第31話 「男」を語る

…視線を感じる


ユカレストから無事、学院へと帰還し元の日常に戻ったはずなのだが…どこか責める…いや、狙うような体に纏わりつく視線を感じるのだ


この世界にどっぷりと浸かり、戦いを切り抜け生存を勝ち取り…元の世界ならば漫画かアニメ、又は霊感のある人間からしか聞くことの無い『視線を感じる』という感覚がわかるようになった


どんな視線なのか、隠す気がなければ…悪意、殺気、害意と種類まで分かる


これまでの経験上ではだいたいの場合、自分の身を狙う外敵からのものばかりなのだがこの視線はなんというか…不満をぶつけるような感覚だ

まるで爪楊枝で肌をちくちくと突っつかれるような…


授業中も、食事中も、部屋に戻る時ですら感じるが、どこが居心地が悪くなる…


(…いや、そろそろ現実を見よう…)


そんなカナタだったが、内心溜め息をつきながら視線の方へと眼を向ける


そこには2人の少女がいた

銀と藍の2色がとても目に映える美しい少女2人の視線が今もこちらへビームのように差し向けられているのだ


なぜ、そんなに2人から責められるような目を向けられなければならないのか?

何年も共に過ごし、家族のように暮らしてきた彼女達からそんな目が向けられる理由などあるはずが…あるはず……



(いやめっちゃある……ユカレストから帰るあの日から、こんな目で見られる理由がめちゃめちゃある…!)


つー…とカナタの額を一筋の汗が伝い落ちる


その思い当たりの証拠にシオンだけが、いつも通りであり、何の不満も無さそうにしているのだから思い当たる節など1つしかない


(あの2人に話したなシオン…!いや、俺も悪かった…ちょっと暴走したというか…止められなくなったというか…)


そう、あの温泉での出来事に決まっているのだ


彼も最初はその1回に納めるつもりだったのだ

シオンに求められて、それが嬉しく、彼女にガッカリさせたくもない…自分から唇を重ねたのは後悔も何もしていない


しかし、である…


『んっ…カナタ、もっと…っです』

『好き、です…んむっ…足りません…』

『もっと…強くしてください…っ』

『欲しいです…っカナタのこと…っもっと…』

『こうしてると…んっ…幸せで胸が弾けそうです…』



(あんな…あんなこと耳元で言われ続けて抑えられるか!)


そう、普通に理性が半分ぶっ壊れたのであった


普段見せない裸体にお湯と羞恥に上気した白い肌、潤んだ瞳、雛のように顔を上に向けて唇をねだる姿…そして耳元で囁かれる愛とおねだり…お湯に濡れた紅色の髪が頬に張り付き、いつも理知的な目はどこか欲しがるようにこちらを見つめ、発育抜群の実った柔らかな裸体は湯に濡れ雫を伝わせ、タオルを弾けんばかりに押し返す胸も健康的で柔らかな太もも、しなやかな脚…それがカナタの体へ擦り付けるように、直に押し付けられていた


自分も強く想っているそんな少女が猛烈に自分への好意を訴えながらせがんでくるのだ


健全で健康な17歳の男が耐えれるはずもなかった


彼女の体を自らの体に抑え込むように抱きよせ、大きく主張する胸がその間で押し潰されて形を歪ませるのも構わず背中に腕を回し、頭の後ろを支えるように手でこちらへ寄せながら唇を交わらせた


彼女のことが欲しい…という欲求に逆らえず、交差させるように唇を合わせ、触れるキスではなく深く奥まで繋がる行為を自然とお互い求め合うようにしていた


これでシオンが少しでも体を強張らせたり、僅かでも引いていたなら…僅かでも恐怖や嫌悪を示していればカナタも間違いなく止まっていただろう


ほんの僅かでもあれば、カナタは気付くことが出きる、その自信があったし、事実間違いなく気付くことが出来た


しかし、そんな様子は一切無い


むしろ自ら腕を回して抱き着き、体を合わせ、むしろもっと…と唇も…ちろり、と舌さえ覗かせてねだるのだから、止まることなど出来なかった


…いや、ギリ止まっていた

最後の行き着くべき行為だけは、なけなしの理性で抑え込んだのである


酔って記憶がない…なんてお約束は全く存在せず、自分がどうしたのか、何をしたのかしっかりと覚えている


そしてカナタもその事に…全く後悔も後味の悪さも感じていない

元より彼女達からの猛アタックによりシオンへの熱い感情は自覚していたのだから、その事は『嬉しい』以外にあり得ない


しかし…シオンにもそうだがマウラも、ペトラも同じように大事で、強く想っているのだ


この世界で一夫多妻は当然のよう…むしろ一般的と言える程度に存在しており、そして2人も自分への想いをぶつけてくれているのだからこの心に思い止まる理由はないが、だからこそ…この差し向けられる視線に居心地の悪さを感じるのだ


"もしかして…こんなことをあと2人も仕掛けてくるのでは…?"


そう…この視線の正体は『ズルい!』以外の何物でもない


そしてこんなことを2回も3回もされては…理性が木っ端微塵になるのは必然なのだ



シオンだけでもかなり火が着いていたのにあと2人…?

しかもどちらもタイプの違う魅力的な少女だ。地球に帰る予定の自分が本当に最後まで手を出していいのか?でも着いてきてくれるって言ってくれているし…いやしかし…でも…

そんな疑問がカナタの最後の理性に強いブレーキを与えた結果、シオンの猛攻に辛くも踏み止まったのである


しかし、それでも3人から今更離れるなど考えられない…自覚してしまったこの心は、押し留める事など不可能なまでに大きく、そして大事な物になっていた


この時、カナタもまだ無自覚ながら覚悟が決まった

3人が自分の宝であり、家族であり…『彼女』という表現ですら薄っぺらに感じる程に大切な女性である、と

そして自分は彼女達へ男として纏めて責任も、全てを背負える

何があろうとも、共に居る事を

…いつか、自分が何者で何処から現れ、何をしてきたのか、打ち明ける事を


…とはいえ、今はペトラとマウラへどうするか…


異世界転移5年目にして急に色づき始めた色恋事情に、世界を救ったかの英雄も頭を悩ませるのは、仕方の無い事なのであった




ーーー




「どうするべきか…良い策でもあれば良いが絶好の機会を既に逃してしまった…!いやしかし…シオンがそこまで大胆に動くとは思わなかった。もう少し注意して見ておれば…」


「……やっぱり夜…ベッドに入る……とか…?…そこなら逃げられないし…逃がさない…」


「い、いや、夜這いはどうなんだマウラ?あとその「逃がさない」はちょっと行き過ぎかと思うぞ…?」


昼食をつつきながら食堂で顔を会わせるペトラとマウラ


その話の内容は言わずもがな、あの件である


シオンが敢行した行為は2人の間にかつてない程の衝撃を与えており、こうして何日も経過しているにも関わらず、日夜話し合いが行われているのだ


「…でも…シオンは夜這い……しかもお風呂まで行って……上手くいった…」


「うっ…確かに…やるしかないのか…?しかしもう少し…シチュエーションというか、な…その…なんか無いのか?」


マウラは既に突撃でもしかねない気概だが、ペトラはいざ実行となるとちょっと雰囲気とかも欲しいタイプらしく、それが余計に彼女の頭を悩ませる


だからそこ、大胆に裸体で突撃してばっちり決めてきたシオンが羨ましい…それはもう、カナタに理不尽と分かりつつも恨めしい視線を投げかけてしまうくらいには羨ましいのだ


しかも当のシオンは隣で余裕そうにお茶なんて飲んでいるのだから余計に羨ましさへ拍車がかかる


いや、別にわざと余裕ぶっているのではないのだが、マウラとペトラから見ても一線近づけた心のゆとりがどこか違う

カナタの事に対して少し不安そうな部分があっただけに、この落ち着きや余裕はかなり印象を変えて2人の目に写っていた


そしてどんな話をしたのかは彼女から聞いているが、それ以上に「どんなことをしたのか」がめちゃくちゃ詳しく話され、ちょっとディープな話だっただけにその内容は2人のハートに火をつけるのに十二分な着火剤となっているのだ


「まぁ…我はこういう物は巡り合わせだと思うからな。しばし待つ以外にないと思うが…しかし驚いたぞ、カナタがそこまで男気を出すとは。正直、以外の一言だったぞ」


「ん……普段からはちょっとイメージつかない……でも…そういうカナタもいい……。…シオンは…急にカナタに求められて…怖いとか…なかった…?」


「…確かに、こちらから欲しいとお願いしましたけれど、あんな風に求められるとは思いませんでした。普段と違ってカナタの「男」としての顔が見えてたと思います。だけど…怖いとか、変とかは全然思いませんでしたよ。…純粋に嬉しいと思いました。カナタが私の事を欲してくれてるんだ、と…無性に嬉しかったんです」


ティースプーンでくるくると紅茶を回しながら話すシオンは、その大人びた普段の落ち着きのある表情を朱に染めて、その時の光景を思い起こすように目を細めており……その表情を見た通りすがりの男子生徒がトレーの食事をひっくり返し、別の男子は脚を滑らせ、

向かいの卓ではフォークを間違えて自分の手に突き刺し、塩をかける男子生徒は塩が食事を埋め尽くしても気付かない…知らずのうちに周囲を混沌に陥れていた


普段から人目を引くシオンだが、彼の事を考えているからなのか、それとも想い人との情事を経験したからか、前よりも視線を集めるようになっていた


少女らしい可愛らしさの中に、女性らしい艶やかさが増したようで、3人の中でも特に声をかけられる頻度も高くなってきているのであった


「そうか…うむ…そうかそうか…」


「…そっか…ん……そっか……」


しかし、目の前でどストレートに惚気のようにされてはマウラもペトラも気恥ずかしい

2人揃って「カナタに求められる」という言葉にぞくり、とスリリングな興奮を覚えてしまうのは何故だろうか…!


「後、カナタが言っていた事に関して少し調べてみました。この学院の書庫はかなり良いものが揃っているので助かりました…大方ですが、調べはついています」


「む、それは…カナタの『故郷』というヤツに関する事だな?ここ最近分かったことではあるが、カナタの故郷への執着というか、願望はかなりのものだ。それだけ望んでいながら辿り着けないとは、穏やかな話ではなかろう」


「……転移も出来ない…だっけ…?…転移の魔法具もカナタが造ったって……でも…そんなの造れるの…?」


「…それが、どれだけ調べても転移魔法を物に付与する、なんて芸当は前例がありませんでした。確かに古の『神話遺物オーパーツ』ならば…と思いましたが、過去数百年の出土した神話遺物オーパーツの中に転移を可能とする物はありません。現代の魔法技術ならば、魔方陣や効果付与の組み合わせ、転移先を限定し莫大な魔力を使用する条件付きでの転移が可能ではありますが…それも『転移の為に起動する魔法そのもの』です。古今東西、『手の平に乗る魔法具で小魔力により起動する転移を行うアイテム』は…一切存在しません」


魔法具とは『魔法機能を付与され、動力たる魔力を充填することで付与された魔法機能を起動する』アイテムである

しかし、この世界の最先端の魔法科学で実現出来る転移魔法は、様々な機能の魔法具や魔方陣を組み合わせ、膨大な魔力で魔法を構築し『転移』という現象を実現させる為の大掛かりな『魔法』なのだ


『魔法機能を付与された物が付与された魔法を起動する』と『実際に魔法を構築して現象を起こす』、魔法具と魔法とでは原理が違う


魔法具に魔法を込める方が難しく、込める魔法の難易度によってその作成難易度も跳ね上がるのだ

実際の魔法を完全に再現できる魔法具程高級品であり、そして完璧に再現できる程大型化しやすい


例えるなら魔法具はガラケーであり、魔法は家電話のようなものである


「成る程のぅ。つまりこういうことだな?……と」


「…ん……でも…カナタは実際に持ってる…自分で作ったって言ってる羅針盤を…。…カナタ、私達の装備も作ってくれた……多分…カナタが自分で作ったっていうのは……ウソじゃないと思う……」


「はい。そしてもう1つの疑問があります。…転移出来ない場所とはどこでしょうか?」


「……遠くはダメ…とか…?」


「いや、転移に距離は関係あるまい。精々使う魔力が増えるだけで転移不可能な条件にはならんはずだ。それに関しては少し知っておる」


指を1本立てたペトラには心当たりがある、そう言った

シオンも調べきれていないその情報は、彼女が元より知っていた事


「1つは物体の中…地面や壁の中には転移出来ん。出来たとしても生き埋めになってしまうか、最悪は体と地面が混ざりあって即死だろう。水中も同じ理屈でダメだな。もう1つは魔力が異常に濃い空間への転移だ。転移先を固定する為の魔法が妨害されてそもそも転移が出来ない。これを利用した転移妨害の結界もあるくらいだ、まず無理だろう」


「どれも人が住む場所とは言えません。故郷、という条件からは外れそうですね。と、なると…ますます分かりませんね…」


はぁ…と眉間を摘まんで溜め息を漏らすシオンに元より首を傾げているマウラ

まだまだ謎は多く残っている、ということだ

しかし…


(いや、まさかな………最後の1つの転移不可条件…『この世界の境界を越える』ということは……)


ペトラの脳裏に、1つの疑念が思い浮かぶ

その疑問は後に、真実に手を掛ける足掛かりとなる


ーーー


「カナタ先生、少しお時間を頂きたい。着いてきてもらってよろしいか?」


旅行から帰り数日が経つ頃、授業も全て終わった時間にそう言って廊下に立ち塞がったのはラヴァン王国王太子レインドールとその友人、ユータスとオルファの3人であった


既に帰る生徒は皆下校しており、太陽も夕陽と呼べる高さになった時間であり、この廊下にも彼らとカナタ以外に人影はない


一教師がこの国の王太子に、生徒と教師の関係とはいえフリーの時間に呼び止められるというのは非常に珍しい

基本的に王族は波風を立てないようにするのが一般的だ

彼とのパイプを作りたい下心のある下っ端貴族や野心家でもなければ教師も王族とは深く関わり合うことはほぼ無いといってもいいだろう


「レインドール王子、どうかしましたか?お話でしたらここでも…」


相手はこの国の第一王子で王位継承者である

カナタも物腰固めて珍しく敬語で畏まった話し方をするが…レインドールの目にどこか勢いと呼べる強い感情を感じるのは気のせいではないだろう

「はて?彼に何かしてしまっただろうか?」と思い返すが、カナタの記憶には全く引っ掛からない

元より彼とは一切関り合いが無いのだから心当たりがあるはずもないのだが…


「いえ、ここではダメだ。向こうへ場を用意してあるので、そちらまで来て欲しい」


欲しい、と言っているが口調は有無を言わせない構えだ


穏やかじゃない…地球のテンプレならば「校舎裏に来いよ」、という奴なのでは?と下らないことを考えながらも黙って着いて行くが、その間も沈黙が続き、何も知らずに後を着いていくカナタはちょっと気まずく感じつつ


少しばかり歩いていれば段々とどこに向かっているのかは嫌でも分かってくる

そこはカナタと授業で使ったことのある、見慣れた、と言ってもいい場所…広大な建物に、見合うだけの大きな土が敷き詰められたグラウンド。鉄板で周囲を囲まれ天井からは強力な光を放つ魔法具をランタンのようにいくつも吊るしてあり、その広大な空間に隅々まで光を行き渡らせていた

そう、実戦の講義でも使用していた室内運動場である


ドーム状の屋内に広大なグラウンドが広がったそこは、当然ながら誰も居らず、そんなだだっ広い場所に4人だけの足音が響く


丁度円形のグラウンドの真ん中あたりで立ち止まったレインドールはカナタの方へと振り返り、鞘に収まった剣を地に突き立てる姿はまさに王の資質を感じさせるだろう


それが1人の教師に向けられているもので無ければ、これから演説でも始まるのではないかと思えるほどにレインドールと彼の纏う空気は緊張感を伴っていた


「お話があって、ここにお呼びした。カナタ先生…いえ、カナタ・アース殿」


呼び直された…いや、何か呼び方が違う

先生としてではなく、カナタ個人を名指しで呼んでいるのに不穏な気配を感じるカナタ

王族貴族に関係するとロクな事にならないのはこの世界に来てよ~く知っており、ここにきて今度は王子からの厄介事か…とげんなりしていた


『適当に流しておくか…』と思った矢先、ある意味カナタからすれば何よりも流せない言葉が彼の口から放たれる


「1人の男として…俺は貴方にシオン・エーデライト嬢との交際を賭けて決闘を申し込む!」


「………なんだって?」


聞き逃せない、その言葉

小さなカナタの声が、やけに大きくレインドール達の耳に届いたのは気のせいでは無い

どこか教師として…いや、被せていた皮を脱いだカナタの本当の部分が垣間見えたのだろう


どこかやる気なさそうで、ちょっと適当な感じで、さっきまで王太子相手に言われるままに追従してここまで来た男はどこにも居なかった


……これが数日前までなら違ったかもしれない

『なら、適当に勝っておいてシオンの意思を確認しないと…』等と考えていたかもしれない

しかし、あれだけの事があった…あれだけ自分への心をぶつけてくれたシオンのことを…そう考えるだけで少し冷静ではいられなくなりそうな自分に、カナタ自身すら驚いていた


「私が勝った時は、俺とシオンの婚約をさせて頂きたい。勿論、俺は国王となった暁には彼女はこのラヴァン王国の国母となるが、不自由もさせないし、彼女の要望は可能な限り叶えよう!だからその時は、貴方に彼女の事は諦めて…」


「少し…少し黙れ、レインドール・ラヴァン・グラフィニア…」


弁に熱が入っていたレインドールが被せるように言葉を遮られて初めて、カナタの異様に気がついた

目を伏せ、目蓋を揉むように手を当てる姿からは彼の表情は見ることが出来ないが…


彼の立つ地面がミシミシと軋む


グラウンドの砂を払いのけ


空気の唸るような音が響き渡る


目の前の教師が放つ魔力の波動が、彼の心情をまざまざと表しているのは明らかだ


「まず1つ……シオンのことを決闘の景品扱いしたことが許せない。アイツを賭けの賞品に見立てる奴に、『はい分かりました』と俺が頷くと思ったのか?」


「ッそ、そうではない!俺は真剣に彼女の事を思って言っている!だからこそ、貴方に…」


「もう1つ…なぜ俺に勝負をかける?シオンのことを想っているなら話しかけないといけないのは俺じゃなくてシオンだろ?…俺に勝ってから『カナタ先生は貴方を決闘で手放した』とでも言うつもりだったか?」


「そういうわけでは…ッ」


「だからと言って、直接シオンにプロポーズするような横恋慕をマジに押し通すのはどうかと思うけどな…少なくとも、それを伝える相手は俺じゃないだろ。お前は…シオンの意思を全部潰して自分の女にしようとしただけだ」


相手の冷たい目線と凍るような口調がレインドールにのし掛かる

『違う』『そんな悪党のような真似ではない』『自分の方が大切に出来る』…そう本気で思っていたし、反論しようとしたが…彼の言葉を否定できる材料がどこにもない


そして、あくまでも心のどこかでは慢心があった

この男よりも自分の方が容姿も優れているはず…

権力だってこの国1だ

腕っぷしだってこの学院でも有数だ

財力だって比べ物にはならないだろう

…そんな自分と居た方が幸せに決まっているだろう


そう思っていた部分が心に在ったのは確かだった

なのにこの敗北感はなんだ?


そう思っていた自分が…男として、女を想う心の在り方が劣っていると、気付いてしまった


全部否定しようとしても、自分がとった行動は何も否定させてくれない事に気がついた


…自分が恋心を抱いた少女に、既に男の影があり短慮に走ったのは事実だった

余裕もなく、ただその男が気に入らなくなり『実は彼女にとって良くない男なのでは?』と妄想が膨らんでいたのも事実だった

自分が彼女を救う正義の騎士になっている…つもりだった


自分は…睦まじく寄り添う男から、武力でパートナーを奪い取ろうとしていただけなのではないのか…?


彼の言葉で自分を振り返れば、なぜそう考えを膨らませていたのか…自分への自信がみるみると縮んでいくのを実感してしまった


「俺はシオンの事が大事だ。…いや、正直に告白するならシオンと、あと2人…何をおいても大切に想う女性がいる。何に代えても、彼女達を守る…俺の側に居て欲しいと思う、死んだ先まで共に在りたいとさえ思う。だからこそ…お前との決闘は受けない、受ける価値が無い。なぜなら…」


「…シオンに…いや、他の2人も含めて、それに釣り合う物なんて何もないから、か。ははっ、それはそうだ。貴方が勝っても何も得をしないなら、決闘の価値などないだろうな」


はぁ…と溜め息をついたレインドールは先程までの勢いを沈めてカナタの言葉に続ける

どこか納得したのか、落ち着いた様子で、しかし少しばかり残念そうに

そして、それは後ろにいた2人も同じだった

どこか居所の悪そうに斜め下をみる彼らを見てカナタもどこか感付き始め…


「…あー…もしかして、そっちの2人も、か?」


「ま、まぁ…相手は違いますが似たようなものです…」


「言う前に察されると流石に恥ずかしいな!おう!その通りだ!」


気まずそうなオルファと、豪快に笑いながら言葉を濁さないユータス

確かに3人とも入学試験の時から目立っていたが、まさか王子と側近まで陥落しているとは思わず…今度は呆れたように額を抑えるカナタ


『罪作りな奴らめ…』と3人の少女を思い浮かべながら…その前向きな姿勢に少しだけ認識を改める

王族貴族であれば権力に頼っての強奪なんて事もあり得なくはなかった

レインドールが自分を見ることができず、ただ短期で癇癪を起こした場合はシオン達を連れて家に戻ることも考えていたのだが…


…彼女達を諦める様子は見えないが、彼らへの印象を改める


…少しだけ、彼らへ興味が出てきた



「…3人とも、一戦やろうか?」



少し考えた末に、カナタの口から突然出た言葉は、レインドール達を驚かせるのには十分だった



「決闘…ではなく?」


「ああ。決闘じゃない…『授業』だ。少しだけ、カナタ先生がお前さんらに稽古をつけてあげようじゃないの」


剣呑な雰囲気はどこへやら

冗談めかしたように言うカナタに僅かに眉を動かすレインドール

年齢で言えばカナタと同じ歳の筈…そして王族としてこの国でも最高の教育と修行を行ってきた自分に「教える」というのだから、プライドも刺激されると言うものだ


そしてそれはユータスとオルファも同じだった

方や軍部の長の息子であり、武には幼い頃から付き合ってきた

方や宰相の息子であり、宮廷使えとなるべく魔法の英才教育を施されている

この学園では間違う事なきトップレベルの腕前なのは確かだ


「しかし…俺らは貴方が受け持ってる学年とはレベルが違う。強化に関してかなりの腕前とは聞いているが…」


毅然と、自身の持つ力へのプライドと自信を元に言い放つレインドール

それも当然だろう

カナタの受け持ちは入学したての生徒達であり、未だ戦闘においては初心者ばかりで

一部の生徒を除けば教えられることは多々あるのだろう…と考えるのは当然のこと


「おう、そこはレインに賛成だ。俺はオヤジにも色々仕込まれてっから実際に手を合わせるとなるとかなり危ないぞ?」


「カナタ先生はまだこの学院に来て日が浅いからだ分からないと思うけど、ボク達はこれでも学院で上からすぐ数えられるくらいには強いんだ。申し出はありがたいけど…」


そこにおいて、ユータスとオルファの意見も変わらないのも当然だろう

事実、彼らに実践を教えられる教師は一部の最前線を引退したような古強者や親戚筋から腕の立つ者に教えに来てもらうくらいだ


ぽっと出の同い年の男に教わることは無いと、驕ることなく当たり前のように判断したのは当たり前のこと


「いや、強化だけじゃなくていい。武器でも魔法でも何でも使っていい。戦う…という事を少し教えようと思って、ね」


何気ないようなカナタの言葉は一般的にかなり危険な物であり、武器も魔法も全て有りの戦いとは即ち、決闘や殺し合いと判断されても仕方の無い事である

それを「稽古」とすることが出来るのは両者の間に圧倒的な強さの壁がある場合のみだ


恐らく、目の前の新任教師は自分達の力を知らないのだろう…そう思った

もとより決闘に勝つつもりだったのだから、あくまでも実力は競っているのだと…思っていた





突然、視界がぐるり、と回転するまでは



「はっ…?」


どさ、と衝撃を背中に感じたレインドールは、なぜ自分の見る景色が天井に変わっているのか一瞬理解が出来なかった


「おわっ」「なんっ…」


自分と同時に声をあげたユータスとオルファの方を見れば、ユータスも自分と同じく仰向けで転がっておりオルファは真後ろに向けて仰け反り倒れてる最中だった

そんなオルファの目の前…ほぼゼロ距離で人差し指を突き出したカナタの姿を見て初めて…自分とユータスが認識も出来ずに1回転も転がされ、オルファが額を突っつかれて倒されている状態だと認識した


ぶわ…とレインドールとユータスの背筋に冷や汗が滲む

不意打ち…とは呼べない

自分達は真っ正面から何歩分も離れた場所で向かい合っていたのだから、不意も何もない状態で、倒れて初めて何かされたと分かる…


これが、カナタが自分達を殺す気なら…?

前衛の2人を瞬殺して後衛のオルファも脳天に一撃…理解する間もなく始末されているこの状況に戦慄を覚える



「さぁ立って。3人纏めてかかっておいで」



悠然と立つカナタの表情は先程の怒った時や気の抜けた時とは違う…見定める目付きと不敵な笑みが、只の教師ではないことを物語る


彼の言葉に、驕りや見栄なんてどこにもない


出来るからだ


本気の自分達を3人纏めて稽古することが出来るから、当たり前の提案をしただけなのだ


「…やるぞ、ユータス、オルファ」


「ほ、本気でやるんだね?これ…」


「おう…手加減なんて考える相手じゃねぇぞこの人」


集まり、言葉を交わす3人

そこに、先程までの余裕と、自分達の力を分からせようという不遜はどこにも無くなっていた

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