げてきた勇者への傲慢と、踏み付けてきた筈の相手に全てを覆された事実が理性をなんの役にもたたないクズへと変えてしまっている


「…我輩の、初代王妃としてその身を捧げよ、ラウラ・クリューセル!そうすれば他の生徒もこれ以上傷付けず、我輩の王国で次世代を担う若手として世話をしてやろう!その仲間も我輩の配下として取り立てる、筆頭騎士として!」


手を差し伸べてるズォーデンの言葉に生徒達が動揺を表す


生徒を生かして自分の国に…そんな話は最初から建前であり、この男は世界を救い出した世界一の聖女…ラウラ・クリューセルを手に入れる為の人質として取って置かれただけだと気がついた


それも「王妃」と来ている…戦力的や価値的に手に入れるだけではない、「男」として、ラウラ・クリューセルを自分の「女」にする気なのは丸見えだ


…それは昔からだった


幼き日の頃からズォーデンには言い寄られていた


主に…息子の婚約者としてどうか?という打診がクリューセル家に毎日のように届けられていた程に


しかし、日に日に美しく、大人びて成長していくラウラに…息子なんかに差し出すのは勿体ないと思うようになった


己の愛人…いや、正妻の座を無理矢理開けて座らせてもいい


自分の横に、自分の下に…この女を組み敷くのは自分でなければならないと考え込むようになった


「駄目ですラウラ様!こんな男…!約束を守る訳もない!言ってることが滅茶苦茶だ!」


「そうです、ラウラさん。聞く必要はありません…私達ならどうにか突破は出来ます」


「どうかな?王都の外に王国軍の数を上回る程度の戦力は纏めてある。…ちょっとした伝手があってね、この程度は簡単だとも。ま、素行はイマイチだが」


眼鏡の位置を直しながら当然のように戦力の数を晒すゲッヘナだが、これに驚くのはレインドールであった


ラヴァン王国は大戦により疲弊しているとは言え、数少ない『国を守りきった』国であり、その軍事力は世界でも最高峰に位置付けられる


そのラヴァン王国軍よりも数だけとは言え戦力を用意できるなど普通は不可能だ


間違いなく、職を失ったならず者や裏稼業の人間、といった者達が多数を占めている…そんな連中が「軍」と称して王国を出入りするようになれば、まず治安は崩壊するだろう


ズォーデンは彼女の返答を…色良い返答を確信していた


かつて、自身を勇者と名乗らせた馬鹿な貴族を用意した際はわざわざ一方的に開かれた婚約パーティーに出席までしたのだ


彼女は大衆や周囲の為に自らを差し出す女である…それを確信しているからこそ、これだけの生徒を確保しておいた


「下がってくれラウラ先生!外に大勢居たとしてもここでアイツのとこに行く必要ねぇよ!オヤジに話届ければすぐに軍が動く!それまでは徹底抗戦だろ!」


ユータスが前に出るが、その肩を抑えて後ろに下げるラウラに「ラウラ先生!?」と驚きを隠せないユータスだが、彼女の目を見ればそれが諦観ではないのがすぐに分かった


どこか自信があり、不敵で、安心しているような表情はこれからあんな男に身を差し出す女性のものではない


「ラウラ・クリューセル…止めておいた方が良い。我輩も流石に知っているぞ?貴女は魔法が使えなければ大した戦力にはならん事ぐらいは、な。貴女は自分の前に優秀な盾となり鉾となる者がいてこその大聖女…それでも、我輩達と一戦交わそうと言うのか?」


「…その通り、ですわ。魔法が使えなければ私はただの小娘…本質は援護と回復…前衛を務める方が居てこその『聖女』…何も間違っていませんわね」


「で、あろう?諦めて我輩の元へ来い。我輩が貴女を守る守護者となろうではないか!我輩の後ろで、我輩の為にその身を差し出すのだ!」


はぁ…と溜息をつくラウラ


嫌というほど、自分の事を考えて練られた策と行動


うんざりするほど、人を集めて大掛かりに仕掛けられた罠


溜息だってつきたくなる


返答なんて決まっている


「下がりなさい、皆さん」と生徒達を下がらせて


この状況での「最善」を口にするだけ…





















「お断り、ですわ。私のタイプじゃありませんの、貴方」




すっぱり、あっけからんと断った



「ここに来たのは別に、貴方にこの身を捧げる為ではなくてよ?私は…この場の生徒の皆さんを助ける為に来ましたの」


「生徒達を盾にして、後ろから我輩達に何かすると?無駄だラウラ・クリューセル。この場に貴女を、貴女が活かせるような者は居ない、ただ1人の…この我輩を除いてな」


「あり得ませんわね。どんなに優秀な生徒でも、どんなに優秀と言い張る輩でも、私の前に立って戦うなんて言語道断ですわ。私に背中を預けて良い、私が全てを預けられるのはこの世界でただ一人でしてよ?」


額に青筋を浮かべるズォーデンはその苛立ちを隠そうともしない


しおらしく自分の元にやって来るはずだったのに、何故ここまで自信に満ちた彼女がこちらを睨みつけているのか


自分以外に誰をそこまで信用しているのか、それが気に食わなくてしょうがない


だからこそ、最後はいつも…


「もう良いッ!すぐに大聖女ラウラを我輩の元に連れてこい!」


強硬手段になる


手勢を率いて、確保に乗り出す


ユージンを始めとした己の兵隊が彼女を自分の足元に連れてくるのを、疑いもせず


なのに何故…この女は慌てる素振りも見せないのか





「さぁ!久し振りにやりますわよ!力を貸しなさい、!」




信頼と確信を持ってその名前が彼女の口から放たれ


その直後、大講堂の天井の一部が木っ端微塵に内側へ吹き飛び漆黒の影がラウラの眼の前に着地する


外の光が入り込まない大講堂の天井を抜き、そこから降り注ぐ陽光の中…漆黒の鎧は片膝と拳を地面に打ち付けるような格好で姿を表した


黄金に光る鎧のラインがさらに神々しく陽の光と共に輝きを放ち、双眸のバイザーがどこか壇上を睨むように光を灯す


全員が息を呑んだ


眼の前に突如として降り立った伝説を前に、誰もが言葉を失った


生徒達の全員が、「もう大丈夫」と無意識に心の中で思ったのだ


だって、目の前のあの存在は、人どころか…



「世界」を救った者なのだから






「な、ぜ……何故貴様がここに居るジンドォォォォ!?ありえんありえんありえん!あれ程の大騒動を引き起こして何故王都に居る!?ユカレストに居たはずだ!魔神族を追ってどこかへ消えた筈だ!何故王都に…学院に貴様が居るんだァ!?」


真後ろに尻餅を着いて、後ずさるズォーデンが震える指先で漆黒の鎧を指しながら幽霊でも見たかのように首を振る


ゆっくりと立ち上がり、双眸のバイザーをズォーデンに向けるジンドーは、元の声があまりにも分かりづらいマシンボイスで息を漏らす


『……変わらないな、お前は。俺が何故ここに居るかはどうでもいい。問題は…お前達がここに居る事だ。3年前に残しておいた因縁を…片付ける。その為に、俺はここに来た』


誰も聞いたことがない、勇者ジンドーの声は明らかに生の声ではないが、そもそも彼の会話する姿を見たものはほぼ存在しないのだ


間違いなく、目の前で起きているのは歴史に残る瞬間なのだ、と…このばの誰もが理解していた


「おいおいっ、ホンモノかアレ!?俺初めて見たぞ!?…頼んだら握手とかしてくれんのか…?」


「無理だってユータス…!怒らせたらどうなるか分からないんだから…!僕達まで吹き飛ばされたらどうすんの…!?」


後ろでユータスとオルファが物珍しく、ちょっとテンション上がり気味で話す声が聞こえてくる

それ程に、誰もが見たこともない、見ることが出来ない物語上の存在が、目の前にいるのだ


だが…レインドールだけが複雑な表情で顔を伏せていた


王太子であり次期国王とされるレインドールは全て知っている


見てきたし、聞かされてきた


彼の怒りは最もであり、どう足掻いても自分達ラヴァンの者が彼と顔を合わせる事などできないと思って来た


幼い頃に見たが、二度と会うことは無いと信じてしまうくらいに、彼との縁は存在しないと思っていたのに


どんな顔で、彼を見れば良いのか分からない


なんと言葉をかけて良いのか分からない


生徒として?王族として?王国として?1人の助けられた者として?


どの顔も、会わせられる訳がない


なのに…


『…レインドール王子』


彼はその作られた声で自分の名前を呼んだ


はっ、と視界を上げればゆうジンドーがこちらを向き、目の前まで歩いて寄ってきている


思わず後ずさりそうになる…自分の存在が彼を怒らせてしまったのか


かつての報復を自分に向けられるのではないか


彼の鎧の手がこちらに伸ばされ、反射的に目を瞑る…が


硬く冷たい鋼鉄の手は…レインドールの肩に軽く乗せられただけだった


『良くやった。後は任せてもらおうか。ここからは…『勇者』の仕事だ』


「っ!!」


思わず目を見張った


顔上げた時には既に、彼は背中を向けてしまっていたが、それでもレインドールのは彼の背中を見つめ続けていた


声が出そうになる


「申し訳なかった」と声を上げて頭を下げてしまいそうになるが、今、それは求められていないのは良くわかっていた


だからこそ、震える声を抑え込んで「王太子」として、声を張る


「っ…全員、講堂の中心に集まれ!強化魔法が使える生徒は他の生徒の前に出ろ!」


彼らの邪魔をしないように、最善の選択肢をとろうと生徒達の指揮を取る

その声を背中に聞きながら…前に出た勇者の横に、黄金の髪を揺らせて寄り添うほど近くまで側に着くラウラの悪戯な声が鎧越しに彼の耳へと入る


「やっぱり、変わりましたわね。あの時から分かってはいましたけれど…来てくれると、信じていましたわ。でなければ私、虚空に話しかける虚しい人になっていましたわよ?」


『…ちゃんと来ただろう?それよりも…本当に久し振りだ、もう4年近く前か。使?』


「あたり前ですわ。あの時よりも、私もっと強くなっていますの。見せてさしあげますわ…貴方の「聖女」がどれ程の女かを」


不敵に言い切るラウラに、己の手にしていた巨剣…世に『アルハザード』と呼ばれ知られるその剣を、ラウラの目の前にせる差し出し…講堂の地面に突き刺す

と、その柄に掌を乗ラウラは懐かしそうに笑みを浮かべた


「…本当にジンドーだな、驚いた…まだ会う予定は無かったんだがね。今まで何処に潜んでいたのかね?」


『ゲッヘナ・ガベルか。…どうした、いつもの狂ったような子供に見せられない汚らしい笑顔はどうした?随分と…顔が引き攣ってるじゃないか』


「ッ貴様も、なんだその口数は。まるで人が変わったようじゃないか。もっと黙り込んでた方が似合っていたぞ?今まで何処に居たのか知らないが…のうのうと貴様のような化け物が生きる場所があったとは驚きだ。1人で寂しく生きてきたのか?くっくっ…それはそうだろう!化け物と人間は相容れんからねぇ!」


『その通り…ああ、本当にその通りだゲッヘナ・ガベル。…………この前まで、俺もそう思っていた。今はお前の、その幼稚な煽りに何も感じない』


僅かな哀愁を見せた勇者だが、それはすぐに違うことを表す


平然と、受け流した言葉には続きがあった


『受け入れてくれる人が居た…俺を真の化け物だと知って、そんな事はどうでも良い、と跳ね飛ばした人が居た。……あったんだよ、俺にも、居場所が』


ガベルが言い詰まるのが良く分かった


かつて、こうしてジンドーだけではなく先代、先々代勇者にも精神を潰して掌握をしてきたガベルもズォーデンも…いや、全ての勇者にそうしてきた歴代のガベル、バグスターも恐らく初めてだろう


全く、意に介していない勇者は


平和な日常からただ1人でこの世界に連れて来られて血腥い戦いに身を投じ、擦り減った精神をさらに追い詰めて来たのに


強がりでは無い…本当にそう思ったのだろう

声には自信があり、本物を知っているのがよく分かる…そうである以上はどんなにこの手の言葉を重ねても、ジンドーには微々たるダメージも与えられない


「もういいッ!生徒を何人か連れて来い!我輩に手を出すならば手当たり次第に何人か殺す!ゲラルド!着ている鎧が飾りではないならジンドーを止めろ!」


「仕方ない…まぁ、ようやくこの鎧の出番が来たから良しとしよう。ちょうど、ジンドーも剣を使うようだ、俺の剣の方がかの勇者よりも優れている事のいい証明になる。あの剣、アルハザードは俺の装備にしてもいいな?」


全身鎧を身にした壇上の男、ゲラルドが壇から降り、緊張感もなく前に出る


その鎧からは確かに、ただの鎧からはではなく魔力の波長が感じ取れるのは、アーティファクトや魔導具だからだろうか


「くくっ!ゲラルドの鎧は貴様から着想を得て創ったアーティファクトと魔導具を組み合わせた魔導鎧装だ!随分と時間はかかったがその分性能は凄まじい!まさに一軍に匹敵する、傑作品だ!」


ゲッヘナの自慢気な笑いと共に近付くゲラルドはその腰に吊り下げられた騎士剣を引き抜き、素振りのように空を切る音を立てさせる


騎士剣の柄に嵌まった宝珠が光を放ち、刃全体に魔力のスパークを纏わせる姿はただの剣ではないことを明らかにしており、間違いなく剣も魔導具かアーティファクト…


それは間違いなく、勇者ジンドーの装備を模倣して作られたものだった


古代の遺跡やダンジョンの奥地で手に入る太古の遺物である、絶大な魔法効果を持った道具『神話遺物オーパーツ』、そして、それに類する力を持つアーティファクトは現代の人間が神話遺物オーパーツを可能な限り再現できる最高峰のアイテム


造り手は大きく限定され、一流の魔法使い達と魔導具職人のペアで作成するのが基本となる『最も制作難易度が高い』魔導具である


それを多数装備するなど大富豪どころの話ではなく、高位貴族ですら護身用で2,3持っていれば多い方である


全身を覆う鎧や持つ武装が全てアーティファクト、等という非常識な存在は勇者ジンドーが初めてだったのだが、その強さに誰もが震撼したのだ


『で、あれが俺のコピー品か…。うぅむ……ここまで意識して真似されると流石に恥ずかしさがあるな』


「…言ってる場合ですの?」


しかし、腕を組んで右手を顎の部分に当てながら頷く勇者に半目で思わずツッコむラウラの2人に、緊張感は全く無かった


「その余裕も今のうちよ、ジンドー。さぁ、剣も取りたまえ、俺の剣技に勝てるなら、な。残念だが、このアーティファクト『ヴァイヴァーソード』と俺の技が合わさった以上…勝ち目はないだろう」


余程自信があるのか、見せびらかすように振るわれる剣型のアーティファクトであるそれを紹介しながら自信を持って近寄るゲラルドに、当然のように頷く勇者

 




『それはそうだろう。だって…俺、剣なんか使えないし』




「「「「「「「「「……えっ?」」」」」」」」」



その衝撃の独白にラウラ以外の全員が顎が外れたように驚き、驚きのあまり敵も見方も暫く沈黙が漂うほどだった


勇者ジンドーと言えば、鎧姿とセットで有名な剛剣、アルハザードがトレードマークのように知れ渡っている

事実、稀に勇者ジンドーの戦いを見た者の中にはアルハザードを振るって大型の魔物を叩き伏せている場面を見た者も居るだろう…なのに…


『え、使えないの?』


と誰もが思った


「あー…私も最初はこんな反応してたような気がしますわ…。こんな剣みたいな物担いでいたら剣士と思われるのは当たり前でしてよ?…ちなみに、ジンドーはいつも、基本的に近づいて殴るストロングスタイルですの」


『…確かに…。一応刃も着けたから剣としても使えるしな、アルハザード。確かギデオンにも同じようにツッコまれた事があった…』


「どちらかと言えば、大型の魔物や雑魚を蹴散らす時の刃物付き鈍器、くらいの感覚でしたわねぇ。ジンドー、剣を使った事とかありませんの?」


『戦いの無い世界から来たのに剣なんか握ったことある訳ないだろう』


ラウラとジンドーの会話が講堂内の者達の度肝を片っ端から引き抜いていく


じゃあ何故こんな剣作ったんだ…誰もがそう思ったのを感じたラウラが悪戯な笑みを浮かべて、アルハザードの柄に掌を当てる


「これは、こうやって使いますのよ。……さぁ、起きなさい、アルハザード!」


彼女の言葉と共にアルハザードの刀身に光の線が走り、分厚い刀身…と思われていた部分が金属プレートのパーツとなって音を立てて展開されていく刃先から柄の根本まで展開されたその姿は、どちらかと言えば…盾に近い形へと変形を果たしていた


「…略式展開『グリゼリアの城塞』!」


ラウラの宣言が如く唱えられた言葉は、すぐさま力ある現象となって現れた


黄金の立方体が一瞬にして生徒達を取り囲み、それが即座に連結してドーム状に囲い込んでしまったのだから


その力は、間違いなく…


「バカな…ッこれは『慈母抱擁アマティエル』か!?な、なぜ魔法が使える!?我輩の…ッ我輩の『貪者の心臓』はどうしたッ!?」


生徒達が一瞬にして黄金の壁に囲まれてしまい、これでは一切手が出せない…最大の強みであった人質や巻き込む恐れを押し付けた制限が全く意味を成さなくなってしまったのだ


そもそも、この魔法が霧散する空間で平然の大規模な魔法を操るラウラはどんな裏技をしたのか…


「ちゃんと効いてますわよ、『貪者の心臓』。ですが…世界を旅した私達、特に勇者ジンドーがこの程度の現象を対策していないとでも思っていますの?」


『アルハザードは剣では無い。あらゆる状況で戦闘、生存の補助を可能にする為の汎用サポート型の魔導具だ。アルハザード内部に魔力ではなく機構的に構築させた魔法回路を様々な組み合わせで変形させ、使用者の魔法を「魔力的構築無しに」発動させる…昔は、他を守るのが面倒で自分の身は自分で守らせる為に創ったんだが…思いの外、役に立ったな』


「アルハザードが無ければ死んでた場面はいくらでもありましたわね。まぁ、私達が持ち歩くには重すぎですけれど…もしかすると、旅の中で一番お世話になったのはアルハザードかもしれませんわ」


自分の錫杖かのように、地面に突き立てられたアルハザードを撫でるラウラにとっては思い入れのある魔導具らしい


アルハザードの内部には歯車状のプレートのようなパーツがいくつも搭載されており、この歯車には蜘蛛の巣のように魔法回路が物理的に彫り込まれている

この歯車が回転し、使用者の使おうとしている魔法と同じ魔法構築を物理的に回路で再現し、そこに魔力を流すことで魔力が霧散する場所であろうとも空間に魔力が散らされる事無く、回路内に保護された魔力が魔法の発動まで保たれる仕組みとなる


『さて、あとは俺の真似をしているファンの相手をしてやらないとな。…立派な鎧じゃないか、ゲラルド君とやら。特別に相手をしてあげよう』


「ッ…舐めるなよジンドー!」


指をくいくいと曲げて挑発する勇者に飛び掛かるゲラルドが剣を振りかざし、鎧の力なのか猛烈な踏み込みで瞬時に距離を詰める


一流の強化魔法を使えなければここまでの動きは不可能…これが着ている鎧の性能による物ならばアーティファクトとしては大成功の部類だろう




それに対し、勇者ジンドーは……





〜~~〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



後書きです


どうも、未知広かなんです

いつも読んで下さってありがとうございます

本文末ではありますけれど、少し失礼して…


いつも応援やコメント、☆を付けて頂いて本当にありがとうございます

気付けば50話に到達、pvは60000に到達しそうで驚いてます

正直、書いていて応援やコメント、☆がここまでモチベーションになると思わず、来る度にワクワクしています


今後も適当に書きたい話を書くつもりなのでお付き合い、よろしくお願いします


別サイトに舞台裏…まぁ要するにR18版の


『エンディング後の過ごし方AFTER』


も作ってみました

作中で「こいつらお楽しみすぎやろw」って部分を時たま書いて置いておく場所なのでアダルトな皆さんは良ければ覗いて見て下さい


書いてて楽しいですね、R18シーン


近況の方にURLが載ってます


後書きは特に止めて欲しい、等の意見が無ければ適当に書いてみようと思います

うちの子に話させても良さそうですし


今後とも拙作をよろしくお願いします

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