第48話 突発、動乱


『…スキャナーモスキートⅠより感知情報あり。第一校舎にて不明魔力を使用した不審者をマークしました。ステルスアントⅠ,Ⅻ、光学スキャン完了、学院在籍者との登録情報、一致せず…部外者の可能性、大です。続けて第3校舎内にて6名の非登録者が侵入、モニターフライⅡがこれを追跡中。学食内にて用途不明の魔法痕跡を検出しました。職員室付近にて魔導具と思われる魔力波動を検知。校門より非登録5名が追加で侵入。運動場にて非登録が現在、不明魔法を使用中。4年生教室付近に不審な二人組を確認、ステルスアントⅧがマークしています。…警告、魔法管理棟への侵入者を確認。認証魔法を妨害して侵入した模様。…学院全体の侵入感知魔法に妨害魔法のバグを検出、正規の機能は沈黙していると思われます』


(これまた……ぞろぞろと出てきやがって…。こりゃ内通者がいるな。こんなスムーズに入り込める訳あるかっての)


深々と溜息を漏らすカナタ

早朝、学院に来て職員室で適当に始業までぼけーっとしていたカナタの目の前に現れる様々な空間モニターの情報達は気持ちの良い朝の気分を曇天に覆うには十分すぎる内容だった


予想はしていた…可能性の1つとして十分にあり得た事ではあるが、あまりにも手際が良すぎる

ここはラヴァン王国が誇る天下のヒュークホーク魔法学院…王族が身を置く程の学院の防御能力は並大抵ではなく、セキュリティ、人材、技術は他国でもそうそう真似できる物では無い

学院内から手引する人間が居なければ不可能な速度の仕事ぶり…恐らく、野外での演習で参加生徒や野営場所、どの班にどの生徒が居たのかを賊が予め知っていたのは内通者が居たからだ


でなければ、光1つ無い暗闇から金持ちや影響力のある家の子息令嬢をピンポイントで狙える訳がなく、学院全体の防衛魔法や生活魔法の常時管理を行う魔法管理棟に入り込むなど不可能である


なぜ、あの演習から日を少し開けて行動に出たのか…確かに準備や計画に時間を要したのも有るはずだが、どう考えても…この後に控えるイベントを狙っているとしか思えないタイミングだ


何せ明日は…


(ラヴァン王国建国記念日…クーデターに狙うならうってつけのタイミングだな。国軍も街の治安維持に力を回してる、国内外からの多くの来訪者で街も王宮もてんてこ舞いだ。そして、他国の目の前でこの国の信用を失墜させる…魔神族にかかりきりで、王国内なんか見てなかったからなぁ…)


『あと、マスターは最近夜中にペトラ嬢と逢瀬を重ねまくっていますからね。お疲れなのでは?』


(うっ……な、なんていうか…完全に心の壁が崩れてから抑えが効かなくなってる…でも、この程度で疲れるほどヤワじゃねーよ。まだまだ足りないくらい…)


『マスター…少しは加減をして下さい。防音装置セイレーンが無ければ、ペトラ嬢の艷声がどれだけ響いてるか分かっていますか?特に翌日が休校の日の夜です。あんなあられもない声を上げさせるなんて…まぁ、そもそもマスターの男心を焚き付けに来るペトラ嬢も悪いですが…』


(……つい…あんな小悪魔に挑発してくるのに気合い入れて抱いたらすぐ甘い声で喘ぐ姿がめっちゃ可愛くて……ってか、人の情事聞くなよ!お前相手でも恥ずかしいっての!)


そう……今でこそ2、3日に一度だが、夜にはペトラが部屋にやって来るようになっていた

夜の雑談、勇者の話を聞きに、共に茶を楽しみ…なーんて建前を作ってペトラはカナタの部屋に来ているが、必ず途中から雰囲気になり、そのまま体を重ねるのが定番となっている


モノ作りの神才であるカナタにかかれば周辺への完全な防音装置を造ることなど朝飯前であり、結果的に周囲へ忍ぶこともなく、思いっきり愛し合っているのだった


……ちなみに、彼は完全防音装置をこの為に造った。

愛称は『セイレーン』である

…セイレーンは伝承の中で、その美声で男を引き寄せ、命を奪う怪物…

「愛し合ってる最中の、彼女のを聞いた者は誰であろうと抹殺する」という、カナタの鋼鉄の意思の現れであることは、まだ彼以外に誰も知らない


はっきり言おう…一度心も体を許してしまったカナタは想像を遥かに越えてペトラへの愛が膨れ上がっていたのだ

彼女のことを本能が欲しがってしまう、感情が欲しがってしまう、肉体が欲しがってしまう…初めて彼のことを全て受け入れ、結ばれた…まぁ、自身の初めてを奪った相手、と言うこともあるし、何よりも…相手が拒否したり嫌悪を示す事が微塵も無く、むしろ乗り気で向こうからも欲されているのだから、完全に自分を止められなくなってしまったのだ。…いや、止める気が無い、とも言う




これにシオンやマウラとまで心と体を交わらせたらどうなるか…いや、現在でもカナタ自身で自分を止める気は完全にゼロなのだから、どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。その時は……もはや己を止める魔導具を作り出した方が良さそうである


『それで、どうなさいますか、マスター?学院に対する敵対勢力なのは明らかです。拿捕か、殲滅か』


(…まだ証拠がない以上、一教師が騒いでも目立つだけか…。倫理観を度外視して良いなら、泳がせたい)


『この王国でクーデターが起ころうとマスターにとっては関係ありませんからね。ですが…』


(ああ。…学院に手を出す以上、あの3人に手を出すのと同義と受け取る。…やるなら全員集まってから根こそぎだ。スパイダーの出番が来そうだな。スティンガーホーネット10機、リトルスパイダーを10機を追加で学院に送り込む。目標は…敵が行動を起こしてからの殲滅)


『了解しました。リーバス・セカンドベースより輸送艇アルバトロスの発進準備に入ります。完全武装のスティンガーホーネット、リトルスパイダー、各10機の搭載作業を開始。搭載が完了し次第、即座に発進します』


(……1機ずつをシオン、マウラ、ペトラ、3人の護衛に回す。いつでも突入出来る場所に待機させろ。有事の時はすぐに突っ込ませる。…リスクはあるけど、今後の3人の学院生活を考えるなら不穏分子は纏めて一掃したい)


『了解しました。…気になりますか?今回の敵性勢力は、何かマスターの関心を買うことが?』


(…どうかな。ただ、3人の学院生活が脅かされて…ムカついたのかも)


カナタの目が僅かに細まる

もう他の教師も集まり始めており何食わぬ顔で「おはようございます」と挨拶をするものの、その表情はどこか晴れないまま

 

過去の経験が物語る…この手の下準備をしてくる連中は大抵、碌でもない黒幕が控えてるものだ


そいつがのうのうと現れた所で確実に始末する


問題は…


(…ラウラがこの学院に居るってことかな。…バレんのやだなぁ…)


『何を今更…ペトラ嬢という特級の前例を作っておきながら、1人も4人も同じです。早くぶっちゃけてしまいなさい』


(うっせぇ!一緒に旅してた奴なんて余計に打ち明けづらいわ!特にあの勇者への期待の高さ…理想と現実とのギャップでラウラが気絶するっての!)


『…とか言いながら、ペトラ嬢のように懐に入れた瞬間、甘々になるのでしょう?』


(………………)


………違うと言い切れない!


あれ…もしかして俺ってチョロい…?


『と言うより、シオン嬢、マウラ嬢はペトラ嬢と同様…マスターが元より心を許しているからでしょう。親愛から深愛へ…ラウラ嬢の場合は他ならぬ本人の居ない場で語られた思慕と恋慕が信頼へ繋がった、かと』


(…お前に心理カウンセリング機能は入れてない筈なんだが…)


『マスターの無意識をトレースされた私には造作もありません』


もしかして、作り方間違えたかしら?なんて思いながらも誰よりも己を理解してる相方にはこうなると頭が上がらない


(まぁいいか………取り敢えず、3人の事は任せた。俺は単独で動く……ラウラの事も、フォローしてやってくれ)


『了解しました、マスター』


1日が始まる


不穏な1日に備える為に


ーーー


「すまぬ。我は既にでな。他に素敵なレディを誘うと良い」


−おいおい、お前じゃ無理だって!−

−うるせぇ!夢くらい見てもいいだろ−

−てかお手付きってマジか…俺狙ってたのに−

−分かるわ。前から美人だったけど、少し前から明らかに変わったよなぁ−


「…凄まじいですね。いえ、私達は元からこの手の誘いが何故か多かったですが…」


「ん……だって…前と雰囲気全然違う……」


廊下を歩いていた所に三年生の先輩の男子生徒からの、今日何度目になるか分からない誘いを無難に角を立てずに断るペトラを先の方から眺める2人


今日、3人が学院にやってきてからまずはクラスの男子、次に同学年の男子が度々現れては、明日の放課後に建国記念日の祝祭に行かないか、と誘われまくっていたのだ。いったい何事なのか…それを他の女子生徒に尋ねた所…


『建国の祝祭は意中の異性と一緒に回り、共に夜行われる、王族全員が直々に街を巡るパレードを見ることが出来れば永遠に結ばれる』


そんなジンクスがあるんだとか


言ってしまえば、どんな学校にもある七不思議や伝説の一種であり、根拠も出典も何も無い…しかし、恋する少年少女達の背中を力強く叩いてくれる素敵なジンクスとなっているのだ


『これを機に、気になるあの子と…!』


そう思っちゃっても仕方ないのである…が


ここで1つ落とし穴がある


相手が貴族相手で、もし遊び半分にこのデートを承諾した場合は少し面倒くさい事になる


そのジンクスの性質上、分かってる相手に対しては、お誘い=告白とほぼ同じであり、貴族の言葉で言うならばそれは『婚約』に等しい物になるのだ


悪どい生徒だとこれを『既成事実』なんて捉えて迫る場合もあり、返答には少し考えさせられる内容となっている



そして…先程から驚くべきなのは、歳上の男子生徒から、ペトラへのラブコールが止まることを知らない状態の事である


無論、シオントマウラにも声が掛かるが先輩男子生徒からのアプローチに関してはペトラが引く手数多で先程から数メートル歩いては呼び止められている


それもこれも…


「なんというか……大人っぽい気がするというか、艶っぽい雰囲気がありますよね、あれから。確かに…男を知れば女は変わる、と言いますが…」


「ん……あれは変わり過ぎ……」


そう、ペトラの容姿や性格が変わったわけではないのだが、纏う雰囲気が変わっているのだ

応対も前までは少し尖った警戒的な部分が垣間見えたりしたが、今の彼女は余裕があった。加えて明らかに…明らかにあれは…



 

(…エロさがありますね)(…えっちな感じする…)

 


男をその身で知った彼女の纏う雰囲気は堅苦しさが取り払われ、どこか妖艶さが漂っており、持ち前の美貌に経験前には無かった女性の魅力が前よりもかなり強く香っているのは明らかなのだ


故に、歳上の男子生徒がそろってハートを撃ち抜かれているらしい


それもこれも…


(あの日から何日も経ちましたが、あれは…カナタとかなりシてますね。やっぱり最初の日だけじゃありませんでしたか…あの様子だとほぼ毎晩でしょうか)

 

(…ずるいっ……あの日から……全然タイミング来ない……むぅぅぅっ……なかなか…いい感じになれない…っ)



あからさまに、ペトラがカナタと体を重ねる回数が増えているからだろう

ペトラからカナタとの進展を聞かされた日から既に10日以上が優に過ぎており、その間、あからさまに『お楽しみ』だったであろうペトラを幾度となく見る事があった


2人にとって、これは由々しき事態である


今すぐにでも彼に突撃したい気は山々ではあるが、流石に夜押し入って「合体しよ?」と言うほどロマンスを捨ててない2人

複雑な乙女心は2人を揃って足踏みさせる結果となっていたのだ


だが、それ以上に頭に残るのはペトラの言葉であった


(『試練』…?カナタが、私達3人の中でペトラにだけ出すのは不自然です。つまり…カナタが出そうとして与えたしではなく…ペトラが『試練』と形容してるだけ…?…ペトラはカナタに諸用があって家に2人で行った…なら、ペトラは何の用事があった…?いや…目的は諸用ではなく、カナタと2人きりでなければ出来なかったこと…そうです、用があるならここでも済ませられます。ならば、重要だったのはもう片方の『2人になる』こと…。戦闘にまで発展した…ということは、最初から修練目的で移動した訳でもありません。つまり…「2人きりでしか出来ない『 〇〇〇なにか 』を果たそうとした結果、偶発的に戦闘へと移った」…と考えられます。では……ペトラは何をしに行ったのでしょうか…。そして、それが終わって…色々熱くなった結果が、…何かカナタとの絆を深める事があった…?)


シオンの思考は止まらない

元より本や物語、図鑑等を昔から愛読している彼女は物事を順番に整理し、物事のように羅列し、不自然な部分を突き止める


(カナタと絆を深める…と言っても、カナタに関しては分からない事が多すぎます。過去も、現在も分からない事だらけです…。……はぁ……私、こんなにカナタの事を知らないのに、カナタに受け入れてもらえるのでしょうか………)


目を伏せる…思えば自分は惚れた相手の事を何も知らないじゃないか

どんな所で生まれて、どんな人生を歩んで、なんの仕事をしてて、どうして貴族が嫌いで、モノ作りが得意なのはどこで学んで、あんなに強いのは何故………

負の思考が渦巻いていき気持ちが沈み込んでいく。まるで自分の気持ちが軽い物に見えて、それがどうしょうもなく嫌で

カナタへの気持ちなら誰にも負けない…そう思っているのに…


(だめですっ、こんな弱気では…っ。カナタとの絆…どうにかしてもっと深く、もっと強くしてみせます!ペトラだってやったんですっ……ペトラだって……あれ…?)

 

ここで何かが引っかかって目を瞬かせる

今、自分で何を考えてた…?

何か…受け入れてもらえる?…知らない私…絆を深める…ペトラだってやった…惚れた相手の事を…


(っ違いますっ!順番が違うっ!…今の重要な言葉を並べ替えなさい、シオン!…「惚れた相手の事を、知らない私」「ペトラだってやった、絆を深める、受け入れてもらえる」…言い換えるなら「私は惚れた相手の事を知らない」けれど、ペトラは「をやって、絆を深めて、受け入れて貰えた」!この二つを比べて、ペトラに何かあって、私が持ってないのは…カナタの情報です!)


カシャン、カシャンと音を立てて頭の中にばら撒いた情報が徐々に形を帯びていく

自分が無意識に纏めたヒントが、連鎖的に繋がっていき抜けた要素を炙り出す


(ということは…ペトラは…っ!カナタの情報を…いや、過去や私達が見えてなかった彼の姿に辿り着いたっ!そしてそれは…恐らくカナタが私達に隠していた真の姿と言える物だった…)


『そなたらの…カナタへの愛を示せば良い。どれだけあやつを愛しておるか…それを誇れば、どうにでもなるぞ』


ペトラの言葉が脳裏に浮かび上がる

一度そこに手を掛けたら、もうこれしか考えられない


(多分、私達が予想もしてない秘密があった…でも、ペトラはそれを受け入れてカナタへの愛を示した。……『見せたくない部分を持つ主人公』と『それでも貴方を愛してる、と叫ぶヒロイン』……なるほど…そんな事があれば『主人公』の『ヒロイン』への愛も爆発する筈ですっ!ペトラが毎晩シてもらうくらい愛されてる理由はこれですかっ!)


ちょっと顔が赤くなる…あの普段から凛としっかり者なペトラが腰砕けになる程にベッドの上で睦み合うのをイメージして…すぐ冷静に頭を振って落ち着きを取り戻す


(お、落ち着きましょう…へ、変な事は考えずに…!……最大の問題が残っています。「ペトラが何を知ったのか」…それを知られたカナタは…ペトラとの戦闘状態に突入した…。それ程知られたくなかった…いえ、カナタは力尽くで黙らせるような人ではありません…。…じゃあ何故戦おうと…戦闘する姿を自分から見せた?答え合わせのように…)


そこから分かるカナタの隠された姿は、今のところ『戦闘者』という情報しかなく、他に情報が全く無い

恐らく、紐解くべきなのはカナタの方ではなく、ペトラが何を知ったのか…の方だ


(…スタートラインは同じなら、ペトラだけに与えられた情報は無いはずです。つまり…ペトラは私達が知ってる情報だけでカナタの秘密に辿り着いた…。思い出しなさい、シオン・エーデライト!…ペトラが行動を起こす最後に聞いたカナタの情報は何!?)


「…オン……シオ…っ………おいっ、シオンっ?」


「っ、ぺ、ペトラっ?どうかしましたか?」


「どうかも何も…心此処に非ずではないか。茫然と立って、どうしたのだ?」


いつの間にか、目の前でペトラが覗き込んでいた事にようやく気がついたシオン

完全に思考の海に潜っていたのか、目の前に彼女が現れた事にすら全く意識をしていなかったのに気が付き「す、すみません。少し考え事を…」と小さく答える


マウラも不思議そうにこちらを見ており、どうやらそれなりの時間、棒立ちで考えに耽ってしまっていたようだ


だが…考えが止まらない。今、この思考を整理しないと駄目だ、と己の本能が訴えている


「…ペトラ、次の授業は休みます。行ってて下さい」


「はっ?、お、おいシオン?休むってそなたどこに…」


疑問符を頭に沢山浮かべるペトラを他所に、着た道を戻り始めるシオンは再び思考の海に潜航していく


その先の答えを、見つける為に



【side シオン・エーデライト】


速足で、次の授業の教科書を抱えたまま駆け込むように入ったのは学院が誇る大図書館だった

王国書士が持つ持つ蔵書を遥かに超える資料が万全な管理体制の元に保管されており、恐らくはラヴァンの中で最も情報が分厚い場所


木製の書架がビルのように乱立しており、大図書館の内部はかなりレトロな様式を備えた時代を感じさせる物となっている


それもその筈、この学院が創立された時に記念して、当初はこのラヴァン王国の国立図書館を併せて持つ最大の図書施設だったのだ


その歴史は遥か600年以上前から始まっており、当時の建築様式が多く取り込まれた数少ない遺産の1つと言える


既に何回目かの授業開始の鐘の音が外から聞こえてくるのにも構わず…私は年季の入ったのは頑丈な机の上に手当たり次第、目に付いた本を積み上げて片っ端から流し読んでいた


現在、読み進めているのは…『世界の魔界全集1』という分厚い本


…ペトラが最後に聞いた情報は間違いなく、マウラが持ってきた話でした


即ち…『カナタが倒しきれなかった魔物がユピタ紅葉林に封じられた』『それは昔からしていてカナタの本来の仕事である』…この2つです


ペトラはこの話を聞いた翌朝にカナタへと答え合わせに行った…ならば、この話が鍵となる筈なんです


「…っありました」


素早く頁を捲っていき、望みの面を開く



『秋性樹林ユピタ魔巣森丘帯』


大国ベイリオスから西へ進んだ先に広がる常秋の森。

そこは果樹や芋類を多様に実らせる豊穣の森であり、常に秋と同じ気候状態を保つのが特徴である。

元よりその恵みを糧とする猛獣や魔獣が住まう危険な場所であったが、魔神族の襲来を期に凶悪な魔物までその生態系に混入していき、いつしか入れば命はないとされる程の危険地帯と化した


深層まで行かなくても、森の恵は莫大であり、それは森の浅い場所だけで大国ベイリオスを優に支えきれる程の生産性を誇る飽食の森


それらを主食とする獣型の魔物が多く存在している


ベイリオスの軍食でドライフルーツと芋系の物が多いのはこの為である



…特出すべき点はまだ無さそうですが、近代までの調査記録も見てみますか…



最古の記録である639年前から魔物の流入、生態系の変化


…600年以上前、魔物の定着、危険度が増大


…579年前、金級冒険者パーティの複数が立て続けに全滅、ギルドは立入制限を設ける


…458年前、水晶級魔物「ネビュラコング」の存在を確認


…402年前、水晶級魔物「ナテログリズリー」の存在を確認


…275年前、ベイリオス西側の都市、ゼッタスへの群性暴走スタンピードが発生。壊滅的な被害が出る

以降、10年毎にベイリオス軍と冒険者に依頼し、間引きの為に中層手前までの魔物の一斉討伐を実施することに


…166年前、南方の島国ケネンナが壊滅、次の餌場としてベイリオスに魔鳥龍グラニアス襲来

ユピタ紅葉林中層に巣を作り甚大な被害を被る


以降、逐次討伐部隊を送り込むも、全て壊滅…


122年前、グラニアス討伐に向かった勇者マツミが殺害される

死因は嘴を用いた突進により胴体に大穴が空き、即死


…101年前、当時歴代最強を誇った勇者シズクにより、グラニアスの翼を一部損傷させることに成功。以降、グラニアスはユピタ紅葉林より撤退し、それから巣の在り処は不明に


以降定期的にグラニアスはベイリオスを襲撃するよ

うになる


…89年前、襲来したグラニアスが当代勇者イケヤマを殺害。死因はグラニアスの嘴撃により下半身を食い千切られた


…61年前、襲来したグラニアスが当代勇者ヤツキに致命傷を与える。勇者ヤツキはこの時の負傷により、後に死亡

死因はグラニアスが大量に放った羽の軸根が腹部を3箇所、胸1箇所、太腿2箇所、上腕1箇所を貫通、長期に渡る回復魔法での治療も虚しく、絶命


…40年前、襲来したグラニアスが当代勇者ナエシロを殺害

死因は両足を潰されてから巣に連れ帰られた事から、幼鳥の餌として貪り喰われたと思われる

後に膝下が欠損した白骨化遺体が発見される


そして4年前……魔鳥龍グラニアス、討伐

当代勇者ジンドーの手によりユピタ紅葉林浅層に誘導され、その後、撃破される

死体の行方は不明



グラニアスの縄張りと化していたユピタ紅葉林は後の調査により、縄張りとする魔物が獣型から鳥型へと変わり…現在に至るまで鳥型魔物の巣窟となる


…魔鳥龍、グラニアス…っ、ユピタ紅葉林はグラニアスの餌場兼巣になっていたのですか

報告書の中には…かなり惨たらしい情報も載っていました。ユピタ紅葉林は相当血塗られた歴史のある危険地帯、ということはよく分かりました


昔からの仕事とユピタ紅葉林に封じた魔物……何の関係があるのでしょうか…


かけた伊達眼鏡を机に置いて「はぁぁぁぁ……」と深い深い溜息を漏らす…その背後に1人の人影がいつの間にか立っていたことに、私は一切気が付いていませんでした  


この時間は授業中故に生徒はここに居るはずがない…その真後ろの人影は音もなくシオンの真後ろに立ち、その手をゆっくりと振り上げてい、私の脳天に目掛けて






「せいっ、ですわっ」

 

「あたっ!?………ら、ラウラっ先生?」


ずびしっ、とシオンの頭の天辺に手刀を落としたのはボリュームのある黄金の長髪を揺らし、簡易的なローブ姿の美女、ラウラさんだった


これには驚きを隠せないシオン

今は授業中で、研究所肌の教師でなければあまり図書館に来る事は無いからだ


「まったく……2時限目から姿が見えないというから探しに来ましたのよ?あまり授業はサボるものではありませんわ」


「うっ…す、すみませんでした……少し、探究心に火が入りすぎた、と言いますか…」


この注意に対しては流石に反論など出来ません…私も完全に他の事を考えていませんでしたから…というか今は何限目でしょう?それすら分からないほど熱中していたみたいです…


わざわざ探しに来てくれていたとは…


「そんなに何を調べていますの?わたくしの知っていることなら教えられますけれど…シオンさん、物知りだから力になれるか分かりませんわねぇ」


「い、いえっ。そんな事は…本当に個人的な調べ物だったので、お気になさらずにとも…」


流石にカナタに迫る為に授業をサボって図書館に籠もっていた、なんて言えるわけもありませんが、「ふふっ、まぁそう言わずに。私、結構物知りでしてよ?」と柔らかく笑うラウラさん


…とは言え、初めてあった時には私、記憶に残っていませんが…なんだか猛烈に恥ずかしいカミングアウトを沢山していたらしいですが…


そんな事を考えている間に肩越しからラウラさんは、今私が開いていた分厚い本の頁に試験を降ろし…


それまでの柔らかな雰囲気から一転、目を細めて言葉を止めてしまいました


「ら、ラウラせんせ…」


「シオンさん。…なぜ、についてお調べになっていますの?」


私の問に被さるように、硬い声音、穏やかだった笑みが真面目に締まった表情へと変わり、「ここ」と口にしてその指先が頁の一番上の行に大きく記された…


『秋性樹林ユピタ魔巣森丘帯』


の項目をぴたり、と指差していた



【side ラウラ・クリューセル】


教室に行ってみればニ限目から姿を表さないシオンさんがどこに行ったのか…授業の合間に色々な場所を探してみれば午前の時間すべてを使って漸く見つけ出しましたけれど…大図書館の机に積み重ねられた大量の本に埋もれるように真紅の髪がちょこんと覗いていますわね


あれだけと本に囲まれているのは王宮の書士隊やコアな研究者くらいでしょうか


ちょっとお仕置きで頭に手刀を当ててみたら流石に驚いた様子は少し面白かったですけれど、直後に見た彼女の広げる資料を見て言葉を失いました


……ユピタ紅葉林


その言葉は、私達…事情を知る者にとっては無視できませんわ

興味本位ならば良い…けれど、大戦初期からの正確な調査報告書まで掘り返しているのは見逃せません


そこに…そこに行かせるわけには行きませんわ

例え、彼女の戦闘能力がユピタ紅葉林に通用する物であったとしても…


「シオンさん。…なぜ、についてお調べになっていますの?」


彼女の知的好奇心ならば良いけれど、もしも実際に行ってしまえばその身の安全は補償出来ない

何故ならそこは…ジンドーが組み上げた四魔龍の巨大な封印施設があるのだから


封印に下手に触るのも良くありませんし、何より魔神族が狙っているのならば、封印に近寄って彼らと遭遇する可能性さえある


無数の魔法兵器が周囲を警戒し続けており、最近になって私やサンサラ様でも見たことがない大型の魔法兵器が封印の側にあるのを確認した事から…ジンドーはかなり襲撃を警戒しているのは明らか


誤って人を攻撃するとも思えませんけれど…触らぬ方が吉であるのは間違えありませんもの

彼女達はジンドーと関わりのある数少ない存在とはいえ…ここまでの荒事に巻き込むわけにはいきませんわ


「その…あ、あまり話すと恥ずかしい内容ではありますけれど…」



しかし、その先に語られた彼女の言葉は…今頭にある危機感を吹き飛ばすほどの衝撃を齎した



「わ、私の…想い人について、調べていました。彼の歩んできた痕跡を…追いかけているんです」



想い人


恥ずかしいのか、名前をボカして口にするシオンさんですが…彼女達の懸想する相手など唯一人…当時はベロンベロンに酔っ払っていたけれどその名前を、私は彼女達から直接聞いているのだから


あまりにもピンポイント過ぎるその場所に、直結して関係しているらしい男の名前…今まで見えなかった何かがチラついたように感じたのだ。今までその影しか見えなかった彼の背中とその情報は、どこか関係があると直感で感じてしまった


「…カナタさんを…。…教えてくださいますか、シオンさん。…何故、カナタさんの背中を追い掛けてユピタ紅葉林を調べていますの?こんな…魔物や凄惨な過去をお調べになる理由は…?」


「ラウラさんにお話しするような大きな話じゃないんです。だけど…彼の…カナタの事を何も知らないのに「好き」だなんて言えないのかな…なんて思ってて…。それで、調べていたんです。カナタが昔…」


彼女の言葉は少し、私の耳にも残る意味を持っていましたが…これから先、この一言に勝る衝撃は無かったかもしれません

その事を、私達以外に知る者が存在する筈がないのに…



「強大な魔物を倒し倦ねて、ユピタ紅葉林に封印した……そう言っていたんです」



その情報を知っているのは、私達勇者一行とラヴァン王国の最上層部のみの筈なのだから



「…なんですって…っ!?し、シオンさん!その話…っ詳しくお聞かせを…ッ」



慌てて問い詰めてしまう…瞬間に




外から響いた大爆発の音と衝撃が私の言葉を掻き消した



その爆発の規模は凄まじく、離れた建物で爆発している筈なのに大図書館の窓をひび割れさせ、シオンさんが積み上げた本の山を崩壊させる程の衝撃が走り抜ける…


あまりにも突然の事に言葉を詰まらせてしまいましたが…


「何が…ッ…『接話コネクト』っ…職員室の皆様!大事ありませんか!?大図書館からすさまじい爆発音が聞こえましたわ……聞こえますのっ?」


耳元に手を当てて通信の為に魔法を使用しますが…一向に返事が来ない…いや、繋がっていない?


「ラウラ先生っ!これ…っ」


隣で声を上げるシオンさんに視線を向ければ、彼女は掌を差し出し突然、魔力を集めて火球を作り始め…


ぼしゅんっ


その火球が直ぐ様萎むように消えてしまう

何度もそれを試すシオンさんは幾度と掌に火を起こそうとしているようですが…一向に魔法が完成する様子がない…


「まさか、魔法構築拒絶マジック・リジェクション…っ!?なぜそんな高等現象が……っ」



魔法構築拒絶マジック・リジェクション


魔力が枯れ果てる呪われたエリアや周辺の魔力を尽く吸い寄せてしまう特殊な植物が自生する場所でのみ見られる現象


体内や周辺から体外に魔力を集めて魔法を構築する必要がある通常の魔法はその魔力が魔法として完成するまで術者が魔力を編んで魔法現象を出現させるように作らなければならない


この時、魔法を構築する為に編み上げている魔力そのものが何かの原因で霧散してしまえば、魔法そのものが消滅してしまう


つまり、体外に魔力を集めて使用する大多数の魔法は一切使用できなくなる…


(それがなぜ学院に…!?突然1つの場所で起こるような現象ではない…っまさかアーティファクト…っ!ということは、これは…!)


最早考えられる要因は唯一つしかない


古のアーティファクト…人が再現不可能な魔法現象を引き起こせるオーバーテクノロジーの塊

その中でも魔法構築拒絶マジック・リジェクションなんて大規模で複雑な現象を引き起こせるアーティファクトは世界に唯一しか無かった


だが、それは………








「動くなァ!」「生徒と教師を探せ!一匹も見逃すな!」「蔵書には傷付けるな!同士が欲しがってる!」「お前らは上を探せ!」


大図書館の分厚い扉が弾かれたように蹴り開けられ、その素顔を隠そうともしない男達が雪崩れ込む。まるで盗賊まがいの見窄らしい格好の者から身嗜みから身分が分かりそうな男までその種類は様々ではあったが


全員が手には短剣等の凶器を所持して穏やかならざる言葉とともに押しかけ


その男達が、イヤらしい笑みと共に私達の周囲を取り囲むのに、数秒とかかることはありませんでした

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