第18話 行く先は幸か滅びか


「やっぱりシオンもか。まぁ、2人も来たから来ると思ったけど」


「ええ、そういうことです。…本当は私が一番に行きたかったのですが…」


「…大事か?その順番…」


「大事ですとも。とても…私達の中では特にですが」


「…そっか」


ダンススペースでカナタと向かい合うシオンだが、その表情は少し、むすっ、としておりどこか不満そうに目をじっとりと細めている


無言で手を差し出しているのは、手を取って踊って欲しいと言っているのだろう



その手を下から掬うように取れば頬を朱に染めながら笑みを浮かべて体をカナタへと預けていく


「…キス、していましたね?2人と」


「ぅ…い、いや、マウラからはしたというよりされた方だし…ペトラのは挨拶みたいな…」


「ずるいです。私にも要求します」


「ずるいって、おま…」


曲に合わせて踊る2人は静かに言葉を交わしていく


特に不味いことをしたわけではない筈なのだが…じっとりしたシオンの視線はなかなかの威力だ


シオンの手形カナタの手を強く握り、体を押し付けるように寄せていけば顔も目と鼻の先まで近づいていき


「…お前らの所と違うかもしれないけど…俺の故郷だと、ペトラみたいな手にする以外は特別な相手にしかしないんだ」


「ええ、。…ここまで言っているのですよ?…もしかして、私達が知り合った男性全員にそんなことをすると思っていましたか?」


それはもう、聞き間違いでなければカナタへの想いを口にしているのと同じだった


これには口を閉ざして、どうすればいいのか分からなそうにするカナタだが…頬を赤くして視線をそらしている、少なくともり嫌ではないのだとシオンは確信する


「…んなことは言ってないって。ただ…そこまで好かれる理由も分からないし…」


「理由なんて、私達がそう思っていればそれでいいのです。理由ばかりつけなきゃ不安というのなら、私が1から10まで心の内を囁き続けますが…」


「やめて!それは俺が恥ずかしくて死ぬ!」


この場で自分に惚れてる理由をつらつらと囁かれるなど、恋愛初心者のカナタの精神は耐えられないのだ


シオンは、そんなカナタに朱に染まった顔で笑いながら


「でも、カナタ。私達3人は皆同じ気持ちです。…むしろ、今まで分かってなかったのならカナタは相当鈍感な部類だと思いますが。私達、結構あからさまにアピールしてたと思いますし」


「いや、なんというか…それがこのせか…あ、いや、この辺りの国の距離感だったりするのかなぁ、と…はは…」


異世界だから男女の距離感も異世界風か!……そんな考えが頭のどこかにあったカナタだが、その考えを加速させていたのは旅の最中のラウラだろう


顔も知らない男にあそこまで抱き締めたり手を取ったり真横に来たり…「進んでるなぁ」とか「近くない?」と思ったことは多々あったのである


「なぁ、その気持ちはすっげー嬉しいけどさ…俺はその内自分の故郷に帰るつもりなんだ。でも、そこがちょっとばかし遠すぎて、文化も何もかも全く違う。だから…」


「なら、着いていきます。どんな場所でも、どんな距離でも。それがカナタの隣なら、何処へでも3人で一緒に…」


その故郷はあまりにも遠く、あまりにも距離がある…それはこのアルスガルドに生きる彼女達からすれば文字通り異世界だ


しかし、シオンの言葉に迷いはない


カナタの言葉に慌てることもなく、悲観することもなく…それが当たり前で、当然だから言っている、とでも言うような芯の通った言葉


「私を…私達をあの地獄から助け出してくれて、泣いてばっかりの私達に生きる力を教えてくれて、その間もずっと守ってくれて…ご飯も、服も、カナタはお父さんみたいに用意してくれました。3人では怖いと泣いた夜も、同じベッドにいてくれました。そんなカナタに私は…いえ、私達は惚れたのです」


今度は回り道の無い、まっすぐな好意


ダンスに脚を手を、体を動かしながら己と姉妹のような2人の心を吐露するシオンは、返事が欲しいような素振りもなく、その語り方はまさに『告白』であった


「…なぁ、シオン。俺はさ…」


「この場での返事は不要です、カナタ。ですが……このままでは終わらせません。必ず…必ずカナタの心を手に入れます。なので…」


曲の終わりと同時にカナタの体に前から密着すると、頭半分背の低いシオンは彼のシャツの胸元を掴むと、ぐいっ、と下に引き寄せ…


「んっ……………」


「っ」


カナタの唇に自分の唇を押し当てる


目を丸くするカナタに対し、目を閉じて出きる限り深く、強く唇を押し付けるシオン


周りの目など何も気にしない…いや、むしろ自分の想いが誰に向けられているのか見せつけるようにダンススペースのど真ん中でのキス



会場中から『おおっ!』という驚きと『ああっ!?』という嘆きの声がそこら中から響き渡る


前者は恋愛好きな女子や教師、後者はもちろん、彼女を狙っていた男子達だ


そんなことは意にも介さないシオンはたっぷり10秒以上唇を重ねるとゆっくりと顔を離し…


「覚悟しておいてください。カナタのこと、絶対に逃がしませんので」


落ち着いた瞳に反した朱色の頬と決意に満ちた過激とも言える言葉はカナタの耳にしか入らなかっただろう


そのカナタも突然のファーストキスに唖然としており、何も言葉を返せないまま彼女を見つめることしかできなくなっていた


しかし、彼女の想いと覚悟はこの会場の全員が思い知ったのであった


そんなシオンは少しだけカナタから離れると、彼に向けて手を伸ばし


「さぁ、帰りましょうか、カナタ」


何事もなかったかのようにそう言った


カナタも何かを言おうと口を開くが…この時は黙って差し出された手を握り、2人揃って手を繋いでダンススペースを歩き去っていく


その夜、カナタと3人は色々と話し合うことになるのだが…


そんなカナタ達のことを、一際呆然として見送る3人の男子の姿が会場にはあった…


ーーー


会場中のパートナーが居ない男子生徒達は悔しそうにしながら『相手の男は何者なのか!?』と慌てて情報を集め出す中…


茫然自失の少年3人が壇上付近で石のように固まっていた


そう…王太子レインドールとユータス、オルファの3人である


3人ともがそれぞれ、シオン、マウラ、ペトラに一発で惚れ込んでしまい、この夜宴でも是非声をかけて踊ってもらえないか…と心を踊らせていた所に、順番に彼らのメンタルを破壊していくシオン達3人の行動


その結果、思考停止のまま固まって動けなくなっていたのだ


「なぁ…その…見間違いとか…」


「さ、流石に無理だろレイン…認めろって」


「これは…ボクもちょっと……受け入れられない…かなって…」


真っ青な顔のまま開いた口が塞がらない3人は現実逃避気味でダンススペースを去っていく彼女達の背中を見送るとがっくりと揃って膝を着く


初めての恋がこんな始まり方をするなど思ってもおらず、衝撃が大きすぎたのだ


「い、いや、あの男に何か…そう、何か弱みを握られているとか…」


「そうは見えなかったがなぁ…」


「…明らかに彼女達がぞっこん、て感じだよね…はぁ…」


レインドールがよく分からない方向に考え方を拗らせかけるが他の2人はその辺をしっかり認識していた


話していた内容は聞こえなかったが、どれもが少女達から新任教師へとアプローチしていたのは火を見るよりも明らかだ


ここで訳の分からない勘違いをするのはあまりにもみっともないのは三人とも分かっているのだが…それで割り切れないのが初恋である


「…お、俺はこの国の王太子だ!彼女にも楽をさせてやれる!」


「なんか権力振り回してるだけに見えるぞ、レイン…」


「どちらかと言えばあの三人、楽するより苦も共にする…って感じだしね。レイン、間違ってもシオン嬢に言わない方がいいよ」


「ぐうぅっ」と二人からの指摘に息を詰まらせるレインドール


普段はこのようなことを言う男では無いのだが…冷静ではないようで、あの新任教師になくて自分にはあるアピールポイントを頭をひねって絞り出している


「彼女は魔法使いだ、俺は既に剣技でなら師匠を名乗れる!彼女の前衛としてしっかりと守ってあげられ…」


「それがよぉ…の拳で無傷だったみたいだぞ、あの新任」


「しかも、新入生とはいえ、かの『剣将』と呼ばれているヴァイデン将軍の一番弟子を片手で押さえ込んだそうだよ。ちょっと得体が知れなさすぎる…」


オーゼフは実践教師の中でも随一の近接戦能力を備えており、どんな悪さをする生徒も彼の拳で黙らなかった物は未だに居ないのだ


さらにこの国の軍に君臨するトップ2である将軍…ヴァイデン将軍は剣と身体強化か系の魔法を極めた男であり、『剣将』とまであだ名されるほどの武勇を誇る戦士である


その一番弟子など、恐らく本気で戦えば国の上級兵とすらいい勝負が出来るような少年なのだ


それを片手で押さえこむなど明らかに「ただ強い」では考えにくい力だ


レインドールも王太子として、そして幼い頃から魔法も剣も一流の師匠のもとで鍛錬を積んできた一級の強さを持ってはいるのだが…恐らくオーゼフには簡単に伸されてしまうだろう


「ま、要はあの新任よりもいいとこ見せればいいんだろ?燃えるじゃねぇか!」


「脳筋は簡単に割り切れていいね…でも、この場合それしか無いかも。彼女達、明らかに嫌ってそうだし。そもそも顔と身分で寄ってくるなら食堂で会ったときにはこっちにベッタベタの筈だからね」


「いや…顔がどうのとは、まだ言ってないが…」


居心地悪くそう呟くレインドールだが、明らかに新任教師と自分の容姿を秤にかけて「自分の方が有利だ」と考えていたのだろう


しかし、流石に自分のアピールポイントが「顔と権力!」と言い切れるほど男を捨てていなかったのであった


彼らの作戦会議は、パーティーそっちのけで夜が更けるまで続いたのだった…





ーーー


「………言っちゃった…?」


「言うたのか…?」


「ええ、言いました」


シオンの部屋に集まったマウラとペトラ


三人揃ってベッドの上に座り込んで顔を合わせているが、その雰囲気は真剣で険しい物だ


尋問のような問いかけのマウラとペトラに対し、シオンは「当然です」とでも言うかのようなきっぱりした返答


その言葉に沈黙を返すマウラとペトラだがその体は小さく震えているようで、まるで怒りを堪えているかのよ…




「よくやったぞシオン!あの朴念仁め、ようやく我らの心を一端でも理解したか!」


「………これでたくさんくっついたりしても…不自然じゃ無い…っ……好きだからって、分かってもらえる……!」



全然そんなことは無かった


今までは『カナタにそういう気持ちを自分たちに持ってほしい』という行動だったので、あからさまな態度やストレートな好意の伝え方を抑えてきたが、これからはどれだけきわどく攻めても「だって、カナタが好きだから」と彼自身が分かっていることとなる


むしろさらにあからさまなアプローチをしても不自然では無くなったのだ


「あと気になったのは、カナタがいつか故郷に帰る…という話をしていたことです。彼の言い方からすると…『二度とこのあたりに戻ってこれない可能性がある程の遠方』かつ『この地方とは文化が違いすぎる』…そう捉えるのが正解でしょう」


「むぅ…妙だな。カナタは距離無制限という転移の神話遺物オーパーツを持っておるのに『遠すぎる』と口にしたのか?」


「……カナタ…世界中旅をしてたって言ってたのに……『文化が違いすぎ』っていうのもちょっと変………」


思い返せば浮かんでくる小さな違和感


カナタのことを考えれば考えるほど、普段見せてこない彼の謎に指先が触れるのだ


しかし、だからこそ三人は彼に心を寄せてほしい


そんな謎も、見せない秘密も、全て分かち合えるパートナーになりたいのだから





ーーー


その頃、1つ下の階でも…



「三人が俺に……か…まじか…」


自室で一人呟くカナタ


もちろんその言葉は先ほどのダンス中に語られたシオンの言葉のことだ


小学校の頃は遊んでばかりで、そこから先は戦いばかりで恋愛など一切触らずに通ってきたカナタからすれば突然降ってわいたような話だ


確かに、いい雰囲気だったりスキンシップが多かったりラッキーではないスケベがあったりとよく考えれば「…あぁ、確かに」と想ってしまうことばかりだ


そして彼女達のその想いを…どうしようも無く嬉しいと思うカナタ


しかし、だからこそ…いずれ故郷である別の世界に帰ろうとしている自分に付き合わせるわけにはいかないと、そう思ったのだが…


シオンの迷いない視線と覚悟が脳裏に蘇る


どこにでも、どこまででも共に居る…と


付き合わせてはいけない、と想う反面、その言葉がまるで体を浮き上がらせるような高揚感を満たしてくるのだ


「恋愛って難しいのな…」


はぁ…と世の独り身の男達から総出で殺されかねないことを呟くカナタだが…





突然、彼の頭の中に『ピッピッピ』と電子音のような物が響き渡る


その音に目を瞬かせながら人差し指と中指をこめかみに押し当てる


「どうした『アマテラス』。部品でも飛んでったか?」


『違いますマスター』


彼の独り言のような言葉に対して、その返答はカナタの脳内でのみ返された

テレパシーに似ているが、どちらかと言えば通信に近いだろう


女性型の電子音声であり、はきはきとした人がしゃべっているとは思えないマシンボイス


『アマテラス』…それはカナタの作った『作品』を統率出来る半人工知能にして、カナタの作った物の中でも最高に迫る傑作品である


なぜ『半』人工知能なのかと言えば…アマテラスはカナタの無意識をリンクさせ思考パターンを元に作られているからだ


なのでカナタが操作していない状態でもカナタとほぼ同じ判断を下すことか出来るのである


『緊急事態です、マスター。至急対処を』


「どったのよ。俺は今人生初にして最大の問題に…」


『今から23分17秒前に封印中枢:WINTERが機能を停止しました』












「………………………なに?」


恋愛話に冗談を言いかけたカナタがアマテラスの報告を耳にした瞬間、真顔で目を細めて聞き返す


『封印施設の迎撃設備が作動した記録あり。現在、封印中枢:WINTERは施設、封印、いずれも反応を確認できません。…壊滅したかと思われます』


ちっ、と舌打ちをしながら眉間を押さえたカナタ


「…で、は?」


『逃走しました。現在、『魔蛇龍ガヘニクス』は封印地点のあるヨルフェ帝国北部の寒冷地帯を抜けて南下中…地中へ潜行した為、進行方向は推測となりますが、向かっている先はラヴァン王国東部、活火山地帯付近かと思われます』


「よりにもよってこっちに来るか…いや、むしろ好都合か?始末しやすくなったと言えばその通りだし…。アマテラス、『SPRING』『AUTUMN』『SUMMER』の警戒を引き上げろ。近場の基地から航空無人攻撃機ドローンイエロー、グリーン、パープル隊を回せ」


『了解しました。イエロー隊、グリーン隊、パープル隊、直ちに発進します。『ガヘニクス』はどういたしますか?』


「そこは確か観光地があったはずだ。『四魔』は下手に戦闘するとそこら一帯が更地になる…今は放っておく。『WINTER』の封印から抜けたばかりなら暫くは大人しくしてるだろう。ブラック隊を動かして見つけ出せ、発見次第すぐに教えろ」


『了解しました』


カナタの頭の中から音が消え去り、アマテラスとの通信を終えると「ふぅ…」と息をつき、窓から外を見つめる


静かな夜の景色だが、恐らくこの光景に似つかわしくない争乱がこの先起こるだろうことをカナタは予感していた


(動き出したか、『魔神族』…)





それぞれ四季の名を持つ4つの封印施設はカナタが自ら作り上げたものだ


魔神討伐の旅の最中に出会った魔物4匹を、倒す時間をかけずに封じておくための封印機能であり、それはどれもが間違っても人の入らない魔物や魔獣の跋扈する大自然の深奥に作られている


それぞれが周囲の環境から『冬の冷気エネルギー』『夏の熱エネルギー』『秋の豊穣エネルギー』『春の生命エネルギー』を糧に無限の魔力を持って内部の者を封印する機能があり、そして施設の内外にはまるでSF映画のような防衛施設が張り巡らされているのだ


その迎撃を掻い潜りながら


施封印から抜け出した魔物は自分を捕らえていた施設を徹底的に破壊しているのだろう、反応がないのも頷ける話しだ


しかし、施設の迎撃設備は生半可な物ではない


外部、内部ともに嵐のように攻撃を浴びせる武装、更には外壁に強力な魔力防壁を完備された要塞なのだ


そして、わざわざ危険を冒してまでその封印を解きに来る…その相手にカナタは心当たりがあるのだった




そしてこの一件を機に





世界アルスガルドは再び動乱の時を迎えることとなる

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