第39話 襲撃の夜を超えて

「ガッ」

「ぐぇっ」

「おごぁっ!」


綺麗に3つの悲鳴を上げて宙を舞う男がぐしゃり、と落ち葉が積み重なった地面に落下するのを冷たい目で見下ろす


深夜、何者かのキャンプサイトへの侵入を感知し、先ずは様子を見て目的を探れば特定の生徒のテントへと細工を施して侵入する姿を捉えたのはつい先程の事だ


野盗…いや、行動が組織的で計画的過ぎる


盗賊の類いはもっと雑で乱暴だ

深夜こっそり忍び寄って子供を拉致などと面倒な真似はせず襲えそうな相手に白昼堂々襲撃をかけるか、夜中に襲いかかりテントに松明を投げ込むくらいはしてくるだろう


それに学院も生徒の安全は配慮してキャンプ地を選定しているのだ

付近に危険な魔獣が居ないか、盗賊は居ないか、天気は荒れないか…危険の要素は可能な限り排除しているのに、そのキャンプの深夜にピンポイントで賊が入り込み、そうする予定だったかのように特定のテントから迷うこと無く生徒を連れ出そうとした


彼らはキャンプがこの日、この場所で行われることを知っていて、かつどの生徒が参加しているのかを知っていたとしか考えられない


見覚えのある美しい瑠璃色の稲妻が場を騒然とさせたのを見届け、気配を頼りに森へ入り込めば案の定、3人の黒ずくめの男達がキャンプ地を監視していたのを片っ端からぶちのめしたのが今である


手にした黒塗りの刃の暗器も手刀で叩き落とし、袖内に仕込まれたコンパクトボウから放たれた毒塗りのダーツを指で摘み取り、頭に向けて振られる拳に嵌めた刃着きのメリケンのような暗器は頭突きで拳ごと粉砕する


目立たないよう放たれた、貫通系の魔法弾は体にぶつかった瞬間に軽い金属音にも似た音を立てて弾かれあらぬ方向に飛んでいく


ならば、と体術に切り換えて3人がかりで襲いかかってきた男達を叩きのめして地面に転がしたカナタは息1つ乱していなかった


「で?誰に何てお願いされたんだ?今なら拳だけで許してやるぞ?」


「お、まえッ…何者だ!何故我々に気付けた!」


「何者もなにも無いでしょ。俺はここの教師なのよ?生徒に手出されたら、止めるに決まってんでしょ」


嘆息気味に呆れた視線を投げ掛けるカナタが地に伏したままこちらを睨む男に緊張感無く言い捨てる

黒の覆面に黒のフードを被り、その姿は夜の闇に紛れれば見つけることは難しいだろう

服装も黒に統一され、もし昼間に見れば一目で怪しいと皆が振り向く異様な格好だ


こんな手の込んだ物をただの賊が用意する…いや、出来る訳がない


「俺、尋問とか得意じゃないんだよなぁ。好きでもないし…適当に王国にでも渡すか」


「ちっ…我々があのような落ちぶれた国に情報を渡すと思ったか!堕落した祖国を正常に戻す為に、これは必要な事なのだ!」


「いやいや…子供の拉致に大義は無いでしょ。んなこと俺でも分かるって」


激昂する男に興味なさそうに手を横に振るカナタだが、内心この男の言葉に首をかしげる


(ってことはラヴァンへのテロ、か、これ?全部覚えてる訳じゃないけどこいつらが拐おうとしたテントの中は俺の知る限り…ラヴァン王国の要人の子息令嬢の類だ。…今さらラヴァンの国力を崩してどうすんだ?しかも…言い方的にこいつら、外部の工作員じゃなくてラヴァン王国側の人間…)


「…ま、考えるのは後だな。とりあえず大人しくしててもらう。向こうもすぐに片付くだろうし、な」


森から見えるキャンプサイトは大騒ぎとなっており、稲妻の轟音と炎上する木の光で飛び出した冒険者達は誘拐犯を相手に立ち回っており、その殆どが制圧済みとなっている


当然、黒ずくめの男達も手練れではあった。これが低ランクや経験の少ない冒険者であればいいようにされていたかもしれないが…そこは優秀で手練れを揃えた学院側が上手だったようだ


取り押さえるべく、近寄るカナタに対し3人の男達は逃げるでも反撃するでもなく…


同時に己の手首に魔力を流した


突然の行動に眼を細めるカナタだが、魔力を流した男達の手首から黒服の中から見える程に紋様が輝きを放ち始め、「ーーーィィィ……ィィィイイ…ッ」と甲高い音が聴こえ始め…


「…バカ野郎。お前ら、そこまでして…」


「言った筈だ、情報は渡さんとな。他の奴らは好きにしろ、どうせ何も知らせていないからな」


「だが、お前は道連れにさせてもらう。同志に仇成す存在は1人でも削っておかなければならん!」


「全て覚悟の上だ。我らの覚悟を知るがいい!」


男達が声を上げた瞬間にカナタがほんの数メートルの距離を潰すべく駆け出し、勢いよく拳を振るう

その手が男達の顎を撃ち抜き瞬時に意識を刈り取ろうとする瞬間


彼らは閃光と共に地響きのような音を立てて爆発したのだ


そう、自爆である


周囲の木々を薙ぎ倒す程度の爆発はキャンプサイトからでも目立つ程であり、突然の爆音に生徒からも悲鳴が上がり冒険者達も「次は何だ!」と殺気だつ


そこまで大きな爆音ではなかったが、男達の体を粉微塵にして蒸発させ、幅10メートルはある擂り鉢のようなクレーターを作る程度の威力はあった


もうもうと立ち上る黒煙が燃え上がる木の背後から立ち上り、明らかに自然現象ではないそれに皆が警戒を露にする中


爆発地点に悠々と歩き寄る男が1人…


「うむ。流石だな、まさか無傷とは!心配して損したぞ!バッハッハッハッ!」


その男、オーゼフの笑い声が森の中に響き渡る


揺らめく黒煙と砂煙の真ん中を愉快そうに見ては豪快に笑うオーゼフに、その中からゆらりと煙を割いてゆっくりと歩みでるカナタは苦笑を浮かべる


「…ほんとに心配してたんすか?ていうか見てたんなら手伝って下さいよ」


「なーに、カナタ先生ならばあの程度の賊に遅れは取らんと思ってただけのこと!まさか自爆なんて洒落た真似をするとは思わなかったがな!」


「…いやどこも洒落てねーって」


痛快に笑うオーゼフに思わず半目になりながら小声で突っ込むカナタの姿は、爆発に巻き込まれたと思えない程に無傷だった

衣服が少し煤けているだけで外傷らしき物が全く見当たらないあたり、オーゼフの目は正しいと言えるだろう


「拳半分届かなかったんで。無事取り押さえ…なんていければ良かったんすけどね」


「そう贅沢を言うな!向こうは冒険者達が腕を振るってくれたお陰でそう時間もかからず一網打尽だ!むしろ、敵方に情報を持ち帰らせなかったのは有利だと思わないか?」


「…てか、オーゼフ先生がやってくれれば良かったんじゃ?」


「バッハッハッ!すまんすまん!連れ去られてた生徒の回収に時間がかかってな!賊とはいえ、若い奴らは健脚で羨ましい!」


…連れ去られてた生徒って、それは離れた所まで移動し終わった賊に走って追い付いて潰したってことなのでは?


どっちが健脚なのか分かったものではない…とは言わないでおいた


というか、羨ましいと言いながら筋肉を主張させるポーズを取るのは止めてほしい


汗ひとつかいてない大男の腕やら肩やら胸やらの筋肉が着ている衣服を内側からギチギチと不吉な音を立てさせる程隆起させているのは何故なのだろうか


「取り敢えず戻ります。こうなるとこの演習は中止ですかね…。騎士団からの引き取りは…」


「それなら既に連絡済みだ。この演習はもしもの時の為に騎士団1個隊がいつでも動けるように待機してるからな。この場所ならすぐに駆けつけてくれる。ま、詳しいことは後にしようか!キャンプで待っている連中に色々説明しなければならんからな!」


そのあたりはしっかり対策されているようだ


いや、ここまで準備を回した学院とオーゼフの勝利、というべきだろうか


悠々と森から出ていくオーゼフの後ろに続きながら、男達の最期の言葉を思い返す


ただの賊では無く、言葉は端に国家転覆の意図を仄めかしていたのは間違いない筈。

彼らの狙いは有力者の子弟を誘拐し…何をするつもりだったのか


(はぁ……この忙しいときに考え事増やすなよなぁ)


内心、げっそりのカナタは人知れず肩を落として森の中を出るのであった
















(うぅむ、驚いた。まさか、ここまで慣れているとは…ただ心根が屈強と言うだけでは無さそうだな、カナタ・アース)


己の後ろを付いてくる、まだ若い、この学院の高学年と同年代の教師となったカナタに物思う

実際、カナタが3人の男達を転がしているあたりからオーゼフはその様子を見ていた。

自分が採用試験で拳を振るった男故に生半可な相手に遅れを取ることは無いと思ってはいたが、やはり、と言うべきか…彼の戦闘技術は素晴らしい物があった


派手に魔法を使うでも無く、初見では分からない特技を使うわけでも無い

自身への強化と体術で一方的に複数人の間者をねじ伏せるのはオーゼフとかなり近い戦闘スタイルだ

だからこそ、その実力ははっきりと見て取れる


あれは鍛錬で身に付けた物では無く、明らかに実戦で試行錯誤の末に体へ染みこませた、いわば「カナタ・アース式闘術」とでも言うべき物だ。

あのような戦い方の人間は見たことが無い。名を馳せた戦闘者や武術者とはまったく異なるそれは明らかにオリジナルのスタイル


そして明らかに場馴れした対応

キャンプサイトの襲撃現場は冒険者達でどうにかなると一目で判断し、すぐさま現場の統率をする役目の男達へと向かっていき、情報を引き出す為にある程度の手加減をしながらすぐには立ち上がれない程度の攻撃を加える。若く経験浅い者にありがちな攻撃への躊躇や敵のペースに乗せられる、ということもなく、3人という人数のハンデを負いながら夜中の森の中を真っ黒な服装をした相手に見失うこと無く逃がさなかった


しかし、それよりも気になったのは…


…それだけが気になった。恐らく人が自ら死を選ぶのすら、幾度と見たことがある。分からん男だ…この若さで今までどのような蕀の道を通ってきた?)


カナタの年齢は17歳


まだ若い…この学院に同じ年齢の学生が大勢いる事を考えれば成人していても未だ子供の部類に入るだろう


それが人死にへ対しここまでノーリアクションか?


いや、何も感じていない訳ではないのは見て分かった

自爆を察した時の苦々しい表情はその心境をあからさまに見せていたのだが、普通は死に対して恐怖や嫌悪…ましてや自殺や人が爆発するという凄惨な光景を目の前でされて気分を害さない若者など居ないだろう


そもそも、あの刻印魔法に仕込まれた自爆術式を魔力充填中という早期に見抜くとなると間違いなく同じものを見たことがあるか、余程術式に対し精通しているか…あるいはその両方しか考えられない

自らを爆破する魔法など…当たり前だがその辺で使われる魔法ではないのだから


余程ポーカーフェイスが得意かサイコパスでないのならば…死の嫌悪への耐性がある、いや、耐性が着く程に見てきたということになる


そして、冒険者家業で善悪様々な人々と渡り合ってきたオーゼフの勘は、カナタをサイコパスや死に愉悦を感じる外道ではないと感じ取っていた


(…で、あるなら嫌でも死に触れざる得なかった大戦による戦禍の後遺症、ということか。それとも…)




"…その手で命を奪い続ける場所にいたのか"



その不透明さが、今になって露になる


"人に歴史あり"…そう思い人知れず、オーゼフは楽しげに笑みを浮かべるのであった




結局、冒険者達が交代で夜通し見張りを続けたが、賊の増援はやって来ることは無かった


取り押さえた賊に関しては、既に夜中駆けつけた騎士団に身柄を引き渡しており、これは生徒達に不審者を目撃させず不安を煽らない為の事である


しかし、一部生徒は夜中の混乱を目撃しており何も無かった事にするのは流石に無理であった


そして


「ふあ…っ…んー、よく寝たっす…って、あれ?…何でみんなして私のこと見てるっすか?」


何事もなかったかのように伸びをしながら機嫌よく起き上がったスーリをマウラとマウセルの剱の面々がじーっ、と覗き込んでいたのだから本人は頭に『?』を幾つも浮かべるのは当たり前だ


数分前から他のテントでも、線香を嗅がされた生徒達が何事もなく起き始めており、「もしかしたら…」と起きるのを待っていたのである


「…大丈夫…?…体、変じゃない…?」


スーリの顔の目の前まで自らの顔を寄せ、何時もの顔よりちょっと心配そうに和らいだ目を正面から覗き込ませるマウラに「おぉ……ち、近くで見るとヤバいっす…!カナタ先生はメンタルオバケっすよ…!」とちょっとだけピンクが垂れ流しになるスーリ


しかし、自らの身に何があったのかを聞けば「あー、まじっすか…」と流石に顔をしかめる


そう伝えられなければ分からない程何も感じなかったらしく、阻止されていなければ自分がどうなっていたのか…それを考えると事後とはいえ不安にもなる


「でもアラームペグは刺してたっすよ?あれ、持ち主の魔力流さないと近づいたり抜こうとしただけですっごい音が出る筈なんすけど…」


「これね?私達も見つけた時にはこの状態だったわ」


エスティが持っていた杭状の魔道具を取り出せば、スーリが驚いたようにそれを見る

目立った破損はどこにも見当たらないそれは、ただ1ヵ所、先端付近に窪んだ形となっており彼女の掌に乗っているビー玉のような物が嵌まっていたとわかるくらいだ


アラームペグは、野営地周辺に刺しておけば魔石の魔力によって近づく移動物を検知し爆音を放つ魔道具である


本来はもっと広い野営地の周辺に囲うように数本刺しておき、近づく魔物や賊に反応して音で知らせてくれる物だがスーリが持ってきていたのはそれのダウングレード品

手頃価格になった代わりに検知範囲を狭め、1、2人用で使えるようにした物だった


「賊の靴裏は防音の特別処置がされていたし、着ていた服は多分、タラニアの糸で編んだ魔力吸収素材よ。それで感知出来なかったのね。そして、アラームペグが反応しないくらい振動も与えずに引き抜いて魔石を外された…」


「明らかにその辺の野盗などではない。どちらかと言えば国の暗部や間者としか言えんな。技術もそうだが特に身に着けていた装備…消音靴もそうだがタラニアの糸で100%編まれた服など、我らの収入ですら一着買えるかどうかの代物。もし盗賊ならば、この服を売った方がさぞ楽に金を産み出せるだろうに」


タラニアとは中型の蜘蛛の魔獣である

足を広げれば子供より大きな蜘蛛で茶色と黒の体に黄色の線が2本入っているのが特徴であり、この蜘蛛が出す糸は放出される魔力を受け止め繊維内に流れる性質を持つ


これを巣として張り巡らせ、捕食者や獲物から自身の魔力を隠して身を守り、獲物を狩るのである


魔力で反応するような魔道具や広く浅く感知する探知魔法ならば全く存在を認識できない程だ


高位の探知までされれば部が悪いが、言わば、現代で言う電磁波を跳ね返さないステルス素材のような物で、その特性故に高額で取引される素材だった


「で、でもそんな相手が私を連れ去るメリットって何っすかね…。身代金…はあり得ないっすか、こんな成金装備してる相手がお金欲しさで誘拐なんてしない気がするっす 」


「確かに…って感じだけど、スーリちゃんだけじゃ無くてさぁ。今回の参加者30人の内、狙われてたのは11人も居たんだよね。そんだけ拐えば元は取れるんじゃない?」


目を丸くするスーリ

当然である

裕福で力のある貴族商家の子弟をまとめて11人も誘拐するなど、大事件だ


「お、スーリ・ベルフォリアもちゃんと起きたか。ようやく全員起きたな…これでやっと一安心だ」


「…カナタ…!」


声の方を見ればテントの幕を手でよけ、その隙間から様子を見に現れたカナタが気の抜けた溜め息を漏らす

マウラがピンッと耳を立ててカナタに近寄れば、カナタはその頭をくしゃり、と撫でながら嬉しそうにして


「助かった、マウラ。あの場で全員叩き起こしたのはいい判断だ…いや、それについてはクレイラさんにもお礼を言わないといけないな」


「アタイは依頼を守ったまでだ。それより、その子が居なきゃ他の子は何人か持ってかれてたかも知れねぇし、アタイより先に賊に気付いたのもマウラだったからな」


満更でもなさそうに笑みを浮かべるクレイラだが、マウラもそう評価されればちょっと自信ありげに頷く

そんなマウラが可愛らしく、ほわぁ…と癒されるように無心で彼女の頭をくしゃくしゃ撫でてしまうあたり、ちょっとカナタも疲れているのだろうか


冒険者一行とスーリの優しい視線に「はっ」と我に返り、咳払いをしながら居ずまいを正すカナタ


「と、取り敢えず、皆に伝える事がある。…今回の演習はこの件を考慮した上で、だが…継続することに決まった。中止による帰還は無し、明日の朝に予定通り撤営し昼にこの場を出発する」


「…以外です。私は即帰還とばかり思っていましたけど…」


エスティの言葉はもっともだ


一度襲撃があったのだから、この後にどう続くか分からない

念のため、生徒達含め全員で安全な場所…学院まで撤収するのが定石だろう


もしも、敵方に追加の戦力が居てもう一度襲撃があれば必ず今回のように生徒を守りきれるとは言い切れないのだ


「そう言ったんだけどなぁ…オーゼフ先生の提案だ。冒険者の皆さんにはお世話をかけるが、よろしく頼む…とのことらしい」


オーゼフの名前を出せば「そう言うことなら…」と考えてくれた冒険者は先程から多数居た


このパーティに関してはあまり心配していなかったが安全の為にすぐ帰ることを提案してくる冒険者は多く、やはりそれだけオーゼフの方針は異色ということだろう。

オーゼフとしても、自分の信頼できる冒険者にしか声を掛けていないこともあり、カナタが帰還を勧めた時も「問題あるまい!」と一蹴されたのだ


時間は既に朝と言うには時間が過ぎた頃合い


マウラとスーリも顔を見合せ、「それならば…」と動き出すのであった



天気は快晴


初夏と呼べる季節であれば、動かずとも日の光で汗が滲むような暑さは生徒達の動きを鈍らせていく

暑さの対策は水や風系統の魔法が使えなければ対したものはつかえない

倒れる程の暑さは無いものの、やはり外での活動ではジリジリと射す日差しと気温に辟易とするものであった


「うー…暑いっす。冷房系の魔道具はかさばるから持ってきてないんすよね。マウラっちも流石に冷気系の魔法って…」


「…無理……私、基本雷系しか使えない………ペトラなら使えるけど……」


「そうっすよねぇ…私、暑いの苦手なんすよ。…今回も父さまの言い付けが無かったら来なかったっす!」


「…私はそうでもない…寒い方が嫌…この時期はちょうどいいよ…?」


「ほんとっすか?いずれ低燃費の冷房魔法具を作ってやるっす、私。開発するまで外回りは出ないっすからね」


あからさまに「ぐでんっ」と力の抜けた様子のスーリが気の抜けた声で晴天への恨みを呟く。文字通り涼しい顔ですたすた歩くマウラとは対称的に、未だ夏の入り口の筈が彼女だけ見ると今が猛暑かと思ってしまう程だ


彼女の背はマウラと変わらない程度に小柄で、肌を日焼けを知らず、細身の体はあまり積極的に体を動かしていない事がよく分かる。彼女はどちらかと言えば間違いなく、研究室で物を開発するタイプのインドア派なのである


それに対し、外で走り、草原で昼寝をし、バリバリのインファイターであるマウラがこてん、と首をかしげるのもしょうがないのだろう。しかし、ここまでひぃひぃ言っているのを見ると少し心配にもなる


目を閉じ、すん、すん、と鼻を澄ませふらふらと歩き回るマウラ

今度はスーリが「?」を頭の上に浮かべ、不思議そうにマウラを見ながらも彼女の後ろに着いていく。獣人の耳と鼻は人体に備わる器官の中では最高のレーダーなのだ、彼女がなにかを感じたのなら…そう思い黙って後ろをぴたりと追いかければ少し歩いた森の向こう側…



「おおっ!これって…」


「ん……水の匂いがずっとしてた…流れる音がしなかったから…多分そうだと思ったけど…」



枝葉のカーテンを抜けた先に広がっていたのは湖だった

巨大…という程ではないが、大きな木々に隠された湖は優に25mプールが4つは入るだろう大きさがあった

キャンプサイトの側にあったのは小川であり、水を汲んだりする分には何も問題ない水源だったが浅く、幅も大きくない為、この大きさの湖は圧巻に映る


何本もの小川となって森の中に枝分かれしているあたり、地下水が溢れでて湖となっているのだろう


「…ちょっと、水浴び…する…?」


その言葉に、スーリが目を輝かせたのは言うまでもない事だった












「じゃあ、ルディは森で周り警戒しててくださいね」


「何でだよ!?俺だってあの子達と水遊びしたいだろ!」


「本音駄々漏れではないか、ルディ。さ、我々は大人しく外で見張りでもしていようではないか」


「イーヤーだー!別に裸って訳じゃないだろ!?ならいいじゃん!ちょっとくらい!ちょっとぐらいぃっ」


「…そういうとこだろルディ」


「で、ですよね。なんかこう…居るだけで不安というか…」


「はぁ…ニュートさんくらい落ち着きがあれば、と思ったんですけど…あれでは…」


頭を抱えるエスティ達を余所に、やいやいと喚くルディはニュートに襟首を捕まれずるずると森へと連行されていく


それを見送る3人の目はとても冷たく、同時に慣れたものだと呆れの溜め息が出てしまう


ルディ・テルコス 20歳 彼女無し


彼がそれを理解するのは、まだ先の話である


ーーー


森の中、少し遠くで生徒達と冒険者が話す声や探索のざわめきを聞きながら1人歩く

教師も生徒も連れ添わずにふらふらと歩き回る姿はどこか心あらずといったように見えるが…


(結局、連中は喋らずに連れて行かれたか。騎士団に尋問されても「何も知らない」の一点張りだって言うしなぁ。今回は俺ら関係ない話だけど…気にはなるし、調べてみたいとは思うが…)


『精神干渉系の魔法であれば、言いたくない事でも全て話してしまう…とのことですが、マスターは…』


(あぁ。残念ながら精神干渉に関する魔法は1つも。…別に欲しいとも思わないけど、こういう時には便利なのかもなぁ)


『周囲に同勢力が存在するか監視はしていますが、昨晩から人影ひとつありません。動体感知、魔力探知、残留魔力の解析にも反応はありません』


(正真正銘、あいつらで全部だったか。…学院にも飛ばしておく、モニターフライ3機、スキャナーモスキート2機を学院上空に回せ。…アサルトスパイダー5機を学院敷地内に潜地待機、ステルスアント20機を学院の中に入れる)


『了解しました。…『スパイダー』シリーズを投入するというのは、何か起こる…そう予想しての事ですか?『インパルス』を投入しないのは…』


(…念のため、な。インパルスは目立ちすぎる。これがラヴァンを目標にしたテロ行為でかつ、その手段が有力な貴族商家の跡取りの拉致だとしたら最高の餌場は間違いなく学院になる。なにせ、あそこには…)


『なるほど、確かに。了解しました。本日深夜にアサルトスパイダー5機を学院中庭に投下します。ステルスアントはすぐに学院内に侵入、各エリアにて監視活動に入ります』


(面倒になるから見つからないようにな。…いやほんと、学院にはラウラ居るし、マジで見つからないようにしてくれよ?)


『…もう観念した方がよろしいのでは?ここまでマスターが動いていればラウラ嬢はお気づきになるかと思いますが…』


(だってよぉ…あんだけ勇者に夢見てると顔出しずらいだろ!?どんなヒーローでイケメンのスーパー貴公子想像してるか分からねぇって!)


『いえ、そのような事は万に1つもないと思われますが…』


(俺が今までやってたことがあそこまで美化して写ってる思わなかったんだよ!たまに職員室で語られる勇者様冒険譚を俺がどんな顔で聞いてると思ってんだ!?)


そう、ラウラは他の教師からのお願いで勇者パーティ随行時の冒険話を語って聞かせる事が多々あるのだ

いかに名門学院の教員とはいえ、武や魔法の道を歩む者には、かの大聖女ラウラ・クリューセルの生冒険談は垂涎どころか3代先まで自慢できる。特に若手教師からは人気絶大であり、ラウラもこれ幸いと自分達…いや、勇者がいかにして活躍したのかを語るものだからカナタは誰も見ていない職員室の隅で表現し難い仏頂面を固めてしまうのだ


勿論、羞恥心で、である


因みに、カナタが己の行動を主観で見て、さらに当時に病み病み精神状態の補正がかかっているからそう思うのであって、実際にやったことややろうとしたことはラウラの語りにてこの上なく正確に捉えられていたりする


知らずは当人だけである


勿論、アマテラスもそれは理解しているから、こうしてカナタに観念するよう進めているのだが…


『マスターに想いを寄せる女性に、そんな夢見がちで現実離れした理想の方は居ないと確信していますが…。というか、見ていて焦れったいので早く抱いてしまいなさい』


(おいものっそいぶっちゃけたな!?極論にも程がある!?)


『5人暮らしなら家の拡張が必要ですね。設計施工はお任せください、マスター』


(さらに未来を見てやがる!?なんでこの話題になると急に辛辣になんだよ!こういうのは、ちゃんと段階と時間をかけてだな…)


『既にシオン嬢、マウラ嬢、ペトラ嬢は3年も同棲してるのに、ですか?ラウラ嬢に至っては片想い歴約5年ですがまだ時間が必要なのですか?』


(……)


『シオン嬢に至っては段階的に次は頂くしかない所まで来ていますが』


(…なんだよ、こっち見んな!)


カナタはひきつった顔で内心叫んだ!

顔なんてある筈のないアマテラスの強烈なじめっとした湿気のある視線を感じ取ったからだ!

そして最早反論出来ていない!


『はぁ…こういう所で自分から行けないのはマスターの良くない所です。そんな調子だとその内…本当に押し倒されますよ?』


(ふぐっ……いや、まさかそんな…というか人の気にしてるところをグサグサと…!)


『まさかも何も、マスター。既にあの3人には魔道具無しで勝てないではありませんか。あの速度で成長すれば、遠くない内にヘタな自作魔道具を使っても勝てなくなりますよ?それこそ…『リベリオン』を鎧装しなくてはならない程に』


その言葉に歩みを止める


戦闘魔導強化鎧骨格『リベリオン』


それを身に纏った彼の姿こそ、この世で一番有名な姿である『黒鉄の勇者ジンドー』である


この世界に引きずり込まれた己の運命を呪っい、その全てを覆すべく、それを身に纏う自らを『己の運命への反逆者リベリオンである』と称した彼そのもの、とも言えるパワードスーツ


初めて装着したその日から度重なる改良を加え、現在の物は『リベリオン.mark98』

つまり98代目のパワードスーツなのである。ちなみに、魔神討伐達成時はmark51…つまり、戦いが終わってからも改良に改良を重ねてきているのだ


それを装着するということは、即ち…自分が勇者として表に立つ時に他ならない


(…その時は躊躇い無く使う。俺がどんな怪物なのか、それを知っても近寄ってくるか、試してやるさ)


その目は、誰にも見せたことがない程に冷たく、鋭く、情という情を投げ捨てた破壊者のように無機質

















そしてどこか、悲しそうにも見える眼差しであった


そんな主の様子に、アマテラスも音声には出さず、呆れた溜め息をつく


『こんなマスターに、早く暖かな心が寄り添えますように…』


" …そして、見ててモヤモヤするから早くヤる事はヤってしまってください… "


超高性能人工知能は、主の幸せを常に願っているのであった

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