第25話 湯煙女子会
「ちょっとだけ、怒られてしまいましたね」
「…ん」
「…まぁ、今回は仕方あるまい。それだけ心配をかけたということだろう」
宿の部屋に戻り、一息ついたシオン達3人は制服姿から部屋着用の簡単な私服に着替えていた
先程、心配そうな教師陣に出迎えられながら宿へと戻ってきたのだが、カナタには部屋に呼び出されて少しお説教を入れられていたのだ
カナタ謹製の武装使用は『もしもの時だけ』だったのだが、今回の一件を得て『何かあるなら即使用』に大幅緩和された
…のだが、それに加えて「実力に見合わぬ様子見」や「戦闘と撤退の判断」等について少しばかり小言を頂いてきたのである
カナタからすれば3人が無事であれば何よりも良かったのだが、自分の正体露見の危険を優先して武装の使用を制限した結果が彼女達を危険に晒したことも一因と思い、思いきって『何かあればすぐに使え』ということにしたのだ
「しかしまぁ…強かったのぅ」
「……速さで負けた…チャラチャラの奴に…」
「少し自信が欠けました…まだまだ修練不足ですね、私達も」
しかしながら、敵無しだった彼女達にとってこの敗北は非常に大きな意味を持つ
勇者からも、いずれ訪れる、と言われた再戦に向けて強くなる…3人の不屈の闘争心はいい具合に火をつけられたようであり、負けた事実を口にしながらもどこか楽しそうに見えるのは気のせいではないだろう
そんな燃える3人の部屋に、控えめなノックの音が響き渡り…
『えっと…3人ともいらっしゃいますかっ?』
「む、その声……マーレか?」
クラスメイトにしてこの国の王女様の声が聞こえれば、シオンが扉を開けて招き入れる
マーレも現在は制服姿ではなく、ラフな格好に身を包んでおり王女のこのような姿を見ることが出来るのは同級生の特権とも言えるだろう
美しい特徴的な橙色の長い髪が、普段と違って一房に纏められている姿はなかなかに新鮮だ
「その、大変でしたよね。あんなに強い皆さんがラウラ先生が来るまで持ちこたえるしか出来なかったって…お、お怪我とかはっ?」
「大丈夫です、マーレさん。ラウラ先生が来たのですから、怪我なんて傷1つも残っていませんよ」
わたわたと心配そうにシオン達の体をチラチラ気にするマーレの純粋な心遣いにくすり、と笑いながら無傷をアピールするシオン
特にマーレは実習でシオンとペアを組んでおり、彼女の強さを一番近くで実感していたこともあって『そんなシオン達が3人がかりで倒せない魔物なんて…』と内心戦々恐々としていたのである
しかし、こうしてあって確認すれば何か傷をおったりショックを受けたりした様子もなく、いつも通りの3人が出迎えてくれたことに安心したようだ
そんなマーレがモジモジと少し恥ずかしそうにしながら出した言葉が…
「そ、それでですね…その…お友達っですし…い、一緒にお風呂、どうでしょうかっ!?」
ーーー
ユカレストに湧く温泉は当然ながらただの熱泉ではない
豊富な恵みをもたらすロッタス山の土壌で濾過するように濾された湯は、疲労回復や治癒に特別効果的な効能を示しており、中には女性向けというような、美肌、美容系に効く泉質まで様々である
この事からも生傷が絶えない冒険者家業の者や長旅で体を酷使する商人達からはまさにオアシスとして人気を博しているのだ
手頃な値段の宿から高級で上流嗜好のリッチな宿まで様々であり、そのどれもに需要がある…温泉に入る者だけでなく、それを営む者にとっても文字通りの生命線…
故に、この数日の間だけしかおこらなかった『温泉の不調』は住民に大きな衝撃を与えたのである
結果として元に戻ったが、町の管理者達の気を刺激するには十分であり、解決した現在も配管や源泉の調査は休まずに続けられている程だ
そしてその宿自慢の大浴場は今、大勢の生徒達で賑わいを見せていた
男湯はもちろん、女湯にも女子生徒が和気あいあいと集い、中には温泉など入ったことの無い生徒が気の抜けた声を出してお湯に浸かっている
皆が体にタオルを巻いて綺麗に体を隠しているのは、相手が同性とはいえ大勢に裸体を見せたことがないからだろう
そんな中で…大浴場女湯の入り口から何かを見たような好奇心のざわめきが少しずつ広がりを見せていた
そのざわめきと視線の中心に居るのは4人の少女達である
起伏は控えめながらも、均整の取れた裸体に綺麗にタオルを巻き、長い橙色の髪を丸めたマーレの姿はこの国で恐らく彼女の世話役メイド以外は見たことの無い姿だろう
周囲の視線を感じてか、その頬は僅かながら朱に染まっており、それが年相応の可愛らしさを押し出している
そして…彼女と共に歩く3人の少女である
肩より少し上で切られた深紅色の髪に、普段は眼鏡の奥にある落ち着いた眼が、今は直接に浴場の中をゆっくりと見渡している
特にそのスタイル…凡そ同じ歳とは思えない起伏の体は同性の同級生である彼女達ですら息を飲む程であり、それをタオルを体の正面に当てるだけで隠しているのだからかなり際どい所まで見えてしまっている
…とはいえ、シオンに恥ずかしがる様子は特に無さそうである
そしてその隣…瑠璃色のショートヘアにちょこんと立った猫耳をぴこぴこと上機嫌に動かしながらも、眠たげに緩まった目で湯煙の中を見渡すマウラ
シオンとは違う、スポーティーに引き締まった肢体に程よく女性らしい柔らかな膨らみを乗せたスレンダーな美貌と、腰元からみょんみょんと、彼女の機嫌の良さを見せつけるように動くふわふわの尻尾が表情に出さない彼女の暖かな内心を表している
最後の1人…白髪とは明らかに違う銀の長髪を腰の曲線に乗るように伸ばし、気と意思の強さを目元に宿したペトラは浴室の湿気で頬に張り付く銀糸のような髪を掻き上げながら3人に着いて歩いていた
発育の抜群な女性的美しさのシオン、スレンダーな美貌のマウラの正に良いところを取り込んだ奇跡的なバランスのボディライン…同じ年代の少女達とは比べるべくもな無いスタイルながらバランス良く締まる身体は浴室の誰もが喉をならしてしまうような艶がある
そんな彼女達3人がタオルも巻かずに体の前を隠すだけの危うい格好で浴場を歩けば当然皆が首ごと視線を釘付けにしてしまうのは当たり前であった
「大きいですね。自宅とは流石にレベルが違いますと言いますか…」
「だな。温泉…とは話に聞いただけであったが…うむ、風情があって良い」
「…おぉ………泳いじゃ だめ…?」
「お、泳ぐのはダメ…じゃないですか?昔、
3人のあまりにも堂々とした歩きに「恥ずかしくないのっ?」と思いながらも着いていくマーレはどうやらマウラのようにお風呂で泳いだことがあるようだ
当然、ただのお風呂ではなく王宮の大きな、大きなお風呂ではあるが…
貴族や上流階級であればあるほど人前での肌の露出は厳禁であり、ましてや人前で裸体を晒すなど、人生のパートナーの前でしかあり得ないことである
なので娯楽としてユカレストや海にでも行かない限りは人前で肌を裸出するのはそう無い経験なのだ
故に、妙に風呂慣れした3人は同年代としてはかなり珍しい方だ
というか……
(本当に同い年なんでしょうかっ?なんというか…なんというか、納得がいきませんっ!)
そんな3人の隣を歩くマーレは内心世の不条理を味わっている真っ最中である
彼女の体は良くも悪くも年相応…いや、若干スレンダーで細身であり、それは当然胸回りのサイズも比例した大きさ…同じスレンダー体型なのにちゃんと出るとこは出たマウラや女神像かと思う程美しいバランスのペトラ、ましてや完全に大人顔負けボディラインのシオンと歩いていると自分が発育不良なのでは…と思ってしまう
それぞれが手桶で洗体用のお湯から体を流しながら、置いてある石鹸やソープで体を擦っていくのだが…その姿も妙に扇情的に見えてしまうのはなぜだろうか
普段から爛漫とした笑顔のマーレだが、そんな3人の隣で体を洗っている間は妙にじっとりとした視線になっていたのだが…彼女を責められる少女はこの浴場には居ないのであった
「あ、マーレ様こっちこっちー」
「けっこう時間かかったっすね。上手く誘えたっすか?」
体を洗った4人が湯船に近づくと手を振って声をかけてくる影が2つ…どうやらマーレが3人を誘いに行ったことを知っている様子であり、口調も畏まっていないあたり良い関係を築いているのだろう
「あっ、お待たせしました、レイラ、スーリ。のぼせちゃってないですか?」
「アタシらも入ったばっかだし、へーきへーき」
「それよりちゃんと連れてこれるか、そっち方が気がかりだったっすよ」
ざばざばと体をタオルで巻いたまま湯船に浸かる2人の側に近づいて湯に体を沈めるマーレに着いてお湯に体を入れるシオン達だが、その2人には見覚えがある
「たしか…同じクラスのレイラ・マルトゥーカさんとスーリ・ベルフォリアさんですね?」
「そそ、レイラでいいよ。よろしくー」
「スーリっす。いやぁ、学園のアイドル3人の裸が見れて感激っす」
「そ、それは感激するところなのか…?ま、まぁよい…ペトラで構わん」
「……マウラでいい…。…アイドルって…?」
何やら物怖じしない個性的な2人に若干押されながらも挨拶を交わすが、気になるわーかにマウラが首をかしげる
3人ともアイドルになった覚えなど無かったのだが…
「おおー、自覚無しっすか?今この学園で3人のこと知らない生徒なんていないっすからね。女子は羨望、男子はぞっこん!」
「魔法もヤバくて正に注目の的、っていうかー、正直近寄り難いぐらいだったしさー。お近づきになれてうれしーよアタシ」
明るい茶髪に背中まである癖毛が特徴のレイラと藍色の短い髪に前髪をぱっつんと切り揃えたスーリの2人
彼女達はマーレと特に親しくしている2人であり、その物怖じしないながらも失礼過ぎない距離感は、他の生徒からも王女として上に見られていたマーレには非常に居心地がよく自然と親しい友人となっていた
ちなみにレイラの父は王国の知識を司る『王室書士官』のトップである室長であり、その実績から王国最大の秘技『勇者召喚魔法陣』の管理を国王直々に任された管理者の娘、スーリは王国の商人達を統制する組織『大商業連合』の連合会長であり王国の生命線とまで称えられる王国最大の商店『ベルフォリア商会』を率いる大会頭の孫娘である
マーレとお近づきになりたい打算的な生徒達は数多いが、2人は性格的にも「なんかめんどいし、アタシはいいかなー」「別に仲良くならなくても、商売には困らないっすからねー」と思っていたところ、面白いほど気が合い、結果いつも3人で動く程度に仲良くなったのだとか
「お話は聞いてるっすよ。何かやばそうな魔物と戦ったんすよね?私なんかじゃ多分生きて帰れないっすから、本当に凄いと思うっすよ」
「実技は苦手だもんね、スーリ。ちゃんと講義受けないと、こういう時に生きて帰れないよー?」
「あー、言えてるっす。私支援系の魔法しか覚えてないっすからね」
たははー、と後頭部を擦るスーリだが、この様子だとあまり乗り気ではなさそうだ
「私達も今回は運が良かっただけです。ラウラ先生が来なかったらどうなっていたか分かりませんから」
「で、でもっ、ラウラ先生が来るまで奮闘したって聞きました!やっぱりこう…どーんっ!どかーんっ!みたいな戦いがあったんですよねっ?」
「…まぁ確かに『ドーン』で『ドカーン』、であったな」
身近なクラスメイトが物語さながらに魔物と戦う姿を想像してか、キラキラした瞳で問いかけるマーレに対し、渋い表情で頷くペトラの脳裏には苦々しい敗北の記憶がフラッシュバックする
シオンもマウラも「うっ」と声を漏らしながら視線は斜め下へ…負けず嫌いの3人は割りと負けたことを引き摺っているのだ
「私のお師匠様は近衛騎士団の前の団長さんがしてくれてるんですけど…あまり接近戦とか、派手な戦い方は教えてくれないのでシオンさんみたいには戦えないです」
「近衛騎士の前の団長って……もしかして『地城のゼトロ』様!?やばっ、超大物じゃん!」
「流石お姫様っすねぇ。王宮最大の防御、なんて呼ばれてる女傑から教えを受けてるなんて…いやぁ、羨ましいっす」
恥ずかしそうに、しかしちょっと嬉しそうに肩へ刻まれた複雑な師匠紋を撫でるマーレ
その紋章を見ながらと「おーっ」と珍しそうに騒ぐ2人
その様子を見るに師弟関係は良好のようだ
そして、ゼトロ・バージェンスは今年で85歳を迎える老齢の女性魔法使いであり、35歳の時に軍部とは別で王族にのみ指揮権を預けられる王宮騎士…通称『近衛騎士団』の団長をを任せられた女傑
近衛騎士団は王族の直属的な戦力である性質上、国王自らの選抜によって団長が選ばれる
国王からの全幅の信頼と、それに答えられる腕前がなければならず、一騎士団の団長ではあり得ない程の発言力を有することになるのだ
その力は高位貴族ですら相手にするのは分が悪いとまで言われる程
ゼトロ・バージェンスは3年前…勇者が魔神を討伐した年に近衛騎士団を退職しているのは、老齢であるのと同時に彼女自身が「魔神亡き今、老兵は不要」と自ら辞したことに起因する
しかし、決して老齢が衰えに直結した訳ではない
その容姿は強大な魔力により40代と間違われる物に止まっており、彼女の地属性魔法は瞬く間に要塞のごとき岩壁を築きあげる程に強力
その防御力は凄まじく、攻めに転ずれば大地より無数の槍を打ち出し、足の着く場所で彼女の守りを貫くことは不可能とまで言われた
引退してもなお、その発言力は凄まじく王に容赦なく忠言を刺し、王を諫めることが出来るのは彼女だけとも言われている
人呼んで『地城のゼトロ』
誰もが知る英雄であり、超のつく有名人である
羨ましがられるのもその筈…頼んで師匠を引き受けてくれるような人間ではなく、高位貴族の依頼による指南役すら突っぱねているのだから彼女の弟子というのは中々のネームバリューを持つ
ひとえにマーレのことを産まれた時から守り、子守りまでしていたからこその愛情…彼女にとってマーレは孫娘のようなものなのだった
ちなみに長男の方には何も教えなかったそうである
「あ!師匠と言えばシオンさん達じゃん!あんだけ派手派手に強いのって、誰から習ったの?」
「む、確かに…魔法も凄いっすけど強化系もヤバいっすもんね。名のある人に師事されてるんすか?」
その質問に、和気あいあいの浴場内が少し静まり返る
誰もが知りたい彼女達の秘密を自然と尋ねたその質問に皆が耳を傾けていた
「…そんな有名人じゃ…ないけど…」
「だな。歳も我らと2つしか違わんし、目立つのは好まん男だ」
「ですね。もう少し派手に活躍してくれれば、私達も鼻が高いというものなのですが…」
2つ歳上、しかも男!
色恋を勘繰らずにはいられない年代の少女達にはまさに蟻に砂糖
マーレ達からも「ほぉ…?」と興味深そうな声が漏れるのも仕方のないことだろう
しかし、貴族少女達は考える
はて、そんな若い男性でここまで3人の少女を鍛えられるような、将来有望な人間はいたっけ?、と
力を持つ者は自然と名前が売れてくるものであり、そしてそういう人間はさらに名を広げたいと思うものだ
なので力はあっても無名…というのはかなり珍しい
「そこまで若い人だと…あっ、『双刃のジズ』とかっすかね?たしかそのくらいの歳で、最近水晶級の冒険者に上がったとか聞くっすよ」
「いやいや、やっぱり『三叉のコウラ』とか、結構それっぽくない水晶級で注目株出しさー」
若手の冒険者の名前を挙げては「いやいや」「それはそれは」と盛り上がる2人を見ながらマーレもやや興が乗ってきたようで
「えっと、ヒント下さい!そうですね…な、名前の最初の文字とかっ」
別にクイズではないのだが、彼女達もここまで来たら当てたくなってきたのだろう
なにやら盛り上がり始めた3人…と、浴場内の女子生徒達
会話に入らずとも大勢が「あの人?」「違うってー」と推測を飛び交わせ始めている
「な、なにやら騒ぎになってきたのぅ…。そこまで我らの師匠が気になるか?」
「もちろん!3人とも気にしてないけど、アタシ達くらいの時期でそんなに強いのはフツーじゃないんだってば!やっぱり気になるじゃん!」
「あ!そうっすよ、師匠紋!見てみたいっす。こう見えても結構詳しいっすからね、有名どころならすぐに分かるっす!
別に隠している訳でもなく、ちょっと悪戯心で秘密にしたらなにやら謎当て大会のようになり始めており3人は言うタイミングをすっかり逃がしてしまっていた
いや、むしろカナタに師事しているのは言って回っても良いくらいなのだが3人ともその場のノリ、というのも分からなくはない
すっぱりカナタの名前を出して白けさせるのもあれかなぁ…
なんて思いながら、僅かな3人のアイコンタクトの後、おもむろにマウラが体の前を隠していたタオルを下げてしまう
彼女の裸体を隠す唯一の布地が無くなり、その美しくしなやかな身体が皆の視線に晒され…
「っ、そ、それって…っ」
「まじっすか!」
「あのっ、…もしかしてその…そういうことなんでしょうかっ!?」
全員の視線がマウラの胸元に集まる
こういう場合にあまり視線には頓着しないマウラだが、そういう意味ということもあり、少し恥ずかしそうだ
性格には彼女の胸の中央に集まる視線…そこに浮かぶのはカナタが頑張って刻んだ紋様がしっかりと主張しているのだから
深い、紫色に淡く光るそれは真っ白なマウラの柔肌と相まっていっそう存在感を放っており、その奥から打つ鼓動に合わせて紋様も微かながら明滅を繰り返している
年頃の少女達だからこそ、そこに刻まれている意味もジンクスもしっかり把握しているからこそ、そこかしこで黄色い悲鳴が楽しげに上がっているのだろう
「まぁ、隠すものでもあるまい。ほれ、我らにもあるぞ?」
「ええ、少しアレンジがありますけれど、私達にも同じ物があります。ちなみに…そういう意味でここに刻んでもらいましたので」
シオンとペトラも同時に前を隠す白い布地を取り払い、自らの体を見せれば確かにしっかりと、その胸の中央には同じ意匠の形が刻印されているのが見える
ここまで来れば視線を向ける全員が、勘違いや騙されてその場所に紋様を刻んでいるのではないことを理解した
…ちなみに、師匠と弟子の関係で胸に刻印を施すような関係というのはロマンス劇で見るくらいのレアケースだ
普通は歳と経験を経た師匠に指示することが基本なので滅多に恋愛的に親密になることはない
「しっかし、全然見たことないっす。上から…何か降ってきてる意匠と、上のは…雷っすか?変わってるっすねぇ」
「…というか同じ師匠なんですか?丸の中は同じですけど、外の模様が3人とも違いますね」
スーリとマーレは3人の胸元を見つめて頭をかしげる
同じ師匠で紋様のデザインが違うのは非常に珍しい
というかほぼ居ないと言ってもいい
紋様はその者の顔と言ってもいいのだからデザインがいちいち変わっては不便なのだ
会社のロゴが統一されているように、師匠紋は1人に1つが基本である
「同じだぞ?我の紋様に被さる兜は守りと知恵の証らしい」
「私の剣は力の印、でしたね」
「……雷は速さ…って言ってた…」
へー、ほー、と周囲の女子生徒達がまじまじと観察する中、1人考え込むように喋らなかったレイラが、誰にも聞こえない声でぽつり、と密かに呟いた
「…降る光…割れる地面の紋様……?」
どこかで聞いたような彼女達3人の胸にある共通の印
そう、確か勇者召還魔方陣を管理する父から聞いたことがあるような…
ふと考え込む彼女の思考を、その一声が中断させてしまうのであった
「まぁ、盛り上がってますわね、皆さん。ご一緒してよろしいですの?」
黄金の長髪に弾けんばかりのスタイルを頼りないタオルで申し訳程度に隠した美女
ラウラが湯船の縁にいつの間にか腰かけて柔らかく笑みを浮かべていたのであった
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