第24話 勇者とは
周囲を風が吹き抜ける音だけが響く中、魔法により灯されたランタンの光だけが周囲を小さく照らしていた
先程まで苛烈な戦いがあったとは思えない静かであり、周囲に撒き散らされる破壊痕が無ければ、最初からそうであったかのように張り詰めていた緊張感も風と共に散り静寂が辺りを包み込む
その中で、鎧の男と3人の少女だけが取り残されていた
「…本物、ですね?」
最初に口を開いたのはシオンだった
手に持った槍は降ろされていたが、警戒…とまではいかない注意を、こちらに背を向けたままの鎧の男に向けている
あまりにも信じがたい…
物語の中の存在、伝説の中に生きる英雄が目の前で自分達に背中を向けて立っているのだ
この男が本物の勇者なのか…かつての王都では見るに堪えない偽物にナンパまでされているシオンなのだが、1割程は疑いだが残りは間違いないだろうとシオンが踏んでいるのは、やはりその宿敵といえる者が彼を「ジンドー」と呼んだからだろう
そう問われたジンドーも溜め息をつきながら緩慢に振り返り
『…お前達の力では交戦など悪手だ。学生の力自慢で勝てる相手ではない』
「っ……既に逃れられる状況ではなかった。我らとて、力の差なら理解はしてい…」
『ならば、何故、その手を当てる胸に秘めた力を使わなかった?』
彼の言葉は問い詰める…というよりも諌めるような言葉
戦況を読めなかった、相手の実力を読めなかった、自分達の力を過信した…
この問い詰めに3人は返答に詰まる
制服のシャツ越しからでも分かる程に光を放つ紋様は既にその力を放つ寸前であり、問われたその一言に表情を曇らせ胸に当てた手をぎゅっ、と握る3人
『何か切り札があったんだろう?それを使っていれば、少なくとも魔将以外の2人とはまともに戦えていたんじゃないのか?』
それを聞いてむっ、と口を曲げるが…しかし言い返すことの出来ないのもしょうがないと3人ともどこかで思っていた
学校生活で自分達の実力が高く写り、結果大した武装がなくともまずは様子を見る…そんな判断で学生服に訓練で使っていた武器での戦闘に突入したのだ
結果、シオンは制服に無数の切り跡とその柔肌に幾つもの血線が走り、マウラは奇襲を返されペトラの防御がなければ首が落ちており、ペトラは魔力を使い果たして立ち上がれない始末だ
「………ペトラの魔法がなかったら…死んでた…」
「いえ…私も…どこかで接近戦と火力ならば分があると思っていたのかもしれません。その結果がこの有り様です」
「…我は明らかに戦法を間違えた。最初から最低限の補助だけ回して確実に片方を潰すべきだった…何も言い返すことなどない」
この結果は変わることはない
彼がこの場に居なければ魔将とその弟子一人は無傷のまま残っている状態になっていたのだ
死ぬか、魔神族の戦力として拉致か…どちらにしろまともには終われなかったところを助けられたのは事実なのである
シオンとペトラもうつむき、マウラも猫耳をぺたん、と伏せて目を伏せている辺り何が悪いのかそれぞれが理解出来ているのだろう
落ち込んだ3人を静かに見つめるジンドーだが、すでに責めるような空気はなく、しょうが無い、とでも言うように首をゆっくりと振っている
しかし、三人揃って俯いていた無言を破り、少しの間を空けてペトラが口を開く
「のぅ、勇者ジンドー…我らに関係ない事と思うだろうが教えてくれ。何故今になって世に姿を現したのだ?あの王都で、3年もの間姿を見せなかったお主が現れたのには理由があるのだろう?」
それは彼女達が見ることが出来なかった一幕
かつて訪れた王都でのある貴族の夜会…3年の間、如何なる事件トラブルがあろうとも動かなかった彼はその夜会に姿を現した
こんな一幕の後故に返事が貰える可能性など低いと分かっていても、この機会を逃せばもう会えないかも知れない…その可能性がペトラの口を動かしていた
『…何故、か…』
しかし、ペトラの予想に反して漆黒の鎧は考え込む
話すか否か…何故、という言葉を噛み締めた彼は一息の次に、おもむろに言葉を紡ぎ始める
「お前達には関係ない」…と切り捨てられればそれまでだった少女の質いかけ…それに対し、鎧の向こうから自問するような独り言にも似た言葉に続き、彼は勇者の…否、ジンドーという少年の話を、少しながら語り始めた
ーーー
【side ペルトゥラス・クラリウス】
聞かずにはいられなかった
目の前に立つ伝説に、問いかけずにはいられなかった
あの日、自分達が見届け損ねた顛末
不完全燃焼だったラウラの一件を全て平らげたこの男はどこで、どうして、なぜ現れたのかを
今しがた、自分達の戦いの至ら無さを突かれたばかりではあったが…彼は静かに答え始めてくれていた
『俺がこの世界に来た時、その瞬間から俺の周りには敵、と呼ぶ存在しか居なかった。まだ子供だったんだがな』
「…それは、やはり魔物や魔神族との争いに加わって…」
『その方が良かった。もはや魔神も魔物も関係ない…俺をこの世界に呼び込んだ『人間』達の悪意こそが、最初の敵だった。…この世界に来た時から、俺の味方なんて居なかったんだ』
「…!?…そ、それは変です。勇者が居なければ国の、世界の滅亡…いわば最高レベルの賓客のはずです!そのような扱いをされるなんて…」
『いいや、賓客など、とんでもない。奴らにとって俺は、『勇者』という名称の兵器。自分達を守らせる肉の盾であり自分達が傷つかないよう戦場に立たせる奴隷…それが王国にとっての『勇者』だ』
読書家のシオンにとってはその全てか信じ難い内容だろう
『勇者』…それは世界を救う英雄、この世に現れた、たった一筋の希望の光だ
丁重に迎え、機嫌を損ねないよう慎重に接待し、その力にすがり付く…そうあるはずの関係だ
そう思う我すら、呆気にとられる内容だ
『戦いなど何も知らなかった俺は周囲の全てから殺戮を求められた。ある程度の扱いをしながらも、それは客としてではなく便利なペットを繋ぎ止めておく為の餌…女を寄越し、食い物を並べ、酒を注ぎ…どうにかして首に鎖を巻こうとしてきた』
シオンでなくとも、他の2人も呆然と聞く話は現在の英雄視される勇者とは似ても似つかない生臭い臭気の内容だった
勇者は兵器…彼自身が表した表現は決して誇張ではないのだろう
「…にわかには信じ難い話だが…事実なのだな」
『ああ。そして、俺を呼び出した者はこう言った。「魔神を倒せば帰る手段が見つかる」…と。…まぁ、これも知りもせずに適当言って俺を釣るための方便だったそうだが…なんにしても、世間は随分と美化しているが俺にとってこの世界の救済なんてものは微塵も目的には無かった。目的はただ1つ…故郷への帰還、それだけだ』
星が煌めく空、真ん丸の月を見上げながらそう言葉を漏らす勇者の言葉が、どう聞いても嘘には聞こえなかった
しかし、それは勇者の真実だったのだろう
彼は…英雄ではなかったのだと、自らを称しているのだ
『…ギデオンとの会話を聞いただろう?当時の勇者ジンドーがどういう存在だったかを』
「…殺戮の権化……そうか、それほどまでに必死に魔物を蹴散らしていた理由は……」
『遥か彼方に行ってしまった故郷に帰る為…それだけの為だ。他に目的など一切存在しない。その為ならば何万の屍を積み上げ、大地を血で染め上げた。命乞いをする魔神族を抹殺し、地平の彼方まで埋め尽くす魔物を悉く滅ぼした。そう…全ては故郷に帰るための手段として、な』
正義に満ちた救世の英雄ではない、血生臭い望郷の狂戦士…それが勇者ジンドーの真の姿なのだと、彼は我らに伝えている
『王宮から旅に出てからも、誰も信じることはなかった。常に周囲の動く生き物は敵…利用されず、害されず、自分のことは誰にも知られないように細心の注意をはらった。勇者パーティーなどと呼ばれてるが、俺にとってはそんな物は存在しない。何故着いてくるかも分からず、ただ俺を利用し使うために近づいてきた害虫…そうとしか思わなかった、旅の最後の最後までな』
「っラウラさんは違います!あの人は本気で貴方を…っ!いえ!きっと他の方だって貴方のことを心から心配して…っ!」
『そうだ…それが分かったからこそ、俺は姿を現した』
「…っ」
シオンが吐き出そうとした言葉を、彼の言葉が塞き止める
カナタと話した時、我らは「なぜ3年も姿を消していたのか」「そもそも彼がいればラウラさんへのトラブルは無かった」と言ったのを覚えておるが…3年間、身を潜めこの世界から姿を消そうとした彼を、何かが変えたのだとようやく理解できた
「今は…違うのですね?」
『…そうだな。俺にはあまりにも…勿体ない人だ』
その言葉は、かなり考えて思考で咀嚼した末に出た言葉なのだろう
だが…我らとしてはラウラさんにこそ、この男が必要なのだと思うのはあの人の心の内を聞いてしまったからであろうか
『さて、話し合いは一先ず終わりだ。そろそろ
「…すたん…ぴーど…?」
ふぅ、と一息ついた勇者から何気なく漏らされた聞いたことのない言葉に首をかしげるマウラ
ジンドーの視線が周囲を見渡すように一周すれば、次第に岩場を囲む森がざわめき出す音が大きくなり始めていくのにようやく我らも気付く…
『ここにとある大物が居たせいで周辺の魔物が軒並み怯えて逃げだしていたんだが…しかし、さっきの転移でそいつも消えた…と、いうことは、だ。ここにいる4つの餌に大挙してやってくるということでな…』
「…なにを呑気に言うておる!?大ピンチではないか!と、いうか餌と言うな!餌と!」
この男、魔物への緊張感などまったく持っておらんのか!?
というか、今の話は魔物の群れがここに到着するまでの時間潰しということはあるまいな、こやつ!?
我らはかなり消耗しておるし…この地響きのような音からするに数は相当多いのだろう
『今回はどうにかしてやる。そこで休んでいろ』
なんだか溜め息混じりにいわれると腹が立つな!?
とはいえ、流石に只の魔物の群れ程度に勇者が慌てるのも不自然か…
目の前の森からどば、っと大小様々な魔物が木々を薙ぎ倒しながら現れこちらを見るや勢いよく突っ込んでくるのを見ればその考えも霞む危機感がせり上がってくる
シオンもペトラもそれぞれ構えて我の前に立ってくれているが、2人も消耗はかなりしている筈で、家のそばの魔物より弱い筈だがその表情は険しいものだ
『下がっていろ。死ぬぞ?』
しかし、何気ないことのようにそう言った勇者の鎧がエネルギーの高まる甲高い音を漏らし始める
次第に大きくなるその音に加え、鎧の背中の装甲が一部展開し、青色の炎を噴き出し始め、各部に走るラインが煌々と光を放ち、感じたことのない莫大な魔力が波動となって周囲を彩り始めていく
…強い
なに食わぬ言い方で下がれと言われたが…ここまで尋常ではない魔力はカナタからですら感じたことがないぞ!?
ここら一帯、全て吹き飛ぶのではないか…
そう思った矢先…
ーーーグシャッーーー
魔物の群れの大多数が、突如として上空に現れた黄金の立方体に踏み潰されてミンチと化した
「…はっ?」
まるで巨大な天井がそのまま落ちてきたかのような異様な光景…
地響きと共に多数の魔物を押し潰し、更にその黄金の立方体は、誰かが気まぐれに振るう玩具のように乱暴に振り回され、…並み居る魔物を血と肉のパーツへと強制的に分解していく
自分でも間の抜けた声が出たと思うが…これは仕方あるまい…
そんな我の背後から、聞き覚えのあるの声が聞こえ、勇者も抜けた声を漏らすこととなった
「その話、私にも聞かせてくださいます?」
『…はい?』
ーーー
【sideシオン・エーデライト】
まるで分厚い天井でも降ってきたかのように空から落ちてきた黄金の立方体は眼前を埋め尽くすような大きさで勢いよく迫る魔物達を踏み潰してしまった
単純な質量による物理攻撃…魔法の中でもメジャーではない攻撃方法ですが一回だけ、学院の講義で見たことがある、あまりにも特徴的な黄金の魔力光とその魔法は後ろから聞こえる声によって誰が現れたのかをこれ以上無く理解させられました
振り返れば隣に異様な大きさの体躯を持った馬を並ばせて悠々と歩み寄る彼女の姿が目に入ります
「ラウラさ…いえ、ラウラ先生。なぜここがおわかりに…?」
「大慌ての男子生徒達が知らせてくださいましたのよ?何事かと思いましたが…まさか魔神族…それも三魔将『絶剣のギデオン』とは、凄まじい相手と相対しましたわね、皆さん」
その『皆さん』の中に勇者は入っていないのでしょうね…
しかもその勇者もなんだか居心地悪そうにしていますし、ラウラさんの勇者を見つめる視線もなんだか不機嫌そうです
『……どこから聞いていた?』
「そうですわね…ギデオンと昔話をしていたあたりからでしょうか?」
…それはほぼ全部聞いていたと言うことでは無いでしょうか?
それに勇者のこの反応的に今の話は本当に特別で聞かせてくれていた、と言うことらしいですね
それにしても…この二人が並ぶ姿は物語好きとしては非常に心に来る物があります
「私にはそういう話はしてくださらないのですね、ジンドー。私としてはもっと、もっと貴方の事を知りたいのですけれど…」
『い、いや、世の中知らなくていいこともある。…そこの三人は学生だろう、早く連れ帰ってやった方がいいんじゃ無いか?』
制服姿の私たちを指さす勇者ですが今ばかりは私たちを心配して…という感じでは無さそうです
「……ねぇ、ジンドー。貴方がどう思っていたかは正直…感じてはいましたわ。邪険にされていたわけでは無いけれど…まさに無関心で、一切関係を持たないようにしていた、というのもね。だけど…私の…私たちの気持ちをもっと知るべきですわ、貴方のことをどれだけ心配したのか、力になりたいと思ったのか…寄り添いたいと思ったのかを」
それまでの柔らかな雰囲気をしまい込み、ラウラさんの伏せた眼差しと共にこぼされた言葉は…少し胸が痛くなる内容です
理解されない…好意を持って近寄っても不審そうに首をかしげられるのはかなり心にくる事だと思います
『だからこそ、それを最後まで踏みにじった俺は、お前達には関わるべきでは無いんだ。俺はいずれ故郷の世界を目指す。所詮、勇者なんざトラブルの化身…今更お前達に関わって折角戻った平和を脅かすつもりは無い』
「それを決めるのは貴方ではなくてよ?あまり私たちを子供扱いするのもおやめなさい。着いていく相手は自分で決めますわ、ジンドー」
……多分、勇者は迷っているのかもしれません
信じてなかった相手が実は誰よりも自分を思いやっていて、それを台無しにした自分を許せず、そう思われるのは嬉しくても罪悪感や自分の立場はその相手には毒になると…
あの兜の中で、いったいどんな表情をしているのか…それは分かりません
ですが、こうしてラウラさんと真っ向から会話をしてきっと…嬉しいんだと思います
ラウラさんの毅然とした言葉に続けることなく沈黙した勇者でしたが、深くため息をつきながら背中を向けて
『……その三人をしっかり守ってやるといい、ラウラ。既に魔神族の姿を見た彼女達を奴らが放っておく筈もない。近い未来、必ず戦う時が来る…その時は、決して出し惜しみをするな。…死んだら後悔も出来ないからな』
…っ…今のは私たちに向けた言葉、ですね
確かに…今回は運が良かっただけで本当なら私達の中の誰かが…いえ、もしかしたら三人とも死んでいたかもしれません
それだけ言った勇者は森の闇に消えていく最中に思い出したかのようにこう言いました
『ああ、そうだった…あの町の温泉ならもう戻っているだろう。原因ならさっき消えたからな』
そう言い残して、黒い鎧は森の闇に同化するように消えてしまったのでした
ーーー
「さぁ、帰りましょうか、皆さん。お怪我は…もう無いですわよね」
勇者ジンドーが姿を消すのを見送ったラウラは穏やかな笑顔でシオン達へと振り返る
その言葉に目を瞬かせながら自分の体を見下ろしたのはシオンだ
彼女が一番傷だらけだったのだが、体の所々に刻まれていた切り傷はいつの間にか綺麗さっぱり消え、元の白い柔肌が所々を切られた制服から除いているのだ
「…いつの間に…すごいです。全く気付きませんでした」
「でしょう?むしろ先ほどのような乱暴な魔法の使い方よりこちらの方が本業ですもの。それにしても…よく生き延びましたわね、皆さん」
「……ううん…勇者が居なかったら……ダメだった…。私達……何にもできてない……」
「…そうだな。三人で挑んで一人を相打ちにできるかどうかだ…完全に負けていた、我らは…」
ペトラもマウラも沈んだままの気持ちで目を伏せながらそう呟く
カナタとの修行で自信はあったのだ
学院でも、魔物でも今まで追い詰められたことはカナタに拾われてからそうそう無かったのだからそのショックも大きく、強さを誇っていたわけではないが、確かに持っていた自信はかなり傷ついたようだ
帰り道の道中、そんな三人の頭を纏めて抱きしめるラウラ
三人そろって立派すぎる胸部のクッションに顔が埋まり「んっ」「うおっ」「…おおー…」と声を上げながら
「いいえ、誇りなさい。何百年、人を滅ぼし続けてきた災厄を前にして、今貴女達は生きて帰路に立っていますのよ。かつて現れれば最期、とまで言われた魔神族を相手に、勇者が来るまで持ち堪えた…それがどれ程の奇跡なのかを実感なさい」
その言葉に3人の伏せられた表情は少しだけ、和らいだようにも見えた
しばらくの間、ラウラの胸に顔を埋めていた3人だったが、その魅惑のクッションから離れ、ふと思ったのはシオンだ
「そういえばラウラ先生、どうやってここまで速くいらっしゃったのですか?男子生徒のあの足ではかなり時間がかかったはずですが…やはり、その馬は…」
そう、気になったのはラウラの到着の速さだ
男子生徒が戦いの開始から走って町に逃げ込んだとしても、ラウラがそれを知ってここに来るには馬で駆けても速すぎる
魔神族の3人がワープをする前…勇者が現れる頃から見ていたのだとしたらかなり前からこの場に居たことになるはずだ
ラウラも天才と言うには足りない程の魔法使いだが、決して足が速かったり体が屈強な訳ではないのだからこの速さはすこし疑問が残る
「ええ、この子に力を貸して貰いましたわ。馬屋の中でも一番の子と言っていましたから、駈ける速さも段違いでしたのよ?この子の脚が無ければジンドーの話を聞きそびれるところでしたわね」
ラウラに寄り添って現れた巨躯の馬
それもブルブルと喉をならして額をラウラの胸に押し付ける仕草を見れば警戒も馬鹿馬鹿しく思えてしまう
手懐けてる…というより既に馬の方からメロメロのようだ
「流石に4人は重たいですわよね?ふふっ、ゆっくり、歩いて帰りましょうか。ジンドーの言葉が本当なら、きっと温泉が待っていますわね」
落ち着いた笑顔でそう話すラウラ
彼女のその言葉を聞いて初めて3人は、窮地を抜けた、という事実と安心を体感することが出来たのであった
ーーー
3人は出先の森で魔物と交戦していた…
そう扱われることとなった
まさか魔神族の将が現れた、などと話が広がれば大パニックどころの騒ぎではなくなるからである
それを案じたラウラからの報告により、3人はただ強力な魔物と出会い、これと戦闘を行いラウラがたどり着くまで辛くも凌ぎきったとされたのだ
なので大きな混乱も無く宿の帰ってこれたのは良かったのだが…
「はぁ……なんでラウラまで出てくんだよ…」
疲れたように溢したのは自室に一人戻っていたカナタだった
「結局ガヘニクスには逃げられるし、変な話は聞かれるし…いいことねぇ」
『特に可笑しな話は聞かれていなかったかと思いますが…』
「グレてた理由がただの人間不信だったなんて聞かれ損だっての。…で、温泉は元に戻ってきてるな?」
『はい。マスターの予想通り、街に流れ込む為の地下湯脈にガヘニクスが入り込み、その熱を概念的にエネルギーとして吸収していたため温泉から熱が失われていたとみて間違いありません。水が出ない地区があったのもガヘニクスの巨体で街に流れ込む水自体が詰まっていたからでしょう』
「でも肝心のガヘニクスもギデオンも逃がした。挙げ句の果てに魔将の弟子なんて奴も増えてたし……」
ずーん…と黒いオーラを纏ったカナタの言葉が1人部屋の中に静かに響く
何やら事態は予想外の方向にも延びているようで対処を考えると頭が痛い気分なのだ
「…まぁそこはいい。空間跳躍の魔力震波長とあいつらの魔方陣から割り出した転移座標をトレース、残留魔力の指向性をスキャン、跳躍先を特定しろ」
『了解、マスター。鑑定妨害のノイズが織り込まれているので詳細までは不明です。現在、現地を調査中の観測艇『スターゲイザー』のドローンより情報を取得中……取得完了しました。90%以上の精度で判明出来るのは…南方の人類未到達領域『エヴィオ砂漠』深奥部です』
「…ま、そうなるか」
観測の結果に半ば予想していたかのように呟くカナタの表情は鋭いながらもどこか懐かしそうに…
しかし、それもそのはず
エヴィオ砂漠…そこはかつての旅の終着点であり
魔神討伐の偉業が達成された、勇者一行の旅路の終着点
カナタ…勇者ジンドーが全てを終わらせた場所、と言われいる魔境の地なのであった
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