第11話 世に放たれる勇者の傑作


カナタの自宅敷地内…柵に囲われた中でも端の方に位置する場所に石材で造られたかまくらの様な形の小屋がある


3人の少女達にすら立ち入ることを禁止しているカナタの工房が、その中にあるのだ


立ち入られては困る理由はただ1つ…自分の操る魔法『神鉄錬成ゼノ・エクスマキナ』を見られる訳にはいかないからだ


この魔法は生産性や製作難易度等の垣根を踏み潰してあらゆる超兵器、道具を製作できる常軌を逸した魔法だ


特に、見ただけでも分かってしまう自分の魔力光は非常に目立つのだ


魔力光は人それぞれが持つ魔力の色の事だ


強く魔力を行使すると意識せずとも勝手にこの色は出てしまう


訓練の時に、シオンが紅、マウラが瑠璃、シオンが新緑の光を纏って魔力を噴き出していたのは、それが彼女達の持つ魔力の色だからである


これは万人が持つわけではなく、一部のに力を持つ魔法使いや、強力な魔力を持つ物にしか色が出てこないのだ


世間ではこれを一定以上の実力者の基準として『色付き』と呼ばれている


ちなみに、カナタの魔力光は黒に近い紫という、他に例を見ない光を放つ

アルスガルドの歴史上、黒紫という色は今だかつて、カナタしか居ないというのだ


つまり…見られた瞬間一発で勇者だとバレてしまう


…正直、カナタ的には受け入れてもらえるなら3人には知ってもらった方が気が楽なのだが、カナタ自身が勇者というのを『世界を救ったヒーロー』ではなく『幾万の命を奪い去った殺戮者』として考えている節があるからだ



なので、こうして人目のつかないところで密かに魔法を行使する


もう、彼女達の入学試験はすぐそこまで迫っているのだから


ーーー


【sideラヴァン王国王宮】


重要な会議や他国の使者と王が対談する為の特別な会議室に、現在多くの顔ぶれが席に座って円卓を囲んでいる


上座には勿論、ラヴァン王国の国王が座りその回りには皇太子として孫息子であり、最愛の孫娘の2つ上の実の兄である『レインドール・ラヴァン・グラフィニア』が肩を並べるように座っていた


現国王の息子夫婦であり、レインドールとマーレの両親は魔神対戦の戦火によって既に死を遂げている


故に、その息子であるレインドールが皇太子として、時期国王として会議の場に座っているのである


そして、円卓を囲む面々も錚々たる顔ぶれだ


軍部の頂点である大将


国政を回すトップである宰相


貴族を代表する各伯爵家以上の家の当主


さらには他国の代表として、その国の王族のうち1人


勇者祭に参加するために王都へと集まっていたお偉いさんがこの場に集結しているのだ


「陛下…恐れながらこれ程の面々を揃えた理由をそろそろ教えていただけませんか?何か、重大な決め事でもございましたか…」


「うむ、そうじゃな…知っておろう?少し前に勇者が現れた、という話があったじゃろう。その事について、じゃ」


「あぁ…そこの大将が本物だと言ったばかりに、騒ぎが大きくなった件ですか…。まったく…証拠もなしに大衆の前で可笑しな事を言うから話が大きくなるのです」


口を開く宰相は長身に細身、そして丸い眼鏡をかけたいかにもインドア派という男だ

彼が宰相である『ルバンダ・テルミアス』


その才能は素晴らしく、前宰相に変わって3年前に宰相へと着いたが、軍部の大将とは古い仲でありながら犬猿の仲であり、こうして口を開くとすぐに喧嘩が始まるのが国王としても悩みどころである


「だから!俺が見て判断したのだ!間違えるわけがないだろう!?戦えるものならば見れば分かる、というやつがあるのだ!あれは間違いなく本物だ!」


大将のマグウェル・ストライダムも声を大にして言い放ち、またも他の面々を置いてけぼりにして言い争いを始めてしまう


『これさえなければ…』と額を揉む国王が手を軽くあげれば2人ともすぐに沈黙をもって頭を下げるが、その視線はお互いに『不服だ!』と書いてあるようなものだ


「勿論、ストライダム公爵の言い分だけで言っている訳ではない。…例のマルネウ男爵の夜会の前日にじゃが…勇者ジンドーの操る『勇装』が王都上空を飛行しているのを確認した。現れたのが本物かは分からぬが…あの時、間違いなく勇者ジンドーは


その事場に、ストライダム公爵を除いた全員が驚愕を露にする


勇者の操る装備品や兵器、道具は『勇装』と呼ばれており、現在まで確認されているのは勇者本人が操る物以外は、ごく最近にラウラ・クルーセルが受け取った魔杖がそうなのではないか?と思われていただけだったのだ


それが王都の上を人知れずと飛び回っていたとは、彼らにしてもいれば異常事態どころの話では無いのである


そして、勇者の『国嫌い』は各国上層部では有名な話であり、取り込もうとする輩や手玉に取ろうとした物の悉くが痛い目を見ている


どんな報酬や条件にも乗らず、強行手段に出ればさらなる強行手段で黙らされるのだ


その勇者が、よりにもよってラヴァン王国に居た…


「…どうするのです、王よ。静観か、友好か…それとも…」


「下手なことを考えるな、ユーグリット侯爵。彼がどんな相手か、皆分かっているはずだろう?」


「その通りだルティウス侯爵。は絶対に敵に回してはいかん…最悪、魔神対戦の再来となるダメージを受けるぞ?」


貴族代表として席に座る各侯爵がそれぞれの考えを吐露する中、それを聞いた宰相ルバンダも頷きながら


「…その通りです。もし本物であれば、手を出すのは厳禁…友好を迫るのも難しいでしょう、がある。和解は恐らく不可能かと…」


「…では、やはり静観であるな。うむ…」


大きく頷く国王も同じ意見だ


しかし、まだ若い…それも爵位が上がったばかりの貴族は自分の成果に意欲的だ


「恐れながら、陛下…それほどの手合いであればやはり、我々の側に着けるべきなのでは?魔神対戦が集結した以上、今の整った我らの軍事力であればいくら勇者と言えど…」


そう、無理にでも勇者を見方に来させるべきだと、その意見が出るのも当然であった


なにせ、3年前までこの国はその思想のもとに動いていたのだから


しかし、大きく首を横に振る国王はひときわ低く、声を響かせ


「…決してならぬ。ニ度と、その様なことを話すでないクルタ伯爵よ」


「っ……しかしっ」


国王の言葉に食い下がる彼を遮ったのは大将マグウェルだった



「…これまでの歴代勇者、120人…たった1人で千を超える魔物の軍勢を討ち滅ぼす力があった。強力な勇者であれば大物を幾度も撃破できる者もいた…!ジンドーに手を出してはいかん!それに、奴は本人の強さも論外だが…何よりも相手だ…!」


「その通りです。万軍を滅ぼし、大物を皆殺し、そしてこれまでの119人の勇者が何百年かけても成し得なかった魔神討伐を男だ。文字通り、勇者ジンドーはな…」


''……アルスガルド史上最強の勇者なのだ''


大将の言葉に繋ぐようにして発せられた最小の言葉から先に、反論が出来る者は誰1人として居なかったのであった


そんなくだんの勇者は今……・・・……




ーーー


「おおっ、いいな、うんうん、似合うなぁ三人とも」


「そ、そうか?うむ…そうかそうか!」


「素敵です。サイズもぴったりですね」


「………軽くて…動きやすい……すごい、これ……っ」


ファッションショーの真っ最中だった


しっかり時間の三人分はしっかりと時間がかかったが、苦節一ヶ月と十日……ついに彼女たちの装備が完成したのである


シオンは赤を基調とした白のアクセントを含んだ格好だ


手には指ぬきのグローブを嵌めており、ふくらはぎまでまで届くコート状の上着に、中は体にしっかりとフィットする白のノースリーブシャツとなっており、赤の二本線が縦に走っている


下半身は訓練の時に着ていたショートパンツと同じ作りの物であり、それにベルトが通されて細かな生地の変更がされている


足首までのソックスに足回りを阻害しないブラウンのブーツで、ショートパンツからブーツまではすらりと美しい脚が見える作りになっているが、カナタの教えた近接戦には、過剰な布地を付けて動きにくくなっては困る、と本人たちからの希望のデザインだ



マウラは青色を基調とした白のアクセントとなっており、中の服装は同じだが、シオンと違って長めのコートでは無く、脇までしか丈が無く、袖も半袖程度で詰めてあるジャケットに変更されており、加えて本人の薄着趣味なのか少しシャツからお腹が見えるデザインだ


ジャケットはスピードが自慢のマウラにはこの方がいいと考えたカナタのアレンジである



ペトラはライトグリーンを基調とした白のアクセントであり、こちらも中に纏うものは変わらないが、コートでもジャケットでも無く、かなり短めな半袖のフード付き……いわゆるパーカー状になっている


手にはめたグローブは右手の人差し指と中指だけ指貫きではなくしっかりと隠れるようになっており、これは弓を武装とするペトラが矢をつがえ易いようにカスタマイズされている


総じて、得意な近接格闘を考えた軽装でありながら要所にしっかりと素材が振る舞われた一品だ


「スカートでもいいけど、どうする?」とカナタも尋ねたのだが、「走って、蹴るのにひらひらするからイヤ」と言われ、結果彼女たちの履き慣れたショートパンツになったのである


三人とも満足そうにくるくる回ってはお互いに格好を見合ったりと、楽しそうにしており、カナタもそれを眺めて「うぅん……ばっちり」と感慨深そうだ


「それで、だ。三人の師匠紋にいくつか魔法を込めてあるんだ。その一つに『換装魔法』が込められてる」


「……換装魔法とはなんだ?」


聞いたことの無い魔法名に首を傾げるペトラ


「ちょい面倒な魔法なんだけどな、身につける物を2、3種類だけ収納で来るんだけど、換装魔法に収納した物は即座に身につけられるって効果がある。ほら、突然戦闘起きて、そこから着替えます、じゃ遅いだろ?」


「なるほど。そして、着ていた物は換装魔法で身につけた物と入れ替わりで収納されるのですね?」


「そういうこと。俺の師匠紋に込めた換装魔法は2種類収納出来るから、この防具と今から渡す武器の二つが入るな」


ペトラが「どれ……」と呟くと、師匠紋が刻まれているであろう胸元に手を当て、普段着を触ると……畳んであった普段着はするする、と魔力の粒子となってペトラの胸元に吸い込まれていく


これで換装魔法に普段着が収納された状態だ


そして


「うむ……こうか?…『換装』!」


どうやるのか、悩んだ末にフィーリングで魔法を発動したペトラの胸元から再び魔力の粒子があふれ出し、彼女の体に光る粒子が糸状に編まれて絡みついていき…その光が収まると普段着を着た状態に変わっていた


「おおっ!すごいなこれは!」


「かなり難しい魔法なんだけどな、これ。俺もかなり練習してようやく収納枠が二つの換装魔法が使えるようになったからな。ま、三人がいつか使えるようになるまで使うといいよ」


話してるさなかにもシオンとマウラがそれぞれ換装魔法を試しており、使い心地を確かめているようだ


この魔法はいわば軍の高位魔法使いや高位の冒険者が使う魔法だ


戦いのタイミングや場所を選ばないこの魔法は戦いを生業とする者達には垂涎の魔法なのだ


移動は軽装で、戦闘が起こればすぐに装備が整えられる…行軍するときの軍隊や旅をすることが多い冒険者も移動用の軽装と分けて着れたりと、とにかく汎用性が高いのだ


「さて…次は武器だな。…いいか?三人とも。今の防具もそうだが、今から渡す武器も含めて、『必要に迫られたとき以外は使うな』。はっきり言って、性能が他の装備とかなり違う。妙な詮索も受けるし、何より装備に頼ってると鈍りになまって酷いことになる。だけど、危険が迫った時と、失敗できない状況なら迷わず使え。いいな?言ってしまえば、この装備は三人の『切り札』だ」


その念押しに三人ともこくこくと頷く


それを確認したカナタは傍らの布にくるまれた物を持ち上げると、その布をほどいて床に落とす


包まれていたのは…一本の槍


漆黒の柄の中心に深紅の一本線が走っており、一部は何枚かの装甲が複雑に装着されて不思議な模様を描いている。槍先は刃の部分が黄金色、柄の中心にはいくつかの美しい水晶質の金属球が埋め込まれており、柄の上の方にはシオンの胸の刻印と同じ物が彫り込まれている


「シオン、おまえの武器だ。銘は『戦槍プロメテウス』…お前にしか使えず、お前の呼びかけに反応してどこからでも呼び寄せられる」


「これが……っ」


今まで触ってきた武器とは明らかに違う武装


手渡され、握ってみれば不思議としっくり手になじむ感覚がある


「使い方は後で教えてやるからな。次はマウラ…」


「…んっ」


言われる前にカナタの前に出たマウラに、同じく包みを解いていき


現れたのは一対の手甲


肘まで届かない程度のサイズであり、こちらは濃茶色のなめされた革に何枚もの小さめな装甲が並んでいる


手首から手の甲にかけてはしっかりとした一枚に鋼鉄で覆われており、その色は漆黒に瑠璃色の一本線が走った物


手の甲にはそれぞれ小さめの金属球がはめられており、指先の自由を確保するために指の半ばからは露出したデザインだ


「これがマウラの武器だ。銘は『壊拳ユーピタル』。お前にしか使えず、お前の意思に応えてあらゆる物を破壊できる」


「っ…」


受け取ったマウラは、早速両手に填めたガントレットの心地を手を握ったりして確かめていく


その感覚は守られてる感覚があるのに一切の不自由と違和感の無い不思議な感覚だ


「最後に、ペトラ…」


「うむ」


カナタの前に歩み出るペトラに、彼は最後の包みを解く


現れたのは…一本の金属製の棒だ


カナタはそれを持つと一瞬だけ魔力を流し…直後、ガシャッ、ガキッ、と棒の数カ所の金属パーツが屈折、展開していき瞬く間に弓に形に変形する

そして弓の天と地から魔力を練り編んだ弦がレーザーのように出現…完全に弓の形に変わったのだ


「棒状は近接戦でも使える、これがお前の武器だ。銘は『絶弓アルドラ』。お前にしか使えず、お前の意思を無窮の彼方へ放つことが出来る」


手にした瞬間に分かる、自分がこの弓ならばどこまで攻撃を届かせられるのか


総じて、超常のスペックを誇る武装に三人は沈黙のまま己の手に収まる新たな相棒を見つめ、動かしており、どこか試して見たそうな顔をしているのは丸わかりだ


「ま。とりあえず好きに使っておいで。慣れるのが一番だしな、何が出来るか、何が出来るようになるかをちゃんと確認しとくといいぞ」


そう言って飛ぶように家の外に駆け出していく三人を見送るカナタ



…………しばらく、地響きと爆発音が鳴り響き続け、カナタの作る夕食の香りが彼女たちの鼻孔をくすぐるまで、その音がやむことは無かったのであった


余談だが、その日の夜だけで数週間分のお肉が狩れたのに反し、家の周りにはしばらくの間、魔物も魔獣も近寄らなくなってしまい、結果遠くまで狩猟に行くはめになったんだとか





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