第13話 名物教師はパワー型
「カナタよ、我の気のせいでなければ…」
「ええ、私も同じことを思っています…」
「……うん……だよね…」
そう、3人の少女は試験から戻ってカナタと合否を判定されるまでの間に同じ感想を持っていた
そう…
''簡単すぎでは?''と…
そもそも、最初に見た少年の魔法が、あんなに遅い炎の小さな玉で 、丸太に少し穴が開いて焦げた程度の傷…それで周りの反応は『よくやった』という雰囲気で、しかも合格と来ているのだ
その時から違和感を感じていたのだが…
カナタの用意してくれた学院での生活の機会を無駄にしてはいけないと思い、少しだけ見た目を気にした魔法にしたが、これはもしかすると変に目立ってしまったのではないだろうか?
そう考えるシオンとペトラの危惧は後々現実となるのだが…
「合格はしてるだろうなぁ。むしろ、確かにちょっと目立ったけど…つっても、お前ら3人ならなにもしなくても目立っただろうし」
最後の一言は彼女達に聞こえていなかったが、既に周りの視線は彼女達3人に集中している
特に貴族男子の目がすごいことになっている
がっつり凝視する少年やチラチラとこちらにバレないように視線を何度も寄越す少年まで様々で、彼女達も気が付いてはいるようだが一切興味はない様子
むしろ、触れるほどの距離にいて、彼女達と親しく話すカナタに鋭い視線が向いているのに3人とも少し苛立ちを感じているくらいだ
4人揃ってテントの下に向かうと3名の判定を行う教員が慌てたように立ち上がり
「き、君達!さっきの魔法はなんだね!?それに、威力も桁外れている!」
「杖も無し、詠唱も無しだろう?これはとんでもない才能だ!」
「どうだろう?よければ上に掛け合って特待生として入ってもらえないか?学院長もお会いになりたい筈だ!」
驚きと興奮で声を張る教員の言葉に周囲がざわつく
特待生は超が付く程の才能と技能がある者に学院側が与える称号のようなものだ
この学院でそれを受け取ることは即ち、その年の入学者の中でも頂点に立つ力を認められた事に他ならない
だが、彼女達は首をかしげて『うーん…』と悩むように唸る
そう、懸念しているのだ
『これ以上目立つのは良くないよね?』と
3人は視線を合わせて頷きあうと…
「「「お断りします」」」
と声を揃えた
これには教員と周りの受験生や保護者も開いた口が塞がらない
ヒュークフォーク魔法学院の特待生を断る者など今まで存在しなかったのだから
「私達は入学出来ればそれでよいのです」
「あまり持て囃されるのも鬱陶しいしのぅ」
「……めんどくさい…」
三者それぞれの反応を見せるが全て断りの返事だ
「一先ず、合格でいいんですかね?」
カナタの言葉にようやく戻ってきた教員が
「あ、ああ…」と未だに上の空のまま合格者に渡す茶封筒を3部差し出し、それぞれが受け取っていくと、ここで我先にと合格した貴族子弟が彼女達に近寄ろうとし始める
才能抜群で容姿端麗の彼女達3人と『自分も合格したんだ』という流れで話しかけ、まずは友達に…そう考える少年達の頭の中は、彼女達との華やかな
そしてあわよくば自分こそ特別な関係に…思春期真っ盛りの彼らがそう考えるのも仕方ないのだろう
しかし…
「……帰ろ、カナタ…」
「うむ、もう用はないな。昼飯といこうカナタ。我、気になってた店があってな」
「む、ずるいです2人とも。私のスペースを空けてください」
銀髪と瑠璃色の髪の少女が一緒にいる男の腕に抱きつくようにして両サイドから引っ付くと引っ張るようにして歩き始めてしまう
紅髪の少女はそれを羨ましがるような言葉を口にしながら男の後ろから背中にくっつくようにして歩いていき…
動き出そうとした少年達はその場で凍りついてしまう
間違いなく、今期の入学者の中でも極上の華達を浚っていった少し年上程度の少年は「うおっ!?どしたお前ら!?いや、人!人見てるって!」と慌てながらも振りほどくこともなく、そのまま4人で仲良く去っていく
その光景を皆が呆然と見送ることしか出来ないのであった
「あら、あれが件の『カナタさん』ですのね。ふふっ、あんなに引っ付いて…本当に3人揃って惚れてますのねぇ」
校舎の屋上、そこから魔法で少し遠見をする彼女もまた、その様子を楽しげに見送るのであった
ーーー
「あの視線の中は気持ち悪いですね」
「だのぅ。それに、カナタに不愉快な視線を向ける輩がよくおった」
「……早く、行こ…?……あそこはイヤ……」
その視線をイヤという程感じていた3人は、実はわざとカナタにくっついてその場を離れていた
別段カナタはどんな目を向けられていても気にはしなかったのだが、3人の少女達はかなりご立腹の様子だ
「成る程…ありがとな、3人とも……ところで、もうそろそろ離れて歩いてもいいんじゃない?」
学院から離れて市街地に入っても同じ体勢で引っ付かれたまま歩いてると結局すれ違う人から「あらまぁ」という視線を向けられるのだ
カナタとしてはこっ恥ずかしいことこの上ないのに加え、少女達の体の柔らかさがダイレクトに押し付けられるこの状態は非常に精神的によろしくない
…のだが、
「……お、カナタよ。あちらの店が気になっていたのだ。さぁ、転ばないようにゆっくりと歩いてゆくぞ?」
「……あ…尻尾がカナタの脚に絡んで…離れられない……」
「寒くて人肌が欲しいのです。ごめんなさい、カナタ」
「分かっててやってんなお前ら!?ペトラも分かりやすく無視すんな!マウラもマジで尻尾を脚に巻いてんな!?シオンに関しては自分で熱操れるだろ!」
もはやツッコミ待ちと言わんばかりのガタガタの嘘だ
だが、カナタも人目がある、という理由以外で振り払いたいとも思わないのだ
何だかんだと言いながらも、4人は固まって昼食の店へと歩いていくのである
ー
「ところでカナタよ。そなた、教員採用の試験はどうなのだ?」
「明日だな。まぁやることは受験生と大して変わらないらしいし、どうにかなんだろ…」
昼食をつつきながらペトラが聞いたのはカナタの採用試験のことだ
これで自分達が入学して、カナタは不合格たから家に帰ります…など許す筈もない彼女達は、何がなんでもカナタに教員になってもらわなければならないのだ
シオンに至っては『先生と教師…素敵なシチュエーションです…』などと妄想を膨らませており、本の読みすぎが裏目に出ているのである
「……私達も見学…できるかな…?」
「どうだろうなぁ。流石に教員試験に受験生が見学するっていうのは変じゃないか?」
一応カナタは保護者として見学に行ったつもりだったのだが、その逆で彼女たちが教員の採用試験を見るのは何か変では無いのか?
とはいえ、彼女たちが大人しく留守番をすることもなさそうなので「来るな」と言うことも無いカナタ
「しっかし、大人気だったぞ三人とも。教師から生徒から受験生まで注目の的だったな」
「分かってて言っておるなカナタ…」
「興味もありませんし、鬱陶しいだけです」
「…カナタ……これおいしい…あーん…」
じと目でカナタを見つめるペトラにシオンが続く
マウラに関しては興味のひとかけらも無いのか、フォークに刺した魚の魔物の揚げ焼きをカナタの口元に差し出している
ここまで慕ってくれるとうれしく思うのだが、このせいで他の男性に不信とか持ってないだろうか…と不安になるカナタは差し出された魚の揚げ焼きにかじりつきながら考えるが、そんなカナタも彼女達が…
(確かに体に視線を感じましたけれど…他の男性に見られてもぞっとするだけですね)
(あの男達の視線はあまり好かん…欲が透けて見えすぎだ)
(……気持ち悪……カナタに見られたり触られると…ドキドキするけど……)
そんなことを思っているとは気づいていないのだった
ーーー
ーー翌日
カナタは再び学院を訪れる
勿論、教員採用試験を受けるためだ
とはいえ…
(まさか受験もしないで就職試験なんてなぁ…)
中学受験すらせずに異世界に来てしまったカナタは色々スキップして就活に向かう自分に少し落ち込んでしまう
中学校、楽しみだったのに…
(でも、悪いことばかりでも無いか。こいつらに会ったことだけは異世界転移に感謝かね)
後ろをついてくるのは当然三人の少女だ
結局当然のようについてきているが、果たして入れてもらえるのだろうか?
学院に到着すると前日までの受験生で賑わっていた校庭は一転して人が居なくなっている
審査の教員がいるテントはあるのだが、居る人はあまり多くないようで、いざテントの中をのぞき込むカナタは…
「すみませーん…臨時教員の応募で来たんですが…」
「おいあんた!そこどいてくれ!早くこの人医務室か聖女院に連れて行かないと!」
「はい?」
テントの中は地獄のような有様だった
腕やら脚やらがおかしな方向に曲がっている者が多数
出血で体の半分を赤く染めている者も多数
まさに死屍累々というべき惨状となっているのである
「なんだなんだ!?野戦病院かなんかか!?」
まるで就活に来たとは思えない刺激的な光景に思わずそうツッコんでしまうカナタ
「お、次の試験者はお前さんか!バッハッハ!体つきはいいが随分と若いじゃないか!」
そんなカナタに鼓膜を破らんばかりの大声で話しかけてきたのは、学校指定の運動着のような服にパッツンパッツンに筋肉を押し込んだような大男だ
中年かもう少し上とみられる年齢に見えるが、はち切れんばかりの強靱な肉体が全く歳を感じさせない…
「俺が試験官のオーゼフだ!今回の試験者はあまり骨が無くてなァ…このくらいではこのヒュークフォーク魔法学院の教師は務まらんと言うのに」
試験官を名乗ったこの男がこの惨劇を作り上げた張本人のようだ
何というか…倒れている者は殆どが格好的にも後衛オンリーの魔法使いだ
そりゃ『魔法学院』の教員試験にこんなマッチョが出てきて戦うことになるとは思わなかったのだろう
「…その…やっぱりあなたと戦うのが試験ということで…?」
「おうよ!俺が認めてやれればその場で合格にしてやる!そこに転がっているような軟弱なら要らんからな!」
なんとも過激この上ない教師だが、国内最高の学院の教師は並では務まらない、ということなのだろう
ところが、白衣姿の女医が試験官オーゼフの前に出ると
「待ってください!これ以上怪我人を増やされたらこちらの手が回りません!学院の医療施設が埋まって聖女院まで搬送待ちの人もいるんですよ!?」
…どうやら常識的な人もいるようだ
「なぁに、あと一人増えても変わらんだろう?この男の試験をしたら俺も休憩に入るさ!バッハッハッハッハ!」
有無を言わさずカナタの首根っこを掴む試験官オーゼフはそのままテントから出て行ってしまい、カナタも「えっやるんですかこれ?」という感じでプランプランと吊されたまま連れて行かれてしまうのだった
三人の少女も「頑張れー」と手を振るばかりで止めてはくれないのである
こうして、カナタの就職試験は始まるのであった
ー
「名前はカナタか!使う武器を選んでくれ!」
「武器なんて、いいんすか?」
「おう!俺はこの肉体こそが武器だからな!相手にも武器を持たせなければ不公平というものだ!」
そう言って見せつけるようの力こぶを作るオーゼフだが、筋肉が膨らみすぎて運動着が悲鳴を上げている
少し離れたカナタまで『プチ、プチ』と何かがちぎれる音が聞こえてくるのだ
「いえ、俺もこのままでいきます」
ここでカナタも素手で行くことを伝えると…オーゼフの表情は笑顔一色に変わり
「おおっ…ここ数年、初めて俺に素手で来る男が現れたか!バッハッハッハ!いいぞ、試験開始だ!いくぞォォォ!」
喜色全開で突然試験開始を告げたオーゼフは、地面がはじけ飛ぶ勢いで飛び出すと、即座にカナタとの距離を詰めていき、その丸太のような腕を勢いにままにカナタへと打ち込んでいく
ブォンッ!
空を切る音が聞こえ、オーゼフの拳が思い切り振り抜かれると、まさか試験官から仕掛けてくるとは思わなかったカナタの顔面にその拳がクリーンヒット
「い、いきなりかっ…うぼぁ!?」
ゴムボールのように吹っ飛んでいくカナタに学院の医療班が悲鳴を上げ、大量の土砂と土煙をあげて地面に突き刺さるように突っ込んでいく
これには学院の医療班も、他の試験者も言葉を失い
『これは死んだのでは…』
と最悪に可能性を考え始めて頃、
今し方殴り飛ばされた彼の連れである少女達が無反応であることに気がついて
「あ、貴女たち大変よ!一緒に居た彼が…!」
少女達にはショックの強い光景か、と気を遣おうとした女医の言葉をシオンが遮るようにして
「あ、カナタのことならお気になさらずに」
「…面白いくらい…飛んでった…ふふっ…」
シオンとマウラの言葉に『信じられない』という表情を浮かべる女医だが、ここでオーゼフの様子がおかしいことに気がつく
笑顔がデフォルトのようなオーゼフが、カナタを殴り飛ばした自分の拳を見つめているのだ
「………オーゼフ先生?」
「…驚いた。手応えが全くない」
その言葉に何が起こっているのか分からない表情の女医に、ペトラが口を開く
「あの程度であやつが倒せれば、我らが百回は押し倒しておるわ」
その言葉の直後、土煙の中からゆらゆらと人影が歩み出てきて…
「いてぇ…いや、普通にいてぇよ。どんな馬鹿力だあのおっさん」
額のあたりを摩りながら現れたカナタの姿は…まさかの無傷
これにはオーゼフも…満面の笑顔!
「なるほど、身体強化と金剛体か。信じられん練度…俺の拳が効かんとは」
「いや十分効いたわ!俺がボールみたいに吹っ飛んだのみ見えなかったのか!?」
しかし、オーゼフの中では今の一撃を受けて平然としているカナタに底知れない物を感じ始めていた
このオーゼフ、元は肉体を武器に冒険者の最高峰まで上り詰めた実力者だ
余生をこの学校で生徒に教えることで過ごしているのだが、冒険者時代の気風とやり方は今でも強烈で、生徒からは『鉄拳教師』と恐れられているのだが…
「…合格にしよう!バッハッハッハッハ!今のを食らって立ち上がるだけでも上々!それに…」
楽しげに合格を告げるオーゼフは、その最中に目を細めてテントへ向かいながら
「お前と戦うと、恐らく付近の校舎が保たん。今度は是非!倒れるまで殴り合おう!」
「イヤだわ!なんで教師になりに来て喧嘩しなきゃなんねぇんだよ!」
戦いが不完全燃焼で終わったのが不満らしく、喧嘩屋のようなことを言い始めるオーゼフについに敬語も抜けるカナタ
こうしてカナタの学院教師生活は始まったのだが…この試験の戦いが、思わぬ方向で教員生活の舵を切らせることとなったのである
ーーー
「よし、これで新学期からは同じ学校だな、カナタ!」
「それ同級生ならうれしい言葉だったんだがなぁ。俺、教師としていくんだよ?」
「カナタ…生徒と教師って、いいと思いませんか?」
「…俺はたまにシオンが何言ってるか分からん時があるわ」
「……カナタ…学校でも一緒…うれしい…」
「あ、うん…マウラはいい子だなぁ」
帰り道、無事合格したカナタに上機嫌な三人の少女は、これから始まるカナタとの学園生活に楽しみを膨らませていく
そこに生徒か教師か、というのは些細な問題のようだ
新学期はすぐそこまで来ているが、四人の様子は特に変わることは無かったのであった
「教師と生徒か…なんかちょっと…いいな」
実は少し理解があるカナタであった
幸いにもその言葉はシオンの耳には届かなかったのであった
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