第37話 思い出は大戦禍

「ここがグアンタナス要塞…。噂や評判しか聞いたこと無いけれど、凄いところね」


「そりゃ最前線だしなー。なんでも、ラヴァンが堕ちてないのはここを含めた4つの要塞が機能してるからって話だし」


見上げなければ天辺が見えない巨大建造物の内部から、一行はそれを見上げていた


時は魔神対戦


勇者一行が旅に出て既に一年が経過し、世に勇者ジンドーの名が希望の星の如く輝きを放っていた只中である


魔物の巣窟と化した人類の拠点、滅ぼされかけた重要都市、魔物と魔神族に侵攻された国の悉くを救い上げ、「国より外に人の居場所はない」とまで言われたそれまでより人類の活動範囲を20倍にまで拡大された


それに伴い貧困を極めた人々の食料、資源事情は様々な場所からそれら資源を採取…中には600年間見ることも無かった事実上の幻とも言える物すら確保が出来るようになったのだ


魔物と魔神の驚異に怯え、食べる物すら少なく、死が隣り合わせの生活は僅かに半年も前に終わりを迎えたのだ


勇者ジンドーによってもたらされた物はまさに人々が死してなお望み続けた『希望』そのものだった


しかし、魔神もそれを黙って見ているだけの筈もない


強く抵抗する組織や国家に対して、その拠点への度重なる執拗な攻撃、侵攻を繰り返していた

強力な魔物を送り込み、精鋭の魔神族を向かわせ、弱小の魔物すら数に物を言わせて飲み込もうと膨大な戦力を送り込み、人類拠点の抹殺へと動いている


ラヴァン王国は特にその攻勢が激しく、勇者を召還した張本人とも言える国であり強大な国力からもっとも激しく反抗を行う場所であった


その中心地である王都を崩すには東西南北、四方向に存在する巨大な街道を突き進む他はなく、その他全ての場所は渓谷や大山脈、過酷な火山地帯と自然の障害に阻まれてしまい、大規模な戦力を送り込むことは不可能でありそこを越えられる程度の戦力では軍や冒険者により随時討伐されてしまう


よって、東西南北より伸びる4つの大街道を進軍することがもっとも大規模な戦力を送り込めることとなる

魔神族には転移魔法を操れる術者も存在するが、敵陣の近くに突然転移するのはあまりに危険が伴い、転移阻害の結界を張り巡らせることも多いことから実戦ではあまり使用できないことも相まって、この4つの街道がラヴァン攻略の最短ルートとなっていた


しかし、ラヴァン王国もその為の対策を施す


熾烈な国家間競争、時には戦争すら起きた波乱の歴史の中でもラヴァン王国が現在まで他の驚異を寄せ付けなかったのは4つの大型都市をバックに構えた4つの巨大な要塞が存在したからである


北の大都市スェーゼル

東の大都市ユカレスト

南の大都市レザーゴント

西の大都市テュエル


ラヴァン王国は王都を中心に十字架の形を取るように、この4つの大都市が王都を四方から囲んでいる

これらを守る要塞こそが、ラヴァンの大楯とまで表された一大防衛拠点


北の大要塞ランダバルド

東の大要塞アルメリシア

南の大要塞キゥクロクス

西の大要塞グアンタナス


ラヴァン王国の出入り口を守る4つの要塞

それはつまり、ラヴァン王国の最前線を意味している

魔神族の侵攻にいち速く反応し、防御し、撃退する

この数百年の間、要塞に暇な瞬間など存在しない程に過酷を極めた前線となっているのだ


それを実行できる為に、すぐ真後ろに大都市を要し様々なバックアップを直ぐ様行い、時には処理しきれない程の魔物は後の大都市の防衛戦力に分散させて当たるなどして、二段構えでラヴァン王国を守護している


「確か前の襲撃が北のランダバルドで1ヶ月前でしょ?襲撃の頻度、増えてる気がするわね」


「それだけ、連中も焦りを感じているのだろう。勇者の活躍が噂ばかりではない、と言うところかね」


年長者のニュートはまだ成人したてとも言えるパーティの面々に楽しそうに溢すのは、人にとってそれが朗報となるからだ


今まではじっくり周囲から攻め滅ぼすやり方…周辺の集落や街を責め、兵士や商人等の外に出る人間を殺して回り人の数と体力をすり減らす戦法から一転して、大国の中枢を狙い打ちした攻撃は明らかに結果を急ぐ姿勢を匂わせていた


たった1年と少し


それだけで勇者は魔神の優勢を反転させ、勝利を急がなければ不味い、と思わせる戦果を挙げたと言うことなのだ


こうして魔神の攻撃が苛烈を増していく中で人々が希望をもって命懸けの戦いに挑むことが出来るのは、かの勇者が必ずや敵の中枢を打ち倒して平和を取り戻してくれると信じているからである


故に、彼らの士気は非常に高い

ここ何十年、百年以上は無かったほどに戦意を滾らせる


「と、言っても私たちは戦闘しなくていいんですよね?その、戦うのは私無理ですよ…?」


「ま、そこはアタイらの契約外だろ?まだ銅級の子供ばっかの冒険者パーティ、まともにやれるのは長老だけだろ?」


老齢の魔法使いであるニュート以外の4人は皆が昔馴染みで組んだ成人して間もない新米冒険者だ

縁あって彼らとパーティを組んだニュートは元より金級の魔法使いとして1人活動しており、今は彼らに様々なことを教えながら日々の冒険者稼業に精を出していた


「その通りだ。戦うなどと考えてはいけないぞ?銅級のパーティーに魔物との正面戦闘は荷が重すぎる、輸送員ポーターに徹して直ぐに退くのが最も迷惑がかからん。」


国軍は魔法袋の魔法を使える冒険者へ依頼として大要塞への食料や荷物、兵器の輸送を魔法袋に納めて運ぶ依頼を常に張り出している


特に戦闘は行えなくとも魔法袋さえ使えるならば輸送料は格段に多く、人数を揃えれば小さな町といえる大要塞の物資を簡単に運び込むことが出来るのだ


故に、頻繁にこれらの依頼を受ける礫級、銅級、銀級の力の弱い冒険者は輸送員ポーターと呼ばれ重宝さている


彼らのような若年の駆け出し冒険者でも受けられる、という訳なのだ


五人が持ち込んだ荷物を国軍へと渡し終え、後は帰るだけで依頼完了の判定と報酬がギルドより支払われる事となるので到着から一時間もすればこの場にいる意味も失くなるのだが…


「なぁ、ホントなのか?勇者がグアンタナス要塞に来てるって!」


「そ、それって噂じゃなかったんですか?」


興奮気味なルディに「あー…」と声を漏らす一同

そう、今回この依頼が非常に人気であった理由の一つに「勇者、グアンタナス要塞へ」という噂話が広がったからである

既に人類領域を前代未聞の速度で取り戻している勇者…噂によれば過去にいたどの勇者よりも強いとの話まであるのだ。と、なれば是非とも一目見ておきたい…と皆が考えるのは仕方の無いことだった


さらに勇者パーティには目を惹くメンバーが揃っている


今だかつて本人が動いたことの無いと謂われた特異魔法を操る美貌の大魔女


聖女教会本部より遣われた信仰の盾と謳われた教会最高の聖騎士長


数年前まで遥か遠国にまで名を馳せ、一度として捕らわれなかった無音と瞬足の義賊


冒険者ギルドにて現存最強と呼ばれた無双の金剛級冒険者


成人前にして世界最高の聖女とされ、史上最若年にて「大聖女」の名を掲げた天才少女


誰もが人生で一目見れれば幸運と言われるような超が付く有名人であり、その姿を視界にいれるだけで今後、酒の話題に困ることは無い程の生きる伝説達である


「個人的にはさぁ、魔女様と大聖女ちゃんを一目見たいんだよ!あと聖騎士様!絶世の美女と美少女って話なんだって!」


「最低よ、ルディ」


「い、いやいや、エスティだって勇者見てみたいだろ?いっつも勇者の活躍が号外に載る度に釘付けになってんの知ってんだからな!」


うぐ、とエスティの喉が鳴る

少しミーハーなのでは…?と自分で気になりながらも今を駆ける勇者に胸を踊らせる自分がいるのは確かなエスティ

今回ばかりは返す言葉は無かった…


「でもさぁ、アタイが聞いた話だと勇者って前身真っ黒の鎧姿なんだろ?見ても感動するか?」


ふぐっ、とエスティの呻きが響く

今も姿絵でその姿が周知されている勇者だが、その実際の彼を見たことがある者は居ないとされている

旅の始めから常に漆黒の変わった鎧に身を包んでおり、生身の姿をさらしたことは無い

故に、その姿への予想も民衆では膨らんでおり、その姿は巌のような武人か、輝くような容姿の青年か、巧みな武術の老人か、そして…年端もいかない少年であるか、とも囁かれてきた


そのミステリアスな実態も含めて大衆からは人気とヒーローなのは事実なのだが…


「まぁ、どちらにしても日は暮れた。これから要塞を出るのは危ないだろう。今夜はここで夜営しかあるまいな」


「魔物、最近えらい活発だしなぁ。アタイらもそろそろオークぐらい倒せるようにならないと、上に上がれないよ」


「はっはっ!そう焦るなクレイラ。じきに、お前さんらには色々と教えるさ」


渋るクレイラを笑い飛ばすニュートはこのパーティの魔法使い兼指南役だ

彼無しでは今のパーティは活動できない程で、危なくなったら彼の助けが入るような…いわば先生と生徒のような関係

孫と言えるくらいに歳の離れたメンバーに、ニュートは愉快な笑いをあげる


きっと彼らは、この先自分を超えて大成すると信じているのだから



グアンタナス要塞は巨大である


中心要塞だけでも町と同じ規模があり、そこから横に城壁で繋いで連結する形で右城塞、左城塞が聳え立っている


3ヵ所の城壁だけでもその幅は数十kmを優にカバーしており、その中で安全に要塞の後ろに続く大街道へと出られる出入り口は各城塞に1ヵ所の計3ヵ所のみ


城壁自体は15mにも及ぶ分厚さがあり、それら全てが1つ残らずアウロタイトと呼ばれる魔法鉱石を成型して固めた物だ

アウロタイトは大気中の微弱な魔力に反応してその強度、靭性を高める性質があり要塞の心臓部には大地から漏れ出る龍脈の魔力を全要塞に巡らせる機構が備わっていることから常識外れの強度を誇っていた


現在まで続く王国の最高最大の技術を駆使して造られたこの要塞は、それに見合うだけの大戦果として建造から一度たりとも崩壊、陥落の黒星を上げたことは無く、数百年の月日が経ってなお、「ラヴァンの大盾」と評される王国最大の防衛拠点とされているのである


そんな最前線の要塞にも夜の帳は降りる


城壁の上では松明で光と暖を取りながら兵が見張りを行い、交代しながら隙間無く周囲を警戒し続けている


彼らは毎晩、祈るように考えるのだ

「どうか何事もなく、朝日を拝ませてくれ」、と

夜襲は魔物達の常套手段故に、夜の警戒は特に気を抜くことが出来ない

そして、夜襲の最初の被害は当然それを見つけようとしている自分達になるのだから、居眠りなど出来よう筈もない


今夜も、彼らは同じことを祈る


しかし


この夜ばかりは、彼らの願いが叶うことは無かった


その地平線に広がる魔物の軍勢を見つけてしまったのだから






「敵襲!敵襲ーー!」「銅鑼を鳴らせ!全員叩き起こせェ!」「将軍に伝達!敵軍多数!数…約10万!全戦力を投じる必要有り!」「非戦闘員を街道から逃がせ!」「魔法班、照明上げろ!全兵器を正面に回せ!」「魔神族の姿も確認ッ…」「テュエルと王都に連絡送れ!全門、完全閉鎖!」


正に、蜂の巣をつついた様相へ変わる

分厚い特殊な魔法金属で鍛えられた巨大な門扉は内側から10の巨大閂が魔力による歯車仕掛けで動きだして強固に閉ざされる


その扉を覆うように鋼鉄のシャッターが三つの門の上から落とされ魔法の光が城壁の上から隙間無く掲げられ辺り一面を昼間の如く照らし始める

大型の大砲、巨大な鉄矢を放つバリスタ、が城壁の上や窓から凄まじい数顔を出し、大地を操る魔法使い達が剣山のように岩場を隆起させ槍襖のように外側へ突きつける


結界魔法の使い手は要塞中枢にある宝珠型の魔法具に結界魔法陽光の遮壁ディライト・ウォールを込め、遥か昔より使われる魔法具は込められた結界魔法を合成、要塞全体を覆い尽くす巨大結界へと変換し全ての要塞がオレンジ色の光幕に包まれる


ここまで僅か数分も掛からない


「将軍が見えました!」


最初の発見者である警戒班の班長の元に速足に現れたのはこの砦を任せられた男、最高司令官である「将軍」を肩書きに許され国王直々にこのグアンタナス防衛を命じられた実力者であるストライダム将軍であった


「大侵攻だな。動きはどうだ?」


「はっ。第二警戒線で敵軍は停止!最前列に魔神族数名の姿も確認しております!それと…先程確認が取れましたが、魔将の姿も見えます。…三魔将ギデオン、と報告が上がっており…」


「…『絶剣』か。本気、と言うことか…。この要塞に白金級以上の冒険者はいるか?」


「現在は白金級冒険者パーティ『ミラーガーデン』と『大地の咆哮』の2つですが…魔将相手は…」


「分かっている。冒険者で戦える者は全員、遊撃にて魔物殲滅に充て、国軍は城壁で籠城戦だ!魔将は…俺と戦団長全員で迎え撃つ。ここを抜かれたら次はテュエル、そして王都だ、死んでも勝て!いいな!?」


『はっ!』


ストライダム将軍の烈迫の掛け声に全員が腹から声を出す


後の世に、『西の大衝突』と呼ばれる戦いが幕を開けたのであった



戦いは直ぐ様始まった


警戒を始めた要塞を見た魔物達は一斉に突撃を開始したからである


大小様々な魔物、特にゴブリンやオーク等の亜人型が多く、ついで獣型の魔物が凄まじい数の群れを作り、まるで1つの生き物であるかのように夜闇に蠢きながら移動してくるのだ


要塞から2km程の距離にその大群が押し寄せた瞬間、要塞の城壁がフラッシュでも焚いたかのように瞬間の発光を見せれば突撃する魔物の軍勢の至る所で大爆発が巻き起こる


城壁に備えられた大砲、攻撃魔法が一斉に火を噴いたのだ


その威力と範囲は岩場の地面を砂利の大地に変えるかの勢いであり、余波に巻き込まれただけでも低級の魔物達は粉微塵に弾け飛ぶ。

そこら中が魔物の血肉で赤く染め上げられ、肉体を破壊された魔物の苦痛の雄叫びが地鳴りのように聞こえる程だ


しかし、魔物の大群は止まることは無い


魔法によって差し向けた魔神族の指令に従い、弾けた同胞に肉を踏み潰し進めなくなった同種の体を踏み均しながら全力の突撃を行い続ける


グアンタナス要塞が誇る無双の火力によって軍勢の各所に穴を空けるような砲撃が容赦なく撃ち下ろされ放物線を描く魔法使いの攻撃魔法が空爆のように空から降り注ぐ中、それでも恐怖を取り除かれたように我武者羅に前へと進む魔物

その数には圧倒的な火力と面制圧を行う城塞兵器と魔法使いによる対軍攻撃をもってしても勢いを止めることは難しい


黒い津波のように城壁へ押し寄せる魔物を、防衛する者達が座視する訳もなかった

壁上より真下へ放たれる豪雨のような魔法と弓矢の弾幕は城壁をよじ登ろうと押し寄せる魔物を片端から撃ち殺していく

オークの棍棒、獣型の体当たり、魔力的破壊力のブレス、様々な攻撃が城壁を…特に閉ざされた城門へ集中していくが、特別製の巨大門は堅牢だ

2メートルを超えるオークが振り下ろす棍棒が数振りで砕け、ブレスは門を撫でるだけで終わり、体当たりは逆に魔物の骨を砕き折る


その間も猛烈な迎撃は続き、数分と経たずに壁下は魔物の死体で小山が出来るようになっており、その死体の山をよじ登っては力尽き、よじ登っては力尽き…


次第に魔物の積み上げられた骸が城壁を駆け上がる階段のようになっていき、それは少しずつ壁の頂きに迫っていた


その上を飛行型の魔物…鳥や虫型の魔物が川の流れのように列を作って要塞の上空から強襲にかかる

猛毒の体液、糞を落としながら要塞内部へと浸入するべく一斉の急降下を開始するが、要塞内部こそ魔法使い達の迎撃拠点であった


魔法の輝きが何百と輝き、天空へ向けて猛烈な弾幕となって空を舞う魔物を撃ち落とす

飛行型の魔物は上位の魔物を除いて打たれ脆く、数発の被弾でバランスを崩しぼろぼろと墜落していく姿が見える


上空から落ちる魔物の攻撃は、要塞に当たるよりも早くドーム状の光幕によって衝突し弾け飛んでいくのは魔法具により集められた結界魔法の賜物だ


今だかつて、これほどまでの壮絶な戦いは無かったであろう数の暴力と固めきった防衛の衝突は無いだろう


しかし、魔物の数10万というのはあまりにも多い

順調に見える迎撃だが、要塞内部は火を焚いた蟻の巣のように慌ただしさと緊張を極めている



「北門より報告!壁上への侵入あり!」

「結界魔法隊より報告!障壁の消耗が4割を越えた!」「中央門の外殻に亀裂!」「2番、4番兵器班、砲弾残り無し!補給急ぐ!」「すぐそこまで登って来てるぞ!上に兵を回せ!」「非戦闘員を早く集めろ!早く裏から出せ!」「マナポーションを集めろ!空の魔物を落として結界の負担を減らんすんだ!」「戦闘可能な冒険者は壁上に回る!乗り越えられたら乱戦になるぞ!」


走ってない者など誰も居ない


そして、それは戦う者達以外の者も同じであった




「街道へ急げ!俺達はお荷物だ、テュエルまで全速で避難するぞ!」


先頭を行く冒険者が非戦闘員を引き連れて要塞内部を駆け抜ける


その殆どが要塞内部の生活を支える商人であり、残りの一部は娼婦である


娼婦と言えど、奴隷の類いではなくしっかりと商売として男に一時の安らぎと快楽を与えるのを生業としているプロであり、無理矢理連れてこられた訳ではなく、しっかりと営業時間や金銭、安全を厳守され自ら仕事として足を運んだ者達だ


彼女達の存在は大きく、日々命を掛けて戦う男達にとってはストレスの発散や恐怖、緊張を和らげ、戦いの日々に癒しを与えるのに必須と言える

軍医である治癒魔法使いの魔法医や聖女教会から遣わされた聖女やその使者達は怪我に限らず、性病や病の類いも癒せるスキルや薬品調合の技術を持ち、兵士の士気に関わる事ゆえにかなり力を入れた支援がされている


故に、彼女達は国軍…いわば国に雇われた者達であり、その身元も安全も保障されている訳である


そして、逃げる中には低ランク冒険者も多くいた

不幸なのは昨日に依頼を完了していた冒険者であった


「ニュートさん!これっ、マズイんですかっ!?マズイですよねっ!?」


「今は兎に角走れ!見てきたが尋常の戦力ではない…!恐らくグアンタナスはテュエルの防衛戦力に敵を分散せざるを得ない筈だ!そうなればこの街道もじきに魔物の大群が埋め尽くす事になるぞ!」


「っ冗談じゃない!アタイらも戦わないとダメなんじゃ…」


「ダメだ、クレイラ!今のお前達では足手まといもいいところ、軍と冒険者の荷物を増やしたくないのなら素早く戦場から離れなければならん!」


混乱の極致にあるグアンタナス撤退組の中に彼らの姿はあった

街道には既に馬を繋いだ馬車が用意されているが、その殆どは避難する者達で埋め尽くされている

既に出発した馬車も多くあり、残りの馬車も避難組が押し寄せてる状態だ


この状況が宜しくないのはエスティ達も肌で感じているが、酷く焦っているのはニュートである

壁上から見た光景は大地を埋め尽くす魔物と飛び交う砲撃と乱れ咲く爆発…地獄と呼べる凄まじい戦場だったからだ

何よりも、壁を登りきる魔物が現れるまでそうかからないようにも見えた

つまり…要塞内部が戦場になる可能性が高い


(徒歩で来た冒険者も多い…と言うことは馬車の定員にも限りがある筈だ!急ぎ馬車に乗らなければ最悪の場合…魔物に追いかけられながら走る事になる…!その前に…)


要塞から出たそこに馬車は残り3台程しかない

急いで駆け寄るニュートではあったが、少しばかり遅かった様子に思わず舌打ちをもらす


「おい、冒険者か!?どの馬車も殆ど入れないぞ!パーティで乗るなら諦めてくれ!」


「ッ……あと何人乗れる!?」


「乗れても精々大人3人だ!何人いる!?」


「…子供4人だ!どうにかして乗せてくれ!」


後から追いかけてきたエスティ達にこの会話は聞こえていない

後方では戦火の激しさを伝えるように土星や爆発音が連続して響き渡っており、それがこの場の全員の焦燥感を煽る


「さぁ、速く乗れ4人とも!もう出発だ!」


だからこそ、何の疑いもなく馬車に乗り込む。その馬車の幕が強引に閉じられ、有無を言わさず発進するに至ってようやく、彼らはその意図に気が付いた


「ニュートさん!?待って!まだ1人乗ってません!」


「エスティ!これでよい!街に到着したらすぐに王都行きの護衛依頼を受けろ!そのまま王都へ避難しなさい!」


リーダーのエスティが叫ぶ声に声を重ねるニュート

避難を優先する馬車が彼女の制止の声に耳を傾けて止まることは無く、走り去るのを見送れば「さて…」と一息ついて要塞を振り返る


そこかしこで煙と火が上がっているのが見えるのは要塞内部での戦闘がおきているからだろう


避難しきれなかった冒険者達もその場にて戦う覚悟を決めて武器を取りせめて要塞の防衛に乗り込もうと走り出す


この場で脚を使って逃げ切るのは不可能だ

最悪、魔物の大群に追い付かれ数のままに殺戮されるのが目に見えている


ならば、国軍と共に戦い勝つ方に賭けた方が生き残れる確率も高い


軍が押しきられる前に加勢に入るべく、乗り込んだ要塞の中央広場の真中には


既に骸と化した多数の兵士の死体を絨毯のように敷き詰めた中で国軍の将軍自らが剣を抜き構えた光景があった


赤い血が池のように石畳の床を染め上げ、五体の付いた死体など1つもなく、体をパーツごとにばらされた惨たらしい惨状に勇んだ足が立ち止まる冒険者


そんな死体の…いや、人間のパーツが転がる中に1人の男が佇んでいた


青い肌、人の国には無い軍服のような服、額から伸びる角、そして手にした白銀の長剣


返り血の1つもなく、ただ手にした剣身を滴る血と臓物の破片で汚し、この地獄のような光景を気にも止めない姿は明らかに異様といえた


「ほう…まだこれだけ居たのか、人間。全く…数だけは多い種族だ、減らしても減らしても、すぐにこれだけ増えてくる。…その点、お前はなかなか良いぞ。この中では一番手応えがある」


魔神族


人の前に姿を現すことは多くなく、その姿を見れば生きては帰れないとされる侵略者

ニュートもその姿を見たのはこの時が初めてのことだった


「ッ下がれお前達!魔将ギデオンだ、手に負える相手ではない!」


ストライダム将軍の声が飛ぶが、茫然と立ち尽くす冒険者達はその場から動けずにいた


魔神族など半分お伽噺と思っている者すらいるのだ

それほどに姿を見ることは少なく、そして姿を現す時は大被害を残していく

そんな魔神族を見たことがある程に強く、冒険をした者達ではないのである


故に、反応が遅れる


何の気もないような素振りで手にした剣が真横にブレ、振り抜かれる仕草に反応して頭を下げたのはニュートを含めた数名の冒険者だけだった


ズパッ


棒立ちの冒険者達の胴体が真っぷたつに切断され、悲鳴すら上げられずに地面にぼとり、と落ち

未だ死体は死んだことすら分からないしかのように、その下半身は2足で立ったまま噴水のように血飛沫を吹き上げていた


(これが魔将…ッ!ただ剣を振っただけでこれか…!)


ニュートの額にぶわっと汗が噴き出す

体を低くするのが送れていれば、この赤い噴水と化したオブジェと同じ姿になっていたのだ


「貴様ァ!」


ストライダム将軍の怒声が響き、手にした剣を振りかざしギデオンへ突撃するも両手で振り下ろした渾身の一撃はギデオンの払うような一振に鈍い音を立てて弾かれる


「ふん…とはいえ、か。今代の勇者とやらが居ると聞いて来てみたが…無駄足だったな。多くの同胞が奴に消されたと聞いていたから楽しみにしていたが…残念だ」


違う


剣を一太刀合わせただけで、ストライダムは敗北を全身で感じとる

闘いに生きた将兵だからこそ、強さが分かってしまう


これは、自分とは強さのレベルが違うのだ、と


「…せめて、一緒に闘わせてもらおう。ストライダム将軍。このまま殺されては格好がつかんからな」


「だな。最期に一矢報いれば、俺らの名も上がるってもんだろ」


「はぁ…ここが死に場所か。まぁその辺で魔物に殺されるよりはイケてるかもなぁ」


ニュート達も覚悟を決めなければならないと、冒険者数名は各々武器を手に取り、ストライダムも彼らの元へと下がるが、それにすら驚異と感じないのかギデオンは変わらない視線を彼らに送り続ける


何も変わらない

己の放つ一撃でまずは正面の剣士達を両断し、後衛に控える魔法使いは…相手にもなるまい、と


これでラヴァン王国は懐まで魔神の剣を突きつけられる事となる

人類最大の抵抗拠点はまた1つ、滅びるだろう


ラヴァン王国程の人の数ならば今、ここに呼び寄せているアレの繁殖には十分…





「………ハッハッ、ハッハッハッ!そうだな!そう簡単にはいかんなァ!」


突然高笑うギデオンは直後、何気なく持っていただけの剣を初めて構えてから振り上げ、反転し真上に向けて構えた瞬間


銀色の閃光が上空から稲妻のようにギデオンへと衝突した


その姿は全身を白銀の甲冑で覆い、左手には五角形の帆型盾カイトシールド、右手持つ刀身の短く分厚い剣は振り下ろした形でギデオンの長剣へと叩きつけられていた


短く切られた髪に中性的な美しい容貌、切れ長の眼を険しくしてギデオンを睨むその騎士は直ぐ様空中で反転して着地、盾に剣を乗せるような独特の構えで相対する


「ッまさか、ナスターシャ殿か!?ということは…!」


「ッハハ!そのまさかよォ!」


ストライダムのとっさの言葉に答えるように何処かから現れた大男…獅子の鬣のような髪に髭を靡かせ腕の太さだけでも女性の胴体程はあろうかという偉丈夫が成人の身の丈はあろうかというバトルアックスを小枝のように振り回しながら現れ、ギデオンの横腹目掛けてフルスイング

これを剣の先端で弾き上げ、返す袈裟斬りを大斧の遠心力で振り上げた持ち手で受け止め、その勢いで白銀の騎士…ナスターシャの元へと器用にバックステップを踏んで下がる


「私より前に出ないように、と言った筈だよ、レオルド?」


「かーっ!硬いねぇ!ああいうのは力一杯叩いてみなきゃいけねぇのよ!」


ぶぉん、とバトルアックスを振り回して構え直す大男は冗談めかして白銀の騎士へと視線を送る

呵呵ッ、と笑う大男…レオルドに反してナスターシャの表情はあからさまに不機嫌そうだが慣れたものなのかそんな事は気にも止めない


「あーあー、おじさんより先に行っちゃって…。これ、魔神族沢山いて袋叩きにされてたらどーするのって…」


「言っても聞かないでしょ?特にあの筋肉達磨…むしろナスターシャの後に突っ込んだのが奇跡よ?」


「お、お二人共!そんな呑気な事を言ってる場合ではありませんわよ!?魔将相手にふざけてる余裕なんてありませんわ!」


身軽に音もなく壁から見下ろす無精髭の中年男、ザッカーに合わせて宙に浮きながら見下ろす紫髪の美女、サンサラ

そして黄金の障壁をリフトのように使って城壁から降りてくる金髪にローブ姿の聖女服を身に纏う美少女、ラウラ


この場面での軽口は、むしろその場の皆を安心させた


ああ、彼らが来てくれたのだ


その場の兵士と冒険者達は全員が死の覚悟から「もしかしたら…」と考えを変え始めた


彼らは世界を旅する名もないチーム


しかし、世間は彼らの事をこう呼んでいる


『救世の一行』『希望の行軍』『解放者』『黒の英雄陣』




そして『勇者パーティ』、と呼ばれていた

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