第27話 師匠知らずと世間知らず

「クソっ、あの小娘共……!ぐっ…!俺にこんなダメージを…!」


「あーあー、大人しくしてなってゼウル。認めたくないと思うけどがっつり重傷じゃんソレ。あのカワイ子ちゃん達にしてやられたって事でさぁ」


「黙れバウロ!」


とある場所、土と岩を綺麗に建物の形にした物の中で半裸に包帯まみれの魔神族、ゼウルが寝台に寝かされながら傍らのバウロの言葉に悪態をついた


既にあの戦いの場所からこの場に転移をしてから数時間は経とうという頃

ゼウルが少女達から受けた傷はかなりの物であり、いかに頑丈な魔神族の肉体といえどもその傷を癒やすにはある程度の時間が必要となっていた


現在は情報収集の為に各地へ散った、魔神族の中でも腕の立つ先見隊からの報告を待っている状態だ

三魔将も拠点であるこの場には、戻ったばかりのギデオンを除いた二名は各地の探索に出ており、魔神族も戦力が分散を避けられない状況となっている


「だから言っただろう?”可憐な見た目に騙されて痛い目でも見ろ”とな。調子はどうだ?」


二人だけの室内に突然放たれた声に二人の視線が扉に向き直り、いつの間にか部屋の中に入っていたギデオンの姿を捉えるとゼウルも急いで寝かせていた体を無理矢理に起こしていく


「ッギデオン様!……不覚を取りました、情けない限りです…」


「なに、気にするな。むしろ、負け知らずのお前の鼻っ柱を折るいい機会だったか?」


「あっはっは!確かにゼウルはそういうとこあるよなぁ!どうどう?勉強になった?」


「しばくぞバウロ!?……ですが、確かに女三人と油断はしていたかもしれません。…まだ修行が足りていません、俺も」


煽るバウロにキレるゼウル

しかし、その言葉に否定できる部分もなかったのか、考え込むようにギデオンに溢していく

魔神族の中でも特にギデオンと同じタイプ…肉体能力に優れ、高威力の魔法の適性が高いのがゼウルであり、だからこそ彼はギデオンの弟子に選ばれたのだ

そんなゼウルは三魔将を除くなら魔神族の中でもトップ層に間違いなく存在できる強さを誇っていた…が、それ故の慢心があったのはギデオンも頭を悩ませていたところだった


故に、計画外のトラブルがあったもののギデオンにとっては実は有意義の遠征となったのである


「に、してもさ。あの鎧の厳ついの…あれがモノホンの勇者なんすねギデオン様。実物初めて見たっすよ」


「そ、そうです!あれが本当に勇者ジンドーなのですか?いえ…俺も見たことはありませんが…」


長きに渡る魔神大戦の最中…魔神族側も訓練に明け暮れる子供や若者も多く居り、彼らが前線に出てくることは基本的に無かった

その必要が無いほどに人間達を押さえつけており、腕の立つ魔神族がある程度の人数と、あとは魔物がいれば問題は無かったのである


例外は勇者であったが、善戦しても魔神族の幹部の前に立つのがやっと、と言うのが常であった


当時はまだ前線に出してもらえなかった弟子の彼らは実際の勇者を見たことが無かったのだ

とはいえ、姿形などは当然聞いているのだが


「ああ、本物だ。間違いなく勇者ジンドー本人だ、実際戦ったから分かる」


「し、しかし…奴からは……いや、俺達より魔力の感知が鈍ければ一切感じない程でした。微弱すぎる…実際、声を出すまで気付くことが出来ませんでした」


「だからこそ、だ。奴は戦闘の際に際立って魔力を放出する。それまでは殆ど感じさせないほどに魔力を抑え込んでいるのだ。…念のため釘を刺しておくが…間違ってもお前達は戦うな」


「ッ!な、なぜです!三魔将に加えて我々まで居れば、奴に打撃を与えられる筈です!そこに魔物まで加えれば…そう、あの場で小娘共の身柄を抑えて勇者に降伏を…!」


「無理だって、ゼウル。だって、しさ、あん時」


「可笑しなことを言うなバウロ。俺達の何を…」


「だから、。そうういうことっすよね、ギデオン様?」


比較的冷静なバウロの言葉がいまいち飲み込めなかったゼウルだが、ゆっくりと頷くギデオンを見ればゼウルもその意味が頭にようやく入ってくる


「そうだ。あれはジンドーとの交渉だ。”ここで少女達を見逃すなら手出しはしない”…そう言っていたんだ、奴は」


時期魔将、と息巻いていたゼウルにとってこのことは丸で信じられないことだった

魔神族の中でも肉体能力と攻撃系魔法に優れていたゼウルは現段階でも魔将を除いてほぼトップあたりに位置する強さを持っているのは間違いない


その自分が……人質……?


絶句とはこのことだろう


「奴に関しては気にしても無駄だぞ、ゼウル。現在、ここら一帯の空にも奴の無人兵器が飛び回っている。…転移魔法の痕跡から大まかな位置を読まれたな」


「うっ…それに関してはすんません…」


転移魔法を使用していたバウロががっくりとうなだれ、その肩を「気にするな」と叩くギデオン

その二人を見て落ち込んでいた気分が幾分かマシになるゼウルであったが…



「ギデオン様!いらっしゃいますか!?」


扉の外から聞こえる慌ただしい声に居住まいを正す


「構わん、入れ」


「はっ、失礼します!」


入ってきたのは眼鏡を掛けた魔族であり、ぺこぺこと頭を下げながらギデオンの前に来た彼は随分と急いでいたのか、息も切れている様子


「先見を任せた十剣隊のうち、一剣から連絡がありました!『目標を目視にて発見』とのことです!」


「!、それは本当か!」


魔神族の中でも精鋭部隊『十剣隊』

『一剣』から『十剣』の十部隊に分かれており、その任務は多岐にわたる

戦闘にも秀でるが、他偵察、救助、斥候、探索など様々な任務をこなせる万能の兵力

そして、各部隊は三魔将のみが直接的な指揮権を保有しているのだ


現在の任務は……『勇者ジンドーの四魔竜封印施設の発見』だ

数ヶ月前、スフォルツ冷原の深奥…白銀の大地に豪雪の下へと埋もれる形の封印施設を発見したのも十剣隊のうち一隊である四剣であった


「一剣は確か……大都市カラナック周辺に行かせていたか。どこにあった?」


「カラナックに隣接する巨大森林『ジュッカロ魔棲帯』の奥の奥、と…詳しくは直接一剣から報告を致しますので…」


そう言って掌にのせた水晶玉をギデオンの前に差し出すと、指先で水晶玉をコンコンとつつき、淡く光っていただけのそれが強く輝きを放ち始める


「レオニクス隊長!ギデオン様とお繋ぎしたぞ、さぁ、現状の報告を…」


『ん?ああ、繋がったか。えー、ギデオン様、ギデオン様、こちらレオニクスです。現在、目標と思われる施設の3キリル先から偵察中です』


「見付けたか、封印施設を。どうだ?一剣での攻略は可能か?」


『どうでしょう…我々ではかの封印施設に施された防衛機能を掻い潜るのは骨が折れます。しかし、四剣が攻略したんだ。俺達だってやってやれない事は無いでしょう』


「奴の造った魔砲や無人兵器は確かに厄介だ…その位置なら2日もすればレイシアスとその弟子キュリアが到着できる」


『そんな、魔将閣下の助けをいただくなんて…。そういや、確か1つ目はギデオン様が四剣と攻略されたんでしたっけ?』


「あぁ。流石の硬さに外から破壊するのはあまりにも効率が悪かった…結局、ガヘニクスに内側から破壊させる方が速かったほどだ」


そう、1つ目の封印である『封印中枢:WINTER』を破壊し、解除したのはギデオン率いる四剣であった


決して簡単に崩せる相手ではないが、内部に入り込み、封印自体を解除してしまえれば後は封じられていた強大な魔物が内部から全て破壊できる


それができるのであれば魔将でなくともどうにかできる、とギデオンは踏んでいた


『さて、そろそろ行ってきます。どの魔龍がいるかは分かりませんが戦力には間違い無いでしょう』


「そうだな。奴の無人兵器は量だけ多いがお前達であればどうにかなる。慎重に行けば問題は無い」


『了解です。では、通信を…………ーーーーー』


「…レオニクス隊長?」


いざ、攻略に赴こうとした一剣の隊長が交信を切ろうとした瞬間、突如として映像と音がぶつり、と停止してしまい、怪訝な表情を浮かべるギデオン


水晶玉を持つ男が、突然乱れる通信に焦って玉を叩きながら「隊長、通信が切れてる!繋ぎ直せ!」と声を張っているが…


『……んだ……ア…!?……け……っ退…ろ…ォ!……!』


「…どうした、レオニクス隊長?聞こえているか?」


ギデオンの呼び掛けに答えが返ってくることもなく、音だけが途切れ途切れに漏れ出てくるのは明らかに異常である


水晶は映像を写すことを止めているが音だけが部分的に漏れ出ており、聞き間違えでなければ…激しい爆音と怒声が入り乱れているように聞こえる


3キリル…地球でいう3キロに相当する距離だ


偵察にしてはかなり遠距離の部類に入り、彼らが強く警戒をして施設を見ていたことがよく分かる

そして、ギデオンが一つ目を攻略した時は1キロ圏内に入らなければ防衛機能は起動しなかった


で、あればこの水晶の向こうでは何が…


『…ッ…すか!?…オン…!…ギデオン様!聞こえますか!?』


「聞こえている!何が起きた!?」


『分かりません…!見たこと無い兵器が現れました!あんな……3年前には無かった!他の兵器と明らかに違う!…おい!もっと火力を一体に集中させろ!』


「撤退しろ!お前達を容易に失う訳にはいかん!それは…この3年間でジンドーが作り上げた新型の可能性がある!何をしてくるか分からん、交戦はするな!」


『クソ!速い…おい、そこはダメだゾード、こっちに来い!ぐおッ……!』


映像の向こうでは部下に向かって叫んだ様子のレオニクスが爆風に煽られてバランスを崩す姿が映っている


その背景がぐるぐると二転三転しているのを見るに、彼は派手に吹き飛ばされたようだ

その背後は爆炎と粉塵が撒き散らされ…


一瞬


ギデオンすら見たことの無い謎の存在が映像に映り込む


「…なんだ、こいつは…」


ぶつり、と直後に映像が途切れ通信自体が切れてしまったが、部屋の中の全員が言葉を失った沈黙が続いている


彼ら十剣隊は個人個人が特別強力な能力や戦闘力を持つ訳ではないが、部隊としての強さは折り紙つきだ

チームワーク、各メンバーの役割、判断の速さ…それら部隊としての強さは間違いなく魔神族でも折り紙付きの精強さを持っていた


その彼らが、通信を見ている限り襲撃から僅か数分も経たずに撤退…いや、恐らく壊走に追いやられたのは明らかに異常


そして、ギデオンの眉間に皺を寄せるもう1つの理由は…


(……奴とは勇者になったばかりの時からの付き合いだ。造ってきた兵器は全て頭の中にある…しかし…あれはなんだ?奴の無人兵器は大型を除けば所詮量産型…我々魔神族が相手をすれば1人であろうと数機は物の数ではない…)


「…レイシアスに連絡をしろ。他の十剣隊も集結出来る範囲の部隊は全部集めてこの施設を叩く。一番近くの八剣に救助へ向かわせ、少しでも生存者と情報を持ち帰るよう伝えておけ」


「り、了解しました…」


通信をしていた男が魔将の一段と低い声に肩を震わせて走り去っていくと、目頭に手を当てるようにして溜め息をつくギデオン


「…今のも奴の無人兵器ですか?」


「それにしてはなんというか…ヤバそーな感じだけど」


ゼウルとバウロも後味の悪い通信の終わり方に薄気味悪い物を感じているようであり、普段であれば「俺ならばこんなヘマはしなかった」と勢いづくであろうゼウルも今は大人しい


「…恐らく、な。ただ、情報が少なすぎる。この3年間で奴がどんな兵器を造ってきたのかが、あまりにも不明だ。まず、封印を解くのに十剣隊だけでは戦力不足なのが分かったが…」


今まで幾人もの勇者を見て、時には自らの手で打ち倒してきたギデオンだが…やはりジンドーだけは普通ではない


自分と勝負を演じることが出来た勇者は数名いたが、我々魔神族と率いる魔物の軍勢と『戦争』が出来る勇者はただ1人だ


そして、その男は魔神を討ってなお、その力と軍備は止まるところを知らない


(…いずれ、また相対する時が来るだろう。その時は必ず…)


そう内心で強く思う男の顔は、戦況の渋さに反して口角を吊り上げた不敵な笑みを浮かべているのであった


ーーー


………朝


「カナタ!今から我らと手合わせだ!」

「カナタ、時間はありますね?分かっていますよ」

「…おはよ…カナタ……ごはん食べよ…?」


……朝である


「…朝からか?しかも朝飯前…挙げ句今は旅行中だぞ?俺はイヤだね」


眠気と呆れにじっとりとした視線のカナタの目の前で部屋の扉を立ち塞がる少女達を「と、言うわけで朝御飯行こうか、マウラ」と言ってにゅるり、と自室の扉を塞ぐシオンとペトラを避けて、ぴょんぴょん跳ねるような動きで機嫌よく着いてくるマウラと歩き出すカナタ


「ふぐぅ」と悔しそうな声を揃って漏らした2人は急いでカナタの横に追い付き恨めしそうにカナタを見上げることに


「…いや、そんな目で見られても。帰ってから見てやるから」


「それでは遅いぞ!我は…人生初の大敗を喫したのだ…今やらずしていつ鍛えると言うのだ!」


「…いや、だから帰ってからだって」


何やら熱に駆られているペトラの語りに半目のカナタにも無理はないだろう

何せ現在朝の5時…まだ太陽の頭が見える程度の早朝である

この時間にたたき起こしに来たのは3人の方なのだから、ベッドで丸くなりたいカナタからすればローテンションで返してしまうのも無理の無いことだろう


「とはいえ…いい経験になったんじゃないか?明確に身内以外相手に負けたのは初めてだろ」


早朝から叩き起こされた仕返しに、と意地の悪い笑みで返したカナタ

それを言われると3人揃って頬を膨らませて、むっすー…、と不機嫌を主張してくるのだから内心笑えてしょうがない


実際、カナタも彼女達の戦う様子は見れていないのだが相手の強さを知っている身からすれば、どのように追いつめられたのかは想像がつく


そんな不機嫌少女達の頭をぽんぽんとあやすように手を乗せながら歩くカナタ

こんな早朝に朝食をとる生徒や教師はおらず、食事処は準備を終えたばかりの様子でありまるで貸切状態だ






どんっ、と机に置かれているのは丸く太った川魚、ゼッコの塩焼きを山盛りにした大皿

特性の岩塩で塩漬けされた吊るし干し肉のスープの小鍋

豊富な栄養の土壌から育てたゴーダ麦を砕いて猪の骨出汁で少し硬めに煮詰め、塩胡椒を回しかけたオートミールの深皿4つ

数種類の根菜やブロッコリーに似た野菜、キューレを蒸して塩気のあるチーズを溶かして見えなくなるまで掛けた大皿

半分にカットされた果物が盛られた籠

大きなピッチャーには強い酸味の果物、クーネの果汁を水で割った果実水


「「「頂きます!」」」


ぱんっ、と手を合わせた元気な少女3人の声が食事処に響き渡る

…可憐な容姿に見合わず、3人はかなりの健啖家である


カナタからすれば地球のテレビ番組で見たフードファイターを思わせるような量の食事だが、実のところカナタもこの程度は食べられる


食べたものが胃に収まって消化を待つだけの地球と違い、この世界では食事も魔力に変換、吸収されるからだ


保有する魔力が多いほど健啖になるのはこの世界だと当たり前になってくる

そうでなくとも、食べたものが魔力として吸収できるこの世界の人々は地球からすればかなり量を食べる者が多くなるのだ


……とは言え、朝からこんな机いっぱいの皿に囲まれて朝食をとる者は殆んど居ないのだが


「む、美味しいです。なかなか麦や穀物は家で食べませんから、新鮮ですね」


「うーむ…あの森にはその手の植物は生えておらんからな。買溜めでもするか」


「…おいしい…んむっ…んむっ……カナタ、お魚取って……」


「ほい、たんとお食べ」


綺麗に、上品に…しかしペースはまるで早送りのような勢いで机の上に広がる皿の群れをもりもりと平らげていく3人の少女

それを見ながらちょいちょいと適当に皿をつつくカナタ


…いや、マウラはちょっと食べ方がワイルドだ

魚の頭と尻尾をつまんで腹からかじりつき、スープはスプーンではなく深皿ごと飲み干している


「それで?なにをどう鍛えて欲しいって?正直、俺から教えられる技術ってあんま残ってないんだけど」


「強化魔法も教えて欲しいですが…魔法でしょうか、まずは。よく考えればカナタから魔力の操作は教わっていましたけど、魔法は殆んど教わっていません」


「……もっと速く……なりたい…」


「うむ。先の戦いは魔法の威力が押し負けたのも敗因の1つ…と、いうわけで、だ。何か威力の高い魔法を教えてはくれんか?」


力負けしたシオン、速さ負けしたマウラ、カバーしきれなかったペトラ

それぞれ欲しいものはある程度被っている様子ではあるのだが、カナタの表情はどこか困ったようで


「あー、強化はまぁいいけど、魔法は無理だぞ?」


「なぜですか?あれほど非常識に魔弾発射シュートバレット魔法矢マジックダーツも、それに魔法槍マジックジャベリンもばら蒔いてくるではないですか。…というか、魔法槍マジックジャベリンに至っては振り回してますが…」


「うむ。そろそろ師匠直伝の魔法でも持っておきたいものだ。攻撃、防御、支援、なんでも良いぞ?」


「……ばりばりー、ってやって……どかーんっ……みたいなのがいい……」


その目がなんだか期待に満ち溢れてきらきらしているのを見逃さないカナタではあったが、なおのこと気まずそうに視線をそらしながらつんつんと焼き魚をつつき


「いやー………逆にというかなんというか…俺、それしか使えないんだわ、魔法」


ぴた…と3人の動きが停止する

3人の中でカナタは未だに逆立ちしても勝てない超人の部類に位置している

自分達がどんなに強く殴ろうが蹴ろうが魔法で滅多打ちにしようがターミネーターの如く立ち上がって反撃してくる理不尽の権化だ


それが…


「い、いや…確かに強化と初級魔法の類しか使ったところは見たことないのだが…ほんとか?」


「あ、あり得ません。では、その…私達に今まで魔法のアイデアや発想ばかり教えてくれていたのは…その…」


「そ。そもそも実演して教えられる魔法が無いからだ。幸い強化魔法は得意だから根入れて教えてきたけど…通常の魔法はからっきし」


苦笑しながら頭を振るカナタ

ぽかーん、とカナタ見つめるシオンとペトラ

マイペースに焼き魚を齧るマウラ

何年も共に過ごしてみっちり教えを受けてきた身からすれば衝撃の新事実だ


そう、思い返せばカナタが使ってきた魔法は良くて中級の魔法でもメジャー…というより中級魔法への登竜門といえる魔法槍マジックジャベリンだった

段幕のような手数の使い方に圧倒されてきたが、それもよく考えれば初級魔法の魔弾発射シュートバレット魔法矢マジックダーツばかり


転移魔法は魔法具に頼っており、その他に目だった魔法は見たことがない


「ま、とは言え3人の魔法技能が足りてないって訳ではないと思う。まだ本来の使い方が出来てないってだけで、一度それが分かれば多分……魔法においては世界でも上から数えられる強さになれる」


ならばどうすれば…と悩む少女達に向けて、どこか誇らしげな笑みを浮かべたカナタは自信をもってそう言い切ったのであった


ーーー


ユカレストでの旅行は概ね良好に進んでいた


問題を起こす生徒も少なく、行方が分からなくなる生徒も現れず、あくまで普通に旅行として楽しむ生徒達


手間がかからなければ教師側にも余裕が生まれてくるものであり、生徒に着いて観光に回る教員もいるくらいだ


そして…


「ここです!このギルドこそ勇者様が最初に立ち寄って冒険者登録を済ませた場所なんです!はぁぁっ…やっと見れましたぁ…早く入りましょう!」


テンションが鰻登りの王女様と、おぉー…とその建物を見上げるクラスメイト5人の姿がここにあった


「…なんというか、マーレ様の勇者マニアもなかなかだよねー。こういう場所はアタシ全然縁無かったし」


「いや、分かるっすよ?勇者ゆかりの地って、私も結構楽しみだなーとか思ってたっすけど…ここまでアガってるマーレ様も珍しいっす」


レイラとスーリが半目できゃっきゃ、と騒ぐマーレを見つめ、その隣でシオン達3人がなんとも言えない目付きでその建物を眺めている


宿からテンション高めのマーレから「勇者様のゆかりの場所があるんですっ」と連れられてきたのだが、まさか「もう来たし、入りました。なんなら職員の人から色々教わりました」等とはこのテンションのマーレに言えるはずもなく、流されるように着いていくことになっているのである


王女様をそのまま放っておくわけも無く、後ろにしっかりと教員の姿がちらほらと見えているのには少女達も気付いてはいない様子だ


冒険者と言えば良く言えば奔放で自由、悪く言えば粗忽で荒い者が多いため、トラブルがあれば割って入らなければ王家に首を飛ばされてしまう…そんな教師達の心配を余所に「さぁ、入りましょう!」と意気揚々と先頭を取ってギルドに入っていくマーレ


当然だが観光施設では無いので無骨そのもの

カウンターには何人もの冒険者が受付に居り、木製の依頼ボードにはところ狭しと依頼の紙が貼り付けられているのが入り口からでも見えるだろう

酒場のようなテーブルと席の並んだスペースには何人もの男達が朝にもかかわらず酒を呷る姿がある


そんな風情もなにも無い場所を目の当たりにしたマーレは…キラッキラに目を輝かせていた


「ほ、本物のギルドですっ…。あれが受付のカウンターで…あれは依頼でしょうかっ?あ、見てください!あっちには…!」


王宮の中で大事に大事に育てられたマーレにとって冒険やギルドなどは、まさに物語の中の存在だ

特に勇者の武勇伝を聞いて育ってきたマーレはこの手の冒険譚が大好物…


しかし、そんな様子のマーレに反して焦ったのは後から付いてきた五人の少女達だ

明らかに場違いな学生服という服装に、仕事場の筈であるギルドにそぐわない発言のマーレ


周囲の冒険者の視線が一気に集まり、その目が怪訝で、そして不快な物を見る目だということに気づいたのだ

シオン達も、前回はローブで学生服を隠して静かに依頼を見に来ただけであった為、何も無かったが今回は違う


そのことに気づいたときには、既にトラブルがすぐそこまで近づいてきていたのであった




「おい、嬢ちゃん達!うるせぇぞ!見せモンはねぇんだここは!」




ーーー


「マ、マーレ様がギルドに入ってしまった…」


「何で止めなかった!」


「まさか入ろうとしていたなんて…は、早く外にお連れしないと…!」


数人の教師がギルド前で騒いでいるのを見たカナタも、その言葉の端から大体何が起きたのかは察しが付く

大方、恐れと世間を知らないお姫様がおかしな事をしたのだろう、と


しかしそれが…見覚えのある建物の前なのが気になった


最初の冒険者ギルド…ここだけは今でも鮮明に覚えている

あり合わせの発想で勇者としてのシンボルを作ったのがこの場所なのだ

その時から外装もなにも変わっていない…


とはいえ、カナタは冒険者ギルドを殆ど利用していなかったので特に思い出の場所というわけでも無いのだが


「何か起こる前に早く連れ出さないと…冒険者登録していれば入りやすいんだが…」


「してるわけ無いだろ、私は研究者だ…荒事なんて…」


「言ってる場合じゃないだろ!」


…研究職の教員三人は荒事を納める自信が無いのか誰かが先に入ら無ければ入ろうとしないらしい


(いや…早く行けばいいのに…ああ、もしかして)


カナタの思いついた答えは、三人ともまともに街に降りたことの無い貴族出身なのではないか、というもの

貴族からすれば冒険者など荒事専門の粗野な無法者、というイメージを持つ者もいるのだ


王女の身に何か起きて責任を取るのも嫌だが中に入って冒険者に絡まれるのも嫌…保身と保身の間で喧嘩しているだけである


そんなことをぎゃあぎゃあと言い合っているうちにギルドの中から何かをぶつけたような大きな音が響き、肩をふるわせる若手の教師達


まさか最悪の事態に…


そう顔を青くする彼らに


「行かないんでしたら、任せて貰っていいです?」


そう、なんでもないかのようにカナタは話しかけるのであった


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