第3話 狐憑き
江戸時代の日本のような世界。
ある二人の男女が交際をしていた。
「親戚に急病人が出て金が必要なんだ」
「分かったわ。これは少ないけど……」
男がそう言うと、女はいつもそう言って金を渡した。受け取った男はその金を手に賭博場に行く。急病人は真っ赤な嘘だった。
男は女を都合の良い女だと思っていた。故郷が飢饉で両親を失い、妹と二人で将軍様のお膝元に出てきたという。誰も姉を止める人間がいないから騙し放題だ。姉が美人なのだから妹のほうもそれなりだと思って、男は妹のことを探ったことがあったが、いつもはぐらかされた。
「妹は……身体に障りがあるの」
そういうのは生まれる前に産婆が処分しないだろうかと男は思ったが、成長してから出てきた障りなのかもしれない。まあ、藪蛇はつつかないに限る。
◇
賭博場から出てきた男は目の前に交際相手がいてひっくり返りそうになった。
「前からおかしいと思っていたけれど……親戚が病気でお金が必要なんじゃないの? 賭博する余裕はあるの? ねえどういうこと!?」
面倒くさくなった男は裏路地に行き、女を殺して竹林に埋めた。
◇
数日後、目の覚めるような美少女が男を訪ねてきた。
「交際していた女性がいたでしょう。あれは私の姉です。もう何日も長屋に帰ってないんですけれど、何か知りませんか」
性根の腐ったこの男は、妹を見るなり姉を「何が身体に障りがあるだ。自分より美人だから妹に取られるんじゃないかと思って俺に会わせなかったな。心の狭いやつだ」 と内心で責めた。ついでに心配するふりして妹とねんごろになってやろうとも。
「俺も知らないんだ。姉が心配だよね。ところで姉が居なくなったら君も一人だろう。姉と交際していた俺なら君は義理の妹になる訳だ。どうだい、俺の家に来て一緒に姉を探そうじゃないか」
そう言いつつべたべたと妹の手を触り、案内するふりして腰に手を回した。だが男の意に反して妹はするりと抜け出してしまう。
「とても心配している様子ではないですね。姉は人見知りで貴方以外にまともな知り合いもなかったし、行きずりの犯行でなければ貴方が殺めたのでしょう? 姉は最後に貴方に会いに行くと言って出て行ったのですから」
男は短気だったので事実であろうともその言い草に腹が立った。そして悪知恵だけは働く頭で考える。目の前の女が奉行所にでも訴えてしまえば、実家から放蕩息子と勘当されている自分は不利だ、と。
「うるせえな……てめえも姉と同じように竹林に埋めてやるよ!」
男の手が妹の首に伸びた。
と、男の世界が変わった。
この道はこんな大きかっただろうか?
目の前の女はどうして化け物みたいにでかいんだ?
「姉から何も聞いていなかったんですか? 私が狐憑きだと」
巨大な手が男をマッチ棒のように包む。
「この世界って魔法の概念がないから今まで大変でしたよ。そもそも魔力を持って生まれる子供が数万人に一人レベルじゃしょうがないんだろうけど」
男は巨人の女の言っていることが分からない。
「でも良かった。姉の仇を討てるという一点に関しては」
巨大な手に力が込められた。
◇
故郷は飢饉なんかじゃなかった。ただ、妹の狐憑きが発覚して、姉が妹の生きられる場所を探すと妹の手を引いて故郷を出ただけだ。
狐憑き。この世界では魔力を持って生まれた子供のことを指す。
泣くだけで周囲のものが割れたり、酷い時には地震や雷雨を起こしたり。災難に見舞われる前に殺せと言われているところを、姉だけが救ってくれた。
男を見る目以外は、完璧といっていい姉だった。
妹には日本人の記憶があった。そうでなければ訳も分からず殺されていたかもしれなかった。物心ついてから狐憑きが発覚して以降、トリカブトのおひたしなどを出してくる家族から。
因習に縛られる故郷を捨て、最愛の姉と二人で慎ましくも幸せな暮らしをしていたのに。
姉の墓の前で妹は言う。
「仇は取ったよお姉ちゃん。……どうしていつもみたいに撫でてくれないの」
美しく生まれたことも、豊富な魔力があることも、今の妹には何の救いにもならなかった。
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