第50話 不和の要


「ズォーデン・バグスター元軍部大将とゼッヘナ・ガベル元宰相…ですか?」


「その通りですわ。バグスター家に伝わっている秘宝こそが『貪者の心臓』ですの。この2人に関しては…この国でも殆どの人間が知らないとは思いますけれど、はっきり言いますと…このラヴァン王国において、かつて最大の貴族の2つであり…最も忌むべき大罪人に当たりますのよ」


「大罪人って、そんな人が国家権力の内2つを担当していた事になりますが…それも外に公表されないなんて…つまり、今回首謀者の可能性が高いということは、その2人が脱獄した、ということですか?」


「……いえ、そうではありませんわね。この2人は…3年前、魔神討伐を果たした勇者…ジンドーの手によって抹殺された筈なのですわ。貴女にもお見せしたでしょう?…あの勇者達の霊廟の惨状を」


「っ…あれが…いえ、と言うよりっ…その2人は勇者からの敵意を買って殺された、ということになりますが!」


「その通りですわ。そのあまりにも身勝手で欲望に忠実で倫理観を無視した極悪非道の邪悪こそが、この2人…王宮に寄生する病巣そのもの、と言っても過言ではありませんの。いつの間にか代々軍部と宰相に自身の家の者を後継に据えるようになり、その誰もが横領、コネクション、権力乱用、婦女暴行、虚偽報告は当たり前。ですが、あまりにも当家の力が強すぎだ…権力、人脈、情報等の観点から、王宮はもはや何百年も彼らを排除出来なくなっていましての」


「そ、そんな犯罪全部やってきたような人間が何故っ……そもそも、政治職に完全な世襲を用いるなどもっての他です。能力により選出された結果ならばまだしも……」


「えぇ。どれだけの犯罪をしていても、王宮は…いや、国は最早このニつの家に依存させられていた、といってもいい状態。長い年月をかけて王国は彼ら無しでは立ち行かなくなる程になっていて、王族ですら強く出れない程力を付けていましたの。ですが…当代に移り、彼らの最大の罪が明るみに出ましたわ」


小走りで駆ける2人は現在、教室のある棟へ向かっている最中だった

シオンはともかく、ラウラはその容姿から想像できない程に健脚であり、強化魔法も無しに普段から近接戦をメインでこなすシオンの横を平然と話をしながら並走している


だが、そのラウラの表情はとても優れない


「………勇者の人権剥奪、及び私的利用…それがあの2人の、いえ…バグスター家とガベル家が犯し続けてきた最悪の罪ですわ」


「はっ!?人権剥奪に私的…っそんなの奴隷以下の扱いではっ…い、いえっ!ロッタス山で勇者ジンドーが言っていたのはまさかっ…!」


「そう、ジンドーが話していたのはまさしくこの事ですの。今回明るみに出て、当主2人が消されたことでこれまでの悪行がすべて判明したのですが…恐らくは…少なくとも500年以上前から行われてきたと推測されていますわ。目に着く所で言えば……勇者への虐待、私的な目的による勇者の戦力使用、贅沢漬けによる洗脳、元の世界への帰還を匂わせた無謀な作戦、死亡前提の戦力運用、女性勇者への性的暴行及び強要、魔法誓約書を用いた一方的な隷属契約…といったところでしょうか」


出るわ出るわ、叩かなくともボロボロと出てくる邪悪の限りを尽くした悪行の数々

それは人に行える全ての悪意を行った、とさえ言える悲惨極まるものだろう


シオンが言葉を失うのも無理はない

 

『世界を救いに来てくれた勇者』という輝かしいストーリーの裏にこんなにもどろどろと汚れきった内情を抱え込んでいたのだから


「あの日……勇者の霊廟にてバグスターとガベルはジンドーに全てを話し、自分達に従属するように命令をしましたわ。彼の心を折る為に、今までの勇者をどうしたのかを語り聞かせ、彼には最初から味方など居ないと…この世界での勇者達の全てを否定した。そして……」


「…勇者ジンドーは怒りのあまり全てを破壊した、と…。そういうことですか…他の勇者に関わることを禁じたのもそのせい、そして勇者の遺骸や遺品が彼に持ち去られたのは…そんな扱いをした者達に預けておけないから…」


「バグスターにとって『貪者の心臓』は切り札でしたの。今までの勇者ですら、その特別な魔法…特異魔法オリジン・マジックを封じてしまえば人より強い唯の人だった。強化魔法が使えた勇者も、バグスターの元に集まった私兵達に囲まれれば…数の暴力により袋叩きにされ…隷属を余儀無くされた。ですが……そこに天敵が、現れた。120人目にして…手に負えない最強の勇者が出てきてしまったのですわ」


「っそうですか。先程言っていた『勇者ジンドーの魔法兵器は何の制限も受けずに機能する』…それは、このアーティファクトの影響下でも全力の戦闘が可能ということです。そして魔法兵器を無数に従える勇者ジンドーに数の利は役に立たない…その2人は太刀打ち出来なくなってしまったんですね」


「召喚された当初は、恐らく…まだ子供だったジンドーと戦闘向きではない特異魔法という事に油断していたのでしょう。ですが、あの鎧を、試作とは言えわずか数日で完成させ、そして数ヶ月も経たず…ジンドーは己の兵団を築き上げた。気付いたときには手も足も出なくなってしまいましたのね。そして、別の手段に出ようとしましたの」


「確かに、その方法で勇者を隷属させていたのなら勇者ジンドーは間違いなく…天敵と呼べますね。別の手段とはいえ…この時点で勝負にもならない筈ですが…」


「…人質、つまりこの地で彼にできた親しい人物を盾にしようとしましたのよ。ですが、これも上手く行かなかった…己の行動が災いし、ジンドーはこの世界の誰一人として信用することは無くなってしまった…取れる人質など存在しなかった。彼らにとって正真正銘、突ける弱点が無い最悪の勇者となってしまったのですわ」


あの時、王宮の裏にそびえる勇者の霊廟で見た衝撃の光景が蘇る

その理由が、シオンには、ようやく分かった


そして、勇者ジンドーはただ1人、この世界で…たった1人で生きていた…ということを理解した


勇者ジンドーとラヴァン王国との不和の原因はここにあったのだ





話に一区切りを付け、ようやくクラスの集まる校舎が目前まで迫るが、妙な事に…人の気配がない


それは学生や生徒はおろか、襲撃者と思わしき者達の気配すらどこにも無いのだ

ラウラのように学生を人質にするつもりならば1人も居ないのはどういうことなのか…


「どこかへ連れ去られた…ということでしょうか?…いえ、この短時間で大勢の生徒は遠くに移せない…一箇所に纏めた、と見るべきでしょうか」


「一番考えられるのは、その線ですわね。さて…グラウンドか、模擬戦用の屋内広場か、食堂か、大講堂か……候補が多いですわね…。あの男は話を聞く前にジンドーが消してしまいましたから…」


そう、ラウラを人質にして連れ出そうとしたバンダナの男がどこに彼女を連れて行こうとしたのか、聞き出していなかった


というか、聞く前に勇者の魔法兵器によって頭を貫かれてしまったのだから、聞き出すタイミングも無かったのだ


巡回の敵勢力が居ればわざと捕まって案内させるなり場所を吐かせるなり出来たのだが、一番の予想外は学院内に敵と思わしき人影が居ないことだ


武装勢力による制圧にしては妙である


普通ならば残ってる者が居ないか巡回が居そうなものだが、それらしき影すらない


不気味なほどに静かだ


「まずは構内を回ってみます。隠れてる生徒がいるか探してみないと…」


「いや!その必要は無い!俺が全て見て回ったからな!」  


「っ!?」


シオンの言葉に思わぬ方向から声が聞こえてきた


真上だ…いや、正確に言うなら校舎の上、屋上から物凄い大きな声で返事が帰ってきた

太陽を背にしたシルエットは大きく、腰に当てた手と腕はまるで丸太のように筋骨隆々で、学院教師が来ているYシャツはみっちり鍛え上げた大胸筋に生地そのものが悲鳴を上げている


短い茶髪をオールバックにしたその男は「とうっ!」と声が聞こえそうな勢いで、まるで水泳の飛び込みのように屋上から飛び降り、地面を揺らす勢いでラウラとシオンの目の前に、2本の脚で着地を果たす


そう、その男こそ…



「っオーゼフ先生っ!」


オーゼフ・ストライダムであった


今日も彼の筋肉は絶好調のようだ


「オーゼフさん!校内の様子はどうですの?私達は先程まで大図書館に居ましたけれど、こちらの方は…」


「ああ!全ての階を回って見てみたが、見ない方がいいぞ?ラウラ先生にシオン・エーデライト。…中は死体の山だ、そこら中が鮮血で真っ赤に塗装されている程だ」


「死体っ…!?そ、それは…っ!」


シオンの脳裏に最悪の光景が浮かび上がる


が、それはオーゼフが首を横に振ってすぐさま否定した


「いや、心配はいらん。生徒ではない、全て襲撃者達の死体だ。片っ端から確認したが、一先ず校舎内に学院側の死者は居ない!あと、魔法科の先生に見て回ってもらっているんだが、爆発系の大規模魔法がそこら中に仕掛けられていたらしい」


「…仕掛けられて『いた』…ですか?解除には魔法が必要のはずです、急いで校舎から退避したほうが…」


「そうだ、見つけた時にはどの魔法も既に解除されていた。最初に爆発した魔法管理棟を除き、爆発系魔法は1つも起爆していない。明らかに、何者が俺達より先回りをして奴らを叩いている、といったところか!さて、こいつが敵か、味方か…」


「味方、ですわ。間違いなく」


考え込むオーゼフに被せるように断言するラウラに彼も大口を開けて笑いだす


「バッハッハッハッハッ!そうかそうか!ラウラ先生が謂うなら間違いあるまい!先程調べてきたが、生徒達が集められたのは大講堂だ!だが、敵の戦力の大半は二分割されて集中的に配備されていた。1つは大講堂、もう一つは魔法管理棟だ!」


「魔法管理棟…?なぜでしょうか…学院の防衛システムが無効化された以上、破壊こそすれど占拠して守る必要は無いのでは…いえ、利用価値がある…?魔法による学院全体の防御を利用…国軍の侵入を阻止…?」


「あり得ない話ではありませんけれど…彼らの目的が分かりませんわね。生徒を人質に何を…ただのテロなら王宮に何かしらの要求があるはず…ですがあの2人のことです、どちらかと言えば…復讐の可能性が高い…ならば、学院よりも王宮に用があるのでは…」

 

「なにやら難しい話だな。だがしかし!まずはこの魔法不可空間をどうにかしなければならんな!こんな広範囲に張られては先生方も力を振るえん、突入はその後だろう」


迷走するラウラとシオンに、まずは大きく目標を立てるオーゼフは流石にプロの冒険者だったと言うべきか、考えるより目の前の目標をこなす事を優先する


時と場合によるが、今の場合犯人の事を考えても仕方ないのは確かだ

一刻ナアナまた主弓山々ちまも早く、敵を制圧する。その為にこの魔法使用を封じるアーティファクトを破壊するのは最優先と言える


こういう時に実戦的な考え方が出来るのは優秀な冒険者の証である


「…いえ、待って下さい。こんな広範囲に………そうです、いくらアーティファクトと言えどこの広大な学院全てをカバーできる性能なんて私の知る限りどのアーティファクトでも不可能です。結界系ならば、持ち運べる物で過去最大でも半径120m程度…小さな街より大きなこの学院を効果範囲に収めるなんてあり得ません。ラウラさん、『貪者の心臓』はそんなに巨大なアーティファクトなのですか?」


「えっ?い、いえ…一度しか見てませんが、確か手の平に乗る程度のアーティファクトですわよ?護身用にいつも懐に入れていたそうですから」


「…で、あれば…何かカラクリがあります。このまま敵の元に突撃してはいけない気が…アーティファクトの効果を増強するような魔法具なんてあるなら、一番しっくり来るんですが…」

 

シオンの思考への潜航はオーゼフの言葉を聞いてなお、止まることはなかった

むしろそこから気になる点を拾いだし、考える…


「おお!それならあるぞ!」


「「あるんですか!?」の!?」


オーゼフの「あぁ、あれね!」みたいな感じの軽い反応にラウラまで思わず声が出た


「なにせ、この学院を囲む識別魔法や防御魔法の結界はそれぞれ3つの魔法具を増強させて学院全域をカバーさせているからな!あ、これ極秘なんだったか…?まぁいい!とにかく、その魔法具やらを増強させる魔法具は…あそこにある。というか、あの建物そのものが、増強装置になっている!」


彼の指差す先を見て「…成る程。だからですか」とシオンが1人呟く

その先には円錐形の変わった造形をした、学院の中でも異質な建造物…魔法管理棟が聳え立っていた


そう、敵側の戦力外の約半分が集結する、魔法管理棟である


「戦力を二分に分ける筈ですわね…さて、どうしましょうか?まず真っ先に行くべきは、魔法管理棟ですが…」


「そっちは俺が行こう!魔法が使えない以上、ラウラ先生には敵首領との交渉及び時間稼ぎに当たってもらわねばならんからな!シオン・エーデライトはその護衛だ!放出も強化も使える優等生なら、その力を活かせるだろう!」


「で、ですがっ、流石にオーゼフ先生だけでは危険です!敵戦力の半分…不確定要素も混ざれば何が起こるか分かりません!」


「…いえ、そこは大丈夫かもしれませんわ」


単騎突撃と言うオーゼフの提案には流石に難色を示すが、以外にもこれに賛同したのはラウラだった


シオンもこれには「ラウラさん、いくらオーゼフ先生でも!」と言い募るが、それを手で制したラウラが一息漏らしたあとに「…寂しい独り言にならないと良いですけれど…」と呟き




「…魔法管理棟へのオーゼフ先生の援護は、貴方の兵団にお任せして良いですわね?………ジンドー」



直後、地面が内側から盛り上がり吹き飛ばす勢いで中から何かが現れる


6.7mはあろう巨大に四対八本の脚、背中には大型の砲塔と思わしき筒状のパーツが乗り、その他にも様々な用途不明のモノが搭載された鋼鉄の巨体は蜘蛛に限りなく似た多脚戦車にしか見えない

頭部と思わしき部分には赤く光る目のような器官があり、「オォォォォン…」不気味な機械音を響かせながらそれは立ち上がった


3人を囲むように、5体同時に、である


更に空からスズメバチの形をした魔法兵器が音を立てて5体も対空し、真上を旋回しており、校舎壁を爆発とともに破壊して現れた三対六本脚の多脚戦車のような見た目…先程現れた大型の八本脚を2m程に小さくしたモノが5体、周囲に着地する


「おぉぉおっ!?なんだなんだ!?魔物…では無いか。いや、なんだコイツら!?見たことがない怪物だが…」


「…勇者ジンドーの創った魔法兵器の軍団、その一部ですわ。先程、私達を援護してくれたのも彼らでしたの。まだ居るとは思っていましたが…まさか学院の敷地内にこんな大掛かりな兵器を隠しておいたなんて…」


「味方、でいいんだな?というか、勇者がなぜこの学院にこんなモノを残しているのか…まぁ、今はいい!使えるものは全て使わせてもらう!…使っていいんだよな?」


流石のオーゼフも見たことのない巨大金属の兵器達には少し疑問符を浮かべるらしい

視線を向けた先の大型兵器が顔と思わしき部分を縦に振ってるあたり「力を貸す」と言っているようだ


それは丸で、思考が存在しているようなリアクションだったという  


スズメバチ型がすーっ、と降りてくると脚を器用にオーゼフの肩やら脇やらに引っ掛けて洗濯物のように吊し上げたまま飛行を開始し、「おぉぉ!?飛んでる、飛んでるぞ!」とちょっとテンション高く、

それに続くように兵器達は一斉に移動を開始する


そんな様子を見送りながら


「さぁ、私達も行きますわよ」


「はい!」


彼女達も動き出すのであった





ーーー





バチッ…バチバチッ……バチッ…



蛇のようなスパークが迸る音が何処からともなく聞こえてくる


それは壇上に居る巨漢の男が己の妄想を垂れ流した結果に広がった構内の沈黙の中で一際大きく響き渡る…生徒も、襲撃者も、壇上の男達も、皆がその方向を見つめれば生徒達の人垣が次第に割れていき、その中央を一人の少女がゆっくりと前へ歩み出る


美しく輝く銀の長髪を靡かせて、同年代とは思えない鍛えられたしなやかで、起伏に富んだ身体を制服で彩った彼女は、顔を伏せて表情を見せず…ただ、莫大な魔力を身体に纏い、新緑色の放電現象がその身を駆け抜け続けているのを見れば…彼女の心は嫌でも分かる


この魔法が分解される影響下でこれ程の魔力放出のスパークか走るということは…分解されるよりも遥かに高い出力の魔力を常に放出し続けてる事に他ならない


常人ならば一瞬で体内魔力が底を尽き、昏倒して当たり前だ


それを、事もなげに体現しながら壇上の正面まで歩み出た彼女は…僅かに肩を震わせる


「…ペトラっ…どうしたの…?…ここでは何もしないって…っ…ペトラが…っ」


その後ろから瑠璃の髪を弾ませて駆け寄るマウラが慌てながら問い開ける


教室に彼ら賊が押しかけ、即座に制圧に動こうとしたマウラを抑えたのはペトラだった

当然、彼女であれば即沢に数人程度で乗り込んできた賊を蹴散らすのは可能だったが、他の生徒もいること、このクラスだけではない可能性が高い事を考えて、敵の全体を見るために目立つ事はしない…そう言ったのはペトラだったのだ


いや、途中までは彼女も同じだった

この大講堂に連れられて、皆が不安に声を押し殺して泣く者も居る中でペトラは気丈かつ冷静に「大丈夫だ。しばし耐えれば良い」と言っていたのに


あの壇上の巨漢がキレて訳の分からない事を喚きだし、レインドールがその男と怒気を交えて会話し始めてからペトラの様子が一転したのだ


様子がおかしい彼女に、マウラや友人のマーレ達も呼び掛けたのだが、全く聞こえていない…いや、それ程に勘に触れる事があったのか親しい彼女達ですら一歩引いてしまう怒気を感じる程に、普段のペトラとは違う状態だった


遂には歩き出し、魔力まで異常に放ち始めれば周囲の生徒も異常を察して彼女の進行方向を、モーセが海を割ったかのように開き始める



だが…彼女にはそれ程に、心が痛みに耐えられない程に怒りに触れる事があった…





「………あやつに心無い事をほざいたのは………ッ…!」



ーー『…教えてあげよう、お前達が好いた相手がどんな怪物か…』


ーー『俺のこの手が何千何万の命を奪い去ったか』



「……あんなに全てを恐れていたのは……ッ…!」



ーー『これが『勇者』だ!全てを、壊せる!壊せてしまう!』


ーー『歴史上最凶の破壊者にして…最悪の殺戮者だ』



「あんな思いをさせたのはァッ!」



ーー『今、この世に本当の勇者なんて奴は居ないッッッ!』


ーー『ッ…ただの、バケモンだッ!』















「貴様らかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッ!!」



大爆発を起こした


彼女の心が、怒りという言葉すら生温い煉獄の劫火の如き憤怒の咆哮となって爆裂する


直後、ペトラの姿が爆風を撒き散らして掻き消える…


いや、そうとしか見えない勢いで正面に飛び出していた


あまりにも膨大な魔力を噴き出しすぎて、その姿は新緑色の彗星と見間違える程に


その目は、彼女の激情を表すように魔力の色に瞳を輝かせ


そして、新星の如き魔力の光をその手に握り締め、壇上の巨漢に向けて


普段の彼女の戦闘スタイルとはまるで違う…まるで己の師が、先の決戦で自分に振りかざした一撃のように


明確な殺意の込められた破壊の一撃が振り降ろされた




「ヒッ…な、なんだ貴様!?」



まるで予想していなかった正面からの襲撃にズォーデンは豪華な椅子にふんぞり返っていたのを一転、あまりにも驚き怯えたせいで椅子からひっくり返り、無様に転がる


師匠譲りの拳撃はその腹目掛けて打ち込まれる…直前、壇上を境に硝子を継ぎ接ぎしたような歪な境界が、彼女の拳を受け止めた


バキバキバキバキッ、と不快な破砕音を立てて彼女の一撃は堰き止められ、膨大な魔力が境界と衝突し壇上の前に居た生徒達を、その暴風が真後ろに弾き飛ばしてしまう



「っ……!これは…っ……アーティファクトかっ」



「あはっ!すっごい奴いんじゃん!上手く行き過ぎて退屈だったからさぁ、遊ぼうよぉ!」


黒服の優男が狂気の笑みを浮かべて境界を乗り越え、ペトラに向けて飛び掛かる


その凡庸な見た目からはあまりにも想像できないアクロバティックな動きで空中で身を捻り、宙で動きを止めたペトラ目掛けて回転の勢いのまま踵を振り落とす


当然、そのまま無抵抗に蹴り落とされる訳もなく、激情と裏腹に冷静な動きで腕を交差させて、踵落としを受けるが、流石に唯の見た目通りの男ではない


その体には確かな強化魔法の輝きが込められ、人体がぶつかったとは思えない打撃音が二人を中心に鳴り響く


「あぁ、あぁ!凄いや、一発当ててもビクともしないじゃないか!もっと、激しくやろう!ねぇ、名前はなに!?どこの子!?何が好きで何が嫌いなんだい!?キミのこと、もっと知りたくなってきたなぁ!」


「ふざけた男め…っ!邪魔だ、失せろ!我の用があるのはその引っくり返った豚男の方だ!この手で捻り殺さなければ気が済まん!」


「俺の相手をしてる最中に他の男に夢中なんてツレないじゃないか!同士よりもオススメだよ、俺の方が!」


踵落としを受け止めた勢いで地面に、ズドンッ、と両足で着地をすれば目の前に降りた男が間髪入れずに回し蹴りを放ち、これを腕で受け止めたペトラが放つ逆側のストレートパンチを首を軽く捻って避ける優男は心の底からの笑顔で彼女に話しかける姿はまさに異常


その狂人狂気に飲まれることは無いものの、確かに腕に伝わる衝撃がペトラにこの男の腕前をビリビリと伝えて来る


(……ッ…この空間に魔力を散らされながらここまで張り合われるか…っ…こやつ何者だ…!?強化魔法だけとはいえ、我に追い付けるか……っ)


拳を空振ったペトラの顔に優男の掌が迫る

頭を掴むか目を潰すのか…碌な展開が待っていないのは間違いない。即座に身体の間に脚をねじ込み、優男の腹を蹴り飛ばして距離を取るがこの蹴りは距離を取るだけに留まってしまう


勢いも付けておらず、相手の強化も卓越しておりダメージと呼べる物は無い


「ねぇ!俺はユージン!キミは!?キミの名前が知りたいなぁ!こんなに熱く殴り合っているんだからさぁ!」


「気色の悪い男だな!我の好みでは無いわ!」


互いに距離を取りながら、互いに息1つ乱すことはない


その一幕の間に、駆け寄った男達3人がようやく巨漢のズォーデンを起き上がらせ、立たせる事に成功する


が、自分を助け起こした男達を振り払うように立ち上がればその視線は当然ながら自分へと強襲をかけた少女へと向けられる


「なんとッ!野蛮な…ッ!見よ!これが現在のラヴァン王国が育てる学生の姿である!ユージンよ、その少女を伏して我輩の足元に連れてこい!新たなる我輩の国の教育が……そう、我輩の教育が必要である!」


真っ赤な顔で捲し立てるズォーデンに視線を向けさえしないペトラに更に激昂するが、それすら彼女の気を引く事はない

今は目の前の男の事を考える彼女にあの程度の一撃で腰を抜かした男は敵として考慮はしておらず、むしろ取り巻きの男の戦闘力に思考を向けていたのであるが、それもあらなた声に遮られる


「馬鹿馬鹿、本当に馬鹿…私を抜きで出てくからそうなる。仮にも一流校なのに無防備にズカズカと出て演説とは…3年経ってもその慢心は変わらないなバグスター」


「黙れぃガベル!まずは我輩の威光を見せ腐敗の道を歩む学徒を導く事こそ王となる者の慈悲だろう!」


「その結果、私のアーティファクトの護りが無ければ腹に風穴が開いていた訳だが…。あの少女、相当な使い手だ。学院でも珍しいのではないかな?」


いつの間にか、そこに居たのはズォーデンとは対照的な、丸眼鏡を掛けた細見の男だった


まるで研究者のような膝まで届く白衣のような上着の下に、貴族位の者が着る礼服を着ており長い髪が目元を覆う長さの痩せこけた男


それが、片手にガラス製に見える正十二面体の何かを遊ばせながらズォーデンの側に近寄っていた


「ゲッヘナ・ガベル元宰相…!やはり貴様も生きていたか!答えろ!どうやってあの状況から逃げ延びた!」


レインドールの怒声が再び響く


ゲッヘナ・ガベル…隣のズォーデン同様、現在の宰相の前任を努めていた男であり、同じく3年前に勇者ジンドーの一撃で骨も残らず消し飛んだと思われていた男である


「あぁ、レインドール王子、お久しぶり。随分と大きくなった…体も、態度もな。この状況で声を出せるのは肝が太いのか馬鹿なのか…」


嘆息、と言わんばかりの溜息を見せるゲッヘナに視線を更に鋭くするレインドールだが、今度は隣のオルファが父の前任と言われる男に目を見張る


あまりにも、為政者だったようには見えない2人だが、レインドールとズォーデンの口から語られた公には無い裏話を聞かされれば真実なのだろう


「あまり自慢をするのもアレだが…私の家系が研究の果てに引き継いできた魔法…それを持ってあの窮地を脱したのだよ。空間の魔法は乱世を生きるには必須不可欠な物だ。魔力、コントロール、計算、座標…いくつもの課題と難題を抱える高位魔法「転移系」を私ほど効率よく使える者はそう居ないだろう」


「転移…!あの状況で、即座に転移魔法が使えたとでも…!?不可能だ!座標の選定と魔力のコントロールだけでも数分は要する筈だ!」


「だからこそ、研究の果てに辿り着いた魔法なのだよ、レインドール王子。当然、私も人の身…単身での瞬間に転移をするのは至難の技だが…そこはアーティファクトが全てを解決してくれる。そうジンドーが教えてくれたよ…その身でな」


気付けば優男も壇上に戻り、ゲッヘナに手を振り上げて「やぁ同士」と気安く話しかけているのが見えるがゲッヘナ自身は「はいはい」と言いたげに鬱陶しそうに手を振っている


その間にペトラの肩に手を掛けたマウラが困惑の表情を寄せており、ようやく少し冷静になったペトラも「す、すまん…ち、ちと頭に血が登って…」と目を伏せている辺り、自分のしたことが分かっているようだ


「あぁ、話の続きだったな。私の一族は座標の選定による手間ある方法で大幅に削減できたのだよ。あとは魔力さえ流せば発動する…魔力すら極力削減できたがやはり距離が開けば燃費は莫大だ。そこは…『貪者の心臓』に蓄えた魔力が役に立ったがね。いやはや…この『貪者の心臓』の影響範囲内であそこまで好き勝手に暴れまわれる怪物は、後にも先にもジンドーただ1人だろうな」


語り出せばすらすらと言葉が出るのは元より研究者気質なのか、むしろ語って聞かせたい、という雰囲気だ


転移魔法は高難易度の魔法だ


どこかへ行くにしても、通常ならば単身で魔法を使用すればまずは転移先はどこにするか、というのをその場から魔力の感知範囲を広げて設定しなければならず、コレに高度な集中力が必要となる


次に転移魔法を発動するが、これも魔法自体の構成難易度が非常に高く、集中して構築しても高位魔法使いでなければそもそも構築が一苦労となる


さらには現在地から転移先までの距離に応じて莫大な魔力が消費される


これは距離に追加して転移する物体の量も魔力量に加算される

よって誰かと共に転移や大荷物を出したままの転移は非常に燃費が悪く、大体の場合は初めから大規模魔法陣を地面に刻んでおいたり、アーティファクトを使用してこれらのプロセスを予め省略するのが一般的となる


つまり…


レインドールの言う通り、ここぞ、という瞬間に攻撃を避けるべく急いで転移して避ける…そんな即応性のある転移魔法など使えるはずがないのである


「だが制限を課すことで転移先の座標選定は瞬時に可能となったのだよ。私の代で、この転移魔法は完全な物になった!そう…私の最大の発明だとも!聞きたいかね!?」


ズォーデンの「また始めおって…こうなると長い…」と額を抑える姿が、昔からのゲッヘナの悪い癖だということを伝えて来るが、鎧姿の男が「まぁまぁ、同士。参考になるから悪くないではないか」と肩をすくめている


生徒達も既に新たな男が始めた意味不明の演説に恐れを隠せず、自分達が何故集められたのか、どうすればいいのかも分からず


気が付けばゲッヘナがレインドールに始めた己の奇跡的脱出劇を演劇のように身振り手振りを振りかぶって語り始めるのを聞くしか無い


ただ、この場の2人だけが…その違和感を感じ取った


「そう!私は転移先の座標を関連付けて簡潔に設定出来るようにしたんだ!『この私の行ったことのある……最も印象に残った場所』という制限の元に、瞬時に転移が可能なんだ!」







「……なんだと…?」


「っ…それって…っ」




あまりにも、聞いたことのある…いや、身に覚えのある転移方法に、2人の目が大きく見開かれた



ーーー


『校舎1階、2階、3階、制圧完了。爆破魔法、解除完了。敵性勢力のマッピング、問題ありません。寮周辺、殲滅完了。校門付近、確保完了。王国騎士団への匿名通報、完了。巡視に敵影無し。設置魔導具、破壊処置完了。講堂内モニタリング、依然問題ありません。魔法管理棟へと制圧部隊、到着、交戦を開始しました。…追加の情報、ラウラ嬢、シオン嬢両名が大講堂に到着、突入を開始しました』


「…よし、魔法管理棟はオーゼフ先生とお前に任せる、アマテラス。俺はそろそろ…」


校舎屋上、黒鉄のパワードスーツを太陽光に煌めかせ、光の灯ったバイザーの奥で目を細め、その場所を見下ろす


中で何が起きてるか、誰が居てどんな会話をして…誰がどう行動したのか、全て分かっている


これは己の背中にべったりとひっついてきた因縁


その全てを、完全な勝利で終わらせる為に






「大講堂に突入する」


『了解しました。ご武運を』





今再び、黒鉄の勇者が大衆の前に現れる

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