第44話 辿り着く


「えぇ…あら、ほんと?ようやく気が変わったというか、諦めがついたと言うべきかしら?どちらにしろ…私とあなたの根気勝ちね?」


『まったくですわ!もう…こんな情報1つを引き出すのに3年もかかるなんて、考えもしませんのに…そこまで恐れる事でしょうか?』


「まぁねぇ。王国からすれば、今までこの世界を守ってきた古の魔法を再起不能に破壊して、その英霊の骸を強奪した悪漢よ?しかも止めることも抑える事も出来なかったなんて…強気に出ても勇者には力で勝てないし、被害者面しても勇者との折衝問題が表に出てしまう。まさに目の上のたんこぶ、ね」


『そうなると王国側は無干渉か、もしくは和解しか選択肢がない、と。そして王族側の感情としては勇者との和解は必須…でも接触の為に動けば即報復の可能性がある…面倒ですわ!』


手にした水晶玉に写る黄金の髪を揺らした美女にクスクスと笑いを溢すサンサラもまた、「ほんとよねぇ」と面倒そうに息を漏らす


「陛下も可哀想といえばそうだけど…結局は臣下の暴走を止められなかったツケ、とも言えるからどっちもどっちかしら?」


「まぁまぁ姐さん。ありゃ結局軍部と宰相が力を持ちすぎた結果でしょ?今の陛下は随分と可哀想な立場にいると思うけどねぇ。ほら、今思い返してもあの2人はかなりの胸糞じゃない?」

 

にゅ、と横から現れたザッカーの言葉はサンサラと水晶越しのラウラに「『それはそう』」と丸かぶりの返事を引き出す


現在、サッカーとサンサラが居るのはラヴァン王国の中心地、王都の真北に存在する街

ラヴァン有数の避暑地で有名であり、その季節は夏でも春の終わり程度しか気温が上がらず冬は大雪となる程に平均気温が低い場所


冬果実であるスノーベリーや実がクリスタルのように透き通った美しい高級果実であるグラシアプルの特産地でありラヴァンの中でもこの地帯にしか生息しない希少果実も多く存在する果樹の名所


そして、ラヴァン王国の北を守護する大都市


それがこのスェーゼルである


冬期には必ず大雪が降る関係上、どの建物も斜めに切り落としたような特徴的な屋根の形状をしており、屋根に積もった雪が建物を潰してしまわないような傾斜が着けられている


また、木造の建物は見渡す限りどこにも無く、石材、レンガのような素材で建造されており、冬場に暖を取る際に火を使う事が日常であるこの街では可燃性の建材が滅多に使用されないのだ


よって街の外観はなかなか無骨で飾り気のない景観となっているが、ユカレストが冬の温泉名所ならばスェーゼルは夏の避暑地

その外観と裏腹に非常に賑わいのある大都市である


「しかしまぁ、狙ったわけじゃないけどこの時期のスェーゼルは最高だねぇ。おじさん、王都に帰るの嫌になっちゃいそう」


『駄目ですわよ?ちゃんと帰ってきて貰わないと、マルトゥーカ卿が口を割りませんの。さっさとジンドーの紋を確認しないといけませんのに…』


「もう、焦らないでラウラ。それを含めても彼女との合流はいずれしないといけない事よ。私達の中で唯一、自由に動きずらいのはあの子なんだから…」


「いやぁ、軍関係者は大変だよねぇ。辞めれば楽になるのに…ってそんな訳にもいかないか。おじさん達みたいに流浪人って訳にもいかないだろうし」


「あなたと一緒にしないで、ザッカー。私、意外と仕事してるのよ?」


わたくしも、聖女やっていますわ』


「…成長したねぇ、ラウラちゃん」



ちょっとした疎外感を覚えるおじさん

なんだか自分だけ仕事をしてないみたいでは?という危機感を感じつつ、昔ならば「私は大聖女ですのよ!その程度のことならば…」くらいの鼻の高さがあったラウラがここまで平然と聖女を仕事扱いするくらい立派に育ったことにちょっぴり感動…


間違いなく、あの旅で一番成長したのは彼女だろう


「…って、そんなこと話してないで本題にいきましょ」


「あ、そうだった。悪いね、おじさんすぐ脱線するもんだから…。取り敢えず教えておかないといけないのは…ユカレストで動きがあったことだ。理由は不明だけど、ジンドー君が動いた」


「ロッタス山の裏に隠す形ではあったけど彼の魔導兵器が現れたの。今回はかなり本格的に動いたのね、恐らく魔神族の動向に関して彼は何かしらの情報を持っているわ」


『…ロッタス山では確かに色々ありましたわ。何かあってもおかしくはありませんけれど…確か前にジンドーの調査魔導具が飛んでいたのもそのあたりでしたわね?』


「そ。けど今回のはそんなモンじゃないんだよねぇ…懐かしのヤツがデカデカと置かれてたもんだから思わず三度見までしちゃったよ。ありゃ隠す気はもう殆ど無いように見える」


『懐かしって…そんな大がかりな物でも出ましたの?』


「えぇ。…ジンドーは『ガルガンチュア』を動かしたのよ。現在、ユカレストから見たロッタス山の背面に待機状態のガルガンチュアが思いっきり座ってたもの」


『それは……確かに、大きく出ましたわね』




ガルガンチュア


『一式陸戦型要塞級魔導戦車機兵』という非常に長く堅苦しい通称が名前の前に付く巨大兵器

その全長は80mを優に超え、全高もまるで巨人のよう

左右にそれぞれ前後2つの無限軌道、合計4つの巨大かつ強靭な履帯によって支えられた戦車型の下半身の上には角ばった人型の上半身が載せられており、上半身のパーツがスライドして折りたたまれて伏せる姿勢を取れば一見ただの巨大戦車にしか見えない


ショルダーマウントの巨砲『レグルス』が両肩に一門ずつ搭載

車体部分の四方には二連装魔法素粒子速射砲が各1基の四基に加え、車体両側に炎・風の混合魔法による爆発魔法弾をバラまく二重魔法素グレネード投射機が2基

車体部分の四方側面には合計30機の近接防御用の雷魔式熱プラズマガトリングガン

上腕部の展開装甲内部には光・炎系魔法による近接武装、魔式光熱放射レイザーブレード『ハクスラ』を装備


さらに機体全体を風・氷系魔法によるエネルギー装甲『シルバースケイル』が常に覆い尽くし物理、魔法問わず片端から弾き返す

 

そもそもその全体の装甲はこの世界でも未知の超合金で固められており、その他にも様々な武装や魔導装置をフル搭載してあるのだ

その動力源として、周辺に漂う魔力や自身の使用して排出した魔力の残骸を再吸収して自身の魔力へと変換する機関…メノトラン超結晶体を莫大な量を使用して錬成、組み上げられたオーバーテクノロジーの心臓『ゼノ・ハート』が人型胸部に1基、車体部分2基の合計3基搭載

これにより、魔力が少しでも存在する場所ならば事実上の永久機関として無限の活動時間と魔導兵器の魔力エネルギーを保有している


都市程度ならば一機で焦土に変えることが出来る破壊の化身である


その巨体、その規模、そし性能…全てにおいて決戦兵器と位置づけられる勇者ジンドーの作品の中でも一級品であり、量産されていない『名前付きネームド』…その一機にだけに特別に名前を施された特別中の特別


その一つが『ガルガンチュア』であった



『…修理されていましたのね、ガルガンチュア。たしか最後に見たのは…トルマニシア平原でガヘニクスを討った時でしたわね』

 

「その時のガヘニクスとの戦闘でほぼ大破…右腕を引き千切られ4つある車輪の束の内2つは脱落、右肩の大砲は打撃の衝撃で爆発し左胸の装甲から背中までガヘニクスの牙が貫通、全体の装甲は熱毒のブレスでヒビ割れ、頭部は締め上げられて半分潰された上に搭載されてた武装の8割は破壊されていたわね。ほぼ再起不能…けれど、ガルガンチュアの奮闘もあって誰も犠牲無くガヘニクスを沈められた。正直、また見る事ができて嬉しかったわ」


「そんで、所々のフォルムやら武装やら装甲の素材やら…兎に角かなりの数の変更点が確認できた。ジンドー君の魔改造すんごいね、あれ。多分彼もお気に入りなんじゃない?ま、ガルガンチュアにとってガヘニクスはまさに因縁の相手だからねぇ…いや、ガヘニクスにとっては、かな?」


『…ということは、まさかロッタス山にガヘニクスが来ているのではありませんの?ジンドーの口振り的に私と会った時にも地中に居たみたいですけれど…』


「あり得るわ。ロッタス山は有数の活火山よ。秘宝『火神の要石』でコントロールされていなければユカレスト周辺は大規模な噴火の影響で跡形も無くなってるくらいだし…その熱をエネルギーにして力を取り戻してるのね。恐らく…ジンドーはガヘニクスが出てきた瞬間にる気よ」


「だね。ガルガンチュアの胸部におじさん達でも見たことのないモノがあった。あの形は多分、新兵器…何が飛び出すのか分からないけど、どーせロクでもない威力で周辺が木っ端微塵になる物騒なヤツに決まってるよねぇ」


『ですわねぇ。ジンドーってば、物静かな見た目してやることが巨砲主義者的な部分ありますし…もしかしてユカレスト、結構危ないのではなくて?』


「間違いなく、戦場に巻き込まれるわ。でも、彼はそれを仕方無いと割り切ってるのかも…」


「いや、恐らくその為の新兵器なのかもね。ガヘニクスとの戦闘がユカレストに及ぶ前に一撃で始末する気だよ、アレ。…あー、だからガルガンチュアなのか」


『まさか…ガヘニクスが怨敵としてガルガンチュアへ襲いかかってくるってことですの?…でもそれが本当なら、ユカレストから引き離す事も出来ますわね…』


なんとなく、彼の考えてる事が整理出来てきた3人


今、こうして見えてるスェーゼルの日常となってきた穏やかな賑わいも魔神族と勇者の水面下での戦争という大火が薄氷の下で勢いを増している、と考えると焦りも出てくる


そう、出来ることなら…かつてのように勇者と共にパーティとして行動し、今一度平和を取り戻すために力を貸したい

信頼が彼にあったかは分からないが、それでも一度はこうして世界を救ってみせたのだ


また、力を合わせていけば、やれないことなどない筈だ


だが、彼はそれに頷くことは無いだろう


だからこそ、勇者の正体を見極める


彼が何者で、どんな男で、どういう人間なのか理解して


その時、きっと自分達は完全な『勇者パーティ』となれるのだから


「さて、そろそろ会いに行くかね。うちのパーティの騎士様に。…なんかサプライズでも仕掛けちゃう?」


「3年ぶりよねぇ。元気かしら、あの子…まぁ、元気よね。壁でも壊して入ってやろうかしら?」


『…ほどほどにしてください、お二人共』


2人はワルのように楽しそうな笑みを浮かべて進む


目指すのはスェーゼルを守る北方騎士団総本部…その騎士団長、ナスターシャ・ミレニアの元である




ーーー



「そんな、まさか……!し、信じられん…!」


「あ、ありえません!あの……あのっ……!」














「「あのカナタがそんな事までしてくるなんて!?」」


空いた口が塞がらないとはこの事


ここはペトラの部屋


学院の寮となる部屋は家具の持ち込みや、穴を開けたり壁を壊したりしない限り自分で行える範囲の自由なセットが許されている


特別な物は置かれていないように見える落ち着いた雰囲気の部屋だが、この部屋にはペトラの趣味嗜好が案外そこら中に見受けられていた


机はダークブラウンのシックで堅実な造り

クローゼットも同じく、アンティーク風にも見える物でカーテンはその中でも目を引くライトグリーン


綺麗に置かれたティーセットはその辺で買える安物ではなく、すべて同じデザインで揃えられたちょっとオシャレなものだ


ペトラの好物は紅茶とそれに合う甘味なのである

隣に並んだいくつものガラス製の小壺にはそれぞれ違う種類の茶葉が入っており、まるで調剤台のようにも見えるくらいであり、彼女は店を回って変わった茶葉やらいい茶葉を見つけるのが趣味


そんなこともあってか、3人の中でも一番集まる確率が高いのが彼女の部屋になっていた


夜、彼女のちょっと大きめなベッドの上で、集まった少女3人がラフな部屋着姿で顔を合わせており、特にマウラの元には大量のお茶菓子が積み上げられている


あれから文字通り怒りの雷を一身に受けたシオンとペトラが焦げ焦げにされ、震える体でマウラにお茶やらお菓子やら軽食やらを捧げてようやくその怒りを沈めた時にはすっかり夜になっていたのだ


最初は、むすっ、としていたマウラだがキャンプ中に食べられなかった甘味や手の込んだ飲食物は荒ぶる心を鎮めるのに十二分な威力を発揮した結果、こうしてモソモソとお菓子を頬張るマウラはようやく普段と同じような落ち着きを取り戻したのである


そして、語られるキャンプ中で彼女が体験した想い人との熱い情事


シオンもユカレストの温泉ではかなり大胆な行動をし、の事をしてもらったつもりだったが、はっきり言おう…




マウラには勝てなかった



彼女の口から語られる行為の数々は時折2人の口から「ぅぉ…っ」「そんなとこまで……!」「そこもか…!」「なんですって…!?」と顔を赤く染めながらショックを受け、同時に嬉し恥ずかし幸せそうに体と尻尾をちょっとくねくねさせるマウラに「くぅっ…」と唸る


その時のマウラの表情と来たら…そう、想い人に懸想する『恋する少女』から一転、『男に求められた女』の魅力は2人にさらなる衝撃を与える


「シオンの場合は…ど、どうだった?」


「うぇっ、わ、私の場合ですかっ?…その…肩を抱かれて上からキスをしてもらいました。一応、結構深いのを…体も、一応…触っもらったので…む、胸とか…軽く、です…けど…」


こんな小っ恥ずかしい赤面ものな告白もそう無いだろう

流石のシオンもちょっと声が小さくなっていき、最後の方はかなり萎んだ声音だ


そりゃ自分との割と性的な情事で何をしたのか語れと言われたら恥ずかしいに決まっているのである


しかし…!


「…ん……全部、触ってもらったよ…?」


「「全部……!」」


「ん……何時間してたか分かんないけど……」


「「何時間!?」」


「……変な声でちゃって…でもカナタ、ずっと触ったり弄ったりで……腰抜けちゃった…」


「腰が抜けるほど!?」


「…その間も…ずっとキス…私の舌…溶けてなくなっちゃうって思った…。…気持ちよくて…私、意識とんじゃって…気づいたらカナタのテントで寝てた……」


開いた口が塞がらなさすぎて顎が外れそうな2人!


正直、2人は思っていた…こういうハードロマンスはマウラには少し似合わないかも、なんて


しかし


思いっきり、いや、正直なぜ最後までシなかったのか首を傾げる程にめっちゃラブラブしていた!


マウラが幸せそうに撫でる首筋にくっきりと付いた痕がカナタの当時の火の着き方を物語っている…それ程までに彼に情熱的に愛された、ということ…


「…学院帰って来てから…皆居なくなった後で……最後までしよ…?…って、言ってみたら……頷いてくれて…部屋に来いって…………………………言ってくれてる途中だったのに……!」


「「ほんっとうにごめんなさい!」」  


マウラ様!こちらのお菓子も!

これもイケてるでございます!


もっ、もっ、もっ!


マウラの頬がハムスターのように献上されたちょっと高級なお茶菓子で膨らんでいく!

膨張したマウラの怒気がゆっくりと静まっていく…!


またも怒れる獣が解き放たれるところであった…!


そう…3人には協定があるのだ


『カナタと雰囲気なら邪魔はしない』


という協定が…あるのにも関わらず、やってしまったのである!


「んぐ…もぐっ……むぐっ……………ふぅ………。……次はちゃんと…したい…」


もりもりっ、むしゃむしゃ、もぐもぐっ、ごくんっ


まんまるピンクの星の勇者のように山積みされたお菓子が口の中に収まり頬を膨らませたままのマウラが、ぷしゅぅ、と息を吐く


そんな隣でシオンとペトラの2人はマウラの語った体験談をそのままに頭の中で考える


自分が彼に


『腰が抜けるほど』


『何時間も』


『体のイロんな所を触られながら』


『意識がとんじゃうくらい』


『舌が溶けるくらいキス』


そんなことされたらどうなってしまうのか…


(や、やばいです…そんな事までされたらわたしの…爆発するかもしれません!そんな…そことかあんなとこまで、そんな風にされるなんて…!いやでも…いいです…したいかどうかで言うなら絶対したいです…!な、なんだか自分で考えてて何ですが…私、その…淫乱とかではありませんよね…?)


(なんという桃色な話だ、と思わんでもないが……くぅっ…我、もしかして一番遅れておらんか!?というかそこまでキスされてそんなに隅々まで愛撫されて意識など保っておれるわけなかろう!いやしかし…しかしっ……いいなぁ!というかシチュエーションも流れも完璧ではないか!こやつ…っもしかして我らより上手なのでは…?)


内心も顔真っ赤でそんな事を考えずにはいられない!


いや…と続けてペトラは考える


(待て、落ち着け我…。シオンのアタックで体も触れ口づけも解禁された。マウラの今回のアタックで完全に繋がる一歩手前…いや、繋がる所までほぼ到達しておる。となれば…カナタの心の中で我らへのハードルはほぼ無いのでは…?…我らのことは殆ど受け入れてくれていると…そういうことだろう。気のせいでなければシオンもマウラも…あと、我のことも…うぅむ…!考えろ…!…2人を待たずに我も仕掛ける…!)


今、3人の中でも最大の知恵者が本気で男をオトしにかかる

カナタの貞操の寿命は殆ど残っていなさそうだ


「っと、そっちも大事ではあるが……すこし気になったのはその前の話だ。もっと前から知りたいとは思っておったが…カナタのとはなんだ?世界を旅していた事がある、としか聞いたことがないが…」


「普通に考えれば冒険者、となりますが…今の話で考えると少し妙です。カナタは現在、私達が知る5年間の間で冒険者として活動したことは一度もありません」


「なによりも、一番おかしな所は、『ユピタ』という地名だ。カナタの口からこの地名が出てきたのには少し驚いたぞ」


「…そう…私、聞いたことない……ユピタって…どんなとこ…?」


「うむ……正式には『秋性しゅうせい樹林ユピタ魔巣森丘帯まそうしんきゅうたい』という。茂る木々や草々が万年紅葉しておる珍しい場所でな、気候も秋のような涼しさから変わること無くその特性から芋類や果樹等の特産物が大量かつ多様に実る美食の宝庫だ。問題は…この場所が我ら人類にとって最大級の危険地帯であること、だな」


「ということは、魔物や魔獣の住処である、と。聞いたことはあります。確か、世に存在する中でも五指に入る危険な森でギルドでも立ち入りを制限していた筈です」


「その通りだ。その見た目から世界的には『ユピタ紅葉林』の名で知られておる。軍事国家ベイリオスから西に進んだ場所にあるが、あの国が『軍事国家』を継続出来るほど自給自足が行えているのはユピタ紅葉林の恵みを端から受け取っているからだ。ここで一つ疑問が出てくる…あのユピタ紅葉林でカナタが苦戦するほどの怪物など聞いたこともない」


「…そうなの…?……危ない場所なんだよね…?」


「とはいえ、我らの住んでいる家が何処にあるか忘れたか?危険度的に言うならば、我が家のお隣にあるリーバス魔群棲大森林と同じくらいだ。あそこに住んでいるカナタが今更ユピタ紅葉林で危険な目に遭うなど考えられん」



「では…ユピタ紅葉林には何が居るのでしょうか…。討伐しきれなかった…いえ、息の根を止めるのに周囲がとてつもなく広がるような大掛かりになる魔物なんて信じられません。挙げ句、現在まで封印されているなんて…」


訝しげなシオンは記憶のページを捲り、己の出会ってきた魔物や魔獣を照らし合わせるが、自分達ですらリーバスに存在する殆どの魔物を打ち倒せる


名のある大型の魔物や高位かつ知能のある強大な龍種は無理だろうが、その他であればどうにか出来る自信がある


そんな自分達3人を捻じ伏せられるカナタであれば更に容易いだろう


その彼が封印するしかなかった、ましてやマウラの助力を「危険」と判断して断ったのだ


(どんな怪物だ、そやつ…。それを照らすならば相手は高位の龍種しかおらんが…ある例外を除き龍種は全て『魔獣』…即ち、この世界にもとから存在する生命体だ。カナタが『魔物』と言ったのならば龍種ではない…あのカナタ殺すのに手間取る魔物など存在するのか?)


ふ、と


ペトラの頭の中である単語が思い浮かぶ


ふ、ただの思いつきのように…「その可能性がある」、と直感で思いついただけだった


しかし…あり得ない


まさか


(そのレベルの魔物…まさか四魔龍なんて、な。うむ、流石に飛躍しすぎか…)


"  封印するしかなかった "

" 勇者が旅の最中に封印した四魔龍 " 


『カナタのとはなんだ?世界を旅していた事がある、としか聞いたことがないが…』


" 世界を旅していた… "


連鎖的に、様々なワードや己の言葉が脳裏で何度も跳ね返る

ラウラの言葉、シオンの言葉…カナタの言葉…


カナタが倒しきれなかった魔物を、封印


勇者が倒しきれなかった魔物を、封印


旅の最中


殺すこともできたが被害が甚大


『あのジンドーすらこの4体は殺しあぐねて『封印』という手段を取らざるを得なかった怪物ですもの』





似てる

不気味なくらい、この2つはあまりにも酷似している


でも、それならカナタが実は勇者だった、等という荒唐無稽な話に…


『……転移も出来ない…だっけ…?…転移の魔法具もカナタが造ったって……』


『この世界の境界を越える』ということは……』


異世界からの勇者


辿り着けない故郷


(そんなまさか…あり得ない…。いや、違う……これしかあり得ない…そもそも、何故カナタは転移の魔導具を作成出来る?こんな桁外れの魔導具を造れる者はこの世におらん…いや、我らに与えた装備もだ。この学院に来てわかった…常識ハズレの高性能品、下手すれば古代のアーティファクトよりも強力…造れるはずがない。……………………………を除けば…!)


疑問が疑問に繋がり、答えが答えに繋がる


世間に出て、カナタのモノ作りが常軌を逸した腕前と理解した


今ならば分かる


そんなもの、普通は造れる訳がないのだ


そう……その魔法が使えなければ…


それを可能にする大魔法がこの世界に1つだけ、存在する!




神鉄錬成ゼノ・エクスマキナならば…!



(世界を旅していた、というのも…勇者ならば当て嵌まる…。カナタの持つ魔導具は神鉄錬成ゼノ・エクスマキナがなければ造るのは不可能…転移しても故郷に帰れないのは異世界だから…。いや、よく考えれば勇者の再来のタイミング…!そうだ!最初に勇者が王都でラウラさんの婚約を破綻させた時、カナタは王都におった!事は全て我らが酒で倒れておる間…!…ロッタス山でもそう、カナタは直ぐ側のユカレストへ共に来ていた…!)


「ペトラ?どうかしましたか?…なんだか息が荒いですが…もしかして、まだ変なこと考えていませんか?」

 

「……い、いや。なんでもない、大丈夫だ、うむ。……」



歯切れの悪いペトラ

珍しく、言葉も詰まり目を所在なさげに視線が震えている

そんな彼女を不思議そうに見つめるシオンとマウラ


(もし、そうであるならば…確かめなければならん。カナタ……お主の隠している物を、見させてもらうぞ)





ペトラがその推測を2人に語ることは無かった


そして、翌日…カナタとペトラは学校に現れないのであった



ーーー


「忘れ物?」


「うむ、ちと実家の方にな。今更ながら気がついたわ、共に転移で来てくれんか?」


「確か、今転移魔導具持ってるのシオンじゃなかったか?別に、好きに使っていいのよ?」


「ははっ、ちゃんとシオンから借りてきたはいいが…実は何処に仕舞ったか忘れてな、探すのを手伝って欲しいんだが…いかんか?」


早朝、カナタが寮から出てくるのを玄関先で待っていたペトラはカナタに「おはよう」と伝えるや否や、すぐにそれを伝えていた


まだ朝も早い。太陽が登り切っていない程度の時間であり、更に言えば朝からかなりの曇天…今すぐにでも雨が降り出しそうなどんよりした空模様には初夏の暑さもまだ控えめな頃合いだ


生徒達はまだまだ余裕のある時間である為、急な話ではあるが転移でカナタの家まで戻って忘れ物を取りに行くくらいすぐに終わるだろう


しかし、しっかり者のペトラにしては珍しい

基本的にこうして忘れ物をするのはマウラである


が、こういう時に頼られるのも嬉しいものだ


「よっし、じゃ、とっとと探して戻るか。俺、捜し物って結構得意なのよね」


ペトラが自然な動きでカナタの手を取り、片方の手に載せたコンパスに魔力を込めれば風が吹くような音とともに足元に輝く魔法陣が2人の姿を照らし出す


数瞬の輝きの後、小さな光の柱を立てて二人の姿は掻き消える


光の膜が過ぎ去った先…そこはこの前まで毎日過ごしていた森のそばに建つ一件家であった

未だ数ヶ月しか離れていないが、この場に来るのはなんだか懐かしさが強い


「よし。で、どこにありそうなのよ?」


「うむ、こっちだ。着いてきてくれ」

 

なんの気無しに歩きだすペトラが向かう先は…そこに建っている家ではなかった


その反対方向…森から離れ草原が広がる場所へ向かっている

そう、そこはいつもカナタが3人に稽古をつけていた場所だった


忘れ物を探す…という割にはおかしな場所だ

屋外で、しかもただ広い草原の中で一体何を見つけるつもりなのか…いや、そもそも何を忘れてきたのだろうか


カナタの家が小さく見えるくらいに離れ、見渡す限りの緑の絨毯にぽつん、と立つ2人はかなり目立っている


湿気ったぬるい空気が吹き、どこか雨の匂いがこの後の天候を予感させる中、何も語らずに草原のど真ん中へと進んで歩みを止めるペトラに流石のカナタも「なにかあるのか」と思わずにはいられなかった


眼の前で美しい銀の長髪が湿った風に揺れる


空を覆う分厚い雲の奥で「ゴロゴロ…」と不穏な雷の走る音が聞こえわずかに黄色の稲妻が見え隠れすれば、じきにここも大雨が振り始めるだろう 


その中で、カナタと向かい合うペトラ…


彼女の表情は何がの覚悟を决めた…今までに見たことがない程に思いを詰め、決心したような強い心を込めて秘めた眼差し


普段の切れ長で強気な目が、今は少し不安に揺れているようにも見えた


「すまん、忘れ物というのは嘘だ」


「だろうなぁ。こんなとこに忘れる物なんて無いよな」


ははっ、とお互いに笑いかけた後、直ぐ様沈黙が訪れる


何か大きな事を言おうとしているのが分かった


いつも堂々とした彼女がここまで言葉にするのに勇気を出さなければならない事を、胸に秘めているのだと…


「カナタ…的外れなら笑ってくれ。我の妄想の行き過ぎだと、茶化してくれ。今から我は……」


「おう、大丈夫。なんでも言ってくれ。…お前は多分、間違ってない」


ペトラの葛藤の言葉を遮るように放たれたカナタの言葉に目を開き、そして顔を伏せるペトラ




「……分かった。では…胸を借りる………行くぞ?」



「…え?」



次の瞬間、星の輝きのような莫大な新緑色の閃光が弾け、草原を太陽の如く照らし尽くした


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