第45話 勇者・ジンドー


「おい、ペトラ…!?」


「…『換装エクスチェンジ』」


「っ!」


唐突の激流のような魔力に驚きの声を上げ、何をしようとしているのか、彼女の方を見ればその口が小さく呪文を紡ぐ


紡いだ呪文に応えるように、ペトラの胸の中心から光の粒子が溢れ出し、彼女の体に纏わり着いていけば、それはすぐさま形を成して具現化を始めた


先程まで着ていた学院指定の制服からライトグリーン色のノースリーブ型メインインナー、その上から背中の中程までしか丈が無く、袖をかなり詰めたショートパーカー、指貫のグローブに機動性を追求したショートパンツ、各所に施された装甲状の金属パーツに白のアクセントを加えた明るい緑はこの草原の緑と相まってさながら自然の猛威が人の形を成したかのように見える


足首まで伸びたソックスはかなりしっかりとした作りの革製に見えるブーツに金属の装甲を施した実践的かつ戦闘的な無骨といえる形状…


そして、身に纏った戦闘服からくっきりと透けて見えるよう、胸の中心に紋様が光り輝いていた


まるで空から光が落ち、地面を破壊するかのような意匠が○の中に収められたそれは、紋様に乗るように鋼鉄の兜と思わしき物が刻まれたもの


紛うことなき、カナタ自身が彼女に刻んだ弟子の証


手に握るのは一本の金属製の棒であり、彼女の身長に及ぶ程の長さがあるそれは、ペトラが、きゅっ、と握りしめると光の線が走り


機械的な音を立てて瞬く間に変形していく


弧を描く形に細かなパーツが展開していき、初めからその形であったかのように、弓の姿をとれば、まるでレーザーのように光の弦が結ばれる


「…この弓の名はアルドラ…であったな。カナタ、そなたが教えてくれた…この弓は、我の意志を無窮の彼方へ放てる、と…。その言葉、信じておるぞ。…今から我の意志を、心を…彼方カナタへ放つ!」


それが、開幕の合図となった


左手に持つ弓を地と水平に構え、右手の人差し指と中指の2本を弓の中心に添え膨大な魔力を操る


「さぁ、カナタ。本気で来なければ痛い目を見るぞ?」


「っ…みたいだな!なんでか知らんけど…やるって言うならしゃーない!」


ペトラの周囲を10の竜巻が取り囲み、大地を削り上げながら彼女の周りを旋回し初めれば、その竜巻から無数の風刃が乱れ打ちと云わんばかりに正面へ…カナタの方向へバラまかれる


当たった地面がざっくりと深くまで切り込まれているのを見るに、当たれば輪切り間違いなしの威力


それが雨あられと飛んできている


「おいおい…!マジで殺す気じゃないよな…!?」


飛び交う風刃を紙一重で躱しながら一直線にペトラへと直進するカナタ…あまりの面制圧能力は遠距離戦で凌ぎ合うのは不可能と判断するのに余りあった


故に、狙うのは近接戦

まずは格闘に持ち込み彼女の持つアルドラを叩き落とさなければならない…あの弓は魔法を増強、補助する杖の機能が搭載されているのだ


持たせたままではジリ貧…


突撃を開始したカナタ…その体をが殴りつけるように直撃した

まるで暴風の束が頭突きするかのような異様な光景である


「ぐ…あっ!…いってぇ…!洒落になら…おい、まじか…!」


地をボールのように転がって飛ばされたカナタが途中、体勢を無理矢理立て直して両足から着地し見上げた先


ペトラの周囲からそびえ立つが10対20個の輝く双眸でこちらを睨みつけていた


竜巻が凝縮され緑の螺旋が分厚く重なり合い、その先端は膨らみ蛇の頭部を象る…彼女を中心に暴風を束ねた10体の、30mはあろう大蛇が体をくねらせペトラの背後から鎌首を擡げているのだ


形だけではない。口を開け牙を剥き出しにし、二股に別れた舌がシュルシュルと見えている姿はまるで生きた大蛇と見間違える、まさに生ける暴風


圧倒的…今までとは魔力、技術、共に次元が違う


「…聞かせてくれ、カナタ。誰よりも早く、我はそなたに確かめなければならんのだ……カナタよ…」




" そなたの名前はなんだ? "




目を見張った

彼女の言わんとしている事が何であるか、見当がついたのだ

「ついに、この時が来たか…」と風にかき消える声で諦めたように呟いた


「…なんだと思う?『カナタ・アース』…っていうのは、求めてる答えじゃないな?」


「思うに、カナタ…その『アース』とやらは偽名だな?何か故郷に関係のある言葉ではないのか?…本当の名前があるのではないか?」


「…どうかな。なんだと思う?」


「…あくまで我から言わせるか。思えばタイミングが良すぎた。何故我らが王都に入った時に勇者が再来したのか、仲間不信と言っておった勇者ジンドーはなぜ、その仲間達の誤解を解いたのか…。あの日、本当は仲間達が勇者のことを想っていたと語ったのは恐らくラウラさんだけだった。我らに対して、それを語ってくれた…風呂場でな」


カナタからの反論は無い

静かに、彼女の言うことを聞き続ける


「……あの時恐らく…は隣の男風呂で我らの会話を聞いていたのだ。そして、3年の月日を破って姿を表す決意をした。都合よく…は慣れない酒に潰れていたのだから、さぞ動きやすかったのだろ…違うか?」


「…それは勇者に聞いてみないと分からないな」


平気な顔でそう応えるカナタに向け、暴風の大蛇が動き出す

アギトを目一杯開いて突進し、その竜巻の体内へカナタを飲み込もうと大地ごと平らげる勢いで差し向けられた


それが3体同時に、左右上の3方向から


残された退路である後方に咄嗟のバックステップを踏めばコンマ数秒の差で大蛇は一点に同時に突っ込み爆発したかのような爆風をまき散らす


カナタの額に冷や汗が伝う


生身で当たればタダでは済まない


はっ、と魔力の異常な高まりを感じてペトラを見れば残された七本の大蛇の口が開かれ、その口内に新緑色の光球が凄まじい勢いでチャージされていくのが見える


「我がクラリウス家は、故郷の里では導師の家系だ。かの里で全ての魔法知識を収蔵し、必要ならば教え導く魔法者の一族…カナタよ、教えてやろう。故郷に帰りたいと言っていたが、そなたの遡行の羅針盤トレーサーコンパスでは無理だ。どんな魔法を駆使しようとも、この世界の転移魔法は原則として…


「……ったく、もっと早く教えてくれよな…ほんと……」


苦虫を噛み潰したように苦い表情を浮かべるカナタの言葉は彼女にも聞こえていただろうか

手にした羅針盤をまじまじと見つめながらそれをカナタに見せるように…


「しかし…こんな非常識な魔導具を自ら創り出した…そんな事が出来る輩がこの世界に何人居ると思う?…いや、知らぬなら教えてやろう。…だ。この世でただ1人しか、こんなイカれたアイテムは造れん」


ペトラが指先を振り下ろすようにカナタへと差し向けた瞬間、暴風の大蛇達は口内に溜め込んだ破壊のエネルギーを解き放つ


魔力による衝撃と暴風を圧縮したそれは、さながら新緑色のレーザービーム

正面の全てを粉砕し巻き上げる脅威の破壊力が実行され、爆発の変わりに風と衝撃がドーム状に広がりそう広範囲にクレーターを刻む威力を発揮した


あまりの威力に離れたはずのリーバスの森がビリビリと震え魔獣や魔物がざわつき野生動物が天変地異と勘違いして逃げ惑う…


彼女の纏う風に連れられたのか、天空を覆う分厚い雲は次第に雨を降らせ始め、すぐさまスコールのような滝と思えるほどの大雨が全てを濡らし始めていった


破壊の嵐が過ぎ去り、土煙が雨風に浚われていった後


全身に土と傷を見せるカナタがクレーターの中心で膝を着いていた


「けほっ…はぁっ…はぁっ…!きっつ…!てか、話したいんじゃなかったの!?3人揃って実力行使ばっかりしやがって…!誰に似たんだ、ったく…!」


「くっくっ、そりゃ間違いなくそなたの弟子だから、だろう?いや、我らが何者の弟子なのか…それを教えもらおうか」


直撃を受けたカナタは無傷とは行かなかったが無事だった

だがダメージはある


どこかで見たようなやり方に思わず悪態を着くも、楽しげなペトラの凛とした声音を聞けば、くっ、と唸るのみ…反論など出来るはずもない


「さらに言うならば、今回マウラが持って帰ってきた話だ。そなたが倒すのに手こずる魔物がそう安々と居てたまるものか。でなければリーバスの森なんかに棲家を構える訳もなかろう。街に近寄りたがらないのも王国との不和が原因……その封印した、という魔物…随分と大きな龍なのではないか?…ほれ、4体ほど、同じのがおるとか」


「イヤらしい言い方しやがって……そこは俺には影響されてないな…。そこまで分かっているなら、言ってみろペトラ。……………………………………俺の本名は?」

















「カナタ・ジンドー…………いや、異世界チキュウ・ニホン国に倣うなら………ジンドウ・カナタ。それがそなたの真の名だ」








【sideペルトゥラス・クラリウス】



その名前を口にした後、カナタは少しの間なにも語ることはなかった

僅かに伏せた顔からはその表情が伺えず、それが正解かどうかを語ることもなく、「ふぅ…」と大きく吐息を漏らしてゆっくりと立ち上がった



「…もし、ここに辿り着ける奴が居るなら…ペトラ、お前が一番最初だと思ってたよ。ああ…ようやく来たか、そうか…ははっ」


直後、黒紫のスパークと共にカナタの体からこれまでのカナタからは想像も付かないような異次元的な魔力が爆散した


いや、そう錯覚するほどに濃密で、膨大な濁流のように凄まじい魔力が大気を震わせた


どこか楽しそうに、どこかヤケクソ気味に笑いを漏らしながらこれまでの彼とは完全に別人のようにも見える変様に額を一筋の汗が伝い落ちる


(っ!…なんだこの魔力の量…いや、圧は!?あり得ん…人の身に収まるような物ではない!)


「…お前が、お前達が何に想いを寄せたのか…寄せてしまったのか。…教えてあげよう、お前達が好いた相手がどんな怪物か…」


あまりの強烈な魔力の放射にリーバスの森で先程までペトラの魔力に慌て騒いでいた魔物や魔獣の音が、尽く止んだ


動き、鳴き声を出すことすら恐ろしい

気の弱いただの動物などは強すぎる魔力のプレッシャーに意識を手放した


あり得ない…こんな魔力を湛える生物が存在する訳がない…


我は…自然と手にした弓をカナタへと向けて構えた


突撃させた3体と他7体居る暴風の大蛇…『天帝の蛇王アヴァラス・ギドラ』を己の背後に集結させ、その口内に先程の比ではない膨大な新緑色の魔力エネルギーを凝縮させる


天帝の蛇王アヴァラス・ギドラ』…破壊の風を風を編み凝縮、圧縮させて象り想像した10の大蛇を付き従える魔法

物理攻撃はおろか、大蛇を介した攻撃魔法の発動すら可能にし、どんなに破壊されようとただの風である大蛇はすぐさま元に戻る…不死身の蛇王


左手で構えた弓に、右手に顕現させた風を編んだような槍…にしか見えないそれを弦につがえる

すぐにでも火力を集中させられる状態…この状態ならば人の世界でも一握りの力と言えるのは間違いない


しかし、それを目の前にしてカナタは…不動 


その口が、紡いだ



「……纏鎧エクスチェンジ…第一戦闘出力…『リベリオン』…起動」


その瞬間、彼の左胸…心臓の真上の辺りが光を放った

それは…先程の自分と同じもの、換装魔法と同じ種類の輝き…天より下る閃光が、大地を穿つその紋様が服から透けてペトラの視界に飛び込んできた


そう…己の胸にも刻まれた紋様と同じ…


直後、カナタの胸を背後から突然現れた漆黒の金属パーツが覆い、機械的な合体音を立てて瞬時にこの世界では見ることのない鎧のような部位に成る


同じように、カナタの周囲から黒紫のスパークと共に出現する漆黒の金属が次々とパーツを展開し、他の金属と合体 


腕も、足も、胴も、漆黒の鋼鉄で覆われる

全身鎧…なのには間違いないが形状が異様だ。鎧の関節部…ジョイント部位に隙間がなく、隈なく金属に覆い尽くされており、中に人が入っているとは思えないような…人型の金属体に見える分厚い鉄の塊


この世界では存在せず、元の世界でも空想上にしかない強化外骨格パワードスーツ、と呼ばれる兵器が、ペトラの眼の前に存在していた


最後、頭部の兜がカシャン、と彼の顔を覆い尽くせば、その機械的な双眼のバイザーにブォン、と光が灯り…鎧の左胸に刻まれたこの世界で最も有名な紋様に光が宿る


その形は、横向きの兜とその手前で稲妻と剣が交差した特徴的な紋様…もはや、この存在が何者なのか、間違える者など居るはず無い




「改めて、名乗ろうペトラ。俺の名前は神藤彼方…この世界では『黒鉄の勇者』…なんて呼ばれる、歴史上最凶の破壊者にして…最悪の殺戮者だ」



今度は、その声にマシンボイスが被さることは無かった。聞き間違えること無く、それはカナタの声そのものだ

しかし、分厚い鋼の向こうから拡声されたようなその声は確かにいつものカナタとは…違うように聞こえた


「カナタ・アースはな、勇者なんて面倒なモンを隠すための、ただの飾り。世に俺の存在を隠す為だけにあったんだが…残念ながら、これが俺だ。この鎧を着て、目的の為に全てを壊し、立ち塞がる者は尽くを粉砕した正真正銘の怪物…それが神藤彼方だ」


その姿を見せるように手の平を上に向けて見せるカナタ

その手を握りしめた瞬間、胸の中央に見える純銀色の球状パーツが光を放ち始め、鎧の各所に走るラインに光が宿り、背中の展開パーツから魔力の光が本流となって噴き出し…


黒と紫の混じり合った爆発的なスパークを拡散させながら、眼の前に星でも落ちてきたかのような魔力の波動を爆散させる

ビリビリ、ビシビシと地が悲鳴を上げ本能が目の前の存在から離れなければ、と必死で訴えてくるのを感じるのは、迸る魔力が己の生存本能に警鐘を鳴らしているからだろうか


空気が震えあまりの魔力の波動に向こうの景色が歪んで見える程に、常識ハズレの超魔力が肌を伝播し銀の長髪が嵐の真ん中と思わんばかりに後ろに靡き流れる




ぞくり、と体が震えた






あまりにも膨大な魔力で他の全てを押し潰すプレッシャーを放たれ腰を抜かし…



その伝説的な鎧姿を目にして、圧倒されて意志がへし折れ…  



この世界の者ではなく、勇者であることを名乗られその異質を感じて引き下がり…



かつて、己が何を行いその自分を破壊と殺戮の権化であると称し、その異様を見せつけられ怖じ気づき…



…己を怪物と称し、それを語られ、それまでのカナタは紛い物とし、それに恐れて震え離れ去ろうとする…






















そんな…

















そんな事を……ッ!!















「本気で…ッ………本気でそう思ったのかッ!?カナタァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」














余りの、感情の発露に己の肉体から滾っていた魔力が限界を超えて溢れ出す

周囲を飲み込むような黒紫の魔力が我が新緑の魔力に押され拮抗し、衝突した場所で激しく火花が迸る


踏みしめていた大地が、魔力の爆散に耐えかねて足元を除き粉々に砕け散り一瞬雨水がドーム状に押しのけられ、どしゃ降りの大雨が瞬間…地面に到達することが出来無い程に…己の銀の長髪が激しく靡くのも気にせずに


この心が叫ぶのに共鳴し、10の大蛇が風鳴りのような咆哮を響かせる


一瞬の空白の後に、押しのけられた雨粒が一気に滝のように降り注いだ


カナタの言葉が止まり、我の魂からの叫びは彼に届いたのか…「……っペトラ…?」と少し意外そうにしていた


恐怖ではなく…この震えは、興奮だ


(今、我の前に『伝説』が立っておる…!幾星霜とこの世界を暗黒に閉ざした魔の神を滅ぼした、かの勇者が我と対峙しておるのだ…その男は我らの師であり、兄のようであり…想い人でもある。そして……ッ!ついに…ついにカナタっ、本当のそなたに我は触れておるのだな…!だが!…そのような言い方は許さん!…そんな風に脅せば我がそなたを恐れて引き下がるとでも思ったか、馬鹿者め…不器用な真似をしおって…!)




「…そうは思わないか?お前も知ってるだろ、勇者ジンドーの血まみれの覇道…俺のこの手が何千何万の命を奪い去ったか。俺がここに辿り着くまでどれだけの屍を積み上げて来たか。…そう考えれば俺に『勇者』なんてのは都合のいい称号だったよ」


「物は言いようだぞ、カナタ。そなたが奪った命ではない、救った命はいくつあるか数えたことはあるか?そなたのお陰で今、己の鼓動を動かして強かに生命を育む者がどれだけいると思っておる?」


「違うな。救おうとしたわけじゃない。いつだって、どの瞬間でも、この俺が救おうとしていたのはただ1人…この俺だけだ。この物騒な世界から自分を救い出す為に、死体の山を積み上げた。………今、この世に本当の勇者なんて奴は居ないッッッ!」


「ならば、何故ッ!歴代勇者の遺骨と遺品を全て持ち去ったッ!?」


「…ッ」


カナタが息を飲み込む…あの分厚い金属の奥で確かにそれを感じ取った

…この情報を我が知っている事までは、計算外だったようだな


「己の為だけだと?笑わせるなッ!したのだろう!?責めて、その亡骸と思い出の品だけは、故郷へと帰り着けるように!勇者召喚魔法陣を破壊したのも、これ以上自分と同じ境遇の者が現れないようにしたのだろう!我らをあの時魔神族から助け出したのは何故だ!?故郷へ帰るには随分と関係が無いのではないか!?」  




ザァァァァァァァァァァァァッ



強い雨が地を叩く音が、沈黙の間に響き渡る


表情が分からない…フルフェイスというのは厄介だな…


だが、随分と己を悪と吹聴しているようだがそれをやるには…カナタは優しすぎる

どんなに口で悪逆非道を名乗ろうとも己が積み上げてきた行動と結果そのものが、それを全て否定してしまう


…不器用な奴め


「…そなたが勇者であることなど、今は良い!だがッ!そなたが心を砕いたその行為を貶すのは、たとえそなた自身であっても、この我が許さんッ!少し、思い知らせてやらねばならんな!」


弓につがえた魔法を、撃ち放つ


螺旋を描く新緑の閃光を束ねた槍が回転しながら着弾…その直前でカナタの背中に展開されたパーツから光の本流が噴き出し予備動作も無しに真横へと高速で移動したのだ


これが地球では「スラスター」などと呼ばれている


勇者ジンドーの十八番は魔導具の作成と錬成

要するにあの鎧こそが、勇者最大にして最高の兵器なのだろう


カナタが立っていた場所に直撃した我の魔法はそのまま弾け、球状の小さな球状の爆発…いや、光の玉を形成し、すぐにそれは縮むようにして消え去る


先程の攻撃の方が見た目の威力はあるだろうが、この魔法ならば…


「ッ…おい、使えんのか、…!制御できるなんて聞いてねーぞ…!」


ギュバッ


異様な音を立てて光が収縮した先には…何も残っていなかった

ただ、爆発で破壊されたのではない。魔法の光が存在した場所が文字通り、アイスクリームをスプーンで掬い取ったように着弾点の地面がごっそりと抉り取られている


煙も上がらず、衝撃も無い

そこに、何も残っておらず、どんな鋭利な刃物を使おうと不可能な程綺麗で滑らかな断面で球状にくり抜かれたのだ


他のどの魔法を用いても同じ現象は引き起こせない



「…これもたゆまぬ努力と師の教えの賜物かのぅ。こちらも今こそ、紹介しよう……我の特異魔法オリジン・マジック、『刻真空撃エストレア・ディバイダー』は空間ごと対象を消し去る消滅の魔法。その者の魔力抵抗によっては負傷させるに留まるが…殆どの物質、魔法あらゆる物は空間ごと。…当たれば痛いでは済まんぞ?」





刻真空撃エストレア・ディバイダー


それが我の持つ真の魔法名


空間そのものを消し去り、その空間に存在したありとあらゆる物を消し去る力。

この風を操る魔法は空間属性とも呼べるこの魔法の変質前の魔法だ。故に、我は風系統の魔法に類まれなる適性を持っていた…この魔法が、風系統の特殊な派生魔法なのだろう


…かつて、この魔法を調べたカナタが暴発することを危険とし、魔力に精通するまで使うことを禁じた魔法


これを受けた物は文字通り、消し去った空間ごと

炎も、岩も、魔法も…そして生物も、だ


例外があるならば、それは魔力による強化を受けた物や魔力によって消失に抵抗できる物のみ

しかし…それも空間に干渉するほど膨大な魔力を持つ者や余程緻密に魔力を制御できる者に限られる


とは言え…正直未だ己の物に出来ている訳では無い

使用する魔力はバカにならず、緻密な調整や魔力操作は常時集中していなければならずこの魔法にかかりきりにならなければならない


己に誤爆や暴発が起これば最悪体の一部が虚空に呑まれて削り取られてしまう


…こうして複数の魔法と併用しながら戦闘でも使えるレベルで操れるのは、この戦闘服と、そして手にした弓、アルドラの膨大な魔力補助と演算補助のおかげと言える


(まだまだ、修練が足りんか…だが!今、この瞬間使えるだけ有り難い!…あのカナタに一発入れてやるならば、間違いなく刻真空撃エストレア・ディバイダーが必要…!あんなイカれた鎧では直撃させても消失させられんが…傷くらいは付けてみせる!)


「行くぞカナタッ!『魔弾・ルベリオ』ッ!」


カナタへ向けて瞬間、手にした弓、アルドラから先程と同じ消滅の魔法弾を5発、放つ


それと同時に背後に控えた暴風の大蛇が開いたアギトに溜め込んだ新緑の魔力を破壊のエネルギーへと変換して同時に解き放った


大蛇の放つ魔力砲撃が一瞬にしてカナタに殺到し、咄嗟に上空へと飛び上がった彼の居た場所を木っ端微塵粉砕し大爆発を巻き起こす


その回避先へ向けて放たれた5発の魔弾はカナタへ全てが着弾する、その直前


背部や肩部のスラスターからエネルギーを噴き出し空中で突然回避運動へと移ったのだ

いや、それどころではない…そのエネルギーが常に噴き出し空中で滞空までしている


「飛行魔法ではないな、その機動力。飛行魔法はそんな速さで動くことは出来ん。どんな手品か…つまり、その鎧を壊せば良いのだな?」


「…その言葉、ハッタリとは言えない所が質わりぃ…。だが、やられてばかりもいられねぇな!」


ドンッ!


空気の爆ぜる音が聞こえた瞬間、カナタの姿が掻き消えた


(どこだ!?…いや、落ち着け。これは見たことがある…マウラの得意技と同じ、高速移動…!風の流れを感知し続けろ!今の我ならば…!)


「…そこか!ギドラッ、全首対空!撃ち落とせ!」


ギュルリ


10の大蛇が首の向きを変えて真横上空から突っ込んでくるカナタに向けて、風の魔法弾を連発する

それをカナタはジグザグも不気味で変則的な軌道を描きながら全ての弾幕の間を紙一重で避けていくのだ


そこに向け、さらに魔弾・ルベリオを連射

光の弾幕が天空へ向けてイルミネーションのように展開されこちらへの接近を拒否し続ける…しかし、それでも当たらない


「ッ…どうなっておる、その動き…!ええい!一発くらい当たらんか!全首、『ストームゲイザー』装填!」


魔法弾を連発していた大蛇の根本がぐっ、と膨らみ、それが首の先端へと移動を始める

まるでホースの中を水が移動するように長い大蛇の胴体を何かが移動していき、頭部まで移動すれば一度アギトを閉じ、再び口を大きく開いた時、大蛇の口内にチャージされていたのは新緑の光ではなく、圧縮された風のエネルギーの塊となっていた


その間に、カナタは背部のブースターを噴かしてこちらへと突撃を開始している


迎撃は…間に合うか…!?


「一発意識飛ばしておくか…。あんまバカスカ撃たれ続けんのも嫌だしな…『ショックエンハンサー』、両腕部限定起動…『リパルシブシールド』、展開…『マジックアブソーバー』は最大出力…!」


「ちぃッ!八首、『ストームゲイザー』、撃て!ニ首は直接迎撃!」


音の壁を超えた速度でソニックブームを放ちながら飛来するカナタへ向けて8体の大蛇は口内に蓄えた暴風を乱れのない横向きの竜巻として撃ち放つ


まるで竜巻のブレスのようだが、それは竜巻と言うにはあまりにも整った一直線に放射される

先程の攻撃よりも範囲が広く、撃ち続けられる螺旋の魔力砲はどうにかカナタを捉えようと射角を変え続けるが異様な速度のままジグザグと、時に直角に高速機動で迫るカナタには紙一重で当たらない


カナタの右腕部分に魔力が集まっている…!


2体の大蛇がカナタの進路上に頭を割り込ませ突撃を阻止すべく暴風の巨体を我の前に動かすが、カナタはそれも関係無しと言わんばかりに大蛇2体に向けて強襲


そのまま消滅の魔弾を可能な限り連射、消費する魔力など気にすること無く激しく弾幕を張り一発でもカナタへ向けて攻撃の手を緩めない


大蛇達の牙が正面からカナタを穿つ、その瞬間



壊拳イン…パクトォッ!」



迎撃に展開していた大蛇はカナタが振り下ろした右拳による凄まじい衝撃波によって跡形もなく消し飛んだ

直撃した2体はどころか、その周囲に展開していた他の大蛇も全てが尽く…


いや、『天帝の蛇王アヴァラス・ギドラ』が盾となった我はまだマシだった

我の下はその激烈な衝撃波によって粉々に粉砕され所々が地割れを起こし砕け散った土と岩が無重力でもあるかのように天空へと巻き上げられ、草原は周囲から一体が土と岩の露出した巨大なクレーターへと変貌するほどに…


「はッ…!?な、なんだその威力ッ…!そなた…ッ…」


「これが『勇者』だ!全てを、壊せる!壊せてしまう!異界から呼び出された生体兵器、それが勇者だッ!どうする!?それも勘違いとでも言うか!?お前達が惚れた男は…ッ」


眼の前に、漆黒の鎧が迫る

天帝の蛇王アヴァラス・ギドラはほぼ完全に破壊された為、再生には数秒時間が必要だが…どう考えても間に合わない


返す左の拳に魔力が集まっていき先程の破壊の一撃がこちらに向けて溜め込まれているのは明らかだ

しかしその声は…我の聞いたことのない、見たことのない感情が込められているように聞こえる




「ッ…ただの、バケモンだッ!」




もはや、こちらにあの威力を撃ち返せる手段はない…

黒紫のスパークを迸らせるカナタの拳が引かれたまま、猛烈な速度で視界に迫り来る

それが振り抜かれれば…今の我でも指一本動かせないダメージを負うだろう


だが…


「ではっ…何故我らにヒントを出し続けた!?」


「ッ…」


ビシッ、とまるで石化したかのように直前で停止するカナタ

漆黒の鎧のと金色に光る兜の双眼からは表情は分からない…しかし、それでもカナタが息を呑むのは分かった


振られた鋼鉄の拳は我の胸元の紙一枚挟めないほどの直前で止まり、急停止した故の風と衝撃が通り過ぎる


大雨が互いに当たり濡らしていく音とカナタの鎧が噴く魔力のブースターが鳴らす噴射音だけが、少しの間沈黙の中に響く


「最初はシオンだった!故郷の情報を匂わせ、遡行の羅針盤トレーサーコンパスを創り上げたのが自分であることを打ち明けた!その次がマウラだ!四魔龍の封印と結び付けられる過去を遠回しに伝え、本来の仕事と合わせ何をしていたのかをボカして教えた!…そなたは…っ……!」


手にした弓を己の胸の紋様にしまい込み、もはや必要はない…そう判断し身に纏っていた戦闘服も紋様へと収めて制服姿へ戻る


まだ乾いたままだった制服はたちまち大雨を吸って肌に張り付き重みを帯びていくが…そんなことは気にならない


!?我らに少しずつ打ち明けて…ッ……いずれ気が付くようにしていたのだろう!?それだけ己の事を卑下していても……我の自惚れではないのなら、知って欲しかったのでは無いのかッ!?わざわざ我に勇者の姿を見せ、その力まで振るい…ッ……………そんなことでっ、我の…そなたへの心が揺らぐとでも思ったのかァァァッッ!!」

 

…気が付けば、心の中で暴れ回っていた感情と言葉が全て口から飛び出していた


バシュゥゥ…と漆黒の鎧から噴き出すエネルギーが止まり、地に足を着けるカナタは何も、言わない

動くこともない…いや、気のせいでなければ…動けないように見えた


…いや、大雨の雨音に紛れて鋼鉄の兜の奥から小さな声で「…………なんで…………そこまで………」

と聞こえてくる


……馬鹿者め…


カナタの闘争心が静まるのを表すかのように、漆黒の鎧は光の粒子となって消え、彼の左胸の紋様へと吸い込まれるように消えていく

鎧が無くなったカナタも大雨に晒されてずぶ濡れになっていくものの、それを気にする気配もない


兜から露わになったその目は迷うように揺れていた


どこか、どうすればいいか迷っているような…何をすればいいのか分からないなような、そんな感じが見て取れた



「何故か、だと?…教えてやる、カナタ。……………………こういうことだ」



カナタの胸倉を掴んで引き寄せる


今、頭にも心にも躊躇う羞恥も思考も無かった


引き寄せ僅かに下を向かせたカナタの顔へ額をぶつける程に顔を寄せ




この心が叫ぶままに、カナタの唇へと自身の唇を重ねた




だって……





これで分からないほど、そなたはバカではないだろう…?

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