第23話 お互いが、背に庇う

「オオオォォォォォォォ!!!」


「っ!!」


金属のぶつかり合う強烈な音が周囲に連続して響き渡るのはゼウルのグレイブとシオンの黒槍が凄まじい速度で振るわれ、打ち合っているからだ


一見、ゼウルの雄叫びを上げながらの猛攻を上手くいなしているように見えるが、当のシオンの表情はかなり苦々しいものだ


彼女の頬や手足にはいくつもの浅い切り傷が真っ赤な線となって肌に刻まれており、着ている制服も所々が切れ、破けている


防戦に回ったまま押し返せていないのである


深く、致命的になりそうな一撃は完璧にはじき返せてはいるものの処理しきれない斬撃は確かに少しずつシオンへダメージを与えている


それに歯がみしたのは後ろのペトラだ


彼女の防御魔法『翠緑障衣エメラルドクロス』は優秀な防御魔法であったがゼウルの攻撃の威力が高く、ダメージは受け切れていないのだ


その守りの力で何とか切り傷程度で済んではいるがこのままではシオンの方が押し負けるのは目に見えてきている


「くっ……合わせろ、シオン!『暴嵐剛飛槍』《ストームバリスタ》ッ!」


「っ分かりました!」


ここでペトラも作戦の方向を変更


今まではペトラの魔法は補助と敵の動きや集中を乱すための、手数や厄介な攻撃により前衛の二人が相手を撃破する姿勢だったのだが、二つの戦闘の同時サポートは初めてであり相手がその妨害を超えてシオンとマウラを圧しているのだ


このままではいかん……そう判断したペトラは自身も高威力の攻撃魔法で明確な一対二の構図を作り、撃破することに変えたのだ


ペトラが右手に魔力を集め、それを三重の魔方陣で力と役割を加えていき、破壊のエネルギーへと変換していく


先ほどまで放っていた矢の形の魔力ではない


その形状は殆どやりに近いほど長く、人の腕ほどに太い形はもはや矢とは言えない物だ


それを手にした弓につがえ、シオンへの合図を叫びながら即座にシオンの真横を通るルートでゼウルに向けて発射したのだ


妨害を重視していた時とは明らかに違う、放った瞬間暴風が彼女を中心に拡散し、その衝撃に砂埃が円形に吹き散らされる様は見るからに威力が桁違いであることを表している


放たれた魔法『暴嵐剛飛槍ストームバリスタ』は非常に貫通力の高い魔法であり、その槍状の全体を螺旋上に風の刃が高速回転することで対象を細切れにしながら貫通する魔法だ


一飛にゼウルから真後ろに飛んで距離を離したシオンはこれにすぐさま反応


暴嵐剛飛槍ストームバリスタ』が通るであろう自身の横に向けて掌を向け、そこに大型の魔方陣を編み出していく


「これでどうです!『付与エンチャント輝炎グローフレイム!』」


その魔方陣をペトラの魔法が豪速で通り抜けるや否や、暴風の槍は中心部から猛烈な勢いで爆炎を噴き出し始めたのだ


螺旋に回転する風のミキサーにも炎は纏わり付き、結果、紅蓮に輝く槍と化してゼウルへと飛び出していく


ペトラの『風』とシオンの『炎』は相性がいい

強力な風に炎を合わせればより強い炎に、風の威力はそのままに力を増す


「ッ…小癪な…!その程度で次の魔将となるこの俺を討てると思うなッ!」


対するゼウルは振りかざしたグレイブに尋常ならざる魔力を集中させており、その刃の部分は暗く淀んだ光が今にも弾けそうな程に蓄えられていく


迫るシオンとペトラの合わせ技を前に退くことも無く、迎え撃つつもりなのだ


周囲にゼウルの魔力の光がまき散らされるほどの力を集中させたグレイブは、そのまま彼の目の前まで迫った魔法に対して大ぶりに振り抜かれ……


「うおっ!?そりゃやべぇって!」


「っ……そうかもっ……」


これには付近で短剣とガントレットをめまぐるしい速度で打ち合っていたマウラとバウロもたたかいの手を止めて妙に気の合った掛け合いをしながらお互いに離脱


マウラはすぐさまペトラの横まで戻り…







グレイブと魔法が激突した瞬間、そこに小さな星が現れたかのように周囲が光で埋め尽くされた



そう思わせるほどの大爆発は、岩場を囲む森林まで一帯をなぎ倒し、ゴロゴロと転がる岩場の岩を木っ端のように砕き、地面は大きなクレーターと化していく


その衝撃は少しの間止まることは無く、周囲の全てが壊れていくような爆発は数十秒も収まることは無かった程の威力だ


爆発と衝撃が収まる頃には戦闘が行われた岩場はもはや原型をとどめていなかった


更地と化した岩場はもはや、むき出しの大地に大きなクレーターを残すのみの場所へと変わり、周囲の森林まで吹き飛んだことで大地がむき出しの場所は元の岩場よりも格段に広くなっている


そんな中、三人固まって耐えていた場所だけはしっかりと地面が残っていた


三人を囲うように。様々な魔方陣が浮かぶ深緑の半円型の光が周囲の破壊から彼女達を守ったのだ


「はぁっ、はぁっ…!いか、ん…ちと魔力を持っていかれすぎた…!まさか、あれを正面から打ち返そうとするなど…っ想像もできんかった…っ」


しかし、ただでさえ大技の後だったことに加え、ゼウルの魔力まで加わった大爆発から二人を守る為に魔力を殆ど使い尽くしたのだ


息苦しげに膝をつき、言葉も途切れ途切れになる程行きを荒く乱したペトラだが、その視線は爆心地の方向をしっかりと見つめており


「ペトラ…っ!すみません。私が攻め切れていれば…ッ!少し休んでください」


「……っ大丈夫?」


シオンとマウラも心配そうに寄り添うが、あの一撃で倒せていなければ次はさらにまずいのだ


三人の視線は自然とゼウルが居たであろうクレーターの中心部に向けられ…





「こ、のッ…程度でッ!オレが死ぬと思ったか小娘共…!ぐッ…舐、めるな…ッ…この程度…この程度で!」


そこには確かにゼウルが立っていた


着ていた軍服もどきは大半が破れて半裸となり、打ち合ったグレイブはそこかしこに罅が走り、それを支えていた彼の腕は爆発の衝撃を受けきれずボロボロに血を流していたが


それでもゼウルは生きて声を上げていたのだ


驚異的な強度の肉体である


しかし、ダメージも相当なものであり、脚も引きずるようにしか歩けていないのを見るに攻撃は間違いなく効いている


「驚いた…いや、ここまで出来る者が現れるのも珍しい。ゼウルは決して弱くないが…あの合わせ技は良い攻撃であった」


しかし、地面にいつの間にか降りてきたギデオンはあの爆発に巻き込まれていた筈だが、そこには衣服の乱れも見られない


バウロもどうやら爆発を避けきったらしく、素早くゼウルに駆け寄ると彼に肩を貸しており、まだ無傷の二人が残っていることに三人の表情も曇る


「ふむ……どうだ?いっそこちら側にこないか?それだけの実力であれば相応の地位も、報酬もあたえてやれるぞ?」


「お断りです。そういう物には興味がありませんので……いえ、この場で生かして返してくださるなら検討はしておきますが…」


「くっくっ…其れが叶わないことくらいはわかるだろう?」


彼女達の前まで進んだギデオンは楽しげに笑いながら、しかしその目は確かに『死ぬか、こちらに着くか』をその場で決めさせようとしていた


立ち上がるシオンがペトラとそれを支えるマウラの前に立ち、その手を自らの胸に当てながら首をゆっくりと横に振り…



「…では、答えは決まっています。私達は『貴方達に着かず、生きて帰る』…その為の手段を、私達は与えられていますから」



この時、シオンはカナタから貰った武装の使用を決断した


あの攻撃の余波で傷1つ無い相手では、カナタから受け取った武装を纏っても勝てるかはかなり怪しいのは分かっていた


しかし、なにもせずに殺されることも魔神族の手先となることも許しはしない


ペトラとマウラも視線だけ合わせてこくり、と頷き、自らの胸に手を当てる


手を当てた胸に淡く光る紋様が光を放ち、その身に最後の希望を身に纏う為に


ギデオンもその心意気を買ったのか、無言で手にした剣の切っ先を彼女に向け、魔神族の頂点は意を決したシオンとの戦いを始める…



その時









ガシャンッ


ガシャングシャ


カラン…






何かの音が少し遠くから聞こえてくる事にその場の全員が気を取られた


あまりにもこの場に似つかわしくない、何かが落ちて壊れたような軽い音だ


視線を向ければ何か…金属のパーツを組み合わせたよく分からない物体が、その内部のパーツを地面にぶつかった衝撃で撒き散らしているのが見える


シオンも、そしてペトラとマウラも怪訝な顔でそれを見つめており、壊れる前が何なのかも分からないそれを警戒していく


バウロも彼に肩を担がれたゼウルも分からない顔でそのガラクタと化した金属を見つめ不思議しそうにしており


それと同じものが幾つも空から振ってくるのだ


先程の爆発に巻き込まれて壊れたのか、それが衝撃で天高く撃ち上がり、今ようやく地面に落ちてきたようである


しかし、ただ1人



ギデオンだけは見覚えがあった



その






「退けェ!ゼウル、バウロ!ガヘニクスと共に転移するのだ!」


「ど、どうしたんすかギデオン様?あのガラクタがどうかし……」


「グダグダと言っている場合ではない!が来る!お前達を気にして戦える相手ではないのだ!」


普段から落ち着きを払ったギデオンの尋常ならざる気迫き、慌てて転移魔法を起動するバウロ


魔神族は異界を渡って現れた種族故に、転移系の魔法を操ることができる


バウロを中心に魔方陣が広がり、まるで時計の針のように魔方陣の一部が回転を始め、転移までのカウントダウンを刻み始める


それを見届けたギデオンは目の前の少女達を人質にどうにかその者からの撤退を成功させるべく、視線を彼女達に向け














3人の少女の真後ろで幽鬼のように佇む漆黒の鎧と視線が交錯した


夜の闇に、その鎧に走るラインと金色に輝く双眼のバイザーが不気味にこちらを見つめているのだ



『それはもしかして、俺の事か?』



低いマシンボイスが響き、シオン達3人も眼を見開いて後ろを振り返る


そう




彼こそが勇者




救世の英雄であり



魔神族にとって最凶最悪の破壊者である



ーーー


「らっ、ラウラ先生っ!ラウラ先生いませんかっ!?」


「あら、どうしましたの?」


夜の帳も降り、宿の前で教師の面々が宿に戻る生徒の確認を取りながら待機をしている最中、慌ててラウラに駆け寄るのは制服をやや砂埃で汚した5人の男子生徒達だった


そう、彼らはシオン達3人の後を追い回して着いていた冒険者希望の生徒達だ


彼女達に向けて放たれたギデオンの最初の一撃が放つ爆音は彼らを震え上がらせるには十分すぎる威力を持っており、無我夢中で町へと引き返して来ていたのだ


若さと恐怖から来る焦りで山から町まで駆け抜けた彼らは真っ先にラウラへ助けを求めに来たのである


「山で爆発がっ…お、俺たちもふっとんで危なかったんです!」


「エーデライトさんとクラリウスさんも…クラーガスさんも山に居たんです!」


これには教師陣もざわつきを見せる


明らかに穏やかではない場所の最中に女子生徒が居ると言うのだ




「落ち着きましょう、皆さん」



ざわつく周囲に対して凛とした声を通すラウラは場を落ち着かせる為にパンパンと手を叩いて注目を集める


「救助には私が向かいますわ。他の先生方は引き続き、生徒達が戻ってくるのを待っていて下さいませ」


「ら、ラウラ様、1人では危ないです!私も着いていきます」


「俺も!俺も行くぞ!」


「わ、私だって!」


やいのやいの、ラウラが山に向かうのに着いていこうとする面々が教師生徒から現れた始めるのはひとえに彼女の人を引きつける魅力からだが、それを手で宥めるように制するラウラ


「もう、心配されなくても大丈夫ですわ?だって、こう見えても私…」


そういって手元に魔力の光を携え、小さな稲妻と共に手元へ現れた一振の杖を手にし、その先で地面をつき、黄金の魔力を周囲に放つ


その魔力の量も圧も、そして美しさも全てが一般の者達とは一線を画し教師にとって生徒の身の危険という緊急事態に慌てず、落ち着いて解決に乗り出す姿はまさしく…




「勇者の一向を勤めた女でしてよ?」



世界を救った英雄である


その美しい容姿に似合わず世界で最も過酷な旅から生還した強者つわものであり、この世の聖女達の頂点に立つ聖人なのだ


「山でトラブルに遭ってしまった生徒達は幸いにも本校でもっとも腕の立つレベルの子達ですわ。今から魔馬に跨がれば麓までそう時間はかかりません。その間の時間、彼女達の問題解決能力に全てを賭けますわ」


魔馬……そう呼ばれるのは一般の馬では無く魔獣として生息している馬のことである


その一つであるグレイタス・ホースは一般の馬よりも2,3回りも体が大きくパワーもスタミナも速度も桁違いだ


さらにその図体と力によって並の下級、魔物など相手にもならない程強く、怯えないこともあり旅の相棒としては非常に重宝されている


しかし、元来の気性が荒く、しっかりと上下関係を分からせて躾けなければ並の者では跨がることも出来ないこともあり、その利便性から一頭買うには小さな家が建つような金額を要求される


幸いにもユカレストは大都市であることもあり、魔馬を扱う店もいくつか存在している


ラウラはそのまま真っ直ぐに近場の大きな店舗に向かい、魔馬の貸し出しを願い出るが…


「そうだねぇ…聖女様の願いだ、力を貸すのは願ってもいないことなんだが…なにぶん、一番荒っぽいのしか今残ってないんだ。いくら聖女様の願いでも危険だよ」


その店主は悩み顔に困ったようなうなり声で答える


金額の張る魔馬を飼う者はそう多くないが、それよりも安く一定期間のレンタルであれば利用者は多く居るのだ


故に、裕福な商会や一定ランク以上の安定した収入がある実力者からはひっぱりだこであり安定して運用できる魔馬は今もすべて出払っていると言うことらしく


自分の店の馬が世界的有名人のラウラに怪我などさせよう者ならこの町…いや、この国に居場所などなくなってしまう


店主が首を縦に振らないのも仕方の無い話なのだ


ちょうど店先に噂の魔馬が五人の世話係の男達に引きずられてやってきたところだが……その五人もいいガタイの持ち主なのだが…どちらかというと彼らが引きずられているようにも見えるのは気のではないだろう


色は美しい艶のある真っ黒な体毛に、たてがみと尻尾だけが夜の闇でも光を発していると思える純白


そして見上げる位置に顔があるような体高があり脚も体もぎっちりと力強さを主張すつ筋肉質


これがグレイタス・ホースの中でも特に強い個体なのだろう


その目は野性的ではなく確かな知性が宿っており、今その瞳は明らかに連れてこられてきた事への不満が見てとれ、鼻息も不機嫌そうに鳴らしながら蹄を地面にぶつけて、まるで威嚇しているようにも見える


店の男達が暴れそうな不機嫌さに警戒しながらも、その中でラウラだけは何の警戒も怯えも見せずにその馬に近づいていくと馬もその目をラウラにまっすぐに向け、突然近寄る人間に強く警戒を露わに


今の魔馬は気が立っており、見せるだけだと言って連れてきたのだがまさか彼女の方から近寄るとは思ってもおらず


「せ、聖女様!そいつ不機嫌で気が立ってる!あんま近づいたらいかん!」


店長が焦って声を張りも既に手を伸ばせば届くような目の前までラウラは近寄ってしまっている


いくら勇者の一行とは言え後衛の回復と守りの聖女様に魔馬は怪我をさせかねない


…そう世間では思われているのだが




ラウラの手がたおやかに伸ばされ、不機嫌に鳴らされる鼻に優しく撫でるように触れられ…直後、ラウラの体からその身に分厚く纏うように金色の魔力が溢れ始める


しかし、それだけだ


何か言うことも無く、動作をすることもなく彼女は魔馬の鼻に優しく触れているだけ


だが、魔馬の方はそうでは無かった


自分など道端の虫に思える程の圧倒的な魔力


言葉にも行動にもなく、そこに暴力性や害意、悪意もない純粋な力の証明


それを前に魔馬は……その場で膝を折り頭を下げた


店員はそれを呆然と眺めているのも無理は無く、この魔馬をまともに扱えた者は今のところおらず、強い馬を産ませる種馬以外で活躍したことは殆ど無かった暴れ馬が、自ら人よりも視線を下げたのだ


「ふふっ、いい子ですわね。ほら、いらっしゃいな」


むしろ緊張しているのは魔馬の方らしく、彼女の言葉が分かっているのか恐る恐る顔をラウラに近づけていき、ラウラはその大きな魔馬の顔を自らの胸に優しく抱き込んでいく


「ねぇ、あなたの背中に乗せて欲しいのですわ。あなたのような力強くて風のように走り抜ける、頼れる馬を探していましたの。……力を貸してくださいませんか?」


むっちりと彼女のはち切れそうな胸の膨らみに思いっきり抱きしめられていた魔馬はその言葉に鼻を力一杯鳴らして嘶いたのは、今度は不機嫌だからでは無い


この女性の力になりたい、と


初めて人の力になりたいと奮起しているのである


「と、言うわけでこの馬をお借りいたしますわね」


事もなげにそういった彼女は見た目からは考えられない軽やかさで馬の背中に飛び乗ると興奮したように嘶き彼女が指さす方向に向けて走り始めていく魔馬


その後ろ姿を店の男達は呆然と見送りながら一言


「……すげぇ」


と声を揃えて漏らしたのであった



ーーー



『俺はお前に会いたかったんだがな、ギデオン。あまり寂しいこと言わないでくれ』


はぁ…と、ため息交じりのわざとらしい機械音声が場違いなほどに周囲の緊迫感は高まっていた


ギデオンとジンドーは手を繋げるような距離で向かい合っており、三人の少女も二人の魔神族の青年も目を見張ってその光景を見つめている


方や伝説の勇者、方や魔神族の頂点に立つ戦士


互いに敵対し、数年前に殺し合いを演じたとは思えないフランクなジンドーの言葉にギデオンも苦笑いを漏らしながらシオンに突きつけていた剣をゆっくりと下げていく


「いや、俺はお前に会いたくなかったぞ。だいたい何だその口数は?知らぬ間によく喋るようになったじゃないか。昔のお前はまさに殺戮の権化…殺す以外の機能を持たぬゴーレムのようであった筈だが…」


『なに、人は変わる物だだろう?それよりもお前に聞きたいことが少しあってな』


ギデオンの嫌味をさらり、と受け流すジンドーはまるで友人に道でも尋ねるように話し始めていき


が逃げ出したんだ。どこに行ったかずっと探しているんだが…知らないか?』


「!……いや、すまんが力になれそうに無いな。あぁ、こちらからも聞きたいが…の行方…お前なら知っているかと思ってな。どうだ、知っていたりするか?」


『どうだったかな…少し、記憶には無さそうだ、悪いな』


二人の会話は別の単語に置き換えているが明らかにジンドーが封印した四魔竜の所在についての内容だ


お互い、居場所を公開する気が無いのか白々しく首を傾げており思ってもいないことを平然と会話に混ぜ込んでいるが、仰天しているのはギデオンの方であった


(なんだこの男…!?三年前とはまるで別人では無いか!…昔は交渉の余地などない、こちらを視界に捉えれば即座に殲滅しか行動を取らなかったあのジンドーがここまで会話に答えるとは…。しかし、方向性は変わっておらんようだ)


漆黒の鎧に金色のバイザーからでは彼の表情をおがむことは出来ないが、その言葉からは四魔竜を逃がさない、という目的がありありと露わになっている


しかし、現在戦闘に発展していないのを考えるに彼もこの場でどうこうする気は今は無さそうである


(なぜだ…奴の無人兵器がここらを周回していたのならガヘニクスがこの山に居ることくらい予想は立っているはず。ガヘニクスと纏めて我々を始末しようと動いてもおかしくないが……)


不自然なのはそこだ


ジンドーの目的はガヘニクスだ


そしてこの世界を手に入れんと動く魔神族の殲滅…今、彼の目の前に滅ぼすべき全てが揃っていると言えるが彼が行動に移す様子は無い


逆に何もおこさないようにしている節さえ見えるのは…


(…まさか後ろの少女達か?あのジンドーがたかだか三人の少女を戦闘に巻き込まないようにしているとでも?…奴は転移魔法の存在に気付いているはずだ。本来なら転移する前に始末しに来る筈だが、やはり…)


「しかし、なんだ…少し丸くなったんじゃ無いか、ジンドー?こうして言葉を交わして正直驚いたぞ」


『そんなことは無い。…と、言いたいがかつての仲間にも同じ事を言われたな。お前こそ、俺と会話なんて余裕があるな?てっきり顔を合わせてすぐに戦うことにうなると思ってたんだ』


ギデオンの背後で輝く転移の魔方陣は既に完成間近のようであり、視線を向ければ起動しているバウロもこくり、と転移できることを知らせている


勇者が追撃の意思を示さない今、気が変わらないうちに転移するのが最良だろう、その判断のギデオンがアイコンタクトを送ればギデオンを含む三人の真下がまばゆく光り始め、転移が開始されていく


「悪いが今は忙しいんだ、ジンドー。ここは少し退かせて貰うが…」


『そうか……ところで最後に聞いてもいいか?』


隠すこと無く逃げることを告げるギデオンに仕方ない、と頷きながら返すジンドーが思いついたように言葉を投げかけ








「!?」


その言葉に目を剥いて驚きを隠せなかったのはギデオンだった


「貴様!どこまで知って……」


ギデオンが問いただそうとしたその瞬間、彼らの姿は光の粒子となってかき消えていく


転移魔法が完全に起動しどことも分からない場所へと移動していったのだ


そして、静かに、暗くなった岩場には三人の少女と勇者だけが残されることとなったのであった


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