第38話 因縁は結ぶ
「行くぜッ!『バスタード・マキシマ』ッ!」
「かの者を破滅より救え!『ミグゼリアの加護』よっ!」
「
レオルドの巨体がオレンジ色に輝き、暴風のような魔力を炸裂させる
ギチッ、と丸太のような腕の筋肉が血管を浮かばせて膨れ上がりスパークの弾ける音と共に莫大な魔力を身に纏えば踏み込む足の仕草だけで石畳の要塞の地面が粉々に粉砕され、ラウラ、サンサラの紡いだ詠唱の直後、足元が爆発したかのように吹き飛ばしながら前方へと突撃を開始した
片手の斧を両手に持ち直し、ギデオンへと突撃するほんの数瞬の間に神がかったタイミングでレオルドの体に黄金のオーロラが纏わり腕から斧にかけて白く輝く炎が蛇のように絡み付き
その直後、ギデオンに斧の柄を押し付ける形で正面から激突する
あまりの強化倍率から半端な使用者の肉体なら強まった力で自らくだけ散る危険すらある強化魔法『バスタード・マキシマ』は極限まで鍛え上げられた肉体と膨大な魔力、それを操れる天性の勘を持つレオルドにしか操れないものだ
その体を覆う黄金のオーロラ、それを纏う者への一切の傷害を弾き返す魔法の防壁『ミグゼリアの加護』は無属性の防御魔法、聖属性の防御魔法など塵紙にも思える強靭な防御の魔法であり、これによりレオルドは無敵の砲弾と化す
彼の二の腕から長大なバトルアックスにくまなく絡み付く白い輝きで象られた炎は付与された対象の攻撃に超高熱による白炎を付与し、相手を焼滅させる付与魔法『
触れれば蒸発、触れても無傷、威力は絶大
レオルドの豪快な一撃を必滅、不滅にするコンビネーションは数多の魔物と魔神族を出会い頭で塵へと還してきた動き
その必殺の突撃を、ギデオンは真っ正面から迎え撃つ
絶対の信頼を置く愛剣に魔力を流し、魔力の輝きを灯したそれをレオルドのバトルアックスへ向けて横凪に叩き付けたのだ
その衝撃はギデオンとレオルドを中心に周囲の地面と壁や建物を粉々にひび割れさせ、兵士も冒険者も纏めて真後ろに吹っ飛ぶ程の破壊の衝突を巻き起こす
しかし、驚きの表情を浮かべるのはレオルドの方だ
身の丈を何十倍も上回る大物だって蹴り飛ばしたボールのように蹴散らせる合わせ技に、半歩すら動かず相殺されたのはさしもの彼にとっても衝撃的だった
この力自慢の肉体が、仲間の力を合わせてなお押し勝てない存在が目の前にいる事は…
「ッ…オォォォォォッ!!」
「面白いぞ!久々に戦いになりそうだ!そうか、お前達がそうか!」
烈迫の気合いと腹の底からの咆哮を放つレオルドの突進を受け止め不敵に笑うギデオンは空いた片手をレオルドへ向けて突きだし、その掌に赤黒い暗黒の魔力を滾らせ、それに眼を剥くレオルドへ間髪いれず、撃ち放つ
「どれ、どの程度が試してやろう!『
ゼロ距離で放たれた魔力は周囲に漆黒の波動を放ち、強烈な破壊力を正面に向けて解き放つ
その掌の先にいたレオルドはおろか、その仲間達すら炎ともオーラとも見えるエネルギーの波動に飲み込まれ、城西の一部を完全に消し去ってなお、止まらず
結果、直線上にあったグアンタナス要塞の外門付近が木っ端微塵に消し飛ぶ
魔法…それもたった一撃にして即座に放った物がこれ程の破壊を見せれば兵も冒険者も呆然とするのは当然であった
あまりに強い
こんな怪物と戦って勝てる人類などいるものか…
「だから、不用意に突っ込むのは危ないって言ってんでしょ?…ま、あれは仕方ない部分もあったかねぇ」
「うおっ…あっぶねぇ…ありゃ食らってたら俺も耐えられねぇな!」
「当たり前ですわ!あんな戦い方をされては
「まったく…そりゃ怒られて当然だよ、レオルド。挙げ句、こっちまで魔法も来たしね」
「そりゃ俺のせいじゃ無いだろ!?てか、サンサラもラウラも合わせたじゃねぇか!」
全員の予想に反して破壊の光が通りすぎた場所には5人の姿が傷1つなく残っていた
四人の前に盾を構えて立つナスターシャに仰向けで転がるレオルドとその腰に魔力で編まれた輝く鎖を巻いた状態で引くザッカー
両掌を突き出して息を軽く乱すラウラにナスターシャに杖を向けたサンサラ
「ほぉ…まさに連携の極致か。傷1つないとは思わなかったぞ」
くつくつ、と楽しそうに笑うギデオンの目には何が起きたのかしっかりと写っていた
己の魔法が眼前のレオルドへ直撃するほんの僅かな一瞬、がくん、とレオルドの体がザッカーの手から伸びる光の鎖で引っ張られ彼らの元へ
追うように放った破壊の魔法はレオルドとの間に現れる何枚もの黄金の障壁が障害物となり、勢いを一時的に塞き止める
その間に彼らの元へと引き込まれたレオルドに変わってナスターシャが全面に出て左腕に備えた盾を右腕で支えながら正面に対する圧倒的な防御の魔法を使用
全員の盾となるナスターシャへ向けてサンサラの強化、防御等のエンチャントが幾重にも重ねられた
僅か一瞬でも噛み合わなければ全員が消し飛んでいた筈のそれを、神がかったコンビネーションが可能にしたのだ
メンバー最速のザッカーによる『
メンバーの時間を稼ぐ為に咄嗟の障壁『ユリネシアの剛壁』で魔法を塞き止めるラウラ
メンバー全員を守る為に己の盾に魔力を込め、それを起点に発動させた魔法『エル・ドラーダ』を構えて前へ出るナスターシャ
そのナスターシャが耐えきれるように重ねてかけられた付与魔法、熱に対する超耐性『
結果、全員が無傷
攻撃を加えるだけならどんな兵士にも出来るが、耐え、流すには相応の技術が問われるものである
よって、一流を判断するなら防御を見るのが一番…ギデオンはそう判断している
「今代の勇者がここまで我らに打撃を与えられた理由が、よく分かった。殺すには惜しいが…それで、勇者はどこだ?全身鎧姿と聞いているが…お前がそうか?」
視線を向けたのはナスターシャであった
確かに、白銀の鎧を身に纏ったいかにもな風貌ではあるのだが…
「私?いや、違うよ。彼はもっと…勇者っぽくない男だからね。因みにどこへ行ったのかは…よく分からない、かな」
「…ふむ?お前達はチームではなかったのか?」
騙すような雰囲気は無い
疑問に眼を細めるギデオンだが、ナスターシャの後ろで「またどこかに行きましたのよ、ジンドー…何も言わずに、ですわ」「まぁ、そう落ち込むなってラウラちゃん。おじさんだって教えてもらってないし」「カバーになってるのかしら、それ…」と肩を落とすラウラに苦笑いのザッカーとサンサラを見れば…そういう雰囲気でもない
「ま、確かにジンドーは独断が過ぎるけどよ。魔将さんも気を付けた方がいいぜ?アイツぁ何しでかすか分かんねぇ。でもな…間違いなく、お前達にとってロクでもない事をしでかすぞ?」
楽しみだ、と豪快に笑うレオルド
それはある意味、信頼、と取れるだろう
「…どうやら、今までのとは少し違う勇者のようだな。だが、ここでもそんなことが出来るか?お前達はここでアレの養殖場になってもらう予定でな…優れた苗床は何人でも大歓迎、という所だ」
嫌な笑みを浮かべて顎先で彼らの背後の空を指すギデオンに咄嗟に振り返る
気付けばほかの魔物達の音が静まり返っていた
不気味な程に戦いの喧騒が遠退き、そして代わりに聞こえてくる…羽音
ヴヴヴヴ、と空気の震える羽が高速で動くような、虫嫌いには堪らないその音が空の上から近づいてくる
「…なんだ、アイツは…」
ニュートもその姿を見て思わず声に出る
でかい
腕とも脚とも見える物が縦長の体に3対6本付いており、体の表面は妙に光沢のある緑と黒の甲殻で覆われている
その背中には蜻蛉のような長く虹色に透き通る虫の羽を羽ばたかせて飛翔しており、3対の脚とは別に鎌状の両腕が肩下と思われる場所から延びる
左右から閉じるような分厚く長大な牙に真っ赤に光るソーラーパネルのような複眼は表情を一切伺わせない無機質な冷たさが見えるだろう
縦長の胴の末端には3本のクローがついた尻尾のようになっており、その姿を見た瞬間にソレはおぞましい鳴き声を響かせた
ーギィィィィィィィィィィィィッー
「まさかっ…エデルネテル!?奴はベイリオスを襲撃していた筈!なぜ反対側のラヴァンに!?」
「呼んでおいたのだ。この国も流石に邪魔でな…支える周辺国を滅ぼしてからでなければ損害もあると、今までは回していなかったが…今回の勇者は危険だ。直ぐにでも、勇者を呼び出すラヴァンを攻め落とす事にしたのだ。故に、四魔龍を回した」
驚きの声を上げるストライダム
そう、この異形の怪物こそ魔蟲龍エデルネテル
四魔龍の中でも一番質が悪いとされる怪物である
「あれが…四魔龍なのか?」
ニュートもそれを見上げる
話に聞いたことはあるが実際に見たことなどある筈もない…見える距離にいれば生きては帰れないからだ
その最たる特性は繁殖にある
どのような生き物にも、時には生殖行為など無くとも己の眷属たる昆虫型の魔物を産み出す事が可能であり、最も質が悪いとされるのは…特に人類を好んで苗床に選ぶことである
特別に魔力や特技、力のある者からはより強力な魔物を誕生させる事が出来る特性があり、エデルネテルが現れた集落や街は例外なく巨大な昆虫型魔物のコロニーと化すのだ
もし捕まれば身動きも取れないよう蜘蛛の糸のようなウェブで雁字搦めにされ、男は体内に卵を産み付けられ保温の役割を果たしてからは産まれた蟲の食事として内部から食い付くされて死亡する凄惨な最期を迎える事となる
が、
女はもっと悲惨である
男と違い、子を養い育て、産み出す為の子宮があるのだから
本人の気が狂い、正気を失おうとも、純潔の奥へ入り込み子宮の中に卵や幼体を産み落としてはその腹で育てさせ、異形の怪物を出産させ続ける
四魔の中でも最も討伐優先度が高いとされる最悪の魔物である
それが、こちらに向かってきているのだ
戦いを続けていた兵士達も、冒険者達もその正体に愕然とし、この要塞も、その後ろにある大都市…ひいては王国そのものの滅亡を予感させるには十分であった
「お前達のような腕利きがいると助かるのだ。正直、エデルネテルの生態は俺としても好ましくないがな」
悠然とこちらに近づき高度を下げるエデルネテルにさしもの彼らも顔色を変える
ここで万を超える魔物とギデオン、そしてエデルネテルを相手にして勝ち目などある筈もない
この時点で彼らに残された選択肢は撤退か、もしくはギデオンを直ぐに始末するのみだが…素早く倒せる相手ではないのはたった今証明済みなのだ
つまり、逃げるのが最善手…
要塞外部からは爆発音が連続して響き渡りその戦闘の凄まじさを物語っているがこの中からではどれ程魔物の群へ打撃を与えているかは不明だ
まだ残っている兵士や冒険者が抵抗しているのか、それとも…その逆なのか
「…あのデケェ蟲、俺らでいけるか?」
「無理じゃない?ジンドー君が居るなら、ってとこかね」
レオルドのぼやきに溜め息をつくザッカーがやれやれと空を見上げる
彼らが会う四魔龍はこれで2体目…白銀の氷海にて邂逅した海域の支配者である『魔海龍ルジオーラ』以来の怪物だ
「彼が居ても戦いたく無いわ。気持ち悪いし…あんなのに孕まされるの、嫌よ?」
「当たり前ですわ…。その、魔物は普通に嫌ですけれどなんというか…生理的にキツイですわね…!」
「ふむ…これが昔の勇者が伝えた「くっ殺せ!」というやつか。少し…背筋が泡立つな。この場合は女騎士や聖女があられもない目に遇うのが『王道』らしいよ?つまり、私とラウラだね」
「何の王道ですの!?ロクでもありませんわね、それ!?」
なにやら余計な知識を残しているのが気になるが女性陣は表情を険しくしかめている辺り、かなり気持ち悪いのだろう
しかし、それでも絶望はない事に、疑問を浮かべるのはギデオンの方だ
(…なんだ、この違和感…?かつての勇者やその連れであれば、我ら魔神族の一員と出会っただけでも決死の覚悟であった。魔龍との戦いなら特に、だ。奴らがどれだけの勇者の命を奪い去ったか知らない筈もあるまい…)
そう、悲壮感がないのだ
どうにかしてやれる、最悪の展開にはならない確信が心のどこかであるように見える
気が付けば、周囲の戦闘音は静まり返っていた
あれだけ響いていた爆発音も魔物の歩む地鳴りのような音も、なにも聞こえない
「…まぁ、いい。その余裕、10万に及ぶ魔物の軍勢を目の当たりにしてなお続くものか、見せて貰おうか」
ギデオンの剣の一振が城門の分厚い閂を両断し、巨大な鋼鉄の扉が低い軋みを上げながら開いていく
雪崩れ込む魔物の洪水を見ればその表情も変わる
否、変わらない者などいるわけがない
事実、勇者の連れと言う彼らも破壊された扉を目の当たりにすれば顔色を変えて構えをとる
警戒、戦闘態勢、その手に、その身に魔法の輝きを宿らせる速さは流石の一言だが、物量は力だ
純粋にして一番物を言う戦力とは『数』であることは、魔物の軍勢を率いて人類を破滅に追い込んだ自分達が証明済みである
故に、その巨門の開いたその先の景色は凄まじいものだった
強烈な死臭
そこら中から上がる火の手
消し飛んだ地面のクレーター
灰色の煙がもうもうと立ち上ぼり
地は流血で塗り尽くされ
その先は
山のように積みあげられた死体がゴミのように無造作に集められていた
「これは…ッ!?」
そう、死体とは…全て魔物の死骸であった
不自然…投入された全ての魔物ではないが、少なくとも城壁に押し寄せ大砲や魔法の射程に収まる範囲にいた数万の魔物が、そこに二度と動かない肉塊となって山を築き上げているのだ
(あり得ん…この要塞の戦力は調査済みだ。この勇者の連れを除けば先程の兵の長のみ。この数の魔物を殲滅できる戦力など何処に…ここの兵士でこんな真似は不可能だが…)
その初めて見る光景に気を取られていたギデオンの視線が死骸の山の上を向き
その姿を捉えた
屍の頂きに立ち、共に攻め込んだ魔神族の同胞達の亡骸の上に君臨、その異様を
星の光と要塞の火の手によって照らし出された姿はその光を飲み込む漆黒の鋼で覆われた人型
夜闇の中に不気味な金色の光の線が走り、両眼を示すような部位に赤く不気味な光が宿る
全身鎧…いや、鎧というには形が変だ
隙間がなく、通常は装甲化が不可能な関節部まで全てが可動式の金属で覆われ、重量を無視した分厚い装甲に反して形状は非常に滑らか、かつ先鋭的だ
中に人がいる、というよりそれ自体が動く鎧なのでは
そう思わずにいられない姿に呆気に取られる
その足元に何の気なしに踏みつけられる魔神族の姿は驚愕に目を見開いた姿のものが多く、恐らくは一撃…反応すら出来ずに皆殺しにされたのだろう
その鎧の双眼が緩慢な動きで動き、ギデオンを捉えた時初めてその相手が何なのか、思い至る
「…まさか、お前か?……お前が勇者か!?」
魔将の放つ驚愕の怒声に、睥睨するかのような黒鉄の勇者
それがギデオンとジンドーの初めての邂逅となった
ーーー
「そして、その後に…」
「あー、あー、そろそろ寝る時間だなぁ?ほら、他のサイトも焚き火消してるし、な?」
「えー!?今いいとこっすよ先生!」
「ほら、隣のおバカさんから喧嘩売られたくないだろ?また今度にしときな」
ニュートの語りを遮る形で静止したカナタにスーリが唇をとんがらせて抗議を示すのを見れば語っていたニュートも声を大きくして笑いながら「それもそうだ!話しすぎたな!」と、久々の昔話に満足している
「明日も早いんだから、この辺で我慢しときな。さ、寝る準備して寝ちゃいなさい」
カナタの忠告に渋々「はーい、っす」と漏らすスーリ
そして、知らずの内にすすっ、と横に近づいてきたマウラがちょこん、と背伸びをしてカナタの耳元へ口を近づけ、一言
「……一緒に、寝る…?」
ぶっふぉあっ…と突然な言葉に意味不明な咳き込みが吹き出し、ゴホゴホと誤魔化すように息をしながらマウラの耳元へ口を寄せるカナタ
「…なわけ無いだろ。急に変なこと言いおって…」
「…変じゃない。……私のテント、2人なら寝れる……朝までゆっくり……ゆっくり……」
「ゆっくり……なんだ?なぜ言い淀む…」
「……ここじゃ、恥ずかしくて言えない…」
「何てこと言いやがる!?」
ぽっ、と頬を赤くしたマウラに身構えるカナタだが、夜の闇に紛れてる彼の顔もどこかほんのり赤いのは…結局彼も悪いと思っていない証拠であった
というか、他のテントも近くにある中でそんなこと考えてるなんて、なんて危ないことを考えるのか
眉間を揉むカナタに「…だめ?」と聞くマウラだが、流石に首は横に振る
「あー…まぁ……そういうのは、段階とかあるだろ?あんまり勢いで言ったりするもんじゃないぞ?」
「…別に…なにも考えてない訳じゃないよ…?…勢いでも無い…私は真剣に言ってる…」
「っ…」
その目にいつものすっとぼけが無いのは分かってしまったが…流石に生徒や冒険者の前でする会話じゃ無くない!?
やはり真剣そうなのにどこか抜けてるマウラの頭をくしゃり、と一撫ですれば恥ずかしげな顔色を誤魔化すように背中を向ける
「……せめて、ここじゃ無い時に言ってくれ…」
マウラの表情も見れずに自分のテントに戻るカナタは、その後ろ姿を見送るマウラが珍しく、口角を少し上げて笑みを浮かべていることには気づくことは無かったのであった
「おぉぉぉ……大人っすね!普段素っ気ない無表情のマウラっちがこんなロマンスをしてるなんて…このギャップがいいっす!」
「…この子もなんだか変わってるわよねぇ」
「偉い所の娘さんなんだけどなぁ。ま、才ある者は一癖ある、って言うしな」
「お、大人です…!わ、私なんかよりとっても大人な恋愛の臭いを感じますぅ…!」
「…なぁ、もしかしてアタイらの色恋事情ってかなりダメなんじゃ…」
「今更に気づきおって…」
その様子を見つめるスーリとマウセルの剱の面々は各々思うところ楽しむところを感じているようだが、ニュートだけは額に手を当てて深い溜め息をつく…いつだってパーティメンバーの将来を一番心配しているのは彼なのであった
そう…マウセルの剱は若いメンバーが殆んどながら金級パーティにのしあがった新鋭のパーティ
恋愛など、している余裕は無かったのである
騒がしい彼らを余所に、マウラの尻尾がにゅるり、と楽しげに揺れていた
ー
夜の帳が降り、周囲は月の光だけが照らす静かな時間
どこかから聞こえる虫の鳴る音と夜風が草木を揺らす音だけが周囲に響き、動くものは見当たらない中で複数の影が素早く動き回る
何処に潜んでいたのか、数個の影は夜闇に紛れて真っ直ぐ進み、迷うこと無く幾つかのテントへと進んでいき、その傍まで音もなく近寄れば目立たないようテントの周囲に杭の如く打ち込まれた道具を慎重に引き抜き始める
「……早くしろ。手練れの冒険者も多い。気付かれれば厄介だ」
「分かってる。静かにしてろ…」
杭を引き抜く動きはゆっくりだ
引き抜かれる杭から落ちる砂粒にすら意識を割いている黒ずくめの男は僅かな震えもなくそれを引き抜き、一息ついて杭の底に嵌め込まれた小石…魔石を外す
それを見たもう一人の男は懐から線香のような束を取り出し指先から小さな火を灯せば体で火の僅かな光を隠しながら線香に火を灯し、漂う煙をそっ、とテントの入り口の隙間から内部へと送り込む
「……10秒………20秒…………よし、いいぞ。連れ出せ」
すこしの間、じっと動かずテントの中を線香の煙で充満させ、後ろの男の小さな声で刻まれるカウントを待つ
完了の合図を聞けば線香を持っていた男はそれを仕舞い、テントの入り口を開けて堂々と入り込めば中で寝ている少女を担ぎ上げた
遠慮無く相手が起きることも恐れずに素早く担いだ為、かなり揺れ、動かされているが起きる様子など一切無く、黒ずくめの男に肩へ担がれても寝息をたてているのはかなり不自然だ
躊躇うこと無く少女を肩に乗せたままテントから体を出そうとした男は、ふ、と背後から物音が聴こえた気がして振り返る
慎重に、寝静まるまで監視を続け周囲の警戒を怠らずにここまで来たのだから、誰か居る筈もないのだが…
こんな物静かな夜中に聞こえた微かな音は男に違和感を覚えさせるには十分だった
テントの入り口は幕が重なっていて外の様子が見えないが…
"ガッ……ぐぇ……"
その小さな異音に引かれるように少女を肩に乗せて外に出れば、明らかな異変…それまで傍にいたはずの共に来た男の姿が無くなっている
「……おい、どこで遊んでるんだ…。気付かれる前にさっさと…」
いぶかしむ男が辺りを見回しすが共に来た男の姿はどこにも見当たらない
あるのは夜の闇と涼しい風が足元の草葉を揺らす音だけで、まるで先程の違和感は気のせいだったのでは?…と思わずにはいられない程に
はぁ…と溜め息を漏らして自分に仕事を押し付けてサボりに出たのか、と思い…ふ、と後ろを振り返り様に見たのは…瑠璃色の髪を靡かせ音もなく、猛烈な速度で肘を己に振り抜く美しい少女の姿だった
ー
「…スーリ…スーリっ……寝てる…全然起きない…なんか変……」
ゆさゆさ
寝かせたスーリの肩を揺さぶるマウラ
元より耳と鼻が鋭いマウラは寝ている状態ですら音や異臭に敏感に反応する
皆が魔法や魔道具でテントの周囲を警戒、防御している中でマウラが不用心にもそのまま寝ていたのは、決して油断や抜けていたからではなく、必要が無いからである
その耳が、男達が忍ばせたはずの足音をぴくり、と感じ取り起きて様子を見てみればスーリのテントに男が入り込むのを見てしまい、黙って見過ごす筈もなく
自分の魔力を強く使えば瑠璃色の雷が走ってしまうため、気付かれないよう強化魔法の出力は低く…持ち前の体捌きでぬるり、と衣擦れの音すら立てずにテントを飛び出し目にも止まらぬ速度で外に待機していた男を真横から強襲
顎の先を撃ち抜く形で膝蹴りを叩き込み、真横に吹き飛ぶ男をその勢いのまま男の首根っこを掴んで草むらの中に引きずり込む
葉の揺れる音と男の小さく呻く声だけが風の吹く音に紛れて聴こえただけのことだった
それに違和感を覚えたテント内の男がスーリを担いで出てきた所を、闇夜に身を引いて隙を伺い真後ろから襲撃
彼女に衝撃を与えない最低限の一撃は男から声を出す間もなく意識を刈り取っていったのだ
スーリが全く動かないことから当て身や気絶を狙って手を出されたのかと心配したが、どうやら本当に寝ているだけのようで、必要が安心した一方、それ程までに寝起きが悪いのか、と疑問を浮かべる
しかし、耳を澄ませば他のテントの中でも物音や忍び足が聴こえるのはただ事ではない
「大丈夫か!?今の音は……っ…その男…!」
「ん……スーリを連れ出そうとしてた……野盗…?」
慌ててテントから出てきたクレイラも、どうやらそれを聞き付けたようでマウラの足元に転がる男の姿を見てだいたいの察しはついたようだ
その体を乱雑ひっくり返して調べるクレイラが胡散臭そうに目を細める
「…こりゃ盗賊とか野盗の類いじゃねぇな。足の裏…こりゃ国の暗部だのアサシンだのが着けてる消音底の靴だ。その辺のワルが持ってるようなモンじゃねぇ。それと一番臭うのは…これだな」
鼻を、すん、と立てて男の懐に手を突っ込むクレイラはわずかに煙を上げる線香の束を引き出す
狼の獣人の嗅覚は獣人随一
それが男の服から出されて初めてその微かに甘い、鼻の奥に張り付くような臭いにマウラも気付く
「ぅ…変な臭い……何……?」
「あんま吸うな。こりゃ乾燥させたイシトリ草の粉末を練った香だよ。吸い続けると数十秒で何の違和感も覚えず眠りにつき、体に微量の麻酔効果が現れる…拉致誘拐の常套手段だ」
「っ…!…なんでそんなの……」
「説明は後だ。今はここにいる奴らを取っ捕まえる…アタイは足止めに行くから、この場の全員叩き起こしてくれ」
「……ん、分かった…」
分厚い刀身の剣を抜き、近くのテントに駆け出すクレイラを見送りながら指先に魔力を集めるマウラ
瑠璃色の光が指先に宿り、次第にパチパチと雷を帯び始めれば、天に向けてその指先を向け……
「…『
振り下ろす
その瞬間、月と星が見えていた筈の晴天の夜空から青色の稲妻が轟音と共に落下した
カメラのフラッシュのように一瞬、藍色の閃光が激しく瞬き
すぐ傍の森の入り口に繁る木の1本に直撃した稲妻は鼓膜をつんざく破壊音を立てて樹木を粉々に破壊し生木の筈のそれを炎上させ一気に周囲を明るく照らし出したのだ
稲妻が傍に落ちるだけでも身がすくむ轟音を掻き立てるのに加え、火薬でも炸裂したような爆発と爆炎が空気を震わせ森に住む魔獣や獣達は大慌てで飛び起きた
当然、人間達もである
だが、その中で一番焦ったのは他でもない黒ずくめの服装の男達である
闇に紛れて目的を済ませ、気付かれずに消える予定が突然巨大な
「…っ…流石っ!」
あまりの爆音にテントから生徒も冒険者も飛び起きる中、先ずは2つ先のテントから生徒を担いだ男2人に向け姿勢を下げたまま突撃するクレイラは驚きに耳をぺたん、と伏せながらも不適に笑う
元より正面きって強引に拉致してこないような輩だ
挙げ句、突然の照明に照らし出されれば驚き、慌ただしく焦る姿が身に見える
たとえ2人がかりであろうとも、彼らに勝ち目は残されていなかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます