第32話 NEXTAGE

『んもう、それで私に連絡して来たのね?お堅いギデオンの事だから何かと思えば、えぇ、勿論いいわよ。と言うかそんな事態にならないと頼ってくれないなんて酷いわねぇ』


「別に頼りたくない訳ではない。この状況でお前の邪魔は出来ん、と思っていただけだ。しかし…緊急の話だ。頼りにさせてもらう」


『それにしても、あのゼウルちゃんがボッコボコにされちゃうなんて…刺激的ねぇ。大怪我なんて初めてなんじゃないあの子?これもいい経験よぉ』


魔将ギデオンただ1人の部屋

彼が持つ大きな水晶が1人の女魔神族を映し出す


青い肌にダークブルーのウェーブがかった長い髪

額の上から1本伸びた角には金に小さな宝石が散りばめられたリングが嵌められ、指にも銀の指輪が2、3も嵌められ、首から下がるネックレスもキラリ、と光る金色のチェーンに闇色の大きなパールが存在感を放つ


そして、そんな華美な装飾品を完璧に従える美女である

目元は垂れ、どこかおっとりした雰囲気を放っており初見で柔らかな印象を与えながらも、肩や胸元を露にする扇情的な衣服から見える抜群の起伏に富んだ肉体が艶かしく映る妖艶な美女…それが水晶の向こうでひらひらと手を振りながら冗談めかして笑みを浮かべている


『水晶にあった通信の記録は見たわ。そうねぇ…私も見たことがない…いえ、今まで私達ですら相対したことのない未知の兵器よぉ、これ?ジンドーの造ってきた兵器はぜーんぶ、絵におこして記録してあるもの。映像がブレッブレだけと、間違いなくあの戦争以降に造られてるわねぇこれ』


「同感だ。それに…お前が言うなら確信が持てる。魔物はともかく我ら魔神族を容易く屠れるとは、脅威そのものだ。十剣で相手が出来ないならば我々が潰すしかあるまい」


『先走っちゃだめよぉ?どんな隠し球があるか、彼ほど読めない人も居ないもの。実際、痛い目を見た子が沢山出たんたでしょ?』


「…その映像の通り、一剣が壊滅状態となった。生きて逃げ延びたのは3割にも満たなかった…逃げ切れた者に聞いたところ、襲撃をかけてきたのはたった10体だけだったそうだ。…今まで相手にしてきたのは大型を除けば只の量産型…数で押してくるだけのガラクタに過ぎないはずだったのに、だ」


『まぁ、考えてみれば当然かしら?戦いの最中でむしろあれだけの数を造り出した彼の方がおかしかったの。何年と時間があればより強力な物を産み出せる…忘れてはいけないのは彼が戦闘者ではなく、本業は生産者ということ、ね』


「だからこそ、我らは敗れた…ということか。119人の戦闘者は倒せても1人の生産者に敗北した…笑えん話だ」


目を細めて溜め息をつくギデオンが目頭を揉みながら背もたれに体を預けると、そんな珍しく落ち気な彼に水晶越しから美女が笑う


『まあまあ、今回は違うんでしょ?それで…私に頼みたいのはその新型の偵察かしら?』


「そうだ。新型の感知範囲があれだけ広ければお前にしか頼めん。魔神族随一の魔法の使い手である…レイシアス、お前にしか頼れんだろう」


『ふふっ、勿論よぉ。もう視界を飛ばしてるわ。ここからだと結構近いから、直接行っても良かったんだけど…』


「それはやめた方がいいだろうな。どんな隠し球があるか分かったものではないのは確かだ。それに奴本人が動いている可能性すらある。レイシアス、お前とて単身で出会えば無事では済まん」


『だいじょーぶ。その辺は分かってるわよぉ。あら、そう言えばキュリアちゃんが気にしてたわよ?「ゼウル君が死んじゃう!?」って…どうせ包帯まみれで元気してるんでしょ?』


「あの程度では致命傷にもならんよ。まぁ随分痛手だったみたいだが…いい経験だ。成功しかしてない奴に戦場は生きられん。いずれどこかで鼻っ柱を折ってやるつもりだった…気になるのは、その鼻っ柱を折ってくれた女3人だ」


『ゼウルちゃんを2人がかりで怪我させちゃうなんて、刺激的な子よねぇ。…もしかして、あの子達の好敵手になったりして…ふふっ』


「あり得ん話ではない。あの若さであれだけ力の使い方を心得ているのであれば、次はさらに化けて出る可能性もある。…勧誘はしたんだがな、フられてしまったよ」


楽しそうに笑いをこぼしながら、手にしたマグを傾け湯気のたつ液体を飲むギデオンは冗談めかしながらも僅かな警戒を相手に伝える


自分達が出れば敵ではないが…この世界には少数ながらも魔神族と打ち合える強者が居るのだから、彼女達がそうなり得る可能性は低くない


さらにもう一人の少女も魔神族でもきってのスピードスターであるバウロと打ち合えていたのは目を剥いた

つまりあの若さで魔神族の精鋭と戦い得るということ…十分驚異に、脅威に値する存在と言える


『ま、こっちの準備はもう少しかかるから、それまでは沢山ナンパしてていいわ。そのカワイ娘ちゃん達、私も興味あるしねぇ』


かぶりを振るギデオンに可笑しそうな笑いを浮かべながらひらひらと手を振るレイシアス


彼女のそんな様子に目を細目ながら、先程までの冗談な雰囲気を切り換えて据わりなおすギデオンに彼女もおちゃらけた様子を引っ込める


「…レイシアス。1つだけ、朗報か凶報か分からんが伝えておこう。奴は…ジンドーは変わった。明らかに、前のような男ではなくなっていたよ」


『それは…どう捉えればいいのかしら。能力や実力が…ということ?』


「それも確かにある。奴は強くなっている、間違いなく。だがそうではない、人としてどこか…そうだな…余裕がある。前の奴はただ我武者羅に、作業的に、必死で、戦うことしか道はないと言わんばかりの鬼神であったが今のジンドーはもっと人間味がある。触れれば切られる危うさではなく、我らが神すら滅ぼした強者としての余裕と風格があった。…もしかすると、今の奴ならば少しは話が通じるかもしれん」


『なんだか想像出来ないわねぇ。彼がそこまでフランクな感じになるのかしら?ぜんっぜんイメージ着かないわ。私、一時期はあの鎧の中身って全部金属が詰まってると思ってたもの。ほら、旧文明の自立型魔道兵器みたいな感じ』


「確かに、分かるような気がする。…1度、話でもしてみるか?案外面白い話が出来るかもしれん」


どこか楽しそうに…仇敵との会話を考えるのは彼が戦士であり、そして人格者でもあるからだ

そんなギデオンの久しく見なかった様子に『やれやれ』とかぶりを振りながら笑顔を見せるレイシアスも「もしかしたら」と考えてしまうのは…長い時間、何人もの勇者を葬ってきたからこそなのかもしれない


ただ1人現れた強敵、自分達に立ちはだかる強大な壁…

久しく、いやかつて1度と相対することの無かった『乗り越えるべき』相手


興味があるのも、当然であった


ーーー


「ぬわぁ!?」


「ユータス!?ちっ…デタラメにも程がある…!」


放物線を描いてユータスの大きな体が宙へ舞う


3人の構成は簡単だ

力自慢のユータスと万能型のレインドールで正面を抑え、魔法使いのオルファが後方から魔法を撃ち込む


バランス良く、そしてそれぞれの腕前も中々ということもあり今までこの学院の中では個人でもチームでも負けたことは殆んど無い


レインドールのスピードと剣術

ユータスの怪力と強靭さ

オルファのサポートと火力


3人チームならば最も安定した役割をこなせる隙の無いメンバー


力自慢で体のデカいユータスを相手取れる生徒は殆んど居らず、ましてや強化魔法による接近戦を得意とするパワーファイターだ

一部の実力ある教師でなければ返り討ちにされるだろう


その彼が、目の前の同い年の男に片手で宙へと、ボールのように投げられている


「距離をとって2人とも!1人ずつ行っても無理だよ!『我が敵を紅蓮の炎で打ち砕け、爆炎エクスプロード』!」


倒れ混むユータスを抱えて、カナタへ向けて紅蓮の魔法弾を何発も撃ち込み時間を稼ぐオルファの居る後方へと飛び去るレインドール

はその光景に冷や汗を流す


間近で、目の前の男に殺到した魔法は着弾と共に爆発し思わず手で顔を隠してしまう程の炎の光と衝撃が連発される

オルファがここまで本気で魔法を、容赦なく人相手に使うなど見たことがない


この威力、発動速度、連射…一級の魔法使いとして数えられるのは見れば分かる


『もしかして魔法が強すぎて相手が負傷…いや、通常なら致命傷になるのでは…』


そんな予感が魔法を放った後のオルファにのし掛かり途端に不安が胸中を過るが、それも悪い方向に直ぐ様裏切られていく



「…判断が遅い、剣がぬるい、力が弱い。出来て決闘ごっこが精々ってところだ3人とも」



立ち上る爆発の煙の中から異様に耳に届くその声は3人を凍りつかせるのに十分過ぎた

煙の中からゆっくりと歩いて出る男の姿は、着ている服が若干煤け、破れている他に何も負傷らしき痕跡もない


攻撃魔法は切り札だ

前を固めて後ろから高火力の魔法を叩き込むのは集団戦の定石である

つまり…その魔法を叩き込まれて平然としている相手など想定の中に存在しない


自分達の師の姿を思い浮かべる

拳を受け、剣を打ち返し、魔法を避け、防御するその姿は当たり前のものだった


だからこそ…目の前の男はなんだ?


魔法は直撃し、剣は腕に当て、拳は顔にぶつけられているのに…


魔法の中を進み、剣は腕で弾き返し、顔にぶつかる拳は彼の首を後ろに傾けさせる事しか出来ない


「…っバケモンかよ。何者だこの人…」


「知らないよ!滅茶苦茶だ…っどう考えても3回は死んでておかしくないのにっ」


ユータスもオルファも半ばパニック状態である

いや、それが当たり前だろう

自分の培った全ての技術も、経験も、常識さえも通じない未知の存在が目の前にいるのだから


しかし、レインドールだけが、落ち着いた目線でカナタの事を見つめていた


「…貴方が我々と同じ年齢にしてこの学院の指導役を任された意味が、ようやく分かった。そしてその戦い方…避ける必要がなければ前に進む戦車のようなスタイル…」


剣を下ろしたまま、僅かに言葉を溜めるレインドールに後ろの2人は首をかしげる

言い淀んでいるのか、はたまた確信した事に驚いているのか…


「1度見た彼女の…シオンの戦い方と全く同じに見える。あの日、講義で魔物を相手にしたシオンと同じ……他に2つとあるはず無い異様な戦い方だ。…カナタ先生、貴方なんだな?シオンの…いや、恐らくマウラ嬢とペルトゥラス嬢の師を務めているのは」


「…シオンも変な部分まで真似するからなぁ。あの3人の中で一番俺のスタイルと似てるのがシオンでね。あ、他の2人はちゃんと攻撃避けるからな?」


否定の言葉は返さない

呑気に苦笑いしながらその事実を認めるカナタに目を丸くするユータスとオルファ

カナタも端から隠す気はそこまで無かったからこそ、すんなり認めた様子だが彼らにとってその衝撃は大きい


まさか最大の恋敵がその少女達と師弟関係にあったとは思わなかったのである


「3人とも、ちょいと戦いがお上品すぎる。気迫が無く、殺気も無い…相手を打ち倒す気概が欠けてる。だからが精々って感じるんだ。全力の攻撃がその実、寸止め出来るような威力でしか出せてない。押さえ込もうとするだけでへし折る気が無い。その点、最後の魔法連打は及第点だったな」


淡々と述べられる評価は今まで言われたことが無い辛口なもので少しばかり彼らをへこませるのに十分な威力であった

かくん、と肩を落とす3人に喉を鳴らすように笑いながら剣呑な雰囲気を引っ込めるカナタもどこか楽しそうで


「時間があけば、ちょいちょい鍛えようか?お前さんらだったら結構いい線いきそ…」


その瞬間


3人に歩み寄ろうとしたカナタが歩きだしたその時


レインドールすらも呆気に取られ、ぽかんと口を開くその光景は



カナタが深紅の熱線と新緑色の回転風刃と藍色の巨大雷槍に飲み込まれる姿だった



「「「…は?」」」


直後、破壊の嵐が3人の目の前を駆け抜ける


グラウンドを焼き、裂き、砕きながら圧倒的なエネルギーで通り過ぎる魔法は先程カナタが受けた魔法など霧雨に思える程の暴力的な威力である


余波だけで後ろへ吹っ飛び背中から見事にスライディングする3人も何が起きたのか分からず、目の前から一瞬にして消え失せたカナタの姿に困惑と動揺を隠せない


そして3人揃って同時に思う…





『…え、死んだ?』…と






「…本人の居ない時こそ、その者への本音が出る、とは言うが…我は直接聞きたかったぞ、その想い」


「ん……でも嬉しい…でもちょっと悔しい……一番に聞くのは……私達が良かった…」


凛とした声が、鈴の音のようにハッと振り返ってしまう声がそれぞれ聞こえ


その方向を見ればそれぞれ手を突き出した3人の少女がいつの間にか入り口に立っており、ゆっくりとした足取りで自分達が魔法をぶっ放した軌道を歩いてくるのが見える


声の主は明らかだ

聞けば忘れないその擽るような声の先ではペトラとマウラを先頭にシオンがその後ろを歩いてきている


「し、シオン…いや、確かにマーレにここへ連れてくるように言ったのは俺だが…」


そう、決闘をするつもりの彼はその様子を彼女達に見せてあわよくばアピールとしたい思惑があった

故に、クラスメイトのマーレに3人をこの室内運動場へと連れてくるよう言っておいたのはレインドールである


つまり…カナタの心の発露は全部彼女達に見られ、聞かれていた、ということである


「う、うん。言いたいことはそこじゃないよね。その…気のせいじゃなければ今カナタ先生が…」


「…ありゃ死んだ、よな?」


オルファとユータスも唖然とするのは当然、当たり前のようにカナタを襲った魔法を見てしまったからであり、見間違いか幻覚でなければ思いっきり直撃していた


なんか塵も残さない勢いの魔法だったのは明らかに気のせいではない…「え?君達彼の事好きだったんじゃ…?」となるのは当たり前だろう


しかし、そんな彼らの視線を眉を寄せて笑い飛ばすペトラ


「ふんっ…この程度で倒れる男ならばずっと前に押し倒しておる。今、体験したであろう?カナタは特別な才能で攻めてくる訳ではないが…」


「ひたすらに『硬く』、そして『強い』…この2つの当たり前のような強みだけで私達3人を鍛えてくれたのがカナタです。少し才能の毛が生えた程度では話になりません」


「……今回も手応え無……ううん、少し…ダメージ入ったみたい……私達もちょっとだけ…強くなってるかも……」


3人の視線がレインドール達の方向へ向くことはなく、3つの視線はただ一点…自らの魔法が凪払った先を見つめている

その先に、自分達の思う姿があると疑う事もなく、そして自分の魔法が効いて倒れる姿など考えもしていない


自然とレインドール達の目もその先へと向けられるが、直後に聞こえる男の声に背筋が粟立つ




「痛ってぇ…いやマジで痛ぇ。こんにゃろ、指導して欲しいとか言いながらがっつり自主練してたなお前ら。それにその魔力…」



ゆらり、と立ち上がる男の姿を冗談かと思ってしまう

見れば服はボロボロに破れ、所々が煤と化しており、こめかみの上から頬にかけて一筋の血が伝い落ちている

肌の露出した部分は傷や焼けたような跡が目立ち肩の辺りからは煙が昇っているのが分かるに相当の衝撃があったのだ


「て言うか聞いてたのかよ…あんな大真面目に語ってるとこ見られるなんて…恥ずかしい…穴があったらって感じ…」


…と思いきやガクン、と膝をついて両手を地面に着きあからさまに落ち込んだような格好に


どう見ても体へのダメージが…ではなくメンタル的なダメージである

言わば男同士のコイバナを当の女子が聞いていたようなものであり、これが学校なら不登校もやむなしの心理的ダメージに違いないだろう


…いや、オルファが同じような格好で崩れ落ちている

自分の想い人の口から他の男を「押し倒す」などと言う言葉を聞いて足元から崩れ落ちている!隣のユータスの「あー、まぁ元気出せよ、な?」という半笑い気味のフォローが逆に苦しそうだ!



「カナタ、闘いましょう。私達と」



シオンの凛とした声音の言葉にカナタが視線をあげる

その目を真っ直ぐ見つめながら並々ならぬ意思を感じさせる眼差しで、ただ一言…

「闘おう」と発する彼女に今までの鍛練とは違う何かを感じながら立ち上がる


「ここで稽古…って感じでもないよな」


「ええ。カナタは鈍くはありませんが伝わりにく過ぎます。これだけ私も、マウラもペトラも貴方への思慕を語っていても未だに自信が無いのなら…力ずくで分かってもらうしかありません」


「と、言うわけだ。あの敗北の日から随分と鍛え直したぞ、短い期間ではあったが…命をチップにした戦いは我らに足りなかった経験を埋めてくれたからな。そういう意味では…負けて良かったとも言える、か?」


「…もうあしらわれるだけじゃないよ……覚悟して、カナタ……ちょっと頑張った……もっと近くにいたいから……っ」


シオンの体に真紅の魔力が噴き出し炎の如く立ち上り


マウラの肢体に藍色の魔力が纏わり付き音を立ててスパークを放ち


ペトラの髪を靡かせるように嵐のような新緑の魔力が暴風となって吹き荒れる


「…レインドール王子、ユータス君、オルファ君。少しここから離れてた方がいい。多分…怪我じゃ済まなくなる」


その魔力の波動はビシビシと感じ取っていたからか、カナタの言葉にコクコクと首を縦に振る3人は少なくとも、自分の力は最低限どこまで通じるか分かっている


彼女達の力のプレッシャーは今の自分達では…近くにいることも出来ないことは考えるまでもなく分かってしまった


…なるほど、『決闘ごっこ』と言われるわけである


これは確かに…『闘い』だ


「…お先に失礼する。皆の健闘を祈るよ」


レインドールも静かに納得して歩き出す

その姿はこの室内運動場に来る前と違って肩を落としているものの、少しだけ…真っ直ぐな眼差しをしているのであった





「随分と物騒な魔力纏うようになっちゃって…まぁ確かに、命懸けの闘いを経験してる奴はその辺の腕自慢より段違いに強い。3人も、そこは同じだったって事か。それにしてもその魔力…本当に随分頑張ったな」


こちらへ向かってくる3人の姿を眺めながらも、カナタの眼差しは普段の訓練のように楽しそうと言うよりは少し真面目に雰囲気を変えていた


今まで彼女達がその身に纏っていた魔力は強力ながらも、普通の魔力である


だからこそ、カナタもターミネーターのように食らっても食らっても平然と向かうことが出来ていた…言ってしまえばその程度の威力しか無かったとも言える


しかし、今の彼女達は違う


今までただ体から噴出させていた魔力がオーラのように体へと纏わり、その色を分厚く濃く変色させている

マウラの雷の性質を抜きにしても、シオンとペトラもそれぞれの魔力と同じ色のスパークが時折帯電するように体を走っているのは強まりすぎた魔力により発生する現象だ


「自分の成長に合わせて使えればいい…そう言ってくれたのはカナタだったが、魔神族との闘いでは明らかに力不足であったからな。ちと、トばして修練したぞ。…とは言え、これも少ししか使えんが…」


「魔力の特性は未だ扱いきれませんが、魔法にこの魔力を混ぜる事は出来ます。今、カナタに傷を負わせられるのが出来たのを見るに…威力は段違いのようですね」


「いや、そんだけ出来れば上出来よ?おにーさん、マジで死にかねないんだけど…」


「…大丈夫……倒れたら沢山介抱する……」


「そもそも倒さないで欲しいなぁって…」


「……押し倒して沢山解放する……」


「今なんか変じゃなかった!?」


マウラの何かが解放される前に3人とも大人しくさせねば…カナタの何かを懸けた戦いが始まると、彼は直観的に察知した!


その別ベクトルの危機感から咄嗟に構えを取った瞬間…彼女達の闘いのエンジンが爆発的に回り出す


シオンの手の中に煌めく魔力が握り混まれ、直後2メートルはあろう紅蓮の炎槍が現出すると、それを躊躇いなくタイムラグも無しにカナタへ向けて投擲される

詠唱も魔法名も唱えない、即興の魔法はそれに反して強烈な破壊力を携えてカナタの目前まで到達、あわやその顔に切っ先が触れる直前で半身を反らして躱す


通り過ぎた炎槍は分厚い運動場の鉄壁に直撃し爆発、真後ろからの爆風で髪を揺らされながらもその威力に僅かに目を見開くカナタへどこか手応えを感じたような声が耳へと届く


「…避けましたね、カナタ?初めて私の魔法を…いつものように無防備に当たることなく、


「……」


「それはつまり…当たれば負いたくないダメージを受けると、そういうことでいいのだな、カナタ?」


「…どうかな。気まぐれで避けただけかも知れないぞ?」


「ならば、受けてみよカナタ!もう我らをあやせると思うでないぞ!」


ペトラが胸の前で両手の平を向かい合わせれば、手と手の間に円盤のような新緑の風が回転を初め、直ぐ様それは大きく力を増していく

まるで丸形のチェーンソーである


物が加速する時特有の『キィィィィィ』と不吉な音が響き渡り、カナタの内心に『うわぁ…』と嫌な予感を響かせる


そのまま手を前に突き出せば風刃は風を巻き上げながら彼女の手元から放たれ真っ直ぐとカナタの方向へ、回転する風刃を中心につむじ風のような爆風が巻き込まれグラウンドの地面を抉り飛ばしながら迫っていけば堪らずカナタも地を蹴って真横に跳ぶ


しかし、ペトラの指先が、くいっ、と素早く振り動かされれば風刃は軌道を変えてカナタの跳んだ先へと曲がっていき、これにはカナタを表情をひきつらせて


「おいマジか…っ」


素早くジグザクと飛びすさり、直撃の軌道を幾度と躱していくも、まるで指揮者のようにしなやかにペトラの指が振られる度に正確な動きでカナタを追いかけていく風刃


仕方なしと、自分へ飛び込んでくる風刃の中心、円盤のようなその軸の部分へ向けて上から肘、下から膝を蹴りあげて勢いよく挟む…白羽取りのように迎え撃つカナタ

体に纏う強化魔法の輝きを強めながらガリガリと嫌な音を立てながらも力ずくで風刃を破壊するが、風刃が巻き起こす衝撃と掠めた斬撃はカナタの頬に一筋の赤い筋を刻んでいった


「っぶねっ、真っ二つになるとこだったぞ…!」


完全に素で焦るカナタがこぼした呟きは彼女達には聞こえていなかっただろう。しかし、その様子はペトラに確かな自信を与えるのには十分で、楽しげに口角を上げながら拳を握り締める


そのペトラに視線を向けて、責めてもの抗議の意思を送ろうとしたカナタもすぐに異変を感じとる


(…っマウラが居ない!)


そう、シオンとペトラしか見送る先には立っていない


と、いうことは…


直後、直観と読みが命ずるままに真横に向けて腕を交差し防御姿勢を取れば、その僅かに一瞬の直後に…飛び掛かり蹴りの姿勢のまま突っ込んでくるマウラが視界の端に写りこむ


水平ライダーキックさながらに飛び蹴りをカナタの防御の上に直撃させれば凄まじい勢いで吹き飛ばされ、彼の表情が驚愕に染まる。

水平にボールの如く飛んでいくカナタも空中で姿勢を直ぐ様整え、脚と片手をグラウンドに突き立てるように打ち込み勢いを殺しにかかるが、その勢いは止まることなく数十メートルと地面に直線の跡を刻みながらようやく停止できた程だ


しかし、カナタの表情がひきつるのはその時である


思い切り吹っ飛んだ先で上げた視界いっぱいに、マウラの姿が写りこんでいるのだから


(追い付いたのか…!あの勢いで跳ばされた俺に…!?)


彼女の掌にはまるで水晶にも思える美しい藍色の雷球があり、ガードを構えたままで無防備なカナタの腹に掌底の形で押し当てられ…


「がっあッ!?」


度重なる猛攻に、その一撃を避けることは叶わなかった

落雷が何発も落ちたかのような轟音が炸裂し、彼女達が初めて…カナタにまともなダメージを負わせる事に成功する

その苦悶の声すら初めて耳にした3人は遂に、彼のいる場所に近付いたことを確信したのだ


弾ける爆発のような放電が収まれば、煙をあげて、ぱたり、と大の字に倒れこむカナタ

その側でマウラが少し心配そうに様子を窺っているが、しかし心の半分は…警戒が残る


まだ立ち上がるのではないか?実は倒れたフリをしているのでは?


今までの修練を思い返し、彼の不屈さを知っているが故に、その警戒はまだ解かない


(今のは…ヤバかった…ッ!っ…雷で上手く体が動かない…。これは1本取られたか…。…もうそろそろ生身じゃキツくなってきたな、3人纏めては…)


「…カナタ、大丈夫…?……今の攻撃…ちゃんと通ったの感じたから………痛い…?」


側まで来たマウラが覗き込むようにしゃがみ、パチパチと時折藍色の電気が走るカナタの体を撫でる


少し痛そうに顔を歪めながらも、そんなマウラの頭に手を伸ばし、少し伏せ気味な猫耳ごと頭を撫でるようにぽん、と置けば気の抜けた笑いが漏れながら


「は、ははっ…やられた。いやぁ……完全に1本取られた。…強いな、マウラ」


どこか、安心したように声を漏らすカナタ


しかし、そこにシオンとペトラも追い付けば流石に倒れるカナタを見て少しやりすぎたと心配になったのか、側で座り込みその顔を覗き込ませてくる


「お主が我らの手前を測ろうとしていなければそこまで食らう事もなかったろうに…ほんと…バカな男よ…」


ペトラの心配そうな顔つきながらも、こちらの意図を汲まれていた様子に思わず苦笑いが漏れる

今だかつて、彼女達がカナタに拾われてから彼が倒れる姿など見たことがないのだから、少し不安になるのも無理ないのかもしれない


(しかしまぁ…もう少しだけお前さんらの敵わない師匠でいたいな)


それはもしかしたら男のプライドか格好つけだけなのかもしれなかったが、しかし半分は…見せたかったのかもしれない

自分達がどれほど得体の知れない男に心を寄せてしまったのかを

それでもなお、その好意をぶつけてくれるのか…そしてもしかしたら自分達で、このじぶんの正体に辿り着ければ…


(…『ナイチンゲール』起動…内部ダメージ完全再生、外部ダメージ完全再生…魔力充填開始。……このダメージだと15秒か、少しかかるな…あとは…)


自らの作品に命令する


それは自らの体の中…マイクロチップのように体内へ埋め込んだ魔道具の1つ

肉体の損傷を再生させる為の魔道具『ナイチンゲール』は傷の度合いに応じて魔力を充填し、充填が終われば発動する


今、初めてシオン、マウラ、ペトラの3人に対し、自分が魔道具を使用する


彼女達に、師匠は未だ越えられないことを教える為に

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