24.同じ想いになれるのか

「嬉しいわ。ヴィオレットのお招きだなんて」

 百点満点の淑女の礼をしたカロリーヌの後ろで。

「しかも王宮の庭園! 素敵!」

 挨拶もそこそこに、マルスリーヌは飛び跳ねて、手を叩き始めた。

 オレリアも、姿勢こそ真っすぐを保っているものの、視線はあちらへこちらへと移り続けている。


 秋に向かう風の中では、小さめの薔薇が揺れている。日差しも十分な、穏やかな昼下がりだ。

 庭師が精魂込めた薔薇の園の、四阿ガゼボ。屋根の下には白い木製の椅子とテーブルが置かれていて、ティーカップとポットも白磁のもの。

 名目は薔薇を愛でるための、令嬢のお茶会だ。


「どうやって借りられたの?」

 オレリアの質問に、ヴィオレットは溜め息交じりに答えた。

伝手つてで」

「勿論、そうですわよね」

 うんうん、とカロリーヌも頷いた。

「シャルル様の口利き?」

 重ねての質問にも、ヴィオレットはそのとおりだと答えた。



 そう。シャルルは本当に気が回る。

 ヴィオレットは、友人たちとお茶会をしようかなと思っている、と零しただけなのに。

「じゃあ、庭園を使えるようにしてあげなきゃ。ああいう場所、みんな理由を作らないと来ないでしょ? 本当は、散策だけならいつでも誰でも大歓迎なのにね!」

「いつでも誰でも、は警備の都合上叶わない時がありますが、身元のしっかりした皆様のお茶会とあれば」

 息の合った王太子主従はテキパキと話を付けてきてしまった。

「お茶会ってことは午後にやるのかな? マダム・エレーヌのレッスンまでには僕のところに戻ってきてよね! 約束だよ!」

「差し入れをご用意しましょう。リクエストはありますか?」

 脂肪の有る無しの差はあれど、むしろそこしか差がない、甘やかな笑顔を二人は向けてくれた。



 そんな準備があった、今回のお茶会だ。

 フラヴィと母の寄こしてくれたメイドが、全員の席にお茶を置いて、屋根の外に退避していくと。

「王宮の庭園なんて、贅沢。ここを借りるお願いをしようだなんて、普通思いつかないわ」

 と、椅子に腰かけたカロリーヌが口を開いた。薔薇やトピアリーを眺めるのに夢中になっている彼女の横で。

「あ、このバタークッキー美味しい」

 マルスリーヌは目を細めている。

 オレリアは指先を顎に添えて、頷いている。

「サクサクしてて、お茶とピッタリ。でも、バニラの香りづけとかはしていないのね。これは薔薇を楽しむための工夫だわ」

 ね、と視線を送られて。ヴィオレットはすこし頬が熱くなるのを感じた。

「わたくしの考えではないの」


 オレリアが絶賛中のクッキーは差し入れだ。約束どおり用意してくれた、ハロルドの作。つまり、彼の考えに基づいて出来ている。

 さすが美青年。ヴィオレットの胸はちくちく痛む。


「謙虚ね。そういうのを隠さないところが」

 と、オレリアが言うと。

 はっとしたようにカロリーヌが見向いてきた。

「さすが、未来の王妃と目されているだけあるわね」

 微妙に会話が繋がっていない。だけど。

「それを教えてもらいたいの」

 今回の目的を果たすには乗るしかない。ヴィオレットは苦笑いのまま、ねえ、と続けた。


「どうしてわたしはシャルル様の婚約者と思われているのかしら」

 問うと、マルスリーヌも視線を戻してきて。

「当然よね」

 三人そろって頷かれた。


「あなたの身分を考えてごらんなさいよ。建国からずっと王家を支える侯爵家の一員で、かつ、現女王陛下の姪。シャルル様とは当然幼いころからのお付き合い。ともなれば、はっきりした言質はなくてもそういうものだ、と慣習や歴史を知っている貴族なら考えるわ」

 慣習と歴史。マリー・テレーズのいう『決まった道筋』だ。

 やっぱりそういうものかなぁ、とヴィオレットは頷いた。

「シャルル様でさえ『婚約予定』と言ったけれど」

「あなただってそう考えているんでしょ?」

 カロリーヌが眉を寄せる。

「そう思っていた、のよ」

 ヴィオレットは首を振る。

「何か不満があるの?」

 マルスリーヌが目を瞬かせた。オレリアも怪訝そうにこちらを見てくる。


「本当にそれでいいのかな、って迷うの」

 溜め息交じりに告げる。

「例えば――シャルル様に思い人がいたら? その人と結婚したいって思うものじゃない? そこに割り込んでいいのかしら」


 はぁ、とオレリアの溜め息も響いた。

「いるわね」

 残る三人が視線を送っても、彼女は動じない。


「この間のお茶会でもそう言ったじゃない。わたしとシャルル様は同じ学園に通っていたけれど、そこの卒業試験のペアを決めるのに、どうして私と組んだのかって理由を話したでしょう。シャルル様は心に決めた方がいるから、お邪魔虫にならない人がよかった。王太子殿下との恋に興味がない私はピッタリなの」

 うん、とヴィオレットは頷く。

 カロリーヌとマルスリーヌも首を振る。

「王太子殿下が目の前にいらっしゃれば、そういう想いを抱く方もいらっしゃるわよね。玉の輿狙いってやつね」

「もし叶えばとてもロマンチックだし」

 二人に頷いて、オレリアは続ける。

「やっぱり、なんだかんだでそういう迷惑がかかったことがおありみたいなのよ、シャルル様は」

「そうなのね」

 うんうん、と頷いて。ヴィオレットはその首を傾けた。


「でも、その想い人がぴったりわたくしとは限らないでしょう?」

 ところが。オレリアは吹き出した。

「あなたよ、ヴィオレット」

「言い切ったわね」

 じっと睨む。オレリアはやっぱり動じない。

「ご本人が貴女に『婚約予定』って言ったんでしょ? そこからも分かりそうなものだけど――でも、私ははっきりそう言われたから」

 これもはっきりした言い方だ。声は震えず、言う彼女の視線はまっすぐにヴィオレットに向けられていた。


「だから、今は、あなたのハートを射止めるための努力をされてるんじゃないの?」

「してるなら太らない!」


 そう。問題はそこ。今日聞いてみたいことの一つ。

 アンリエット女王にも『恋しているという意味で好き』と言われたし、オレリアもこう言う。近い人たちが断定するのだから、シャルルの想いに間違いはなさそうだ。

 だけど、ヴィオレットも、同じ想いになれるのか。

 あの体中に満遍なく増殖した脂肪を受け入れられるのか。


 迷いが通じたのかどうか、オレリアは背中を丸めて、肩を揺らしだした。

「そうね…… 気持ちは分からないでもないわ…… 学園でもさんざん言われてた。白豚の王子さまって」

「白馬じゃなくて」

「しかも、乗る馬の話じゃなくて、ご本人の体形のこと!?」

 カロリーヌは声を上げて。それから、一つ咳をして、グイっと紅茶をあおった。


「そうね。あの体形は、その、ちょっと受け入れがたいわよね」

 良かった、同意見だ。若干どころでなく、というのはヴィオレットだけじゃなかった。


 体を揺らすのを止めたオレリアが、口を開く。

「わたし、シャルル様と今は手紙のやりとりをしているんだけど、ダイエットの努力はしてるって伺ったわ。最近はマダム・エレーヌがいらしているんでしょう?」

「お世話になっているわ」

 学園の先生だったのだから、オレリアも知っていて当然だ。ヴィオレットは頷く。


「マダム・エレーヌってどなた?」

「何をしているの?」

 学園に通っていなかったカロリーヌとマルスリーヌはきょとんとした顔だ。


「ダンスの先生で、今、レッスンを受けているのよ。わたしもご一緒してるわ」

 ヴィオレットが答えると。

「素敵なレッスンをしてくださるの。技術をしっかり教えてくださるから、踊りが上手くなるわよ」

 オレリアがさらに言葉を加えてくれた。


「わたしも久しぶりにマダムのレッスンを受けたいな」

 とまで言ったオレリアに。

「今日も午後にレッスンがあるのだけれど」

 ヴィオレットは零す。


 そして、顔を見合わせた。

「……行ってみます?」

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