第17話 Shall we dance?


「新入生歓迎会ですか?」


「らしいですわ。明日、上級生が新入生達の為に貴族風の夜宴を行う、と言うことですので、カナタさんもお行きになりませんの?」


校庭での腕試しは結局あの後に流れで終了した


只でさえ目立っていたシオン達が、さらにザックのプライドに火をつけないように『絶対変な真似はするな!いいな、絶対だぞ!?』というカナタの視線による訴えで、結局無難な魔法を披露して終わった3人は少し不完全燃焼気味だ


そんな講義の後、昼休憩の為に職員室に戻ればラウラから聞き覚えのない催し物の話を耳にするカナタ


「懐かしいですわぁ。私も12歳の時にしていただきましたの。特に今年は開催の指揮を王太子殿下が取られているので、かなり派手に開かれるかも知れませんわね」


どうやら恒例のイベントであるらしく、しかし貴族のパーティーと聞いて内心げんなりとするカナタ





とはいえ、新入生であるあの3人が行くなら…と思いながら、その日の夜に彼女達と夕食を囲んでいる時に聞いてみると


「…それは、行かないとダメでしょうか?」


「なんというか…あまり気乗りはせんのぅ」


「……めんどくさい……」


三者一致で乗り気では無さそうである


「いやまぁ、気持ちは分かるけどな?一応学院の催し事の一環だからサボるって訳にもいかないみたいだぞ。…ま、成績とかは関係ないけど、覚えは良くないな」


「仕方ない…行くとするか」


「格好は制服らしいぞ。じゃないと貴族だけドレスって事になりかねないからな」


「それは良いですね。視線が減ります」


特にシオンは、特別胸の辺りに視線を集めるので、嘆息しながら制服での参加に安堵の様子だ


「……カナタも来る…?……それなら…行く……」


「おう。一応な。まぁ、 俺は壁の側で飯でも食ってるか」


マウラに至ってはカナタが来なければ来る気は毛頭無かったようである


「ダンスもあるらしいけど…ま、そこは誘われて行こうと思ったらでいいらしいからな。3人なら見ただけでもいけるだろ」


「ダンス…誘いか…ふむ…」


一方、ペトラはなにかを考えているようで、顎に手を当てたまま独り言のように呟いている


その瞳には、悪戯な光が灯っているのであった


ーーー


【sideシオン・エーデライト】


…翌日の夕方…


1年生の人数は非常に多い


1200人にも昇る1年生を一回の夜宴では歓迎しきれないので、この歓迎会は3日間続くそうです


今朝、教室に行けば全員の机の上に招待状が置いてあり、そこに3日間の内のいつ行けばいいかが記載されていました


私達3人は同じ1日目、つまり今夜です


この歓迎会は庶民や貴族、1年生と上級者が交流できる場所であり、ここで縁を結んでおくことや、生涯のパートナーの目星を付けるのだとか…私達には関係のない話ですが


巨大なホール会場は新人貴族が催し事の練習に使えるための場所と聞いていましたが、かなり大きい


そこに白布を綺麗にかけられた丸テーブルが中心を囲むように並べられ、その上には豪華に盛り付けられた料理の数々が所狭しと並べられていて


中央はダンススペースとなっており、会場の両サイドに楽団が控えているのは交代で演奏を行うからでしょうか


今は制服姿の1年生が会場のテーブル付近に纏まっている状態ですが…



既に声をかけられること7回です


ペトラとマウラを合わせれば20回以上…


『最初のダンスは是非』『良ければ今後とも良き友人…いや、パートナーとしてどうでしょう?』『躍りを教えて差し上げましょうか?』等々…


歯の浮くような言葉とのぼせたような視線で近寄ってくる男子学生の多いこと…


そんな事にうんざりし始めた矢先…楽団から控えめな音量の音楽が演奏され初め、どうやら夜会が始まるようです


壇上から現れたのは…確か前に食堂で会ったレインドールというこの国の王子ですね


…周囲の女子生徒が悲鳴のような黄色い悲鳴を上げてはしゃいでいますが…確かに顔は整っていますけれど、そんなにはしゃぐ程のものでしょうか?


『今夜は君達1年生の為に開かれた宴だ。存分に飲み、存分に食べ、存分に語らってくれ!踊るも良し、食べて帰るも良し、君達を縛るルールはここでは何一つ無い、自由に楽しんでくれ』


拡声魔法により会場の隅まで響く声に、耳を塞ぎたくなるほどの女子生徒の歓声と盛大な拍手が響き渡っていくと、耳の良いマウラは眉を寄せて不快そうな表情ですね


どうやら、ここからが夜会の始まりなのか自由に動き始める生徒達


私達は揃って食事に専念…という姿勢を見せなければ変な誘いが多くで気が休まりません


「レディ、良ければこの私と踊っていただけませんか?」


「申し訳ありません。あまり踊りは得意ではないので…」


「どうでしょう?あちらで俺と食事でも…良ければ今夜は我が家に来ませんか?」


「予定がありますので」


…他の男性を断ってるのを見ている筈の貴族らしき男子生徒が『なら俺となら大丈夫だろ』と言わんばかりにやって来る


カナタはと言うと、少しはなれた場所で食事を持った皿を手にしているけれど…相手が彼なら即お相手するのに…


中央のスペースでは、既に手の速い男子生徒や女子生徒が相手を見つけて何組も各々でダンスをしているのが見えるけれど、このような家柄身分関係無しのダンスでは、声をかけられてダンス了承が、それ即ちと取られてしまう事が多い


なので何としても行くわけにはいかないが…


「クラリウスさん、今夜貴女の手を取る栄誉をこの私に…」「クラリウス様、貴女の赤い瞳に捕らわれてしまいました…どうか、私とのお時間を…」


ペトラもかなり苦労していそうですが…


おや?


ペトラが集る男子生徒達を置いて、無言のまま歩きだしてそのまま…カナタの所へ…


…………………まさか!?



「カナタ・アース先生。折角私の副担任になられたのです…良ければ私、ペルトゥラス・クラリウスと踊っていただくこと、叶いませんか?」





やられました!


生徒同士の場で教師から生徒への声かけはあり得ないが、


くっ……考えが及びませんでした…!


それであれば夜会が終わるまでだって踊れるのに…!


「く、クラリウスさん。沢山声を掛けられていたみたいだけど、そっちは…」


「これから踊る相手にそんな水臭い呼び方はお止めください…どうぞ、『ペトラ』と呼んでいただければ…」


カナタは集まった男子生徒を捌かなくていいのか、と言いかけましたがそこに被せるようにまさかの愛称で呼ぶことを許す発言!


わざとです…あれはわざと他の男性に聞こえるように言っています…!


ペトラに集っていた男性が信じられないものを見る目でカナタに視線を向けてざわついていますが…ペトラ、貴女もう彼らの事なんて意識にありませんね?


隣ではマウラも『次は私』と言うかのように尻尾を揺らしているのが見えます


ですが…次は私がするのです!あ、こらマウラっ、私の前に出るのは止めなさい!



ーーー


【sideペルトゥラス・クラリウス】


くくっ…カナタは昨日言っておった


『教師の俺がお前らと踊るのは無理だろ。教え子に手を出そうとするみたいに見えるし…』


つまり、教え子に手を出すのではなく…いいのだろう?


なにやら周りに集まっていた男子共が何か騒いでいたが…もうどうでも良いな


それに、カナタはあーだこーだと言いながら我らをはね除けることはしない男だ


我が差し出した手を『仕方ないな』という優しい笑みで握ってダンススペースに連れ出してくれるカナタに不覚にも胸の高鳴りが抑えきれなくなっていく


しかし…それがどうしようもなく心地いい


先程のテーブルでシオンが『やりましたね、ペトラ…!』という視線を投げ掛けているが…くくっ、一番乗りは我よ!


「見よう見まねだからな。下手でも文句言うなよ?」


「うむ、構わぬ…別に、我がリードしてやっても構わんぞ?」


「ははっ、それは恥ずかしいな」


そう言うとカナタと繋いだ手を中心に体を寄せ合い、体重をかけ、しっかりとお互いに触れながら踊り始める


カナタの手が腰元に回され、その体に寄りかかり、胴体がしっかりと密着すれば高揚感と多幸感で他の事など考えられなくなりそうだ…


カナタの顔は…平静に見えるが、その頬に朱がさしているのを見るに…我とこうして近く触れあって少しなりとドキドキしてくれているようだ


そうでなければ声をかけた甲斐もないというものだ


二曲分、きっちりと踊りきり、慣れない躍りの動きで少しお互いに息をしながらも、我は満足だった


「楽しかったな、カナタ。…なんだ、踊れたではないか」


「見れば少しはな。ほら、良く見られてるぞ…あんま目立つなよ?」


と言いながらお互いに礼をして離れていくかと思いきや…カナタが我の手を取り、体を前に倒してそのまま手の甲に…唇を押し当て…っ!?!?


「今宵、お付き合いいただいた素敵なレディに心より感謝を……なんてね」


声をかけたときの意趣返しなのか、真面目で作った声音から冗談めかした言葉が繋がっていたのだが…


完全に頭の中が真っ白になっていた


だ、だってカナタの唇がっ、て、手の…っ…!


恐らく我の顔は真っ赤だ


だが…気分は最高だ!


我もカナタの手を取り、口許に近づけるとそっと唇を押し当てる


「こちらこそ、素敵な紳士との時間に心より感謝を…」


お互いに冗談めかした挨拶に少し笑ってしまいながら、離れるように元の場所へと戻るカナタと我だが…うむ…


人目があったのをすっかり忘れておった……


『くぅぅっ!』と唸りが聞こえてきそうなシオンの表情に苦笑いしながらも、次にカナタの元へと向かう2人へと我もエールを送るのだった



相手の手に顔を近づいて口づけをするのは敬愛と信頼の印


お辞儀の姿勢でキスすることからそのような意味を持つ



しかし、相手の手を口許にもってきて口づけをするのは親愛と情熱の印


相手の口づけする場所を、自分の口に寄せることから『あなたが欲しい』という意味である


それを知る者からみると…2人の間に確かな…それも少女の方から彼に強い想いを持つ絆があることが分かるだろう


しかし、それが分かっても…認められる者は殆どいなかったのだった






ちなみに、カナタも『やば…ノリと冗談と勢いでやったけど、引かれてないか…?』

とやってから顔を赤くして冷や汗を流していたりする…


ーーー


【sideマウラ・クラーガス】


正直、ご飯だけ食べて帰るつもりだった…


ご飯はおいしいし、カナタも居るしシオンもペトラも居るけど…周りの人が鬱陶しいから、三人を連れて部屋に帰った方がいいって


最初に話してた…えっと…王子?が好きにしてもいいって言うからその方がみんな楽しく過ごせるし


だけど、ペトラがカナタと真ん中で踊ってるの見たらそんな気持ちどっか行ってたの


ペトラもカナタも一緒に踊ってる間はすっごく楽しそうで、それでペトラはすっごく幸せそうで、見てるだけでドキドキするくらい


最後にカナタとペトラがお互いの手にキスしてるの見たらもう我慢できなかったから、そこからカナタのところに行って…


「…………カナタ…次は私……踊ろ…?」


そう言ったらカナタも「しょうがないな」って顔してまた真ん中に連れてってくれて、でも…その間シオンがすごい力の視線でこっち見てたから後でゴメンって言っとかないと


でも…


曲が流れてきて、カナタが引っ張るみたいに踊り方も教えてくれる


たまにきゅってくっついたり、逆に体を後ろから抱き寄せられたり…ドキドキしっぱなしでどうにかなっちゃいそうで…


カナタからくっついてくれることはあんまり無いから、背中とか腰とかに手を回されて寄せられると、くっついてるカナタに私のドキドキが聞こえちゃいそう


ペトラもこんな気持ちだったんだ、って


だからあんなに幸せそうな顔でカナタと踊ってたんだって分かった


でも、たまにくっついて、また離れて…音楽に合わせてそれの繰り返しだと、物足りないって思っちゃう


くっついた隙に尻尾をカナタの脚に巻き付けて離れなくすると「おい、転ぶぞ?」と小声でカナタが言ってくるけどそんなこと気にならないくらい、今は幸せだから


「……カナタが受け止めてくれる…ふふっ…楽しい…カナタは…?」


カナタにも楽しいって思ってほしいから。そうしたら…


「そりゃ…楽しいよ。それに……誘ってくれてうれしかった」


ちょっと赤いほっぺでこっちに視線を合わせながら言ってくれるカナタに…ちょっと心臓が爆発しそうになった


踊ってる最中だけど、カナタにぎゅって抱きついて


尻尾もカナタのお腹に絡みつけて


顔を暖かいカナタの胸にぐりぐり押しつけながら


「……撫でて、カナタ…」


多分、今の私真っ赤になってる


今顔見られると恥ずかしいから…ちょっとだけこのまま


カナタも最初はちょっと固まってたけど…やっぱり頭に手を置いて耳も一緒に強く撫でてくれる


暖かくて、おっきくて、でもちょっと傷がいっぱいある…私の大好きなカナタの手


いい匂いで、ずっと触ってほしいくらい、大好き


だから、曲が終わってからちょっとだけ背伸びして


”ちゅっ”


カナタのほっぺに触れるだけのキス


目をまん丸にしてびっくりしてる…ふふっ


でも流石に恥ずかしくってそのままシオンとペトラのところまで走って戻ってきちゃった


ずっとドキドキしてた胸がこれ以上無いくらい暴れてる…っ!


すっごく恥ずかしいのに…でも飛び跳ねたいくらい幸せ


「……にゃぁっ………!」


カナタに真っ赤な顔を見られないように振り返らないで走るけど




この時に真っ赤な顔のカナタを見られなかったのは…痛恨のミスだったかも… 


ーーー


会場の男子生徒は相当にざわついていた


彼らが狙っていた三人の美しい少女達のうち、二人は自分たちのアプローチには毛ほども靡かなかったのに新任の、たった17歳という自分たちと変わらない年齢の教師に揃って向かい、なんとも花咲くような表情でダンスを踊っているのだ


貴族でも無い、特別といえるほど特徴的な美男子というわけでも無いそんな男にだ


あげく銀髪の凜々しい美少女からは手を取られてからの口づけ


瑠璃色の髪のかわいらしい獣人の美少女からは、あからさまに体を密着させられていた上に尻尾を愛らしく男に絡め、背伸びをしながら頬にキスだ


諦めの悪い男子生徒達は、ペトラに近寄ると『自分もいけるのでは…』と考えて自己紹介をしながらその手を取って口づけをしようと試みるが…見た目の可憐さからは想像できないほどにしなやかに手を動かしており、手を掴ませてすらもらえない


ならば、と自分の手を差し出して挨拶と共にそこに唇を落としてもらおうとするが…「その手に何かついていますか?」と首を傾げられる始末



マウラに近づく男子生徒達は、マウラが獣人ということもあり『撫でられるのが好きなのでは…』と考え勝手に彼女の頭に手を近づけて行くものの、触れそうになると『バチバチバチッ!』と弾ける瑠璃色の電撃が軽くその手をはじいてしまう


その尻尾に無断で触ろうとした男子はより強烈な電撃を当てられてしばらくその場から立てなくされてしまう始末だ


明らかに先ほど踊っていた男が彼女達の『特別』なのは明らかである


しかし、もう一人の真紅髪に美少女はまだその男とは踊っていない…


脈があるなら彼女…と思った矢先、その少女…シオンが歩き出した


そう、あの男の方向へ、だ


「お嬢さん、よ、良ければ私とダンスはどうですか?ほら、折角ダンススペースに向かっているようですし…うわっ!?」


それを阻むように現れた男子生徒、その彼が持つグラスが突然、音を立てて砕け散る


男子生徒の服にはグラスのワインがびっしょりと染みこんでいたが…目の前に居た麗しの美少女には一滴もかかっていない


…よく見れば、瑠璃色の髪の美少女の指先に『パリパリッ』とスパークが纏わり付いており、銀髪の美少女が拳をぎゅっと握る手にかかる服の袖が、室内なのに風で靡いている


シオンの邪魔になる男子生徒のグラスをマウラが雷速の極小電気で打ち抜き、ペトラが纏わせた風の壁が飛び散るワインからシオンを守ったのだ


慌てる彼に目もくれず歩いて行くシオンの視線と進む先には、彼女の目的の彼が、しっかりと彼女が来るのを待っているのだった

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