第14話 典型おバカと新人教師


ヒュークフォーク魔法学院の生徒は2つの職種に別れて、それぞれの能力を磨いていくこととなる


『戦闘職』と『支援職』の2つだ


『戦闘職』は、そこからさらに『魔法課』『戦士課』に分けられていき、


『支援職』は、そこからさらに『生産課』『研究課』に分けられる


分けられた課によって制服に違いが現れ、


『魔法課』はローブの着用必須

『戦士課』は帯剣ベルトの着用必須

『生産課』はベレー帽の着用必須

『研究課』は白衣の着用必須


と制服を見ただけで分かるようになっている


各課によって必須の講義と自由に受講できる講義の2種類が存在しており、必須講義以外は皆、自分の好きな、将来使う為の講義を受講していくのが基本の流れだ


そして今、巨大な舞踏会を開くための学内会場は1200人を超える新入生で埋め尽くされていた


入学式である


壇上の前に4課がそれぞれの列になって並んでいて、その殆どが緊張の面持ちで式が始まるのを待っているのだ


『それでは、入学式を執り行います。まずは、学院長よりご挨拶を致します』


拡声魔法による教頭の声が会場内に響き渡り、堅苦しいアナウンスと共に現れたのが、この学院の長であるドロテオ・ガルバニア


杖を付きながらも、その姿は老練な魔法使いの物であり、翻るローブが、揺れる髭が、杖を付く音でさえもが威厳に変換されている


そう思わんばかりの貫禄を持つ老人だ


『みな、よくぞ我がヒュークフォークへ集まった。お主ら全てに理由を持って、我が学院は入学を許可している…存分に研鑽なさい。その為に、ここはあるのだ』


短い、挨拶にして、言いたいことは全て言ったと、そう言わんばかりに再び壇上から幕へと下がっていく学院長に窓が割れんばかりの拍手がおこる


ドロテオは誰もが知る伝説的な魔法使いの一人だ


魔法を使う者ならばその名を知らぬ者は居ないほどの有名人、故にその人気も高い


そこに続けて…


『新入生代表より挨拶…代表、『魔法課』よりマーレ・ラヴァン・スローリア、前へ』


「はいっ!」


呼ばれて立ち上がったのは一人の女子生徒


しかし彼女を知らない者は居ないだろう


橙色の長髪を靡かせ、軽い足取りで壇上へと上がるその少女こそ、今年成人したばかりの王族…現国王の孫娘であるマーレなのだ


『みなさん、おはようございます!えっと、その…いい天気ですね!頑張りましょうっ!』


なんとも天然な挨拶は、不思議と不愉快を買うことなく、皆を笑顔にしていくのはひとえに彼女の爛漫とした明るい空気が伝わってくるからだろうか


唯一、それをバックヤードから見ていた兄であるレインドールは額を抑えて溜め息をついていたのだが…


『次に、新任の教員を紹介します。カナタ・アース先生です』


ぺこり、と壇上のカナタがお辞儀をすると、ある程度のまばらな拍手が彼を迎える…そして、おそらく次の紹介を皆は待っていたのだろう


『そして、特別講師。ラウラ・クリューセル先生です』


立ち上がり、淑女の礼で頭を下げるラウラ


新入生も初めて見る本物の大聖女に感嘆のこえを上げ、誰もがその美しさと堂々とした気風に見惚れるのが壇上からだとよく分かる


運のいいことに、現在校生はこれから、勇者と共に世界を救った彼女の話を、生で聞くことができるのだ


その興奮に誰もが心を踊らせていた


そこからは事務連絡を伝えられて各クラスへと分けら、それぞれの教室へと向かうこととなるのだが…



クラス分けは、はっきりと言えば能力の高い順に、課と職に関係なく混合でつけられる


人数も等分ではなく、一握りの高い能力を持つものは数十名で上位クラスへと分けられ、基礎から叩き上げられる者達は大勢のクラスへと入れられるのだ


上から順に


『クラス・アーレ』

『クラス・イーラ』

『クラス・ウーロ』

『クラス・エーマ』

『クラス・オース』


の順番であり、その下には名前のない大勢の学生が所属する基礎クラスが存在する


『クラス・アーレ』までいくと、そこはもはや天才の巣窟か超高位の貴族集団となっており、下手な才能だけの者では到底踏み入れない場所となるのだ


現在、新入生である1年生の『クラス・アーレ』の座席数は35名


その中に


その3人の少女の姿はあった







『あの子達が…?』『らしいな』『魔法試験で前代未聞の得点らしいぞ』『やっべ、超タイプかも』『…ほんとに同い年かしら、あの子…特にその…胸のあたりとか』『気にするの、そこじゃないんじゃない?』『ま、まぁ私達もこれからよ』


(鬱陶しいですね…これから3年もここにいるのですか、私達)


(じきに馴れるであろう?物珍しいのも最初だけだ)


(…眠い……朝早い……)


今は担任の教師が来るのを待っている状態だが、好奇の視線は彼女達を捉えて離さない


ちなみに、王女マーレもこのクラスに在籍しているが、彼女も3人が気になっているのか、時折視線を寄越してくるのだ


(そんなに特別なことをしましたか?私達は…)


(試験で、ちと派手に魔法を使いすぎたか…)


(……ずっと耳と尻尾見られてる……イヤ…)


それもその筈、耳の早い者であればだらもが知っているのが、特待生を断った三人組の話だ


特に高位の貴族であれば、それほどのレベルの魔法使いを手に入れればその利用価値は計り知れないことから、すぐさま耳には入っている


それが目を引く美少女達となれば尚更だ


ちなみに、耳と尻尾を見られている理由は『珍しい』や『変』とかではなく、ただ単に可愛いくて、ふわふわしていて、ぴこぴこ動く耳とゆらゆら揺れる尻尾が気になってしまうからである


本来であれば今すぐにマーレと3人の机の周りに生徒が集まるところだが、教師が来るまでは動けない…ということで視線だけが集まっているのだ


そんな中、ついに教室に現れたのは壇上で進行をしていた教頭だ

中年の男で、頭のてっぺんは綺麗に剥げた丸眼鏡の、特徴の無さそうな男である


「お待たせしました。全員揃っていますね?」


丁寧な口調は変わらず、淡々と事務を進める教頭


「教頭先生がクラスの担当をされるんですか?」


マーレが皆の気になるところを質問すればクラスの全員の視線が『それが気になってた』と言わんばかりに教頭へと向く


「いえ、私ではありません。このクラスには主担任と副担任が着きますのでご紹介します…お入りください」


彼女の質問を首を振って否定すると、すぐさま教室に入るように、外に待機していた何者かに促す教頭


入ってきたのは…


「『クラス・アーレ』の担当を致します…ラウラ・クリューセルですわ。皆さん、よろしくね?」


そう、ラウラであった


皆の目が驚愕に見開き、3人の少女も例外なく驚きの表情を浮かべており、そんな3人に対して密かにウィンクまでするラウラ


まさかの担任が世界を救ったスーパーヒーローなのだ


皆のやる気も漲ってくるというもので、力強い拍手が彼女に浴びせられる


そして次に入ってきたのが…


「さぁ、おは入りください」


「うっす…じゃなくて、はい」


なんとも微妙な表情のカナタだった


そう、あの筋肉教師のオーゼフに就職を認められたカナタは彼からの推薦もあって一番上のクラスの補佐として副担任を命じられて来たのである


「えー…カナタ・アースといいます。まぁ、その…よろしく」


なんとも脱力気味な挨拶にクラス一同は『あ、新しい先生だ』と思った程度だったのだが、反応が違うのは勿論、あの3人だ


目が輝いている


先程まで『早く終わって欲しい』と思っていた彼女達もカナタが副担任としてこのクラスを担当すると分かると一瞬でご機嫌になり、シオンもペトラも口パクで「カナタ先生」「よろしくのぅ、カナタ先生」と言っている


眠そうだった筈のマウラも一見分かり難いが尻尾の動きがみょんみょんと喜んでいるのを丸分かりにしており…


「では、後は担当のお二人にお任せします。本日はホームルームを行って解散です?よろしくお願いします」


ハキハキと伝えることを伝えると、教頭はすたすたと歩き去ってしまう


残った教室で、最初に口を開いたのはラウラだ


「それでは…まずは自己紹介からでしょうか?誰からなさいますか?」


流石は高位貴族のご令嬢というべきか、こういう時の切り出し方はなかなかに自然であり、新任教師特有のぎこちなさは一切存在しない


そこに「はい!私からいきますっ」と手を上げたのはマーレだ


「マーレ・ラヴァン・スローリアです。一応この国の王女ですが…そういうのは無しで、仲良くしたいです!」


真っ直ぐで、率直な挨拶にクラスメイトも柔らかな雰囲気で拍手をおくる


勿論、彼女の事を知らない者など居ないのだが、その挨拶が後に続くクラスメイトの挨拶をやりやすくしてくれる、天然のムードメーカーだ


「ユーゴ・ステインだ。火魔法の適正で王宮魔法師のセンヴァ氏に弟子として魔法を教えてもらっている」


「ユリア・フォレリアよ。魔法は水の適正で一級の魔法使いスザン様に教えをいただいてるわ」


それぞれの自己紹介が始まると、皆、決まって自分の魔法を伝えてくるのはやはり魔法学院特有だろう


誰の師事を受けているのか、そして見せれる者は自らに刻まれた師匠紋を見せ、どれだけの人物に教えてもらっているのかを遠回しに自慢し合う


「オレは将軍である戦士、ヴァイデン師から教えてもらってる!もし、オレと師事したい奴がいれば、話をつけてやってもいいぞ!」


周りの男子よりも体の大きい少年はガキ大将というようなイメージであり、どうやら軍の将軍に教えてもらっているのが自慢らしい


そして、あからさまに勧誘と思わしき言葉をシオン達3人に視線を向けて言っているのだ


もっとも、3人とも興味無さげで、彼を見てすらいないのだが…


その他何人かの男子は明らかに3人を意識した自己紹介をしている


マーレは王女であり、高嶺の花であることからそんな真似はしていないようだが、自分達の地位の方が上である筈の美貌の少女3人には是非とも絡んでおきたいらしい


それを見ているカナタも『あー…思春期っていうか…あからさまなの見るとこっちが恥ずかしいな…』と気まずい顔


ラウラに関しては『3人には心に決めた方が居ますものね。男子達は可哀想ですわ』


と楽しげだ



そしてついに3人の自己紹介に順番は回る


初めに立ち上がったのはシオンだ


「シオン・エーデライトです。得意なのは…炎系の魔法ですね。師匠は…秘密です」


淡々と機械的な挨拶を済ませるシオンだが、師匠の事に関してだけは、少し笑みを浮かべながら「秘密」と答えている


そのわずかに浮かんだ笑顔にノックアウトの男子多数


次に立ち上がるのはペトラ


「ペルトゥラス・クラリウスだ。クラリウスでよい…風系の魔法は得意分野だ。師匠は…我も秘密だな」


少し壁を作るような話し方で一言の挨拶をするペトラだが、師匠に関しては「秘密」…と語るその表情は、まるで幸せを隠すような悪戯な笑みが隠れていて


その笑みに「おぉ…っ」と意味不明の呻き声をあげる男子多数


最後に立ったマウラはというと…


「……マウラ・クラーガス……雷得意だけど…師匠は…教えない…」


短く、言葉を切るような挨拶のマウラだが、師匠に関して「教えない」と口にした表情は、誰を想ってか少し照れたような表情で、その時だけふわふわの尻尾がしゅるり、と左右に動く


その隠しきれない感情の動きを見て「ふぅ…」と意味不明の溜め息をつく男子生徒多数


総じて、3人はあまり社交的な挨拶ではなかったが、知らない内に男子達の心を鷲掴みにしていくのであった


そして皆が思った


3人にこんな顔をさせる師匠とはどこの誰なのか?


聞いたレベルの魔法を操るのであれば、並みの師匠ではないはず…しかし、名のある魔法使いではない


名のある魔法使いは得意魔法も有名だ


それを弟子に伝えることも師匠の役目であり、師事する者を選ぶ大きな理由の一つでもある


だが、彼女達の使った魔法はマウラを除き、一般的な属性魔法だ


そして三人が一緒に行動するほど仲がいいとなると、恐らく同じ師匠に教えを受けている


しかし、ただの属性魔法で異常な威力と言うだけでは、思い当たる師匠となる人物が存在しない




師匠同士の『引き抜き』というものが存在する


ある師匠からその弟子を自分の弟子へと勧誘したりする行為であり、『優秀な魔法使いを自分の弟子にすれば自分の名前も上がる』、『その子に教えたい』というような事を理由に行われるものだが、基本的にはいい意味では使われない

『弟子を買う』『弟子を売った』と悪く表現されることが多いのだ


しかし、師匠さえ分かれば自分の師匠に引き抜いてもらい、同門として仲良く…そしてゆくゆくは…


そんなことを考える男子もいるようで、必死に頭を働かせているのである


一方、カナタはと言うと…




(なんでラウラがここにいる!?)


教頭に案内されて『一緒のクラスを担当してもらいます』と言われ紹介されたのがラウラ

だったのだ


「よろしくお願いしますわ、カナタさん」

と言われて無難な返事をしながらもカナタの心中は全く穏やかではなかったのだ


「それにしても、この学院の試験を通って教師になられるなんて、何かしら一芸をお持ちなのかしら、カナタさん?」


「は、はは…試験官の先生が優しくて…」


オーゼフ先生が、ですの?」


「…」


(やっべ、大体知ってんなこいつ!?)


「それに、あの三人…シオンさん、ペトラさん、マウラさんにあれだけの魔法を仕込んだのはカナタさんだったのではなくて?」


(あいつらどこまで喋ってんだ!?さては…酔っぱらって帰ってきた時か!あん時に話しまくったなあの3人…!)


思っていたよりも情報を持っているラウラにヒヤッとするカナタは愛想笑いで誤魔化そうとするが、どうにもラウラの視線が何か…自分を見定めるような意味を含んでいそうで思わず視線を反らしてしまう


ラウラとしては、あの3人の少女が心底惚れている男がどのような人物なのか興味があるだけなのだが、勇者であることを隠している点に関してやましい部分を抱えるカナタはどうにも居心地が悪いのだ


その後、なんとか教室にたどり着き、教頭の合図で中に入ればいい、と考えていた矢先…いざ教室に入ったらこちらをキラキラした瞳で見つめるうちの3人娘の姿


ここまで来ると何かしらの意図を感じざるを得ない程の偶然である


しかも、自己紹介で師匠の話をする時、視線だけはこちらを向くのだから困ったもので


別にあの3人が教え子だとバレてもいいのだが教室の男子達の空気を見るに、バレると面倒な絡みが発生しそうだ


その結果…


(…まぁ、なるようになるか…)


と半ば諦めに近い形で溜め息をつくのであった


ーーー


「それでは、自己紹介も全て済みましたわね?では、明日の事ですが…」


自己紹介も全員が言い終え、明日以降の予定について話し始めるラウラに合わせて書類等を配るカナタ


始業時間、持ち物、校則等を大雑把に話し終えれば今日は終わりなのだ


ある程度の注意事項を話せばラウラの話も長くはかからず…


「…以上ですわね。今日はこれにて、終わりにいたしますわ」


そう言って場を締め、彼女が教室から出た瞬間、生徒達も立ち上がって各々の時間へ突入する


荷物を纏めて帰るも友人と仲を深めるも良しの時間なのだが…


教室内のメンバーはまっぷたつに別れた


1つは女子や男子のグループが王女マーレの机に集まり明るく話を始める


マーレの明るい雰囲気は皆の心を惹き付けて自然に集まってきたのである



もう1つは男子が殆どのグループ

彼らは大きく三つの机を囲んで我先にと話し始めていた


当然輪の中心にいるのは…シオン、ペトラ、マウラの3人である


「シオンさん!折角同じクラスになったんだし良ければこの後…」「いや、実は魔法について話がしたくて…2人で図書室にでも…」

「マウラさん、好きな物とかあります!?実は実家がいい商人と懇意にしてて…」「物かよお前!ま、マウラさん、あまり人混みが好きではないですよね?わ、私と一緒に学内を回りませんかっ?」「クラリウスさん!魔族なんですよね…そ、その赤い瞳も素敵です!」「俺も風の魔法適正でして!一緒に魔法の練習とかは…」


大人気であった


マーレが動物の集まるひだまりのようだ

とすれば、3人は虫を集める美しい花だ


シオンもペトラもうんざり、といった様子で無視しながら荷物を片付けていたが、我慢の限界を越えそうなのはマウラだ


もともとその手の気配や視線に敏感なマウラに好奇と欲望の視線を集中砲火されるのは相当にイライラする環境だ


既にマウラの髪の毛や尻尾の毛はパチパチと瑠璃色のスパークが見え隠れしており、その場の全てを感電させる直前まで来ている…


そんな男子達を掻き分けて手を叩きながら割り居るのは…やはりカナタであった


「ほれほれ、お前さんら。必死すぎて女の子に引かれてんぞー。ちっとは下心隠さないと、気持ち悪いだけだってな」


呆れたような声でそう言いながら輪の中心まで行くと、思春期男子の魂胆をど真ん中から暴くような言葉を振り撒いていく


どんなに着飾った言い分や言葉で誘っても 、していることはカナタの言ったことと変わらない上に、彼女達も明らかに困っているのは目に見えていて、否定しようにもしきれない彼らは顔を赤くしながらもカナタの言うように少し距離を離し始めていく


3人もカナタの登場に表情を明るく変え始めたのだが…


しかし、一人の男子と彼の後ろの数名はどうやら違った意気込みの様子


「そもそも、なんだよお前!ラウラ様が俺らの担任は分かるけど、ぽっと出の教師が俺らに偉そうにするとか、どういうつもりだ?」


そう、ガキ大将の少年…ザック・デルトラはそんなカナタに食って掛かったのだ


「どうもなにも…お前さんは生徒で、俺は教師。だろ?偉そうもなにもないだろうに…」


呆れた様子のカナタにますますヒートアップするザック少年は既にうまく行かないことに顔を赤くしている


典型的なの筆頭だ


「うっせぇ!俺はこの子達に声をかけてんだ!関係ないなら下がってろ!ほら、3人も俺らとならつるみたいって思ってるだろ?」


貴族で有名な師匠の下で修行しており、身分も金もある、上手く行かなかったことなどないし女の子は自分から近づいてくれる子ばっかりだった


だから他の男子に言い寄られて嫌な顔をしても、自分なら喜んで着いてくるだろう…


そう信じて視線を向けた彼の目には、まるで汚物を見るような目を自分に向ける3人の少女が写る


始めての体験…こんな目を女の子から向けられたことなどないザックは…


「な、な、…なんだその目は!?お、オレが話しかけてやったのにっ…このっ…このっ!」


さすがにこちらの騒ぎが聞こえたのかマーレ達もこちらを見つめる中、ザックは一番キツい目を向けるマウラの腕を掴もうとその手を伸ばし…







「はい、そこまでなー。力ずくは論外…口説けないなら器じゃないってこった。諦めな少年」


カナタの手がザックの手を横から掴む


「っ誰の手掴んでんだ!ヴァイデン将軍に鍛えてもらってるオレに手を出すなんて…っ」


その言葉に周りの生徒が距離を取り始めた


ヴァイデン将軍は名の知れた強者だ


身体強化も極めて高い錬度で納め、彼を近接戦で止められるのは、その上にいる大将だけだとも言われるほど


その教えを受けたというザックが暴れようとしているのだ


少なくとも身体強化は練習しているはず…弟子と認められ、このクラスにいるのならその力は本物なのだ


誰もが今から起こる暴力から遠ざかろうとし始めた中…少女達3人だけは席から微動だにしない


なぜなら…


「っ……ッ……!?う、動か、な…っ…なんでっ……!?」


自慢の身体強化を込めた力で無礼な新米教師を潰して彼女達にアピールしてやる…そのくらいに考えていた筈が、自分の腕を掴むカナタの腕はどれだけ力をいれてもビクともしないのだ


握られる腕は痛くない程度の力なのに、腕は万力で固定されたように動かない


ザックはこの状態を師匠との修行で嫌というほど味わったことがある


…そう


力の差がある場合はこうなるのだ


ここで初めて、ザックは気づく


目の前の、まだ年の近い教師が、ただ入ってきただけの新人教師ではない、と言うことに


本気で力を込める自分を涼しい顔で諌めてしまうこの男に


自分が一目で惚れて強引にでも声をかけた少女達が信頼と安堵と…喜びの表情をむけている…



手を離したカナタが「いいな?」と穏やかな声で諭すのさえ、彼には圧倒的な敗北感を刻んだのだ


「…っ気分が悪くなった!帰る!」


真っ赤な顔でそう言い捨てたザックは自分の荷物を引っ付かんで教室を飛び出していく


そんな彼を困った顔で見送るカナタ…


…を見るクラスの生徒からの視線は明らかに変わり始めていた


ただ、ラウラ先生のおまけで補佐をしにきた新米教師ではなく…をしっかりと持つ、頼れる教員なのだ、と


















ちなみに、そんなクラスメイトを見る3人の少女の視線はこれでもか言う程に自慢気だった


彼女達のあからさまなドヤ顔をを見ていた人間はこの場には一人も居なかったのであった














「ほら、やっぱり只の殿方ではなかったですわね。ふふっ」


それを、廊下から観察していた聖女先生の独り言が、廊下に響く


その声を聞く者も、一人も居なかったのであった





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