第47話 「我、恥ずかしい…」


「ペトラさんっ。大丈夫でしたか?5日間も学院お休みしてたから、風邪ひいたのかなって心配で…」


「ははっ、いやなに、ちとな。もう体は問題ないぞ?まぁベッドから出れなかったりはしたが…」


「うっわ、それやばいねー。アタシも熱出して倒れた時めっちゃキツかったしさぁ。1人じゃ大変っしょ?」

 

「なに、これでも体は頑丈な方だからな。少し寝てればすぐ治ったわ」

 

「頑丈なら風邪ひかないっすよ、ペトラっち。でも良かったっすねぇ、何事もなくて…あ、学院でも何もなかったっすよ。つまんないとも言うっすけど…」  


学院に備えられた学食に集まっていたのはなんだかんだよく集まるようになっていたシオン、ペトラ、マウラとマーレ、スーリ、レイラの6人

時は昼休みであり、何もなければここで集まって皆で昼ご飯を食べるのが日課となっていた


もりもりと食事を進めるマウラの隣で心配そうなマーレの言葉に笑顔で返すペトラの登校は休み始めてから実に5日ぶりのことであった


これに対し、まず心配したのがシオンとマウラの2人である

何せ休みの日も学院から帰ってきてから部屋に行っても返事は無く、昨晩からは寮の部屋から声は聞こえてきたものの「う、うつすと悪いからな、入らん方が良いっ。明日は大丈夫だ!うむっ!」と聞こえてきたのは良かったが、結局何があったのかは今朝5日ぶりに顔を合わせたシオンとマウラも知らないのだ


さらに言うならばカナタも同じく学院を休んでおり、少なくとも登校日の間はペトラとカナタは同じタイミングで休んでおり、登校再開も同じ日からなのだ


シオンがペトラを見る目も少し細まるのは仕方のないことなのだ


「あっ、ペトラっち、それ似合ってるっすね!おぉー…下品じゃない主張少なめの宝石…?…品のいい黒銀のリング…これもしかしなくても滅茶苦茶いいやつっすよ?」


「あ、ほんとです!キレイですね、深いエメラルドみたいな色…指輪自体に埋め込まれてるのって珍しいですよね」


そんな中、ペトラの左手の薬指に嵌められた銀の指輪に商売人のスーリの目がキラリと光る


アクセサリーは過度でなければ学院でも普通に認められており、お洒落の範囲ならばお咎めなしで割りと女子生徒でもアクセサリーを身に着ける者はいる


そんな中でもかなり変わっている


こういう場合に多いのはネックレスや腕輪である


制服の袖やシャツに収められる事から下手にキラキラと下品に目を引きすぎない事や、魔法効果を付与された物をお守りとして身に着ける場合も多いことから僅かに覗く程度のおしゃれが学院では一般的なのだ


指輪というのは割とめずらしいのである


とは言え、めずらしいだけで居ないわけではない


しかし、スーリの磨き上げられた商売人の審美眼はペトラの薬指に嵌められたリングがただの指輪ではないと訴えている


見た目通りの銀製ではない…銀にしてはかなり黒みがかったダークシルバーは光を妖しく反射しておりその辺の金属が使用されていないのは明らかだ

さらに言えばエメラルド色の結晶は普通に見れば宝石にしか見えないのだが…スーリの見立てでは宝石ではない

指輪に装飾として施される宝石に必ずあるカットがどこにもなく、本来なら宝石を嵌めて載せる台座がない

全く同じ形の、カットした形跡がない結晶達がピッタリと1ミクロンの違和感も段差もなく完璧にリングと同化するように嵌っているのだ


この世界に機械製造技術は存在しない 

職人の手作りのみであり、錬成師であれば似たような真似は可能だがでここまで緻密に作れるなど聞いたこともない腕前である


「でもさー、これ贈り物なら相当ロマンチストだよねー。ペトラ、これさ、誰かからのプレゼントだったりしない?」  


「む?まぁ、贈り物ではあるが…ロマンチストとはどういうことだ?確かにアクセサリーの贈り物はロマンを感じるが…?」


「いやいやっ、パパの仕事の関係で聞いたことあって、知ってる人には昔から結構有名なんだけどさ、これ。実は勇者様の元の世界だと、結婚のパートナーにその証として相手の左手薬指に指輪を贈って嵌めるんだよねー。つまり、左手の薬指にリングしてるってことは…」


その言葉は、食堂で密かにペトラを狙っていた男子達を青褪めさせるには十分すぎる破壊力があった


「『私はこのリングを送ってくれた人のモノです』とか贈った側からだと『この人は私の大切な人です』みたいな、ロマンチックな意味あんだよ、ペトラ」


ちょっぴり変わって伝えられる地球の結婚指輪の風習


それに誰よりも


この食堂にいた誰よりも凍りついた者が2人


同じ机に居た


「あ、私もそれ聞いたことあるっす!」「いいですねそういうのっ!そういえば私もお祖父様から聞いたことありましたっ」と盛り上がる3人に反して…ペトラを両側から挟むシオンとマウラは目を見開いて固まったまま視線だけをペトラの指で煌めくリングに向けている


何よりも…


「そ、そうなのかっ?へ、へぇ…た、大切な人…我が…うむ…そうか、そうか…ふふっ、大切な人か……我、贈り主のモノなのだな…うむうむ…」


顔を朱く染めてデレッデレに照れるペトラを見れば、それが随分と素敵な贈り物なのは間違いなさそうだ


悪い気はしない、どころではなく心の底から嬉しそうなのがまた目立つ

スーリも「おぉ…ペトラっちのこんな表情初めて見たっす…これ、もしかして先生…」と小声で呟いているのが聞こえた者は居なかった… 


周囲には、狙っていた少女に男の影が見えて阿鼻叫喚に陥り、眼の前の三人の少女は同級生の友人から見えるちょっと進んだ世界にきゃあきゃあと盛り上がり、そして両サイドの少女は、つぅー…と一筋の汗を伝わせる


まさか…


(か、カナタと同じ期間休んでたのは変だとは思っていましたけど…なにか進めましたねペトラ…!その表情…どこまでいったんですか!?…いや、まさか…っ…)


(…ペトラが見たこと無い顔してる…!…嬉しそう…幸せそう…なんだろ…指輪、カナタから貰ったのかな…?…でも……)


すん、すん…すん、すん…


「うおっ、ど、どうしたマウラ?急に匂いなんて嗅ぎ出して…まてまてっ、こんな所でおかしなところまで嗅ぐなっ」


「……っ……カナタの匂いする……!……すっごく強い…っ…!…こんなに匂い移るなんて……変…っ」


ぎくんっ


ペトラの体が僅かに跳ねる

「…っい、いや、看病してもらっておってな。…あ、後でちゃんと話すから今はよせマウラ……!」と慌てた様子のペトラはマウラの耳元で小さな声で囁く

その隣からペトラの太ももを前の3人からは見えないようにぎゅっ、と掴み「……後で詳しく聞かせてもらいます。……根こそぎ、何もかも、です」とジト目のシオンが囁やき、これにはペトラも無言でこくこくと頷くのみ…


「な、なんかあったっすか?」


スーリの疑問の声にしゅばっ、と元の体勢に戻ったマウラとシオンが何事もなく「いえ、お気になさらずに。こちらの話です、ええ」「ん……大丈夫……」と平然と言い放つ


その後は先程通りの穏やかな昼食の時間に戻りはしたのだが…ペトラは1人、とある事で頭を悩ませていたのであった


それは学院に戻ってくる前日のこと…今から2日前の事である



〜〜〜


〜〜




【side ペルトゥラス・クラリウス】


ことり、とベッドの横に置かれた机の上に湯気の立つカップが2つ置かれ、カナタが隣に腰を降ろす

互いの格好もカナタは下着のみで我は裸体にブランケットを羽織っただけ、というものであり、まぁ見て分かる通りつい先程まで……その…愛し合っていたわけなのだが


以前、王国の宿でマウラが朝起きぬけにカナタとコーヒーを嗜んでいたのを見て、猛烈に羨ましく思ったのが懐かしい…今の状況は正直その比ではないが…


カナタが持って来てくれたカップにはコーヒーではなく良い香りが登る琥珀色の紅茶が淹れられているのは我が好きなのを知っているからだろう


「なぁ、ペトラ。お前達が色々…その、そういう情報を共有してるのは分かったけどさ。……この件に関しては…」


「…分かっておるよ。この指輪を創ってくれた時に言っておったものな。…『勇者に辿り着いたで賞』…己の力で、そなたを知って欲しいのだろ?そこまで無粋な真似はせん」


「…わり、ありがと。こればっかりは、俺の我儘だからな。…まだ、怖いんだと思う。ペトラはここまで受け入れてくれた…自分でここまで来て、自分の気持ちを伝えてくれた。…でも他の2人がどうかは正直…自信なくてな」


ずずっ、とカップを傾け吐息を漏らすカナタはそれでも、自信なさげに目を伏せる

こやつの秘密主義も相当なものだ。事実、これまで誰にも悟らせずに生きてきたのはそれを恐れてのことだった


「…そなたの不安も、今回でよく分かった。何を恐れておるかも、しっかりと理解はしたが……カナタよ。そなた…あまりあの2人を舐めない方が良いぞ?」


「………俺も、信じたいとは思うけど…どうしてもな、こんな俺が受け入れられるかって…いっつも不安になる」


…こやつの己への評価は少し歪んでおる


勇者というのが、我らからすれば英雄であり救世主なのがあたり前の認識なのに奴にとっては数多の生命を奪い去ってきた犯罪者とでも思っておる節がある

命を奪うことに慣れてしまった自分が、汚れて見えておるのだな


「…のぅ、カナタ。そなたが奪った命も知性のない魔物が多かったのだろう?それによってどれだけの命が未来に繋がったかを考えてくれんか?」


「俺が殺してきたのは魔物だけじゃない。知性のある魔神族も…人間も殺してきた、大勢な」


「…それで、そやつらはどれだけの者を苦しめてきた悪漢だった?どれ程の私欲で人を傷付けてきた無法者だった?…言ったはずだ、そなたは間違えておらん。…我の知ってるカナタと、何も変わらんよ」

  

「…………………」




………ぎゅぅぅぅ…っ




「ふおっ…か、カナタっ?」


「ありがとなぁ……」


少しの間こちらをじっと見つめてくると羽織ったブランケットごとカナタが強く抱きしめてくる


染み染みと言うカナタに胸の鼓動がバクバクと暴れてしまう…っさ、散々それ以上の事してたのにっ


でも…カナタの背中に腕を回して強くこちらも抱き返す。いつも我らを導いてきた大きな背中が、こうして見ると…今は少し、我らと同じに見える


ひとしきり抱きしめたカナタがぽん、と背中を叩いて体を離し…抱きしめた時に落ちそうになったブランケットを掛け直してくれ…


「…ちょっと、また抱きたくなったけど、やり始めたら学院に帰るタイミング無くなるからなぁ…」


「またってっ…そ、そなた本当にどれだけ底無しなのだっ。今だって、我っ足つけて歩いたら座り込んでしまったのだぞっ」


「ちなみにあと2、3日は全然いけるな。正直…ペトラのこと、どれだけ抱いても全く足りないって思う。俺、こんなにお前のこと好きなんだって、改めて実感してるよ」


そ、そんなにかぁっ!?

いやまぁ、顔から火が出そうなくらいめちゃくちゃ嬉しい事を言ってくれておるし…か、カナタにされるのは好きだし…まぁ、時間が許すならば…や、やぶさかではないが……そ、それにしても底無しすぎるっ!


そ、そりゃ我だって、カナタと体を重ねるのは嬉しいし、愛し合えてるのもカナタからの心も直接伝わってくるし…思いっきり体の奥までカナタを感じれるから大歓迎ではあるが……い、いやいやいや!き、キリがなくなってしまうっ!


「ま、まぁ、それは…そろそろ止めておいた方が良いな、うむ…。な、何にせよ!シオンとマウラにはそなたの事は言わんでおくが…我は時間の問題と思うぞ?シオンも賢く行動力も強い、マウラも己の欲する物に追い縋る力はピカ一だ。……予言してやろう、必ずあの2人は…そなたにたどり着き、そなたの真の姿を受け入れ愛してくれるだろう」


「ペトラ……」


こちらを見るカナタの表情はどこか考え込むようにも見える

信じたい、でも不安は完全には無くならないといったところか…


「…とは言え、これだけの期間休んでしまうと追求は避けられんぞ?何かしら話してやらねばならんが…あの2人のように、何か我にそなたのヒントを持たせるのはどうだ?」


「…そのつもりではあったんだけど…そこまで情報共有してる3人の関係だと、下手に隠し事があると関係が悪化したりしないか心配でな」



「そこは…大丈夫だとは思うが…あ、あの2人もそなたの事になるとなかなか厄介でなぁ」


「そ、そんなにか?」


…やはり舐めておるな、カナタ

我も含めて、あの2人がどれだけそなたのことを想っておるのかまだまだ分かっておらん…

恐らく、秘密にしたとしてもいずれボロは出るし今回の件はかなりの追求は免れられん


…と、いうか…


「…我がカナタと体を重ねた事は、まず間違いなく隠し通すのは無理だぞ?シオンは恐らく…我とカナタが同時に休んでいるのを怪しむはずだ。問題は…マウラだな。どんな所で勘付くか一番気が抜けん…」  


「ま、まぁそこは知られてもいい…のか…?いやめっちゃ恥ずかしいぞ!?俺どんな顔であの2人と顔を合わせればいいんだよ!?いやっ流石に…な、何をどれだけシたのか、とかっ、話さないよなっ?」


「いーや、根こそぎ話してやるっ。どれだけそなたが規格外で我がどれだけ啼かされたのかっ、何をどれだけされて我がどうなったかっ、1から100までがっつり語り尽くしてやるっ!せいぜいあの2人からの羨望の視線に震えるがいいわっ!」


「おぉいっ!?…ってか羨望!?羨ましいのっ!?」


ふんっ

悪いがここは我らの「協定」に関するからのぅ

何もかも話させてもらうぞ?

我だって恥ずかしいのだ、何をしたのかくらい語ってもよかろう、そなたも我慢せいっ


「と、取り敢えずそれは置いておく…っ。…そうだな…話でいいのはひとまず…」


どこか顔を赤くしたカナタが、我に情報を引き渡し、我がそれを精査して絞る情報と渡す情報を整理する  


我も…あの2人には己の力でカナタに辿りついて欲しい


試練…と言えば仰々しいが…我が言ってしまえば簡単だ。我がカナタとあの2人を繋げてしまうだけになってしまう。あくまでも、これは…カナタとシオン、カナタとマウラの関係の問題だ


だから、我は見守るのみなのだ

 




〜〜


〜〜〜



「さて、聞かせてもらいますよ、ペトラ。……この休み中、カナタと居たんですね?何かありましたね?…ばしばし吐いてもらいます」


学院が終わり、それぞれが寮に戻るや否やペトラの部屋へと流れ込むシオンとマウラは鞄も放おってペトラをベッドの上に座らせるとその退路を経つように、ずすい、と迫る


二人の目はガチである


ここ一番真面目な顔でペトラに詰め寄っていた


「わ、分かったから落ち着け!話す話す!まずは…そうだな…最初はから話すか…」


どうどう、と2人を落ち着けさせるようにしながらも順番を建てていくペトラが最初に挙げたのが…己の左手薬指にきらりと輝く指輪だった


間近へシオンとマウラの顔が近寄るが、その精巧緻密な造りと彼女の魔力光をイメージしたかのようなエメラルドグリーンの結晶…どうみてもペトラの指のサイズにぴたりと嵌るように造られたオーダーメイド中のオーダーメイド


適当なプレゼントな訳がない


「ペトラの反応で確信しました…カナタからの贈り物ですね、これは。…というか、どこに行っていたのですか?体調を崩した、というのは嘘ですね?」


「うむ、これはカナタから贈ってもらった物だ。ちと、カナタに聞きたいことがあってな。用事も併せて済ませる為にカナタと家に戻っておった。あと…昨日ベッドから立てなかったのは本当はだぞ?…一応…」


「…これ、綺麗………もしかして…魔導具……?」


「いくつかの機能が着いているらしい。これはな、一応だが…ただの贈り物ではないのだ。…そうだな…試練を乗り越えた証……とでも言うべきか……ちと、色々あってな。それでカナタが造ってくれた」


ペトラにしては、かなり含みのある言い方だ

いつもならばもっと分かりやすい例え等を交えて話してくれる彼女がこのようにふわり、とした例えでぼかして話すということは…


(…何か…私達には伝えられない内容の話…または思い切った行動をカナタへ実行した…ということでしょうか。『試練』……修行でもつけてもらった…?いえ、そういう時は私達全員をカナタは相手にするはずです。では何を……何日もかかったのはその試練のせい…?…情報が足りませんね)


「…私も欲しい……けど…簡単に造ってくれる訳じゃ無さそう…だよね…?」


「そうだな。まず、そう簡単にはいかん。最終的には…本気の戦闘に発展したからな。文字通りも使った全力全開で挑まなければならんかった」


「「っ」」


ペトラが己の胸の中心をぐっ、と抑えるように手を当てれば流石に驚いた様子の二人

それは恐らく…今まで人目に付かない場所でこっそりと使用感を確かめるに留まっていた筈の、あの装備を使ったということ


カナタから造って貰った装備を使用する時点で尋常の戦いではない…ましてや全力全開の力で、あのペトラが挑んだ…


(そんな馬鹿な……っ。その装備を…『嵐纏あらしまとい』使った全力ということは…ペトラは刻真空撃エストレア・ディバイダーを使った、ということことになります…!私の物差しが正しいならば、カナタに勝ち目はありません!)


「……か、勝ったの…ペトラ…?」


恐る恐るなマウラの問に、ゆっくりと首を横に振る振るペトラ


「…大敗した。途中までは善戦したと思ったのだが…結局、あやつが本気を出してからは傷一つ付れんかった」


……………絶句


2人はペトラの強さをよく知っていた


本来、風の魔法で防御や援護に回ってくれているペトラが、特異魔法を使用しての戦闘となった場合どれ程常軌を逸した戦闘能力を誇るのか


裏方に徹していた彼女が、特異魔法と戦闘装備『嵐纏あらしまとい』を用いて戦闘に全てを振り切った場合の戦闘力は恐らく…その頭脳的な立ち回りや魔法技術の高さも併せてこの3人の中でも…単騎ならば最強に近い強さを誇る


その彼女が…全力で挑んで敗れた…?


(あ、有り得ません…!特異魔法の魔力を交えただけでも、カナタに決定打は入れられたのに…それをさらに修練して嵐纏あらしまといまで使ったのなら…勝てないはずは無い…!)


「……魔導具、使ったんだよね…カナタ…。…私達が知らない…凄いの…」


「っ…確かに…。それしか考えられませんね。そして…ペトラ、それを明かすことは出来ない…ということでしょうか?」


「…うむ。明かせん。これは…カナタきっての頼みだ、すまん」


少し目を伏せるペトラだが…自分でもカナタに頼まれればそうするだろう

シオンもペトラも、そこになんの恨みも理不尽も感じることは無かった…




しかしッ




「…じゃあ…………なんでペトラからこんなにカナタの匂いがするの…っ?…すっごく濃い匂い……っ」


「そうですね。それを吐いて貰わないといけません。さぁっ、キビキビ白状してもらいますペトラっ!」


「そ、そっちかっ!?切り替え早くないかそなたら!?」


そう!気になるのはそこ!


マウラの鼻に狂いはない

特に…カナタ関係では絶対に間違いないようなイカれた精度を誇るのだ

その彼女がここまで言うことは今までに一度も無いのだ!


そう…これは彼女達の協定に直接関わる問題なのだ!


知っておかねば、いけないのであるッ!



そして…これを受けたペトラの「そ、そんなに匂うかっ?…ち、ちゃんと洗ったのだが…っ」と自身の身に鼻を当て、すん、と鼻を鳴らす仕草が、2人に落雷のようなショックを与えた!


そう、この反応は間違いなく……!




「…ペトラ…っ……カナタとえっちした…っ!」



ババーンっ、と効果音が鳴りそうな勢いでマウラがびしっ、と指をさす

もはや疑う余地もない…マウラ審査員からの判定は…赤!迷うことのない断言にはペトラも観念するしか無く…


「……う、うむ……我、えっちした…」とマウラみたいな言い方になってしまう!

顔が真っ赤だ!視線を少し反らして体をもじもじと恥ずかしそうに揺らすペトラは…なんという「女」を感じさせる事だろう


2人に戦慄が走る…!


「全然、この前と雰囲気違う…なんというか…エロい!」と素直に思ったシオンとマウラ

それこそが、他ならぬ彼と致した証拠だろう

だが…信じられない!

いや、数日前にマウラがほぼゴールに手をかけていたのだから有り得ない話ではないのだろうが…今迄大きなアクションを起こしてこなかったペトラがここまで大きく出るとは思わなかったのだ


シオントマウラの手が、がっしっ、とペトラの両肩を掴む

凄い力だ、体が動かせない…!


「詳しく!」「……聞かせてっ…!」


「や、やはりかっ…その…ど、どうしてもか?我、流石に恥ずかしいから出来るなら話したくは…」  


「「ペトラ?」」


「あ、はい。話します…」


ペトラが敬語になった!

それ程の圧が、今の2人にはあったのだ!


(カナタ…そなたの事は少し後で、話すことになりそうだ…)


脳裏で顔を赤くしていたカナタに「すまぬ…」と謝りながら、迫る2人に話し始める


それはもう、詳しく、詳細に、細部まで…





…………………


……………


………








ぷしゅぅぅぅぅぅぅぅ………



真っ赤なシオンとマウラから煙が立ち昇っていた


めちゃめちゃ恥ずかしそうなペトラが目の前でその様子を見ており「だ、だからあまり話したくなかったのだ…」と俯いている


そう、ペトラから語られたあらかたの内容は2人が想像していたよりも遥かにディープで、遥かに激しく…遥かにあっつあつな内容だった


藪を続いてドラゴンが出て来てしまったのである


「あ、あのカナタがっ…そこまで………っ。い、いやっ、というより昨日戻ってくるまでずっとですか!?ずっとしてたんですか!?ペトラ、居なくなったの5日も前のことですよね!?」


「う、うむ…そ、そうなるな……」


「…すごいっ、カナタ……っ…てことは…私も…あの時そのまま行ってたら…っ」


「ま、まぁ、我の場合はちと、その前に行ってたカナタとの戦闘や諸用の関係でな…互いに心が熱くなっておったというのもあったが……」


「で、では昨日寮に戻ってきてたのにベッドから立てなかったというのは…っ」


「そのままの意味で……カナタに足腰抜けるほどされて立てなかったのだ…いや、されたというか、したというか…。今もちと、膝が笑っておる…」


「…おーっ……すごいっ……いいなっ……」


「ま、マウラ?言っておくが…かなり互いに体を使うから…その…受け止めるのは相当な負担があるぞ…?か、カナタはな、あまり言うとあやつも恥ずかしがるのだが…相当な性豪でな?」


「…悪い事なの…?…カナタ、すごいっ……ドキドキ…止まらない…っ」


こてん、と首を傾げるマウラ

ペトラとしてはあの尋常ではない精力に注意喚起をしているつもりなのだが彼女はかなり興奮気味だ

目はキラキラと輝いており「…もっと聞きたい…っ」と類を見ないほど心を踊らせている


「ペトラ、ペトラ…じ、獣人はパートナーとのこういう本能的な行動には結構好意的なんです…。多分、マウラも…」


「む、な、なるほど……まぁ、好意的なら問題はないか…だが、多分1人では太刀打ちできんぞ?…カナタ曰く、あと3日はぶっ通しで出来たそうだからな…これでもカナタも自制して早く戻ってきた方なのだが…」


「みっか……!?じ、時間の感覚が変では…っ?というか、そんなに出来るものなんですか!?…い、いやっ、待って下さいっ…ペトラ、その……で、どうするんですかっ?」


思い出したように尋ねるシオンの心配は当然ながら、男女の営みには付き纏う1つの可能性についてのことだ


この世界にゴムを高度に加工する技術は存在せず、むしろ錬成師が存在する分、鉄や石の加工の方が進んでいるくらいであり、当然ながら…非常に薄く体の一部に装着できるゴム製品、なんてものは存在しないのである


つまり、男女の営みで授からないようにする方法は服用するような物が一般的なのだ


しかし、その問いにペトラは己の薬指に嵌められた指輪を僅かに輝かせ…手の平に1つの木製ケースを出現させる

ぱか、とそれを開けば中に入っていたのは…なにやら皺のある乾燥した種のような物がざらざらと入っておりそれを見せるように差し出してくる


「…これは…種?…鼻に残るような甘い匂い……乾燥させた種子…………ムォッカの種ですか…っ。これ、かなり高額なのでは…?」


「知っておったか。カナタが家の中に保管してたムォッカの実から作ってくれてな。さらに追加で時間のある時に大量に採ってきてくれたのだ。……勿論、我は授かるのは大歓迎であったのだがな。ちと、こなさねばならん新たな目標が出来たから、追加で欲しいと我がねだって採ってきてもらった」


避妊薬は値段もピンからキリまで様々あるが基本的には効果、即効性、副作用、持続性の4点で値段が決定される


安ければ効果も低く、副作用があり、高級な物ならば即座に強い効果を表し、副作用も殆どない。基本的には魔法効果のある木の実や花等の植物…魔草や魔樹から採取される


魔力の沢山蓄える素材からは効果の高い薬が作れるが、当然ながら魔力が多い場所というのは総じて魔物や魔獣がおおく棲息する事から、避妊薬は実用的な物ほど高額になる


そして、その頂点がムォッカの実の種を乾燥させたドライシードである


実の評価は最悪だが、その種は非常に高性能な魔法薬効を持っており、上位貴族なんかは要らぬ相続問題を避けるために必ず常備しているような物だ

とは言え、高ランクの魔物や魔獣が棲息する危険性の高い場所にしか生えないムォッカの木に成る果実は採取に相当な難易度があるのだ

特に、昆虫型の魔物や魔獣はムォッカの木から滲む豊富な魔力を含んだ樹液を好物として集まる為、採取する場合は必ず戦闘が発生する


事実、これを専門に採取する高ランク冒険者も存在しており、貴族や娼館等からは大変重宝されているくらいに需要が高い


これを湯水のように用意できるのは金持ち貴族だけである


…ちなみに、カナタが採取しに行った時はリーバスの森に生えていたムォッカの木周辺の魔物はカナタとペトラが激突させた膨大で異常な程に激烈な魔力の波動を受けて森の深部へと逃げ去っており一匹も居なかった


…それがまるで徳用袋入の駄菓子のように小さめな箱の中でざらざらとたっぷり入っているのを見るに…カナタの彼女への思慮が見て取れる


「……それが…こんなに必要な程なんですか?私の記憶ではムォッカのドライシードは、10回分で荷台付きの魔馬1頭と同じ値段ですし…確か薬効は事前と事後4日以内に服用すれば即座に効き目がある筈ですが…」


「シオン………カナタを舐めない方が良いぞ。…焚き付けたのは我だったが、火が着いたカナタは…三日三晩、食事以外は寝落ちるか我が意識を飛ばすまで常に求めてくれたからのぅ…」


「常にっ…!?き、休憩とかはっ?」


「我が何度休憩を求めたと思っておる?休ませてはくれんぞ…?」


「お、お風呂くらい入った方がっ…」


「腰が抜けて歩けない我を風呂に入れてくれたのはカナタだったが……風呂場でもしておったな」


「だ、男性ってそんなに…っ…その、出せるものなんですかっ!?」


「魔力が強ければ肉体は常人を遥かに超えるからのぅ。カナタは…ちと超え過ぎだが…。我もこの肉体が常人よりも強いおかげで、むしろ立てない程度で済んだ、とも言える。……………何度も落ちたけど……」


「そ、そんなに…っ…じゃあ、カナタは果てるのが遅い…とか、そういう感じで…?」


「いや、普通だぞ?ただ…回数がヤバい。底無しだ、あれは……」


「回数っ…えっ、じゃあカナタが果てた分って、その、まさか…っ」


「…ほぼ全部、我の腹の奥だったなぁ…。しかも、その度に…その…わ、我が言うのも恥ずかしいが……耳元で息を乱したカナタがずっと好意を囁いてくれるから…幸せと気持ちよさで頭がおかしくなりそうだった…」  


真っ赤な顔で唖然呆然のシオン

真っ赤な顔で思い返して苦笑いをするペトラ


そりゃこんだけムォッカのドライシードが必要になる訳である


(…というか、それ本当にカナタですかっ!?ふ、普段の姿とイメージが全然違いますっ!なんですかその夢のような状態はっ!?えっ、カナタって振り切れるとそこまでしてくれるんですかっ!?あの分厚い理性の壁を越えた先にそんな天国が…っ!)


(…カナタ、すごいっ………私も……沢山したいっ……!…そんなにされたらどうなっちゃうか…分からないけど…でも…どうなってもいいかも…っ)


2人の頭の中はカナタの見たこと無い姿にパンパンになっていた

普段とのギャップというか、情熱家で愛情家な熱い一面に心が嫌でも踊ってしまう


そして、その2人に…ペトラは改まって真面目に、2人の前で手にした種入りの箱を光の粒子に変えて指輪に吸い込ませ


「…2人共、よく聞いてくれ。この指輪も、ドライシードも…試練の先でカナタが贈ってくれた物なのだ。そして、そなたらがカナタを求めるならば…必ず、必ずこの試練にぶつかる。だが、その時は……」


一転、不敵な笑みを浮かべるペトラ

2人が必ず、自分と同じ場所に辿り着くことを確信したその笑みで




「そなたらの…カナタへの愛を示せば良い。どれだけあやつを愛しておるか…それを誇れば、どうにでもなるぞ」




いつものように強気に言って見せるのだった





















「ちなみに、ペトラ…気持ち良かったですか?その…されるのとか、出されるのとか…」


「バッ……な、何てこと聞くのだっ!?」


「……気持ち良かった…?」


「マウラまでっ!?そ、それは話す必要なかろうっ!」


「「どうだったっ!?」」


「………な、何度も…意識が飛ぶくらいには……き、気持ち良かった……頭がビリっとして…め、目の前がチカチカ点滅する…とか……」

 

「……どんな感じだった……?」


「どんな感じっ!?ど、どんな、と言われても…のぅ…」


「体の奥で受け止めるのって、どんな感じです…?」  


「わ、我にだって羞恥心はあるんだぞっ!?」


「「どんな感じっ!?」」


「…………その…し、幸せ、とか…愛おしい…とか…い、色々……は、腹の奥が熱く重たくなって……ふ、ふわふわする感じ…?…かのぅ……」

 


…このペトラの羞恥心への拷問は暫く続くのであった

何をされたか話すのは良かったのだが…自分の感想なんて話すのはなんて羞恥プレイなのかっ


この心の傷を癒すべく…その夜、ペトラはこっそりカナタの元へ行き、癒やしてもらっていたとか…




「お前…なんて恥ずかしい話を…!」


「し、仕方なかろうっ!そ、そもそもっ、そなたのせいでもあるのだからなっ!」


「くっ……仕返しに…もっと頭をビリっと、眼の前チカチカさせて、腹の奥からあっつあつのふわふわにしてやる…っ」


「ちょっ、カナタっ!?もう十分されたっ、されたからっ…んんっ…カナタぁっ…!あ、明日登校日っ…だからっ、あまり無茶はっ……んっぁっ」


……翌日、まためっちゃ追求された


朝からペトラが眠そうに、脚もふるふる震わせ少しよろけながら歩いているのだから当たり前である……

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