15.ダンスの練習も必要かな
「オレリアと会ったんだってね」
シャルルにそう切り出され、ヴィオレットは瞬いた。
「僕と彼女は学園で一緒に卒論を作ったんだ」
「お聞きしました」
「ちなみに、テーマは『ベルテールの特色ある郷土料理について』だ」
「……シャルル様らしくてよろしいかと存じます」
「で、今は秘密の相談をする仲」
うふふ、と笑われて、ヴィオレットは瞬きを繰り返す。
「秘密の相談?」
「そ。僕と彼女の秘密」
だから内容は内緒、と彼もウインクした。
その姿に格好良さよりも可笑しさを感じてしまうのは、シャルルのふくよかを通り越してふくよかな顔のせいだ。今日も脂肪がたぽたぽと顎の下で揺れている。
筋トレだけでなく、食事制限もしている(量を守って食べていることは同席しているから知っている)のに、いつになっても痩せないなぁと思いながらその脂肪が揺れる様を眺める。
「寮生活していた時と違って、毎日顔を合わせられるわけじゃない。だから、代わりに文通しているんだ。昨日届いた分にお茶会をしたって話があったんだ」
「ええ。フロランス公爵家のカロリーヌ様にお招きいただいたんです」
「君たちも仲が良いなぁ。同い年ってだけで一緒にいられるんだもの、いいなぁ」
「どうでしょうね」
そんな羨ましがられるような関係だろうか。四人が四人ともすこしずつ相手に対して偽りをもっているだろう関係なのに。
ふふふ、と笑うと。
「でも、今夜は、僕も友達と会ってくるからね! オレリアもいるんだけど、学園で仲が良かった人たちと夕食会だ」
「素敵ですね」
「あ、だから、今夜はヴィオレットと一緒に食べられないよ?」
「承知しました」
にっこり笑って、淑女の礼、
王宮に来て以来恒例となった、王太子の部屋での午後のお喋りの時間はそうやって終わる。
「必要なお話がお済みなら、次の予定に取りかかってもよろしいですか?」
王太子の後ろに控えていたハロルドが言う。
今日も三つ揃えに眼鏡の姿だ。背筋を伸ばした、今日もすばらしい美青年っぷりだ。決して見惚れているわけではないと思いたい。
「え? 夕食会までなんか予定あったっけ?」
「急ぎの案件はございません。ですので、先の予定を踏まえた準備の時間に充てさせていただこうかと」
「あー、なるほど」
「ヴィオレット嬢のお力も借りたく」
「わたくしの?」
視線を向けると、にっこりと微笑まれた。
顔が火照る。見惚れているわけではないと思う。
「前回、
「そうなんですね」
ちょっと嬉しい。だが、ヴィオレットが選んだ色が良かったという分よりも、メイドがその時のシャルルのサイズに合わせて形を直したのも大きい気がする。
そう告げると、ご謙遜を、と重ねて微笑まれた。
「またお知恵を借りたいのです。今度は、女王陛下が主催する晩餐会へ参加するための衣装です」
「ああ、もう日付がないね」
シャルルも頷く。
ヴィオレットも。
「参加のために、父がまもなくヴニーズから参りますわ」
と言った。
「そっか。ヴニーズ侯爵――叔父さんもか。叔母さんも来るの?」
「ええ」
「久しぶりだなぁ。久しぶりって言えば、ブランドブール侯爵も来るの?」
シャルルがハロルドを振り向く。聞こえた名前に心臓が跳ねた。
「侯爵が参加か、とのご質問には
ハロルドの答えに、勝手に胃がキリキリ鳴り始める。
この間のお茶会で話題に上った、メイドと結婚したばかりの侯爵のことだろうか。
「え? もちろん、今の当主だよ。ジェレミー!」
「はい。ジェレミー様がご参加の予定です」
「そうなんだ。楽しみだなぁ。結婚したんでしょ、奥さんも来るのかな?」
「女王陛下が是非連れてこいとおっしゃったというので。さすがにお断りにはならないと思いますよ」
「うーん。ますます楽しみだな」
シャルルはほくほくと笑う。ヴィオレットも笑うが、背中は汗びっしょりだ。
噂の侯爵だけでなく、その奥方も。
どんな話が会場でされてしまうのか、あまり想像したくない。
ハロルドも、僅かに眉を寄せた。
「陛下は決して悪くおっしゃらないと思いますから、大丈夫だと想定しますけどね」
「何か問題があるの?」
シャルルは知らないのか、気が回らないのか、きょとんとした顔だ。ハロルドは静かに首を振った。
「お気になさらず」
さて、と彼は革の手帳をめくって、続きを話し出した。
「晩餐会に向けて衣装を決めますのと。ダンスの練習も必要かなと思います。どちらもヴィオレット嬢のご協力が必要です」
「ダンス!? なんで!?」
「そりゃあ、ただ食べるだけ、なわけないでしょう? 王太子殿下にとっては、成年と認められた後初めての公式な晩餐会です。食べて飲んで、びしっと踊りを決めてください」
「え、え、え」
「ダンスを、いいえ、運動全般を苦手とされているのは重々承知しておりますが」
「そうだよ、筋トレだって苦手だよ!」
「すこしは特訓して当日キメないといけませにんよね?」
う、と青い顔でシャルルが身を引く。
ハロルドは満面の笑みをヴィオレットに向けてきた。
「ご助力願えますか」
「喜んで」
――わたしも運動は得意じゃないんだけどな。
歩くのが下手なくらいなのだか。この笑みには逆らえないとこの一ヵ月で厭と言うほど思い知った。
美青年、恐るべし。
「踊りましょう、シャルル様!」
すっくとソファから立ち上がって、シャルルに右手を差し出す。
「さあ、早く!」
「ちょ、待って!? ここで!? 今から!?」
「ここでなくて結構ですよ。練習場の確保はいたしましたので、絨毯よりは踊りやすい板敷きの床の部屋でできます。時間は今です」
ハロルドの声はウキウキしている。
うう、と呻き、シャルルは椅子に身を沈めた。
「面倒だなぁ」
「頑張りましょう?」
「動きたくないんだよー」
「そんなおっしゃって…… 体が重くて踊れないとか言われたくないでしょう?」
ヴィオレットが顔をのぞき込むと。
「それを言って良いのは、学園の友達だけだよ! それ以外のやつは不敬罪で逮捕だ、逮捕!」
シャルルが、体を沈めたまま、両手を突き上げる。
「行政として逮捕という行為が許されているのは警察だけですからね。殿下がやったら、それこそ犯罪ですよ」
ハロルドはくっくっと喉を鳴らした。
「そういう真面目は突っ込みは期待してなーい!」
あーも-、とシャルルは首をぶんぶん振った。
「やだぞ。僕は踊らないぞ」
「ヴィオレット嬢が厭なら、私と踊りますか? やれと言われれば、女性側のダンスもできます」
「ヤダよ。何が悲しくてゴリゴリのがちマッチョと踊らないといけないんだ」
「恐れながら、私はがちマッチョではなく細マッチョです」
「そういうツッコミも期待してない」
もう一度、雄叫びを上げて。シャルルはのっそりと立ち上がった。
「練習! するよ!」
「ええ、しましょう」
確保したという部屋に向かうため、とハロルドは彼を廊下へと促す。それから振り向いて、ヴィオレットに笑顔を見せてくれた。
「ヴィオレット嬢。お付き合い願えますか?」
「……はい」
頷くと、エスコートのための右手が差し出されてきた。
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