第16話 一線を画する二者


学園内には生徒や教員を含めた全員の『寮館』の呼ばれる宿泊施設が存在する


寮というよりも、大型の建物に幾つもの個人宿泊スペースがある…いわばアパートのような建物であり、学生、教員関係なく希望の部屋に早い者勝ちで住むことが出来るのだ


門限等は特に決められておらず…これは、授業の一環や学費のやりくりの為に学院外に出て冒険者ギルドやアルバイトに出たり、貴族が実家へ戻るために外泊をしたりするのであまり意味がないからだ


この宿泊施設群は学院敷地内の中心部分に固まっており、それを囲むような形で学院の校舎や施設は建てられている


魔神大戦初期から存在する学園故に、全員が一番無防備になる就寝、休憩場所をど真ん中に置き、その周りを頑丈な校舎や壁で囲うための配置だ


対魔物用の迎撃設備もいまだに数多く備えており、一度この学園が防衛体勢に入れば下手な砦を上回る防衛能力を発揮できるのである


そんな寮館の1番から15番まである建物の中の中の一つ




寮館7番の4階10号室にはマウラの姿があった


食堂にて昼食を済ませた3人はそのままマーレと別れて下校し、あらかじめ場所だけ聞いていた自分達の寮室へと向かったのだ


ちなみに、10号室がマウラ、11号室がシオン、12号室がペトラとなっている


これは3人の希望通りである


マウラの部屋の中はあまり調度品は置かれていないシンプルな内装だが、ベッド、巨大クッション等、寝ることに関しては素晴らしい熱意を感じる部屋だ


家具はある程度の物は最初から置かれているのだが、その他に欲しいものは自身で購入しておくしかない


この部屋にある巨大クッションやふっわふわベッドは彼女の希望でカナタが購入したものだ


彼女はこの巨大クッションやふわふっわベッドで丸くなって眠るのが密かに楽しみにしているのである


少し夕陽が沈み始めてきた頃…帰って昼寝をしていたマウラがむくり、と起き上がると夕陽の残滓が射し込む窓を開き、テラスに出ると4階の高さから躊躇うことなく…飛び降りる


地面まで落ちるのかと思いきや、真下の3階にある部屋のテラスへと身軽に入り込み、換気の為に空けていたのか、開いたままのテラスからその部屋に入り込み…


「……カナタ…夜ご飯、行こ……?……お腹すいた……」


「…お前、今なんの不自然もなく当然のように入ってきたな」


そう、マウラの真下の部屋がカナタの部屋である


ちなみに、本来は3人の隣の部屋にするつもりだった(主に3人の少女が)のだが、『家と全く変わらないだろ』とカナタが半目でツッコんだ末に、階だけ下に移したのである


「…ま、いいか。それで、シオンとペトラは?」


「……多分もうすぐ……」


ため息をつきながらも嫌そうではない柔らかな笑みを浮かべるカナタは他の2人は別なのか、とマウラに尋ねるが、マウラは待つようにテラスの方を見ていて


すると、外の上の方から窓の開く音と服がはためく音が聞こえたと思いきや…


「む、マウラは早いな」


「お待たせしました。夕食は学外に出ましょうか?」


すたすたっ、とカナタの部屋のテラスに身軽にも着地するシオンとペトラ


もはやそこに『忍び込む』や『躊躇い』の言葉は存在せず、当たり前のようにそのままカナタの部屋に入り込んでいき


「…お前ら、部屋の入り方おかしくない?責めて扉使うとか…」


「…でも…こっちの方が早い…」


「わざわざ階段を使うのも面倒だしのぅ」


「降りた方が楽ですし」


カナタの味方は居なかった


こうして、彼の部屋にはもとの家と変わらない程度に、彼女達が頻繁に訪れることになるのであった



ーーー



学院の校庭には現在、入試程ではないが幾つかの丸太の的や、剣、槍などを納めた道具箱が置かれており、『クラス・アーレ』の面々は運動着にきがえて集合しているところだ


今日から早速講義が始まるのだが、魔神大戦の時からある魔法学院は職や課に関わらず最低限の戦闘訓練を講義の必須科目に入れられている


朝からこうして校庭にいるのはクラス・アーレがその講義を受けるためである


ラウラとカナタもその場にいるが、今回講義をするのは…


「これが今期で一番出来る奴らのクラスか!バッハッハッハ!いやぁ!いつ見ても若い奴らのヤル気に溢れた表情はいいぞ!」


そう、就職試験の試験官、オーゼフである


彼は実習担当の責任者であり、それが意味するのは「教員の中でも特に腕がたつ」ということだ


事実、この学園内で彼に近接戦で打ち合える者は殆どいないだろう



「さぁ!今回はできる限りの魔法や技を見せてもらおうか!自慢の魔法、得意な技…なんでもありだ!今回は学院の用意した武器を使ってもらう!素の実力が知りないもんでな」



お金持ちの貴族であれば最高性能の装備を与えられているのは当然であり、それを使っても当然ながら本人の実力は見えてこない


入学したての彼らはこれから強くなればよいのだから、ここで見栄を張る必要は全くない…と教師は思うのだが、プライドの固まった一部の貴族子弟はそうではないのだ


「そうだな、まずは見本で…ラウラ先生にお願いしよう!1発、いいのを見せてもらおう!」


彼も聖女の魔法には興味があったのか、ここでラウラに見本として魔法を使ってもらうことに


若干の無茶振りではあったが、ラウラも「あらあら」と楽しそうに笑いながら全員の前まで出てきている


どうやら結構ノリがいいらしい…そして、かの聖女の魔法が見れると、生徒達も期待とテンションを吊り上げられており


「では、ご指名に従って少しだけ魔法をご披露致しますわ。みなさん、少しだけ下がってくださいまし」


悪戯な笑みを浮かべるラウラを最前列で見守るのはシオン達3人だ


彼女達も、ラウラの偉業は耳にしているし、間近で語り合ったこともあるがどのような魔法を使い、戦うのかは勿論見たことがない


気になるのも当然だろう


ラウラの体から金色の魔力が粒子となって溢れ始め、手を静かに前へと向けると…そこに魔力と同じ金色に輝く半透明の綺麗な長方形型の壁がゆっくりと展開していく


そして、合わせるようにカナタが無言で魔法…『魔法矢マジックダーツ』を発動させるとそれを…ラウラに向けて乱射した


突然のカナタの攻撃にぎょっ、とする生徒達たが…それが金色の壁に当たると『バチッバチッ』と破裂音を響かせて魔法矢マジックダーツが弾けとんでしまう


これが彼女の魔法『慈母抱擁アマティエル


治癒と守護を司る唯一無二の魔法である


そして、その長方形の魔力の壁が、丸で粘度のように姿を変えていき、まるで剣の先端のような形に変形していく


その長さはゆうに10mに刃渡り1mは下らない…巨人の剣、とでも言うべき威容が彼女の傍らに浮遊しているのだ


それを、まるで指先で風でもなぞるかのようにふわり、とその手を前に振り下ろし……


「『熾天使のつるぎ』」


次の瞬間、目に止まらぬ速度で丸太に向かって振り下ろされた金色の巨剣は、激突と同時に黄金の光と衝撃波を当たり一面へ撒き散らす


生徒の中でも半数以上が、そのあまりの破壊の光景と衝撃に声をあげて尻餅をつく程の光景


その美しい姿とたおやかな動作からは考えられない破壊の一撃に、彼らは嫌でも思い知ることとなった


世界を救った英雄の力を


『治癒と守護を司る』と言われている、この世でもっとも有名な、ラウラ・クリューセルが放つ一撃の威力を


生徒たち全員が、ラウラが何を伝えようとしているのかを理解させられた


『魔法職だからといって守られるだけでは、サポートするだけでは論外である』、と


彼女は一言も語ることなく彼らにそれを教え込んだ


光と衝撃が収まる頃には、空気にほどけるかのように巨剣は消え去っており…後には微塵に吹き飛び何mにも渡ってクレーターのような穴が広がる破壊の痕跡だけが残されていた


全員が絶句


特に3人の少女達…シオン、ペトラ、マウラは目を丸くしてその力を見つめている


彼女達の世界の中でも最強の強さを持つのはカナタだ


そのカナタと戦って、鍛えて…色々な負け方をしてきたが、ここまでの一線を越えた強さはカナタ以外で見たことがなかったのだ


戦ってきた森の魔物も、まれに現れる山賊も、これほど並外れた底知れぬ強さは持っていなかったのだから


だからこそ、やる気がぐんぐん満ち溢れてくる


『彼女に自分達の力も見せてやろう』と


自分達の力がこの世界でどれだけの位置に相当するのかを確かめたくなったのだ


「おお!これが大聖女ラウラ殿の魔法か!いい…素晴らしい!流石は救世の英雄であるな!バッハッハッハ!どうだろう!?この後私と一戦交え…」


「まぁ、オーゼフ先生ってば、いけませんわよ?」


もはや、生徒をおいて大興奮、という様子のオーゼフ教官


我先にラウラと試合のお誘いをしつつ、それを被せぎみに蹴られればこれまた愉快そうに笑う


「そうだな!生徒の時間だったのを忘れておった!どれ、誰でもいいから最初に何かやってみろ!どれだけ派手にぶっ壊しても構わんぞ?」


そうして生徒達を見渡しながら実践を促すが、あれほどの魔法を見た後に自分の魔法を披露できる程肝のある生徒は殆どいない


皆がラウラの魔法と比較されて『大したことがない』と思われるのを恐れるのは、ひとえにプライドが邪魔をするからである


皆が『早く誰が名乗り出ろ…!』と内心の押し付け合いをしていれば、「はいっ!」と元気に手を上げたのはやはり…マーレだ


たたっ、と先頭までやってくると、用意されていた学院の標準的な長杖を持ち、それを両手で正面に構えると杖の頭を丸太に向ける


「『我が心の光に刃と加護を…光矢フラッシュアロー』!」


短い詠唱に合わせて彼女の体から魔力の本流が溢れだし、差し向けた杖の先に光の集めたような先端を尖らせた刃が形成される


それを「えいっ」と可愛らしい声と共に撃ち出すと、光の刃は軌道を落とすことなく直線的に飛び


''ガコンッ''


鈍い音を立てて丸太のど真ん中に突き刺さる


その狙いの正確さや詠唱の短さに、周りの生徒も「おお…っ」と声を漏らすのは、やはりこの歳ながらにその芸当が出来ることに驚きを抱いたからだ


彼女も王女だから、という理由だけで一番上の『クラス・アーレ』に入れられたわけではない


マーレは希少な自然系『光』属性魔法の適性者


その魔法を見たことが有るものは今まで殆どいない


たった今、成人して初めて魔法を使用したのだからそれもそのはずである


そんな王女の初披露された魔法は緊張していたクラスメイトを解すのに十分なインパクトを与えていて、彼女に続いて『次、いきます!』『私も!』とさまざまな魔法を実演していく生徒達


ある少年は炎の大玉を落とし、ある少女は水で作られた大槌を振り下ろす


地面を隆起させて突き上げ、吹き出す吹雪が凍らせる…


振り抜いた剣で丸太を両断し、振り回した斧で岩をかち割る


属性魔法と武技のオンパレードであり、アレンジも様々な工夫を彼らなりに凝らした魔法や技が数多く披露されていく中、残り数人となった内の3人がシオン達だった


「む?次はお前達か!バッハッハ!聞いているぞ?なんでも特待生を願われた程の腕だそうじゃないか!」


オーゼフも彼女達の話は聞いており…というよりも、教員の中では彼女達を知らない者は居ない…期待を込めた眼差しで魔法の披露を促すと、3人は目を合わせてアイコンタクト


入試で派手な魔法を使った結果、人目が面倒になってしまった3人は『どうする?派手な魔法使う?』と伝え合い…


結果『ほどほどの魔法でいこう』という結論に到達


ちなみにここまでのアイコンタクトは1秒未満である




…が




「おい!待ってくれ先生!」




声を張り上げて中断させたのは見覚えのある少年…刈り上げた髪と他の男子より一回り大きな体…昨日、少し問題を起こしたガキ大将、ザック・デルトラである


「俺がやる!あと、俺の的は丸太じゃなくて…」


大声を響かせながら仇でも見るような視線と指先を、見守るカナタに向けながら


「そこの新しい教師だ!昨日のはマグレだ!俺がぽっとでのあんなヤツに負けるわけ無い!」


…どうやら昨日の件はザックのプライドを大きく傷つけたようで、今も顔を赤く噴気させながら「ふーっ、ふーっ」と息を荒げている


自分の人生で初めて現れた思い通りにいかせない障害がよほど気に入らなかったのだ


そして、視線を時折シオン達三人やマーレに向いているのは、昨日カナタに押さえ込まれた所を挽回していいところを見せてやりたい、カナタよりも優れていると見せつけたい、という感じだ


「えっ俺?」というような表情で目をぱちくりと瞬かせているカナタ


「ほぉ?…俺は面白いと思うぞ!カナタ君!どうだ!?やってみるか!?」



対してオーゼフ先生はやる気の様子


彼はこのような戦いに対してはお祭り感覚の男なのだ


ラウラも「あら、これは受けるしかありませんわね?」と何故か推し気味で


困ったように頭の後ろへ手を当てながら「まぁいいですよ」と前に出るカナタに詰め寄るように近づくザック


その手には学院で用意された標準的なロングソードが握られており、明らかにただの力試しではなく、真剣にカナタを潰そうとしているのは明らかだった


そんな少年の暴走に、カナタも『2年前って、俺もこんな感じだったか…?』と少し考え込みながら、向かい合って3mほどの距離をとる


「好きな武器を使わせてやる!本気だ!ラウラ先生がいるから、死ななきゃ大丈夫だろ?」


「あー、ラウラ…先生がいるなら安心だなぁ。って言っても、俺武器使わないんだ…素手で許して、な?」


明らかにやる気がそこまで無さそうなカナタに相手をされるザックはもはや怒りが大爆発する寸前だ


カナタとしては『教師と生徒で真面目に戦うとか、論外だろうに』という姿勢故の態度なのだが、これを『コケにされた』と感じたザックは今にも切りかかってきそうな雰囲気だ


「俺が!俺がお前に勝ったらあの3人に何しても止めるなよ!お前が居なきゃどうにだってなるんだ!あそこで止めなきゃ3人とも俺に着いてきてたんだ…ッ2つしか歳違わないなら偉そうにしてんじゃねぇ!」


『えっそこ?』と思ったカナタ


どうやらついでに初めての女子へのお誘いが上手く行かなかった件の鬱憤があるらしい


明らかに3人とも嫌そうな顔をしていたのだが…彼にとってはそうではないようだ


『こういうのは…こう…主人公的な少年が現れて同級生同士で戦う場面じゃないのか?』と、もとの世界のラノベ的展開を少しだけ感じたカナタ


だが、彼が3人に対してそう出てくるのであれば、敗けはあり得ない


「勝てたら、ね。まぁ、あくまで彼女達の意志が一番だけど………」


そう言って上着だけ脱いで地面に落とすとザックに向けて出した手を上に向け、指をくい、と折り曲げる


『かかっておいで』と言外に言われたザックが動き出す瞬間に、「はじめェ!」とノリノリなオーゼフの声が響き、ザックは一直線にカナタへと突撃していく


その体からは魔力の光子が纏わりつき、かなりの力を身体強化の魔法に注ぎ込んでいるのだろう


「だぁぁっ!」と気勢を上げてカナタに向けて横凪に降られた剣


風を切る音が、加減など無しで彼を切ろうとしている事を教えており、その速度は既に王国の兵士と戦っても遜色の無い一振だ


それを…ガクンっ、と背中をそらして避けるカナタ


その目は丸太でも両断できそうな強さと、目で追えないような速度で振られる剣の切っ先をぴたり、と追いかけており


『おおっ、早いな』


とちょっと意外そうにしている


そんな表情を見て、さらにヒートアップするザックは、そこから体を振り、飛びかかり、切り上げ…あらゆる姿勢から体重を乗せての乱れ切りへと移っていく


彼が王国の将軍から身体強化魔法や剣による武技を伝えられているのは誇張ではなく、その弟子を名乗らせてもらっているのはまごうことなき彼の実力だ


ここからさらに研鑽を積めば王国が誇る強者になれるのは誰が見ても明らかに思える程に、剣は鋭く、重く、そして速く振るわせている


やみくもに振り回している訳ではなく、一振、次の一振へ余計な動作をなくし、重心も流れるように次の一撃に決める


慣れ鍛えた、その動きは同年代で真似できる者などほぼ居ないであろう


しかし…


カナタはその剣の軌跡の隙間を縫うように、最小限の動きで躱していく


脚を狙われれば剣の腹に爪先が着くほどの跳躍、振り下ろされればシャツのボタンが掠める程の回避、突かれれば首を傾け産毛を軽く剃るような距離での首傾げ


その速さで振られる剣を、それだけの動作で避けるカナタは、目で追えない者が見れば剣の軌跡の中でも体を動かしている…そうにしか見えないだろう



戦士課の生徒は皆、その異常さを理解していた


どう見ても普通ではない


見切る速度も、軌道をを読む感も、紙一重で避ける度胸も、体を動かす速さも、全てが異常だ、と


「ふ、ざけんなぁ!当たれ!当たれ!当たれぇ!」


ムキになっていき、次第に息も切れるザックは振り下ろした剣が地面に突き刺さったまま肩で息をしている


対してカナタは息の一つも上がっていない


勝敗は明らかなのだがザックはここで敗けを認められるほど柔軟な正確ではなかったのだろう


「避けてばっかりだ!攻撃してこい!卑怯だ、避けるだけ避けて…ッ…こんな…ッ」


息を整えながら、全ての攻撃を避けたカナタを責めるザックだが、彼も戦いの訓練をしてきたのだから、それをなぜ卑怯なのかは言えないようだ


カナタも『うーん…でも、流石にこっちが攻撃もヤバいしなぁ』と首をかしげてこの戦いの着地点を考え…


「分かった。じゃあ次の一撃は避けないから、斬りかかっておいで。それで俺を倒せたら、ザックの勝ちにしようか」


彼が回避をしない自分を1発で倒せれば勝ちでいい…そう伝えればザックも『やってやる!』と奮起を再燃させていく


体から溢れる魔力は今までの比ではない勢いで噴き出しており、明らかに本気の攻撃を行うつもりだ


オーゼフも生徒達の前に出て『バッハッハッハ!少し下がれ!ちょいと勢いのある攻撃が出るぞ!』と生徒達を下がらせる


「っ…死んでも知らねぇぞ!手加減期待してんなら諦めろ!俺は人だって恐がらないで斬れる…ッ舐めてんじゃねぇ!」


自分に言い聞かせるザックは、訓練はしているが人を実際に斬ったことはない


その緊張と、人を殺すかもしれない恐怖を怒りと勢いだけで乗り越え、地面を蹴り前に勢いよく飛び出していく


落下と勢いで一番威力を出せる、上段からの斬り下ろし…


跳躍から剣を上に構え、カナタの目の前に落下しながらその勢いのままに…剣を振り下ろす


剣を勢いよく振り下ろした瞬間、勢いよく風が生徒達の服をはためかせたのは彼の剣の威力がそれだけのパワーを秘めていることの証拠だった


''ギャ………ッイン''


凄まじい衝突音が響き、生徒達もカナタの体がその剣に斬り裂かれる光景を幻視し…そして目の前の光景に絶句する


カナタの振り上げた右手…指先を揃えただけの手刀がザックの振り下ろす剣に対して振り下ろされ、まるで金属がぶつかるような音を響かせて激突したのだ


勢いよく、そのまま切り抜こうとするザックの剣を文字通り腕1本で受け止め、そしてその手刀を勢いよく正面に振り抜けば…


''バギンッ''


鼓膜に響く破壊音


そして生徒達の真上から回転しながら落ちてきたを、オーゼフが先に指で摘まむように受け止める


「は…?…それ、剣…?」


生徒の誰かが、まるで幽霊でも見たように呟いた視線の先にはオーゼフの太い指に摘ままれた…バッキリと半ばでへし折られた剣の中から先の部分


まさか…とザックに視線を戻せば、「信じられない…」と目を丸くして、真ん中から先が消失した、自分が持つ剣をまじまじと見つめている


カナタの手を振り抜いた姿勢…それを見れば何があったかはよく分かる


鋼を鍛えて造られた剣を


彼の腕には傷一つないが…魔法職の生徒達は、その腕に異常なほどの魔力が秘められていたのを見ていた


恐らくは…身体強化と、肉体の強度をあげる金剛体の魔法


しかし、その2つの魔法で真っ正面から剣をへし折るなど、はっきり言ってイカれている


ザックは振り下ろした姿勢のまま固まっており、剣の柄を掴んだ両手はふるふると震えている


「あー、剣が折れたか。まぁ、今回はここまでにしようか。武器がないんじゃ、な?」


ここで『ザックの敗けだ』と言えばますます彼のプライドと怒りに火をくべることになる…そう思うカナタは引き分けのように言いながら彼の肩を叩いてオーゼフ達の元へと歩いていく


その姿を見る生徒達は、ここで確信した





只の教師ではない




むしろ、先程凄まじい魔法を見せたラウラと同類の、理不尽の類いだ、と


一番上のクラスに入った自分達を教え、守れるだけの資格がある男なのだ、と














「うむ!よくやったカナタ!」


「ふぅ…わざと負けるような真似をしたら燃やしに行くところでした」


「………いい手刀……いつものやつだね……」


最前列で物凄いドヤ顔で誇らしげにする3人の表情は、またもや誰も見ていなかった


ちなみに、彼が手刀で武器を受け止めるのは彼女達にもよくやる返し技だ


彼の鍛えた武器であれば、あの程度の激突に耐えられるが…量産の学院標準の剣では無理だったのだろう


訓練時の彼はシオンの槍の横薙ぎを手刀で受け、マウラの金属製ガントレットに真っ正面から素手の拳で迎撃、ペトラが連射する魔力の矢を素手で叩き落とすという意味不明な真似をしてくるのだ


それを見慣れた彼女達には、むしろ退屈な見せ物にしかならなかったのであった

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