第49話 因縁の襲来


「たっ、大変です!学院各所に武装した集団が多数っ!生徒達が人質に…!」


職員室の扉を蹴破らんばかりの勢いでやって来た一人の教師の一言が職員室に居た教員全てに衝撃を走らせた


この学院への武装襲撃など、開校以来一度として無かった異例の事態…それはこの学院の防御の厚さが普通の物ではなかったからだ


魔神族との大戦すらも乗り越え、時に戦火に晒されようとも一度として、学院内部にその戦禍を招き入れたことは無かった不落の学都こそが、このヒュークフォーク魔法学院だった


それがなんの前触れもなく、いきなり学院内に賊が湧き出したかのような勢いで一斉に占拠されていくなど…


「そんな馬鹿な…!学院長に連絡は!?」


「ダメです!それが…先程もここに通信をかけましたけど全然繋がりませんでした!学院長にも連絡が取れません!」


「どうなってる!?すぐに生徒の救出にかからなければ…!」


「教頭!それがさっきから…魔法が使えません!なんなんだこれ…!おい!誰か魔法だせるか!?」


職員の1人が手を突き出して魔法を発動させようとするが、それは魔力の光が集まろうとした瞬間に霞の如く霧散してしまう


それを見た他の教員も各々が魔法の発動を試みるも…結果、誰一人として己の手に魔法を組み上げる事が出来なかった


これでは救出どころか生徒の二の舞いになることは確実である

何故なら、ここに居る者は皆、魔法の才能を買われて教職に着くものが殆でありそれが使えなければ一般の民と同じような者となってしまう


「ねぇ、これって…聞いたことしか無いけど…魔法構築拒絶マジック・リジェクションなんじゃない…?」


一人の女性教師が恐る恐る呟けば職員室中がざわり、と沸き立つ

聞いたことはある、その現象を実際に体験したことがある者は殆ど居らず、その知識も専門で研究している者もここには居なかったことが災いし為す術が無い事を自覚してしまったのだ


いや、生徒ばかりかこの職員室の教員も賊が押入れば抵抗出来ないと言うことになる

自分達も追い回される獲物になってしまった可能性が高いのだ




……唯一人を除いて



「バッハッハッハッハ!辛気臭い顔をしおって先生方!どれ、俺が行ってくるとしよう!」



この男だけは違った…漲る筋肉をミチミチと滾らせ、暑苦しく笑いながら、己の肉体を何故か見せつけるようにポーズをとっているのは何故なのか…


この場の誰よりも高齢なのに誰よりも大柄で筋肉モリモリのエネルギッシュな大男

彼はこの非常事態にも不敵に大きな声で笑い声を上げた


「む、無理ですオーゼフ先生!魔法が使えないんですよ!?この場は一旦立て籠もって騎士団の助けを…!」


「何を悠長な事を言っておる!生徒が人質…暴行の可能性も大きい!ならば!今すぐに行かねばならんだろ?マーナフ先生!この現象は自然的に起こるのか?」


「え?…い、いえ、突然発生するような物じゃありませんけれど…。少なくとも古竜の呪いがかかったり広範囲に魔力を吸収するニニオリの樹で樹海が無い限りありえませんが…」


「であれば、この現象は我々の知らんアーティファクトが原因と見た!それをこの手で破壊してしまえば、先生方や生徒達も反撃の力を取り戻せるのではないか?」


「だがオーゼフ先生!その為の魔法が使えないと言って…」


「問題ない!俺も現役時代にを体験したことがあるが…俺には効かん!」

 

「「「「「なんだそりゃ!?」」」」」


あまりにも滅茶苦茶な理論にこの場の全員が思った


『この人、もしかして何も考えてないんじゃ…』


…と


だって言ってること訳わからないし…


「バッハハッハッハッハ!シラケた顔をするな先生方!なに、別にこの筋肉で解決するのもやぶさかでないが、俺が言っているのはそう言うことではない!俺に効かん、というのは…!」






「あんた、ラウラ・クリューセルか。…おいおい、姿絵で見るより何倍も美人だな」


「…あら、ありがとうございますわ。貴方に褒められてもあまり嬉しくないけれど…。それで、貴方達は何をしに来たのかしら?」


「気の強い女は好きだぜ、聖女様。分かってると思うが、あんたらは今魔法が使えねぇ。俺らの言う事聞いてもらうぜ」


特に大柄で頭にバンダナを巻いた山賊の大将とでも言うような大柄の男がラウラの眼の前まで進んで好奇の視線を彼女に向ける


魔法が使えない状態では不味い…周りの男はともかくこの男はだだのチンピラとは少し違う印象を抱くラウラは何か聞き出せないかと試みるも、バンダナを巻いた男は楽しそうに笑い


「いやなに、俺は金払いがいいからアイツらの下に着いただけでよぉ。実際、アイツが掲げてる理想だのなんだのは、何にも興味ねぇんだわ。だから…あんたはアイツらに直接聞いた方がいいと思うがなぁ…ご同行願おうか、聖女様?」


パーティーの紳士の真似事か、その風貌と格好に似合わず手を差し伸べるバンダナの男のふざけた様子はラウラの癪に触る物があるが、穏やかに進めてくれるならばマシ…そう思うことにするラウラ


「おい、バンダナ!聖女様ここで味見したら駄目なのかよ!?こんなそそる身体してんのに手出すなってのか!?」


「そうだろ!別に少しくらい楽しんでからでも文句言われねぇって!」


しかし周りの男はそうではない

簡易的なローブ姿で露出は少ないとは言え、そのボディラインは否応なくはっきりと浮かんでおり女日照りの無法者であれば無条件で手が出るのは当たり前だった


囲む数人の男達がこれに賛成の声を上げるも、「はぁぁ…バカの相手は疲れんな。ま、気持ちは分かるけどよぉ。俺だってこんな女侍らせてぇ」と眉間を揉む仕草のバンダナの男


「お前らバカか?言われたことも覚えてねぇ無能なら殺すぞ?ラウラ・クリューセルは傷一つ無く連行だろうが!脳味噌付いてねぇのか?股間で全部考えてっと首飛ばすぞ!」


怒号が大図書館に鳴り響く

バンダナ男の大声は近くで耳を塞ぎたくなる声量で、これにはいきり立っていた周りの男達も沸き立つ感情を萎ませていく


やはり、この場のリーダーはこの男に間違いない


しかし…


(アイツら…この襲撃の首謀者ですの…?私を連れてこい、と…まさか、面識がある…?はぁ…この手の外道は何人も相対したから心当たりが多すぎますわね…)


「…じゃ、行こうか、聖女様?……お手をどうぞ?」


「…お断り、ですわ。案内なさい」


一先ず、目的が自分ならば問題ない

差し出された手をパチンと軽く叩いて出口へと進むラウラに「おぉ…痺れるね。マジでいい女だわ、俺も欲しいなぁこういうの」と楽しそうなバンダナの男


しかし、周りの男達達はまだ昂りを静められては居なかった


「なぁ、バンダナ!こっちの女はいいのか?生徒だろ?」


「こんな所でお勉強なんて偉いよなぁ。おい、俺達はこの子に色々やってから行ってもいいだろ?その聖女様は無理そうだしよ」


「学生にしちゃ育ちすぎだろ…っ。こりゃ楽しめるな」


シオンはそうは行かなかった


ラウラの横に立とうとも損なわれないその容姿…目立つ紅の髪に歳の割に背も高く、スカートから伸びる脚はその辺の貴族子女のように細く折れそうではなく健康的でしなやか、制服を押し上げる大きな胸元はシャツのボタンがその大きな膨らみに引っ張られて布が歪み、それを引き立てる締まったウエストとスカートに隠れた引き締まった肉付きの良い臀部…


誰がどう見ても極上の若い女体なのは間違いなく、加えてその顔付き…見る物の全てを測るような落ち着いた目と端正に整った顔立ちはあまりにも男達の性欲をそそった


「っお止めなさい!生徒に手を出すなどもっての他ですわ!シオンさん!通常の魔法は使えなくとも…っんーっ!?」


「あー、忘れてた。ほんとだエラい美人の嬢ちゃんいるじゃん。…いやほんとすげぇな、聖女様といい勝負だわ。……ま、そっちは目標じゃねぇから、好きにしろ」

 

これには慌てたラウラだったが、バンダナの男に腕を掴まれ身動きが取れず、口も手で覆われてくぐもった声が大きく漏れるのみとなる

生徒に対しては危害の制限が無いのか、放って捨てるように言った男にラウラの焦りは加速した


そこに男達の下品な喜びの声が合わされば焦らずにはいられない


シオンの眼の前まで迫る一人の男が短刀を見せびらかし、シオンの反応を確かめるように身体中を見つめながら


「おいこの子やべぇな。そのエロい身体で学生は無理だろ?俺らが責任持って、大人にしてやっから、さ!」


男の手にしたナイフがシオンの着ていたブレザー状の上着のボタンを切り落とし…白いシャツを押し上げる胸元が弾けるように露わになれば男達の煽るような口笛や声が重なる


シオンの表情は少し俯き前髪に隠れて見ることが出来ないが…抵抗の様子は今の所一切無い


それを怖がりうごけ無いと見た男の嗜虐心はさらに加速していく


今度はカッターシャツのボタンを上からナイフで1つずつ上から切り落としていく


ぱつん、ぱつん、とナイフが彼女のシャツのボタンを切り取っていき次第に深い胸の谷間がしっかりと見え始めた事で彼らの興奮も最高潮に達していた

 

「聖女様も良かったけど、この娘は大当たりだ。ちゃんと可愛がってやるから、聖女様はお仕事頑張ってな」


まともにラウラの言葉と取り合わず、彼らには今や肌を露わにし始めた目の前の麗しい少女をいかに欲望のまま犯すか、それしか見えていない


「……い…………しま……た…」


シオンの口が小さく言葉を紡ぐ

ラウラからはまったく聞こえず、目の前の男にも途切れ途切れにしか聞こえない彼女の声

このような状況で声をまともに上げられる少女など居るはずもない


「ん?なんか言ったか?…じゃ、そろそろ御開帳っと…」


目の前の男もそれは聞き取れなかったようで、ただ怯えて言葉が詰まっただけだろう…そう想い、ついにその手を彼女の胸元に伸ばし、しっかりと実ったそれを鷲掴みにせんと手を広げて迫り…










「……思い出しました。魔法構築拒絶マジック・リジェクション…これには抜け道がありますね?」







その声は、震え1つも起こさず芯の通ったぶれない声音でバンダナの男へと投げかけられていた

「ん?」と声を上げるバンダナの男もすぐに「…いや、まさか…」と眉を寄せる


シオンの手が、目の前から己の胸に手を伸ばす男の額にゆっくりと伸ばされ、その手が人差し指と親指で輪っかを作り…


「なんだか知らねぇけど…こんなでけぇもんぶら下げて何か出来るもんならやってみぶげぁっ!?!?」


" バヂコンッ "


強烈な音がして男が吹っ飛んだ


真横5メートルは確実に、水平に飛んでいった


目の前のシオンは一歩も動いておらず、身動きをとった様子もない…いや、人差し指がピンと伸びている


そう…デコピンであった


シオンのデコピン1つで大の男がボールのように吹き飛び一撃で失神しているのである


「随分と好き勝手言ってくれますが…私の貞操も奪っていいのも、この身体を好きにしていいのも、この世界でただ1人だけです。汚いので触らないでもらえますか?」


悠々と言って放つシオン


あまりの事に呆気に取られる男達だが、自分達が虐げ組み伏せる相手から舐められて黙っていられる程に人間出来ていない男達は当然…


「このガキッ……ヘタに手出した事後悔させふぐぁッ!?!?」


「この責任はしっかり身体で支払ってゔぉぇっ…!?!?」


「おい大人しくヤられとげゔぁッ!?!?」


逆上した…のはいいが、シオンに掴み掛かろうとした3人の男が片っ端から拳、頭突き、回し蹴りでボールのように飛んでいき身動き取ることも無く地面に転がっていく


当のシオンは回し蹴りで翻るスカートから覗く絶対領域をどうやってかそれ以上見せること無く片足で蹴りの姿勢のまま残心しており、魅惑的な脚線美を否応無く見せつけながら…


その肉体には確かに…の輝きがスパーク状に迸っていた


魔法構築拒絶マジック・リジェクションは外気にある魔力を霧散させる性質がある…ですが、体内に充填されて発動する魔力には干渉できません。故に、強化魔法は使用できる…そうですね?」


確認の言葉を投げ掛けながら周囲の男達に向けて猛烈な速度で迫れば、1人を額への肘打ちで沈め、隣の男を返す裏拳で頬を打ち抜き、反応させる間もなく意識を刈り取る

真後ろからナイフを振りかざして突っ込んでくる男をノーモーションのバック転でその真後ろに回り込み、隙だらけの後頭部へ手刀を入れ一撃でダウン

真横からナイフを突き立ててくる男の懐に入り込みジャンプからの膝を顎に叩き込み、男は3メートルほどカチ上げられた後にゴミのように地面に叩きつけられる


「テメェッ!調子乗ってんじゃねぇよ!この礼はあとでたっぷりしてもらうからなぁ!」


最後の1人が幅広のナイフを横薙ぎに振り抜き、シオンの首元に向けて勢いよく…



" ガギィンッ "



ぶつかる前に、シオンが立てた指一本にナイフがぶつかる

生身ではありえない金属音がなり、彼女のしなやかな指の柔肌に肉を切り裂く為の刃がギリギリと異様な音をたてて止められているのだ

ナイフを振った男も信じられない物を見る目で己のナイフの刃が先程まで自分が辱めようとしていた少女の素手に止められているのを見ている


「話になりません」


ただ一言、無造作に呟くシオンがもう片方の手を開きゆっくりと振り上げ…


「さっきから、犯す犯すと煩いですね…っ…私の身体は!カナタだけのものですッ!」


最後の怒りの籠もった声とともに手が振られ…猛烈なビンタが男の頬をまともに捉えた


" バヂィィィィンッッッ "


今日一番の痛そうな音だ


男は机を巻き込んで壁まで吹っ飛んでいき、倒れたまま身体が痙攣しおり、その頬には痛々しい真っ赤な紅葉がばっちりと刻まれている

それを見ればバンダナの男も「うっわ…あれ食らいたくねぇ…」と頬を引き攣らせており、そして息1つ乱していないシオンに感嘆の声を漏らした


シオンがゆっくりと身体をバンダナの男へと向けて歩き始める姿は言外に「次はお前だ」と言っており、これには男も慌てる姿を隠さない


「ったく、なんで魔法学院の女子生徒がこんな強化魔法使えんだよ…取り敢えず落ち着けよ!あんま近寄ると聖女様の安全、保証できねぇぞ?」


後ろから首に腕を回すようにしてラウラの肩を掴み、シオンの方へと向ける男

人質…まさか自分がそうなるとは思わず表情を歪めるラウラ…自分は身体強化を高精度では、未だ使えない。この男を上回る出力は出せないだろう


となると…この場はシオンに任せるしか無くなってしまう


シオンも足を止め、遠距離からの魔法は依然封じられてる今、距離を詰める方法を模索するがそれは難しい。広いとはいえ限定された大図書館の中では戦闘機動が大幅に制限される


超速で詰めるのも難しく、回り込むのも厳しい…


男の身体から魔力による強化の光が纏わり、恐らくこの状況でも戦えるように用意されたというのが、この男が雇われた要因だろう


「…ラウラさんを離して下さい。取り敢えず、殺しはしません。話は聞かせてもらいますが…」


「そういう訳にはいかねぇだろ。俺も信用第一で雇われでやってんだ。べらべら喋ってたら仕事が無くなっちまう。…それくらいなら、この女連れて愉しく暮らした方がマシってもんだ。こんな顔も身体も満点の女そう居ねぇし、な!」


「っ……!」


「ラウラさんっ!」


後ろから肩をホールドしていた男の手が、ローブの上から彼女の大きく張った胸を鷲掴みにする

自分の胸に男の太い指が食い込むのを赤い顔で言葉を殺してその羞恥に耐えるラウラを見て放つ魔力を跳ね上げて激昂を露わにするシオン


それを満足そうに見ながら手のひらに収まらない柔らかな感触を指を動かして愉しむ最中…これから先の展望を思い浮かべながら鼻を伸ばした笑みを浮かべ、そのまま…


「うっわ、デケェ。確かにこの体と乳で聖女なんて向いてな…が…べ……」


" ジャコン "


独特の金属音が短く響き、男の言葉端が奇声に変わる


ラウラからすれば何が起こったのかさっぱりだったが、己を拘束する男の身体が弛緩していき呆気なく地面に倒れるのを真後ろで感じれば、その男の姿を見て息を呑む


こみかみ…側頭部から40cmはあろう金属の太い針が男の頭を真横から思い切り貫通して突き刺さっているのだ


どう見ても死んでいる…即死だ。あまりにも突然で、呆気なく、一瞬にして


男の目は開かれたままでラウラの肢体を楽しもうとする卑劣な笑みを浮かべたまま時が凍ったかのように死に絶えているのだ


シオンからは、その針がどこから飛んできたのかが一瞬だけ見えていた

その方向に試験を向ければヒビの入った高所の窓に綺麗な穴と放射状の亀裂が広がっており、その窓を貫通して今の攻撃は放たれたのだ


ラウラもその視線を追って窓の方向を見上げ…言葉を失う




異形が、そこに居た



メタリックなボディは銀と黄色、黑で迷彩のように彩られ、3つのパーツが連結したような見た目をしており、それを胴体として3対6本の脚が生えている

背中と思わしき部分には2対4枚の翼…と呼ぶには薄く丸みを帯びた物が並んており、頭部らしき場所には顔の何割もを占める目のような部位に、ペンチのような強靱そうな顎…


2mもあるそれは、羽の数が1対多いがどう見ても金属製の巨大なスズメバチだった


その尾部の先端を窓に向けており、そこには男の頭部を貫いたと思わしき金属針が、ジャコン、と装填されているのが丁度見えた


どう見ても生物ではない

ボディの金属質や今の針を装填する様子…生き物の様に様子を窺う事や身体を小刻みに動かす事もなく、ただこちらに大きな複眼を向けながら見ているようで…


「大丈夫ですか、ラウラさん!?あ、あの男に触られて…」


「い、いえ、大丈夫ですわ。あのような粗野な男に触られたとて、気にする程か細い神経はしておりませんもの。それにしても…っやっぱり…!」


駆け寄るシオンに無事を示すラウラだが、その視線はすぐに巨大なスズメバチの形をした何かへと向けられる


そのスズメバチはラウラの視線を感じたからか、窓から離れて何処かへと消えてしまったが…


「居ますわね、この学院に…!灯台下暗し…とはこの事ですわ」


「居るって…あの大きな虫ですか?いえ、虫というか…虫の形のゴーレムに見えましたが…」


「その通り……あれはジンドーの魔法兵器ですわ、間違いなく。ジンドーの魔法は金属に魔法機能を付与できる…この魔法使用不能な環境でも大気中に魔力を出力する必要がない彼の魔法兵器は何の制限も受けずに機能しますのよ。更に言うなら……見張ってましたわね、あれは」


「勇者の……って見張ってた、ですか?あの男達を…なら何故最初から制圧しなかったんでしょうか?ラウラさんに危害が加わるまで放置だったなんて…」


「違いますわ。見張っていたのは恐らく……」


" 貴女ですわ、シオンさん "


…という、その言葉を飲み込むラウラ

タイミング的にもそれしかあり得ない。恐らく制作者のジンドーはスズメバチから簡単にここで起きていた事を確認しており、シオンがこの程度の敵ならばどうにでも出来るのは分かっていたのだろう

故に、彼女の援護ででは無く彼女からは手を出しづらいこちらを人質にする男の「暗殺」に切り替えた


今ので殆ど確信に至った


カナタ・アースの経歴の不透明さはこれを思えば納得がいく

過去の情報など無いはずである

あまりにも強力な強化魔法の使い手、講義で幾度と見た年齢の割にあまりにも実践慣れし過ぎている実力、

思えば、何故ロッタス山でこの3人の危機にいち早く駆けつけることが出来たのか…いや、駆けつけようと思ったのかも仮説ではあるが全て筋が通る


簡単な話…自分の弟子で、自分を慕う少女達なのだから、助けない訳が無いのだ

さらに言うならばユカレストに彼は居た、すぐ駆けつける事ができる場所に


『ユピタ紅葉林に残した魔物の封印』…他に2つと有るはずが無い、ジンドーと全く同じ事をしているカナタ・アースの情報が彼の行動の全てを紐付けていく


そして…彼は己を慕う少女達に、自身の過去を話していない…自分が何者であるかを教えていないのだろう


だが…


(…私も、守ってくれた…ふふっ…そうですか。やはり…変わりましたわね、ジンドー。…いえ、僅かに攻撃が遅れて、あの卑劣な悪漢に身体を触られたのだから、彼には責任を取っていただかなくては…ふふっ)


「ラウラさん?」


内心、綻ぶ喜びが頬を緩める

その様子に「?」を浮かべたシオンが覗き込んでくるが「いえ、何でもありませんわ」と首を横に振って気を改めるラウラ


そしてラウラは歩き出して外に出れば、大図書館の方向へ振り返り…その屋根に視線を向けて大声を張った


「ジンドー!聞こえていますわね!?」


追いかけたシオンが同じ方向を見れば先程消えたはずの巨大なスズメバチ型の魔法兵器が屋根の上からこちらをじっ、と見つめていたのだ


そのスズメバチに向けて、ラウラは大きく声を届ける


「敵の首魁はで間違いありませんわ!まずはこのアーティファクト…『貪者の心臓』を破壊しないといけませんわよ!教員の皆様の戦闘、及び生徒達が自衛を行えるように、最優先ですわ!」


「ラウラさん。その『貪者の心臓』ってアーティファクトは…聞いたことがありません。最近のアーティファクト全集にも載っていませんが…」


「…とある一族が家宝として保持し続けてきたアーティファクトですわ。その存在は数年前まで一切明るみに出なかったのですけれど…その効果は『一定範囲内の魔力を強制的に徴収し、貯蔵する』というもの。今、私達が魔法を発動出来ないのはこの効果の範囲内に居るからですの。恐らく…範囲は学院内全域に届いてますわね」


何か苦い記憶を思い返したのか目を細めてアーティファクトの詳細を語るラウラ

碌な思い出では無いのかその表情はかなり不機嫌極まりない物で、どう思っているかは丸分かりだ


この状況は教員も生徒も抵抗の手段を封じられている状態で、一部の強化魔法を得意とする生徒も恐らくは敵方の人数や腕の立つ者に抑えられているのだろう


強化魔法が使えるとはいえ、未だ実践すらしたことがないただの学生では太刀打ち出来ないと予想できる


「シオンさん。貴女はクラスに向かって下さいませ。マウラさんとペトラさんに合流出来れば大抵の敵は完封出来ると思いますわ」


「ラウラさんはどうするんですか?…仕掛けるなら、私も着いていきます」


「ダメですわ。…ここから先はあまり見せられない物が出てきそうですから。それに、今回の敵は…狙いの1つに私が入っているみたいですし、側に居ては危険ですのよ?」

 

「だからこそ!私なら強化魔法で戦えます!」


「先程のように私を抑えられたらシオンさんでも状況は変え難い…あのままジンドーがこの男を消さなかったら、最悪の場合貴女も捕らえられていたかもしれませんのよ?…ですから、敵の首魁の元には私1人で向かいますわ」


「っ……それは……分かりました。ではもう一つ、教えてください。ラウラさんは今回の敵について心当たりがあるんですよね?…何者なんですか?」


「…歩きながら説明しますわ。まずは本校舎に向かいますわよ。今回の件はこんな状況ではありますが、私にとってはむしろ過去の因縁に終止符が打てる良い機会ですわ!敵の首魁については、私にお任せなさい!」


不敵な笑みでローブを風にはためかせるその姿。敵の術中と分かりながら敵陣に乗り込もうと意気揚々と言ってのける胆力。なんとかして見せる、という気概…シオンが見るラウラ・クリューセルのそんな姿は不思議なことに…


カナタの姿とどこか重なって見えた


その在り方が、同じ姿に見えたのだ


「…分かりました。私はマウラとペトラに合流したら…カナタを探します。私の知る限り、強化魔法で言うならカナタは学院内で最も強い筈です。必ず力になってくれます」


「ふふっ、やることが見えてきましたわね。でも、シオンさん。1つ忘れていますわね。この学院には……最も強い強化魔法の使い手がもう一人居ましてよ?」


その言葉に少しの間首を傾げ、直後に「あっ」と気づいた声を漏らすシオン


そう、その男は先程、職員室で自身の筋肉を見せびらかして動き出した所なのであった







「はーい、全員集まったー?…よしよし、流石学生、集合は速いね、感心感心!」


街中ですれ違っても一切の印象を抱かない…そんな優男がなんの気もない笑顔で手を振りながら壇上から見渡している

不気味な程に普通で、まるで待ち合わせた友人に手でも振るようにして…壇下に集められた学院の生徒達を見ているのだ


ここはヒュークフォーク魔法学院の講堂であり、全校集会や始業式、終業式を執り行える広大なホールのようになっており、各学年の生徒達は順次この場所へと連れてこられ、現在でもホールは半分以上が生徒達で埋まっている状況だ


つい30分も前に突然教室へ武装した集団が扉を破壊して現れたのだ

曰く、「この学院は既に制圧した」と…

当然、義憤ある生徒は魔法による反抗を試みたものの原因は不明だがどの生徒も魔法が使えた者は居なかった


全ての魔法が形になる前に霞となって消えてしまう異常事態に混乱を極めた

魔法は才能であり、戦局を覆す為の最大手段…それが未熟とはいえ使えなくなった衝撃は大きく、反抗に出た生徒は強引に拘束までされて引き摺られてきたのだ


中には血を流す生徒も多く、見せしめとして痛めつけられた生徒らしく殆どの生徒が怯えているのが壇上からは非常に分かりやすい


それを見下ろしながらの壇上の男の言葉はその異常性を露わにしているだろう

現状、それ以外の負傷者は見えないが、中には横に倒れて起きない者もおり、ホール内は惨々たる状態になっていた


「で?これで全部なの?なーんか呆気ないなぁ…もっとドカドカ抵抗と交戦があってさぁ…血がブシャーーーっ!…みたいなの期待してたんだけど」


まるで、昨日の番組見逃したなぁ…とでも言うように口にした男はつまらなさそうにうろうろと歩き回り「そう思わない?」と生徒に同意を求める所もどこか底しれない不気味さを伝えてくる


「思ったよりも教師達が腑抜けていたな。ふん…こんな国に仕える奴らでは、我々と戦う気概も起きんか。しかし…同士も意地が悪い。ここまで大量に生徒が必要とも思えんが…」


隣に立つ豪奢な騎士甲冑を身に着けた男がわざとらしく被りを振り、ぶった口調で呆れたように語るが、隣の男程の異常性は無い…むしろ、どこか役を被ってなりきっている感が否めない


「ま、先生達は放置で、生徒引かせたから後は校舎ごとドカン!でしょ?子供は巻き込まない辺り良心とか……いやー、ないか!あの人達、自分の事以外なんにも考えてないしね!」  


自分で言いながら爆笑する優男

その凶行を隠すことも無く、時計を気にしながら「あー、まだかな。俺まだ一度も見たこと無いから楽しみにしてんだよねー」と何かを待つように呟く


生徒達も傷を負いながらその様子を伺っているが、行われている会話からは目的も何も分からない

周囲のは生徒を取り囲むようにして大勢の男達が手に武器の類いをもって見張りをしており、今動ける者で反撃に出てもすぐに返り討ちに遭うのは明白だった



そんな緊張と恐怖に包まれる生徒達の前に、その男は現れた



分厚い王侯貴族のようなマントに華美な装飾や金糸、銀糸をふんだんに使用した目に煩い衣装にじゃらじゃらとぶら下がる貴金属宝石が彩る首飾り。両手の指全てに2つ以上の宝石が輝き、その手に持った純金を思わせる黄金色の杖を着いて歩いていた


年の頃は50代後半か60代の年を経た男だが腹はでっぷりと突き出ており、不摂生を極めたような体型と大柄な姿は見た目以上の大きさを印象を与える


その身体は確かに杖が無ければ支えられないだろう、と思わせる肥満巨躯の男


「うぅむ、良し、良し。我輩の王国の新たなる卵達よ。そう怯えなくとも良い。そなたらは我輩の庇護下にあるのだ、この腐敗進んだくだらぬ国を捨て去り、我輩の傘下に降るのだ」


壇上の先まで歩み寄り、まるで講演会のように両腕を広げて突然の勧誘…いや、自身の下に着くことを進める姿は生徒達を動揺させるのに十分だった

いや、はっきり言って何を言っているのかさっぱり理解できない…その意味を理解している者はこの中に居ないだろう


しかし、それを言った男は満足気に頷いている

言いたいことを言いたいように言ってやった…そんな自分に納得がいったと言わんばかりにご満悦だ


意図は不明だが、側の2人は「まーた言ってるよ」「彼らには理解できまい」と既に何度もその言葉を聞かされているような反応を見るに、普段から言っているのが窺える


そんなあからさまに不審で目立つ男の事を、ただ1人…見たことがある者が居た


それは生徒達の中に…その先頭で目を見開いて、幽霊でも見るかのように…




「まさか…ッ…!?何故、お前が生きて…!いや、この襲撃の首謀者はお前かッ!」



…レインドール・ラヴァン・グラフィニアは思わず口にする


その名は、このラヴァン王国内に存在してはいけない者の名前であり…この世に存在するはずのない男だった


「おぉ…汚れた王族の末裔か。だが、我輩は…寛大だ。我輩の王国の臣民へと下るならば、如何にあの王の息子であろうとも…許してやらん事もない。あのような暴挙に出る王だ、王族の末に至るまで、国を背負う器ではなかったのだ」


「馬鹿な事を…!現国王おじいさまは大戦の終幕を生きて迎えた厳格な判断が可能な真の王だ!貴様のような私利私欲で賓客を貶める輩が王を語るか!」


「全く…所詮は怪物を客とおだてる無能の一族か。我輩達、この世界に根ざす者こそ真の「人」!を「賓客」だの「招く」だの…キレイな言葉で飾り付けて…貴様らに恥は無いのか?」


まるで演劇がかったわざとらしさすら感じる男の身振り手振りに語り口はただでさえ怒りと驚愕に震えるレイドールの神経を紙ヤスリのように逆撫でしていく


「ふざけるな!貴様は…いや、貴様ら2人こそこの王国の末代まで恥…ッ!よくも俺の、ラヴァンの王族の前に姿を表せたな…!ズォーデン・バグスター元軍部大将!」


「元軍部大将!?それってオヤジの…前任ってことかよ!?なんでそんな奴がいんだ!?」


レインドールの怒号は留まるところを知らないが、さらにユータスの驚愕が重なる


『元軍部大将』…それはつまり、現在軍部の頂点に立つ男の前に、軍部を取り仕切っていた最高位に座っていたということ


そして、それをまともに聞く気がないのか、それとも本当にそう思っているのか…心底、といった具合に溜息を見せる男


何かと食って掛かるレインドールを隣りにいる学友のオルファとユータスが引き摺るようにして抑えにかかるが、彼の血の登り方は相当なもので、そんな2人を逆に引いてまで壇上の男に迫ろうとさえしていた


「おいおい落ち着けよレイン!?らしくねぇって!いくら元軍部大将つったってこんなデブがなんだってんだ!?」


「そうだよレイン!落ち着いてよ!見た感じかなりイかれてる…まともに反応するだけ無駄だって!」


「こいつだけは…!このラヴァンの王族として見逃すな訳にはいかない!…そもそも何故、生きている!?貴様は3年前のあの時……勇者ジンドーの逆鱗に触れて霊廟ごと消し飛んだ筈だ!」


この言葉に驚いたのは左右から肩を抑えるユータスとオルファだけではなかった

その怒声を聞く全員が驚愕する…目の前の男は、この世界を救った勇者の怒りに触れて殺された筈の男だと聞かされれば驚きもするだろう


それは一般に明かされていない情報ではあったが…眼の前に当人が居る以上は秘密でも何でもない  


まさに死人が目の前に蘇ったかのような状況にレインドールも冷静でいることは出来なかった


「あれは…我輩も死を覚悟したものだ。あの時我輩達は確信した…やはり間違っていなかった!勇者など、異界よりのさばる怪物にすぎん!獣には首輪を繋いで主人が躾けなければならんだろう!?そう…あれは我輩達が鎖で繋ぐ奴隷でなければならないのだ。嘆かわしい…それを「勇者」だ「英雄」だと謳い…まるで我輩達と同じ「人」のように扱いおって」


この世界において、信じられない言葉の羅列が群れを成して男の口から流れ出る

この世界を、人々を滅亡から救い出した者を…今、この男はなんと言ったのか?


それをさも当然で、間違ってないだろう?と語りかけ、心底残念がるように語る様は非常に怒りの琴線を刺激する素振りであり、当のレインドールも歯をギリギリと鳴らして睨みつけている


「あの時、3年前も我輩達は真実を言ってやったのだ。『過去の勇者も、お前もジンドーも家畜に過ぎん。我輩達の役にだけ立てればそれで良いのだ』とな。…ふん、あのガキめ激昂しおって何もかも破壊し我輩達を殺そうとッ……………ならんッ!あんなッ!得体の知れんバケモノが勇者ッ!?世界を救ったッ!?馬鹿者がッ!我輩があの壊すのだけが取り柄の能無し家畜奴隷にムチを振り、『この世界を救わせてやった』のだッ!!あとは我輩達に感謝を垂れひれ伏しながら身を磨り潰して使われておれば良かったのだッ!なのになのになのになのになのになのにナノニナノニナノニぃぃぃィィィッ!この我輩を誰だと思っているぅッ!?あんな人外のバケモノが我輩に歯向かいおって…ッあんなのは兵器だッ!兵器は、奴隷は、我輩の言うことだけを聞いておれば良いのだ!それをそれをそれをぉぉッ…!」


途中からホール全体を揺らすような怒号と子供の癇癪のように足を壇上で地団駄のように叩きつけ、手にした杖を怒りのままに側の司会台に何度も叩きつける

顔をトマトのように真っ赤にして怒鳴るたびに汚らしく唾を撒き散らし、機関車のように息をする度「ふーっ、ふーっ!」と息が漏れる姿で恐ろしい程の身勝手を捏ね回す姿はむしろ不審を通り過ぎて恐怖すら覚える


どう見ても、本気で、間違いない、正しいことであると思いながら言っている様がさらにおぞましさに拍車をかけた


どれほど己を天高く持ち上げればここまでの言い様になるのか…その異常で、狂気と呼べるほどの自己肯定に食って掛かるレインドールすら息を呑む


どこまで勇者に怒りと憎しみと偏見を持っていればここまで到れるのか…己が優れ上位の存在であることを誇示しなければ正気を保てないとでもいうかのように、勇者への侮蔑を言葉の限り並べていく


言っても言っても足りないのか、耳にするのも汚らしい罵倒は吐く度にエスカレートしていき最早勘違いした子供がワガママをゴネてジタバタと暴れているようにしか見えない程だ


「まーまー、その辺にしときなって同士。ほら、子供達がみんな見てるじゃん。そんな事よりさ、ほら、向こうの方は順調なの?あの人単身で乗り込んでくんだから心配でさー」


「ふーっ、ふーっ…!まったく、腹の立つ…!…あれなら問題はない。すぐにでも通信を繋いでくるだろう。奴も王宮の事なら知り尽しているのだから、な。だが、あまり時間は掛けられん…今は待っておればいい」


優男の言葉にようやく少しばかりの冷静さを取り戻したズォーデンが怒りのあまり噴き出した汗をいそいそと高価そうなハンカチで拭い去る

部下の三人がまるで王の椅子とでもいうような赤と金刺繍が目立つ重たそうな椅子を三人がかりで持ってくればその椅子にドカッと座り込む


立っているのも重労働と言わんばかりの様子は元軍部大将などと言われても信じるに足りないだろう


結局、生徒達も何故自分達が集められたのかを知ることは出来ず


レインドールも二人の級友に抑えられて少しばかりの平静を取り戻そうとしている


その中で…


一人だけ、肩を震わせて胸に滾る怒りの炎が爆発直前の者がいた


レインドールの怒りが比にならない程の


マグマのような怒りが…













「なんと言った…貴様ら…ッ…今、我の前で…ッ……!」


「……っペトラ…っ?…どうしたの…?」

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