第28話 異世界における登竜門


あちゃー……と手の平で目元を覆うシオンとペトラ


冒険者ギルドなど使用したことがないのだから仕方ないと言えばそうだが、あまりにも無遠慮に入りすぎた


面倒なことに…と思う3人だが、マーレ達はそうも楽観的にいられない

荒事など関わったことがない少女にとって大の男にどやされるのは相当に恐怖を感じるもので、現に顔を青くしているのが後ろからでもよく見える


こちらに迫ってくる男は少女達より2回りも3回りも大きい体、2mを越えるであろう背丈にがっつり筋肉を乗せたガタイは迫力満点であり、良いところの家で大事に育てられたマーレ達には未知の恐怖を感じる物だ


他の冒険者達も立ち上がったり動いてるわけではないが、その場でこちらの様子を見ながら性格の悪そうな笑みを浮かべている者が多く居る


「何黙ってんだ?さっきみたいに楽しそうにしてろよ…おい!聞いてんのかッ!?」


すっかり震え上がってしまった3人にある意味で気を良くした男はヒートアップしていき、近くの壁に拳を叩きつけては大きな音を響かせていく


「ご、ごめ…なさっ……そういうつもりじゃなくてっ………っ」


マーレもそんな男の様子にすっかり縮んでしまい、言葉も端まで言えずに息が詰まっているような状態だ

…ここで彼女が「自分はこの国の王女です!」と言えたのならまだ違ったのかもしれないが、マーレは立場をひけらかして何かをする性格ではなく…ここに来てその性格が仇となっている


「あのなぁ、お嬢ちゃん達。オレたちゃ命賭けて日銭稼いでこの町の平和に貢献してやってんだぞ?それをよぉ…」


わざとらしく、恩着せがましい言い回しに役者ぶったような口調は明らかに自分に怯える少女の反応を楽しんでいる様子…それにまんまと怯える3人と対照的なのがシオン達の方だ


(のぅ…これはどうするべきだ?普通に王女へ喧嘩を売るアホにしか見えんが…この国の王女の顔も知らんとか、そんなことあるか?)


(冒険者は国境を超えて旅をする仕事が多いですから、恐らくこの国の出身ではないのでは?そもそも、この学院の制服はある程度は知名度のある物だと思いますので、これを見て思い留まらないのであれば、そもそもの見識が足りないとしか…)


(……ちょっと臭い、この人………)


彼女達からするとあまり強そうにも見えない男が相手も知らずに調子にのっている…という風にしか見えない。というか、実際その通りだ


見てみるとギルド職員は…カウンターから居なくなっている

まさか無干渉か…?と眉を寄せるペトラも流石にこれ以上好き勝手されるのも気分がよくない、とシオンとマウラに視線を送り、2人も小さく頷いた


「お話中すみませんが…その3人に絡むのは止めた方がいいかと思います。3人共、手を出すと非常に面倒な事になる御家の人ですので」


シオンがそう割って入りながら、マウラとペトラが3人を自分達の後ろに下がらせる

この状況で慌てることもないシオン達の姿はマーレ達からすればとても頼もしく映るだろう


シオン達も人を相手に戦った経験はカナタと他数名程度しか無いが、この相手からは魔神族を前にした時の様なプレッシャーや圧力も感じない

もし荒事に発展してもどうにかなると判断したのである


「おいおい、俺はそっちのお嬢ちゃんと話してたんだぞ?ってか、どんだけいいトコの娘でもルールは破ったらダメだろ?それとも、金持ちは珍獣の見物でギルドに出入りするのが常識なのか?」


「いえ、そういう話ではありません。そもそと、貴方の行為があまりにも大人げないという事ではありませんか?何も知らない少女を怒鳴り散らかすのが冒険者なら、珍獣扱いでも致し方ないのでは?」


ここに来てシオンも静かながら語気を強めていく

周囲の冒険者も少しビビらせて終わりだろう、と思っていた筈が、まさか少女達の方から喧嘩を売り返すとは思ってもおらず次第に止めるか否かの判断を迷い始めていた


煽るような口調の男もシオンの皮肉に青筋を立て、シオンとの距離を眼前まで積めていき屈むようにしてその端整な顔を睨み付けていく


「口のきき方に気を付けた方がいいぞ?お前みたいなガキが、こういう場で身分頼りしたって誰も助けちゃくれねェ。ほら、こんな風によ…」


男の大きな手の平がシオンの肩を掴もうと…恐らく怯えるようにゆっくりと近づけていき、彼女の肩にその手が触れる瞬間…マウラが突如としてシオンの真横、ぴょんと宙に跳ねた姿勢で現れる


それも、拳を引き絞った状態で


シオンに手を出して来るようなら喧嘩上等

このまま潰してしまおう…彼女達の事前の打ち合わせは最初から決まっていた


男が突然現れたようなマウラに眼を剥きながらも、僅かにその口角を吊り上げ…





「はい、そこまで」




またも突然、マウラの後ろに現れたカナタが彼女の拳を抑え、体を抱き寄せるようにして男から引き離したのであった


「「「先生!」」」


マーレ達もここにきて自分のクラスを受け持つ見知った男が現れたことに安堵の声を漏らす


入ってきた瞬間は全く気付かなかったが、今はそんなことどうでもよく、揃ってカナタの後ろに避難して来ており、シオン達もいきなり割って入ってきたカナタに驚きの表情を浮かべている


「っ…カナタ……でも…こいつがシオンのこと……っ」


「いーや、よく見てみ」


ちょい、と指をさしたカナタの指先を見つめるマウラ達…そこにはシオンの肩に手を伸ばして触れる…直前でぴたりと止まった男の手があった


マウラかこのまま殴り飛ばしてもシオンは肩を掴まれていただろうタイミングだが…まるでわざと直前で止めていたかのような姿勢だ


「冒険者さん、あんたも意地が悪い。世間知らずの小娘、許してやってくれない?」


「なんだお前…こいつらの世話係か?」


「まぁ似たような感じ」


男も目の前にふ、と現れたカナタに不気味なものを感じており、飛ばした手を引っ込めて後ろに下がっていく


ぱっ、と手を離したカナタから解放されたマウラも不完全燃焼で少し不機嫌そうにしており、シオンとペトラも似たような視線をカナタに向けている


「止めんでくれ、カナタ…先生。こやつら、好き勝手言っておったのに加え、シオンの肩まで掴もうとしておった。ギルドはこんなことまで許される場所なのか?」


不満です!と言わんばかりよ表情でカナタに訪ねるペトラ

それに対してカナタは「あー、なんだっけ…確か…」と何かを思い出そうとしており…


「確か…『ギルド登録者はギルド来訪者並びに依頼人に対し、正当防衛意外でと武力の行使が許されない』…だったか?」


「ッ…おい、なんで世話係がギルド規定を知ってんだ」


それを聞いて反応したのはシオンに手を伸ばした男の方だった

「やっぱり知っててやったな、アンタ」と、その反応を見たカナタも苦笑いしており、そんな様子を「?」を頭の上に浮かべる少女達


「まぁ、要するに…先に手を出してもらわないと冒険者側から余程の事がない限り手を出しちゃいけないってこと。だから寸止めで先に手出しされるのを待ってた…と」


なんとも大人げないやり口に開いた口が塞がらない少女達

「ちなみに、一応俺も冒険者…殆んどギルド使ってないけど」とカードを取り出すカナタだが、灰色のカードは礫級冒険者というギルドでも冒険者に成りたてを表すもので、思惑を潰された男もこれには余裕の笑みが戻る


「よりにもよって灰色かよお前!俺が何色か分かるか?銀色、お前より2つ上の銀級だぞ?カッコつけんのは止めとけよなァ!」


見せしめ…回りの冒険者にも聞こえるよう大仰に言い回す男に対し、カナタは「いやぁ、お恥ずかしい」と頭の後ろに手を回している辺り、本人は全く気にしていないらしい


しかし、これに黙っていられないのは当然彼の後ろに下がっていた少女達の方である


「…聞き捨てなりません。あなたのような女の子相手に理由をつけて喧嘩を押し付ける様な男よりカナタが下な訳がありません」


「…やっちゃえ…カナタ……」


「そも、銀級とは見習いを除けば下から2番目なのであろう?こやつ、何を威張っておるのだ…」


彼を知る少女達からすれば当然の事ではあったが、当のカナタは「こら、『先生』が抜けてる!」と緊張感がすっぽぬけており…腹を立てるのは男の方であった

カナタの後ろから大きな手が肩を掴み、ミシミシと怒りを込めた握力が伝わってくる


「おい、どけよ灰色。そこのガキはちゃんと『教育』させないと分かんねェみたいだからよ、ここは俺がしっかり分からせてやらねェとダメじゃねぇのか?ん?なんなら、ついでに男も教えておいてやるからよ、そこのガキ3人、一晩借りるぞ?」


なりふり構わず…元より気が短い男が散々と自分より下の筈である少女達に煽られ完全に頭の血管が切れてしまっているようだ

礫級のカナタに少し力を込めて脅しをかければすぐに少女達を明け渡すだろう…


そう思っていたカナタの肩を掴む男の手を、彼のもう片方の手が指差しており


「…なぁ、これ。やり返しても良かった?」


それを聞いた傍観中の冒険者達は一拍おいて腹を抱えて笑い始めてしまう


「おう!やっちまえよ小僧!」「囲ってる女のピンチだ、カッコつけろ!」「負けたら俺らも教育係させてな!」「おいおい、ボォルの奴、殺しちまうんじゃねぇか?」


普通に考えて、礫級の冒険者が2つ格上の銀級冒険者に勝てる理由は存在しない

威勢の良い少年がその鼻っ柱を折られる、そんな筋書きにヤジを入れる冒険者達に、カナタはすこし安心したように…


「あぁ、やってよかったんだ。から、ダメだったら悪いなぁ、と」


一瞬、何を言っているのか分からない、と言った周囲の冒険者達であったが、次の瞬間、ゆっくりとカナタの真後ろを取っていた男の巨体が後ろに傾き始め…姿勢を取り戻す気配もなく思い切り背中から倒れ伏したのだ

それも、思い切り白目を向いて、である


誰かが「はっ?」と気の抜けた声を漏らし、沈黙が漂うギルドの中でカナタだけが「はい、終わり終わり。出ようか」と少女達の肩を押すようにしてギルドの出入り口へと向かっていく


カナタを知る3人は満足げにしているが、あわあわとしているのはマーレ達の方だ

しかし、あの騒ぎを起こして尚、ギルドに留まる気も無く押されるままにギルドから出ていく事に


「おい!何したんだ今の!?」


生徒を外に出したカナタの背中に向けて声を立てる冒険者の1人

どうやらこの倒れた男の取り巻きかパーティーの一員なのだろう

その言葉通り、この場にいる冒険者全員が、カナタが棒立ちのまま何か攻撃を加えた場面を見れていないのだ


先程までの当たり障りない雰囲気とは違う、何か異様な雰囲気を纏うカナタに対し、もはやヤジを入れられる男は居ない

そのカナタの目も、床に倒れ伏す男を見下ろすそれはまるでゴミか害虫でも見つめるような冷たい視線を投げ掛けている


「ちょっと気に触ったから…多分数分で起きるんじゃない?…いやこういうの初めてやったから自信ないけど」


そう…こんな場面に出くわした事など一度もないカナタは内心…



「これ殺っちゃってないよね…?」と焦っていた!

こんな漫画の強キャラみたいな動き…確かに憧れはあったけどまさか実践の機会があるなんて…と思わずやってみたは良いが、力加減は完全にアドリブ!

実際、シオン達に向けられた言葉に頭へ血が登ってしまったこともあり、今になって冷静になってきてしまったカナタは騒然となるギルドから一言だけ残してそそくさと出ていってしまうのであった


ーーー


「立てよボォル!しっかりしろって!…完全にノびてる…ッ」


取り巻きと思われる冒険者が倒れた男に駆け寄って、揺さぶり頬を軽く叩くも完全に反応は帰ってこない

息もしているし出欠などの外傷もない…


実際、この場にいた冒険者は銀級から上がれずに燻り、そのストレスから素行も悪くなって腐っていた者達であり、その取り纏めがカナタに倒されている男だった


一般的に初心者の銅級からはすぐに昇級できるが、銀級から1つ上の金級に上がる為には難易度の高い依頼の達成やギルドの信頼が必要だ

冒険者で成功できるか否かのふるいがここでかけられるとされており、多くの冒険者が銀級のまま引退まで行くことも珍しくない


そして、燻る冒険者ほど冒険者歴だけが嵩んでプライドだけが膨らんでいくものである


「あのガキ、何かおかしな手でも使ったんだろ!金持ちのお抱えの世話役だ、金で買った魔道具でも使って…!」


あくまで自分達の取り纏めが倒されたのは金に物を言わせた力…いわば実力以外でやられたのだ

そんな手を使われなければジブンタチのような銀級の冒険者が礫級の少年なんかに…




「デコピンだ」



その声は受付のカウンターから聞こえてきた


見れば巌のような老齢の…歳を感じさせる貫禄ながら筋骨の鍛えられた肉体をした男がカウンターから受付嬢を伴って現れたのだ


受付嬢が息を僅かに上げているのはトラブルが起きてから急いでこの男を呼びに行ったかららしい


「ギルマス!なんであんたが出てくるんだ!」


「バカがトラブルを起こしたと聞いたからだろうが…ギルドで腐ってたむろしてないで依頼の1つでもこなして来いバカ共ッ!お前らのような輩が居るから冒険者の印象が廃れていくんだ!」


まるで獣の咆哮のような覇気を纏った一喝に縮み上がる冒険者

彼こそこの冒険者の街とも言われ、王国の東を象徴する大都市ユカレストの冒険者ギルドを任された男

勇者が最初に立ちよったギルドの統括者にして魔神対戦中、街の統治者と共にこの街を守り抜いてきた古強者


グレンディエル・バーデクス


88歳の老人でありながら、未だ現役である


彼に真っ向から喧嘩を売れる冒険者など殆ど居らず、ましてやギルドに居たような男達では完全にネズミとライオンだ


「まったく…お前達が喧嘩を売った相手が誰か分かってるのか?…この国の第一王女だッ!威勢だけ膨らんだバカ共が…極刑で首を落とされる大事件だぞ!?」


口癖なのか、バカバカと何度も口にする男だが反論などできる筈もない

むしろ自分達が絡んだ相手がこの国の王族だったと知り顔を青くする者ばかりである


そんな中、ギルドマスターの後ろに着いてきていた受付嬢がやや息を整えながら困った顔で震え上がる冒険者達を見つめながら、ふと…


「…って、デコピンってなんです?」


「んぁ?…あぁ、あの小僧がな。そこの木偶の坊の顎先にパチンと1発、デコピンいれたんだ。それであのザマだ、バカが…」


「あの、私には何にも見えませんでしたけど…」


「見えてなかったのはそこで縮み上がってるバカ共も同じだ。…しかし、驚いた。礫級の冒険者であんな動きはあり得ん。恐らく、身分証の1つとしてギルドカードを登録してあるんだろう。本来なら呼び止めて事情の1つも聞きたいとこだが…」


はぁ…と深々と溜め息を着いたギルドマスターが伸びた男を残念そうに見下ろし、それを見た受付嬢も「あー…」と苦笑いを浮かべる


ギルド側が止めに入る前にここまで綺麗に成敗されてしまっては、呼び止める理由も何もない


あわよくばその実力をこのギルドで振るって欲しい願いたい程だがここまで失礼を起こした後ではなんとも言いづらい話になってしまった


「そういえばあの人のギルドカード、大戦前のでしたね。結構若い人だったけど…」


ふ、と思った疑問が漏れる受付嬢

ギルドカードは魔神大戦が終了したのを機にデザインが一新されている

大戦が終わった記念の1つではあったのだが、明らかに10代と若そうな男が大戦中のギルドカードを持っているのは少し不思議な話だ


カナタはギルドに近寄らない故に、その事など一切気にしていなかったのだが…


ーーー

【sideペルトゥラス・クラリウス】


「…あだっ」「いたっ」「ぬぉっ」


冒険者ギルドを出てから少しして我らの頭に落ちるカナタの拳は、落としているだけなのに妙に痛く感じてしまう


…いや、我らも抜けておったのは確かだがあれは向こうも悪いであろう?


「ギルドなんて冷やかしに行く場所じゃないぞ?あそこは一応命掛けて仕事してる奴の場所なんだから」


「と、とは言え…あまりな言い掛かりではなかったか?我ら、そこまで大騒ぎしていたわけではなかったであろう?」


「正直、あそこにいた奴らは腐ってたけど、怒る理由は分かる。それに、あの言い掛かりは頭に来たからちゃんとお仕置きしたろ?」


…そう言われればそんなのだろうか

冒険者というのはあまり知らないが、あのような輩を見てしまえば粗野な連中と世間が見てしまうのも無理ないのではなかろうか


マーレ達は何やら外で待機していた教師にカナタが預けてしまったのだが、あのヘコヘコした教師達では説教の1つもしなさそうだ


しかし…


「…よかった。あの物言いが癪に触ったというのは、素直に嬉しかったぞ。時折カナタは兄や父のように振る舞ってくれるが…女として心配してくれたか?」


「ェッ…あー、その、一応な?ほら、変なトラブル嫌だろ?いやぁ、保護者としてとか…」


くくっ…焦っておる焦っておる

うむ…あの歓迎会でのダンス以来、しっかり意識は持たせることが出来ておるな

やはりカナタには押しに押すくらいよ勢いの方が良さそうだ


この男、普段は割りと勘が敏い癖して我らの事は妹分としか見ておらんかったからな

あの夜はいい機会だったろう


それとなく毎日アプローチはかけているが、なんだか上手く躱されているような感じだ

…やはりここは、本当に同じ湯に入るしかないか…?


いや、しかし…以前大見得切って誘いはしたが恥ずかしいものは恥ずかしい…


「ペトラ」


「…ん?」


「…あんま心配かけないでくれな。昨日の一件で十分胆が冷えたんだから」


「…うむ」


視線はどこかへ、声だけをこちらに向けるカナタ

その声は茶化す様子もなく、 そう…安心というか、落ち着けたような、そんな様子


「すまなかった。ちと…先行が過ぎたかもしれん」


普段はどこかすっとぼけたり、気の抜けたような印象があるカナタ

それが、嘘のような有り様に不覚にも…ときめいた

これがあれか…「ギャップ」という魅力か…!


「…なんか変なこと考えてる?」


「いや、何でもないぞ?」


…いかんいかん、勘がよいというのをさっき思ったばかりであったな


む…そろそろシオンとマウラの視線が痛くなってきた…

なんか今にも割って入ってきそうだ


マウラの尻尾がシオンの尻をペシペシと叩いて、シオンは背の低いマウラより一歩前に出るよう動こうとしている


あからさまに「次は自分だ!」と無言の言い争いをしているのだが、奇跡的というか上手く死角でやっているのか、カナタは一切気付かない


「…行こう、カナタ。我らと町でも回らんか?仕切り直し、ということで、な?」


何気なく、ふと手を差し出してカナタを誘えば少し目をパチパチとしてから優しく笑って我の手にその手を重ねてくれる


激しくない、でもちょっとフワフワとする胸の高鳴りと満たされていく心が言い表せない幸福感で満たしてくれるのを感じ…「あぁ、やはり、好きだなぁ、我」と何の疑問もなく思ってしまう


シオンとペトラの元まで僅かに数メートルの距離だが、そんな僅かな間だけでも…


我はこうしている事にどうしようもなく満たされているのだから


ーーー


「…決闘だ。やはり…それしかない」


「いや、いやいやいや落ち着きなよレイン」


ヒュークフォーク魔法学院の一室


そこで3人の男子生徒が顔を合わせて話し合う姿があった


まるで地球の学生が学校で1つの机に弁当を寄せるかのように、椅子を3つ向かい合わせて話す姿は他の誰も見ていない

この場には彼ら3人しかいないのである


「言いたいことは分かるよ?あのダンスの時から…ボクだって腹の中は同じ考えさ。でも…流石に短絡的すぎるよ」


「しかし、しかしだオルファ。あの新人教師と彼女の間に何があったか分からないだろ?…むしろ何かあって渋々そう見えるようにさせられてる…そうは考えられないか?」


「いやいや、無理があんだろ。俺もまぁ同じような立場だから考えたいのは分からないでもないがよぉ…」


「うん。あんまりにも決めつけが過ぎるよ。むしろ、彼女…達が彼とどんな絆を結んでるのかも分からないのに気に入らないからって決めつけで入るのは人としてまずいよ」


そう、青春のど真ん中

惚れた腫れたの真っ最中にある3人組である

王太子であるレインドールに宰相の息子オルファと軍部大将の跡取りユータス


頭を抱えながらなにやら暗い瞳で空を見つめながら言い出すレインドールに2人からの窘めが入る辺り、オルファとユータスはまだ分別が着いている様子だが…


レインにとっては衝撃的な初恋であり、今まで自分に近寄る女性に興味もなにも示さなかった故にその執着と言うべき想いはかなり重たい


既に新人教師が何かした…という前提で自分が助けに入るストーリーを何とかして押し通したい程に、だ


対するユータスは性格的にも大雑把で考え方もシンプル

「アタックはするけどダメなら仕方ないか」

という考え方だ


オルファもペトラへの思慕はあるものの元の性格から客観的かつ倫理的な思考は誰よりもしっかりとしており、正道か邪道かの判断は例え自分の事でもしっかり判断している


レインドールよりも2人は重症ではないのだ


しかも日に日に症状が悪くなっていく様子すらあり、これまで王の息子として、その立場も才覚も1級であったが故に手を伸ばしても手に入らない物が…それも伴侶となるパートナーという重要で人生を左右する宝物が懐に無い…そんなことは彼にとって初めての経験なのだ


「クソ…っそもそもなんなんだあの男は?入試の時から3人に付き添っていたみたいだったが…保護者にしては若い、というか俺らと同じ年だろ?」


「だね。『カナタ・アース』17歳…出身、経歴、住所共に不明。卓越した身体強化の使い手であり、聖女ラウラを除けば今期唯一の新任教師合格者。その強化は鋼鉄の剣を素手で叩き折り、オーゼフ師の一撃を受けて事も無げに立ち上がる…。話によればヴァイデン将軍の愛弟子も見事に脚を掬われたらしいよ」


「俺もカナタって教師と一発交わしてみてぇな!いくら強化が得意って言っても鉄剣を素手で叩き返してへし折るなんで普通じゃねぇよ」


「…なんにせよ、だ。この学院に奴が帰ってきたら一度勝負をかける。彼女も…シオンもそれを見れば思い直す部分もありるかもしれないからな」


えぇー…とオルファの視線が非難がましくレインドールをじっとり見つめ、「やれやれ」と掌を上に向けて肩を上げ溜め息をつくユータス


そんな2人の様子は、まるで自分に酔うかのようなレインドールの目に入ることは無いのであった


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る