第12話 三人の犠牲者
現在の王都の宿屋は多くの人でその客室を埋めている
理由はこの王国最大の魔法学院の入学試験があるからであり、遠方から来る者も多くの、そのため滞在中は宿に宿泊する者も大勢いるのだ
そして、カナタ達4人も王都の宿屋に滞在している
少しお金はかかるが、いい宿を取らなければリーズナブルな宿は全て入学試験を受けに来た遠方の者に埋め尽くされているので、前回と同じグレードの宿に宿泊しているのだが…
「試験は3日間か。座学、論文と魔法、戦闘のどちらかで受験らしいけど、魔法と戦闘で……よさそうだったな」
マウラが『座学と論文』と聞いた瞬間に頭をすごい早さで横に振っているのを見るに、『魔法と戦闘』で入学試験を希望したのは大正解だったようだ
試験会場は魔法学院の校庭や模擬戦場になっており、三日間が試験の期間となっている
三人の受験の順番は三日目である今日であり、合否はその場にいる教員が判断をするので一瞬で合格か失格かは分かるようになっているのだ
シオン達三人の服装は一応制服に近いスカートにカッターシャツと上に少し暖かめの上着を羽織った姿となっていて、これから試験会場である魔法学院に向かうところだ
だが、最終日は基本的に貴族が多く割り振られるのが恒例らしく、この時点でカナタはげんなりとあからさまにテンションが下がっている
「カナタの貴族嫌いは相当ですね…何かあったんですか?」
「色々あったぞ?そりゃあもう……」
苦笑気味にそういったカナタの脳裏には過去の勇者時代に起こった問題の数々が思い出したくも無いのに蘇っていく…
「念のため、言っておくけどな。貴族子弟やら貴族本人が絡んできたら好きなようにしていいぞ?『権力が~』とか『私にそんなことを~』とか言ってくるのがあいつらの生態なんだが…一応、俺ならどうとでもしてやれる。だから、問答無用で叩き返せ、いいな?」
特に貴族子弟に三人の容姿はかなり毒になるだろうから…という言葉は口にしなかったが彼女たちも大雑把には頭に入っているようだ
当然、カナタが貴族に対してどうにか出来る点はズバリ、『戦闘』意外には『勇者である』ことが何よりも効果的だ
当然、そんなことをすれば勇者であることはバレてしまうのだが…カナタは三人の為であれば、そこはなんとも思っていなかった
この三人になにか起こるくらいであれば、自分が勇者であることがバレようとどうでもいい、些細な問題なのだ
だからこそ、彼女たちに最高性能の武装を渡してあるのである
いざとなったら自分ですべてを解決出来るように、もしも彼女たちに勝てない何かがあるならば、自分が駆けつける時間を稼げるように
『装備に頼っていたら鈍るぞ』なんて言ったカナタだが、それも人に見られないために人前でみだりに使わないように伝える方言だ
そもそも、素の戦闘力はともかく、あらゆる超武装を作り出して魔神まで討伐した自分が、そんなことは言えた物では無いだろう
…とはいえ、『たかが学園生活でそんな機会はやってこないのでは?』とすこし楽観視していたカナタ
「うむ、そこは心配するでない。そもそも、我らが地位権力に今更怖がってどうにかなるはずも無かろう?」
「……安全な場所で、ぬくぬくしてたおバカ……どうにでもできる…」
魔物に滅ぼされた集落で命からがら生き残り、そこから二度と怯えて隠れるだけにならないようにカナタのスパルタ修行に三年間もの間ついてきた三人は、既に肝の据わり方が違っていた
それを聞いたカナタは、彼女たちが予想よりも強かに育っていたことに内心うれしく思うのであった
「…その意気だ。失礼に当たっていいわけじゃ無いけどな。失礼に当たってきたなら二度と近づけないようにしてやれ」
カナタの言葉に力強く頷く三人
その前には学園の門がそびえ立っているのであった
ーーー
ヒュークフォーク魔法学院の校庭は広い
あまりにも広すぎて野生動物やらも棲息し、森や小さめな湖まで存在するそこは校庭とは言えない規模だろう
その後ろにそびえる建物が一番最初から学院に存在する巨大校舎の0号館…年季のはいった美しい古城のような校舎であることから、『キャッスル』の愛称で学院関係者から呼ばれており、この城に学院長も腰を据えているのだ
貴族子弟は、学生だけでこの庭園にて夜会や宴会を開き、将来自らの家で宴を催したりするときの練習をしたりもする
時には野外講習の一環に戦闘訓練、キャンプを行ったり、魔法の試射に使われたりと、皆に愛されるスペースだ
そこに、今は大型のテントが幾つも並び、少年少女や教員と思わしき大人、さらには在校生までもがごった返している
ここが、試験会場…『魔法と戦闘』の技能にて合否を測る場所だ
現在は巨大な岩や丸太が的として遠方に並んでおり、魔法をここに当てて精度や威力、工夫を見るのである
丸太と岩はそれぞれ近い物や近い物から遠い物、果ては岩では無く大きな鉄鉱石の塊と、当てる難易度も壊す難易度も様々だ
とはいえ、ある程度の距離がある的に正確に当てられる生徒はそう多くなく、威力も傷を付けられれば大戦果とまで言われている
しかし、高位の貴族であれば幼い頃から魔法の練習を受けていたり、軍の人間の息子であれば戦闘技術は親から習っていることが多い
今受験している少年も、なにやらいいところの貴族子弟なのか、身なりの良さそうな格好に、短杖(30cmほどの短めな魔杖)を20mほど先の丸太に向けており…
「『赤の礫弾よ、我が意に応え障害を砕け!
詠唱は魔法のイメージを補完し、正確に発現させるためのものだ
その魔法に慣れ、魔力の扱いが上手くなるにつれてこの詠唱も短くなり、そして詠唱が無くても魔法を発現できるようになるのだが、無詠唱は前線で常に戦っているようなエキスパートの魔法使いが出来るような高等技術だ
少年の杖先に魔力の粒子が集まり、テニスボールほどの大きさに膨らむとそれが爆発するように火がつき、炎の玉が完成
それをしっかり狙いを定めて発射すると炎の玉は放物線を描いて飛翔し、丸太の真ん中よりも下に直撃した
小爆発が着弾と共に起こり、炎と煙が立ち上ると丸太の一部はしっかり抉れて煙を上げている
『おお!』『あれはヒューズ伯爵のご子息か』『流石、よい魔法使いの卵だ』『炎魔法の適正持ちか!』
見学に来ている受験生の親や見物している人の中から関心の声が上がるのは、入学時点でこの成果であれば十分すぎるほどだからだ
他の受験生も他の的を狙って魔法を放ったり、または剣や武器で攻撃を加えているが、よくて表面を傷つけられる程度だ
そんな中、ついにその少女達の名前が教員に呼び出されるのであった
ーーー
【sideレインドール・ラヴァン・グラフィニア】
「お、あれは炎魔法の適正か。へぇ、いいじゃん」
「そう?ボクはもっと変わった魔法とか見てみたかったけどなぁ」
校庭で行われているのは毎年恒例の入学試験だ
俺は初等部から上がったから試験を受けたのはかなり前で、毎年のことながら見物側に回っているのだが…正直あまり気を引かれる受験生はいないな
隣で騒いでいる男子生徒は現在の軍部で父親が大将の地位にいるユータス
少し不満そうな男子生徒は現在の王宮で父親が宰相の地位にいるオルファ
特に地位で付き合っているわけでは無いが、ただ単に気があって、気兼ねなく付き合える仲として初等部からつるんでいる
「貴族の子弟と言ってもこんなものだろ?正直、期待のしすぎは可愛そうだぞ」
「つったってよぉ。見てぇじゃんすごいやつ」
ごつい体つきのユータスが文句を垂れ流しているが、実際そんな受験生が居ないかと見物に来ているのでそれを否定する気も無い
それよりも……
『見てみて!王太子殿下よ!』『はぁーっ、かっこいい…!』『ねぇ、今こっち見なかった!?』『声かけたら失礼かなっ?』『隣に居るのってストライダム公爵とテルミアス公爵のご子息でしょ?』『いいなぁ、在学中にお近づきになれないかな…』
受験に来た貴族令嬢やらの視線がうっとうしい
こっちに近づいてこないだけマシだが…
「特別、魔法が出来るわけでも無いのに、男だけは見てるよね。ボクもああいうのはゴメンかな」
中性的で、幼い少年のようなオルファがため息交じりに乗ってくる
「……別に、生涯の相手を探すのは悪いことでは無いけどな」
そんな嘆息の最中に、その少女の名前は呼ばれた
『351番、シオン・エーデライト!』
前に出てきたのは…正直見たことも無い美しい少女だった
燃えるような美しい真紅の髪を靡かせて、理知的な落ち着いた目つきにかけられた眼鏡が一層魅力を引き立てている
着ている服も、貴族令嬢が試験なのに着飾った場にそぐわない格好ものに対し、学院の制服に近いスカートやシャツ、上着を身に付けた落ち着いた物でありながら…あまりじろじろ見るのも無礼だが、スカートから伸びる脚や歩く度に弾む胸に視線が思わず行ってしまう
体だけの女なら正直学院にだっているが、なぜか俺は彼女から目が離せなくなっていた
隣でオルファが「あれ?レインもしかしてああいう子が…」
と言っているがこの時は聞こえていなかった
そのくらい、彼女に意識を奪われていた
彼女は緊張など感じない素振りで歩いて行くと…一番遠い的の、さらに特別硬い鉄鉱石の塊の正面まで来た
「おいおい、あれ撃つ気か?」
ユータスのあきれたような声がする
15歳の段階でその難易度の的はほぼ無理だろう
しかし彼女は、ゆっくり、その指先を鉄鉱石の塊に向けると…
「
直後、彼女の伸ばした腕に沿うように燃えさかる業火で形成された2mほどある槍が一瞬で形成される
その魔力の波動は既に成人したばかりの少女が放っていい物では無い
そして、それを掴んだ少女は体をくるりと一回転させて勢いを付けると可憐な容姿に見合わないフォームで…投擲
大砲もかくやの勢いで放たれた灼熱の槍は一瞬で鉄鉱石の塊に着弾し、直後
轟音と衝撃が周囲を埋め尽くした
「おいおいマジかあの子!?」
「うわあっ!?め、めちゃくちゃだ!?どんな魔力の込め方したんだ!?魔力欠乏で倒れるんじゃ…」
そう、思わずにはいられない程の破壊力だった
そ。そうだ。魔力欠乏で倒れたなら医務室に連れてかないと…!
衝撃波に逸らしていた顔を前に戻すと、涼しい顔でもとの場所に戻る彼女の姿が目に映る
そして鉄鉱石の塊は…円形に消し飛んだ地面しか残っていなかった
(跡形も残らなかったのか…!?)
だけど、この時既に、俺の意識は彼女にすべて持ち去られていた
(シオン…シオン・エーデライトか…)
友人と思わしき少女と合流する彼女の背中を眺める自分の心臓が、いつもより早く鼓動を刻んでいるのに気付いたのは、彼女の姿が人混みに消えた後のことだった
ーーー
【sideユータス・ストライダム】
「なんつー威力で撃つんだ…てか、見たかよあれ!鉄鉱石が跡形も無いし、すごいのが来たな!」
友人のレインとオルファの三人で受験生の冷やかし兼見学に来たが、まさかここまですごい魔法使いが来るとは思わなかった!
あの魔法だけでも、魔物何体が吹っ飛ぶかわかんねぇのに、涼しい顔して戻るなんて、完全に今期の入学生の中でトップは彼女だろうな
採点してたテントの教師も、他の受験者も度肝抜かれてるしな
『つ、次!352番、マウラ・クラーガス!』
気を取り直した教員が呼び出した少女が人並みから抜けて現れるが…
正直、完全に目を持ってかれた
深い海みたいに飲まれそうな瑠璃色の髪が揺れてて、獣人なのか頭には柔らかそうな毛並みの猫耳がぴくぴくと動いている
スカートの上から通された柔らかそうな尻尾は誘うようにゆらゆらと揺れていて気がついたら目が追っかけちまう
すこし眠そうな目元は、見る者の心まで見透かすようなクールな迫力があって…
まぁ、なんだ。この時点でほぼ一目惚れだった
その少女も慌てること無く歩いて行くと向かったのは一番近くの…鉄鉱石の塊だった
……いやいや!まさか…さっきの子の友人みたいだったが、まさか…
鉄鉱石の塊を目の前にすると少女の小柄さが目立っており、彼女はその鉄鉱石の塊に片手を押し当てると、目を閉じてしまい…直後
「………
美しい瑠璃色の稲妻が彼女の体から迸り、鉄鉱石の塊に当てた掌から中心に…鉄鉱石の塊が粉微塵に爆散した
「はあっ!?」
「な、何をしたのかな彼女!?体術…い、いや魔法名みたいなの呟いてたし…あんなのボク見たこと無いんだけど!?」
魔法知識に精通してるオルファが混乱のあまり隣であわあわとしてるが…俺の視線は、やることやってさっさと帰る、と言わんばかりに小走りで元の場所に戻る彼女にお釘付けになっていた
「マウラ…マウラか」
その名前を呟きながら、俺はこの時心に決めたのだった
”今度絶対声かけよう”と…
ーーー
【sideオルファ・テルミアス】
魔法なのか体術なのか…い、いや、稲妻を纏っていたから魔法を使っていたんだろうけど、その衝撃の光景が頭にこびりついて離れない
毎年更新されてる『魔法奥義大全』は丸ごと覚えるほど読み込んでるけど、あんな魔法はボクは知らない
気になって意見を聞こうと隣の二人に視線を向けると…なんか心ここにあらずな感じでさっきの女の子達を目で追っている
いやいや!さっきまで黄色い声上げてた女子に辟易してたじゃん!?
確かにもの凄い…いや、ものすっごい可愛いふたりだったけどさ!
なんだか友人二人に同時に春が来たのか、と思いながら戻した視線は…不覚ながら他の一切を視界に入れることが出来なくなっていた
『つ、つ、次!353番、ペルトゥラス・クラリウス!』
日の光が反射して目を細めてしまいそうな程に美しい、腰まで届く長い銀髪
大人びた、それでいて強い意志を感じさせる目元に引き込まれそうな赤い瞳は魔族であることを物語っている
先の二人の少女と同じ格好に身を包んだ体は奇跡と言えるバランスで成り立ったようなスタイルであり、それでも同年代の平均など遙か彼方に置き去りにする発育には思わず喉が鳴ってしまった
ま、まぁ見た目だけの子なんて今までも居たし…い、いや、ここまでの子は居なかったけど…
その少女も銀の髪を風に流しながら歩み寄っていった先には…やはり鉄鉱石の塊!
いや、ここまで来れば分かってたよ!さっきの意味不明な魔法を使った二人とすごい仲よさそうだったし、そんな気はしてたけどさぁ!?
その彼女が、鉄鉱石の塊の5m手前まで歩み寄ると、片手を開いて前に差し出すように向け…
「
その開いた手をぎゅっと握りしめた瞬間、巨大な鉄鉱石の塊が正確なブロック状に裁断され、ばらばらに崩壊した
開いた口が塞がらなかった
風の刃を作ったのは分かる…ただ、それが鉄鉱石を綺麗にすっぱり両断できる切れ味なのと、あんな細かく全体をブロック状に裁断するとなると、一体何十個の魔法を同時に使ったんだ!?
意味が分からない…!
そう思っていたはずなのに、彼女の「大したこともなかった」と言わんばかりの表情で悠然と歩き去って行く姿から視線を外すことが出来なくなっていた
その間、全力疾走でもしたみたいに胸が強く打ち、顔が熱くなる
そして、測ったわけでも無いのにボク達は全く同じ言葉を呟いた
「「「…………惚れた」」」
ボク達の青春は17歳にしてようやく動き出した…のかもしれないのだった
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