第4話 夢の世界

 朝倉ナナ。16歳。両親が同時に亡くなったうえに長年の苛めがそれでも止まずにどうしようもなくて死を選択した。


『二人も同時に死んだんなら保険金凄いんでしょ? 明日まで十万持ってこいよ!』


 苛め首謀者の女は笑って髪を引っ張りながらそう言った。

 そもそも保険金はすぐに出るものでもないし、子供一人でこれから先やっていく額と考えたら少ないくらいだ。そんな状況なのにいつものようにむしり取ろうとするその顔は醜悪だった。

 担任もその他の先生も何の力にもなってくれなかった。『貴方の勘違いとかじゃなくて?』 『駄目よ仲良くしなくちゃ』

 誰も力になってくれないなら、相談するだけ無駄だ。


 だから、廃墟の屋上から飛び降りることを選んだのだ。

 

 飛びおりる瞬間、走馬灯が脳内をよぎった。

 友達がいない自分は、もし本の中のキャラと友達になれたら、と妄想することでいつも気を紛らわしていた。彼氏よりも、信頼できる友達がほしい。

 いつも読んでいたのはある漫画のヒロイン・ティルザ。異世界にいるその女の子は特別な力があるけれど、そのせいでいつも苦労している。それでも彼女は笑顔を絶やさず、誰にでも優しくしていた。そんな風になれたらな、と思ったあの気持ちは、尊敬なのか恋愛なのか自分でも分からない。現実から逃避するように読みこんだその漫画の名シーンばかりが目に浮かぶ。最後に憧れのティルザがこちらに向かって手を伸ばしてきた。そんな泡沫の夢を見た気がした。



「――お連れ様はあとからいらっしゃるとのことです」


 ナナはハッとした。どこだろうここは。気がついたら、ナナはどこかの旅館のような場所にいた。仲居さんらしき人はぺこりとお辞儀をすると部屋を去っていった。

 冷静に辺りを見回す。どこか、高そうな宿に見えるけど、両親とこんな場所に来たことは一度もない。というか、自分は確かさっきまで、屋上から地面に落下してなかったっけ? あれ?

 もしかしたら死ぬ間際に見る長い夢なのかもしれない。ナナはそう思ってとりあえずテーブルに置かれた饅頭とお茶を口にいれて一息つく。……触覚も味覚もリアルすぎない? 走馬灯ってこういうものだっけ?

 落ち着くどころか謎が増えて困惑するナナ。そしてふと先程仲居に言われた言葉をふと思い出す。

 連れって誰のこと? もしかして……ここは死後の世界で、両親が迎えに来てくれたのだろうか。

 それが一番無理のない解釈な気がして、ナナは窓の傍によって誰か来ないか旅館の入り口を見張る。

 そうしてやってきたのは、とんでもない人物だった。

 馬車に乗ってやってきたのは、あの憧れのティルザ。ナナは自分の頭がおかしくなったのかと思ってしまう。

 ぽかんとティルザを見つめていたら、ティルザがこちらに気づいて手を振るではないか。

「あ。おーいナナちゃーん! 来たよー!」

 私とティルザって友人だったっけ?? いやティルザがそういうならきっとそうなんだろけれど、そんな、私ごときかティルザの言うことを疑うなんてしないけど。でもティルザから笑顔で挨拶されるなんて嬉しくて死にそう。


 どういう状況なのか分からないけど、夢なら、夢なら決して覚めないで――。


 

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