第33話 追い求めるは師と男

【side ペルトゥラス・クラリウス】


「みなさんっ!なんだか凄い音がしましたけど大丈夫ですかーっ!」


アリーナのようにグラウンドを囲む一段高い場所に設けられた参観席から慌てた様子のマーレがいそいそと顔を覗かせるのがここから見えれば、ようやくこの場所がいつもの家の庭で無かったことを実感させる


カナタとの戦いも何度繰り返したか分からない程に重ねてきたが…遂に、彼に対して一方的と言わせない攻撃が加えられたことに、正直…かなり胸を高鳴らせていた


とはいえ少しやりすぎた…かなり怪我もさせてしまっているし、何よりまともにあたれば只では済まない一撃だった自覚はある。まだ力の調整は必要であることが身に染みて分かったのは収穫かもしれん


「…マーレっ。…ラウラさんを呼んでっ…カナタが…っ」


マウラは特に、最後の一撃をまともに食らわせただけに心配も強いのだろう

珍しく大きな声を張ってマーレにラウラ先生を呼ぶ姿は我らでも中々見られないが、確かに早く治してやりたいのは同じだ

傷付いたカナタは初めて見たが…大丈夫と分かっていても心は痛むものである


「ああ、マーレよ!怪我人がおる、至急ラウラ先生をここに呼んで欲しい!」


少し離れたマーレに軽く手を振ればすぐに彼女はラウラ先生を連れてきてくれるだろう

そして…今夜こそカナタとじっくり話をするのだ。彼の王子達に放った心の吐露は、聞いていて胸がはち切れそうな想いがした…こんなに嬉しいことがあるのか、と…

無意識に痛むほど高鳴る胸元を押えてしまうくらいには、嬉しくて、幸せで、興奮をかんじたのだ


だから、お互い同じ想いであれば、きっと1つ先の関係に…


「えっと、カナタ先生がどうかしたんですかーっ?もしかして、皆さんの中で誰か怪我してるんですかっ!?」


「む…何を言っておる。ほれ、カナタ…先生が立てそうもないのだ。早いところ…」


これだけボロボロのカナタが怪我してないように見えるなど…ちと平和すぎはせんか、マーレよ?既に頬も切れ、所々が焦げて煙も上がっておるし…衣服も雷で焼かれてズタズタに…






「いや、誰も怪我はしてないよ、マーレ様」





ぞわり




カナタと出会って、今ほど肌が震えたことなど未だに無かったであろう


シオンも同じ様子…その目には明らかな動揺と戦慄が写っており、「まさか…

」と我も思いはしたが…いや、しかしあのダメージは本物だ

直に触れたから間違えようもない


なのに…


偶然にも、振り返ったのは3人同時だった


「まさか…」「そんな筈は…」「だってさっき…」「大丈夫な訳が…」


頭に浮かぶ疑問はすぐに…


無傷のままゆらり、と立ち上がるカナタの姿を見て吹き飛んでしまった


「…カナタっ…立ったらダメ…傷が……傷………あ、れ……?」


マウラの声も、最中で萎んでいく

頭の先から爪先まで見つめ、そしてあの眠たげなマウラの瞳が驚愕に見開かれ…


「カ、ナタ…その、先程の負傷は…どうしたんですか?見間違いでなければ…すぐに立てるような物では…」


シオンの額を汗が伝う


加減を忘れたあと攻撃で「実は無傷でした」などあり得ない


しかし、どれだけ見つめても傷1つ見つからないのは…どういうことだ…?

治癒系の魔法が使える?…いや、あり得ない…カナタは自分で言っておった、中級を超える魔法は使えん、と

それに…これだけ近くにおっても魔法の気配を一切感じなかったのは何故だ?


わからん…どういうことなのだカナタ…!今までのただ身体強化に特化した、という理由とは訳が違う…


いや、そもそも…


!?


「ちょっと手合わせってことで、魔法を撃っただけだ。だからラウラ先生は呼ばなくてもいい…さ、マーレ様も外で待ってた方がいいぞ。流れ魔法が飛んでいくかも…なんてね」


冗談めかしたカナタに「それは怖いですっ!?」と、たたたーっ、と音が聞こえそうな勢いで運動場を走り去っていくマーレ

彼女の背中が見えなくなって、そしてようやく我の声が喉から出る


「カナタ…それはどういう手品だ?重症…とまでいかずとも相当のダメージは間違いなかった。お主、治療や治癒の魔法適性もなかろう…」


追い付けた…そう確信した矢先に再び遠ざかるカナタの背中はどこか得体の知れないものが…我らの知識の外にある物が彼にあると思ってしまう


「いや、ほんとにやられたぞ?肌は焼け筋肉は麻痺、髪もちょい焦げて頬は切れ…うん、あそこまで怪我したの久しぶりだったし痛いのなんの…」


"でも"と続けるカナタの顔は少し不敵に笑みを浮かべ、いつもと違うその一面に鼓動が早まる


「それだけだと俺は倒せない。それに、今のでこのままだと普通にやられる事も分かった…少しだけ、気合い入れて闘ってみるか」


カナタが虚空から三つの腕輪…メタリックな色の飾り気のない金属製の腕輪を3つ取り出す。赤、青、緑とそれぞれ違う色の腕輪は見れば意匠も何も無い実に簡素な腕輪に見えるが…


(…魔法具…!そうだ…カナタはあれだけ物造りの腕前があるのに己の装備品は見たことがなかったが…もしやあれが…)


腕に3つとも通して拳を握り「おし、ぴったり」と呑気に呟いているが…問題はあの魔法具の使用用途だ


「腕輪…ということは魔法のサポート用でしょうか?武器の類いでは無さそうですが…」


「……でも…武器じゃないなら戦い方は変わらないと思う……カナタのいつものスタイル……」


「で、あるな。一先ず、あの魔法具が魔法のサポート系と考えて動くぞ。最悪、あの魔法具の性能次第では中級以上の魔法が放てるようになる可能性すらある」


方針は仮ではあるが決まった

予想だけではあるが、大きく逸れた考えではない筈

マウラがすぐに動き出せるよう魔力を滾らせ、高火力の魔法を放つべく紅蓮の魔力を高めるシオン

我もどのような事態にも備える為に臨戦態勢をとるが…奴はこういう時、必ず予想を超えてくる


「どれ、試作品だからな…魔力充填、変換開始…第一、第二機能に接続…よしよし、再現率は90%くらいか、ばっちりだな」


それぞれの腕輪の中心部分が、光が回転するようにして輝き始め、「ーーーィィィィィー」と小さな、甲高い音がここまで聞こえてくるとカナタが言葉もなく指をこちらに向けて、くい、と折り曲げる

「かかっておいで」と…挑発のように


「…今度は私から行く…!……やることは同じ…いくよ…っ!」


バヂン!


雷の爆ぜる音が鳴り、マウラの姿がブレるように一瞬にしてかき消える


彼女の十八番とも言える、瞬足での撹乱、助走から放たれる一撃は気づいた頃には既に打ち抜かれている程に初見殺しでかつ、強力。

普段の俊敏へ振り切った身体強化に加えて現在の彼女には特別な、己の才能の根元である特別な魔力が練り込まれている

強化に雷の属性が混ざり、纏うオーラは常にスパークを放つ程に濃く、強く…今のマウラであれば、あの魔神族のチャラチャラしたスピードスターにも追い付けるであろう


我すらも、肉眼で追いきるのは不可能だ


今ではその雷音すらも置き去りにすることが出来る彼女に追い付ける者など…




「…………っ!?」




突如、移動の暴風と衝撃を撒き散らしてカナタのいる場所に向け剛速で蹴りの姿勢のまま突撃するマウラが現れるが、その水平飛び蹴りの姿勢で驚愕に目を見開く姿が我にも見えた





居ないのだ




カナタが



彼女の蹴りはそのまま空振り、自身の勢いのままに通りすぎればグラウンドの土に脚を突き立てるようにして無理矢理に急停止をかけていくが、あまりの速さに地面をガリガリと削りながら強引に速度を殺さなければならない…それほどの威力と速度を秘めていたのだ


消えた…まさか透明化?いやしかし、透明になったからと言って避けられる訳ではない筈だ

あの時のカナタのように、棒立ちのままマウラの速度で先に動かれたのならば回避が間に合う訳が無いのだ


何かマズイ…何か我の想像を超えるナニかを、奴は行っておる気が…


直後



"ジジッ バヂッ"



スパークの弾ける音がどこかから聞こえた

初撃を回避されたマウラの次の攻撃が始まる…


「なにっ!?」


「マウラ、気を付けなさい!」


違う!マウラは動いていない!

急停止してから周囲を見渡してカナタを探しているが、攻撃の様子は無いのだ

では、この音はいったい何なのか…


その答えはマウラの背後に現れた


突如、そこに現れたカナタは掌を突きだし掌底の構えのまま彼女の背中にぴったりとゼロ距離で佇んでいたのだ




藍色の雷を纏いながら




「雷環クラーガス、第二機能解放…『雷迅掌』」



掌に分厚く纏った藍色の雷から放たれる衝撃により弾かれたようにマウラが背中から吹き飛んでいく



「マウラっ!っ…い、まのは…っ!?あり得ません!?不可能です!何故…っ」


「カナタ、お主…っ…何故…!?いや出来る訳がない!そもそも…魔力光まで同じとはどういう事だ…っ!?」


掌底を放った格好で悠然と佇むカナタは何も言わず、その身にはマウラにしか無い藍色の光を放つ美しい稲妻が纏わり付いている


魔力光は完全に個人の特色だ

似たような色、というのはあり得るが…そもそも色つきの魔力光が無かったり違う色を持っているのに別の者が持つ魔力光を放つなどあり得ない


「それに今の…マウラのオリジナルで作り出した近接魔法『雷迅掌』…マウラの魔法でなければ再現出来ない筈です。つまり…カナタは今、正真正銘マウラの魔力そのものを操っていることになります…!」



マウラが起きてこない…完全に延びておる

おそらく、あの様子では何をされて何が起きたのかすら、認識できておらん…


異常だ…他人の魔力を突然自分から産み出して操るなど聞いたこともない。言わば他人の血液が体から湧いてくるようなものだ


…いや待て、腕輪は3つ…赤と青と緑……まさか…



「構えろシオン。カナタが着けた腕輪は3つだ。もし、マウラの魔力を操るのが腕輪1つの能力だとすれば、残り2つは…」


全て言い終わる前に察したシオンが驚きを露にするが、それも歩いて迫るカナタの姿に直ぐ様向けられ、そして我の予想も嬉しくない程的中する



「…炎環エーデライト、第一機能解放」



直後、奴の体が爆炎のような真紅のオーラに包まれる…そう、シオンと全く同じように


やはりあの腕輪の能力は…我ら3人の魔力を操れるようになる事か!


「っ…次は私の、ということですか…!前に出ますペトラ!」


「あぁ、けシオン!あまり離れすぎるでないぞ!」


徒手であればシオンも同じく徒手で挑む

全く同じ、真紅の魔力を放出させ突撃するシオンへ、魔法をかける

防御支援の『翠緑障衣エメラルドクロス』、速度支援の『風精の押風フェアリータッチ』、攻撃支援の『嵐追撃ストームチェイス

我の魔法の煌めきがシオンを包み、それを纏ったのを確認した彼女は速度をあげカナタへ迫るが、カナタもそれを見て速度をあげ直ぐ様2人の距離はゼロになり…



グラウンドの地面が2人を中心に円形に爆散する


爆風といえる熱波を周囲に撒き散らし、さながら魔法による爆撃の爆心地に見える衝撃がドーム状の建物全体を軋ませ、我自身も腕を顔の前に翳して膝を着かなければ飛ばされそうになる程


その中心地ではシオンの打ち込んだ右拳がカナタの左手に、カナタの左拳がシオンの右手に受け止められたまま、押し合いの様相で睨み合っている最中であった


「随分と喜天烈な隠し球ですねカナタ!ですがっ…本当に私と同じ事が全て出来ますかっ!?」


「ここまでしてワンサイドゲームにならないなんて…ッほんと強くなってるなお前ら…!…だがッ!」


「っ!?」


頭を強く引き、勢いよく振りかぶると躊躇い無くシオンの額に己の額をぶつけるカナタ


その衝撃に数メートルも真後ろに下がらされたシオンが呻くように喉を鳴らすが、そこまでのダメージは無く、脳が震えて倒れることも無く額を撫でる


「…風の装甲か。厄介なことを…それなら、これも防げるか?…炎環エーデライト、第二機能解放…」


「シオン、下がれ!恐らくお主の魔法を使ってくるぞ!そのままお主の火力が再現されて直撃しては我の防御だけで防ぎきれん!」


ハッ、とシオンがその言葉に飛び退くようにしてカナタから距離を取れば…カナタの手首から先が真紅の魔力に包まれ光を放ち始める

。それは見たことがある魔法、特にシオンは身に覚えのある魔法であることに気づいただろう


「…『溶撃刃メルトブレード』。さぁ、しっかり避けろよッ!」


手首から光線のような熱の刃が1メートルを超えて延び、刃を型取る

まるで炎を凝縮させたかのようなそれは先端に向けてエネルギーが噴き出すように形を作り、明らかに触れることすら不可能と見て分かる


「私の魔法…!ペトラ、同じ魔法で迎え撃ちます!」


考えろ…カナタの言動、使う魔法を思い出せ!

奴は試作品と言った…ということは何かしらの制限がある筈…!

他にはなんと言った…魔法具を使う時だ、確か…第一機能と第二機能…そうだ、最初に魔法具を着けた時も第三とは言っておらん、つまり…再現できるのは2つだけ…!


恐らく第一機能は…シオンに対して使ったのを見て分かった、属性を掛け合わせた身体強化だ。マウラと同じ速度が出せたのはこれが理由だろう


そしてもう1つが雷迅掌…体に纏う魔力が同じだから、魔力を自由に扱えると思ったが、恐らく奴は…


「待てシオン!カナタは恐らく我らの魔法を1つずつしかコピー出来ん!張り合わずに距離を取れ!遠距離から沈めるのだ!溶撃剣メルトブレードを使ったのならそれ以外の魔法は使用できん筈だ!」


「っ……はっやいな気付くの」


頬をひきつらせたカナタを見るに恐らく図星。そのまま溶撃剣メルトブレードを振りかざして突撃するカナタにシオンも素早くバックステップを踏んで後退し、そのまま雨のように熱の砲弾、『赤熱球レッドスフィア』をばら蒔きにかかる


「伊達でお主に惚れ込んだ訳ではないからな。この程度は以心伝心というものだろうっ!『風精の撃針フェアリーダーツ』!」


人差し指と中指を束ね、指先をカナタに合わせれば腕に巻き付くように魔法の長針が何本も現れ、それを指先から高速で打ち出す


シオンの魔法は着弾時の爆発による範囲攻撃、この魔法は高速発射による精密射撃が特徴…短所を埋められる組み合わせ故に死角は少ない


しかしそれでも…カナタの進撃は止まらない


腕に発現させた赤熱の刃を高速で振り回して体に当たるコースの魔法だけを打ち落とす。身を傾け、首を動かし、肩を下げ、脚を跳ね上げ…避けられる物は全て避けながら猛追してくる姿に流石の我も緊張が走る


やはり…3人では勝てたがこの状態のカナタは2人では止められんか…!


しかし不器用な追い方をしおる…わざわざ避けて打ち返しながら近接で仕留めるつもりとは…いや待て、違う…考え方を変えるのだ


カナタにもし、見た通り余裕が無いのなら何故撃ち合いに応じない?


奴が我の魔法を使えるのなら使うだろう

我の魔法はどれもサポートや遠距離に向いた物が多くあるのは奴も知っておる。なら何故使わないのか…まさか使えない…?


…雷迅掌、溶撃剣…どれも身体強化と合わせて使う近接魔法だ

と言うことはその腕輪もしや、体に魔法を宿せても、放つことは出来ないのか!


「シオン!っ計画変更だ!伝えておく事があるっ…」


「なんでしょうかっ!手短にお願いします!」


これは読みだ

我の思っている通りの男であれば、という予想に過ぎないが、どこかに「カナタならば」という確信に似た自信がある


奴ならば間違いなく…!


「だァっ!こんなん当たったら塵になるし風穴が空くわ!マジで殺そうとしてないだろうな!?」


ぶつくさと言いながらも異様といえる体術に見える避け方と剣捌きで自身に当たるはずの攻撃全てを避け、叩き落としながらすぐそこまで迫るカナタ


今なら分かる…我らとカナタとの間にあった絶望的な力の差が

この学院に来て己の力の高さを確かめる機会も多かったが、いつだってそれを戒めてくれたのはお主だった


しかしっ!


「そろそろ我らも同じ場所、同じ目線で並んで見せる!仕掛けるぞシオンッ!」


「合わせます!行ってください!」


後退から一転、正面からの突撃

カナタの目が見開き、しかしすぐに迎撃の構えに出ると灼熱の剣を振りかざし、正面から振り下ろすが、それは通すわけにはいかない


「『嵐鉄の旋刃メタルサイクロン』!当たると痛いぞカナタ!」


「だろうなぁ!」


ガリガリガリガリガリガリッ


両手の平の間に生み出した魔力の風を圧縮して高速回転、回る刃を両手でそのままカナタの溶撃剣メルトブレードに叩きつければ連続して金属のぶつかり合う音が響き渡る


眩い程の火花が撒き散らされるがそれでも、カナタの刃を受け止めることには成功した。受けてみて分かる…この溶撃剣メルトブレードは威力も見た目もシオンのオリジナル魔法そのものをではあるが、完全に真似できている訳ではない


我らの持つまでは使えない!


そこが好機…そして我の知るカナタはこういう局面ならば!


「分かってるぞ、シオンが本命でお前が抑え込む役目だろ!一気に勝たせてもらう!嵐環クラリウス、第一、第二機能解放!」


直後、カナタの体から真紅の魔力が霧散し、代わりに新緑の魔力が嵐のように波動を放ち始める


見間違える訳もなく、我自身の魔力…!

カナタの手から灼熱の刃が吹いた炎のように消え失せ、そのまま両腕が風刃を構えていた我の両手首を抑え込みにかかれば…ぐっ、と片足を上げ始める


上げた脚に螺旋を描くように新緑の魔力が廻り始め、まるで小さな竜巻のようにエネルギーの乱回転が周囲に砂埃を拡散させていくのはやはり身に覚えのある魔法…


「纏めて片付ける!『風精王の鎚撃ウィンディア・インパクト』!」


やはりそれか!

魔法を圧縮させた体の一部を地面に叩き付け、拡散した風と衝撃で周囲を根刮ぎ吹き飛ばす近接魔法!

我の使える中でも多くはない接近戦で振り回せる魔法で、基本後ろに居る我が接近した的と距離を離す為に使う技である


体に魔法を宿してぶつける性質上、身体強化と親和性が高い為使い勝手がよいと自分でも思っておったが…っ!

こんな自分から詰めて動きを封じてからゼロ距離で打つなど正気ではないぞカナタ!


だが…


その魔法には弱点がある!



「…な、にっ!?」



カナタが脚を地面に叩き付けようと振り下ろす直後…我の真後ろにぴたり、と着いていたシオンが飛び出しそのまま…

シオンは挟み撃ちでも遊撃でもなく…この為に我の後ろに隠していた。何故ならば…


「くくっ、教えてやろうカナタよ。その魔法…何かに叩き付けなければ発動はせぬぞ?」


カナタの顔がひきつる

完璧に…読み通りに嵌まった形だ

カナタは使える1つの魔法でこちらを落とそうとしておったが、こういう時、こやつは必ず意表を突く。今回の場合は近接でマウラを沈め、目立つ溶撃剣という多対一には向かない魔法を見せていた。で、あれば我らが警戒していなかったのは2。即ち、我の魔法は近接の中でも周囲に破壊力の出せる物を選んでいる…そう思った!


「言ったであろう、以心伝心とな!お主の考えそうな事なら全て我の心の内よ!」


逆にこちらがカナタの両腕を掴む

腕を封じ、片足も封じた。腕を使う溶撃剣メルトブレードも、打ち込む必要がある雷迅掌も使えない、片足が上がっていては風精王の鎚撃ウィンディア・インパクトも放てない!


「詰みです、カナタ!このまま倒します!」


シオンの片腕が真紅の波動を湛え始め、我も片足に魔力を宿す


勝たせてもらう!


2人がかりの一撃が、今度こそ…真っ正面からカナタの胴を打ち据えることに成功した


ーーー


【side 神藤 彼方】


(ここまでとは…っ!いくら試作品とはいえ、結構上出来の部類だったんだぞこれ!…というか、普通はもうちょい腕輪の能力考えないと分からないもんだろ、なんですぐ分かるんだよ!?)


ペトラの言ったことは本当だ

嫌味なくらいに全部当たっている


そもそもこれは3人の魔力を元にたった今即興で組み上げた魔法具であり、まともな機能など2つしか搭載されていないし、発射や投擲の魔法は使用できないのだ

本命の魔法具は別にあるがそんなもの使っても大人気ないだけだろう…とたかをくくっていたらこの始末である


今も、ペトラに完全に読み負けたが故に胸と腹にそれぞれシオンの拳とペトラの脚が打ち込まれているところであった


「…ッぐぁ…ッ…!」


2人とも無理のある姿勢からの一撃の為、体勢を立て直すことは出来る

何よりも、彼女達も慣れない魔力を使ったせいで知らない内に随分と消耗している…まだまだ慣れが必要という印象だ。見たところ、ここまで全力でエンジンをかけ続けていたのなら、そろそろ…


「っ…あ…っ…れ…?」


「ぬぁ…っ……これは…っ」


胸と腹に響く衝撃に気合で耐えながら足を2本、地面に踏ん張ってザリザリと削りながら勢いを止める

見れば体から魔力の波動を霧散させ、かくん、と膝を着く2人の姿が見えた

間違いなく、完全にガス欠だ


3人はそもそも膨大すぎる魔力を持ち、今までの魔法の使い方なら底知らずに撃ちまくれただろう

挙げ句、俺との戦いでは力尽きる前に倒され、この学院では勝負になる相手が同学年に居ないと来た

魔力が底を尽きた事がないのだ


ただ一人、ペトラを除いて



「終わりだな、2人とも。最後の一撃も悪くなかったけど…随分と無茶してた、ってところか」


「こんなことっ…練習してた時には無かったのに…っ」


シオンは力の抜ける自分の体を信じられ無さそうに見ており、困惑の表情を除かせているが、ペトラはただ悔しそうに眉を寄せていて、手の平を上に向けて魔力を集めてみようとし…ふわり、と風となってかき消えるの確かめる



「魔力切れ、か…我ら2人では倒しきれんかった、と言うことか。まさかここまで燃費の悪いモノとは思わんかった…。もしや狙っておったのか?」


「いや、全然。ただ、もしかしたら…とは思ったか。只でさえ常時身体強化を掛けながらだってのに、俺から距離離す為にいつもの感覚でバカスカ撃ちまくってたから。最後の一撃も大分パワーが落ちてたしなぁ」


「…要練習です。あと少しだったのに…というかマウラは大丈夫なんですか?あれからピクリとも動きませんでしたが…」


「あー、多分もう目は覚めてるぞ。ただ立てないだけだろ」


2人の視線がマウラの方を見る

うつ伏せで倒れ伏した状態で動かない…ように見えるが、よく見ると手先や尻尾がピクピクと痙攣するように動いており、戦いの音が止んだ状態で耳を澄ませば「…っしび…っ……れる…ぅ…っ……」と小さな呻き声が聞こえてくる


マウラの雷系は強い麻痺を起こしやすい

今まで自分以上の雷撃を受けたことが無いマウラは現在、人生初の感電による麻痺を全身で味わってる最中なのだ


それにしても…


予想を遥かに越えた力を持っている事が、ようやく確認できた


3人の才能は勿論、知っている

世が世なら英雄と祭り上げられる程に才気とセンス、素質に満ち溢れており、俺が1を教えればそこから10を感じ取りそれを20に昇華させるような…圧倒的といえるまでの能力


今回、彼女達が振りかざした力はその一端だ


自然型に見える魔法素質に隠れた特別な才能


世に名を響かせる強者が持つ異質で異端な特異型の魔力


特異魔法…持つ者は『オリジンホルダー』と呼ばれる力…そのほんの一部だ


今までは暴発を防ぐためにコントロールの訓練を重ねさせて来たものの、ここに来て突然、その一端だけでもモノにして現れたのには驚いた


それ程までに敗北は彼女達を強くした、と言うことだろう

それに…


(随分と気にしてたみたいだな。俺に負け続けてた事…ここで只の負けず嫌い…と言いきるほど鈍感じゃないしなぁ)


間違いなく、自分に追い付く為…隣に立とうとしたのだろう。勝利の為に力ずくで前へ進む強引さではない、近づきたくて触れたい物に手を伸ばす…そういう必死さがあった


出来るなら、全て終わってから…そう思っていたのにシオンの一件でその心の壁も乗り越えられてしまった


(もう、手放してやれそうもない…俺って独占欲強いのかな?)


へたりこむシオンとペトラに肩を貸し、担ぐようにしてマウラの元へ向かいながら、ここ最近の心の変化に自分でも首をかしげてしまう


でも


心の底から思うのだ




『そういうのも、悪くないな』、と



ーーー


「うわぁっ!?」「きゃあっ!」「わっ!?」「何っ!?」


4つの影が、どさどさ、と落ち驚きの声を発しながら倒れ込む

少年2人に少女2人、それぞれブレザーのズボンやスカートを身に纏った、謂わば学生の格好であり、あまりにもこの場所…日の光など届かない洞窟のような空洞には似合わない物だろう


「なんだよここ…今俺達教室でゲームしてたよな?」


「う、うん。いきなり目の前が光って見えたけど…」


「そ、そうですっ!わ、わ、私にも見えましたっ」


「私もよ。でもなによここ…洞窟?私達知らない間に拉致でもされたのかしら?」


4人が各々辺りを見回すが薄暗い洞窟は先までは見えず…よく見ればここは湖のような場所に浮かぶ小島に似た場所だ

倒れた地面がびしょびしょに濡れていたので着ていた制服も所々びっしょりと水浸しだが…目の前の異様な風景と、今しがた起きた異常な現象がそんな事を忘れさせてしまう


そんな4人が周りの事も分からないままに、近づいてくる見たことの無い少女


その少女は法衣というようやローブ姿に特徴的な額飾り…そして今まで見たこともないような、僅かな光も反射する銀髪に黄金の瞳を持った見目麗しい美少女であった


その少女に視線を釘付けにされた4人の前まで進み出ると、その少女は法衣が濡れるのも気にすることなくその場で膝を着き、恭しく、鈴を転がすような声音でこう言ったのであった










「ようこそいらっしゃいました。…勇者様」








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