第36話 マウラ、不機嫌

「おい、変だろあれ!何で俺らの方は無しなんだよ!」


穏やかな夕方の平原に似合わない怒声が、その場の全員の視線を集めた


立ち上がって声を立てているのは1人の男子生徒のようで、そのペアとなるもう1人の男子も追従するように立ち上がっているのが見える

何やら穏やかではない様子だが、その身なりは金がかかっているのが見受けられるあたり、どうやらどこか裕福な所の息子といった雰囲気だ


その彼が指差して憤慨しているのが…まさにマウラ達のキャンプだったのである


「俺達がこんな携帯食かじってんのに…あの女達だけおかしいだろ!?冒険者が飯の調達すんのはダメって話じゃねぇのかよ!?」


あー…とマウラとスーリを囲むエスティ達は思った

確かに、マウラの狩猟シーンを見ていなければそう考えのはあり得る話である


その相手をしている彼らの担当となった冒険者達だが…大きなため息を隠すこともなく、幸せが全力で逃げ出しそうなため息に合わせて額に手を当てていた


ちらり、とリーダーとおぼしき男の冒険者は視線をエスティに向けるとエスティは手と共に首を横に振る


ただのアイコンタクトではあったが、要するに「代わりに飯採ってきた?」「いやいや、するわけ無いでしょ」という無言の会話である


ここに集められた冒険者は学院の子供、引いては育ちの良い貴族の相手をする可能性がある事から、品行方正かつ、常識的で物怖じしないメンバーが揃えられている

これも全てオーゼフの人脈による物だが、とにかく依頼に対して厳格で報酬に応じた相応の対応が出来る冒険者ばかりということなのだ


「違うってよ、坊っちゃん。ありゃあの可愛い娘ちゃん達が狩ってきたんだとさ。諦めて今夜はそれ噛っときな」


「んな訳ねぇだろ!あんな見た目だけの獣人とベルフォリアの温室育ちに狩猟できると思ってんのか!?…そうだ、ベルフォリアの娘だ。自分の商会で冒険者用意してんだろ!」


はぁ~…


地の底を這うような溜め息が、魂まで出てくるのでは?と心配になる程深~い溜め息が彼ら冒険者パーティから漏れでるのが、更に2人の少年を苛立たせた


「これ先生呼んだ方がいいか?」と彼らが検討し始め、「また我が儘言いやがって」と呆れた雰囲気なのはどうやら日中から褒められた態度ではなかったからの様子


「あー、あれバリオ商会の跡取り息子っすね。確かに同じ学年にいたっすよ、あんなの。まぁ見ての通り、いい噂聞かないっすけどね」


スーリが明るい性格に見合わない冷たい視線を彼に向ける


「あと隣のはバリオ商会王都支店の支配人の息子っす。バリオ一家とズブズブの関係でまさにバリオの忠犬って言われてるとこっすね。あれも怪しいもんっすよ?貴族家への成り上がりも考えてる、なんて噂もあるっすから…」


「うるせぇぞベルフォリア!その猫耳もてめぇの付き人だろ!?そっちがお抱えの冒険者に世話させてんのは分かってんだ。なんだよそのロックボア…どうやって狩ったか説明してみろ!」


スーリの口からすらすらと出てくる彼らの情報に顔をしかめる冒険者一行

2人揃ってグレーな噂の生徒と聞けば見守る冒険者もうんざりなのだろう


そんな彼女の口を止めるように大声を被せる男子生徒…ジョーニ・バリオは大股でずかずかとスーリ達のキャンプに詰め寄れば、これには流石に放置できず、と冒険者両パーティが立ち上がる


真横まで来て怒声を響かせるジョーニだが、当のスーリは全く気にしておらず、まさに眼中に無い、といった様子でそれがジョーニの怒りを更に沸き立たせていく


バリオ商会はいわば中規模商店の取り纏め役であり、中規模の商会や商店であればバリオ商会に及ぶものは無いものの、一線級の大商会には手が届かない…いわば中堅どころの親分なのである

はっきり言ってしまえば…王国を代表するベルフォリアとは比べるまでもない商会なのだが…夢とプライドだけは大きいバリオ商会の会長は己の手腕で大商会にのしあがり、何れは王国の看板商会にのしあがると息巻いている


それが息子にも影響を与えているのか、こうしてベルフォリアの名前に突っかかってきているのであった


「どうって、マウラっちがどかんと1発っすよ?私は採取とクラフト担当っす。…あ、焼けたっすよ」


「ん…ありがと……」


何もないように言うスーリだが、隣のマウラの小柄で可憐な容姿と、後方に干されたロックボアの標本のような大きな骨格はあまりにも不釣り合いだ


「そ、そんなわけない!この大きさのロックボアなら銅級でも手こずる!そ、それを1発なんてあ、あり得ない!」


声を出したのはジョーニの後ろに着いてきた少年。小太りに高くない慎重がちんちくりんな印象を与えるのがレゴ・セラル、バリオ商会王都支店を預かる男の息子であった


「まー、信じなくてもいいっすけど。そっちに信じてもらう価値無いっすし。ほら、煩いから自分らのテント帰るっすよ」


しっしっ、と虫でも払うようなスーリの仕草と自分を視界にすら入れないマウラは彼のちっぽけなプライドをギスギスと刺激する

いや、相手をしているスーリよりもマルデ居ないかのように扱うマウラの方が気に入らない


「おい、どうなんだ獣人!お前がやったんだってな?説明してみろ」


バリオの高圧的な視線と言葉がマウラに向けられる

獣人、という言葉にクレイラが目を細めるが、マウラが相手にしていない以上、自分が出る幕でもない


…というか、相手にしていなさすぎて普通に串に通されたロックボアの肉の塊をはむはむと噛っている

その姿はとても心を擽られる小動物的な可愛らしさがあるのだが…


「ッ…無視するな!俺はバリオ商会だぞ!?」


「あっ…」


パシンッ


いきり立つジョーニの手がマウラの手元を叩き、持っていた肉の串を弾き飛ばす

その手でマウラの肩を掴もうと伸ばし、

全員が「手を出した以上、見てられない」と腰を上げようとしたその瞬間


マウラの姿が一瞬にして消えた


その場に強い風圧を撒き散らして


「うわっ!?」


大きなキャンプファイアが大きく揺らぎ、真後ろに来ていたジョーニがその場に尻餅を着く

エスティ達は「あーあ…」と手で額を覆い、追い掛けてきたもう1つの冒険者パーティは何が起きたのかさっぱり理解出来ずにいた



ミチッ…もっ…もっ…


その音が聞こえてようやく全員がそちらを振り向き、数メートル先でもりもり串に通った肉の塊を頬張るマウラを見つけることが出来た


そう、先程ジョーニに弾き飛ばされ、真横に吹っ飛んでいったあのお肉である


「……ウソぉ」


「えっと…肉に追い付いたってこと…?」


唖然としたのは追い掛けてきた男性冒険者のパーティである


自分達が全く捉えられない速度で動いて自分の手元から飛んでいった肉を空中でキャッチして今食べているのである


こんな速度で動ける者は金級冒険者でも居ない

金級を擁するからこそ分かるが…その速度だけなら明らかに金の上、水晶級か白金級に相当するものだ


そんなマウラの視線が…いつもの眠たげな視線が初めて鋭利な敵意を乗せてジョーニを捉える


まるで家畜かこれから屠殺される豚でも見るような冷たい視線だ


そして、今一度マウラの姿が消え…


「な、なんだよ!?うわぁ!?」


尻餅を着くジョーニの真横に現れる

まるで瞬間移動のように突然自分のすぐ側に現れるマウラに驚きのあまりそのまま後ろに倒れ込むジョーニへ向けて、片足をゆっくりと上げ…



凄まじい勢いで叩き付けた



ジョーニの頭の真横に



マウラの足が叩き付けられた地面が放射状にひび割れ、猛烈な風が周囲の砂埃をドーム状に弾き飛ばし、その衝撃で周囲の地面が揺れる程の威力


「…こうやって……突っこんできたヤツの頭……真上から踏み潰して仕留めた………やってみる…?」


冷たい視線が、歯をガタガタ鳴らすジョーニに向けられる

その姿はとても格好良く、普段のギャップからとても心惹かれる物があるのだが…マウラの口から肉塊が離れないのがどこか残念さを醸し出していた


ジョーニ少年の服にボタボタも肉汁が落ちるのも気にせず、脅しの文句の合間に「もっ、もっ」とお肉を頬張る姿はやはり周囲から見れば緊張感が抜けている


しかし、ジョーニとレゴの2人には…効果覿面 だった

あと少し横に足が落ちていれば、この顔面はぐしゃぐしゃに踏み抜かれていたと理解すれば、初めて目の前に迫った危機に完全に縮み上がってしまう


「あ、ボールラビットも焼けたっすよ~。こっちは私のオリジナルスパイスっす!」


「む……いただきます……っ」


しゅぱっ、と元の場所に戻るマウラは何事も無かったかのように食事を堪能し始める

既に彼女の関心は自分に突っかかってきたおバカよりも焼き上がった兎肉に惹き寄せられていた


「このっ…!」


そんなマウラに腹が立ったのはレゴの方である

自分に従えられる筈の女、ましてや獣人が自分達に牙を向いて平然と飯を食っているのが、いやましてや…これ程に可憐で目を惹く少女がこちらに見向きもしないのがくだらない男心を黒板に爪を立てるように苛立つのだ


懐から短杖を取り出し、瑠璃色の髪の少女へ差し向け、周りの冒険者達の制止すらかける間もなく魔法の光を杖に宿らせる


試合や講義、模擬戦などの互いの合意があった場合や正当防衛を除き、魔法を他人に向けて放つのは違法行為となる


理由は、言うまでもないだろう

一般人にとって、魔法は銃器と同じ容易く殺傷力のある物を放てる飛び道具だからだ


「躾てやる獣人!『魔光線マジック・レイ』」


魔光線マジック・レイは貫通力のある魔力の光線を放つ中級魔法である


着弾して爆発もせず、そこまで太い光線ではないことから狙うのはコツがいるのだが、鉄の鎧程度は容易く貫ける危険な魔法


広範囲を攻撃しないことから自身を巻き込む心配もなく、発動も速い。中級魔法の登竜門となる魔法の1つだ


レゴは考える


適当に肩でも撃って風穴1つ開けてやれば泣いて謝るに違いない

そうしたらあの肉汁の滴る旨そうな夕飯を献上させよう

いや、こんな上玉そういない…こちらのテントに連れていってでもさせてやるのがいい

コケにされた溜飲が下がるまでだ

これだけ見た目がいいならこのキャンプ中…いや、学院に帰っても長く楽しめる

周りの奴らはジョーニが黙らせてくれるのだから問題はない


拙い勝利の方程式


発車された白色の細い閃光はそのままマウラへ迫り


いつの間にか指先2本をこちらに差し向けたマウラと不自然に眼があった


「……邪魔…『雷光閃』」


直後、瑠璃色の稲妻を束ねたビーム状の光が放たれる

落雷でも落ちたかのような轟音が鳴り響き、魔光線マジック・レイと真っ正面から衝突、花火のような閃光の爆発が二つの魔法の間で起こされる


「…ッ魔力衝突!?あの魔光線マジック・レイを狙ったのか…器用な真似をする娘だ」


老齢の魔法使いであるニュートが目を見開き目の前の現象に驚きを露にする

魔力衝突はその名の通り、魔法同士がぶつかると発生する現象

衝突地点で眩い発光と激突音が響き、互いの魔力を破壊し飲み込もうとするのだ


つまり、魔力の強い方が押し切れる

これが爆発系の魔法弾であれば、衝突した瞬間に爆発するが光線系の魔法はそうもいかない

まるで濁流と濁流、風と風が正面から流れ込むように勢いと力の勝負となる


「ぐっ…く…ッ…な、んだよこれ…っ!」


片手で構えていた杖を両手で握り直すレゴ

それに反し、指先2本をから放つ姿勢をぴくりとも変えないマウラの姿を見ればどちらが優勢かは明らかだ


鋭い目線を僅かに細めると、指先から溢れる雷光の束がドバっ、と太くなり一瞬にして魔光線マジック・レイを押し切っていくと、そのままレゴの持つ杖の7割近くを消し飛ばしてしまう


それだけならまだしも、押し切った雷光の光線は彼の後ろに流れていき、森に乱立する樹木をレーザーカッターのように幾本も焼き切って空へと流れていく


唖然


開いた口が塞がらないのはレゴの方であった


今の魔法は何だ?


なぜ自分の自慢の魔法が一方的に押し切られている?


身体強化しかできないんじゃないのか?


呆然と流れ出る疑問に頭が埋め尽くされ…





目の前に拳を引いて飛び込んで来るマウラの姿にその瞬間まで気が付かなかった




「ヒッ…!や、やめっ…」



惨めに地に尻から落ち、腕で顔を庇うようななんとも情けない姿と怯えた声が、まさか自分の物とはこの時思ってもいなかっただろう


冒険者達も反応すら叶わない速さの突撃

しかし、止める理由が無いのも事実であり、殺傷力のある魔法で直接狙われたのならば、どうやっても正当防衛は成り立つのだ


飛び出したマウラを止められる者はこの場には…



「お止めなさいな、マウラ。あんま弱い者虐めは良くないぞ?」



いつ、そこに現れたのか


レゴとマウラの間に1人の男が立っている

まるで生徒と見間違えるような、まだ若い男だ


その男は、突進するマウラの体を抱きとめるように体で受け止めたのであった



エスティ、クレイラ、ルディは信じられない物を見る目でその方向を見ていた


金級として暫く活動しており、エスティ、クレイラ、ニュートの3人は個人で金級を所持する冒険者

しかし、近接を得意とする3人はマウラの動きも、ましてやこの男の動きも見えなかったのだ


「…カナタ・アース先生、だったわね、あの人」


「若い…っていうか俺らと2、3しか歳違わないだろ。すんげぇ動きするな」


エスティとルディが思わず溢す

冒険者であれば間違いなく水晶級を超える肉体能力だ

あれで礫級は持ってる、等と言われても詐欺にしか聞こえないだろう


そう、こんな魔獣の住み処に満足に戦いの経験も積んでない生徒の世話を任された教員が、只の男である訳がないのだ

かのオーゼフが数ある教員の中で担当者の相方に選んだ男は、やはりその辺に転がっている腕自慢とは訳が違う、そう思い知った


「落ち着けマウラ。ほれ、もうこいつら放心してるし、これ以上はお前さんの手が汚れるだけだって」


すてーい、すてーい…と抱き止めたカナタの手がマウラの頭を撫でる

猫耳を擽り、撫で、柔らかくぽむぽむ叩けば、逆立っていた尻尾の毛並みもしゅるりしゅるりと落ち着いていき、くてん、と体の力が抜けていくのが目に見えるようだ


それを見るスーリが「おぉ…マウラっちが核を抜かれたスライムみたいっす」と溢すくらいにリラックスしている


「せ、先生!こいつっ、こいつです!俺達にぼ、暴力を…魔法まで撃ってきたんだ!さっさと退学にっ」


「こんな、き、狂暴な獣人と同じ学校なんて、ぱ、パパに言えばどうなるか…」


放心状態から戻ってきたジョーニとレゴがしきりにカナタへと捲し立てる姿は、一部始終を見ていた彼らからすれば「はぁ?」と顎がかくん、と下がるものである


どうやら自分の手に負えないなら嘘でも家力でも何でもいいから追い落としたい、といったところだ


「やっぱ気に食わねぇ。アタシが1発、気合い入れてやんないとダメか?」


「いや、あれは1発や2発じゃ足りんな。ボコボコにしてやらないと見てる方の気も済まん」


肩を回すクレイラに陽気に笑うニュートがその場の冒険者の内心を代弁していた

そして、カナタの凍てつく視線が何よりも彼ら二人への評価を物語っている


「…演習規定の未読、他生徒への悪干渉、先手の暴行、殺傷性魔法の対人使用、人種差別的発言…どの行為で退学になりたいか言ってみろ、ジョーニ・バリオ、レゴ・セラル。俺はお前達をこの場で学院から消し去る権限を持っている。…まさか都合良く見てないとでも思ったのか?」


ゆっくりと振り返るカナタの目は…家畜を見る、なんて暖かな視線ではなかった


ゴミより下の物があるならば、間違いなくそれを見る目だ


自分達の…いや、自分の家の力を信じる彼らはそんな目を向けられる事すら新鮮な体験だろう


「今回は、見逃してあげよう、2人とも。ただし、次は無い。次もしも俺の目か耳に入ったなら1発退学だ、いいな?」


ここまで思い通りに行かないことも無かったのか、受け入れきれていないのか…唖然とした2人を指差し、後ろの冒険者達に「これ、持ってって。あと、がっつり躾しといてね」と軽く伝えるカナタ


「なぁ、随分と軽い罰じゃないか?実質おとがめ無しって感じだし…」


「確かに、罰という点で見れば軽いわね。彼らがしたのはすべての人種に開かれたラヴァン王国において刑期もあり得るものばかりよ。学生の喧嘩と言ってしまえばそれまでだけど…」


エスティとルディが唸りながら言うのもその筈で、ラヴァン王国は人種差別を違法行為としている

当然、暴行や悪意ある魔法の対人使用も違法だが、彼らが「獣人」と呼び捨てたのは差別発言に値する可能性があるのだ

ラヴァン王国は特に、獣人、エルフ、魔族、ドワーフ等の他種族と親密な関係を構築しているだけに、その罪は下手な違法行為よりも罰が重い

そこまでしなければ、他種族からの信頼も勝ち取れない歴史があったのである


「いや、確かに罰で見るなら確かに無いに等しいが、彼らにとってはそうかな?」


ニュートの視線が冒険者に引き摺られるように連れていかれるジョーニとレゴを捉える


「これまで自分の我が儘を喚くだけ通してきて、不自由も挫折もない少年達が何の力もなく人前で裁かれた。反論も許されず、家の権威も届かない、法に照らされた判決を叩き付けられ傲慢をへし折られた…それでなお、『見逃される』という施しを受けたというのは…」


「精神的にクる…ってことか。アタイならすぐにシバいてたけどなぁ」


「わ、私もあれは見過ごせませんでした。…お金持ちの子ってああいうの多いですもんね」


年相応に、彼らの内心を見通すニュートの言葉にクレイラとユッタは少し納得する

彼の余裕を見てるとやはり自分達は若いと感じざるを得ない


「しかし、魔力衝突で防ぐとは思わなかった。確かに、魔光線マジック・レイは貫通力のある魔法…防御を抜かれれば痛手は間違いなかったが」


「彼女の速度なら容易に避けれたわね。それをしなかったのはやっぱり…」


「避ければスーリ・ベルフォリアを掠める射線だったから、だ。だからそもそも魔法を近づけさせない魔力衝突で迎え撃った。…肉体強化と魔法の両立は凄まじいものがあるな」


ニュートの視線がマウラへ移る


彼らもマウラは強化魔法の使い手とばかり思っていたが、その実、放射魔法もとてつもない腕前と見せつけられた

速さ、威力共に強烈だ

射線上にあった木々の両断された姿を見ればその威力は目に見える


間違いなく水晶…いや、白金級に迫る使い手だが…


そんな彼女は今…


「…マウラ?もう離れていいのよ?ほら、みんな見てるしあの2人もどっか行ったから」


「……」


「ま、マウラ?マウラ?ち、力つよっ…!?ほら、皆マウラが戻って食事するの待っててくれてるから離して…」


「……すぅーーー…っ…」


「マウラさんっ!?」


全力でカナタにしがみついていた


その胸元に顔を埋め、力強く背中から回した腕で抱き締めながら、顔をぐりぐりと横に動かしてとても満喫している!

カナタの言葉にも反応せず、何故か深呼吸のように鼻から息を目一杯吸い込んで…いや、ただカナタの匂いを堪能しているだけである!


まるでコアラ!


ひしっ!としがみついたマウラはカナタがわたわたと動いた程度では微動だにせず、まるで一体となったかのようにひっついているのだ!


「あー…これどういう状態かしら?」


「もしかして、先生と生徒でそういう関係だったり…?」


「待ってくださいちがうんすよ」


「……ちがくない」


エスティとユッタの少し赤い頬と向けられる目線に勢い良く顔を反らすカナタだが、「待った」をかける言葉に「待った」をかけるマウラがカナタを逃がすことはない

特にクレイラは興味深そうに見ており…


「随分仲いいんだなぁ、アンタら。アタイにゃまだそういう相手居ないから、羨ましいもんだよ」


普段ちょっと荒っぽいクレイラが優しそうに言うのにエスティもルディ珍しいものを見る目をしている


犬型、猫型の獣人は愛情表現が似ているのだ

惚れた相手の匂いを好む所は同じで、犬型の獣人なら相手に口をつけることが多くなる

手の甲やおでこ等に親愛の証として、特に交際している異性ならば口づけといった具合に


猫型の獣人の場合は、体を擦り付けることが非常に多い

ボディータッチが多く、特に顔や頭、特別気に入っている相手ならば尻尾を擦り付けたり巻き付ける

逆に、特に興味もない相手には決して耳や尻尾を触らせる事はしない


そう…今のマウラのようにがっつり抱き締めながら顔をこれでもかと擦り付け、深呼吸のように匂いを吸い、尻尾を相手の脚にしゅるしゅると絡めていては、内心カナタをどう思っているのか丸分かりなのである


「……カナタもここでご飯食べる…?」


「えっ…いや教員って生徒と食っていいのか?なんかダメな気がするんだけど…」


マウラの提案に考え込むカナタの背後をびっ、と指差す冒険者一行

ん?と振り返れば…


「バッハッハッハ!なんだお前達!シラケた空気で飯を食うなんて、損をしているぞ!なーに、こういう携帯食も案外悪くないもんだ!」


ジョーニ、レゴの班にオーゼフがどかり、と座り込んで上機嫌に携帯食を齧っていた

不貞腐れるように下を向く2人に反して、むしろ楽しそうなのは冒険者達の方に見えるのはきのせいではない


「あー…いただきます」


「ん……あーん…」


「いや待ってくださいマウラさん。ちょっと先生、それは抵抗あるかなって…」


「……あーーん…」


「ふぐぇっ…お、押し付けるなって。ちょっ、熱ぁ!」


「……あーーーーーーーー…」


「分かった食べる食べる!顔が肉汁まみれになるわ!」


串にささった肉汁滴るそれをカナタに食べさせようと差し出し…行きすぎて熱々のお肉がカナタの頬にめり込めば観念するしかない。

マウラの手から肉を咥えてて「…うまい」と呟くカナタをエスティ達は温かく見守る


その視線に羞恥と居心地の悪さを感じるカナタの流れる視線と、何も気にせずカナタに引っ付いてぽわぽわとお肉を齧るマウラはとても微笑ましい…


「いやー、温泉の時から誰か気になってたっすけど、マウラっち達の「イイ人」って先生のことだったんすね」


スーリの言葉がカナタのメンタルを殴り付ける

ぜんっぜん隠せてない!

「流石に教師と生徒で…なんて言えないよなぁ」なんて思ってた自分がバカみたいである


「ま、まぁ俺の話はいい、置いといてくれ…。一先ず、礼を言いたい、マウセルの剱の皆。ギリギリまで様子を見てくれたことも、暴行からは割って入ろうとしてくれたのも、全て学院としては助かる判断だった」


「いえ、依頼通りですから。むしろ、マウラさんの腕が立ちすぎて出る幕がありませんでした」


「言えてるな。つっても、アタイは何度潰してやろうと思ったか…あんな腐ったガキのお守りなんざ大変だろうに」


学院側からすれば生徒同士の喧嘩に冒険者が入りすぎるのも禍根を残すし、だからと言ってあまり乱暴な展開になれば止めに入るよう要請もしてある

側で喚いている間は相手にせず、マウラの持つ肉を叩いて肩を掴む瞬間に止めに入ろうとした彼らは要請をよく理解してくれていると言うことだ


「あいつは商業連合でも有名な問題児っすよ。というか、バリオ商会自体が悪い噂の多い如何わしい商会なんで、大規模な商会や連合は見向きもしないっすね。ウチも当然っす」


「あの様子じゃ、他でも色々やってそうだよなぁ。帰るまで突っかかって来なきゃいいけど」


ルディが肩を上げて冗談めかすが、他のメンバーが苦笑いで返しているあたりどうやら皆この演習中になにかありそうと感じているようだ


「ま、あんなやつらの事はどうでもいいっすよ。それより…折角冒険者の人と一緒なんすから、冒険の話が聞きたいっす!心踊る、スリリングでドラマチックなやつっすよ!」


スーリの興味は最早彼らには1ミリも向いていないらしく、身を乗り出してエスティらに輝く目線を向ける

そう…温泉でも有名冒険者で会話を咲かせていたように、スーリは冒険者やそれに纏わる冒険譚が大好きであった


「そうねぇ。私達は基本的に護衛依頼で名が通ってるから、討伐はそこまで多く無いのよね」


「そ、そうですね。この前も護衛依頼でその次もこの依頼ですし…な、なんかがっかりさせちゃうかも!?」


確かになー、とクレイラも考え込むが

「マウセルの剱」は護衛依頼の達成評価が高いので、自分達が受けずとも彼らを指名した依頼が一定数あり、大抵が裕福な家や商隊の護衛となる

信頼できる護衛経験豊富な冒険者というのは意外と貴重なのだ


「ふっふっふ…そんなに考えなくてもよ、ほら、長老の最高にイかした話があんじゃん!」


ルディがわざとらしく笑いながら隣の老人をびっ、と指差せばマウセルの剱の面々は「あ、確かに」と同時に呟く

長老と呼ばれたニュートも「はっはっは、あれの話かね?」と機嫌良さそうにしているあたり、どうやら彼らの鉄板話のようだ


街から基本出ないようなスーリからすれば、これらの話は垂涎もの

身を乗り出して鼻息荒く、キラキラと輝く眼を向けられればニュートも満更ではなさそうで


「では、少し語るとしよう。4年前、かのグアンタナス要塞で見た…魔将と勇者の闘いの話だ」


びくっ


皆がニュートに視線を向け、「おおっ、勇者様っすか!」と興奮を露にし、マウラは猫耳をぴくぴくと動かして興味を示し


そして、その場でただ一人…びくりっ、と震えて全力で視線を明後日の方向へ向けるのであった

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